ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.03 ラグナロク教会

05

 こんな神話がある。

 

 かつて大地に名前がなかった頃。数多の悪魔が地上へと舞い降りた。世界は闇に覆われ、終わりのない嘆きの日々が続く。人々の嘆きの声は天上の神の元へと届き、地上の惨状を知った神が流した涙は一つの川となり、小さな若芽を大樹へと成長させる。雲を貫き、天へと届くまでに至った大樹は幾銭の実を宿した。その実は無双の武器と姿を変え、人々の絶望を切り裂き、闇に立ち向かう勇気を与え、闇の全てを焼き尽し、世界に平和をもたらしたのだった………

 

 こうした語り口で始まる一連の神話を拠り所として、一つの宗教組織が作られた。

 ラグナロク教会。ラグナ大陸唯一の宗教組織である。

 象徴として掲げているのは既に失われた神話の武器で、人々の信仰も神話に語られる武器に向けられていた。 

 組織の力は強大で、その権力は古くからある貴族のそれに匹敵する。世界樹ユグドラシルの根元にある王都セリアにはラグナロク教会の最高権威である〈教皇庁〉があり、各街、各村に建てられた支部教会をまとめていた。

 何故そこまで徹底して人の居住区域に教会が置かれているのかというと、教会がただの宗教組織ではなく一種の軍事組織としての側面も持つからだ。

 人間の脅威である異族を効率よく討伐し、人命を守るためにバイブスを持つ奏官と奏官のバイブスに適合するキラーズを持つキラープリンセスの主従を教会の所属させることで管理する。異族が発生した近隣の街や村から要請を受けたラグナロク教会は奏官に任務を与え、討伐に向かわせる。これが天上世界における異族討伐の実情だ。またラグナロク教会に救援を要請した街や村には寄進という名の報酬をラグナロク教会に支払う義務が発生し、ラグナロク教会はその寄進料や税金で組織を運営している。

 キルオーダーと呼ばれる天上世界における絶対規範もまたラグナロク教会が定めている。この規範はキラープリンセスに対する法律だ。キラープリンセスたちにとって神聖な儀式である〈淘汰〉や〈暴走〉と呼ばれるキラープリンセスの自我亡失現象に対する対処法などが定められている。

 そして今、レーヴァテインとシンの二人はコルテの街の支部教会に足を踏み入れていた。だが、入った途端シンは唖然としていた。

「………………おい」

 長い沈黙の後にシンは、

「まんまキリスト教会じゃねーかぁぁぁぁっ!」

 叫ぶ。静謐な教会の空気をシンの声が切り裂く。

 シンの視線は内陣の祭壇から赤子を抱く女性の意匠が施された中央のステンドグラス、天井の老人が若い男に手を伸ばしている絵まで移りっていき、顔を回して教会の中をきょろきょろと見回している。 

 そんな騒々しいな男の反応にレーヴァテインは、

「……いちいちうるさい」

「ふんぎゃっ」

 足を踏みつけて黙らせた。隣で無駄に暴れられるのが気に入らなかった。よって実力行使。

 ちなみにレーヴァテイン自身も教会に来るのは初めてだったりする。大抵街に入れるのは奏官付きのキラープリンセスなので、シンと出会う前は野良だった彼女が入れる道理もない。レーヴァテインが教会内を見回していないのは単純に興味がないからである。

 ついでに言うと、隣で足を抑えて蹲っている男にも興味はない。

「い、今のは結構痛かったぞ」

「……訳のわかんないこと言ってないで、さっさと祀官を呼びなさいよ。私は眠いのよ」

 シンはレーヴァテインを背中から降ろしていた。曰く、「もう起きたじゃん」。彼女が心の中で、教会から出たらもう一回背負わせようと思ったのは彼の知る所ではない。

「……速く祀官を呼びなさいよ」

「はいはい、わかってるって。ところで何処に祀官とやらがいるのかは知ってたりしない?」

 レーヴァテインは無言で首を振るう。

 シンも教会について勿論詳しわけないので、ここは手っ取り早い方法を取ることにした。

 具体的に述べるならば、大声で祀官を呼ぶことにした。

「すーみ―まーせーんっ‼誰かいませんかーッ‼」

 シンの声が教会内を反響する。少しして奥の扉から白い宗教服に身を包んだ老人が現れた。痩せてはいるが背筋はしゃんとしていて、大分年を取っているようだが、しっかりしているように見える。

 にこやかに微笑みながら老人は二人の近くにやってくると問うた。

「おやおや、一体どうしたのですかな?まだ通知した時刻には時間がありますが」

 どうやら目の前の老祀官は二人のことを奏官とキラープリンセスの主従関係にあると思っているらしい。

 シンはわざとらしい作り笑顔を浮かべて答えた。

「実はですね。まだ私たち教会の洗礼を受けていなくて。本日は洗礼を受けるための事前申請に伺ったんです」

 そう言った途端レーヴァテインが目を見開き口を開きかけるが、すんでの所でシンが手で彼女を制す。

 老祀官は一連の挙動に首を傾げたものの、深くは言及しなかった。一瞬訝し気な顔をしたが、すぐににこやかな笑顔を浮かべる。

「おお、そうでしたか、そうでしたか。これは失礼いたしました。でしたら少しお待ちください。すぐに書類を持ってまいりますので」

 そう言って老祀官は出てきた扉へと戻っていく。扉がしまると同時にレーヴァテインが先程の驚きの理由を語りだした。

「……今のどういうことよ」

「今のって?」

「……とぼけないで、貴方が奏官になるっていう話のことよ!何言ってるの?」

 レーヴァテインが驚くの無理はない。だって彼には奏官であるための最重要事項が抜けている。

「……貴方はバイブスを持っていない」

 奏官とは一般にキラープリンセスと連れている者のことを指す。しかし、奏官はキラープリンセスを連れていれば名乗れるというものではない。奏官になるにはいくつかの条件があるものの、その最低条件はバイブスを持っていることだ。キラープリンセスのキラーズと適合することで、彼女達を戦闘において万全の状態にするマナの亜種バイブスは、異族討伐において非力な奏官の唯一の存在意義だ。

 けれどシンは――レーヴァテインが断言したように――バイブスを持っていない。奏官であるための最低条件を満たしていないのだ。

「……バイブスを持っていない以上貴方は最低条件を満たしていない。だから――」

「――だから奏官にはなれない、とお前はそう言いたいのかな?」

 問いかけると無言で彼女は首肯する。

 気づかない内にシンの頬が緩んだ。

「……何よ、その笑顔」

「ありゃ?私、笑ってた?」

「……笑ってた、とてもムカつく顔、いや気持ちの悪い顔で」

「それは流石に酷くないかな!?」

 さすがにちょっぴり傷ついた。

 少々熱くなってしまった思考を冷まして、シンは真面目の顔をしてレーヴァテインと向き合った。

「さて、お前の疑問はごもっともなものだから、ちゃんと説明しておくよ」

「…………」

 彼女の沈黙を説明の肯定として彼は受け取って置く。

「はじめに断言しておこう。奏官にはなれる、絶対に」

「……はぁ、だからくどいくらい言ってるでしょう。バイブスを持ってなければ奏官には――」

「なれるさ、肩書だけ(・・・・)なら、ね」

 シンの言葉を受けてのレーヴァテインの感情は、見開かれた目が物語っている。

「誰も彼もが、キラープリンセスと一緒にいるその人物は奏官と見なすだろ?」

「………まぁ、確かに」

「私はラグナロク教会の教皇庁が行っている奏官になるための〈洗礼〉とやらの詳細を知らない。一般人に聞いても知らないらしいし、奏官に聞いてもキルオーダーで言えないとかで情報を得られなかったからな。でも、おそらく、〈洗礼〉はバイブスの有無を確かめる何かしらの儀式が行われるのだろう。だって奏官であることの証明はバイブスを持っていることなのだから。特別職の任命には必ず証明が必要だ。弁護士の司法試験の合格書とか、そういう類のな。さてさて、では質問。ここでは奏官の証明試験つまりは〈洗礼〉ができるか?支部教会で教皇庁と同じことができるかと言われると、答えは否、できない」

「…………どうしてよ?」

「設備がないから」

 普段より二拍おいてレーヴァテインは口を挟んだ。

 レーヴァテインはつい最近まで野良だった身。行商人との関わりがあったおかげで街については多少のことは知っているが、教会の内情とかは最低限度のことくらいしか知らない。

 彼女の心内には色々と聞きたいことがわだかまっていたが、ひとまずそれらは置いておいて男の話を聞くことにした。

「設備がない根拠は無防備すぎるからだ」

「……?」

「わからないか?〈洗礼〉って奴は、わざわざ絶対遵守法のキルオーダーに口外禁止とまで定めているラグナロク教会の秘儀なんだ。だったら〈洗礼〉が行うことのできる場所は最も警備を厚くてもいいはずだ」

「……目に見えない所で実はとんでもない装備があるかもしれない、もしくはわざと力を隠すことで逆に敵勢力の目

を逸らしているのかもしれないじゃない」

「いや、その可能性は低い。今回のように特定の場所(・・・・・)を守る場合には、力をさらしておいた方が良い」

「……何でよ」

「襲う場所は疑いようもなくここだからだ。いくつか候補地があるなら、わざと警備を薄くして場所の重要性を低く見せる方法も有効だ。けど、場所がわかりきってしまっている以上、相手は騙されない。教会を敵対している勢力にとっては教会しか手がかりがないから支部教会を襲うしかない。テストで答えがわかってるなら、不正解には目がいかないように。支部教会が唯一の襲撃地だから他の候補地なんて考えない。そういう結論に落ち着く」

「……なるほど、〈洗礼〉が支部教会じゃできないと結論づけたことも納得できる。警備が厚くないから、重要施設が存在しない。確かに、つじつまは合うわね。そして、〈洗礼〉を受けないからバイブスを持っていないこともばれない…………と。まぁ、推理と呼ぶにはあまりにも拙すぎる、根拠の無い推測の集合だけど」

「そう言われると、言い返せないけど……限りなく百パーセントには近いと思うよ」

「……もし、推測が間違っていて、〈洗礼〉を受けることになったら、どうするつもりだったの?」

「とぼけるさ。奏官ならともかく、私と同じようにバイブスを持たない祀官ならば適合の感覚を実感しているわけじゃないから、騙しおおせるだろう」

 ま、忌み嫌われているキラープリンセスといる時点で疑われることはないだろうが、ともシンは考えている。

 バイブスを持たないで気持ちの悪いキラープリンセスと一緒にいる人間など、余程の事情持ちしかいないだろうから。

「……それにしても肩書の奏官か。実際には奏官じゃなくて志願者となるのだけれど、社会的に見ればそんなことは関係ない。一般人にとってはキラープリンセスと一緒にいる事実だけで奏官と呼ばれるし、教会からも奏官になることを申請すれば奏官(仮)として認識される。真実を伴わない、事実上の奏官のできあがりってわけね」

「そ、納得してくれたかな」

「……ええ、よくわかったわ」

 レーヴァテインは頷いて、紅の瞳を薄く開いて彼を見た。

 彼の奥底を見透かすように。

「……貴方が教会の腹の中に入って、何か(・・)をしようとしているのかも、ね」

「……………」

「……沈黙は肯定として受け取るわよ」

 少々の敵意を込めてシンを睨む。

 レーヴァテインはシンを疑っている。疑う理由がある。

 肩書だけの奏官の立場を得るために教会へ訪れ洗礼の申請をする。ただそう言われただけでは、肩書だけの奏官になるという点以外は不審な点は見当たらない。だが、じっくりと考えると怪しげな点が一つある。

 怪しげな点とは、洗礼を申請したことである。

 キラープリンセスは忌避される存在であり、キラープリンセスと一緒にいる人物は奏官。これはラグナ大陸では当たり前のこと。だからこそ、誰も例外を疑わない。『当り前』を疑おうとする人間はそうそうお目にかかれない。社会秩序の精神的基盤となっている『当り前』は簡単に打ち崩せるものではない。

 ようは大多数の人間は、くどいようではあるが、キラープリンセスと一緒にいる人間=奏官という等式が成り立っているのである。1+1=2と同じく疑いようのないくらいに。

 そしてそうと疑わないのは、ラグナロク教会と無関係の人間だけではない。教会の人間もまた、疑うことはしない。そのことはシンも言っている。『誰も彼もが、キラープリンセスと一緒にいるその人物は奏官と見なすだろ?』と。わざわざ申請などしなくても、教会からも疑われない肩書の奏官のできあがり、というわけである。

 ならば、何故シンは申請などをする。肩書の奏官を主張するなら、むしろばれないようにラグナロク教会とは距離を置いた方が良いのにも関わらず、だ。

 レーヴァテインは核心を突く。

「貴方は奏官の肩書が欲しいんじゃない。欲しいのは王都セリアの入門許可証ね」

 王都とは友達の家感覚で簡単にいけるようなものではない。円形に壁で囲まれていて、入れる門も片手ほどしかない。特別な身分であったり許可証がないと門が開くことはない。。平民などは立ち入る機会すら与えられない。そんな聖域のような場所だ。

 ただ平民でも王都に入れる機会をただ一回だけだが持つ職業がある。それが奏官であり、与えられる機会というのが〈洗礼〉だ。

 だからレーヴァテインは結論付けた。シンが欲しいものは〈洗礼〉の機会即ち王都セリアへの入門許可証だ、と。

「貴方の目的は何?まさか教会に楯突くつもり?」

「うーん、やっぱり、お前は連れて来ないほうが良かったかなぁ」

 シンが渋い顔をする。

 この事実から導き去れる結論は。

「……………………………………………帰る」

「ちょっ、待って、ホントに待って!」

「嫌よっ、何でわざわざ大陸を牛耳っている教会と敵対しなくちゃいけないのっ!そんな危険冒すかっ、馬鹿っ!」

 殴ったり、叩いたり、蹴ったり。

 レーヴァテインはしがついてくるシンを何とか突き放そうとするけれど、シンは一向に離れない。

「馬鹿っ、阿保っ、おたんこなすっ」

「なんか言葉の選択が古いっ!」

「いいから離せっ、この大馬鹿野郎っ!」

「そげぶっ」

 レーヴァテインの腰の入った一発が気持ちよく顔に決まった。軽く吹っ飛ぶ。

 地面にキスした状態のシンの足がピクピクと震えている。

「謝らないわよ」

「うん、謝らなくてもいいよ」

 鼻頭を抑えてシンは起き上がる。体中が痛んでいるようで、動きがぎこちない。レーヴァテインの抵抗によって痣があちこちに出来てしまっているようだった。

「だけどさ、お願いだから私と一緒に来てくれないかな」

「ぜぇぇぇぇっっっったいに嫌っっ!」

「そこを何とか」

 直角に腰を曲げて懇願するシン。そんな彼を迷惑そうに半眼で睨み付けて、レーヴァテインはポツリと呟いた。

「………………一日だけ」

「はい?」

「……一日だけ契約に従う。教会にも貴方のことは伝えない。………それで私と貴方の関係は終わり、さようなら」

「そ……んな。頼むよ……レーヴァテイン…っ!これはお前のためでもあるんだ」

「うるさい。教会と敵対する中で私にメリットが生まれるとは到底考えられないんだけど」

「教会の奴らはお前を―――」

「……くどい」

 地獄の鬼が出す声とは、このような声のことを言うのであろう。

 小さくとも底冷えするような、とてもつもなく冷徹な声。

 超えられない彼と彼女の間にそびえたつ拒絶の壁となった。

 彼は再度口を開こうとする。

 寸前に彼女の切っ先が喉に突きつけられた。

「……っ!」

「黙りなさい。貴方はこのまま教会に追われて、無様に、無意味に野垂れ死になさい。私は貴方の死出の旅路に付き合うつもりは毛頭ないから」

 鋭い眼光が彼を貫いた。

 絶対的な別離が確定してしまった。

 もう彼女は彼の下には戻らない。

「私は貴方と明日になったら別れる、いいわね?」

「………」

「返事は?」

「………わかった。お前の言うことに従う」

 彼の言葉を聞いてようやく彼女は剣を降ろす。

 シンは悔し気に下唇を噛んでいた。

 レーヴァテインは彼の方など見向きもしなかった。

 そんなひと悶着があって、ようやく老祀官が入って言った扉が開く。

 何も知らない老祀官は、

「何かありましたのかな?」

 と首を傾げるのだった。

 

06

 コルテの街、宿泊施設区。

 公的にそう呼称されているわけではないが、事実上そう呼ばれる相応しい場所。

 シンとレーヴァテインは拠点となる宿を探す。

 商業施設よりも高さが高い建物に囲まれたこの場所は日光が遮られ、仄かに薄暗いし、静かだ。全体的に穏やかな空気に包まれている。

 人々は多種多様な恰好をした人が集まっていて、瘦せ細った農民から恰幅の良い商人まで、黒い装束に身を包んだ女性から髪の毛を剃り切った男性まで、とにかくなんでもかんでも集まっていた。雑然という言葉がピッタリである。

 並んで歩く中、シンはレーヴァテインとの間に満ちている気まずさをひしひしと感じていた。教会から出て以来一言も口を聞いていないし、勿論シンから話しかけられるはずもない。救いなのは、あの話を切り出さなければ彼女が爆発することがないことか。地雷さえ踏まなければ、彼女はいつも通りの彼女でいてくれる。シンはそういったレーヴァテインの性格をよく心得ている。

「…………………」

「…………………」

 気まずい沈黙が流れる。大抵の場合、沈黙を破るのはシンの役目であるのだが、意外にも、今この時の沈黙を破ったのはレーヴァテインだった。

「……なんで背負ってくれないのよ」

 レーヴァテインは忌々しげにパートナーの青年を睨んだ。

 ラグナロク教会傘下のコルテ支部教会で彼女を降ろして以来、シンはレーヴァテインを背中に乗せていない。

今が気まずさを解消する好機だと思い、シンは会話に便乗する。

「いやだって、もう起きたじゃん。いちいち背負わなくもいいでしょ」

「……関係ない、私はちゃんと働いた。契約に基づき対価を要求する」

「だから、君と僕との契約にそんなことは入ってないって」

 ちょくちょく二人の話に出てくる契約。その内容は『同行する間はレーヴァテインの衣食住を保障すること』。簡単に言えば、野良キラープリンセスであったレーヴァテインに人間らしい生活を送らせるというものだ。なのでレーヴァテインの言っていることはとんでもない間違いであり、シンの言っていることに分がある。

「君の場合アレだ。ホントに私をただの乗り物としか思ってない所がいけないね。もう少し甘えてくる感じがあったら、男の甲斐性とやらでなんとかしてやりたいと思うんだけど…」

 言った途端、ヒヤリとしたものがシンの背中を走る。

「おっと、怒らせちゃったかな?」

「……おちょくってる?」

 地獄の呼び声とはまさにこのことだろう。

 殺気を乗せた鋭い視線でレーヴァテインはシンを睨みつける。

 子供は当然、大人でさえも腰が抜けてしまいそうな気迫。けれど、シンは強烈な殺気を前にしてもへこたれない。相も変らぬ調子で続ける。教会でのそれを思えば、遊びのような物だ。

「全然、そんなつもりはないんだけどな。むしろ後学のために覚えておいた方がいいよ。男ってのは女には弱いんだよ。特に私みたいに女性経験がないような男は甘えられるとね」

「……私の胸があたったくらいでおろおろしてたくせに、口は達者ね」

「それとこれとは別なんだ。理論を知っているのと、理論を実践可能化はまた別物だろうて」

「……要するに口だけ上手な最低男と」

「ちょっと酷くない⁉それ⁉そこまでじゃないっての⁉」

「……甲斐性なしのヘタレ男」

「楽しそうだなお前!さっきまでの不機嫌さはどうした!」

 口元を綻ばせている銀髪戦姫。人を虐めて喜んでいる所を見るに、このお姫様、相当に性格が悪いと見える。

 この心象の変化の速さ。女心は秋の空というやつか。つくづく女心はわからないものである。

 今回の一件、シンの悪い所を上げると、彼女に甘えることを薦めたことだろう。彼女は人との馴れ合いを嫌う、いや憎んですらいる。だから彼女がシンと同行する理由も損得勘定の契約だ。シンの言葉は火に油を注ぐようなもので、必然として大火事になっただけのこと。

 シンはそれをわかっていてやった節もあるのだが。

「……ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」

「んだよ、もう虐めても何もでないぞ」

「……貴方はいちいち反応してくれるから面白い……じゃなくて、今日はどこに泊まるつもりなの。勿論、最上級の宿を要求するけど」

「財布に厳しいことを平然と言ってくれるなぁ」

「でもお金は十分あるのよね。見た目大富豪並だったけど」

「……色々分解してかき集めたからね。一グラムあたりのレートが高かったのと金本位制が利用されててよかったよ、ホントに」

 シンが換金して得た貨幣はあまりのも多く、ポーチ一つを財布代わりにしても入りきらず、小分けにして白衣の内ポケットにも入れている。換金したときは、あまりの金額に目を丸くした。

「……そんな大金持ちなら、どんな宿にも泊まれるはずよね?」

「無理無理」

「は?」

 予想外の答えにレーヴァテインが素っ頓狂な声を出す。「……」もすっ飛ばした。

「……そんな大金持ちなら、どんな宿にも泊まれるはずよね?」

「二回言っても無駄だからね。現実を直視しようか」

「……泊まれるわよね」

「くひょいひゃあ、ひょう。ひょんひゃけいってもむひゃらって」

 頬を掴んで縦に横に。

 実力行使のレーヴァテインはシンの顔を粘土細工のようにぐにゃぐにゃにする。下手をすれば冗談抜きで顔の形が変わる可能性があるので勘弁してほしい。

 びよん、と彼女の手が放されて顔が元に戻る。

「イテテテ……」

「で、理由は?」

「お前さ、もう少し気遣ってくれても……」

「で、理由は?」

「あー、はいはい、そうでした、お前に気遣うなんて思考回路は存在しないよな、聞いた俺が馬鹿だった」

 やけっぱちに言い放って、続ける。

「足を買うのさ」

「……足?」

「正確には馬と荷車な。さすがにこれからの旅を徒歩で続けるのは辛いから。馬とかあれば楽だもん。ぶっちゃけ、それがこの街に来た目的だし」

 言った後にシンは、しまった、と自分のうかつさを呪った。

「……それなら、まぁ、仕方ないか…」

 襟に顔を埋めて、小さく彼女は呟いた。不承不承といった感じだが、それでも納得してくれたようである。

 怒られることを予想していたシンは肩透かしを食らった気分になった。

(……同じくらい離れた別の街もあるのに、どうして危険な方を選んだのかは謎だけど…)

 そうレーヴァテインが遠い目をしていることも知らずに、シンは続けた。

「で、街に詳しいレーヴァテインさんに質問があるんですが」

「……ん、何よ」

「どんな宿が優良な宿なの?一級のもの以外同じにしか見えないんだけど」

 いかにも超高級な宿は豪華絢爛で判別もつきやすい。しかしながら、それ以外の宿は外装からはいまいち判別しがたい。街について詳しいレーヴァテインに判断を仰ぐのは賢明な判断だ。

 頼りない同行人にため息を吐きながらも、レーヴァテインは答えてくれた。

「……宿から出てくる人で判断しなさい」

「人?」

「……そう、人のみなりや身分で判断するの。良い宿には相応の人物が泊まっているもの。宿泊者が上流なり中流階級の商人であれば、その宿はそれなりの宿ってことでしょう?」

「なるほどね。因みに、それも行商人の話を盗み聞きして手に入れた情報?」

「……なんで迫害対象のキラープリンセスである私が宿事情まで聞いてると思うのよ。宿があるような場所まで言ったことなんてないわよ。それに商人だったらいつも泊まる宿は決まってたりするし、普通は宿のことなんて心配しないから話さない」

「じゃあ、何で詳しいのさ?」

「……ただ頭を使っただけ…それだけよ」

「へぇ、流石レーヴァテインだな」

「…………うるさい」

 不機嫌そうに、ぶっきらぼうにレーヴァテインは答える。

 これは、もしかすると……

「はっはっはー、それじゃ、直々に頭を撫でて進ぜよう」

「ちょっ、やめっ、てっ」

「お?なんだ照れてんのか?可愛い奴め!」

 わしゃわしゃわしゃー。

 シンはレーヴァテインの頭を少々乱暴に撫でる。ふんわりとした銀髪に指を縫うように差し込み、彼女の頭をこねくり回す。

 そんなことをされたレーヴァテインは珍しく頬を赤らめていた。要するに照れていたのだ。意外にも彼女は褒められるのには弱い。

「ほれほれほれー!」

「ちょ、ホントに止め、てってっ」

 ただ物事には限度というものがあって。

「ほれほれほれほれほれほれほれほれーっ!」

「ったく、いい加減にしなさいよっ!」

 とうとう怒りを爆発させたレーヴァテインが実力行使にでる。

 頭をなでるシンの腕をつかみ、体をシンの懐に入れて、そして―――

「はぁぁぁぁぁっ!」

 気合を入れて、一気に背負い投げる!

 ドッシーンッ、という音を立ててシンが地面に叩きつけられる。

 辺りは騒然。一体何事かと野次馬共が集まり始める。

 結構な騒ぎになっているのだが、そんなことを気にしないのがレーヴァテインという少女で。

 シンを地面に叩き付けると同時に、紐に括りつけて背中に背負っていたスリロスを降ろして、ボロ布に包まれた切っ先をシンに突きつける。

「……何か言うことは?」

「ハイ、スミマセンデシタ。モウ、シマセン」

 底冷えするようなドスの効いた声に、シンはただただそう言うしかなかった。

 『首と胴体をつなげておきたいなら、態度を改めることね』。簡潔な問いの裏にはわかりやすい脅迫があった。

 何事にも節度というものが大事である。

 

07

 結局選んだ宿は上から三番目くらいに上等な宿であった。

 シンは妥当な判断だとしいたが、レーヴァテインは「……三流野郎」と蔑んだ。

 部屋は広く、高い階の部屋のため日当たりは良い。内装も立派なものであり、ベッドのシーツ等も良質な生地が使われていて、ふかふかだった。

 なお、宿に着いてからのレーヴァテインの行動は以下の通りである。

 部屋には入り、うららかな日差しが差し込んでいる窓のカーテンを閉めて、ベッドにだーいぶ。

 その間わずか五秒。異族狩ってるときよりも行動が速かったんじゃないか?シンは勿論、彼女自身もちょこっとだけ思った。

「……やぁぁぁぁっっっと休める」

 枕に顔を埋めて、体に溜まった悪いものを吐き出すように彼女は言った。

 恨み言のように聞こえるのはシンの気のせいだろうか。

「掛け布団もかぶれよ。風邪ひくから」

「……貴方が掛けて」

「はいはい、わかりましたよ、お姫様」

 そっと毛布をシンは掛けてやる。

 レーヴァテインは毛布を手繰り寄せて、顔だけだすようにくるまった。そして眠そうな顔で問う。

「……今日はどうするの?」

「どうするって?」

「……私と貴方の契約の内の一つ。おいしい食べ物を私に食べさせること。忘れたわけじゃないでしょうね」

「ああ、そのことか。忘れてないよ。これから街に出るから、何か探してくるよ」

「……変なものだったら許さないから」

「了解、了解。宿で食べるんじゃなくて、外食でもいいか?」

「……めんどくさいけど…おいしい食べ物が食べられるなら、それで構わない」

 ふぁぁぁ、とレーヴァテインは欠伸を一つ。

 今直ぐにでも寝入りそうな彼女に慌ててシンは告げる。

「あ、悪い、調整(チューニング)させて」

「……えー」

「ほれ、座って、座って」

「……やだ、寝たままでもいいでしょ。どうせ私は何もしないんだし」

 そう言うとレーヴァテインはうつ伏せになる。

「……早く終わらせて」 

「わかったよ」

 彼女のわがままには最早慣れた。

 仕方ないなぁ、とでも言いたげなシンの口調に、レーヴァテインは「何よ」と不機嫌な声で言うもシンは相手にしない。肩を竦めるだけだ

 シンは彼女の上に馬乗りになり、背中に包帯を巻いた左手を添える。

 そして、言葉を口にする。

「CMCシステム起動、対象レーヴァテイン、調整開始(チューニングスタート)

 ピクリ、とレーヴァテインの背中が震えた。

「大丈夫か?」

「……んっ、大丈夫」

 ちょっと体に刺激が走っただけでレーヴァテインの肉体には何の異常もない。

 レーヴァテインに感覚を聞いてみる。

「どんな風に感じてる?今まで見たいにつっかえている感じがする?」

「……全然しないわ。むしろ清々しいくらい」

 レーヴァテインと行動を共にしてから、何度かシンが行ってきた『調整(チューニング)』。

 一番初めは泥の中を進むような重たい感覚を覚えたが、今は一転して体の垢を水で洗い流しているような爽快感を感じている。現実は肌が汗ばんでたりするのだが、そんなことが気にならないくらい清々しい気分である。

 レーヴァテインは今まで聞いたことのないキラープリンセスに対する処置に、最初は不信感を抱いたものの、シンの熱心な懇願に折れて、彼にやらせている。

 どうしてシンがそのような技術を使えるのかはレーヴァテインにはわからないのだが、ここ数日で理解したのは調整(チューニング)が文字通り彼女自身の調子を整えているということだ。

 コルテの街の前で行った異族討伐の際に感じていた違和感も、あまりにも自分の調子が良いことへの違和感。以前は暴れ馬を力で無理矢理ねじ伏せていたという感じだったが、今は上手に乗りこなせている。枠に収まるべきものが収まった。そんな感じがする。

(……出力の調整、私という兵器の整備(チューニング)、そういう意味合い?)

 そう結論づけた時、シンが彼女の心を読んだかのように語りだした。

調整(チューニング)の目的がキラープリンセスの力の調整だと思っていたら、それは間違いだ」

 シンは背中を押す力を強めた。

「本来は君には施す必要はないんだけどね。色々あってね」

「……そうなの?」

「そうなの…」

 なんだか語調が忌々し気だった。

 背中の重量が消える。

 シンがレーヴァテインの体から身をどかした。そのままレーヴァテインを背にしてベッドに腰かける。

「キラープリンセスには遺伝子的に同じ人物がたくさんいる。人間でいう同じ姿を持つ別人(ドッペルゲンガー)ではなく、完全なる同一生物(クローン)、今の時代ではこう言われているそうだな――イミテーションと」

 虚空を見つめながら滔々とシンは語る。その語り口はどこか寒々しい。

「そして教会はイミテーション同士を殺し合わせる〈淘汰〉という儀式を以てオリジナルを復活させようとしている」

 何かを真剣に語っているようだった。

「でも不思議に思わないか?模造品(イミテーション)がいるのにどうして原物(オリジナル)がいないんだ?」

 けれど、レーヴァテインにとってはさして興味を引く内容でもなく。

「そこに教会が、いや□□□が隠していることが存在する」

 徐々に言葉が胡乱に聞こえ始めて。

「その一つが□相融□であって、それのせいでお前たち□□□□□に微弱ながらマ□の作用が出てしまった」

 だんだん視界が霞始め。

「だ□ら今回は□□の影響□取りの□くために□□□□□□□に□□しない調□を、□□□□□であるお前に施し―――」

 とうとう瞼が落ちてしまう。

「―――、――――」

 シンの語りを子守歌にレーヴァテインは眠りの底へと落ちていった。  

 

 

 

 

「―――いろいろ言ったけど、私はキラープリンセス(おまえ)たちを兵器じゃなくて女の子と思っているから。そこんところ間違えないでね、って……」

 シンが長い一人語りを終えて、レーヴァテインの方を振り返るとそこにはとうの昔に眠りについている彼女の姿が。

 起きているときには絶対に見せない、あどけない寝顔を見て優しく微笑んでから、

「行ってきます」

 小さく言って彼は部屋を後にした。




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・シンは肩書だけの奏官になろうとするも、その手段によってレーヴァテインに疑われ彼女からの契約破棄を受け入れてしまった。
・シンはラグナロク教会と対立するつもりであった。
・シンがコルテの街に来た目的は馬を確保することも含んでいた。
・シンは『調整』という技術を有しており、レーヴァテインの力を調整した。けれど調整は本来レーヴァテインには不要なものであり、力の調整も本来の目的ではないらしい。
・レーヴァテインは重要なシンの言葉を聞き逃した。
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