『弟』を支えた仲間達 作:ロア
あの騒動は、良くも悪くも我々を有名にした。
単純な話、男二人が廊下で、頭のおかしい事をほざきながら殴り合っているのだ。気にするなという方が無理な話である。
訓練学校に入って初日にあんなことをしでかしたが、特に処罰は無かった。教官達も、初っぱなから面倒ごとは避けたかったのだろう。
「それじゃ、訓練を始める。まずは基本の飛び方を教えるぞ」
私は魔法に関しては素人だったので、最初に教官から飛行魔法の基本を教わった。
なるほど、飛行というのはとても難しいものだ。読者の中に空戦魔導師の方がいたら、わかってもらえるだろう。飛び始めたときの、地に足がついていない不安感と、魔法を纏っているという、なんとも言えない――不安のような、興奮のような――奇妙な感情を。
「うぉっと……難しいな」
「慣性か――微妙な体移動で身体の向きが変わるみたいだな」
「慣れだよ慣れ。適当に飛んでみろ。お互いにぶつからんようにな」
同じく飛行訓練を受けている数人のぼやきに、教官はそう言った。
私も推進力の魔力を放射し、少しずつ動き始める。
10分ほどで、基本的な動きはそれなりにできるようになった。
「ああくそ、ダメだな。速く動こうとしたら曲がれなくなる」
「確かに。だからと言って、曲がることに専念したら自転車並みのスピードしか出ないしな」
隣の少年のぼやきに、私はそう返した。
先程の自己紹介では、確かナグリー・ベレンズという名前だったか。
私は四苦八苦するナグリーに笑いながら視線を巡らし――
そこで、ふと気付いた。
一人の少女――いや、少年か? 栗色の長髪をポニーテールに纏めた、鋭い目付きで、整っているが――整っているからこそ――中性的な印象を受ける子供が居た。
その子供は、無表情ながら、スムーズに空を飛び回っている。
腕の傾きや身体の捻りをうまく使って飛行している。
手慣れている、というのがすぐにわかった。その栗色のポニーテールが揺れている様を、私は少しの間眺めていた。
そして、その子供が。その少年が、『エース・オブ・エースの弟』だったのだ。
全員集合、という教官の言葉に、私はその栗色の髪から視線を外し、ナグリーと並んで、よたよたと教官の前に着地した。
その少年も、私達とは少し離れたところに向かい、静かに着地した。
あの子の周りには誰も居ない。はて、コミュ症なのだろうか、などと思ってしまったことを、この場を借りて彼に謝罪しておこうと思う。姉御、すまんかった。
さて、基本中の基本は完了したので、軽いテストのようなものが行われた。
空中に配備されているリングをくぐるものだ。
「希望者がいりゃ、先にやらせる。いなけりゃ番号順にやるが」
「あ、じゃあオレ先に済ませます」
となりのナグリーが手を挙げてそう言った。
彼の記録は36秒。評価はC。
「それじゃ、僕も」
私もナグリーにつられて立候補し、同じようにやる。
記録は34秒だった。評価はB。
「あ、じゃあオレもいいですかね」
一人が手を挙げて言う。
少し背は高いが、特に特徴も無い。ただ、ノリが軽そうな印象を受けた。
たしか、ライアという名前だ。
彼の記録は24秒。我々とは違って30秒を切っていることで、私とナグリーはもちろん、回りのみんなも少しだけざわついた。
「20秒台だって」
「すごいな。やっぱり、慣れてる奴は慣れてんだろうな」
「自分から挑戦できるだけ凄いと思うぞ。お前達も」
ナグリーと話していると、少し落ち着いた印象の少年が話に加わってきた。
「オレみたいな奴は、立候補すらできないからな」
「あ、さっき見た――確か、ヴィンズだったっけ」
「ああ。ヴィンズ・バリアントだ。よろしく頼む」
それに同じく自己紹介を返し、他にはもういないかー、と声を出している教官に意識を向ける。
「いないみたいだな。それじゃ、順番にやっていくか」
そこで、私はちらりと栗色の髪を弄っているあの子を見付けた。あの子は立候補しないのだろうか。
髪を弄るその表情は、興味無さげな様子だ。あまり自己主張をしないタイプなのだろうか。
しかし、ポニーテールの先を弄っている姿を見ていると、本当に性別がわからなくなってくる。
おそらく少年だと思うのだが、物憂げに半分ほど閉じられた瞳や、毛先を弄るその姿は線の細さを強調し、儚げな少女にも見える。
私が観察している間も、飛行試験は続いていく。ヴィンズが最初の方に呼ばれたが、着地に失敗し、地面にキスをしながらヘッドスライディングをしたせいで、今は医療室に運ばれている。
あの子は何番なんだろう、と考えていると、36番の訓練生がテストを終えたところで、髪を弄るのを止め、ポニーテールを後ろに流した。
37番の訓練生が試験を行うのを、あの子はじっと見つめていた。
そして、その名前が呼ばれた。
「次、38番、高町!」
「はい!」
凛とした声。年相応に――同い年くらいだろうと見積もっている――高く中性的で、声を聞いてもやはり男か女かはわからなくなる。
――いや、待てよ。今、教官はなんと呼んだ?
『高町』と呼んだのか?
「高町、って……」
「エース・オブ・エースの?」
ああ、そうだそんな名前だ。
聞いたことがある。『不屈のエース・オブ・エース』と呼ばれる魔導師を。
『高町なのは』という名前を。
「じゃあ、あいつは高町なのはの弟なのか」
先程の、ライアという少年の呟きが聞こえた。
彼は、あの子を男だとわかっているようだ。
それがわかり、少しだけ安心した自分がいたのを覚えている。
「エース・オブ・エースには弟が居たのか?」
「知らない。けど、居てもおかしくはないよな。別に家族構成が全部公開されてる訳でも無いんだし」
ナグリーの言葉に、私は肩をすくめて応えると、その弟に目を移す。
彼は少し眉をひそめ、苛ついているようにも見えた。やはりと言うか、騒がれるのは好きじゃないのか。
彼は教官の言葉に二、三度頷き、ゆっくりと浮かび上がった。
よく見ると、足首と手首の四ヶ所に魔力翼が展開されているのが見えた。
無くても飛行魔法は発動できるのだが、あの子のように、身体の各部に魔力翼を展開させて飛ぶ者は多い。
その魔力翼には、昔から様々な解釈がある。
半実体を持つ魔力翼を滑空に利用することで飛行範囲を広げる、というもの。
同じく、半実体を持つ魔力翼を、
実際大した意味は無く、ただ単に術者の『飛行』のイメージによって、無意識に展開されるもの、だの『格好良いから』だのと理由が考えられている。ぶっちゃけよくわかっていないようだ。
私としてはラダー云々な説を推したい。別に私は魔力翼を使わないが。
とりあえず、何が言いたいかというと、当時は私も『翼が欲しい』などと考えかねないほどの衝撃を受けたのだ。
かの弟は、一瞬で姿を消した――そのように見えたのだ。気が付けば彼は一筋の光となり、まるで閃光のようにリングをくぐり抜けている。
下降する際もさらにスピードを上げているようだ。
「危な――」
隣のナグリーが声をあげようとした瞬間、彼は地面に突っ込み、砂煙を巻き上げた。
まずい、と私は思った。
墜落した。それも、かなりの勢いで。下手をすれば身体の骨が砕けてもおかしく無いほどの勢いで。
たった今戻ってきた、鼻を赤くしたヴィンズの様に、笑って済ませられるものではない。
が、杞憂だった。
砂煙は一瞬で晴れた。何かに薙ぎ払われるかのように。
その中で、仁王立ちをするかのように、堂々と立っている『弟』。
その姿を見て、私とナグリー、ライアと、隣のヴィンズが息を呑んだ。
おそらく、その佇まいに気圧されたのだろう。私はそうだったから、みんなそうだった――と思っていた。
というか、実際私はあの姿に畏れに似た何かを感じていたし、後で聞いたらナグリーとライアも同じことを感じていたらしいが、どうやらヴィンズは違ったようだった。
つまり何が言いたいかというと、だ。
クリアタイム9.8秒という驚異的な速度に、場に居たみんなが騒ぎ出す中、我々四人は、あの堂々たる『弟』の姿に声を出せずに居た。