ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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いつロストラグナロク編を書けるのか、と更新ペースの遅さに悩む最近です。原作準拠も始めようと思ってるのに…


ep.08 怠惰の本質

19

そよ風が樹上を流れていく。

 腰下まで伸びる長髪の先を揺らす程度の優しい風を受けて、レーヴァテインは枝の腰掛け、幹に体を預けながら思わずこう呟いていた。

「……暇」

 あの男が出立して、はや三日。レーヴァテインは致命的なほどに暇だった。どれくらい暇とか言えば、太陽が昇ってから、沈むまで寝続けても何も問題ないくらい暇だ。

「……やることなんてないし」

 基本、レーヴァテインの行動指針はあの男にに依る。あの男が厄介を抱え込み、それを同道するほかないレーヴァテインも一緒に解決していく。そういう方針だ。

 実際めんどくさいことこの上ないが、レーヴァテイン自身が敵対者である計画派の狙いなので、あの男との同道は仕方がない。あの男が死んでもらっては困る。まだ計画派に捕まっていないオリジナルの説得やその統率が出来るほど自身のコミュニケーション能力が高くないことをレーヴァテインは自覚していた。

 そして勿論、単騎で乗り込んで計画派に勝てるわけじゃないことも。

 面倒事に巻き込まれるか、自由を束縛されるか、と問われれば、レーヴァテインは前者を選ぶ。

 幾度もした選択ではあるが、やはり反復しておかなければならないだろう。

「……だけど…勝てるのかしらね」

 レーヴァテインは思案する。

 彼女には懸念があった。それは計画派と敵対する以上どうしてもついて回るものであり、あの男と同道するからには目を背けられない現実だ。

 突きつけられている問題の正体は、戦力差だ。

 枢機卿―――計画派なる一派はコルテ大規模討伐戦の最後に核爆弾を用いてコルテを吹き飛ばした。そしてあの男が言うには、計画派は国際連合異界存在研究機関が過去に保有していた兵器のほとんどを持っているという。

 重火器類は勿論こと、数台の戦車に地対空ミサイル数台、そして何より忘れてはならないのが、自律型ロボット兵器群だ。

 それらは第三次世界大戦に初めて戦闘投入され、対異界存在兵器としてキラープリンセスが生まれる前から運用されていたものである。一つのマザーコンピューターを通じて数十機の人型機械兵器を同時に動かすという代物だ。

 原形は二十世紀後半に世界を混乱させた杉山義弘の武装である。大分彼のそれと型落ちしているのは否定できないが。

 あれらが敵となると厄介ではある。そもそも対異界存在兵士(キラープリンセス)と自律型ロボット兵器群では相性が悪い。対異界存在兵士が製造された理由は、別位相下で長時間の活動が出来ない人間の兵士や自律型ロボット兵器群の代わりだ。戦力的に優れていたからではない。

 一対一で対峙すれば、確実に死ぬ。自律型ロボット兵器群といはそういう相手だ。

(……手はあると言ってたけど……)

 通用はするが、届くかどうかが微妙だ。まぁ、あの男は二回目の位相融合――つまり天上世界とかつての世界が融合する前に置きた、楽園計画(プロジェクト:エデン)を巡る戦いで自律型ロボット兵器群を相手に立ち回ったというから、可能性はあるのだろう。あの左腕の力もあるのだし。 

「……………」

 思索を止めて、レーヴァテインはそっと目を閉じた。

 いつもだったらすんなり眠りに落ちるが、今日は違う。

 眠れない、わけじゃない。眠ろうと思えば、眠れる。そういう自負が彼女にはある。伊達に暇さえあれば、眠る生活をしていたわけじゃない。体に負担なく、しかしいつでもどこでも眠れる術を身に着けている。

 だから、なぜ眠れないかの答えは単純だ。

つまり今は眠りたくないのである。

 あまりにも暇すぎて、二日間何もしなかったせいだろうか?野良時代は二日程度何もしなくとも眠れたが、あの男が出会ってからは随分と忙しい日々を送ってきたように思える。長距離移動に一万体の異族討伐と、野良時代に比べればかなりアクティブだ。おまけに――これが一番だとおもうのだが――いつも他人が近くにいるのがいけない。なんとなく気が張っていた。そんな自覚がある。

(……慣れないことはするもんじゃないわね)

 けれど、こういうことがこれからも続いていくのだ。厄介だ。逃げたい。いや、逃げられないけど。

 やはり現状を一言で表すならば、

「……面倒」

 生真面目な奏官が聞けば噴飯ものだろう。顔を真っ赤にして怒るに決まってるが、馬鹿じゃないかと思う。

 『面倒』とは、厄介をやらないと言う意味ではない。

 やる気はあるのだ。『面倒』と思った時点では、既に自身の中ではやることが決定している。『面倒』と思えているのだ。それは厄介を実行する気がなければ抱けない感想である。

 やる気がないならば、「やらない」と言っておしまいだ。

 厄介を抱え込んだからこそ、『面倒』なのだ。やる気がないのに、抱え込む人間はいないだろう。

 「面倒」とは諦観である。気が進まない厄介を抱え込むしかなかったことへの。 

 人は逃げられない現実を「面倒だ」と飲み下すことで自分を誤魔化しながら生きていく。

 そうしなければ、人生辛くて生きていけないだろう。

 だからこそ多くを抱え込むエロースは変わっているとレーヴァテインは思う。

 今拠点としているネイシャ宅、そちらを見ればエロースがネイシャを甲斐甲斐しく介護している。

 レーヴァテインには、彼女がそこまで動く理由がわからない。

 きっと自分だったら、

(……見て見ぬふりをするでしょうね)

 残酷なようだが、それが最も現実的だ。おそらくレーヴァテイン以外のキラープリンセスの多くが同じ手を取るだろう。

 助けもなく、体が自由に動くわけでもない老婆に対して、社会的に差別されるキラープリンセスが何を出来る。

 医療の心得があるわけでも、食料を得るための貨幣があるわけでもない。

 ネイシャを別の街に移動させる?無駄だろう。晶化病という異質を抱えた老婆を人間が受け入れるはずもない。

 キラープリンセスに出来るのは、精々戦うことだけだ。

 きっと手を差し伸べてしまえば、こちらも疲弊する。そして、挙句の果ては共倒れだ。

 自己犠牲の献身は善ではない。自分の命は自分のために使うべきだ。もし他者のために自分を捧げれば、自分に対する責任を他者に強制的に負わせることになる。それも善意の押し付けという最も糾弾しにくい結果によって。

 人間は可能な範囲の他者を助けられれば、それで十分だ。自分が負わなければならない自己に対する責任を他者に押し付けるなど、あってはならない。

 そして、エロースがそんなことをわかっていないはずがない。

 だとしたら、どうしてネイシャを助けるのだろうか。

「なんで手を貸すんだろうね~。彼女は」

 レーヴァテインの内心の疑問に呼応するような言葉があった。

 それもレーヴァテインの真下から。

「――っ!」

 反射的に警戒し、気から飛び降りた。

 声の主を見ると、

「はろはろ~」

 と気だるげな声が返ってくる。

 べルフだった。

(気配がなかったわよ…!)

 足音すら、聞こえなかった。

 近づいてくる姿もなく、レーヴァテインの知覚において、彼は過程を無視して現れた。

「貴方、何者?」

「君の見た通りさぁ。それ以上でも、それ以下でもないよ」

「見た通りには思えないんだけど」

「そう見えるならば、そうなのかもねぇ。まぁ、どうでも良いけど。とりあえず、登ったら?警戒なんて、するだけ無駄だよぉ」

 そう言ってべルフは大きな欠伸をする。

 隙だらけの彼の様子に敵意はないし、身を震わせるほどの害意もない。

(……少しぼーっとしてただけかもしれないわね)

 眠ろうとしていた矢先の出来事であったために、感覚が鈍っていただけなのかもしれない、と結論づけて、再び樹に登る。

「暇そうだねぇ」

「……実際暇なのよ……厄介事を持ってくる奴もいないし」

「なるほど、君の行動基準は彼なわけだ。随分依存しているようにも見えるけどぉ?」

「……同道する理由があるのよ……理由さえなければ…さっさと気楽な一人生活に戻る」

「結構、怠惰なんだねぇ。いや、レーヴァテインは基本的にそうか」

「……レーヴァテイン(わたしたち)について知ってるの?」

「多くのキラープリンセスについて、良く知ってるだけさ。それなりの縁があったから」

「……元奏官?」

「違うよ。そんな良好な関係ではないさ。もっと別のろくでもないものだね」

 そういう割には、彼の声に嫌悪の色はない。気楽な、より正確に言うならばどうでも良さそうであった。

 随分と、彼は浮世離れした感がある。いつも気だるげで、自分を切り離して世界を見ている。

 当事者意識が薄いというべきだろうか。否、若干違う気がする。

 彼は世界に冷めている。それが一番しっくりくる表現だ。

「それで?」

「……何よ」

「いや、何故エロースは手を貸すんだろうねって話ぃ。君も疑問に思ってたんじゃないの?」

「……まぁ…ね」

「実際、あの()、君たちが来るまで、結構カツカツだったんだよ」

「……世話されてる…貴方が言うべきじゃないわね」

「俺だって好きで世話されてたわけじゃないしぃ。なんかネイシャが来てから、あの家捨てて外で暮らしてたのを、半ば無理矢理世話させられるようになっちゃったんだよ」

「……らしいわね」

「だろ?で、二人の厄介者を抱えることになった彼女は結構大変なわけぇ。彼女は金髪だから、キラープリンセスじゃなくて人間として見られることが多くてね。多少は良かったんだろうけど、それでもギリギリだったね」

「……で…私より長く彼女といた貴方には理由がわかってるわけ?」

「いいや、全然。俺は怠惰な奴なんだよ?働き者の気持ちなんてわかるわけないだろ~」

 聞いた私が馬鹿だった。

 大げさに溜息をついて、レーヴァテインは目を閉じる。

 今度はよく寝られそうだ。べルフとかいう退屈な奴がいるおかげで、『べルフとの会話を拒否するため』という理由ができた。おかげで躊躇わずに済む。

 意識を自身の奥深くへ。闇に浸すように奥深く。

 眠りの波に体を委ね、風の心地に気分を委ねる。

 何をべルフに言われても、一切を無視すると決めていた。

「ねぇ、レーヴァテイン。君は怠惰が生まれる理由を知ってる?」

 しかし、彼の問いに思わず目を覚ましていた。

「……知らない」

「怠惰とはね。諦めから生まれるんだよ」

 それは、どういうことだろうか。

「人間はね。どうしたって自身が保有する可能性の中でしか生きられない。自覚的にも、無自覚的にもだ。例えば、世界には明日何をするか決めている人もいるだろうし、決めていない人もいるだろう。だけどねぇ。『明日自分が生きている』という確証を得ている点では、両者とも変わらないんだ。つまり、こう言いかえることも出来るわけ。『明日自分が生きている』という可能性の中で生きている、と」

「そう…ね。人は先が続くことを前提にして生きてる。それ以外にも、何を成すにも必ず『成功』の可能性を捨ててはいないわ。そして、日常の中で、その無自覚の心の動きに気づいている人は少ない。むしろ、日常であれば可能性ではなく必然として見ている場合ばかりよ」

「その通り。可能性に生きている、もっと言えば可能性に溺れていると言ってもいいかもしれないねぇ。苦しみを通り越して、何も感じないくらい麻痺しているんだからさぁ。絶対なんて有り得ない。それを人は忘れすぎている。思い出すのは、失敗の可能性が見える時だけ」

「でも、仕方がないでしょ。だって、日常は人々にとって確約されたもののように見えるもの。まず可能性として考えることはしないはず。日常なんて、だからこそ当り前なんて言うんだから」

「だけど、当り前なんて幻想だよねぇ。絶対なんて、有り得ないんだからさ」

「くどいわよ」

「はは、ごめんね。ただ可能性は人が無意識の内に生きる前提になっていることは分かるよね。絶対が有り得ないのなら、あらゆる全ては可能性でしかないんだから」

「で、さっさと本題」 

 無駄に話が長い。あと、有り得ないくらい饒舌。キモい。

「うん、で怠惰な人間っていうのは、言うなれば可能性を放棄した人間のことなんだ」

「可能性を放棄した?」

「その通り。怠惰とは主体が行動を否定している状態だ。つまり、ただ可能性にないただ一つの停滞を選ぶ。停滞は可能性ではない。停滞は現状維持でしかないから、現状維持は無変化だから可能性ではないんだよ。選択肢の一つではあるけどね。じゃあ、何故現状維持を選ぶのか?それは諦めているからだ。可能性を、可能性の選択を。これが怠惰の理由、怠惰の本質だよ」

「現状維持の可能性は有り得ないのね。あくまで可能性は変化だと、貴方は言うわけ」

「その通りだ。死体が保有する可能性はある?ないよね。死体はそこで完結している。死体に可能性はあるけど、死体が保有しているわけではない。死体の外にいる他者が保有しているだけだ。死体が保有しているとは言い難い。だからだよ、俺が現状維持を可能性に含めないのは。現状維持の選択を続けるのは、死んでいるのと同じだよ」

「でも、体がだるいから何もしないって人もいるじゃない」

「それには明確な理由があるじゃないか。『体がだるい』って理由がね。それに一時的な場合でしょ?それは怠惰とは呼べない。ただ、理由があって辞めただけだ。本当の怠惰っていうのはね、恒常的なものなんだ。一時の行動の否定は諦めじゃない。ただやらなかっただけ。やらなくなったとは違う」

 そしてべルフは一拍置いて、こう言った。

こちらを見透かすような感情のない瞳で、見つめながら。

 

「怠惰な君は一体何を諦めたんだろうね?」

 

20

「止まって」

 先を行くオティヌスがシンを引き留めた。

「どうしたの?」

 シンの問いかけを無視して、オティヌスはスリロスのボウガンを構えた。

 そしてマナの矢を近場の樹に向かって射る。

「よし」

「どうしてそんなこと」

「ちょっと気になっただけ。ほら、行こう!」

 そう言って、彼女はさっさと先に行ってしまった。

 小声で〈ana(アナ)〉に問う。

「異族か?」

『いえ、その気配はありません。彼女がああしたのは、多分アレのことじゃないかと」

「アレ?」

『確証がないので今は伏せておきましょう。混乱を招きたくはありませんし。ですが、可能性としては高いかと』

 結局誰も教えてくれそうにないので、諦めたシンは肩をすくめる。

 川の上流を目指して、一週間ほど経っている。森はいっそう深くなり、険しい道も増えてくる。キラープリンセスと生物的改造人間の二人の移動速度を考えれば、もうそろそろ晶化病を引き起こす原因があってもおかしくないはずだが、いっこうにそれは姿を見せない。どんな姿をしているのか、どんな形を取っているのか。そんなことすら不明だが、マナの扱いに長ける弓のキラープリンセスのオティヌスと科学者のシン、そして世界最優の天才に作られた人工知能〈ana〉が居れば、科学系であれマナを使ったものであれ、見抜けないなんてことはないはずだ。

「しかし、随分と遠くに来たね。レーヴァテインたちは大丈夫だろうか」

「大丈夫でしょ。食料も君が買って来たトウモロコシがあるし」

「トウモロコシだって保存に向いてるわけじゃないじゃん」

「それは大丈夫。ちゃんと良い保存方法を教えたからさ」

「良い保存方法?」

「トラシュカリって言うトウモロコシの粉末で作ったパンを作るの。それを干して、水気を飛ばせば長期保存も可能になるわけ。前、立ち寄った村で教わったんだー」

「トラシュカリ……トウモロコシのパン……ああ、トルティーヤのことか」

 確かメキシコの伝統的な料理だったはずだ。タコスの具を挟んでるパンだったけか。何故か神話や伝承の記憶を持つ対異界存在兵士をカウンセリングするにあたって、世界中の神話と伝承を調べ上げたため、メキシコの文化の根底にあるマヤ・アステカの文化にもシンは詳しい。

 しかし、シンには、正直な所、メキシコにはあまり良い思い出がない。

「メキシコシティ奪還戦…」

「何それ?」

「気にしないでくれ」

 あれはほんとに酷い戦いだった。

 戦地にキラープリンセスと二人きりで取り残され、異界存在との連戦が日常。

 たった五日間のことであったが、地獄だったと断言できる。

「あれはなぁ」

「何か一人で渋い顔してないでよ。わけわかんないアタシの身にもなって」

 そんなこんなで二人は進む。時折雑談を交わしながら、異族と遭遇することなく川沿いを行く。

 一時間後くらいだろうか。それが現れたのは。

「……やっぱり」

『やはりそうでしたか』

「は…?」

 それを目にした二人と一機の反応は二つに大別できる。

 オティヌスと〈ana〉は納得したように頷き、シンは驚きのあまり目を見開いていた。

 二人と一機の足を止めたもの、それは、

「マナの矢の傷跡…?」

 一時間前、オティヌスが木に付けたものと同じ形の矢傷であった。

「俺達一直線に進んでたよな?」

「道が曲がってたりもしてなかったよ」

「じゃあ、なんでお前がつけた矢傷がある!」

 有り得ないのだ。そんなことは。

 折り返したわけでも、分かれ道があったわけでも、道が曲がっていたわけでもない。

 ただただ真っ直ぐ前に進んでいただけだ。なのに、どうして通り過ぎた矢傷が今目の前にある。

 オティヌスは言った。

「多分空間が繋がってるんだよ。前見たことがある」

「そんなことがありえるのか?」

 空間を繋ぐ。シンには意味が分からない。何が空間を繋げているのか、そもそもどういった原理を利用しているのか。地点Aから地点Bへ物品を移動させるテレポーテーションくらいだったら、実用段階には至らなかったが理論は存在したために、まだ理解は及ぶ。けれど地点Aと地点Bを繋ぐなんて技術は受け入れがたい。

「オティヌスは空間が繋がる事例を知っているのか?」

「一個だけ知ってるよ。昔の話なんだけどさ、人外域ワスレナ――つまりはコルテがあった冥花繁殖帯の外の奥にある『海』に行こうと思ってたんだけど、今回みたいに気づいたらワスレナの外に居たんだよね。真っ直ぐ進んでいたはずなのに」

「じゃあ、天上世界では絶対ないとは言えないわけか……。まったくつくづくデタラメだな。この世界は」

 関係しているのは十中八九マナだろう。となると、計画派も『空間を繋ぐ』と似たレベルのデタラメを成し得ている可能性があるわけだ。

 考えたくない可能性だ。既存の科学兵器に加え、科学以上の技術を保有するとなると、分が悪すぎる。

「どうして気づいた?」

「人間のシンにはわかりにくい感覚だろうけど、なんとなくマナの流れに違和感があったんだ。この矢傷をつけた木を境にね。だから、分ったんだよ」

「なるほどな――やはり、マナの観測手段も持っておくべきか…」

「はは、レーヴァテインもいるんだし大丈夫じゃない?」

『ああ、そうだ。因みに私も風景の無変化からなんとなく勘付いてはいました』

「俺だけ気づいていなかったのな」

「まぁまぁ、気にしちゃ駄目だって。普通は気付かないし」

 オティヌスのフォローが心に染みる。

「それでどうすれば、この繋がりを解除できるんだ?」

 未だ晶化病を引き起こした原因に遭遇できない理由はわかった。

 理由を突き止めたなら、解除も可能だろうとシンは思っていたのだが、

「わからない」 

 それがオティヌスの解答だった。

「前に遭遇した時も、アタシは何もできなかったんだよ。だから、アタシは知らなくてさ」

「マナをいじくれば、どうにかなるんじゃないのか?」

「無理だよ。違和感を感じるくらいで、どういう仕組みでこうなってるのか、わかんないんだし」

 困ったことになった。

 二人と一機は頭を抱える。

 これでは行き止まりだ。晶化病を止めることも、計画派の尻尾を掴むことも出来ない。

 しばらく考え込んで、シンは決定する。

「CMCシステム起動、コード2754389〈ブラフマーストラβ〉」

 シンはブラフマーストラβを形成した。

「ど、どうしたの!?」

 オティヌスが驚いた様子でシンを見た。

「こういうどうしようもない時は、力技を試してみれば良い」

 つまりは、

「俺が持つ最高火力をぶち込む。そうすれば、微睡こっしいものは全部吹き飛ぶだろうろ」

「そんな無茶苦茶な!」

「伏せておいた方が良い」

 オティヌスの抗議を無視して、シンは肉柱をブラフマーストラβにセットした。

 そして、〈ana〉の5カウントの後に光撃を放つ。

「すっご」

 思わず、と言った風情で口を吐いた彼女の言葉には、素直な感嘆が籠っていた。

 やがて光の柱は収縮し、シンの左腕もまた消滅する。

「どうだ?」

「あの光、凄かった」

「……ありがとう?…だけど、俺じゃなくて…」

「えっ、ああ、そうだねっ。空間の方だよね!――えっと、あっ、風景が壊れてくよ!」

 延々と続く森の風景。

 それが溶けるように、消えていくのだ。

 変わらないのは、空の青。木々たちは非科学的な様子で消えていく。

 変わりい現れるのは、小さな人工湖と硬質な灰色の小屋。

 明かな過去の遺物だった。

「何……あれ?」

 疑問こそ放っているものの、オティヌスは目を輝かせていた。

 彼女のキラーズ、オーディンの弩(オティヌス)の持ち主である北欧神話の知恵の神は魔術(オカルト)を行使するためのルーン文字の獲得を目的に、首を吊るような神だ。未知を前にすれば、当然興味を引かれるだろう。

「あんまり深く考えるな。また暴走するぞ?」

「…ねぇ、その暴走体質をどうにかできないの?レーヴァテインは解消してるんだよね?」

「無理だ。お前と彼女じゃ、事情が違う」

 暴走体質の解決など、できればとっくにやっている。

 確かに調整(チューニング)を施せば、暴走の原因となるマナを取り除くことが出来る。

 だが、それはオリジナルだからだ。クローンは出来ない。

 クローンには遺伝的な寿命問題があった。クローン生命体自体の寿命が短いことは二十一世紀初頭に否定れている。だが、彼女達には遺伝子の構造的欠陥があり、寿命が短くなっていた。

 たただその事実を踏まえると、一つ現状と矛盾がある。

 何故遥か昔に創世戦争に参戦していたオティヌスが生きている。

 短い寿命を考えれば、既に死んでいるはずなのに。

 明らかな異常だ。

 だが、オティヌスだけではない、他のクローンも寿命が延びていることから、異常の理由は簡単に予測できる。

 過去と現在の最も大きな違いが答えである。

 すなわち、マナ。シンはマナがクローンの延命を図っているのだと推測していた。

(なんか何もかもの原因がマナだな…)

 弓や杖、魔銃のキラープリンセスを仲間にしたら、研究を進めたいものだ。性質を知れば、計画派の魔術への対抗策を導き出されるかもしれないし、自分も使えるかもしれない。

「それで、どうするつもり?」

「勿論調べる。オティヌスは……」

「アタシも行くよ。考えなければ良いんだよね?」

「気をつけてよ」

「わかってるって」

 そうして、二人は罠を警戒しながら、建築物に接近する。

「〈ana〉、何かあるか?」

『科学的なものは、見たところ何も。監視カメラやセンサーといったものはないようです』

「オティヌス、マナの流れは?」

「特におかしなところはないね。というより、トラップの類は警戒する必要がないかもしれない」

「どうしてだ?」

「ほら、空間を繋げて一生辿り着けないようになってたでしょ。あれ絶対人為的なものだって。今回はシンが力技でどうにかしたけどさ、基本は誰も抜け出せないと思うんだよ。だから、この建築物を作った人は元々潜入されることを想定してなかったんじゃないかな。そしたら、罠は作らないよね」

「なるほど、合理的だな」

 とはいえ、警戒は怠らず彼らは建築物に潜入する。

 鍵のかかった扉はブラフマーストラβの反動でスリロス形成をしないシンに変わり、オティヌスの矢で破壊した。

 内装は特段変わったものではない。外見通りの簡素なコンクリート小屋だ。

 一つの大きな窓から入って来る光だけで、屋内の光量は事足りる。その程度の広さの小屋だ。

 そして、小屋の左端には一台のパソコンがあった。

「これ……なのか?」

 シンは疑わし気にそれを操作する。

「何その四角い箱……えっ、何か光った!おおぅ、なんか変わってく……」

 外野がやかましい。まぁ、純粋に驚いてるだけだから、暴走の可能性は低いだろうが。

「ちっ、パスワードか……。『Eden』…ダメか…『Ragnarok』……おっ、開いた。ありがたいが、安直すぎないか?誰だよ、これの持ち主」

 そうやって開いた先にあるのは、いくつかのフォルダ。

 残念ながら、計画派が隠しているようなデータはなかった。

 けれど、『マナの集積実験』なるフォルダがあったため開く。

 特段内容は目新しいものではなかった。

 あらかた晶化病の通りだ。実権目的は人間に堆積できるマナ結晶量の計測。マナの堆積の影響は、子供や老人から始まりやすい。一時は肉体機能の万全を生むものの、マナの堆積量が増えるにあたって肉体機能が衰え始める。それが晶化病、もといマナの堆積が人体のもたらす影響だ。

 目新しいのは、計画派がマナの結晶体を求めているということくらいである。

「実験の責任者は……無いな。まぁ、アイツじゃなければ良いか」

 そしてシンは実験実行プログラムなるものを見つけた。

 彼はそれを停止する。

 それで、終わり。

「えっ、これで終わり?」

 オティヌスが呆気に取られて言う。

 おそらくパソコン以外の機器はないし、本当にこれで終わりなのだろう。

「一応壊しとくか」

 シンは拳銃を引き抜いて、パソコンに向かって撃つ。

 バン、バン、バン。

 三回の銃声が、閑静な森に鳴り響く。

 これでおしまい。

 不気味なくらい、何もなかった。

 




words
・計画派が保有する兵器は、重火器類、地対空ミサイル、数台の戦車、そして自律型ロボット兵器群である。
・自律型ロボット兵器群は一つのマザー―コンピューターで制御する人型兵器。杉山義弘の武装を元に、第三次世界大戦で実用化された。
・対異界存在兵士は別位相下での長期行動を目的に生み出された。
・戦力的には自律型ロボット兵器群の方が、対異界存在兵士よりも上。
・位相融合前に、シンは自律型ロボット兵器群を倒したことがある。
・マナを使えば、空間を繋ぐことも可能。そして計画派は、これと同等のデタラメを保有している。
・晶化病は『マナの集積実験』で引き起こされたもの。実験を停止したために、今後キエム村で晶化病が起こることはない。
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