ファントムオブキル―浄罪の大罪人―   作:三水レイシャ

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ep.04 過去たちの現代考察

08

 落ち込んでいた。

 もう、ただひたすらに。

 気分的には落ち込み過ぎてマントルまで沈み込んでいた。

 いや、現代に過去と同じくマントルがあるのかは不確かなのだけれど。

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どないしよ」

『馬鹿なのですか、貴方は』

 さっそく計画がどんづまった。

 うっかり口を滑らせた愚かなシンに左目の人工知能〈ana(アナ)〉は呆れを露わにする。

 場所はコルテの宿泊区の路地裏。建物に囲まれて日が差し込まなくて薄暗く、少々湿っぽい。見上げると切り取られた青空が見える。いつか見た、超高層ビルが立ち並ぶ大都市を思い出した。

 何故このような趣味の悪い場所にいるのかと問われれば、話の内容が現代の人間にとって奇妙極まりないものだからと答えるほかない。すなわち過去の話。過去から目覚めたばかりのシンにとって、まだ今の時代を異世界だと思っている過去の遺物にとっての現代の話である。

『レーヴァテインなら、ちょっとしたことで貴方の意図に気づくことくらいわかるでしょうに』

「彼女は戦闘に対する勘に優れているだけで、戦術面に対しては頭が回らないと思ってたんだよ。異界存在の大規模討伐作戦でも、彼女自身はただ静観するだけで口を出すことはなかったんだ。作戦立案に優れていたのはシャルウルとかだったから、彼女が目立つことなんてなかったし」

『作戦実行中に起きた不測の事態に最もうまく対処していたのはレーヴァテインでしたよ。ただ彼女は閉鎖的だったから、考えを言わなくて知れ渡っていないだけで』

「あー…そうか……そうだった…」

『まだ寝ぼけていいるのですか。貴方ほどレーヴァテインを見ていた人間はいないというのに。彼女の才覚を忘れるなんて…。CMCシステムのナノロボットを介しての電気ショックで、気合を入れましょうか?』

「血管内で電気ショック起こすって、絶対死ぬからな。さすがの私でも。体内が焼ききれたりとかして」

 左腕を摩りながら言う。

「もしかしたらキラープリンセスを兵器としてしか見ていないこんな世界で、私は無意識的に彼女たちの兵器としての側面を見ないようにしていたのかもしれないな」

 キラープリンセスを道具としてしか見ない世界。非人間を人間として正しく扱わない世界。

 シンから見たら彼女たちは人間であるけれども、全員が全員彼女たちのことを人間と思うわけではない。特に蔑姫主義などという差別が蔓延しているこの世界では、人間として扱う者は限りなく少数だろう。異族を討伐するためだけの人型兵器としてしかキラープリンセスを扱わない風潮に対する反動で、シンは無意識的に彼女たちに対して認識を歪めてしまっていた。

 過去においてキラープリンセスの扱いはどうであったか?その質問の回答は、キラープリンセスを嫌悪するような風潮はなかった、である。確かにキラープリンセスはキラープリンセスであるが故に色々問題が発生したりはしたが、露骨に彼女たちを卑下するようなことはなかった。

「どうしてこうななったんだろうな?」

『こう、とは?』

「キラープリンセスが差別されるようになってるってことだよ」

『ラグナロク教会、でしょうね。言うまでもなく』

「中世の魔女狩りと似たようなものか。宗教的権力の決定が人々にまで影響を及ぼしている。それも悪い方に」

 宗教による「悪」の決定。意図的な差別階級の設定。教会は差別を公認しているわけではないが、教会の人間も差別しているので実質公認しているようなものなのである。

 今の時代において宗教の影響は強い。中世くらいの文明レベルと言えば詳しく述べる必要もあるまい。過去でもルネサンスだったり宗教改革が起きる前までは教会の存在はとても強かった。天動説を否定し、地動説を唱えた学者が弾圧されたのは有名な話である。

 けれど蔑姫主義の主要な原因は別の理由がある。

『貴方の話を聞く限り、やはり直接的な原因は”暴走”にあるのでは?』

 暴走したキラープリンセスが村一つを壊滅させた。高笑いを上げなが異族を屠っていた。

 そういったわかりやすい暴力的、狂気的エピソードが、やはり蔑姫主義の原因となっている。

 キラープリンセスの狂気性発露や自我亡失現象であるこの暴走。現代の暴走についてシンたちは違和感を抱いていた。

『過去側の私たちからすれば、現代の暴走に対しては首を傾げるしかありませんね』

「キラープリンセスが理性を失い暴力性に従って破壊の限りを尽くすって触れ込みだが、正直わけがわからない。そもそも暴走ってのは、イミテーションたちの脳が情報処理に耐え切れないでオーバーヒートを起こす現象のことを指す言葉だ。あんな彼女たちの精神性の崩壊なんていうおぞましい現象は知らないぞ、俺」

 というより精神とかそういうのって科学の分野じゃない、と呟く。

『とりあえずは旧暴走対策のシステムコードの調整(チューニング)で症状が抑えられたのですし、暴走が変容した原因も分かっているので良しとしましょうか』

「研究所を出立する前にサンプルが取れて本当に良かった。原因がわかっていなかったらレーヴァテインも危うい状態のままだったしね」

 合流したレーヴァテインに必要のない調整を施した理由は暴走の原因にある。

「……マナ…か」

『位相融合後、〈運命の輪〉が回った後のこの世界に蔓延する人間の五感では感知できない不可視の物質。主にイミテーションが保有しているみたいですが、レーヴァテインもわずかに持っていました。おそらく合流予定のキラープリンセスもまた同様かと』

 暴走したキラープリンセスを調整で鎮圧したことで初めて存在を知ることができたそれは、シンにとって現実味のない言葉だった。昨今ライトノベルやゲーム、アニメとかでしかお目にかかれない、創作上でしか使われないその言葉に現実味を感じろというほうが無理がある。ちなみにマナとは太平洋の島国で使われた超常的な力の概念を示す言葉だったりする。どうであれ、民族学とかに関わり合いのないシンにとって〈マナ〉という言葉が現実に、一般的に使われていることに違和感がすごい。肌がムズムズするような感覚を覚える。

『暴走が裏付けるようにキラープリンセスがマナを保持している状態は大変危険なようです』

「だからこそ速く合流しないと………あ、ところで暴走をしたキラープリンセスは殺処分とかふざけたことがキルオーダーに書かれてんだけど、検証するときにキラープリンセスを調整で救ったから教会から刺客とか送られるのかな?」

『どっちみち教会と敵対するんだから、どうでもいいじゃないですか、キルオーダーなんて。犯罪者を志望するみたいなものですからね、貴方のやっていることは』

「人聞きの悪いこと言うな。どちらかというと断罪者だぞ、私は」

『正しさっていうのは社会に裏付けられているんです。社会のルールを破ってしまったら、どんな事情であれ犯罪者です』

「私、杉山派ですから」

『史上最悪の哲学者なんて出さないでくださいよ』

 軽口を叩くようにシンは言い、〈ana〉はため息が聞こえてきそうな言葉を返す。

 突然放り込まれた現代(いせかい)。マナやら変質した暴走やら蔑姫主義やらラグナロク教会やらで考えることは沢山あるけれど、目的だけは定まっている。ただそれだけで一人と一機が迷うことはない。 

 ところで、その目的達成の道に影が差しているのではなかったか?

『それで、どうするおつもりなのですか?さっそく計画が破綻していますが』

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どないしよ」

『はぁ、やはり何も考えていないのですね』

「すみません」

『謝るな。頭を動かせ』

 会話用記録文より抜粋『辛辣系ヒロインの罵倒』。レーヴァテインが言うようなセリフを打ち込んでくるあたり〈ana〉もシンを追い詰めに来ている。精神的に。

『私たちの計画は一番説得が厄介そうなレーヴァテインを回収。コルテの街で王都への入場許可証を入手。他の四人のキラープリンセスも回収し、教皇庁に乗り込む。そういう算段だったはずです』

「うん、その通りだね」

 シンの手元にはラグナロク教会の老祀官から貰った三つの物がある。

 一つは奏官の身分を示す銅製のバッチ。奏官の三つの階級に応じてバッチの材質が変わるらしい。どうやら洗礼申請者は最も低い階級の少奏官と同じ扱いらしく、それを示す銅のバッチをもらった。

 二つ目は聖宣書(せいせんしょ)。こちらは宗教上の戒律やら奏官としての責務など――俗にいうキルオーダーが書かれている宗教書。キリスト教における聖書のような物だ。

 そして三つ目、王都の入場許可証。目的の達成のための最初の切符である。これがあれば王都への入場が認められる。首尾よく許可証を手に入れられたのは僥倖であったが、同時に思わぬ失敗をしてしまったのは事実だ。

 迂闊だった、とシンは思う。ケアレスミスを犯したのは〈ana〉が言った通り――ああ返した手前罰が悪いが――気が抜けていた面もある。天上世界の人間が蔑姫主義で盲目になっているように、彼もまた異常な現代で思考が曇っていたのだった。

 シンが犯した失敗はレーヴァテインの離反。これほど修整が効かない失敗はない。

 強情で頑固でひねくれてて、素直じゃない上自分を曲げない。そんな面倒くさい性格をしている彼女を再度ついてきてくれるように説得するのは難しい。

 なのでシンは問題を棚上げにすることにした。何故かって?

(だってどうしようもいじゃない)

 それでいいのか浄罪人、と〈ana〉からツッコミが来そうなので口にはしない。

「さて、とりあえずもう一つの問題に手を出そうじゃないか」

『…………わかりました』

 〈ana〉は空気を呼んでくれたらしい。心の中で感謝するシンであった。

 さて一人と一機の議論はもう一つの問題とやらに移る。

「この街から発せられている電波は変わらないか?」

『ええ、何も変わりありません』

「場所は教会下か?」

『以下同文』

(何も変わらないか)

 略された返答に全てを察する。

 コルテの街に来たのは旅の準備をするためとレーヴァテインには言った。

 それは間違いではない。だが、理由の全てではない。

 レーヴァテインと合流したとある山からはほぼ同距離に二つの街があった。一つは耕民区の中央つまりは比較的異族と遭遇しない安全地帯、そしてもう一つが冥花繁殖地帯の街――ここコルテ、行き着くまでの異族との遭遇しやすさでは確率の高さは抜きんでている。

 なぜわざわざ危険な場所を選んだのか?同じ街ならば安全な道を選ばなかったのか?

 その答えは一つの異常に集約される。天上世界における文明レベルでは考えられないそれは、シンの注目を集めるのには十分だった。

 研究所でこの時代を調べている際に国際連合異界存在研究機関システム管理用人工知能〈adma(アドマ)〉がとある観測結果を通達した。

『当研究所の西方から人工的な電波が発せられている』

 天啓だった。

 四人のキラープリンセスの内一番最初にレーヴァテインと合流することは決定事項であったが、それ以降の行動予定が定まっていなかったシンは即断した。コルテの街に行かなければ、と。

 何故教会地下から電波が発せられているのか。その理由は定かではないが、どうせろくでもないことに決まっている。

 シンは短く息を吐くと口を開いた。

「まぁ、教会が何を企んでいるかはさっぱりだが、どうにかするしかないだろ。後手に回るのは口惜しいけれど」

『あちらには兵器がたくさんありますからね。軍用兵器やら銃火器、プロト二ウム型核爆弾、自律型ロボット兵器群等々……』

「対してこちらには単純戦力としては役に立たない人工知能二機に従軍経験のある私と銃一丁」

『そんなっ、役に立たないなんて酷いですっ!』

「おい、感情のない機械の癖に感情的な言葉を使うな。空々しいわ!」

『ぶーぶー』

「うるさい」

 まったくこの人工知能は…

 シンは呆れたが、同時に〈ana〉との会話に心が救われた。

 敵対者との戦力は絶対的。そんな絶望を前にして、凝り固まった心がほんの少しだけだが柔らかくなる。

(まぁ、やってやれないことはないのだし…)

 仮にも現代における最大勢力と抗争するつもりなのだ。シンたちにも勝算がないわけではないし、教会側の戦力にも弱点はある。

 天を仰ぐ。

 切り取られた空は前より雲が増えているように思えた。

「にしても一体どうしたものかねぇ」

『レーヴァテインのことですか?』

「ああ、その通り」

『もういっそのこと全部打ち明けたらどうです?もう教会と敵対するのはばれているのですし』

「いや、怪訝な顔されて終わるだけでしょ。ここに至るまでも、結構過去を思い出させるような揺さぶりをかけてみたけど、琴線に触れたものはなかったみたいだったし」

 最もわかりやすいのは、教会での「まんまキリスト教会じゃねーかぁぁぁぁっ!」か。三大宗教の一角にまで怪訝な顔をされてしまったら、一体どうしろと言うのか?

 そうシンが思っていると人工知能が物騒なことを言い出した。

『左腕で殴ってみればよろしいのでは?記憶喪失には頭に強い衝撃を与えれば良い、というのは有名じゃないですか』

「あのな、これが単純な記憶喪失だと思うか?位相融合なんで未曾有の災害で、そんな単純な話になっていると思うか?マナとかいう非科学的物質がある世界で?思い出すべき記憶そのものがなくなってたり、脳の細胞が死滅したりしてるかもしれないんだぞ」

『過去の領域では語れないというわけですか』

「そういうこと。あと戻るかどうかもわからないのに、そんな物騒なことを提案するなよ」

『(∀`*ゞ)テヘッ』

「うぜぇ」

 色々会話パターンを組み込んであるのでキャラブレ甚だしい人工知能である。

 とはいえ記憶のことはシンにもお手上げ状態だ。キラープリンセスのことは何から何まで知っていると自負している彼であっても記憶の欠損については手の付けようがなかった。ただ記憶を失っているだけなのか、それとも何かしらの人為的な作用が施されているのか、または別のことが関係しているのか?いくつかの推測は立てられるが、決定的な原因までは絞り切れない。というわけでシンはこの問題を棚上げにしていたし、これからも放置しておく。

 シンは立ち上がった。

「さてと、祀官(・・)が言っていた招集時間までには時間があるし、私もやることやりますか」

『教会へ殴り込むのですか?レーヴァテインを説得するのですか?』

「いやいや、何言ってるのさ」

 呆れたように言ってから、左のこめかみのボタンを押す。

 

「馬を買いに行くんだよ」

 

 

 

 

 さて、ここで囁かな事実を一つ。

 〈ana〉を沈黙させると、シンはふと思い出したかのよう、に聖宣書を取り出して、一枚のページを破り捨てた。

 

 『黄昏にて夜明けを待つ』

 

 文面はその一文だけだった。




words
・過去における暴走は情報過多による脳のオーバーヒート現象である。現代の暴走は過去のものと変質している。
・調整は暴走抑制用のCMCコード。
・シンが教会から受け取ったものは三つ。奏官としての立場を示す銅のバッチ、キルオーダーが書かれている聖宣書、そして王都への入場許可証。
・ラグナロク教会からは人工的な電波が発せられており、シンがわざわざ危険な冥花繁殖地帯にあるコルテの街を選んだのもこれが理由。
・レーヴァテインの離反はシンにとって手痛い失敗だった。
・キラープリンセスたちの記憶を取り戻す方法をシンは持ち合わせてはいない。
・諸々の問題があるものの、手の付けようがないため、シンは一番取り掛かりやい『馬の入手』から取り掛かった。
・『黄昏にて夜明けを待つ』
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