1
「……ちょっと、どういうことなのよ……っ!」
腰まで伸ばした長い銀色の髪の少女はその真紅の目を細めて忌々し気に吐き棄てた。
年齢は十代後半ほど、その見目は美しく、いっそ神々しさすら感じさせるほどの美貌の持ち主だ。風にたなびくとても長い銀色の髪は太陽の光を反射して美しく輝き、彼女をいっそう眩い存在へと昇華させていた。少女の見た目は美しいけれど、彼女の鋭い切れ目と血のような赤い瞳、そしてするどい刀のような雰囲気が人に近寄りがたい印象を与えている。
加えると彼女の手には彼女に似つかわしくない――場違いといっていいほどの――血に塗れた長剣がある。
だが、それを不思議と思うのはあまりに滑稽だろう。この世界つまりは天上世界で彼女はあまりにも有名だ。否、彼女達はと言うべきか。
キラープリンセス、と彼女達は名付けられている。
伝説の名を持つ少女たちであり、人々を捕食する異形の存在――異族を打ち倒す強大な力を持った者たちのことを天上世界ではそう呼んでいる。
銀髪の彼女はキラープリンセスの一人、レーヴァテイン。キラープリンセスの中でも高いポテンシャルを秘めるキラープリンセスだ。
「たはは、すまん。間違えたみたいだ」
レーヴァテインの後ろにいる青年は、申し訳なさの欠片もなく笑いながら返す。
レーヴァテインに背中を預けているのは黒髪でくたびれた白衣を来た眼鏡の男。何が入っているのか、腰には二つほどポーチを提げている。加えて左腕には包帯を巻いた奇妙ないで立ち。その男はレーヴァテインにシンと名乗った。
ほんの数日前レーヴァテインはシンと出会い契約を結んだばかりだ。
レーヴァテイン曰く、『変人』。つかみどころのない変な男だとレーヴァテインはこの数日で理解した。
現在二人は世界樹ユグドラシルを中心に広がる天上世界唯一の大陸〈ラグナ大陸〉人が住む領域の辺境――甘ったるい匂いが充満する冥花繁殖帯で数十体もの異族に囲まれていた。一人のキラープリンセスが全て討伐しきるには厳しい数だ。だが、三百六十度異族に囲まれてしまったら、逃げたくても逃げることはできない。
まさに絶体絶命。
「あなたの言う通りに行けば、異族に遭遇せずに街に着けるんじゃなかったの!」
「いや、そのはずだったんだけど…。どうしてだろ?私の計算は結構正確なのに」
シンは不思議そうに小首をかしげる。
今までも異族を避けるために事前にシンが先行し異族の群れの位置を確認、異族の進行速度やらその他諸々の条件から考えてシンはルートを選択しレーヴァテインと旅をしていた。
異族の行動を計算して予測することが可能なのか不思議に思っていたレーヴァテインも彼の計算を一応は信じていた。今このときまでは――
「こんな数の異族に囲まれるなんて初めてよ、どうするつもり?」
「どうするって………倒すしかないでしょ。こうも囲まれてしまったら」
「……………はぁ……………」
「ため息だけって止めてくれない?なんかいたたまれない気持ちになるから」
「………後で殺すから」
「怖すぎるわ!」
この銀髪少女は真面目に言ってるから恐ろしい。
「で、正直生き残れる自身がないんだけど」
「今のレーヴァテインなら大丈夫だろ。これくらいの数たやすく屠れるでしょ」
「簡単に言ってくれるわね。こういう
嫌悪感を露わにした彼女の口調。だがシンは何故か頬を緩ませて言う。
「よく知ってるよ。お前がそういう奴だってことは」
「たった数日前に会ったばかりだって言うのによくそんな口を利けるわね」
小さくため息を吐いてから、レーヴァテインは長剣の切っ先を異族に向け直す。
異族は数十体、足でまといが一人、正直に言って分が悪い。
「せいぜい上手く逃げて、異族に捕まらないことね。生憎と捕まったマスターを助けるつもりはないから」
キラープリンセスは自身のキラーズと適合し、共鳴するバイブスを持った人間である奏官――もしくはマスターとも呼ばれている――と主従関係で結ばれている。全員が全員そうというわけではない。奏官はいなくても別に構わない。奏官がいる理由の一つとしては奏官がいた方がキラープリンセスは本来の能力を発揮することができるという事情がある。
孤独を望むレーヴァテインにとって奏官というのは邪魔な存在だ。だから、いなくてもいいなら、いない方がいいのである。
ただ――
「そう思ってても私を切り捨てず戦ってくれるところがお前の優しさだよね」
と言った途端、レーヴァテインは殺気が籠った目を異族からシンに移す。
シンは今にも爆発しそうな怒りをひしひしと背中に感じ、冷や汗が噴き出た。
「…うるさい」
怖いくらい冷たい声で言われる。
異族よりも前にシンを斬るわよ、と四文字の裏にはそんな言葉が見え隠れしている。
「じゃ、よろしく頼むよ、レーヴァテイン」
「…言っとくけど本当に捕まったら助けないから」
「わかった、わかった。大丈夫だって、異形の奴らと戦うのは初めてじゃない。蝶のように避け、蜂のようにさ――せないけど、ゴキブリみたいにはしぶといつもりだよ」
異族と戦う力もない人間のくせに自身満々に言うシンにレーヴァテインは呆れを隠せない声で返す。
「……人間のくせによく言えたものね」
目の前には数十体の異族。
普通なら五、六人のキラープリンセスで討伐を行う数。それをたった一人で倒さねばならない。
本当に生き残れる確率は低い。
(……暴走染みた力を持つ私でも削り切れるかどうか…)
それでもやるしかない。後ろにいる
こんな余計な仕事を押し付けたからには報酬を用意してくれねばなるまい。
レーヴァテインは異族の群れへと切り込みながらマスターに告げる。
「終わったら街一番の宿に泊まらせてもらうから…!」
2
鉄の匂いが甘ったるい花の匂いと交じってシンとレーヴァテインの鼻腔を満たす。
二人の周囲は見渡す限り、
異形共の白い表皮の残骸が浮かぶ血の海が広がっている。
約十分の交戦を経て彼女はこの惨状を作りだした。
真っ二つにされた死体、首と胴が切り離されている死体、臓腑が飛び出している死体。死体の有様はそれぞれであったが、いずれも絶命している。存命の余地なく肉体を破壊されていた。
この地獄を作りだしたのが一見華奢な少女にしか見えないレーヴァテイン一人であることは言うまでもない。
「…………」
レーヴァテインは一人、今の自分に違和感を覚えつつも、シンから手渡された布で長剣を拭きつつ、異族の死体の傍らで何かをしているシンの背中を訝し気に見ていた。
「……ねえ、何してんの?」
「ん、ああ、弔いをね」
「弔い、異族相手に?」
「変か?」
「とてつもなく…変」
人間の敵である異族は当然忌み嫌われている。死体をぞんざいに扱いこそすれ弔いなんて絶対にしない。
シンのように弔う人間をレーヴァテインは知らない。
「ははは、まあ、一風変わった人間ってのもなかなか乙じゃない?」
「わけ、わかんない」
レーヴァテインのシンを見る目が一層訝し気になる。
レーヴァテインの視線の先でシンは腰に取り付けたポーチから底にかけて緩やかな曲線を描く透明の円筒を取り出した。そして、その円筒に異族の血を注ぎ始める。
ますますわけのわからないことをシンはし始めた。
「……今度は何してんの?」
「異族の血を採ってる」
「そんなのは見ればわかるわよ。私が言いたいのは、どうしてそんなことをするのかってこと」
シンは半分くらい異族の血で満たしたその円筒をひらひらと見せつける。
「そうだなぁ、今は個人的な興味――とでも言っておこうか。試験管だと保存状態が不安だが、試料が欲しいからな。こういう採れる時に採って置かないと。わざわざ試料採取のためにレーヴァテインを戦わせるのは申し訳ないし」
……そんなこと言われても全然わかんないんだけど。
そんなことを思ったが、レーヴァテインは口には出さなかった。他人の事情を詮索するのは彼女のポリシーではない。
少なくとも自分が巻き込まれることはないと言っているので、どうでも良かったという面がないわけでもないのだが。
「よし、これくらいでいいか」
シンはポーチに異族の血が入った円筒をポーチに入れ、レーヴァテインと向き合う。
「お疲れさま、レーヴァテイン。何か体調が悪いとかはないかい?」
「…それはない。でも、動きにくい。ねえ、どうして服を変えたの?」
シンと出会う前レーヴァテインは両脇に深いスリットが入った灰色の服を着ていた。だが、シンに出会って早々着替えるように強く言われて、最初は無視していたが、
レーヴァテインはシンが着替えさせたのをずっと疑問に思っていた。
レーヴァテインが彼に問うと、何故かシンは頬を赤らめながら答えた。
「ちょ、おまっ、あんな服は
「う、うるさいっ。アンタみたいな変態は死になさい!この変態!」
シンの腹にレーヴァテインの蹴りが炸裂する。
天を裂く男の絶叫が響き、レーヴァテインの一方的な暴力はしばらく続いた。
「はぁ………はぁ………疲れた………」
シンを蹴り疲れたレーヴァテインは、ぺたん、と花畑の上に座り込む。
蹴られた側のシンは所々に痣とか作りながらもぴんぴんしていた。
「どうして、そんなに、体力があるのよ」
キラープリンセスが疲れるまで彼女の攻撃を避け続けたのだ。人間以上のスペックを持つレーヴァテインが疲れているのに、ただの人間が元気であるという事実は驚きを通り越して、いささか気持ちが悪い。
「異形の者との戦闘は慣れてるって言ったろ。普通の人間の体力程度だったらさっきの異族との戦いでもとっくにへばってるさ」
ははは、と乾いた声で笑う。
何か誤魔化している気がする。そう思いつつも、シンを問い詰めるようなことはレーヴァテインはしない。他人を距離を詰めるのはレーヴァテインの主義ではない。
「でもそれだけ私を蹴っ飛ばす元気があるなら、体調の方も大丈夫か。良かった、良かった」
「心中は決して穏やかじゃないけどね」
ギロリと鋭くシンを睨む。戦わされるわ、セクハラ発言やらただの人間に体力負けするやらでレーヴァテインはすこぶる機嫌が悪い。シンは全身に突き刺さるような殺気を感じていた。
「よ、よぉし、じゃあ張り切って街に行こうか、コルテはもうすぐそこだ!」
「もう私へとへとだから街まで歩けそうにない…」
「おいおい、もう少しだから頑張ってくれよ。はい、立って、立って」
「………無理……限界………」
「いやキラープリンセスなら全然余裕だろ。面倒くさがってないで………って言ってもな」
ボサボサの頭を申し訳なさげな顔で掻く。
「私の計算が間違ってたせいで、レーヴァテインに負担を掛けたんだから私が文句を言うのは筋が通ってないよな」
顎に手を当てると、何かを考えはじめ、少し時間が経つとポンと手を打つ。
「それじゃあ、私がレーヴァテインをおぶってってやるよ」
ナイスアイディア、とレーヴァテインに親指を上げた握りこぶしを向ながら言った。
「………正気?」
「ん?人間だからって女の子一人を持ち上げるくらいは造作もないことだけど。あんまり人間を舐めるなよ」
………私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど。
と思ったが口にしない。
「よし、じゃあ、私の背中に乗れ。………そうそう、コアラみたいにしがみつく感じで」
「……コアラって何?」
「アレ、この時代にはいない?じゃあ、赤ちゃんみたいに」
「なんかその例えムカつくんだけど」
「こらっ、首しめるな…………剣は持ってくれよ、アレを持てる筋力はレーヴァテインを背負ったままじゃあ発揮できないからな」
「ちっ」
「舌打ちするな」
シンはレーヴァテインの太腿に手を沿えて、ゆっくりと立つ。
その時銀髪が揺れてシンの顔にかかる。途端に形容しがたい良い匂いが漂ってきた。
どうしてあんな凄絶な戦いの後なのにこんなに良い匂いがするだろう、とシンは純粋にそう思った。
それに今のこの体勢は少々不味い。レーヴァテインの胸部にある柔らかいものが密着してしまっている。レーヴァテインがシンの背中に寄りかかるようにして体を預けるから、なおさら不味い。彼女のあれが押し付けられてしまっている。それだけでなく、ほのかに伝わる彼女の体温がさらにシンの心臓の鼓動の速さに拍車をかける。
今更ながらシンは自分が出した案が悪手であることに気付いた。
心臓の音が異様なくらい大きく聞こえる。体が妙に熱い。
別にいやらしいことを考えているわけではないのだが、さすがにこの状況で緊張するなというほうが無理な話である。
降りてもらうか?いや、私の間違いのせいで疲れてるんだから、そういうわけには……
「…………ねえ」
「は、はい!」
突然レーヴァテインに話しかけられる。声が裏返ってしまった。
「心臓の音がうるさいくらい伝わってくるんだけど、変なこと考えてないでしょうね」
「考えてないって。ただお前の胸が押し付けられている状態でドキドキするなという方が無理だろうが」
「最初からこうなるってわかってなかったの?」
レーヴァテインは自身の中で答えが出ていることを無駄だとわかっていながらも聞いた。
「わかってなかったよ!」
やっぱりそうなんだ。
呆れの意味でため息を吐く。
「………太腿の手をお尻に回したら、首を切り落とすからね」
「そんなことしないって……私ってそんなに信用ない?」
「………ふんっ」
レーヴァテインがさらに体を預けてくる。
「おいおい、これ以上体を預けるなよ……」
「うるさい、私寝るから、宿に着いたら起こして」
ったく人の気も知らないで、というぼやきを最後に聞いてレーヴァテインはシンの背中で目を閉じる。
こうして二人は突然の異族の襲撃を経て、目的地〈コルテの街〉へと向かうのだった。
words
・くたびれ白衣と左腕包帯の男シンと銀色の髪に赤い瞳の少女レーヴァテインは行動を共にしている。
・レーヴァテインはキラープリンセスと呼ばれる強大な力を持つ人間ではない存在。
・舞台は天上世界の〈ラグナ大陸〉。現在の二人の位置は冥花繁殖帯。
・異族は人を捕食する異形である。
・レーヴァテインは〈暴走〉じみた力を持っている。
・シンは異族を弔い、血液を採取した。
・レーヴァテインは普段の服ではなく、シンが用意した服を着ている。元々の服はシンが動揺するような過激な服だった。