ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.12 彼女の目的は一体何だ?

28

 不味いわね、とレーヴァテインは心の中でそう呟いた。

 枢機卿――計画派の研究者が現れてから、オティヌスが手綱を握る馬車で逃げ出した先は、レーヴァテインたちがキエム村に来るさいに通って来た切り立った崖の上。地面が遥か下にも関わらずあの男が飛び降りた例の崖である。

 レーヴァテインは森が一望できるこの場所で、あの男と一人の枢機卿との戦いを見つめていた。

 見つめる彼女の瞳に移るのは、感情を押し殺したような冷静だ。戦場の中で冷静沈着な――というよりは無関心無感動と言うべきだろうが――レーヴァテインが感情を僅かでも表すのは珍しい。平素だったら眉を動かさず淡々と異族を殺し、偶に眉を顰めて不快感や苛立ちを表すだけである。

 けれど、この異様な戦場(・・・・・)を前にすれば当然とも言えた。

「なんなのよ…これは……」

 レーヴァテインの見つめる先。

 展開される戦場は彼女が知らないそれであった。

 否、本当は知っている。かつて似た戦場を彼女は知っている。

 知らないと表したのは、異族と剣で斬り合う天上世界の戦いとは全く乖離しているからだ。

 つまり彼女が眼下の戦場を知ったのは、現在ではなく過去。

 眼下の戦場はその異質さにおいて異形に異形を重ねた異界存在たちとの戦闘に似ている。

 しかし、そうであっても、これはあまりにも異様が過ぎた。

 なにせ――

「森の木々を全てを操作しているというの――ッ!」

 森が縦横無尽に動いていた。葉が手裏剣のように飛び、枝は鞭のようにしなり、幹は非現実的な休息成長を遂げ大木となって滑らかに動きまわり、根は起き上がってあの男をつけ狙う。

 この戦いは一対一の決闘ではない。たった一人によって行われる、史上最も異質な包囲戦だ。

 開戦直後。あの男は周囲の木々に一斉に襲われた。枢機卿が放った全方位攻撃を、木々が襲い掛かる僅かな時間差の隙間を利用して、あの男はなんとか事なきを得ている。およそ人間技ではないが、左眼の人工知能が何某かをしたのだろう。そうでもなければ、説明がつかない。

 だが、初撃を避けたからと言って、息を吐く暇があったわけではない。

 むしろ、そこからが地獄だった。

 三百六十度、何処に逃げても枢機卿の魔手は迫る。当然だ。彼女の武器はこの森そのもの。あの男は既に敵の胃袋の中にいる。逃れられる場所などあるはずがない。常にあの男は、木々による集中砲火にさらされていた。

 今は、なんとかあの男の武装――変化自在のアイギスがまるで意志を持っているように、枢機卿の隙の無い飽和攻撃を捌き続けている。

 だが、それも長くは持たない。必ずどこかであの男の体力が追い付かなくなって破綻する。

「流石にアレは不味いでしょっ!援護しないとっ」

 オティヌスが悲鳴のような声を上げる。その手には彼女のスリロスたるボウガンが握られ、マナの矢は装填済みだった。

 明らかな敵対行為。

 焦りを、感じた。

「待って……っ!」

 静止の声を出すがもう遅い。

 既に引き金は引かれている。オティヌスが矢を生み出した時点(・・・・・・・・・・・・・・・)で、それらの許容量は超えている。

 レーヴァテインは視界の先で、一体の銀の人形がこちらに大口径の砲身を向けるのを捉えた。

「まずっ……」

 確実にこちらを粉砕する一撃。オリジナルを殺すわけにはいかないので、ある程度の威力調整がされるようプログラミングはされているだろう。オティヌス殺害の余波でエロースとレーヴァテインを失うわけにはいかないからだ。

 だが、一切の介入をさせぬよう、こちらを再起不能まで追い込むことくらいは造作もないはず。

 レーヴァテインは己が得物を取った。オティヌスは爆撃から庇うためだ。異界存在に与える損傷から逆算すれば、爆撃の破壊力よりスリロスの硬度の方が上。爆圧は防げないが、爆炎や弾丸と化した破壊物は防げる。肉体に傷を負わないだけでも、随分と違うはずだ。

 だがレーヴァテインの思惑とは別に、もう一人のキラープリンセスが動く。

「オティヌスさんっ、レーヴァテインさんっ、低く後ろに跳んでくださいっ!」

 エロースの声が走った。

 咄嗟と言った風情で、オティヌスが声の通りに背面に飛んだ。

 オティヌスのつま先が大地を蹴った。

 その直後。

 ドガァァン、と擬音語で称してしまっては違和感があるほどの破壊があった。

 音が届いてほどなく地面から――崖からあまりにも巨大な土塊(つちくれ)が欠け落ちる。

 ちょうどオティヌスとレーヴァテインが立っていて、気づいてからでは逃げきれない範囲の土塊が。

「危なかった……」

 レーヴァテインはそう安堵共に吐き出した。

 エロースがいなかったら、今頃二人して地面へ真っ逆さまだっただろう。 

 先程起きたのは、ロボット兵器群による砲撃だ。接触爆発型アンチマテリアルライフル弾が崖下に炸裂。それが崖を削り取ったのである。

「自律型ロボット兵器群とは、それなりに軍事行動を共にしていますからぁ、行動パターンはわかりますよぉ」

「貴方たちも大変だったわね」

「ほんとぉに昔は大変でしたぁ。矢はかさばりますから、そんなに持てませんし、相手にしなくちゃいけない異界存在も嫌になるくらいますしぃ」

 過去において、弓のキラープリンセスの矢は異界存在の肉体を加工して作られた特別製の矢だったはずだ。現地調達が出来ないために、弓は随分と苦労したと言う。異界存在に対抗するには一番有効なのが同じ異界存在の肉体だというから敵を撃滅することに関しては合理的なのだろうが、それ以外致命的だ。当時の軍はもう少し頭を捻るべきだろうとも思う。

 そして補給の難と持ち運べる矢の本数のことを鑑みて、弓のキラープリンセスと同時に戦場へ投入されたのが自律型ロボット兵器群であった。あれらは軍事行動の補助を担当していたはずだ。つまりは戦闘介助や武器補給の実働要員である。人間が行うよりは効率的と言うことで、あれらが採用されていた。 

「まぁ、あれも滑稽よね。百年経っても、オリジナルよりも何段も下なんでしょ?」

「たった十人で世界を震撼させた杉山の遺産ですからねぇ。百年で彼らに追いつくのは、難しいんじゃないでしょうかぁ」

 そんなどうでも良い雑談を交わす。

 だからだろう。まったく話についていけてないもう一人が声を上げた。

「ちょっとぉっ!アタシのついていけない話をしないでよっ!有益な話なら解説お願い!!」

 この場で唯一、過去の事を知らないオティヌスが若干悔しそうに、泣きそうな顔をしていた。

 レーヴァテインは過去のことを伝えるために口を開き――かけて、また閉じる。

(そういえば、不用意に過去のことを知ると暴走するんだったわね…)

 エロースは暴走の件を知っているんだったか。あの男が伝えているのかもしれないが、しかしこちらは確定の答えは出せない。

 つまりはレーヴァテインが彼女に伝えるしかない。情報の共有を面倒と思う自分がいるが、共有の重要性を叫ぶ理性がいた。

 だからレーヴァテインは溜息を吐きつつ、暴走しない範囲での知識を伝えるために少しの間をおいて、今度こそ口を開く。

「別に昔話をしてただけ」

 じとーっ、とオティヌスが見てくるが、事実なのだからしょうがない。

 思えば、先ほどの会話に伝えるべきことなどなかった。大変だったねー、そうだねー、みたいな実のない会話にに何の有意味があろうか。というより無駄に頭使いたくない。面倒くさい。

 オティヌスは仕切り直しとして問いかけてくる。

「まぁ、いいや。それで、とにかくあの人形をどうにかしなくちゃいけないと思うんだけど。どうすれば良い?」

 妥当な問いであった。

 しかし、こちらとしては彼女の期待にそう答えを出すことはできない。

「ないわね」

「ないですね」

「ちょっとぉっ!」

 オティヌスが非難の声色を出すが、そうとしか答えようがないのだから仕方ない。

「自律型ロボット兵器群の戦闘能力は元々私達以上のものよ。自律型ロボット兵器群は各一個のロボットが独立ネットワークを構築し、それを世界最高の演算能力を持ったマザーコンピューターが統括した結果、コンマゼロ秒で兆単位での計算を可能とした怪物兵器。作戦なく戦おうとするのは、馬鹿らしいわよ」

「演算処理能力だけじゃなくて、所有している銃火器類も驚異ですし。先程の接触爆発型アンチマテリアルライフル〈D-340〉に加えて、20ミリマシンガン〈BRURT〉、多段爆発手榴弾〈マリスタ爆弾〉、そして胴体が天才マックの作った世界最硬金属ですからぁ。そもそもの基礎スペックがキラープリンセスと違いますよぉ。キラープリンセスが採用されたのは、人道的な判断ができる兵器が必要だとされたからですからぁ。ほら、あったでしょう?まだ私達がクローン生産が決定されていない第一世代(ファーストキラーズ)の運用開始時に起きた、虐殺事件が」

「………?」

 覚えのない情報が出てきた。

「あれ?知らない?貴女はバリバリの現役世代だったと思うのですけどぉ……?」

「知らない……」

「うーん、だったら記憶の蘇りには若干の齟齬があるのかも…?」

「あの、よくわからないけどっ、アタシを忘れないでくれるかなぁっ!お願いだからぁ……」

 気になることが出てきた所で、涙目オティヌスちゃんの横槍が入った。そういえば、いたなこの人と言った感じである。結局置いてけぼりにしたまんまだった。

 泣き出しそうなオティヌスをエロースがフォローするのを横目にいてレーヴァテインは、

「話を本筋に戻すわよ」

「ありがとうございましゅ。エロース、やらかいよ~」

「存外寂しがり屋ですねぇ。よしよし」

 オティヌスがエロースに抱かれて泣いていた。巨大な胸に顔を埋めて、頭を撫でられて慰められている。

 なんだか変なキャラ付けがされてそうだが、レーヴァテインの看過する所ではない。

「とにかく、貴女にもわかるように要約すると、結局できることはなにもないということよ」

「だけど、それじゃあ、シンが……っ!」

「でもですよぉ、ここで一つがで出てきませんかぁ?」

「疑問…?」

 はい、とおっとり仕草で答えたエロースは続けてこう言った。

「そもそもとして、自律型ロボット兵器群は私達――一括りで言う所のシン勢力と戦うことを想定されていたのでしょうかぁ?」

 そもそもの、事態の根底を揺るがしてきた。

「どういうこと?」

「考えても見てください。計画派はこの段階では、シンさんを泳がせて全てのオリジナルのキラープリンセスを集めさせるという話でした。だったら、シンさんを殺すような戦力を投入するとは思えませんよぉ。だけど、自律型ロボット兵器群に早苗ちゃんの魔術は明らかに過剰戦力ですぅ。だとしたら、彼女達は一対何を想定して戦力を整えたんでしょうかねぇ?」

 確かに、言われてみればその通りだった。

 計画派のアンナはあの戦跡の花畑を去る時に言っていた。シンには計画派が追えないオリジナルを確保させるために放置する、と。 

 であれば、この状況はなんだ?

 明らかにシンを叩きつぶそうとするこの状況は計画派の方針と明らかにズレている。

 しかし、だからといって枢機卿がシンを叩きつぶしたいか、と言われれば、それも疑問点が残る。

 だって叩き潰したいなら、開戦直後から自律型ロボット兵器群を投入すれば良い。そうすれば速攻で片が付く。

 ギリギリとか関係ない。

 枢機卿が叩き潰す気ならば、戦えている方がおかしいのだ(・・・・・・・・・・・・・)

「だったら――」

 レーヴァテインは視線を移す。

 未だ尚、森が蠢く戦場へと。

 

「――だったら、自律型ロボット兵器群は何のために投入されたの……?」

 

 見つめる先、答えはあった。

 緩やかにあれらは足を進める。

 森の近隣にある何処にでもあるような平凡な家。

 すなわち、ネイシャ宅へと―――

 

29

 刃が飛んだ。

 否、性格には刃ではない。鉄の如く硬質化した枝が、鉄あらざるしなやかさを持って切り返してきたのだ。

「ちぃっ、過剰戦力が過ぎるぞ、これはっ!」

 やや不自然な挙動で、それをよけるとシンはそうなじる。

 シンはギリギリ、ほんとうにギリギリの所で早苗の猛攻を凌いでいた。

 早苗の操る魔術は―どういう原理かは不明だが―森そのものを武器とした。木々が不気味に煽動し、ありえざる挙動を取った。極めつけは、木々の急成長である。科学的な理解を超える事象であった。

『とはいえどうにかするしかありません。貴方の体がもたなくなる前に』

「具体性のない打開策よりも、表面上の同情の方が欲しかったわけだが!」

『タイヘンデスネー』

「お前っ、ほんっといい性格してるな!」

 そんな戯言を交わしつつ、シンの体(・・・・)は枝の槍を回避する。

 状況としては絶望的であった。四方八方は敵の武装。それも千変万化する非形状固定武装だ。応用性に底はなく、対策が立てずらい。おまけに全ての攻撃が速く、鋭いから、手に負えなかった。一撃喰らえば、それが死につながるような戦場だ。全てが致命傷とも言える猛攻など気が狂いそうになる。

 異界存在タイプ:ドライアドとの戦いを思い出された。枯れた枝のような体躯を持つあれとの戦いが、これと類似していた。とはいえ、タイプ:ドライアドの方が攻撃性という点では早苗よりは生温いが。

 だから、最初の攻撃――三百六十度、全方位から攻撃が繰り出され、〈ana〉の予測線が算出された時、シンはこう決断したのである。

「〈ana〉、体を預ける」

『かしこまりました。CMCネットワークを経由して、貴方の肉体の制御権を一時借り受けます』

 下したのは、凍結されていた〈ana〉のCMCシステム統括制御OS管理権を解凍命令。

 導き出されるのは、シンの肉体を極小コンピューターである〈ana〉への明け渡しだ。

 ビリり、と刹那の内に僅かな痺れが体を駆け抜けた。

 そして。

 〈ana〉が算出した予測線をかいくぐるようにして、シンの体は木々の槍を凌いでいた。

 初撃以降の畳みかけるような連撃も、〈ana〉の制御下で行ってきた。機械に体を預けるなんて頭の螺子が外れてると言われるかもしれないが、人間より遥かに高い演算処理能力を持った機械に任せた方が判断の肉体への反映が速い。一撃必死の高速戦闘においての有用性は明らかなはずだ。

 唯一動かせるのは、口ぐらいか。

「次来るぞ……っ!」

『わかってますっ!』

 目前、五つの硬質化した回転する木葉と三つの枝の槍が迫る。

「『CMCシステム起動、コード2117651〈ダーインスレイブ〉』」

 シンの口が言葉を紡ぐ。

 途端に流動性のある盾状態の左腕から黒い無骨な剣が生成される。

「『…………ぅ』」

 〈ana〉が息を吸った。

 それから、強く大地を蹴る。

 繰り出されるのは、滑らかな剣技だった。

 鋭く飛来する硬質化した二枚の木葉を打ち払い、立て続けに食らいつく三本の槍を剣の腹でいなし足さばきでいなし、隙を縫うようにしてやってくる三枚の木葉を瞬間強化(ブースト)を使い、一息に抜き去った。

 しかし、木々の猛攻はまだ終わらない。

 九十度に四方向の木々の幹が肥大化する。それに付随して、シンの足元の地面が隆起した。否、地面ではない。隆起したように見えたのは、根。それが地上へと躍り出たのである。

 植物の根は時にコンクリートすら伸びていく。であれば、その力が人に振るわれたらどうか。

 答えは簡単。

 重力の頸木を断ち切って、直上へと吹き飛ばされる。

 シンは意識の明滅を感じとった。頭の中がシェイクされるような気持ちの悪さ。肉体の制御権を明け渡したとはいえ、シンの自意識は失われていない。

 〈ana〉が慌ただしく動く。

『血中酸素濃度、血流を即時調整。体内環境の調整を実行し、肉体感覚を平時のそれへと強制変調します』

 ぎゅるん、とそんな感じでシンの肉体感覚が戻された。急速な感覚調整に吐き気を催すが、〈ana〉はそれを認めないし、認められない。

 敵は待ってはくれない。次なる魔手はすぐそこに。

 変貌した巨木たちの幹から不自然な成長があった。シンに面した幹の上から下まで、びっしりと枝が生え始め、分岐し、シンの体を追いたてる。

「どうする!こっちは空中にいるが!」

『783に分岐した枝槍を確認。なんとかしますよ、なんとか!耐えてくださいね、貴方の体!』

 先に到達したのは、約五十の枝槍だ。

 すぐさま左腕に持ったダーインスレイブ走る。

 最初に破断したのは、前方左下より迫る枝槍だった。〈ana〉はその中でも太目の枝槍に目ぼしを付けた。無骨な剣を大きく振りかぶり、一息に先鋭化した先端を切り取った。

 そのままの勢いで、〈ana〉は器用に太目の枝に着地。軽業師のようなバランス感覚で、枝の上を駆け抜ける。

 枝槍がシンの背中を追った。後ろからだけではない。前からも、シンの体を貫かんと迫りくる。集合した枝槍はさながら獣の口のようであった。前後からちっぽけな人間に食らいつく二頭の獣。容赦のない破壊の群れがシンの体に襲い掛かる。

 対して、〈ana〉の算出した答えはシンプルだった。

『前後から迫るだけなら、それ以外の方向へと回避すれば良い』

 シンの重心が下がる。右手が枝をなぞった。

『すなわち下。自滅覚悟の急転直下は流石に想定していないでしょう』

 シンが非難をする暇もなかった。

「『CMCシステム起動、〈瞬間強化(ブースト)〉』」

 直後にシンが足場にしていた枝槍が破裂する。

 人間の足が出したとは信じられるような鋭い空気を打つ音を残して。

 

 

「とんだ最適解だな」

『仕方ないでしょう。最適解だったんですから』

 そこそこのクレーターの中心地にシンはいた。

 彼はぼやく。

「流石に死ぬかと思ったぞ」

『成功率五割くらいでしたね』

「随分な賭けだったな!」

『それくらい危険な戦場ということですよ、此処は』

「安全バーなしの絶叫体験なぞ、二度と経験したくない」

『一応クッションはありましたけれどね』

 瞬間強化による筋力増強効果で弾丸のように自身を打ち出すことで、なんとか状況を脱することを決定した〈ana〉。勿論、そのまま地面に激突すれば、即死である。

 そこで使われたのが、アイギスだ。不定の楯であるあれを何層にも織り込み、簡易クッションとした。とはいえ、衝撃を殺しきれるものではなく、体のあちこちに痛みがあるのだが。

 〈ana〉は武装をアイギスから再びダーインスレイブに持ち替えた。

 シンの顔を四つの大木の中心へと向けて、告げる。

『来ましたよ。彼女が』

 先程までシンを追っていた枝槍を足場に、彼女は君臨していた。

 枢機卿、川藤早苗。

 彼女は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛みつぶしたような顔で言い放つ。

「まだ死にませんか。存外しぶといですね、先輩」

「そう簡単に死ねないな。あの悲劇を繰り替えさないためにも」

「まだそんなことを言っているんですか」

 不快そうに呟いて、彼女は呆れ顔でそう吐き出した。

「先輩、大義のためには犠牲が必要なんです。楽園計画(プロジェクト:エデン)はその犠牲を払うに足る大義です。止めようとする方が、間違ってます」

「くだらんなぁ、おい!失敗から何も学でいないのか?その大義は一度失敗し、こんな世界が出来上がっているんだぞ!キラープリンセスだけでなく、本来救うはずだった人類さえ滅ぼしてでも成した大義に何の意味があった!」

「一度失敗した程度で、大義は崩れませんよ。それに実験がたった一回で成功するはずがないじゃないですか。何度だって繰り返して、ようやく実験が実を結ぶのは科学者なら自明の理だと思いますが。そもそもですね。先輩のやり方で果たして人類が救われたのですか?」

「ああ、救えた!救えていたんだ!キラープリンセスと人間が共生し、ようやっと異界存在を俺達の位相より追い出す手段が確立された!なら、できないはずがない!あの戦況なら、異界存在のいない世界を作り上げることだって、出来たはずだっ」

 もし異界存在研究機関が二つの派閥に分れていなければ。

 もし〈運命の輪〉が正しく運用されていたならば。

 異界存在と人類は永遠に決別できたはずだった。人類側にはその力があったし、徐々にではあったが異界存在の支配域を押し戻していた。北米大陸の奪還も近く、ユーラシア大陸ではヒマラヤ以南までは既に人類の生活圏としていて、ヨーロッパ奪還大規模作戦も考え始められており、世論も見え始めていた地球奪還に熱を上げていた。

「なあ、早苗、何故だ?何故〈運命の輪〉をあんな風に使うことに賛同したんだ?異界存在が流入する穴を塞ぐには、〈運命の輪〉の力が必要だった。あれが人類の希望であることは否定できない。だからこそ、解せない。お前が楽園計画(プロジェクト:エデン)なんて不安定な運用法に手を出したことが。国連の方針通りだったら、ほぼ八割の確率で〈運命の輪〉の運用は成功していた。当時の戦況と〈運命の輪〉の成功率を考えれば、楽園計画なんて不要だろう?」

「その見解には私と先輩の間での根本的な齟齬があります」

「何?」

 どういうことだろうか。

 戸惑うシンに彼女は冷たい声で告げた。

「そもそもとして、私は人類の勝利を確信などしていません(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「………っ!」

「人類の勝利を、私は信じられなかった。暴威を振るい続けた彼らを追い返せるなんて、微塵も思っていなかった。だから、求めた。不安定でも、成功率が低くても、すぐに人類を救済する方法を!」

 早苗は吠えた。それと共に左胸から青い光が漏れ出す。

「私は先輩ほど夢見がちではありません。現実的に考えましょう。人口は戦争によって減り続けて、戦える戦力は着々と減っていた。地球資源の枯渇に伴い、軍用兵器の生産は滞っていた。これの何処に勝利を見出せと?異界存在を潰す前に、人類が自身を磨り潰す方が早いに決まっています」

「資源が枯渇するには、あと二十年ほどの時間が必要だったはずだ。人口だって、二一九〇年代後半は増加傾向にあった。客観的統計データを否定するつもりか?」

「二千二百年は重大な分岐点だということをお忘れですか?先輩自身が言ったように、人類は地球奪還に沸き立っていた。戦争の狂騒に囚われ始めている時点で、資源の消耗と人的資源の戦場投入は避けられませんよ。そこで失われるものがどれほどあるか……。それに楽園計画の実行日以降にどのような作戦があるかも考えなければなりません。北米大陸奪還戦、ヨーロッパ大規模作戦、この二つだけでもどれほどの損失と被害が出るでしょうか?」

「勝利すれば――」

「勝利すれば――っ?はっ、何ですか、その希望的観測は。その程度で人類勝利の確信を得ていたというのなら、それこそ片腹痛い(・・・・)

「違うっ、最後まで話を――っ!」

「もういいです。先輩と言葉を交わす気はもうありません。貴方はここで叩き潰す。私のためにも、貴方のためにもね」

「――――ちぃっ!」

「堆積術式群起動。森よ、我が腕となりて、我が敵を討ち果たせ」

 相互理解は投棄された。

 再びの殲滅戦が幕を開ける。

 

 

 枝槍を跳び越える。

 最早何度繰り返したかわからない行為。

 されど、繰り替えさざるを得ない。

 場を支配しているのは、シンではないのだから。

 枝槍が四方八方から迫る。

「『――――っ!』」

 それをダーインスレイブが切り払い、さらに連続の瞬間強化(ブースト)によって追いすがる枝槍を振り払う。

『不味いですね。このままでは貴方の体がもちません』

「とはいえ、打開策もないだろう。弱点は見つかっているが」

『胸の青。ちょうど心臓の上に位置する光のことですね』

「あれがおそらく、マナを操る装置の発光だろうな」

『暫定名、マナコントローラー。晶化病でそこら中に巻いたマナを通して、木々を操っているとするのが正解でしょうね』

「とはいえ、木々が急成長を遂げるのは謎だがな」

『クローンのキラープリンセスの寿命問題やら晶化病などわからないことが多いですけど、まあデータが増えるのは良いことです。集まったデータを元にその性質を算出すれば良いでしょう』

「何はともあれ、まずは今日を切り抜けてからだっ!」

『語調を勢いづけた所で今の貴方には何の意味もないですよ』

 そう言って、パルクールの要領で枝槍をかいくぐる〈ana〉。

 それから背後より追撃する硬質化した木葉を拳銃にて撃ち落とし、再び大地を蹴った。

 足を休める暇はない。早苗の猛攻を切り抜けるために、〈ana〉が最適解としたのは常時の高速戦闘だった。何処であっても牙を剥き続ける森の中。敵の多重の集中攻撃を防ぐためには、常に移動し続けることで枝槍と硬質化した木葉が雪だるま式に増えることを防がなければならなかった。いわば攻撃の中心点というべきものを作らないように常に移動し続けることにしたのだ。

 おかげで四方八方に枝槍を展開され、袋小路のどん詰まりに追い詰められることはないわけだが、一つの問題点がある。

「どう早苗を止めるか、だな」

 実は先程から攻撃のを隙を突いて〈ana〉がアッキヌフォートを打つのだが、早苗は固い幹の壁によってあれらを防いでいた。アッキヌフォートの速さは人間が捕捉できる速さではないのだが、まぁ、おそらく彼女もシンと同じような機械的補助があるのだろう。

「メギドで終わらせるか?」

 メギドならば、障壁など関係なく赤外線照射によって焼却することが出来る。物理的障害は無意味だ。

 シンの提案に、〈ana〉はこう答える。

『いえ、無理でしょう。照準を合わせている間に貴方が死にます』

「まぁ、そうか。すまない、言ってみただけだ」

『いえ、まぁ、それは良いのですが……』

「ん?どうかしたか?」

『元気だな…と。正直後輩に手ひどく言われて、精神的に傷ついているものかと』

「多少はな。だが、それ以上に気になる点がある」

『気になる点?』

「先程のあいつの論法がな」

 早苗のまくし立てについての違和を彼女をよく知るシンは感じ取っていた。

「早苗、妙に論理的な説明でまくし立てていた。それは同意できるな?」

『ええ、検証の精度はともかくとして当時の状況から考えられる可能性を列挙し、貴方の意見を否定していましたね』

「ああ、だからこそ怪しい」

『は?』

「いや、早苗が論理的にまくし立てるなんておかしいんだ」

『……………何言ってるんですか?』

「ドン引きするな、まずは聞け」

『は、はぁ…』

「早苗の研究論文――筆記での論法についてはともかくとして、彼女の口上での語り口はいつだって主観的で、感情的だった。自分に都合の悪いことは徹底的に無視をする。そんな人間だ。彼女が真っ向から否定し、論理的にこちらを論破しようとする?有り得ない。最後は会話を切り上げたが、本来の彼女だったら論争する前に切り上げる」

 いつぞやの、そうだ、エロースと一緒に世界的に有名なテーマパークに行く前の会話なんかが該当するか。

 早苗は即興の議論ができない。というのがシンの見立てである。

『であれば先程の議論はなんです?彼女が論理的な話法を持たないとするならば、事実を否定することなりますが』

「簡単だ。あれは即興の議論などではなかった。アイツは事前に用意していた答えを並べ立てていただけに過ぎないんだよ」

『なぜそんなことを?』

「必要だったんだろう。早苗なりの自分自身に対する言い訳が。早苗は情に弱い。俺達を裏切ったことに対する負い目を感じないために、計画派に入った理由を客観的事実で補強、あるいは代替物としたんだと考えている」

『となると彼女が計画派に入った理由というのはもっと主観的で感情的なものであるということですか?』

「多分な。あの妙にシリアスぶったキャラクターも俺と敵対するための役作りと言ったところだろう」

 無駄な苦労をする後輩だと思う。さっさと切り捨てれば良いのに。他の計画派がそうしているように。

「中々複雑だな」

『敵に同情してる暇があったら生き残ることを考えてください。例えば、自律型ロボット兵器群のこととか!?』

「ああ、そうだ。自律型ロボって兵器群についても不自然だな」

『何がですか?』

 言いながら、〈ana〉は枝槍を切り捌く。硬質化の木葉を足のステップで躱し切り、アッキヌフォートをお見舞いする。

 案の定防がれた。

『貴方が気になることを言うせいで、防がれました』

「もう何度も繰り返したプロセスだよな?そうだよな?」

『で、自律型ロボット兵器群がどうしたんです?』

「お前な………」

 相も変わらず感情豊かな人工知能である。

 シンは諦めの溜息をついて、

「自律型ロボット兵器群は明らかに過剰戦力だ。これはレーヴァテインとエロースもなんとなく思っていることだろうが、俺一人を殺しきるには戦力を注ぎすぎている」

『そもそも論として、計画派の方針は私達に残りのオリジナルを集めさせて後から掠め取る算段でしたよね。であれば、今この段階で自律型ロボット兵器群を投入するのは機会を間違えてます』

「そうだな。であるならば、疑問点はただ一つ。すなわち自律型ロボット兵器群は俺に刺し向けられたものなのか?」

 そもそもだ。

 シンの殺害が目的ならば、何故魔術などという回りくどい方法を執る?自律型ロボット兵器群を投入すれば、圧倒的な手数と破壊力でシンを一方的に殺害することができた。そうすれば早苗は自律型ロボット兵器群の指揮を執れば良いだけである。魔術という奥の手を晒さない、既存の方法で目的を達成できる。利点しかない最適解のはずだ。

 おそらく今現在の戦いは早苗の独断によるもの。計画派の各地に散らばったオリジナルの独力での回収は困難なのは事実だろうし、シンが全てのキラープリンセスを回収した後強奪しようという考えもコルテ大規模討伐戦以降の短い間に変わるとは思えないし、彼女程度の立場では計画派の方針を変えられるはずもない。よっぽど合理的な理由があれば別だが、まぁ、ないだろう。あったらあったで、逆に自律型ロボット兵器群を初期投入しないことに対する合理性が取れなくなる。

「あとは場所だ。早苗の魔術はマナを操作するもの。それもある程度結晶化したマナ限定だ」

『そうでなければ戦いにすらならず、瞬殺されていますもんね』

「天上世界の環境を鑑みるに、この森で見られるほどの大きさのマナの結晶は何処にでも転がっているような代物ではない。だとすると、早苗の魔術は念入りに下準備をしなければ機能しない。つまり俺が来たから準備したというわけではない。俺との戦いは本流ではなく、ただの支流だろう。つまり、偶々いたから殺す。計画派の意向ではなく、早苗の私情によってだ」

『エロースを狙って、という可能性もありますが、エロース自身もキエム村では新参者ですしね。彼女が来る前に下準備となる晶化病は発生していましたから、彼女を狙ってというのもないでしょう』

「あてずっぽうにいくつか天上世界に実験場を設けて、オリジナルか俺がやってくるのを待つというのもある。が、天上世界を旅しているはずのオティヌスが知らないなら、実験場がそこらにあるというのも考えにくい。早苗の実験場は一つで、此処をピンポイントで狙っていると考えるべきだろう」

 枝槍が迫る。

 一人と一機はそれらを振り捌きながら、考える。

 

 ――彼女がキエム村にやって来た本来の目的は一体何だ?

 

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