ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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リアル多忙につき、第二章が終わったら浄罪を停止して、同人誌の方に注力したいと思います。


ep.15 さよならノスタルジア

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 彼女はただ時を待っていた。

 

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 回避し、捌き、そして砕く。

 もう何百回も繰り返されてきた行為をシンは何度だって繰り返す。

「CMCシステム起動、コード1312366〈ナーゲルリング〉!」

 シンの得物が漆黒の剣からの双剣へと変質する。

 ナーゲルリング。中世ドイツのディートリヒ伝説に登場する武器の名だ。その剣は何人かの担い手を経ており、キラープリンセスのナーゲルリングにもその影響は表れていた。

(さて、彼女は一体何処で何をしているのだろうな)

 オリジナルのナーゲルリングとはそれなりに親交があったシンである。詮無いことだとは思いながらも、ふとそんなことを思ってしまっていた。

 そしてシンの意識が戦場から離れたことを考えている間にも、シンの肉体は勝手に枝槍を一対の紅剣で打ち砕く。〈ana(アナ)〉による肉体操作。それがシンの意識と関係なく肉体を的確に動かしていく。

 迫りくる硬質化した木葉と枝槍。やはり一抹の間違いもなく彼らは打ち砕きながら、言った。

「もういい加減慣れてきたな」

『そろそろ攻撃パターンも解析し終わり始めましたね』 

 マナを通して木々を操る魔術。実に応用性が高い魔術であるが、やはり相手はド素人。操る術者の能力が低ければ、宝の持ち腐れだ。過酷な戦場を潜り抜けてきたシン、そして〈ana〉にとっては彼女の攻撃は単調に過ぎた。ソフトの問題ではない。ハードの問題である。

「もう少し面白い使い方してくれたらいいのに」

『例えばどうします?』

「そうだな。木の牢獄を作るとか?」

『仕込みが大変そうですね』

 そんな軽口を叩きあえるくらいには、二人の間に余裕があった。

 シンと〈ana〉が見るに早苗は相当に追い詰められている。べルフとの戦闘に多大な負荷のかかるテクノロジーの運用。べルフとの戦闘に比べると彼女の手が少ないことも加えれば、体力的に彼女は限界が近いのだと一人と一機は予測していた。

「ただ決定的な一手はなし、と」

 問題となるの決着の付け方だ。シンと〈ana〉は早苗の攻撃を正確無比に捌けるが、しかし1人と1機に早苗を砕く手はなかった。要因となるのは、早苗を覆う分厚い樹木の盾。あれを砕く手段をシン達は持ち合わせない。

 ワズラのような巨斧を使えば砕くことは出来る。しかし、それをするためにはあまりにも時間がかかりすぎてしまう。斧を振りかぶる間に枝槍や硬質化した木葉がシンに殺到。瞬く間に針山だ。生憎とこの案は使えない。

 回避が出来ることと彼女を破ることを等号では結べない。つまりはそういうことだった。

 状況としてはいじらしい。こちらは相手の手を完璧に読んでいるにも拘わらず、今一歩を踏み出せないのだから。餌を前にして待てを食らった犬。あるいは素手で殴るしかないボスバトルか。打開の見えない戦いは精神的な苦しい。

「策はある……が策を通すための今一歩が必要だ」

『しかし現状突破は不可能ですよ。どうするおつもりですか?』 

 さて、そこが問題だ。シンが切れる暴力の手札では彼女を打ち破ることはできない。次の手につなげることが出来ないのだ。

 であるならば、導き出される結論は酷く単純だ。

「暴力以外の手札を切れば良い」

 早苗の魔術がどんなテクノロジーであれ、どれほど素晴らしいテクノロジーであれ、その真価が発揮されるかは使い手にかかっている。使い手次第なら答えは明白。使い手を攻撃すれば良い。

 だから。

「精神攻撃は基本」

『なんでそんな太古のネタ知ってるんですか。21世紀前半のネタでしょうそれ』

 

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 手詰まりを早苗は感じていた。

「学習完了ってわけですか……ッ!」

 理由は直ぐに思いつく。彼の左目に埋め込まれている超小型人工知能〈ana〉。それが戦いを経て、早苗の攻撃を分析したのだ。今、彼の肉体は〈ana〉が算出した最適パターンにて運用されている。早苗の手は全て読まれていると言っても良い。というか、そういう想定でないと戦えない。〈ana〉の予測を超える意識がなければ、先輩という壁は突破できない。戦闘において早苗と彼の間には圧倒的な差が存在する。

 相手はキラープリンセスと肩を並べて異界存在に人間でありながら白兵戦を挑み、生還してきた猛者だ。彼自身は謙遜をするが、しかし普通の人間から見たら彼は異常なほどに強い。戦闘の面でも、そして、

「精神面でも」

 何故彼は当時の戦況で人類の勝利を確信できたのか。

 何故彼はM細胞の移植なんて馬鹿げた真似ができたのか。

 そして何故自らの破滅を知りながら、それでも誇りと思えるのか。

 早苗には彼の精神が何故そこまで強靭なのかが分からない。

「くそ、どうしてっ、どうして先輩は立ち上がれるんですかっ」

 異界存在との永きにわたる生存競争。あの絶望的な戦いの中、彼は折れず、むしろ立ち向かってきた。誰もが不安に怯え、心が折れてしまっていたあの時代にだ。

 早苗だって大多数の一人だった。対異界存在兵士の登場は確かに人類の希望になり、着実に戦果を挙げていた。「天上の悪魔は、地上の天使となる」だったか。そんな煽りが語られるくらいに彼女達は成果で以て人類の要求に応えていた。

 けれども、多くの人は心の中でこう思っていたはずだ。やがてキラープリンセスも異界存在の前に敗れていく、と。

 異界存在の前に人類が積み重ねてきた負の遺産とも呼べる暴力の叡智は悉く敗北してきた。銃火器類、化学兵器、大陸間弾道ミサイルに核兵器、そして自律型ロボット兵器群。かつてSFだったものたちですら異界存在の信仰を止めるに能わず、人類は自らの生存圏を異界存在に奪われ続けていた。最早、人の心は失望に呑まれ、滅びによる安寧を求める思いが密かに芽生え始めることすらあった。でも、そんな時代でも彼は希望を持ち続けた数少ない人の内の一人だった。

 恐怖に屈した早苗には分からない。屈さなかった彼のことなんて。何もかも。

「先輩が立ち続けられる理由とは一体何なんですか!?」

 枝槍と共に彼に問いをぶつける。

 彼はいつの間にか変質したスリロス、方天画戟にて枝槍の真芯を貫き、そして言った。

「信じているからだ」

「信じている?」

「俺は人とキラープリンセスの強さを信じているからだ」

 なんだそれは。

「なんですか、それは!」

 あまりに脆弱。あまりに貧弱。理由としてこれほど頼りないものが、彼の理由であってたまるか。

「そんな理由じゃないはずです!もっと、もっと何か特別な、特別な何かが――ッ!」

「ないよ。特別なものなんて。人が立ち上がる理由なんて、その程度で良いんだ。ただそれだけで人は立ち上がれるんだよ」

「そんな、そんなことって…ッ」

「お前だってそうだろう。さっき自分で言ってたじゃないか。人間の勝利を信じられなかったから、計画派になったって。それは人間の敗北を信じてたってことだろう。早苗は『人間の勝利を信じない』ことを信じたんだ。『人は信仰と共に生きる。それは神に対する信仰ではなく、自らに対する信仰だ』。お前なら良く聞いた言葉だよな」

 確か史上最悪のテロリスト、杉山義弘の言葉だったか。生きるということは選択の連続だ。そしてその選択の根拠には自分自身に対する確信が潜んでいる。

 例え話を引用しよう。ファミレスで昼食を食べるとき、ナポリタンを食べるか、ざるそばを食べるかを悩み、ナポリタンに決めたとする。この時、選択者がナポリタンを選んだのは、ナポリタンによって自分が満たされることを予想したから、つまり満たされることを信じたということである。ではナポリタンによって満たされることを信じた主体は誰なのか。言うまでもなく選択者。一見ナポリタンへの信用に見えるが、それは誤解だ。ナポリタンはただナポリタンであるだけであって、ナポリタン自身が選択者の腹を満たす機能の指向性を持つわけではない。ナポリタンは選択者の腹を満たすことを確約するものでなく、もしかしたら腹を満たせないかもしれない可能性だって持っている。だが、それでもナポリタンが腹を満たせるものになったのは選択者がナポリタンに対して『自らの腹を満たせるもの』という属性を見出したから。全ては選択者に帰属する。そのため選択者のナポリタンに抱く信用の向き先は選択者自身に帰ってくるのだ。

 『自らに対する信仰と共に生きる』とは選択における心理をついた言葉である。不確定な未来を確定させる手段としての選択は常に不安が付きまとう。さながら霧のように、だ。その不安の霧を払うため、人は無自覚の内に自らに対する信仰を抱いている。

「――――っ!」

 一本の枝槍が飛んだ。半ば無意識の一撃だった。

 愚策だ。わかっている。でも、それでも愚策を犯してしまったのは、何か得体のしれない恐ろしい物が噴出することが本能で分かってしまったから。

 川藤早苗の内側から今の自分を砕く何かが噴出するのが、分かってしまったのだ。

 一本の槍がシンへと直進する。だが、それを彼は、あの何処までも真っ直ぐな先輩は真正面から受け止めた。

 おそらくは〈ana〉による肉体操作の一撃だろう。だがその一撃だけはシンによって繰り出されたものに早苗は見えた。

「CMCシステム起動、コード1739724〈トリュシーラ〉」

 インドの破壊神シヴァの槍。よりにもよって、そのスリロスか。

 トリムルティという思想がある。ヒンドゥーの主要な三柱神、創造のブラフマー神、維持のヴィシュヌ神、そして破壊のシヴァ神は同一のものである。有り体に言えば、そういう思想だ。破壊(シヴァ)の後に来るのは、創造(ブラフマー)であり、つまりこの状況に照らし合わせれば彼は早苗の内側から噴出しようとする何かを祝福しようというわけだ。

 パッカーン、と彼のトリュシーラが枝槍の真芯を打った音がした。

 綺麗に真っ二つに裂かれた枝槍はさながらモーセの出エジプトのように彼を避け、空を切って大地に沈む。

 それが彼女の敗北だった。

 彼は、遥かなる過去の先輩は敵対者たる計画派にではなく、ただの後輩に語り掛けるように早苗に言った。

「お前だって、ずっと俺と同じ立場だったじゃないか」

 ひゅうと喉が鳴った。何処か他人事のように思えてしまったのは、その言葉が決定的だったから。 

 忘我するほどの痛烈な言葉は早苗の中の蓋を容赦なく破壊して、抑え込まれていた感情が表層に噴出する。

 

44

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 早苗の中で何かが壊れた。

 その咆哮が解答だった。

『一体何だと言うんです!?』

「折れたんだろうさ。良心と恐怖に挟まれた彼女の心が」

 川藤早苗は元来維持派と同じ心性の持ち主だ。何故エロースの記憶が失われてしまったのかは分からないが、しかしシンとの過去が記憶にあるのなら、間違いなくかつての彼女の、キラープリンセスを大切に思う心は生きている。

「早苗は自らの不安のためにキラープリンセスを犠牲にすることに、デタラメな楽園計画(プロジェクト・エデン)に乗ることを決めてしまった。もし仮に彼女の中で物語的な理由があったり、対立者である俺に大仰な動機があれば彼女も違ったんだろうよ。非情になれない彼女は非情になる理由が必要だった。でも、彼女にはどちらもなかったのさ。結果として残ったのは割り切れずにもがくただのありふれた人間。川藤早苗という何処にでもいる普通の感性を持った女性だよ」

 言う内に戦況が動き始める。彼女の指先がシンを指差した。

「来るぞっ!」

『わかっております!』

 森林が爆発する。乱れた彼女の意志、荒れ狂う感情に呼応した乱雑な連撃がシンの肉体を追う。

「此処で決めるぞ、〈ana〉!ノスタルジアを終わらせる。新しい明日に二人を連れいくためにッ!」

 枝槍を曲芸染みた動きでシンの肉体が辿る。

 決着を付けに行く。永遠に続くと思われた千日手。予定調和が崩れた今しか、彼女を打倒しうる時はない。絡まり、ねじれ、ただ滅茶苦茶な攻撃は既に一人と一機の敵でなし。

 ダーインスレイブ、マサムネ、ロンギヌス、アイアス、タラリア、パラシュ、アッキヌフォート、ヴァナルガンド………。否、それだけではない。使える限りの手札を切って、彼は着実に低気圧のような彼女に近づいていく。

 そして、ふとこんな言葉が聞こえたのだ。おそらくは独り言ですらない。再生され続けるレコードのように、ただただ心の声が漏れていた。

 

「別にキラープリンセスを嫌っていたわけじゃなかった」

(知ってるよ、そんなことは)

 

「私はただ不安なだけだった。異界存在が恐ろしかった」

 

(だろうな。あの時代。その不安に駆られなかった人類はいないだろう)

 

「でも、不安に立ち向かう人が目の前に居たら、自分を正当化なんてできないじゃないっ」

 

 なら、

 

「やり直せば良いだけじゃないか」

 無数の枝槍を撥ね、無数の硬質化した木葉を落とし、そして青年は跳躍する。

「頭を下げて、行動を変えて、全てをやり直せばきっとお前が立ちたい場所に立てるさ。過ちは許されるためにある。人類史を鑑みろ。失敗から学び、現代は形作られてるんだぞ」

「今更、無理だよ。私はもうそちら側には立てないよ」

「だったら無理矢理にでも立たせてやる。お前が引き籠る木の鎧をぶち破って!」

 黒腕が蠢動する。

「CMCシステム起動、コード2513777〈マルミアドワーズ〉!」

 形成される分厚い刃の長剣。由来はギリシア最強の英雄ヘラクレスのその剣。青年の体に不釣り合いなほど巨大な剣を天高く掲げ、彼は絶壊の一撃を木の鎧へと振り下ろす。

 しかし早苗も黙っちゃいない。木の鎧はそのまま武器へと転化する。シンの眼下で剣山のように枝槍の穂先が形成される。

 このままではがら空きの胴に串刺し必至。だが、それでもシンは躊躇わなかった。

「防御は無視だ。ぶっ壊せェェェェェッ!」

 マルミアドワーズが早苗の木の鎧を砕く。枝槍が伸びる。

 ほぼそれは同時に行われた。

「ぐ、ぁ、ぁぁぁぁぁっ!」

 致命傷は回避した。マルミアドワーズの軌道と致命の一撃となる枝槍を粉砕したからだ。とはいえ、ただそれだけ。無視できないほどの傷を負った。その事実はゆるぎない。

「と、とった。これで、これで――っ」

 対する早苗の動きは早かった。縋るように叫びながら、彼女は魔術を起動する。彼女にとって攻防は一体。木の鎧の再生と枝槍の形成はほぼ同時に行われた。

 対するシンに彼女の攻撃に間に合うような手札はない。傷はまだ治らず、体は満足に動かせない。次の一手はあまりにも遠かった。ようやく打ち破った堅固なる木の鎧。その努力が無駄になる。無駄になってしまう。

「これで、私は――っ」

 早苗が壊れた笑みを浮かべる。勝利の確信と精神の限界が同時に訪れているのだろう。

 もう彼女は袋小路に陥っているのだろう。維持派と計画派。どちらの立場にも立てずに、ただただ苦しみだけが彼女の中で増している。

 先輩としてそんな彼女を放っておけるか。

 だから、言ってやる。

 勝利を確信した彼女に対して、見過ごしていた一つの現実って奴を。

 

「なぁ、早苗。俺は一人で戦ってたわけじゃないんだぜ?」

 

45

 その瞬間をエロースはずっとずっと待っていた。

 シンが木の鎧を破壊する、その瞬間を。

 エロースとシンの作戦はこうだった。

 木の鎧は枝槍が形成されるのと同じ速度で再生するだろう。であれば、二人でほぼ同時の連撃をしなければ早苗に攻撃は届かない。それも二撃目は再生する木の鎧を破壊するほどの威力を持たなければならないのだ。

 故に二人はこう決定した。シンが最初の破壊を行い、エロースは機が来るまでに練り上げた強力なマナの矢を放つ、と。 

 そして、時が来た。シンが早苗の鎧を破壊した。おまけに早苗の注意はシンが全て引き受けてくれ、エロース

は全くのノーマークだった。

 だから、エロースは。

 練りに練ったマナの矢。それを長弓に番え、力いっぱい引き絞る。

(取り戻す―――取り戻すッ!)

 狙うは彼女の胸元で青く光るデバイス。

 すなわち彼女の魔術の源泉を。

 無力化し、攻撃手段を奪ってしまえば対話の余地がある。そこで全てを聞き出すのだ。記憶のこととか、彼女たちの計画のこととか。そういった諸々のことを絶対に。

 さよならノスタルジア。郷愁はもう要らない。過去の続きを取り戻す。失われた時間を補管して、かつてのように笑える明日を!

 

「早苗ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 絶叫。共に放たれた矢は流星のように空を走り、枝槍を粉砕し、そして再生しかけの木の鎧を貫通した。

 そして木の鎧を貫通したマナの矢は間違いなく早苗のデバイスを破壊した。

 早苗の肉体を壊すことなく、デバイスだけを正確に。

 マナの矢だからこそできる奇跡のような技だった。

 あるいは。

 もしかしたらエロースの想いが成し遂げた必然の奇跡だったのかもしれない。

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