14
本日二回目の教会訪問。再び此処を訪れたのは事前に通達されていたことであり、体面上は奏官見習いとして通っているシンも例外なく呼びつけられる。
既に百人弱の奏官が集合していた。キラープリンセスを連れている者もいれば、いない者もいる。こうした集会ごとにキラープリンセスを参加させるのはどうやら奏官の判断に委ねられているようだ。
街に奏官がかき集められていることは門番から聞いている。この場にいる奏官たちは何故こんなにも多くの奏官が一つの街に集められているのかという疑問に対しての推測をぶつけあっていた。とはいっても奏官がやることといえば異族討伐であるために、ある程度確信に近い結論が各々の奏官で出ているので自分の見解に対して他人の同意を得ることが主目的であるようにシンは思えた。
シンが今回の件に対して知っていることと言えば、「なんかヤバいことが起きたみたいッス」という門番が奏官から聞いたという証言のみ。
今回の件をシンは注視している。おそらくこの時代の人間にとってもイレギュラーな事態である。ならば
(すでに一つ点は掴んでいる。後はもう一つ点を見つけて線にすればいい)
物事が都合よく運ぶとは思わないが、自分しかいないのだからやるしかない。
胃が痛くなるが、すでに覚悟は決めたのだ。弱音を吐いている場合ではない。
さてさて、そういったシンの目的と合致する事情はさておいて、目下最大限嫌なことと言えば、
(あの理不尽マスターに会うのはごめんだ)
教会に来る前にあったミストルティンのマスター。シンの気力を再点火した彼女ではあるし、門番の証言も特徴的な語尾から彼女の言であるのは確定だろうから、シンにとってのメリットを提供してきた人物であるのに少しも好感情を抱けない。印象は最悪。もう二度と会いたくないと思うほどに。
見つからないようにしようとシンは決めて、人が少ない壁際、それも柱の影に待機する。意図的に探したりしなければ、見つかることはないだろう。
とはいえ声が掛けられないわけではない。
「君がレーヴァテインのマスターかい?」
脈絡のない問いかけであった。
「レーヴァテインと言ってもたくさんいるでしょう?キラープリンセスには同じ容姿に同じ性格といった分類上は同一個体であるイミテーションが存在するんですから。一口にレーヴァテインと言っても、貴方が話題に上げているレーヴァテインとは限りませんよ」
「いや君の情報は既に手にしている。一応レーヴァテインのマスターであることを確認して、情報に基づく特定を確定したかっただけだよ」
そして確定したわけさ、と茶目っ気たっぷりに男は言った。ただ一口に男と言っていいものかという疑念にシンは囚われる。何しろ、彼はとても個性的な恰好をしているのだから。
年齢は三十後半から四十前半。唾の広いテンガロンハットを被り、革製のガンベルト、そのホルダーにはしっかりとリボルバー付きの拳銃が収まっている。さながら新大陸開拓期のガンマン、西部劇からそのまま飛び出してきたような恰好だ。恰幅の良い体つきをしてよく通るダンディな声を持ちながら、コスプレ染みた格好をしているためにどうにも人物像が定まらない。
一言で、妙な男、というのが実に的を得ている。不審者ではないが奇妙さ故に歩いていれば自然と人が道を開けていく、そういうタイプの人間だ。一種のオーラを放っているともいえる。
男はテンガロンハットを深く被りなおして言う。脅すような、低い声で。
「忠告だ。キラープリンセスの立場を悪くするような真似はするな。これ以上彼女達の立場を悪くしたくはないのでね」
一瞬何を言われているのかわからなかったが、直ぐに思い当たる。
「ああ、変装のこと……」
コルテの街に入ってきてすぐの時は不完全な変装のせいで悪目立ちしてしまった。教会の規律を破ったことに対して糾弾しているのだ。
「あの時はレーヴァテインと主従関係を結んだばかりでして、変装の規則を知らなかったんですよ。ま、知らなかったとはいえ、許されることではないですが」
「ふむ……無知は罪とも言うが……しかしだ………知らなかったなら仕方ない……か。すまないね。一応釘を刺しておきたかったんだ」
「いえ、キラープリンセスのことを思いやってくれる人がいるのは私も嬉しいですから」
「ならば同志だ。よろしく頼むよ、若人。名乗るが遅れたね、私はカルロ・ボンビエリという。階級は少奏官だ」
「私はシンです。ただのシン。まだ洗礼を受けていないので奏官見習いです。隊にいるのはレーヴァテイン一人だけ。以降よろしくお願いします」
最初のピリピリとした雰囲気は何処へやら。カルロとシンは右手を差し出し、固く握手する。
キラープリンセスを大切にしてくれる人と知り合えるのは素直に喜ばしい。シンは共同戦線を張るつもりは毛頭ないが、キラープリンセスを大切にする思想の持主がいることは蔑姫主義の改善への足掛かりとなることは確かだ。いてくれるだけでもありがたいというものである。
シンの主目的は計画派の抹殺である。レーヴァテインといった他のキラープリンセスの保護もそのための布石だ。しかし、蔑姫主義の改善はシンにとって元来の目的と同じく実行しなければならない課題と定義している。具体的な方策はまだない。だが、必ず解決する。課題とは乗り越えるためにあるのだから。
わざわざ課題と定義したのは、あまりにも大きな壁を乗り越えることが出来ると信じたいシンの願いが滲みでているのかもしれない。
元よりこんな世界が出来上がってしまったのはシンに責任がある。責任を執るという意味でも、やはり蔑姫主義の改善は義務であった。
シンとしてはカルロを自身の業に巻き込むつもりなど毛頭ないので、話を持ち掛けることなど決してしないが。
「カルロさんは今回の件どう思ってます?コルテ周辺に滞在していた部隊が残らず招集されたと聞いたのですけれど」
「考えられるのは異族の大移動だな。奏官が集められる理由としては大概の場合それだね」
「異族の大移動、ですか?」
いいかね、と口火を切ってカルロは説明を始めた。
異族は十から二十の数で一つの群れを形成し、不規則にラグナ大陸をさまよっている。ただ向かう方向が同じ二つの異族の群れが遭遇すると、二つの群れが一つ群れとなって行動するようになる。そして三つの群れが一つに、四つの群れが一つに、と雪だるま式に群れの巨大化が進んでいく。無論しばらくすれば、群れはまた最適な数に分割されるし、大抵の場合は大きくなりすぎる前に奏官たちのよって潰されることが常だ。けれど、何事にも例外が起きる場合がある。今回がその例外だ。
「多数の異族の群れが奇跡的な確率で同じ場所、同じ方角を目指した場合には教会の対処が及ばないほどに加速的に数が増え、百を超える大群となる。私も一度肥大化した大群の討伐任務に従事したことがあるがね。あれを群れというのは抵抗を覚える。あれは災害だよ、白の災害とも言うべきね。人肉を貪り尽くすイナゴさ」
どこかで聞いたような例えを交え、話を終えたカルロは肩を竦めた。言葉の端々に滲み出ている苛立ちが、その戦闘が苦しいものであったことが伺える。
(しかし成程、偶発的な異族の群れの加速的融合か。となると今日の遭遇も関係してくるのか?)
コルテに入る前に起きた直前の戦闘。シンが念入りに偵察し、異族の移動速度を正確に計算してきたにも関わらず起きてしまった遭遇戦はレーヴァテインにとってはシンのミスにより起きた戦闘であったのだろうが、全てを行ったシンからすれば奇妙なことであった。シンが偶々見落としていただけの可能性はない。左眼の義眼〈
となると異族の活動が活発化したということであり、活発化させた何かがある。
異族そのものの習性、何かしらのフェロモン、競争本能の増長などなど――
(――あとは…共鳴……?いや、それはないか)
いくつかの可能性が考えられるが、やはりデータが少ないために判断のしようがない。別にわからなくても問題ないか、とシンは結論づけてこの疑問を思考の隅に追いやった。
むしろ異族大集合の方が気になる。けれどもシンが思考を纏めるより先に、状況が動いてしまった。それもシンが最も会いたくない人物の登場という形で。
「カルロさん、お久しぶりッス!マイア・ガレット参上しましたッス!」
ガンッ、と壁に頭をぶつける。
「最後にあったのは二か月ほど前ッスか。前回の合同任務の時はお世話になりました!」
「久しぶりだね、マイア君。息災だったかな?」
「はいッス!おかげさまで無病息災、毎日健康、内の妹たちとの中も良好!万事好調ッス!」
「ハハハ。それは何よりだ。あっ、シン君、一体どこに行こうとしてるのかね?」
こそこそとその場を立ち去ろうとするシンをカルロは目ざとく見つけた。
錆び付いたブリキ人形のようにギコギコという音が聞こえてきそうな不自然な挙動で、シンはゆっくりと動きを止めた。
「えっ、別にっ、何でもないですよっ」
「そんな裏返った声で言われても説得力皆無だよ」
「いやいや、ホントに何でもないですから」
「ますます怪しんだけどね、その言い分」
「いやいやいや、ホントにホントですって」
「もう振りとしか思えないよ」
そうこうしてるうちにマイアがシンに気づく。気づいてしまう。
「ん?アンタ、何処かであったような………あっ」
「はいー人違いですー全然違いますー」
「その反応絶対わかっててやってるんスよね!わかってるんスよ、こっちは!」
「きーこーえーなーいー」
「馬鹿にしてんスかーッ!」
激情のまま殴りかかってきたマイアを、シンはひょいと軽々躱す。そのままの勢いでマイアはこけて、地面に顔から激突。
(ざまぁみろ)
内心でほくそ笑むシンは中々に外道であった。
「ギャースッ!」
奇声を上げてマイア復活。
「お前はドラクエのモンスターか」
「わけわかんないこと言ってるんじゃねッスよ!」
「そりゃ、そうだ」
ネタが通じないのはわかっていても少し寂しい。シンはおくびにも出さないが。
さて、意味のわからない言葉で揶揄われた まま、この少女は引くような玉ではない。起き上がったまま彼女はシンに詰め寄る。
「私はまだアンタのこと信用してないッスからッ!」
「言ってろ理不尽野郎」
「野郎じゃないッス!このあんぽんたん!」
「前から思ってたけど、この場合の野郎ってただの罵倒だから男女関係なく使って良いと思うんだよね」
「無視すんじゃねえ、この馬鹿ッ!」
「うるせえぇぇぇぇぇっ!いちいちめんどくさい女だなぁぁっ!テメェはよォォォォッ!」
とうに収拾がつかなくなっていた。
マイアはシンにつかみかかり、シンが彼女をいなす。マイアは勝手に地面とキスをして、シンがそれを鼻で笑い、マイアは激怒し、シンが揶揄し、マイアをさらに怒らせる。
負の悪循環というよりは、シンが一方的にマイアの怒りを増加させているだけだ。ハムスターが車輪を回転させているという比喩が的確だ。ただ疲れているのはハムスターではなく、車輪の方ではあるが。
「というか、よくもまぁ、お前みたいな奴があの三人を纏めていられるよな!お前なんかが、よくやるわ!」
「うっさい!アンタに私たちの何がわかるってんスか!」
「キラープリンセスのことに関しては俺の右にでる者はいねえよ!」
「何スかその自信!」
「黙れ、チビ」
「なっ、触れてはならない所に触れてしまったッスね」
「あ゛、やんのか?」
暴走列車は自力では止まらない。
とうとう見かねたカルロが仲裁に入る。
「もう終わりにしなさい、二人とも。君たちの間に何があったのかは聞かないけれど、落ち着きなさい。これ以上騒ぐと周りに迷惑だよ」
「むぅ、だけど、カルロさんっ」
「だけど、じゃないよマイア君。そもそもの発端がシン君とは君も悪い。どうやらマイア君が最初に喧嘩を売ったようだしね。二人とも、ここは引くんだ。シン君も、いいね?」
問い掛けられたシンは無言で頷く。
彼も子供相手に少々熱くなり過ぎたと反省している。
ただ反省はしているものの……
「では仲直りの握手をしよう」
カルロの和解案に乗じて、両人ともいやいやながら握手をした時。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁッッッ」
左手で強く握り嫌がらせをしたのは大人げなくはないだろう?
15
柱時計の鐘が鳴る。
教会が通達した時刻となった。
集められた奏官たちの前に老祀官と見知らぬ美青年が立つ。
互いに雑談を交わしていた奏官たちも二人が現れたことに気づくと、一人また一人と口を閉じ教会は静寂に包まれた。
何故奏官たちが集められたのか?何故こんなにも多くの奏官を一つの街に集約させたのか?一体何が起きているのか?
奏官たちが抱いてきた疑問の答えが、これから明示される。
重苦しい空気の中、老祀官が口を開く。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。事前の通達にありました時刻となりましたので、これより緊急集会を開始いたします」
そして一礼。
「この会の開会理由は――おそらく皆さまわかっておていででしょうが――異族の大群の発生、その討伐依頼のためでございます――」
それが最初に確認したのは二週間前、とある村から討伐任務を行うはずだった奏官だった。
三十ほどの数に膨れ上がった異族の群れの討伐任務だった。いつも通りの、何の異常もない討伐任務。彼は多少気を緩めながら、けれど決して油断しない程度に、言うなれば肩に力を入れすぎない適度な緊張感で部隊のキラープリンセス五人を引き連れて任務に臨んだという。
初めの内は順調だった。いつもの通りのフォーメーションを駆使し、キラープリンセスの連携と奏官の的確な指示によって異族は数を減らしていった。
異常に気付いたのは二十体ほど討伐し終えた時くらいだった。いやもっと早く異常には気付いていたのだが、確信となったのがその時であった。
異族の数が減っていなかったのだ。それどころか増えてすらいた。
事前に確認されていた異族の数が討伐時に多少変化していることはままある。彼も最初は異族の群れが一つほど合流したのだろう、と異族討伐の常識から推測していた。
けれどその推測は大きく外れていた。合流した群は一つどころではなかったのだ。
大地を覆うほどの白の群れを前にして、命からがら逃げだした奏官とその部隊は直ぐに村へと引き換えし、そのまま異族と進行方向とは逆のラグナ大陸の中心部へと村民を連れて逃亡。逃げた先の街チティトラの支部教会へと自身が得た情報を伝えたという。
件の大群の向かう先は言わずもがな。こうしてコルテの街に奏官が集合させられていることから明らかだ。
「――というのが、此度の招集に至った経緯でございます」
やはりというか、当然と言えば当然というか。
各々の奏官たちが抱いたのは、驚きでも悲嘆でもなく納得であった。それもそのはず。彼らは予測していたのだから。
多少のどよめきが起こりこそすれ、騒ぎになるほどのことではない。
だが、何人かの奏官たちの直感を嫌な予感を告げていた。まだ安心はできないぞ、と。一部の賢明な者たちの拳には汗が握られていた。
そしてこの二人もまた――幸か不幸かはわからないが――賢明の者たちであった。
「シン君、気づいているかね」
「ええ、気づいていますとも」
マイアだけは男二人の会話の内容がわかっていないようで首を傾げる。
「もーうッ、なんなんスかッ、二人ともッ!」
「思い出せ、老祀官の言っていたことを」
「異族の大群がコルテの街に迫ってきているんスよね」
「ああ、そして討伐任務を通達するにおいて何が足りていないか考えろ」
シンの上からの物言いにムッとなるが、マイアは素直に言うことを聞く。
顎に手を当て、考える。
そして気づく。
途端に顔が強張る。
「気づいたかね?」
マイアの変化に気づいたカルロが問う。
答えなくとも表情でわかる。
気づいている者は気づいている老祀官が伝えていない、いっそ意図的に隠してたのではないかと思ってしまう、重要な情報の欠如。
――まだ老祀官は異族の数を言っていない!
マイアがその意味を理解し、到来する恐怖を実感した時。
審判が下される。
「到来する異族の数は―――
教会の空気が凍り付く音をマイアは聞いた気がした。
一万体の異族の来襲。
それはまさに空前絶後、未曾有の事態であった。
奏官は想像もできない数字に恐れ慄き、動揺した。当然と言えば、当然だ。彼らが経験してきた大規模討伐任務といば、せいぜい百や二百程度の数の討伐でしかない。千はおろか万などという数は誰もが未経験、馬鹿げていると騒ぎ出してもいいレベルの絶望だった。
教会の空気に奏官の恐怖に染まり始めている中で、シンもやはり焦燥感に駆られていた。
(いくら雑魚とはいえ、一万体なんて彼女達が対応できる数じゃないっ)
教会地下から発生している電波が何のために発生させられているかのはわかった。もう電波の発生を止める手段はあるが、止める意味はない。もう既に電波は役目を果たしているのだから。目覚めたのが遅れてしまったために、シンが遅れを取るのは当然のことだ。賽は投げられた。一万体の異族はコルテの街に迷うことなく向かってくるだろう。
ただ、それはそれとして、現実問題一万体の異族がコルテの街に迫っている。奏官たちはその問題を真剣に考えなければならない。
現在コルテの街に存在するキラープリンセスだけで一万体の異族を討伐できるかと問われれば、その答えはノーだ。
そもそもキラープリンセスは現代の人間が思うような最強の兵器などではない。
確かにキラープリンセスは強力な兵器であろう。人間以上の膂力を持ち、巨大な武器を手足のように操り、人では倒せぬ異形共をたやすく屠る。
ああ、なんと心強い兵器だろうか。キル姫こそ人が持ちうる最強の兵器だ!
もし、そんな奴を見つけたら、過去の人間は笑い飛ばすだろう。
何を馬鹿なことを言っているのだ、と。
運用方法が根本的に間違っている。彼女達は彼女達のみで戦線に投入されて輝くような英雄などという狂人ではない。
彼女達は偶々強く生まれただけにすぎない女の子でしかない。
人間より高い身体能力を持つだけのただの女の子でしかない。
運悪く貧乏くじを引き当てただけのちっぽな女の子でしかない。
決して戦士ではない。人柱となった女の子でしかないのだから、わずかな手勢で逆境を覆すなどという奇跡は引き起こせない。
加えてキラープリンセスと対して大きさが変わらない異族が相手というのが尚のこと悪い。彼女達は対人戦闘の経験が少ないことをシンは知っている。彼女達がどれくらい長い間異族と戦い、どれほどの経験を積んでいるかは知らない。が、過剰に期待するのは間違いであろう。
(となると………やはり……)
手はある。だが、極力この手札を切りたくない。
これを使えば間違いなくシンは目立つ。この時代においては異物過ぎるソレを明らかにするというのは、俺はここにいると奴らに誇示しているようなものだ。
それは不味い。計画の序盤で奴らに存在を知られるのはあまりも悪手だ。
ただ……それでは……
――それでは奴らと一緒になってしまう
救えるはずの命をドブに捨て腐らせた奴らと一緒になってしまう。
そんなことは共に戦った友たちのためにもできない。
合理と人道。メリットとデメリット。負うリスクと目標の優先度。
全てを考慮して、しばしの間逡巡する。
やがて決断を下した青年は、初めて周囲の人間に対して意識を向けた。
横にいる二人の奏官をシンは見やる。
カルロは流石というべきか。彼には年齢に応じた経験がある。きっと多くの修羅場をくぐってきたのだろう。驚きはしていても、目は確かに据わっていた。きっと頭の中では様々な策謀が巡っているに違いない。
マイアは困惑していた。どうキラープリンセスを動かすか、どう他の隊との協力をすればいいか。混乱はしていても、直ぐに戦闘思考へと切り替える胆力にはシンは驚きを禁じ得ない。年は二十も満たしてないだろうに、よくもまぁ、迫りくる死の恐怖に屈しないものだ。とシンは感心した。
教会側の説明は混乱する奏官たちを静めながらも続いた。
説明内容は大規模討伐作戦に対する具体的な作戦に移る。同時に老祀官が後ろに下がり、彼の隣に立っていた美青年が前に出た。
青年はトナティウと名乗った。
彼こそが今回の大規模討伐任務の総指揮官とのことだ。
「ほう、あの年で大奏官か」
「むぅ、中々やるッスね」
「マイア君だって中奏官じゃないか。充分凄いと思うよ」
「何?こいつが中奏官…?」
「何スかその顔?」
「いや、だって、ねぇ」
「ムカーーーーーッ!」
「いちいち漫画みたいな反応してくれるなぁ、ホント面白い」
ヒートアップする前にカルロがストップをかける。
さて大奏官というのは奏官の三つの位階の中で最も高い地位の名前である。経験と功績が求められるために、この階位に付く奏官は若くても三十後半代が一般的である。となると若くして大奏官となったトナティウは余程の優秀な人物に違いなかった。
「どうなると思います?今回の討伐任務」
トナティウの説明を聞きながら、シンはカルロに問うた。
「さてね。優秀な大奏官がいるとはいえ、かなり厳しい戦いになると思うよ」
「何しろ一万スからね。一体どんな戦場になるのやら」
「あ、ごめん。お前には聞いてない」
「ムガーーーーッ!!」
また同じやり取りを繰り返す若人二人を温かい目でカルロは暖かい目で見ながら、反面冷徹な思考を巡らせる。
カルロはシンよりも、マイアよりも、トナティウよりも奏官をずっと長く勤めている。そんな彼だからこそ、感じたことがあった。
「何も起きなければいいのだが」
根拠もなにもない、いわゆる戦士の勘が告げる嫌な感じを胸に秘めて、彼もまた戦いに挑む。
「ぐだぐだしても仕方ないッスね。どうしたら生き残れるかを考えないと」
体の芯から来る恐怖を押さえつけて、逃げ出したくなる衝動を抑え込んで少女は前を向く。
それぞれの立場から、それぞれの覚悟で三人は戦いに望む。
後にコルテ大規模討伐作戦と史実に名付けられる教会と異族の戦いは、現代にも過去にも不穏な空気を漂わせながら始まろうとしていたのだった。
words
・教会の集会にてシンはカルロ・ボンビエリとマイア・ガレットという奏官と出会う。
・既にシンは電波が何のために発せられているかがわかったし、止めても意味がないことを知っている。
・集会の目的はコルテの街に迫る危機〈一万体の異族来襲〉とその作戦を伝えるためであった。
・シンはこの危機に対して切札を切ることにした。
・キラープリンセスは過去において強さを求められていたわけではない。
・此度の討伐任務の総指揮官はトナティウという大奏官。
・シン、マイア、ガレットはそれぞれの視点から未曾有の危機に立ち向かう。