03
数ある街の中でも最も辺境にある街がコルテだ。
異族が跋扈する人外域ワスレナと近い冥花繁殖帯にあるだけあって他の街と比べると商業は盛んではない。だが、それでも街は街。一定の賑わいを見せるこの街は街の外に住む人々にとって重要な役割を果たしている。
それは物流の要となる行商人たちの拠点となっていることだ。
耕民区クレナイ――冥花繁殖帯を含めた人が住める領域――に住む農民階層の身分の人々は基本的に村から出て街に何かを買いに行くことができない。これは教会が税を取り立てて、農民たちのの手元にまとまった金が残らず街まで旅をするための準備金が用意できないためである。そのために農民たちが生活に必要なものを手に入れるに行商人に頼るしかない。行商人は言ってみれば農民たちにとっての命綱なのだ。コルテの街があるか、ないかでは人々の生活が大きく変わってくる。
「こんな辺境に街を作らなくても、村の位置を調整すれば経済的ではないか?」という疑問の声もあったが、街が栄えるにつれて次第に消えていった。
そして今シンはコルテの内と外を繋ぐ門の前に立っていた。彼の前には気難しそうな老年の門番が入門受付の壁を隔てて唸っている。
門番が渋い顔で言う。
「あのよぉ、奏官さん。おそらくアンタらは異族と一戦交えてきたんだろうけどさぁ。その恰好はないだろうがよ」
「やっぱり…駄目ですかね」
「駄目だ、駄目だ。むき身の剣をどうにかしてくんねえと」
異族との戦闘をしたまんまの恰好で来ている。レーヴァテインの剣はシンの持っていたタオルで一応は血を拭いたものの、キレイに拭きとれているわけではない。生々しい赤い血がまだ僅かに付着していて、刺激的な絵面となっている。剣が丸出しのままでは入れないのは当然だった。
「大体さぁ、奏官の基本原則わかってんの、おたく?キル姫が街に入る場合は武器を隠して、キル姫とわからないように変装させる。それが基本原則、常識でしょうが。人としての道理をちゃんと踏まえろや」
「…はい…すみません」
「はい、すみません、じゃないの。まったくこれだから若い
「…はぁ…ですがそれを私に言われても…」
「なぁに戯けたことを抜かしとる。お前も一緒だろうが。自分は関係ありませんって面してる奴が一番わかってねぇって相場は決まってんだ」
「ごもっともな意見ですね」
「だろ?だからさぁ、俺は馬鹿どもをもっと
くどくどと平時の不満をこれでもかとぶちまけ始める老門番。堰を切ったようにあふれてくることからよっぽど不満が溜まっていたようで、彼の愚痴が終わる気配はない。
シンは人の好さそうな顔で老門番の愚痴に首肯し、時折「たしかに…」「ええ、まったくその通りです」と相槌を打ちながら、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。一度溢れた水が止められないように、愚痴もそう簡単に止まるものではない。こういうのは全部吐き出させて、心の中の黒いものを全部吐き出させた方が良い。
幸か不幸か、シンは愚痴を聞き流すのには慣れている。気長に待つことにした。
「……だからよ、お前もな、ちゃんとルールを守って、真っ当な人間になれよ」
「はい、わかりました。貴重なお時間を割いてのご教授ありがとうございました」
微塵の感謝もない心で、いけしゃあしゃあとシンは言う。
まったくもってどうでも良いことではあるが、高校時代のシンの数少ない友人の一人がとある教師に怒られた際、こんな風にお礼を言えと言われて怒っていたことをシンは思い出した。今となっては確かに教師の言う通りかもな、と思う反面、未成熟な高校生の心情を汲んでほしいと思うのは高校生の甘えだろうか。
「えっと、それで私はどうすれば…」
「ちっ、ああ、そうだったな。まったく面倒だな」
ちょっと待ってろ、と忌々し気に吐き棄ててたから老門番は言って奥に入っていった。そして二枚の大きなボロ布を持って戻って来る。
「ほら、こいつを使ってキル姫と
「わざわざありがとうございます。なんだかんだ言って、世話好きなんですね」
「馬鹿言うんじゃねえよ、それは教会が用意したもんだ。俺がわざわざ自費で用意すると思うか?俺は人一倍ケチなんだ。顔も知らぬ誰かのために金を使うものか」
「……教会が…?」
「ん?なんでそんな不思議な顔をする。お前も奏官なんだから、教会の命令で来たんじゃないのか?」
「いえ、私は奏官じゃなくて彼女のパートナーですので」
「パートナーって、まぁ、いいか。とりあえずだ。教会から俺たち街の門番に送られた通知だと、どうやら街に奏官たちを集めているみたいでな、突然の通知だったもんで準備もしっかりしていない奏官がいるんじゃないかってことで、キル姫を隠すための道具を寄越したんだと。まぁ、渡したのはお前が初めてだが」
「一体なぜ奏官を?集会みたいなのがあるのですか?」
「そんなことまで俺が知るかよ。知りたきゃ、お前が教会に行って聞いてこい」
しかし、老門番は思い出したように話を付け加えた。
「ああ、でも昨日来た奏官が『どうやらヤバいことが起きたみたいッス』とか言ってたな」
「……ヤバいこと…」
「変なことが起こらんといいけどな。ま、こんなちっぽけな思いは簡単に世界に押しつぶされてしまうのだろうが」
「世界というのは残酷ですから。人間なんて矮小な存在の小さな思いでさえ踏みにじって、勝手に回っていく。当然のことですけど、やるせないですよね」
「なぁに、したり顔で語ってんだ、若造。お前が人生を語るのは何十年と早いわ」
「いてっ………ちょっと、デコピンしないでくださいよ」
「うるせえ、調子に乗った罰だ」
不満そうに顔を歪めたまま老門番は静かに目を閉じた。シンには彼が何を思っているのかはわからないが、シンの態度に対して不満を募らせているのだろうことは想像できる。
「あ、そうだ。すみません、一つ伺いたいことが…」
「…………何だよ」
老門番は片方の目を開いてシンを睨む。明らかに面倒だと思っている顔だが、シンは厚顔にも続ける。
「この街で妙なことが起きませんでしたか?例えば、変な音が夜中に鳴り響いたとか、体調が悪くなった人が多いとか」
「そんな話は聞いたことねえなぁ。あ、だが前教会付近の地面が陥没したことがあったな」
「陥没、ですか」
シンは少しを考えるような顔をした後それ以上老門番に話しかけることはしなかった。老門番もシンと雑談をかわすこともない。レーヴァテインを背負っていたため、四苦八苦しながら巾着を取り出して、税の三十ゼニ―を払った。そして受け取ったボロ布で適当にレーヴァテインとスリロスを包むと門を通過した。
立ち去る直前、シンは老門番の方を振り返ってこう言った。
「老門番さん、貴方は若い人は嫌いかもしれませんけど、私は貴方のような人好きですよ」
「ふん、言ってろ、馬鹿者」
「それじゃあ、また、今度は酒でも持って来ますから、夜に一杯やりましょう」
「誰がやるかよ、バーカ」
最後まで通じ合うことがないまま、二人は別れた。
04
コルテの街はシンが思っていたよりも大分賑わっていた。
門を抜けたすぐの所には大きな広場、その先には商店が並ぶ大通り。荷馬車を連れているのを見ると行商人だろうか?商店だけでなく、即席の露店のようなものまで出ている。とても辺境の街の賑わいとは思えない。大したことはないだろう、というシンの予想は良い意味で裏切られた。
そんな栄えている街なので、必然的に人もまた様々な種類の者がいる。簡素な麻の服を着ている街の住民。高そうな金の刺繍がしつらえてある服を着た恰幅のよい商人。顔を真っ白に化粧した、派手な服を着た赤鼻の道化師。激しく肌を露出させた妖艶ないで立ちの踊り子。テーブルへと次々と酒を持っていく、忙しない酒屋の娘、等々。とにかく職種も、身分も違う様々な人間がいた。眩しい極彩色の光景を前にして、シンは立ちくらみを起こしたが、ぐっとこらえた。久しぶりの人混みに当てられてしまったみたいだ。
思わず口をつく。
「祭りでもあんのかよ」
すると返事があった。
「……街なんて大抵こんなものよ」
「なんだ、起きてたのか」
「……持ってる剣やら自分の体なんかに無理矢理布を巻きつけられちゃあね……嫌でも目覚めるわよ」
「起きたなら、降ろして良い?」
「……嫌よ。なに?さっきドヤ顔で『人間を舐めるなよ』とか言っておきながらその体たらく?だらしないわね」
「ぐっ」
「……それに私は働いた…契約上の報酬は払って」
「私とお前の契約にお前を背負うっていう内容はなかったはずだが!?」
「………」
返事はない。ただの屍のようだ。
はぁ、と一つため息。都合の悪い時だけ口を紡ぐのは彼女の性分なので、シンはもう諦めている。
とりあえず門を出たところで立ち往生していても仕方がないので、レーヴァテインを背負ったままシンは人の群れへと潜っていく。
人が多い大通りに入ると、人の匂いだけでなくいくつもの匂いが混じっていることに気づく。果物屋にならぶオレンジの爽やか匂い。露店で焼いている野鳥の香ばしい香り。若い女が振りまく香水。酒の匂い、等々。個々の匂いは良い香りなのだろうが、あまりにも多くの匂いが混じり過ぎて鼻が馴れていないシンには悪臭として感じられた。レーヴァテインも同様らしく、不快に感じているのが息遣いで伝わった。
「これは結構鼻に来るな。辛い」
「……早く宿を取って…こんなところ抜け出しなさいよ」
「そうしたいのはやまやま何だが……さっきから宿屋が一向に見つからない。店ばっかだ」
「……多分種別ごとに区画ごとで分かれているのよ。ここは商業区だから店しかない」
「近い場所に同じようなものを扱う店を並べるとあまりい良くないって話を聞いたことがあるんだけど」
「……商売のことなんて知らないわよ。私は異族と戦うことが専門なんだから」
少しイラついた様子でレーヴァテインが答えた。
「で、結局宿泊施設が集まっている区画はどこにあるんだ?」
「……なんか……偉そう」
「痛いっ、痛いって、首をつねるなっ。分った、分ったから、教えてください、レーヴァテインさんっ」
「……ふんっ、最初からそうしなさいよ、まったく。宿屋の区画があるのはきっと街の中心よ」
「そりゃまた、なんで?」
「……行商人とかはまず拠点となる宿を探すでしょ。宿泊施設を街の中心に集中させておけば必然的に商業区を通るから、嫌でも商店が目に入る」
「なるほど。街ぐるみで商売をしているわけか」
徹底して商売に特化している街だ。
シンにはわからないだけで、様々な工夫が施されているに違いない。
そして、ここで浮上した疑問が一つ。
「意外とレーヴァテインって街に詳しいんだな」
シンと出会う前のレーヴァテインはいわゆる野良キラープリンセスという奴で教会所属の奏官――簡潔に言うとキラープリンセスの管理者と行動を共にしていなかった。となると
「……別に、変な話じゃないわよ」
レーヴァテインはこう答える。
「……教会の庇護下にないキラープリンセスは人の文明の恩恵は受けられないのは知っての通り。住む場所も人の目があるから限られてくる。でも人と関われないわけじゃない。『異族』を狩る道具としての利用価値はある。だから野良のキラープリンセスは教会が後回しにする地域の異族を狩ることで食べ物を分けてもらったり…お金を得たりする。金をもらうのは稀ね。私たちじゃ商人は人の足元を見て、値段を吊り上げてくるもの。ちまちましたお金をもらうくらいじゃ、何も買えない」
「それがなんでお前が街に詳しいことに繋がる?」
「……私の場合は、村と村を行き来する行商人の護衛を生業としていたの。一応彼らが使う道は教会所属の奏官とキラープリンセスの主従が定期的に異族を討伐しているとはいえ、神出鬼没の異族はいつ襲ってくるからわからないもの。ちょっと不安を煽ってやればすぐに彼らを食いつく」
つまりこういうことか。
行商人たちの恐怖心を言葉巧みに刺激して彼らに取り入って、建前だけの護衛を行い、無労働の報酬を受け取っていた。彼女は行商人たちの話を盗み聞き、情報を得ていた。そういうことだ。
こう簡潔にまとめてしまうと、レーヴァテインは立派な悪役である。
「お前さ、結構
「……たった数日でよくそんな『レーヴァテインのことは全部わかってるぜ、きらっ☆』みたいなこと言えるわね。それに言わせてもらうけど、ちゃんと異族は倒したから…働いてないみたいに言わないで」
「すまん、すまん。あとさ、お前も『きらっ☆』とか恥ずかしいセリフ言うのな。珍しい」
「……うるさい……わすれろ」
脇腹に太腿で一発。無理な体勢だったので対してダメージはない。
ただ先程の話を野良のキラープリンセスの視点に立って考えるとレーヴァテインのやり方にも一理ある。シンが想像しているよりも野良のキラープリンセスの生活は苦しい。人間よりも数倍肉体が強靭な彼女たちは、よほどのことがない限り風邪は引くことはないけれど、腹も空くし、喉も乾く、住む場所もいる。『文明』を頼れない彼女たちは原始的な狩猟採集生活を強いられる。不安定な生活を安定させるには強かになる必要がある。強盗といった犯罪をしないだけ、レーヴァテインは幾分もマシだ。
そんな会話――レーヴァテインは無視するので実質的にはシンの独り言――二人は街の中を進む。途中レーヴァテインの要望でいくつかの店を冷やかした(随分と店主と客に嫌な顔をされた)。道はかなり混雑していたが、勝手に道が譲られるので進むのは苦労しなかった。
「………………」
「………………」
二人は人々の視線を一身に集めながら街を進む。
街は喧騒に満ちていて、熱気に満ちている。だが、シンとレーヴァテインの周りだけは温度が下がっていた。
まるで幽霊の出る心霊スポットのように。周囲から切り離さた異質な場所となっていた。
「………………」
「………………」
二人は人々のひそひそ話を聞き流しながら街を進む。
多くの声が混ざり合って、いっしょくたとなった声の中でも明確に感じられるソレ。
まるで美しい計算式の中に混じった不成立の証明のように。素晴らしいもの中に混じる不純物。
「………………」
「………………」
沈黙が続く。わかっていた、知っていた。欠落していたのは経験だ。
「きついな」
「…今更何言ってんの……わかってたことでしょ」
「火の中に手を突っ込んだら火傷するって知識では知っていても、その火傷の痛みまでわからないだろ。それと一緒だよ」
眉間に皺を寄せ、青年は彼を苛む元凶の名を呟く。
「―――
天上世界に蔓延する一つの思想。キラープリンセスを嫌悪し、差別する風潮。
それが蔑姫主義。人間が抱えている悪しき考えだ。
野良のキラープリンセスが人のいる場所で住めないのも、キラープリンセス相手の商売に商人が値段を吊り上げるのも、レーヴァテインを背負ったシンたちが道を譲られ、人々の悪い意味で注目を集め、嫌悪の視線を向けられ、陰口を言われるのも、その原因は結局の所ソレに求めることができる。
「一体なんでそんな風潮が生まれてるんだよ」
「……はぁ、なんでそんなことも知らないの。常識でしょ、常識」
「そんなこと言われても、分らないっての」
「……ほんと貴方ってわけわかんない」
少し間を置いてから彼女は答えた。
「……キラープリンセスが異族を殺す時、その瞳は喜びに満ちている。嫌悪されるべき殺傷を喜んで行う不気味で薄気味悪い人間のような
「なるほど、生物的不安定さにつけこんできたか。奴ら、影響を広げて何を企んでやがる」
「…いい加減妄想の話は止めてもけでも哀れだわ」
「ちょっ、馬鹿お前っ、そんなに首を強く抓るなっ。キラープリンセスの力だと人間の肉なんて簡単に引きちぎれるから、下手のことすんじゃない!」
「……街に入る前に私の蹴りを受けてピンピンしてたのは誰かしら?」
「それとこれとは話は別だっ」
シンは必死にレーヴァテインにやめさせようとするが、悲しいかな、今彼はレーヴァテインは背負っている状態である。そのため両手は塞がっているし、背中は完全に取られているしで、なすすべがないのであった。結果彼女の気が済むまで、
しばらくして「ふんっ」という鼻息が彼女の不機嫌タイムに終了を告げる。
「痛いなぁ~、もう~」
「…訳の分からないことを言い出す。貴方が悪いのよ」
「えっ、もしかして『…話が通じなくて寂しい…うふっ』みたいなこと思ってたわけ!」
「……………」
「ギャァァァァァッ!無言で首を絞めるなァァァァ!」
「…うざい……黙れ……死ね……うざい」
「耳元で呪いの言葉を吐くな、怖えよっ。ごめん、本当にごめんって」
ひとしきり謝ってレーヴァテインの許しを請うことに。シンは学ばない男なのであった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、死ぬかと思った」
「……自業自得」
「ちょっとした意趣返しのつもりだったんだよ」
「レーヴァテインのことは全部わかってるぜ、きらっ☆」の、である。
さて、話が少し逸れてしまったがそろそろ話を戻そうか、とシンは深く息を吸い、深く吐く。
「蔑姫主義とか、さ。お前たちキラープリンセスにとって辛い世の中だと思うけど、さ。あまり思いつめるなよ。なんかあったら聞くから。ほら私は研究者でもあったけど、カウンセラーの資格も持ってるから」
「……別に、いちいち気にしてなんからんないわよ。随分と長い間差別にさらされてきたんだもの。もう慣れたわ」
「慣れた、か」
たった三文字の言葉がシンの心に突き刺さる。
つまりはこういうことか。彼女はもう諦めてしまっているわけか。差別され、嫌悪されてしまうことはもう変えられないことだと思ってしまっているというわけだ。
確かに、諦めてしまった方が楽かもしれない。差別の風潮を受け入れてしまうことのほうが社会に抗うより簡単なのかもしれない。
でも、そんなの―――
「―――そんなの駄目だよ」
「…何ですって」
「差別されることに慣れちゃうのは駄目だよってこと。慣れちゃうと、永遠にその立場から抜け出せなくなる。立ち上がることを忘れてしまう。受け入れてしまって、流されて、腐ってしまう。人間ってのはさ、部屋の空気と同じなんだよ。新しい風を入れないと空気が段々淀んでいくように、立ち止まり続けると、駄目になっちゃうんだ」
「…ふぅん。でも、キラープリンセスは人間じゃないわよ」
「同じだよ、人間もキラープリンセスも。キラープリンセスだって喜んだり、悲しんだり、怒ったり、不機嫌になったり、苦しんだり、辛かったり………それに誰かを好きになったり。そんな当たり前の感情が
シンは知っている。とてもよく知っている。
けれどキラープリンセスにだって感情がある。人間と同じ容姿をして、人間と同じ思いを持って、人間と同じように生きる。
だからシンは主張する。どうしようもない〈愚者〉として声高に叫ぶ。
『キラープリンセスは人間と同じなのだ』、と。
「…そんなの知らないわよ」
レーヴァテインは不機嫌よりも困惑の色が濃い声でそう呟いた。
それもそうだろう。彼女自身キラープリンセスと人間は別の生物だと思っているし、社会の認識も言わずもがな。唐突にまったく正反対のベクトルの思想を説かれても困惑するに決まっている。
それに最大の溝が埋められていない。
「…人間を生き物を殺すことを楽しんだりしないもの。私には殺戮の甘美さはわからないけど……」
「ああ、殺戮に対する喜びを感じる狂気性のこと?そんなのは気にしなくてもいいと思うけど。元々人間と類似の精神性を持っているなら、逆に無いほうがおかしいし」
(なんだか、とんでもないこと言いだしたわね)
「人間の狂気性は他人との関わり合いやら倫理観やらに触れることによって段々と薄れていくんだよ。『人の痛み』とやらを知ることによってね。だから
「…それは…恐ろしいわね」
レーヴァテインの頭の中で小さいシンが悪い笑みを浮かべながら、蚊の体を順番にむしっていく姿を想像し、身震いする。
「だろ?他にも例を挙げるなら、とある心理学の実験だと大学生たちを看守と囚人の二役に分けて一定期間、閉鎖的空間で共同生活させると、看守役には攻撃性が、囚人には被虐性が芽生え始めたという結果が出たんだ」
「スタンフォード監獄実験っていうんだけどね、覚えてない?」シンはそう言ったがレーヴァテインには何のことかわからない。
「…それで…貴方は何が言いたいのかしら」
「だから、えっと、要するに、殺すことを喜ぶ狂気性があるからって
シンの言っていることは、つまるところ、彼にとって都合が良すぎる解釈でしかない。
赤ん坊は本能的に残虐なことを楽しんでいるのではなく、それが残虐なことであると知らないから玩具で遊ぶことと同じ感覚でいるだけなのかもしれない。心理についての研究を少しかじっただけのシンにはその真偽はわからない。曖昧だからこそ彼は『人間は本能的に残虐なことを楽しむ感性を持つ』という結論を叩きだした。
スタンフォード監獄実験の件にしたって、意図的に解釈を捻じ曲げている。
何故シンはそこまでしてキラープリンセスと人は同じだと彼は説くのか?
そこに彼の真意が見え隠れしている。
シンの真意にレーヴァテインは気づいているのか、いないのか。真偽はわからないが、彼女はいつもどおりの彼女でこう答えた。
「…あっ…そ」
「『…あっ…そ』って、もう少しまとな返事はないのかよ。結構真面目な話をしていたつもりだったんだけど」
あまりにもいつも通りの返事にシンは少々面食らう。もう少しまともな返事が欲しかったのだが、そんなシンの思いなど露知らずレーヴァテインはあくまでもいつもの彼女で会話を続ける。
「…いいから…行くわよ……早く宿で私を休ませなさい」
「ああ、もう!相変わらずのマイペースだなぁ!」
「…黙りなさい……さぁ…早く宿屋へ行くのよ…この下僕」
「最早対等な関係でもなくなった!」
なんだかもう、我儘お嬢様であった。
「ったく……悪いが、もうちょっと我慢してくれよ」
「…はぁ…何でよ」
「最初は宿にお前を置いてから行こうと思ってたんだが、宿に着く前にこっちに先に着いたからな」
シンが立ち止る。
彼の言葉に導かれるようにしてレーヴァテインが見上げる先には。
――教会。
words
・二人はコルテの街に入った。
・コルテの街は最も辺境にある街で他の街と比べると商業は盛んではないが賑わっている。
・耕民区クレナイは農民階層が住んでいる。
・クレナイに住む人々にとって行商人は命綱。行商人を支える街はなくてはならない。
・コルテの街は疑問の声が上がるほど辺境にある。
・キラープリンセスの武器はスリロスと総称される。
・教会が奏官を集めている。
・キラープリンセスを差別する蔑姫主義が広がっている。
・解釈を捻じ曲げてでもキラープリンセスと人は一緒だというシンの真意とは一体?