ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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遅くなってすみません。


ep.07 創世戦争

17

「どうしたの急に。創世戦争について教えて欲しいなんて」

 シンの問いにオティヌスは不思議そうな顔をする。

「不思議そうな顔されても」

「唐突過ぎるからさ。びっくりしちゃって。でも、どうして?」

「実の所、私はあんまり歴史に詳しくなくてね。少し勉強しようと思ってて」

「いや、アタシが聞きたいのは動機じゃなくて」

「何かほかに問題があるか?」

「アタシが聞きたいのは、どうしてこのタイミングでってこと。今、そんなことしてる状況じゃないと思うんだけど」

 オティヌスの言う通りだった。

 呑気に話している場合ではないのは、現在シンとオティヌスは臨戦状態にあるからだ。

「やっぱり、異族はそれなりにいるね」

 二人は晶化病の元凶を叩くために、キエム村にある湖から上流へと向かっている最中だ。

 エロースとレーヴァテインは同行していない。エロースはネイシャの世話があるし、レーヴァテインはめんどくさがった。

 シンとて同行者は別にいなくても問題ないと考えていたため、彼は一人でいくつもりだったのだが、

「だったら、アタシが付いてくよ。心配だし」

 ということで、気の良いオティヌスが同行することとなった。

 もうキエム村を出発してから二日が経つ。道中は暇なので、会話に花を咲かせるのはオティヌスとしても大歓迎なのだが、しかし今はタイミングが悪かった。

 長距離の移動には避けられないものがある。

 白の異形たち。つまり異族と使徒だ。

 二人の行く先には、異族が三体いた。

 まだ距離は大分ある。だが、楽観もしていられない。

 ただ安易に気の抜けない状況でシンがオティヌスに話を振ったのも理由があった。

「いや、だって、正直ただの作業じゃん」

 この二日間、異族や使徒との遭遇はあった。人里離れた場所を歩いて異族たちとかち合わないなんてことはありえず、二人も例に漏れず異族たちとの戦闘があった。

 ただし、それらが戦闘と呼ぶに値するかと問われば、シンは否と答えるだろう。

 なぜなら、

「成功率の百パーセントの奇襲で全部終わってるから、もう少し気楽に行っても良いと思うよ」

 シンの左目に搭載される義眼の機能の一つ、熱源感知による異族の事前察知と、オティヌスの精度の高い射撃の組み合わせは極悪過ぎた。異族たちが二人を知覚する前に、矢が異族たちを貫くのだ。加えて、シンが保有する豪速の〈アッキヌフォート〉もある。奇襲が成功しないわけがなくなった。

 撃てば、殺せる。その繰り返し。

 シンが作業というのも頷けるだろう。

「そういうわけにもいかないって、何が起きるかわからないでしょ」

 しかし、オティヌスはそう言って譲らない。

(過去では、もっと苛烈な戦いをこなしてきているんだけど)

 記憶がないから仕方ない。

 過去では、異族と比べ物にならない戦闘力を持つ異界存在の最強種、タイプ:ドラゴンとの戦闘や白兵最強のタイプ:デュラハンとも頻繁に戦ったことが必ずある。異族以上の怪物との激戦の記憶があれば、事前に察知した敵を狙撃するだけの単調な作業なぞ肩の力を抜いて臨めたのだろうが。

 生真面目なオティヌスにシンは肩を竦める。

 勿論、オティヌスの考えは間違っていない。むしろシンよりも正しいと言えた。なにせ戦闘では予想のつかないことが起きるのは当然だし、公式通りに事が進むわけでもない。シンは少々気を抜きすぎているきらいがある。

 この意識の差は戦闘を本分にする者とそうでない者の違いが現れているか。

「オティヌス、射角を考えると木に登った方が良いよ」

「オッケー。方向は?」

「北に三メートル移動してるね。幅は変わってない」

 りょーかい、と口調は気楽に、けれど瞳は真剣にオティヌスはスリロスのボウガンを構える。

 直後に、青い光がポツポツとボウガンの装填部近くに現れ始めた。正体は空気中に漂うマナだ。マナの光は一瞬の内に織り込まれ一本の矢として顕在する。

 無言のまま矢を連続して射出した。

 そして。

「全弾ヒット。討ち漏らしはないよね?」

「………ん、大丈夫。動きはないよ」

 熱源感知でシンは異族たちの状態を把握した。温度ごとに色違いで示される熱源感知モードは敵の死亡確認にも使いやすい。非常に便利な機能として彼は重宝している。

「だけど、異族に群れにしては数が少ないような気がする。もう二体くらい潜んでいるかも」

「熱源は他にないけどね。異族如きが熱源感知の範囲外から攻撃できるとは思わないな」

 コルテ大規模討伐戦ではそれなりに苦戦を強いられたが、それは近接戦であり、異常な共鳴によるバックアップがあったからだ。平素の異族であれば、シンの身体能力でも容易に倒せる。使徒ならば、また別だが。

「例え、使徒でも熱源感知範囲外じゃ――」

 そうシンが言い掛けた時である。

 ヒュン、と何かがシンの頬を掠めた。

 マナの矢だった。

「ほら………」

「……もう少し気を引き締めるとしよう」

 そうして、シンはアッキヌフォートを形成する。

 

 

 顔が見事に粉砕された使徒の死体をシンは踏みつけた。

「データを見直す必要があるな。〈ana(アナ)〉、コイツの射程距離は?」

『約千メートル。しかし、森の中でこうも正確な位置把握ができるのでしょうか?」

「位相融合前の生命体比較では無駄だが……確かに気になるな。よほどの計算能力があるのか、それともマナを使った特有の力があるのか……なんにせよ更に調査が必要だな」

 シンが左眼を瞬かせて独り言を言っているが、オティヌスは無視をする。

(聞いたところで、答えてくれなさそうだし)

 オティヌスは彼の奇妙な左腕についても聞かされていない。

 既存のスリロスも存在しないスリロスをも形成する黒の埒外。

 世界を旅してきたオティヌスですら小耳に挟んだことのない極大のアンノウンの正体は、彼女では推測することすらできない。

 ラグナロク教会の神話にある通り、キラープリンセスの元となった神器を生み出したのがユグドラシルの果実なら、シンの左腕はユグドラシル由来のものなのだろうが、

(そんな感じはしないし)

 ユグドラシル由来のものならば、マナの気配があって当然だ。マナの亜種であるキラーズの始源が神器。であれば、神器同様にユグドラシルが生み出したものはマナを持っているはずなのだから。

 しかしながら、シンの左腕からはマナの気配を感じない。感じないというのは、ほんの少しくらいなら感じ取れるという意味ではなく、一切感じないという意味だ。マナ含有率0の物体をユグドラシル由来だと考えるのは、強引以上に妄想が過ぎる。

 では、一体なんのか?そう再度自身に問うてみても、答えは出なかった。

(まるでこの世のものじゃないみたい)

 シンの左腕には親近感もあるが、同じくらい異物感がある。マナがないこともそうだが、それ以上に本能が理解を拒絶するような得体の知れなさがあった。

(何処かで見たようなきがするんだけどなぁ…}

 曖昧過ぎて輪郭を掴めない記憶へと、それでも深く潜りこんだ。

 得体の知れない恐怖がオティヌスを舐める。

 ただこれはキラーズの性か。北欧の大神、知識に貪欲な神に由来する彼女はほんの好奇心で恐怖を理解しようとした、してしまった。ぶらり、と旅に出る。そんな気軽さで。

「――ッ!」

 ズキリ、と頭痛が走る。

 頭が砕かれるような痛みに、体がぐらついた。

「くっ………!」

 オティヌスは両足を踏ん張って、なんとか倒れるの拒む。

 だが、ぐわんぐわん、という脳の揺さぶりは更に酷くなっていた。

「オティヌス!」

 シンに体を支えられると、途端に膝から力が抜けた。

 気が緩んだ、のではない。

(不味……い…!)

 体の制御がオティヌスの意識から外れた。

 意識の代わりに彼女の体を満たすのは、一つの衝動だ。

 それは、理性を食い破るようにて現れる獣性。

何もかもを破壊したくなる抗いがたい甘美なそれはオティヌスを狂的な快楽へと引きずり込む。

その快楽の名をオティヌスは知っていた。

(暴…そ……う!)

 キラープリンセス特有の自我亡失現象。

 しかし、何故?

 暴走が起こるのは、戦闘における過剰な高揚感が原因だ。確かに戦闘はあったが、高揚感を得るほどのそれではない。ただ矢を撃って、周囲を警戒するだけのルーチンでは流石のキラープリンセスでも高揚感を得ることはない。

 であれば、原因は。暴走の発端は何だったか?

「CMCシステム起動、調整(チューニング)!」

 シンの黒い腕が背中に押し付けられた。

 途端に跳ねるオティヌスの体。

「カハッ……!」

 血を吐いたような衝撃と共に、肺の中の空気が押し出される。

「ひゅー…ひゅー…」

 苦しそうに胸を上下に大きく動かして、乱雑な呼吸を繰り返した。

「ゆっくりで良い。だが、深く呼吸しろ」

 シンの言う通りに、乱れた呼吸を整える。息をするのは押さえつけられている肺を無理矢理膨らませるようで辛かったが、呼吸が整う頃には肺の圧迫感も弱くなっていた。依然として体に力は入らないが、それでも随分マシな状態まで回復している。

 そして、さらに驚くべきことが。

(暴走が治まった……?)

 暴走特有の破壊衝動はすっかり消え失せ、体の制御権もオティヌスの理性下にある。暴走の気が微塵も残っていないのだ。

 暴走の解消。全く以て信じられないが、現実として自身の体で実感している以上認めるしかない。

 やはりシンの黒い腕は異常だ。天上世界の常識を無視している。いや、むしろ彼がスタンダードなのか?天上世界の常識こそが歪められた認知なのでは?だって、sじkrたえjhpwpkそfgだfg―――

 ぬちゃり、とオティヌスの体を恐怖が舐めた。

 暴走する以前のそれと質は全く同じ。

「――――ッ!」

 さっ、と身を強張らせ、思考を止める。

 まとわりつくような怖気に吐き気と頭痛を感じながら、彼女は確信した。

 シンの左腕に触れてはいけない(・・・・・・・・・・・・・・)

 何故か、までは分からない。故にしこりが残るけれど、解消しようとすればまた得体のしれない恐怖がやってくる。

(気になるけど……)

 オティヌスはシンの問題については手を引くことを決断する。本当に気になるけど、また暴走をしたら元も子もない。

「くそっ、コルテでは大丈夫だったから油断した。一体何が原因だ?」

『左腕の記憶を引っ張りだそうとしたのでは?知識を得るためには、自己を顧みないオーディンならやりかねませんよ』

「オティヌスは学者的な面は持っていないと思っていたんだが」

 シンが左眼をちかちかさせて、誰かと話している。

 此処にはシンとオティヌスしかいない。だというのに、オティヌス以外の誰と話しているのか。

「オティヌス」

 『誰か』と話し終えたシンが唐突にオティヌスの名を呼んだ。

「何?」

「金輪際、俺について詮索するな、思い出そうとするな。目の前にいる俺をただ受け入れろ」

「……どうして?」

「…………………」

 沈黙があった。

 それは、つまり、

「言えないってことね」

「すまないな。こればっかりはお前には何もできない」

「良いよ。私だって暴走したくないからね。でも、その言い方だとレーヴァテインやエロースは何かが出来るみたいだけど、どうなの?」

「……………その通りだ」

 私と彼女達は何かが違うわけ、か。

 シンの答えを聞いて、オティヌスはそう思う。一体何が違うのかなんて、全然わかんないんだけど。

「何か厄介なことを抱えているみたいだね」

 出会ったときから、奇妙な人物だとは思っていた。

 その奇妙さの理由が、彼が抱え込んでいるものならば、そして触れることが許されないのならば、納得がいく。

 常識の埒外にある秘密を持った人物を、正道を行く人物だと認識できるはずがない。

 結局何も分らないままだ。いや、何もわからないままでいなければならない、ことがわかったか。

 ただ、でも、まぁ。

「信用してるよ」

 短い時間ではあったが、シンの人となりに触れた。彼は人格的に破綻しているわけでもなく、ごく当たり前の悲劇に憤れる、ありふれた人間だ。パートナーである気難しいレーヴァテインとも、それなりに良い関係を築いていると思う。少々卑屈、というか自虐的な面も見られるが、それを除けば人間として真っ当だ。

 だから、都合が合う限り、彼の手を振り払うことはしないつもりだった。

「意外だな。てっきり、ここでお別れかと思ったんだが」

「そんなこをはする気はないよ。不信感はるけど、シンは悪い人じゃないっていうのはわかってるからね。君は自分自身をもっと肯定した方が良い。君は君が思うほど悪い人間じゃないからさ」

 オティヌスの言葉にシンは首を竦めるだけだ。明らかにまともに取り合っていない。

(根は深そうだ)

 なんとかしたい気持ちはあるけれど、オティヌスには荷が重い。彼女は気持ちが沈んでいる人を持ち前の明るさで励ますことはできるが、シンのような人をどのように励ませば良いのかわからないのだ。

 幸福を諦めた人間の救い方を、オティヌスは知らない。

 もし彼を救える人がいるとすれば、それはきっと、

(幸福を諦め、しかし再び求めた人だけだろうなぁ)

 エロースであればどうだろうかと思うが、すぐに無理だと結論を出す。

 シンは自分の評価を自己完結している。他人の意見を聞き入れる気がない以上、誰が何と言おうと彼の心は動かないだろう。

「はぁ…」

 らしくもない溜息を吐く。

 そして仕切り直して、

「結局、君については何処までアタシは知ることができるの?匙加減がいまいちよくわからないんだけど」

「暴走する起点となるのは、忘れた記憶を再度思い出そうとする行為だ」

「じゃあ、何年か経って君について思い出そうとするのも駄目ってこと?」

「ああ、言い方が悪かったか。箸にも棒にもかからないほどに思い出せないことを、無理矢理思い出そうとすると、だ。記憶を深く探ろうとすると、暴走が開始する」

「どうしてそうなってるの?」

「……さあ?」

 オティヌスはシンの気の抜けた返答にこう思う。

(嘘半分、真実半分って所かな)

 否定であれ肯定であれ、シンの発言は断定を含んでいた。曖昧な返事なのは、隠し事をしていることの表れだ。

 深く話さないのは再度の暴走を誘発させないためか、あるいはシンの抱える事情に巻き込まないためか。兎にも角にも、詮索しないことがお互いにとって良いだろう。

「今日は此処でキャンプにしようか。あんまり無理するのはよくないし」

「アタシは大丈夫だから、早く晶化病の元凶を叩こうよ」

「やめておいた方が良いよ。私の技術で暴走を抑え込んだけど、体調自体は芳しくないはずだ。普通の暴走と違って、お前のは根が深い。甘く見ない方が良い」

「でも、村の人が……」

「生憎と私は博愛主義者じゃない。お前を切り捨ててまで、見知らぬ誰かを救うつもりはないよ。それに、お前が居ないことで元凶の破壊が出来なかったらどうするつもりさ。さっきみたいなことが起きないという保証はないんだから」

 そう言われてしまえば、オティヌスも矛を収めるしかない。仕方なく彼女はシンの説得を諦める。

 シンは少し汚れの付いた白衣を丸めて枕とし、オティヌスは其処に寝そべらせた。そして、天上世界では考えられないほど高性能な携行の迷彩柄の簡易テントを広げると、一気に組み上げる。

「手慣れてるよね。君、あんまりアウトドアな感じがしないから意外だった」

「まぁ、昔色々あってね。否応なしに身に付けざるを得なかったんだよ」

 メキシコシティ奪還戦がなぁ、とぼやいているがよくわからないし、知らない方が良いので無視をする。

 空を見ると、日が落ち始めていた。西の空が朱に染まりつつある。透明な青に夜の暗が落ち、欠片のような煌めきがポツポツと灯っていく。

 緩やかに夜が近づいてくる。

 シンは松ぼっくりを火種にしてたき火をたき、暖を取る。温暖な気候の天上世界でも、流石に夜は冷える。たき火なしにはすごせない。

 完全に日が没する頃には、オティヌスも復帰した。二人、たき火を挟みながら持参の干し肉やら乾燥した硬いトルティーヤ――ともろこしを練ってつくった物――をかじる。

「そういえば」

 オティヌスがこう切り出した。

「異族の襲来でうやむやになっちゃったけど、創世戦争について知りたいんだったよね?」

「ん?あ、そうだった。色々聞きたかったんだよ」

 シンは口にほおばった干し肉を咀嚼して、呑み込むと、

「創世戦争最初期以降について詳しく聞きたくて」

 創世戦争最初期というと、ユグドラシルからキラープリンセスの前身となる神器が生み出されて始まる悪魔との闘争のことだ。

「それ以降となると……」

「ああ、二十五人の白と黒の大悪魔の登場だ。あれだけが、どうにも解釈できないんだよ。創世戦争最初期は納得がいくんだけどね」

 ラグナロク教会の神話を綴る聖宣書にはこう書かれている。

 

 人々が神器の力を持って抵抗を始めてから、多くの血が流れ、多くの涙があった。しかし、それらを礎に人類は確かな復権を成し得ていた。人々がかつてを取り始めたとき、空より白と黒の光が大地に突き刺さる。現われしは、二十五の白と黒の大悪魔。怒りを以て現れた大悪魔は人々に再び絶望をもたらした。けれども、人々は抵抗し、神器を手に戦い続けた。やがてその姿に感銘を受けた一柱の大悪魔が人々と手を結んだのである。(聖宣書 第二章 第一節 第二節 第三節)

 

 大悪魔が出てくる唯一の記述である。この三節以降、大悪魔の記述は曖昧だ。討伐された白の大悪魔は六体だとか九体と言われているし、黒は七体もしくは十体討ち取られたと言われ、大悪魔全てが人類についた大悪魔に吸収されたやらで、正確性を欠く。ただ討伐された逸話がある以上、確実に白と黒の大悪魔は何体かは殺されているとされる。

 大悪魔登場から人類の復権までの流れは戯曲や詩の題材で人気な部分だ。オティヌスが知る歌にもあるし、それから、オティヌスが旅したごく一部の地域では、悪魔信仰という異端がこの話を元に生まれている。   

「私が呑み込めないのは、二十五の大悪魔の部分だ」

「天から降りて来たってやつでしょ。大分脈絡ないよね」

「ちなみに聞きたいんだけど、オティヌスは創世戦争に参加してたの?」

「うーん、あんまり記憶にないかなぁ。随分昔の話だし」

 戦っていた記憶はある。ユグドラシルの根元、現在の王都を拠点として多くのキラープリンセスと肩を並べてお押し寄せる異族と戦った。そんな漠然としたイメージなら、思い出せる程度ではあるが。

「随分昔って言うけど、どれくらい昔なんだ?」

「それは分からない」

「分からない?」

 シンは怪訝な顔で言葉を疑問としてそっくり返して来た。

「どういうことだ?天上世界にも暦はあるだろう?」

「ないわけじゃないんだけどさ。正確じゃないんだよね。地域ごとでまったく違ったりするし」

「共通の暦がないってことか?」

「そういうこと。どっかの博士が研究してたっぽいけど、教会で処刑されたみたい」

「処刑……どうしてだ?」

「私も噂で聞いたことがあるだけだから、よくわかんない。でも、確か異端認定されてたよ。悪魔に手を貸した、だったような気がする」

「意味不明だな」

「それには同意」

 一度、干し肉を咀嚼して、

「とりあえずずっと昔って思ってくれればそれでいよ」

「なるほどなぁ………それで悪魔については何か覚えていることはあるか?」

「全然覚えてないかなぁ。だから、二十五の大悪魔が本当に降りたかどうかに結構アタシは懐疑的なんだけど」

 つまり、

「教会側の創作なんじゃないか、とアタシは思う」

「ナチュラルに危険発言するのな……教会が聞いたら一体何をするやら」

「シンとだったら問題ないかと思って」

「まぁ、実際私は気にしないんだけど――それで、何でだ?どうして創作だと思う?」

「悪魔信仰が異端だからだよ」

 オティヌスはこう考える。

 聖宣書通りならば、悪魔信仰こそが正しい信仰の形になるのではないか、と。

 衆知の通り、ラグナロク教会の宗教はユグドラシルが人類に与えた神器を崇拝する宗教だ。その教義に人類に手を貸した大悪魔をあがめる教義は一切存在しない。むしろ大悪魔をあがめることは異端とされている。

 奇妙なことだ。何せ最後の最後で人類を救ったのは人類に寝返った大悪魔である。人類復権の実質的な立役者は神器よりも大悪魔というべきだ。その大悪魔が寝返らなければ、人類は滅ぼされていただろう。  

 そんな重要な立ち位置の大悪魔をあがめる教義が教会にないのか?何故悪魔信仰が異端とされるのか?

「実際に大悪魔がいたんだったら、もっと教会での扱いが違うと思うんだよね。少なくとも異端にはなってないはず。だから、アタシは大悪魔を教会の権威づけを目的とした創作物だと考えてる」

「意外に論理的だな……!」

「馬鹿にしてるよね、それ」

「いや、オティヌスは感覚重視なイメージがあるからなー」

「言い訳になってないから。絶対馬鹿にしてるでしょ!」

 オティヌスは半目になりながら、

「まぁ、創世戦争で実際に起きたとは考えづらいね」

「だけど、神器信仰で一本化している教会からすれば、人類を救った大悪魔は異端を生み出す温床とならないか?だったら創作物として登場させ、権威付けとするにも無駄が多い気もするよ」

「うーん……でもさ、大悪魔登場後にキラープリンセス(アタシたち)登場でしょ?人類に寝返った大悪魔をキラープリンセスを統括する特別な権力の象徴と考えると納得がいくと思う。そこらへんは王族との政治的な対立が見え隠れしてると考えれるかな」

 そう言いきって、オティヌスはふっ、と息を吐いた。水筒に口を吐け、口に水を含む。

 少々長く話過ぎた。乾いた喉を潤して、固い干し肉にかぶりつく。

「まぁ、神話の言うことはあんまりあてにしない方が良いと思うよ。誰かに恣意的に編集されている可能性もあるし」

「お前、なんだかんだで鋭いよなぁ」

「だから何なの、その物言い!」

 なんでもないなんでもない、と白衣の男はどうでも良さそうに返す。

 とりあえず、むかついたのでパンを奪ってやった。

 

18

 深夜。

 小さなたき火が森の中で仄かに輝いていた。

「火が弱くなったか」

 そう言って、薪を足すのは夜の番を務めるシンだ。日中に集めておいた木や松ぼっくりを適当に火に放る。

 パチパチパチッ。

 乾いた破裂音と共に炎が弾けた。踊る炎の端から、投げ飛ばされるようにして小さな火花たちが空へと舞い上がる。

 火花を視線で追うようにしてシンは夜空を見上げた。

 天上では星が瞬いている。ちかちか、と大気の流れで揺らめく光が儚い。人工の光がないこの世界では、街であっても星空を見ることが出来た。

 空は何処とでも繋がっているのだ。ふとそんなこと思う。

「過去とも繋がっているのだろうか?」

 星座がわかれば、確認しようがあるものを。

 生憎と、シンは星座に明るくない。この手の話はマックが詳しかった。暇があれば、偶然居合わせたキラープリンセスや仲間と共に研究所の外に繰り出して、天体観測をしたものだ。異界存在が現れて、人類が絶滅の憂き目にあっても、星々は変わらず輝き続けた。当然だ。異界存在が現れようとも、所詮は広大な宇宙で起きた些事。一つの惑星で起きることなど、何万光年も離れた星々にとっては関係のないことでしかない。

 星々が寿命を終えるまで、どんなことが自分の身に起きようとも星空は普遍だ。

 だから、なのかもしれない。

 何もかもが変わり、零からの再起を図る今、過去との繋がりを求めてしまうのは。

 これは逃げだ。自分の失敗に対する逃げだ。

 変わらないものがあると知れば、失ったものに対する悲しみが和らぐ。喪失という変化によって傷つけられれば、無変化こそが慰めとなる。

 失っても変わらぬ物から過去との繋がりを得られれば、失う前との確かなつながりを自覚できるのだから。

 だから、俺は――

「星に願ってしまったのだろうな」

 だけど、それは、

「甘えだな」

 くくく、と卑屈に笑う。

 いくつもの要素が絡み合ったとはいえ、つまるところこの結末はシンの責任だ。彼には責任を果たす義務がある。

 罪人が罪を忘れることは許されない。

 絶対に。

 シンはオティヌスが眠っていることを確認し、左のこめかみを強く押す。

『こんばんは、あの後オティヌスはどうなりました?』

「委細問題なし。調整(チューニング)でことなきを得た。一応言い含めておいたから、これからも過去のことを詮索することはないだろう。わざわざ危険に首を突っ込むような馬鹿でもないし」

『それでは、創世戦争の方は如何でした?随分と気にしておいででしたけど、得られる物はありましたか?』

「一応はな。ただオティヌスは創世戦争のことをあまり覚えていないようだった。それがいつ起こったのかもだ」

『何故です?』

「天上世界共通の暦がないからだそうだ。時間が計れないんだと」

『教会は何故作らないのでしょうか?いえ、違いますね。作ってはいる(・・・・・・)のでしょうけど、何故発表しないのでしょうか?』

「わからん。表向きの理由は『悪魔に手を貸さないため』となってるようだが、意味不明だ」

 過去の遺物たちからすれば、この点が疑問だった。実際暦が統一された方が統治には便利だと思うのだ。江戸時代、天皇側と幕府側の使用する暦が違ったために無用な諍いが生まれた事例があるように、行政の行き違いを防ぐためにも統一の暦があったほうが便利なのである。

「そんな不便を持っても暦を共有しない理由は一体何なのだろうか?」

『何にせよ、情報が少なすぎますね。精査するのはもう少し後でよろしいか、と。大悪魔の方はどうなんです?』

「此れと言った情報はなし。ただオティヌスは大悪魔のくだりを創作だと考えているらしい」

『まぁ、神話なんてそんなもんでしょう。むしろ信じるほうがおかしいというものです。私としては、どうしてそんなにも気に掛けられるのが疑問なのです。一体何を根拠に創世戦争が事実だ考えているので?』 

 〈ana(アナ)〉の真っ当な疑問に、シンは「いいか」と一言断って、

「聖宣書の第一章を覚えているな?」

『ええ、神器がユグドラシルの果実から現れて悪魔を追い払う術を人類は手に入れた云々というところでしたよね。それが何か?』

「あれは異界存在との闘争の隠喩だ」

『………!』

「感情表現が豊かで話し手としても嬉しいぞ」

 なんのことなくそう言うシンの反面、左眼の人工知能はややってこう答えた。

『ユグドラシルの果実が対異界存在兵士(キラープリンセス)の培養器で神器は対異界存在兵士、そして悪魔は異界存在である、とそう推測するのですね!』

 その通りだ、とシンは首肯する。

 対異界存在兵士の培養器はその有様からチェリーと呼ばれていた。これで果実という隠喩が成立する。果実から出てきた神器というのも、培養された神話の武器の名を冠するキラープリンセスを指しているとみて間違いない。異界存在を悪魔とするのも、過去において奴らが悪魔と呼ばれていることを考えれば納得がいく。加えて、人類の敵に対する武器の確保という描写だ。実にらしい(・・・)。計画派になった研究員はただ一人を除いて、キラープリンセスをあくまで人型兵器として見なしていた。キラープリンセスを物として教会の神話に組み込んでいる時点で、教会中枢の計画派が聖宣書の編纂に関わっていると見て間違いない。

 つまり、あくまで聖宣書の第一章は過去の事実を元に描かれているわけだ。

「創世戦争。そう呼ばれる神話上の戦争は過去と、位相融合直後に起きた混乱をひとまとめにしたものだと俺は仮定している」

『第二章以降は創作と、そう言い切ることもできるのではないですか?』

「逆に聞くが、計画派に宗教神話を書けるほどの創作力があると思うか?」

『……ないですな』

「だろう?」

 会話用記録文をわざわざ引っ張り出してきたのは納得の表現か。

 〈ana〉の同意を得られたのは何よりだが、しかしシンとて仮定の正しさに確証を得ているわけではない。

「オティヌスが覚えていればよかったのだが」

 アンナの言によれば、オリジナルであるシンに同行するレーヴァテインは創世戦争に参加していない。彼女にも確認したが、やはり同じ解答だった。故にオティヌスから話を聞いて、自身の仮説を確かなものにしたかったのだが、彼女は覚えていないという。正直な気持ちを言えば、残念だと言うほかない。

(記憶の喪失というのは気になるが、今論ずるべきではないな〉

 シンは自身の仮説の不備を口にする。

「ただ完全に創作という線もないわけではない」

『と言いますと?』

「やはり一番は白と黒の大悪魔だな。白と黒は、相反する二つの魔術概念、セフィロトとクリフォト。二十五はキリスト教の十二使徒を白と黒の分で二倍、それに裏切りのユダを一人加えたってところだろう。大悪魔たちを裏切って人類側に着いたという逸話もあるから、創作をするならそこを参考にしたと考えるのが妥当だな」

『セフィロトはともかくクリフォトなんてよく知ってますね』

「俺は杉山義弘の思想に一部共感してるからな。世界最後の魔術師なんてオカルト染みたことを言われた彼の著書もいくつか読んでる。その流れでオカルト知識をある程度は知っているよ」

『やたら作品の設定分析をする創造主のオタク話にもついていけるわけですね』

「いや、あれはマックの話に付き合ってたら、自然と身に着いていただけだ」

『(´・ω・`)』

 何故『しょぼん』とした顔文字を出す。

「まぁ、聖宣書の編纂者が計画派であるとは限らないのだけどな。それっぽい下地を作って、誰かに作らせただけかもしれないし」

『じゃあ、創作の線も全然あり得るじゃないですか!』

「その通りだ。けどな、一つ消化しきれないことがあってだな」

『なんです?』

「使徒だよ。あの得体のしれないマナ生命体」

 天上世界では、異族の上位種と考えられる使徒は、しかし真実は異族とはまったくの別種である。異族は位相融合に伴って起きてしまった異界存在と人間の融合生命体であり、使徒は天上世界由来のマナで構築されている生き物。天上世界由来の、人類が元々の天上世界の位相にやってくる前にいた在来種たちである。

 それを踏まえてシンはこう考えるのだ。

「第2章で語られる創世戦争とは、位相融合直後に起きた使徒と人間の生存競争のことを指すのではないか?」

 外来種(人間)在来種(使徒)

 生存圏を同じくする二種は互いに互いの存在を許容しない。

 弱肉強食。どこまでも平等な自然の法則による生命淘汰。

 それが創世戦争と名付けられた黎明の争乱、その正体だと、シンは推測している。

「使徒にも謎が多い。異族のように人類の捕食を目的とせず、明確な殺意を持って人類に牙を剥く異形であることしか俺達は知らない。だが、生きているのは確かだ。生息圏に現れた侵略者に対して抵抗するのは当然だろう」

『では二十五の大悪魔というのは、使徒の中でも協力の個体たちの総称ですか。そして寝返った大悪魔というのは、きっと計画派が捕獲した個体でしょうね』

「おそらくな。マナ操作術としての魔術もその個体からヒントを得ているのかもしれない。生物実験は生物学者の基本実験だし」

 シンは一本の薪をたき火に投げ、足した。

 落ちた勢いで芯まで燃えた木が崩れ、灰が小さな火花たちと共に舞い上がる。

「けほっ、けほっ」

『馬鹿なのですか?』

「いや、ぼーっ、してたけだ――しかし、どうしたって創世戦争についてのあれこれは仮説の域を出ないな。確たる証拠がない」

『覚えているキラープリンセスから直接話を聞ければ良いのですがね』

「まぁ、記憶を持っているキラープリンセスにも旅の途中で出会うだろう。創世戦争についても、必要な情報ではあるが、決して急ぎというわけでもないのだし」

 大悪魔が一体なんであれ、そうそう遭遇するものでもないだろう。聖宣書の記述は曖昧だが、白も黒も半数以上は確実に討伐されている。生き残った大悪魔も天上世界の方々に散っているとのことだし、創世戦争の記述がノンフィクションであったとしても、大悪魔の存在は頭の隅に置いておくくらいでも良い。

 だから。

「気にはなるけど、時間を割く必要もない。気に掛けるのは個人的な興味だ」

『だったら打倒計画派のことだけを考えてくださいよ。時間の無駄じゃないですか』

 〈ana〉の指摘に、違いない、とシンは苦笑まじりに答える。

 夜は更けていく。〈ana〉の時計によれば、今は日付けが変わったくらいだ。

 過去においては人工の光に溢れ、深夜であっても明りはあった。しかし、現在はLEDも電球もない。火が落ちれば、真っ黒な闇が世界を支配する。

 光源と言えば、シンの目の前で揺らめくたき火くらいだ。

 ちろちろ、と蛇の下のように夜を舐める炎を見つめて、彼はこう思う。

 それは。

 

「レーヴァテインは俺が出立してから何をしているのだろうな?」

 

 

  

 

 

   

 

 

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