放置してた小ネタ(ネギま)   作:Par

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例によって発掘したやつ。
案としては、とにかくヤベー奴感を出したかった時期のオリ主


麻帆良のヤベーやつ

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。学園に潜む幼き姿の吸血鬼。金色の髪が闇夜の中、月明かりが反射し耀く。血を求め、従者を引き連れ彼女は夜を舞う。

 この道に街灯は少ない。明かりは月明かりだけ、静寂と闇が広がる場所。吸血鬼は闇から生まれるように、姿を現す。

 

「なんだ男か」

 

 吸血鬼が獲物を見つけた。しかし、あまり好みではないらしい。吸血鬼の目は、暗がりであっても、その男の顔をしっかりと認識していた。見た所、15、6の年頃と言った所か。

 突然暗闇から現れた彼女を見て、男の方は面食らっている様に見えた。品定めするように男をエヴァンジェリン、エヴァは見る。

 

「はずれか、趣味じゃない」

 

 吸血鬼にも好みはある。好き好んで男を吸う気には、エヴァはならなかった。吸うなら女性、それも美女であるほうがヴィジュアルでも良いと思っている。

 本来なら咎めるべき吸血行為だが、今この吸血鬼の行動は、彼女を見張る存在に黙認されていた。

 

「運が無かったと思え、この記憶は消させてもらうぞ」

 

 神秘の技術、魔法。吸血鬼で魔法使い。エヴァは吸血対象にならなかった彼の記憶、空を飛び、闇夜に紛れる彼女を見た記憶を消そうとした。都合が悪いからだ。彼女にとって、それは特別難しい事でも、珍しい事でも無い。必要とされれば行う、事務処理的な感覚。

 男は彼女の言葉を聞き、自身の、今この数分間の記憶が消される事を察した。しかし、焦りを見せない。妙に落ち着いた態度に、エヴァが少し不審に思った。

 

「あんたぁ、吸血鬼なのか」

 

 男が口を開いた。エヴァは、記憶を消すため、男に向けていた手を伸ばした。

 

「何故そう思う?」

「口にさ、見えるんだ。牙、暗がりでも見える。俺、初めて見たよ」

「ほう……、良く見ていたようだな。尚更、記憶を消さねばな」

 

 少し、認識を変える。男は夜の闇の中、離れた場所のエヴァの口の中、お互い真正面を向いたわけでも無く、数センチしか開いていない、口内の牙を見ていた。視力が良いと言う理由ではない。エヴァは違和感を感じる。

 

「記憶、俺の記憶ね。消すのは良いけど、まあ……」

 

 男が懐に、制服の中に手を突っ込んだ。エヴァは咄嗟に記憶を消す魔法でなく、攻撃、相手を傷つける魔法に切替、それを放った。

 

「シャアア……!」

 

 エヴァの魔法が放たれるのと同時、奇声を上げ横に飛び退きながら、男は懐から取り出した鋭く砥がれたナイフを投げる。

 魔法は矢となり地面で破裂し、ナイフはエヴァの肩に突き刺さった。傷口から血が溢れる。

 

「そうら、血が出た。吸血鬼、あんたも血が出るんだ」

「だとしたらなんだ?」

「吸ったぶん……たくさんでるかなぁ」

 

 この男、一般人と思ったが、どうやらそうではない。魔法と吸血鬼は知らなかったらしい、裏を知らず表で生きて来たが、その本質が裏の部類の人間。

 異常な思考を持つ、異常者。

 

(油断した。と言うわけでも無いのだがな。いや、言い訳だな。不覚)

 

 一般人と思って油断した。まさか唐突にナイフを投げて来るとは思わなかった。なるほど、とエヴァは男に感じた違和感を知る。これは異能だ。通常、人が持って生まれる事は無い、特殊な、超自然的な能力。そう言った何か、それをこの男は持っている。

 傷口を抑えるエヴァを見て、男は口角を上げる。

 

(しかし、今私はこいつに攻撃を放ったな。私にそうさせるとは、成程それ程と言う事か)

「その血、どんな味だい」

「……貴様、人間か?」

 

 思わずそう聞いてしまった。男があまりにも不気味だったからだ。人間が発せられる雰囲気で無い、それは自分と同じ人ならざる者が発するもの。

 

「さあね、もしかしたら、人間に生まれちまったのかもな」

「……茶々丸」

 

 エヴァが従者の名を呼んだ。身を潜めていた従者が、エヴァの傍に現れる。メイドの姿がシュールに感じる。

 

「興味が湧いた。気絶させるつもりでいい、少し相手をしてやれ」

「畏まりました」

 

 従者が地面を蹴った。そのアクション一つで、従者と男の間は急激に縮まった。加速を付けたまま、彼女は拳を男の鳩尾に入れる。普通の人間なら、この一撃で気を失うが、男は自分にめり込んだ彼女の手を掴む。意識がある事を知ると、彼女はもう片方の手で男の首を掴んだ。

 強く絞められて呼吸を遮られる。男は顔を歪め両手でそれを外そうとしたが、その時、自分を掴む彼女の手に暖かさを感じず、不思議に思った。だがガラスの様に光る彼女の瞳を見て、直ぐに合点がいった。

 

(機械、か)

 

 創られた存在、機械のメイド。吸血鬼の従者、絡繰茶々丸。主の命令によって、男を気絶させようとする。

 

「申し訳ありませんが、マスターのご命令です。お覚悟を」

「……機械、の、血は、オイルかな?」

「何を、あ?」

 

 男が両手を離し、腕を反対側の袖に入れ、中から10センチ程のマイナスドライバーを取り出した。それを男は茶々丸の肘、丁度関節部分に突き立てた。

 

「む!」

 

 それを見てエヴァが唸る。茶々丸は声を出さないが、そのボディは悲鳴を上げた。服の上からだが、見事にドライバーの先が関節の隙間に入り込み、中の配線などの一部を断ったのだ。腕に力が入らず、首を掴んでいた手が開く。

 

「ウシャア……!」

 

 男は解放され、二度目の奇声を出しながら、茶々丸の壊れた腕をつかみ、茶々丸を蹴ってその勢いと共に腕を引き抜いた。火花がちり、配線が千切れる音と、機械が破壊される音が鳴る。そして、彼女の腕から白い液体が噴き出す。

 

「オイル?ああ、……映画で良く見る。君ビショップ?ハハ、違うよねえ」

 

 千切り取った茶々丸の腕から垂れる白い液体に指を付け、ゆっくりとそれを舐めとる。

 

「……やっぱ、血とは違うか」

 

 口からペッと吐き出し、腕を投げ捨て、視線をエヴァへと移す。餓えた獣の様な目で、エヴァの頬、そこに流れた血を見つめる。

 

「それ、味見ていい?」

 

 エヴァは確信した。この男の異常性は人のそれを超えている。人でありながら、男の中身は化け物と同等なのだ。

 

「私の血は安くないぞ」

「ケチケチすんなよ、あんたも吸ったんだろしこたまさぁ……!」

 

 茶々丸を無視し、服の中から40センチはある二本の鉄工鑢を取り出し、男がエヴァへと駆け出した。茶々丸は当然それを阻止しようとしたが、ここで足が片方動かない事に気が付く。

 

「……これは?」

 

 いつの間にか、右足の関節にもドライバーが差し込まれていた。彼は茶々丸の腕を千切るのと同時に、足にもドライバーを差し込んでいたのだ。ご丁寧に“かえし”をつけた改造ドライバーを。なんと言う早業であろうか、人間の反応速度を軽く超える茶々丸のセンサー、彼はそのさらに上を行く速さで、彼女の目を盗んだ。

 結果、もう片方の足は無事だが、一歩出遅れる。

 エヴァはこちらに迫る男を迎え撃った。

 

「歳不相応な狂気だな、小僧」

「シャアア……!」

 

 斬るのではなく削る。鑢の攻撃は受け止めるのが難しいが、エヴァはそれを避けるでもなく、容易く両手で受け止めた。

 

「止めるねえ?」

「舐めるなよ、人間の成りそこないが」

「嬉しいね、そう言ってくれると!」

「なっ!?グアァ……ッ!?」

 

 突然両手に激しい光が走る。止められた鑢の柄、その底にあるスイッチを男が押した。すると鑢の部分から強い電流が流れ、エヴァの手の平を焼いた。

 

(スタンガン、いやそれにしては電圧が高い、殺傷能力があるな)

 

 咄嗟に手を離し、焼け焦げた手の平を見る。煙を出し、肉の焼けた匂いが漂うが、少しエヴァが意識を込めると、見る見るうちに手と肩の怪我が治って行った。

 

「ありゃ、なおっちった」

「お前、自分で作ったのかそれは」

「まあ、ねえ」

 

 何とも恐ろしい物を作る男がいたものだ。警察に見つかれば一発で逮捕だろう。

 

「今まで使う機会無かったけどね」

「だろうな。使えば今頃貴様はニュースに出ている」

「けど、ま。うん、あんたに会えて感謝だな。クフフ、人にやったら捕まるから」

「私には良いと言うわけか?」

「ああ、吸血鬼の被害を誰が調べる」

 

 どうやら、この男は本当に何も知らないようだ。改めて理解する。異常性を持った一般人。エヴァは、頭を巡らせた。

 

(こいつを倒すのは容易い。記憶を消すのも、だ。しかし、一応は生徒だからな、それに記憶を消したところで、この異常性……補導だなこれは、ジジイに突きだそう)

 

 今後の行動を決め、エヴァは少し本気を出すことにした。

 

「成りそこない、名を教えろ」

「高杉伊佐津、イサツでいい」

「そうか。ではイサツ、聞かせてやろう、私の名を」

 

 この日の出会いは、全くの偶然である。誰かに仕組まれたのでも、お互いに意識したのでも無い。エヴァはある目的のために夜に出かけ、この男、伊佐津は夜中に理由も無く散歩していただけ。ただそれだけ。

 エヴァにしたら面倒事だが、伊佐津にとっては、良い出会いであったと後に語る。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。改めて言おう、イサツとやら。運が無かったな」

 

 最も、この時ばかりは、伊佐津もコテンパンにやられた時のため、あまり思い出したくないらしいが。

 これが、伊佐津と言う異常者が、知る筈の無かった世界を知った日である。

 

 ■

 

 麻帆良学園と言う学園がある。学園と言うが、規模は教育機関にしては巨大、ちょっとした街だ。学園都市と言う名前が割としっくりくる。幼稚園から小中高大、人が学び育つところが一か所に集まっている。

 伊佐津と言う男が、この学園の高等部に来たのは、つい最近の事である。なんと言う事は無い、ありふれた転校であった。父の海外への転勤。それに伴い、一緒に海外に行くかを選ぶことになった彼は、日本に残る事を選び、今までの学校より、施設が整っている麻帆良への転校を進められ、今に至る。

 そして、直ぐにあの深夜の出会い。

 

「注意はしておったがのぉ」

 

 麻帆良学園の一室、この学園の学園長である近衛近右衛門が、頬杖突きながら弱弱しく言った。目の前には教員数名、そしてエヴァ、最後に件の伊佐津。エヴァにこっ酷く倒され、その日の内に麻帆良での魔法使いの元締めである、近右衛門の元に連行された。

 

「吸血鬼、ロボット、魔法使い……クフ、まだ面白いの居そうだねえ」

「この態度。お主、立場理解しておるか?」

 

 伊佐津は体を拘束されながらも、懲りた様子を見せる事無く、自分を囲む魔法使い達を面白そうに見ていた。今は大人しく、抵抗する素振りは無い。近右衛門は頭を抱える。

 

「良く今まで何も無かったのう」

「そこは、弁えましたよ」

 

 部屋の隅に、押収された凶器の山がある。すべて彼の服の中に隠されていた凶器だ。殆どが工具を改造した物で、鑢類が多い。その数大小あわせて50を超え、それらを違和感無くしまえるよう改造された服と合わせた重さは20キロ近くまであった。彼は普段から、この服で生活していた事を考えると異常と言う他無いだろう。

 

「昔から物を分解するのが好きだった。もっと言えば、血を見るのもね。まあ、親や周りの目もあるし、俺の血で我慢してたけど」

 

 身体検査の時、彼の体の目立たない箇所におびただしい数の切り傷や擦り傷の跡があるのが確認される。DV(家庭内暴力)を疑われそうな傷だが、全て自分で付けた物だ。

 

「夜に何をしていたのかのう、君は」

「簡単ですよ、寮には人が多すぎる」

「と言うと?」

「だからさ、弁えたんですよ」

 

 彼の体には、エヴァがつけたものとは違う切り傷と擦り傷があった。つまり、彼は夜中の散歩中、自傷行為を人目を避け行い続けていたのだ。これには近右衛門も呆れかえる。

 

「それで、エヴァを見たと?」

「クフ、初めて他人の血を見れると、喜んだのになぁ」

 

 人ならざるものを見て、押さえつけて来たものが解放されたのだろう。至極残念そうに言う伊佐津を見て、エヴァと近右衛門は溜息を吐いた。もはや呆れる他ない。

 

「これだ。記憶を消しても、何時か問題を起こすぞ」

「……そうじゃなぁ」

 

 若い身で、ここまで狂気を内に秘める伊佐津を見て、近右衛門はむしろ哀れにも思う。勿論彼の考えを認めるわけじゃないが、人として許されぬ狂気を、ギリギリの理性で押さえつけ、他者を傷つけたい衝動に常に駆られ苛まれる日々を送ってきたこの少年の事を、不幸と言っても良いのではなかろうか。

 そんな近右衛門の思いを感じ取ったのか、伊佐津はうっすらと笑った。

 

「哀れむ事は無いですよ、学園長。これはサガです、生まれ持ったものだ。人は誰しも、生まれ持ったものを選べないのだから」

「ふぅむ」

 

 教育者として、この少年をこのままにして良いはずはない。記憶を消しても意味は無いだろう。エヴァの言うとおり、本質が変わらなければ、問題は残ったまま、いずれ何かが起きてしまう。しかし記憶だけでなく、その本質まで魔法で変えてしまえばもはや人のする事ではない、それは身勝手な正義だ。この少年のためにはならないだろう。

 伊佐津の言葉を聞き、何かしらの施設に入れたりしても意味は無いと思った。彼の眼は既に、後戻りできない狂気を放っていたからだ。親か友か誰かが早くそれに気がつければ変わったかもしれない。だが全ては、遅かったのだ。

 近右衛門は一つの決断を下す。

 

「エヴァ、ちょいと良いかのう?」

「……面倒事は嫌だぞ」

「そう言わんと、頼まれてくれんか」

「どうせ、私に面倒を見ろと言うんだろう?見え透いてるぞ」

「まあそうじゃが」

 

 エヴァは面倒事が嫌いだった。話の流れから、自分に面倒事が回る事を察したエヴァは、先に断った。

 

「他に頼め」

「うーむ」

「第一私は忙しい、わかっているだろう」

「そこをなんとか」

「無理だ」

 

 取りつく島も無い。近右衛門は再度頭を抱えた。

 

「良いじゃないですか、別に」

 

 そこで助け船を出したのは、意外にも伊佐津であった。

 

「要はガス抜きさせたいんでしょう?なら暫くは大丈夫ですよ、結構発散したので」

「……ふむ」

「不安なら、監視なり付けていいです」

 

 近右衛門とはしては、この言葉を信じてあげたいが、何分彼は他の生徒と共に生活をしている。近右衛門にも、学園長としての責任がある。何かあってからでは遅いのだ。

 

「まあ懲りましたから、我慢しますよ」

「しかし、また血を見たくなれば如何する気かな?我慢できなくなったりしたら?」

「その時は、その時で。いつも通りです」

 

 近右衛門は思った。やはりこの少年は放ってはおけない。なまじ理性がある分、伊佐津は自分を傷つけ続けるだろうとわかる。他者を傷つけるのは勿論許せないが、自分を傷つけるのも許すことは出来ない。彼もまた学園の生徒なのだ。

 近右衛門は、もう一度エヴァを見た。エヴァは、鬱陶しそうに近右衛門を見るが、熱い視線を送られ続け、根負けする。

 

「……私としては、だ。取りあえずこの麻帆良で暮らし方、それを改めて教えてやれ、兎にも角にもそれからだ」

「ほう?」

「こいつは、人としての能力を既に超えている。油断したとは言え、街灯も無い道で正確に私に一撃加えたのだ。そんな人間が、このまま普通の生活を送れるとは思えん」

 

 近右衛門はエヴァの言葉に頷いた。申し訳ないと思いながらも状況は、伊佐津には裏にかかわってもらう必要が出てきた。

 

「伊佐津君、君には色々と教える必要があるのう」

「へえ、それは面白そうな」

「一応、記憶を消して元の生活に、と言う選択もあるが、どうじゃ?」

「それは、今先生方が言った通ですよ。あの時の記憶を消した所で、俺の根っこが変わるわけじゃなし」

 

 本人の了解を得て、近右衛門はよしと頷く。

 

「君を帰す前に、大事な事を一つだけ教えておこう」

「何でしょうねえ?」

「魔法とは秘匿である。それを忘れないでくれたまえ」

「不用意に口にするな、と」

「いかにも」

 

 記憶の消去と言う手段を用いるのだから、それも当然かと伊佐津は納得した。

 

「ええ、ええ、了解です。ええ」

「うむ、では今日は帰って休みなさい。長々とすまんのう」

「いやぁ、俺の所為ですから」

 

 こうして、伊佐津は一先ず帰宅の途に就いた。続けてエヴァに教員達もその場からいなくなった。

 残った近右衛門。この日、深夜呼び出される形になった近右衛門は、疲れを感じながらも、背伸びをしてから改めて、思案する。

 今はまだエヴァには頼めないだろう。一応頼むだけ頼んだが、実際彼女も忙しいのだ。では誰に伊佐津の事を任せるか、近右衛門は教員の中で彼を任せられる者を選ぶ事にした。

 

 ■

 

 数日の間、特に何と言う事は無かった。伊佐津は普段通り、弁えて生活していた。前の学校と変わらず、目立たず、ひっそりと。また、追って連絡を、と言った学園長の言葉。それを思い出しては、少し胸を躍らせていた。

 そして、また一日が過ぎた日の事。学園長から、とある場所に行くように指示が来る。担任の教師が、伊佐津に伝えたのだ。例の事でと付け加えた教師の言葉で、「ああこの人も魔法使いなのか」と、転校初日、特に何も感じなかった普通の男性教員の印象が、180度変わった。

 麻帆良に不慣れとは言え、場所はわかる。指定された所に放課後迅速に向かい、地図を頼りにし、見事迷う事無く彼はたどり着く。そこには、立派な教会が建っていた。

 

(遠目には見たけどねえ)

 

 遠くと目の前ではやはり違うなと感じる。

 

「もし?」

 

 ぼーっと教会を眺めていたら、一人の女性に声をかけられた。顔を向けると、修道服に身を包む褐色の女性が、不思議そうに伊佐津を見ていた。姿からして、ここの人だろうとわかる。

 

「何かご用ですか?」

「……あー」

 

 一瞬、魔法の事は秘密だと近右衛門に言われたのを思い出し、どう切り出そうかと思ったが、考えてみれば普通に学園長に呼ばれたと言えばいい事に気が付く。

 

「学園長に、ここに行けと」

「まあ、ではあなたが」

 

 女性は既に彼が来る事を知っていたようで、「まあ中へお入りなさい」と教会の中に案内される。シスターの後について行き、伊佐津は教会に入った。

 

「学園長には数日前に、ある少年の面倒を見てほしいと頼まれました」

「俺ですねえ」

「はい、あなたです。私はここでシスターをしているシャークティと言います。イサツ、君でしたね」

「ええ、はい」

 

 人生初、生でシスターと言う人間を初めて見る。伊佐津は教科書なんかで見る修道女に少し関心を示す。

 

「随分と、難儀されてるそうですね」

「クハ、慣れましたよ。歳一桁の頃は苦労しましたが」

 

 笑みを浮かべる伊佐津。本人にその気はないが、一見してそれは自傷の笑みにも見えた。

 

「学園長は、俺をここに寄こして如何する気ですかね」

「特別な事はありません。ただ、改めて教えてあげてほしい。それだけを言われました」

 

 改めて、と言うのは、エヴァが言っていた麻帆良での暮らし方の事だろう。つまり、話の流れ的に当たり前だが、このシスターも魔法使いとう事だ。

 

「さあ、少し奥へ。ここでは一般の方が来ますから」

 

 教会の中をさらに進み、とある一室に案内される。何の変哲も無い普通の部屋だった。机に椅子がある普通の部屋。

 

「学園長には、何処まで聞きましたか?」

「……魔法は、秘匿だと」

「その通りです」

 

 シャークティは、部屋の本棚の中、綺麗に並ぶ本の列から、一冊分厚い本を取り出し伊佐津に差し出した。表情を変えず、伊佐津をそれを黙って受け取る。その表紙は、日本語とはまた違った言語で書かれていた。

 

「魔法の教本です。中身は訳してありますのでご安心を」

「そりゃよかった。ん、教本?」

「あ、別に魔法を教えるわけじゃありません。あくまで、参考にと言う事です」

 

 「あそう」と言って、伊佐津は教本を開いてみる。大方の予想通り良くわからない単語が並んでいた。直ぐに閉じる。

 

「さっぱりです」

 

 お手上げのポーズを取ると、シャークティは控えめに笑いながら本を受け取った。

 

「まあ普通そうでしょうね。では、本日最も重要な話をしましょう」

「それが良い」

「さて、魔法は秘匿と言いましたが、何故そうなのかと言う話はまだでしょう」

「ええ、はいそれはまだ」

「色々と理由はありますが、一言で言えば、正義の味方の様な物です」

 

 正義の味方と聞き、伊佐津の頭には変身するバッタ男や、五色の変身する男女達の姿が浮かんだ。他にも光の巨人や機械の刑事やその他いろいろ。

 

「たぶん、考えている様な物とは少し違います」

「変身しませんか?」

「私はしませんね。まあ中には……そう言った者もいますが、今は横に置いておきましょう」

 

 残念な様な気がしないでもないが、皆が皆変身してたら、それは魔法使いじゃないのだろう。

 

「まあ、正体を隠すイメージならご想像通りかもしれませんね。表には出ず、密かに人助けをする。それが魔法使いです」

「そりゃあ……ヒーローだねえ」

「意外ですか?」

「まあ、そう……あの吸血鬼、エヴァンジェリンはどんな位置なんですかねえ」

 

 エヴァの名を出すと、シャークティは非常に気まずそうな顔をした。

 

「彼女は、【闇の福音】と呼ばれる悪の魔法使いです」

「……へえ」

 

 【闇の福音】、その名が実にあの吸血鬼にはしっくりくると伊佐津は思った。彼女と戦って(まともな戦闘と言えないが)正義の味方と言う感じではなかったからだ。どちらかと言うと、悪のカリスマ。

 

「魔法使いにも悪しき者はいます。彼女もその一人です」

「じゃあ、何故ここにいるんです」

「そこはまだ教える事は出来ません。彼女にもここを離れられない理由があり、私達もそれを黙認する理由はありますが」

「昨日今日魔法を知った俺には教えられない?」

「まあそうですね」

 

 しかし伊佐津も、別にその理由を知りたいわけでも無かった。言えないのなら言えないのだろう。何より学園長とのやり取りから、そこまで険悪な関係と言う事でもなさそうだ。それこそわけがあるのだろう。

 

「俺は嫌いじゃありませんが、彼女」

「……あまり、他の教員の前では言わない方がいいですよ」

「やはり気に食わないですか」

 

 それに関して答えは返ってこない。伊佐津は、シャークティは不用意に答えるのを自粛したのだろうとわかった。

 

「すんません、流して結構です」

「ええ、ごめんなさい」

 

 学園長の様に、敵対しているわけでは無いのだろうが、正義の味方を口にする以上、思う所があるのは事実。新参である伊佐津には、それ以上口をはさむ資格は無かった。

 

「少し話がそれましたね。続きを、そうですね……、まずは麻帆良での生活の仕方で良いでしょう」

「只口を噤むだけではいけませんか」

「それで済むのであれば良いでしょう。しかしそう、貴方は少し特殊」

「へえ、と言うと」

「魔法使いも多種多様、もしもまた闇の福音の様なのに出会って、貴方は我慢が出来ますか?」

 

 そう言われ、伊佐津は自然に自分の手が、服に仕込まれた凶器に向かうのを何とか止めた。エヴァ、あの吸血鬼の様な物がまだこの学園にいるとわかり、思わずその血を見たくなったのだ。しかしそのわずかな動作を、シャークティは見逃さなかった。

 

「……どうやら、話で聞いたより、業が深いようですね」

「サガですから」

「しかし、それはサガと言うにはあまりにも危険」

「自覚しています」

 

 悪びれた様子も無い、学園長の前で見せた薄ら笑いを浮かべる。

 

「あなたが思う以上に、魔法使いやそれに似通った存在がこの学園にはおります」

「傷つけるなと?」

「いかにも」

「我慢はしましょう、しかし」

「保証は無い?」

「ええ」

 

 我ながら図々しいと、伊佐津は自覚していた。しかし、言わずにはいられない。傷つけない保証など、出来ないと自信を持って言える。

 もし、突然エヴァの様な存在に出会ったら、自分は我慢できないと思った。それは保証できる。

 

「……そう言う所も含めて、学園長は貴方を此処によこしたのかも知れません」

 

 実に悲しそうに、シャークティは言った。

 

「明日から放課後、ここに来て下さいな」

「へえ、お手伝いでもしろと?」

「まあそう言う所です」

「俺には向きませんけどねえ」

「向き不向きではありません。貴方は他の事に従事なさい、傷つけ血を見る事から離れるべきです」

「聖職者に成れと?」

「そこまでは言いません、ただお手伝いだけでいいのです」

 

 それは助かると伊佐津は胸をなでおろした。聖職者に成った自分など想像するだけでも身の毛がよだつ、と言うとシャークティに失礼だが、とにかく似合わなかった。しかし手伝うだけなら別にかまわないと思った。伊佐津は首を縦に振る。

 

「いいですよ」

「それは良かった」

 

 シャークティは嬉しそうに言った。

 

「ここに来てくれれば、色々と教える事が出来ます」

「魔法使いの事?」

「ええ」

「まあ、僕も助かりますけどねえ」

 

 実際魔法事態はどうでもいいが、魔法を使う人間やその仲間には興味がある。話を聞くだけなら、たしかにこの麻帆良での生活の役に立つだろう。

 

「更生施設行きよりマシですね」

「……一応、貴方の更生も目的なのですが」

「できますかねえ……」

 

 彼の呟きに、シャークティはため息を吐くだけであった。

 以後彼は、教会で麻帆良の事で深く世話になる。同時に教会での仕事にも従事した。意外なことに彼は真面目であった。これにはシャークティと報告を受けた学園長も驚く。ボランティア活動では、文句ひとつ言わず黙々とこなし、清掃活動では誰よりも人一倍清掃に勤しんだ。シャークティに頼まれた事に一切「嫌だ」と言わずただただ「いいですよ」とだけ答えた。

 同時に、彼は魔法の事も学んだ。学ぶと言っても、知識としてであり、彼には魔力こそ僅かにあれど、それを扱える程の才は無かった。また彼自身魔法を使う事を特に望んでおらず、落ち込む様子はなかった。

 魔法を学ぶ中、実は世界はもう一つあり、そこには魔法使いが多く住み、人間とはまた別の種族もいる事を知る。そして何より彼が興味をひかれたのは、魔法使いの間でも名の知れた強者達。

 

「いるんですねぇ、英雄ってやつは」

「魔法使いであれば誰もが知る者達です。そうでなくても、かつての大戦で名を上げ広く知れ渡りました」

 

 地球に住む彼らの知らぬところ、魔法世界ではかつて大きな戦争があり、その戦争を止めた【赤い翼】と呼ばれる者達がいた。少数精鋭で一人一人が無双の者達であり、なんとその一人は日本人であると言う。

 

「強いんだ、へえ……」

 

 この「強い者」の話を聞いた彼の眼は、いつも狂気に染まっていた。その度にシャークティが「これっ!」と叱り戒めるが、中々こればかりは改善される事は無かった。

 そんな日々の中で、しかし彼は一度得た〔魔法使いとの戦い〕と言う甘美な時間、それを思い出す度に今まで以上に、その異常性を抑え切れなくなっていた―――。

 

 ■

 

 イサツが森を歩いていると、一人の少女がいた。彼女は逞しくも森の中テントを張りキャンプ地を作っていた。まず麻帆良にキャンプができるほどの山があるのにも驚きであるが、しかし何故イサツがこの山に来てその少女とであったのかは、大した理由ではないのだが、それはほんの数時間前にさかのぼる。

 教会での早朝ボランティア活動と、シャークティに言われてから続けている自身の狂気を静める為に形ばかりのお祈りを済ました彼は、帰りに山へと向かった。そこは彼の散歩コースでもあり、同時に諸々の発散場所でもあった。麻帆良に来て以来、何かと発散できる場所を探し、土地は広いゆえにいくつか発散場所を定めている。この山もその一つだ。要はいつもどおりの散歩なのだった。

 自分がいつも使っている場所に先客がいる事に彼は、少し驚きながらもしかし今まで偶然会わなかっただけで、ここまで周到にキャンプを行う姿を見るに、彼女のほうがここでの活動日数が多いと見えた。

 だがしかし、彼女がキャンプ名人だかサバイバルマスターだかとしても、それは特に関係はなく、何よりイサツにとって重要であるとすれば、目の前の彼女が人並みならぬ戦いのプロであることであろう。

 

「そこな御仁、いささか殺気が強すぎるでござるなぁ……」

 

 朝日に向かい飛び立つ少年を見送り、「にんにん」呟いていた彼女は、閉じていた薄目を僅かに開き、木の陰から現れたイサツを睨んだ。

 

「魔法使いねえ、面白いもんだよねえ……」

「そうでござるなぁ、拙者も始めて見ましたゆえ、驚いたでござるよ」

「まあしかし、俺としては忍者がいるほうも面白いと思うねぇ」

「にんにん、忍者など何処にもおりませぬ」

「そうかいそうかい」

 

 まるで隠す気のない返事を受け、イサツはニンマリと笑う。対して彼女もまたニコリと笑った。

 ヒュウッと風が吹く。

 

「―――シャアッ!!」

「―――むッ!!」

 

 瞬間、両者が動く。動きはほぼ同時、イサツは袖から取り出したマイナスドライバーを投擲、彼女は懐より取り出した手裏剣を放った。空中でカンッと二つの金属がぶつかり合い地へと落下する。だが二つの物体が地面へと落ちるより先にまたも両者すでに動き出した。

 イサツの手には、すでに改造された鑢が握られている。以前エヴァに敗れた物を改良した代物で、強度が増している。少女は鋭利なクナイを持ち駆け出す。二人の距離が迫る。

 

「防ぐねえ」

「御仁こそ」

 

 ギャリイッと金属がかみ合う音がした。鑢の凹凸にクナイが絡み、ギリギリと鍔迫り合いとなる。だがイサツは瞬時にもう片方の袖から一本の金槌を取り出した。

 

(鈍器っ!)

「殴るわけじゃねーぜ」

 

 通常は鈍器として扱うがこの金槌は、釘抜きがついたものだった。釘を引っ掛けるための切り込みをクナイにかませる。そのままクルリと柄を回せばテコの原理でたやすくクナイは、少女の手からこぼれるようにして抜けていった。

 離れたクナイに視線が向いたが、その視線の端からクナイを奪った金槌の釘抜き部分の先端が迫っていた。明らかに眼球を狙っており、急ぎ少女は身を後方へと下げた。

 

「あぶないあぶない、金槌をそう使うとは」

「器用だろ?」

 

 少女は考えていた。目の前の男、制服から高等部の男子生徒とわかるが、しかしこれほどの男は、聞いた事がない。

 こと麻帆良において〔強さ〕とは称号である。強ければ強いほど、老若男女関わらず名は知れ渡りみなその者に挑戦する。強さと戦いに餓えた餓狼が多いのだ。しかしその中にこの男の話はない。名前は知らぬが、特徴的な戦い方からもし誰かと戦ったのならば、既に知っているだろう。つまりそれは、彼が最近になり麻帆良に現れた事を指す。

 

「考え事してる暇あるかよ」

「むっ!!」

 

 不意に男、イサツが手を引いた。するとグイッと彼女の左手が引っ張られていった。

 

「これは、釣り糸っ!?」

 

 いつの間にか彼女の左腕に、無色透明な釣り糸が巻かれていた。イサツが強く引っ張ると、彼女の左腕がギュッと縛られバランスを崩す。

 

「っと!これは小癪な!!」

 

 そういった瞬間、バシュッと大きな音がし少女は、その音が何か分からなかったが咄嗟に身を屈めた。すると彼女の後ろの木にドッと音がし、その場所を見ると一本の釘が刺さっていた。

 

「やっぱ避けるかぁ」

 

 イサツはワザとらしく残念がった。手には、また何処から出したのか釘打ち機を持っていた。

 

「流石に危ないでござるよ……」

「スマンね、高ぶったもんでねえ」

 

 そういいながら彼はジリジリと糸を巻き上げ、距離を縮める。当然彼女はそれを切ろうとした。もう一本クナイを取り出し、振り下ろす。

 

「つッ!?」

 

 カンッとクナイが弾かれる。再び釘打ち機を撃ち、釘でクナイを弾き飛ばしたのだ。

 

「この釘打ちは改造品でね、連射も可能だし通常の釘打ちより遠距離まで飛び、弾道もぶれないようにしてある。癖もつかんでるから相手が動いてなきゃ誤射はしないよ」

「それって違法改造でござらんか?」

「クナイと手裏剣持ってるやつに言われたくないねえ」

「ああ、それはしかり」

 

 改造工具も危険だが、刃を潰していないしっかりと切れて刺さる手裏剣とクナイを持っている少女も対外である。

 

「しかし御仁、いきなりで聞きそびれましたが、何ゆえ拙者を攻撃するでござるか?」

 

 締め上げられる腕の痛みに、若干の脂汗を流しながらも聞く少女。イサツはニタリと笑った。

 

「最近ここじゃ君みたいに、ちょっと普通じゃない奴が多いって知ってねえ……先生方には、控えなさいと言われたがしかし君みたいなのを目の前にして我慢はできないなあ」

「俺より強い奴に会いに行く系でござるか」

「違うさ……強い奴の血が見たいんだよ」

 

 クイッと糸を引き、同時にイサツは自身も跳んだ。手の得物は釘打ち機から、鑢に持ち変えられている。糸に沿って彼はまっすぐに獲物へと跳んだ。

 

「それは、あまりに危険な生き方でござるなっ!!」

 

 彼の鑢が少女の肉体に肉薄した瞬間、彼女の体がまるで蜃気楼のようにぶれた。そしてそのまま鑢は空を切り、糸も何時の間にか解けている。

 

「にんにん、あぶないあぶない」

「危うくやられるところでしたな」

「……へえ」

 

 四方八方から聞こえる少女の声、にんにん、にんにんと独特の口癖をしながら彼を囲んでいった。

 

「すごいねえ、分身できるんだ」

「まあ、この程度は」

「やっぱ忍者じゃん」

「いやいや、なにも忍者じゃなくてもできるでござるよ」

 

 イサツの周りには、姿形が一緒の少女達が囲んでいた。手には各々手裏剣にクナイとしっかりと装備している。

 

「けど今一回殺したからわかるよ、分身、結構希薄だね」

「おお?わかりますか」

「血が出ない奴はつまらないからね、直ぐわかる」

 

 イサツはジロリと複数の少女の中から、ただ一人の少女を見つめていた。その少女は、ほかに比べ一際、にんにんと笑みを浮かべていた。

 

「一発でここまで見抜くでござるか」

「それもすぐわかるさ、匂うから」

「婦女子に対し匂うは無いでござろう……」

 

 「ちゃんと風呂にも入ってるでござる」と少女は憤慨し、不満そうである。

 

「違うよ、血だよ……匂い、覚えたから」

「血?」

 

 血を流すほどの攻撃は、全てかわししのいだはずだと少女は思ったが、ふと左手に生ぬるい感覚が伝わる。目をやれば腕には、いつの間にか腕の輪郭に沿った切り傷と擦り傷ができ僅かではあるが血がにじみ出ていた。

 

(まさかっ!?)

 

 自身の服に僅かに残った先ほどの釣り糸。それを見つけ手にとって見るとその糸は、等間隔でギザギザになり糸ノコの様になっていた。

 

「これは……」

「気づいちゃったかぁ……糸に接着剤垂らして紙鑢で粗く削った試作品でさぁ……切断は無理でも結構食い込む風にしてさ。ね?食い込んだよね?血が匂ったから結構入った?」

「……お主ほんとヤバイでござるよ」

「君の血は、良い匂いだねぇ、クハッハハッ!」

「それはそれで反応に困るでござるなぁ……」

「クフックフフ……ッいいんだよ、そう言う反応で、困れば良い、それが当然だから……君まで異常者に付き合う必要も無いだろうし……クフッ」

「むっ!?」

 

 イサツが今度は、何かを放り投げた。投擲ではなく自分と少女の間に落ちるように投げそしてそのまま後方へと急ぎ下がった。それが地面に落ちるまで数秒しかないが少女には、その形に見覚えがあった。円錐状でピンが刺さる部分がある拳ほどの物体。

 

(手榴弾っ!?)

 

 彼女は軍事兵器に関しては素人だったがその形に覚えはある。戦争映画だけでなくフィクションであれば登場する機会は多いだろう〔パイナップル〕とも呼ばれる投擲兵器だ。それを何故イサツがもっているか考えるまでも無く彼女は、咄嗟に木の陰に隠れた。そして彼女の体が木に隠れるのとほぼ同時に強烈な破裂音が鳴り響いた。

 火薬による単純な爆発ではなかった。破裂と共に四方八方へ噴出したのは、大小様々な釘だった。強烈な圧力で押し出された釘は、分身へと襲い掛かりあらゆる部位へと刺さる。分身は、瞬く間に姿を消していく。木にも地面にも一瞬にして飛び散った。

 

「イヒ、ヒッヒィーッヒッヒイッ!!」

「控えめに言ってほんとお主ヤベーでござるよっ!?」

 

 反対側の木の陰から狂ったようなイサツの笑い声が聞こえる。恐ろしさは無いが「マジでヤバいやつ」と思わずには居られない彼女は、冷や汗を流しながら叫んだ。

 

「イヒィーヒヒッ!!は、初めて使ったから俺もビビッたぁーっ!クヒッ!サバゲー用のBB弾用の手榴弾改造した奴だけどいい感じだぁーっ!!」

「せめてテストしてから使うでござるよっ!?」

 

 破裂はほんの一瞬である。そこら中に釘が散乱し木々はハリネズミのような姿となっている。始終笑みの耐えなかった彼女も流石に「ここまでやるか……」と唖然として顔を隠れた木からのぞかせた。それと同時にイサツも顔を出した。目と目が合う。

 

「うっ!」

「クヒッ!」

 

 瞬時に二人は構えた。イサツは鑢と釘打ち機を、彼女はクナイを。そして止まる。二人とも動きを止め、互いに様子を見た。二人を挟んだ地面は、今や釘だらけの状態だ。迂闊に走ればイサツとて足に刺さる。しかも釘は、あえて錆びた物も混ぜておりそれが刺さると、中々抜けないだろう。自分で自分の動きを封じているとは、なんとも情けない。少女は容易く木を渡り移動する事も出来るのだが、イサツが向ける釘打ち機が気になって迂闊に動けない。

 互いに汗をかいて微動だにしない状況で、しかし不意にイサツは、その顔をしかめた。そして「うぅ~うぅ~」と唸るとなんとそのまま得物をしまってしまう。

 

「おや?」

「あー……うん、ごめん……もういいやぁ」

 

 イサツは今までの興奮が嘘のように冷め切っている。これには、少女も今までとは別の方向で困惑する。

 

「ど、どうしたでござるか突然」

「……なんかさぁ、今俺を更生させようとしてる先生がいるんだけどさぁ」

「はぁ……」

「このままやってたら、この事多分ばれるじゃん?」

「まあ、そりゃ……」

「……そしたらふと思うのよ、きっと色々御小言を貰う事になるなぁって」

 

 するとイサツは、一言。

 

「めんどくせぇ」

 

 と、言った。

 

「申し訳なさとかではないのでござるか……」

「それも無いわけじゃないけどさぁ、もうそれ考えたら萎えたわぁ……あぁ~なんだかなぁ……あぁ~あ~」

「え、あちょっ!ちょちょちょっちょっとまったぁっ!で、ござる!」

「あぁ~?」

 

 イサツは、そのまま帰ろうとして歩き出す。少女は慌てて引き止めた。

 

「いくらなんでも、いきなり襲い掛かってきて萎えてさよならって……そりゃ無いでござるよ」

「えぇ~……けど、君確かに血は良い匂いだから興味あるけど……けど、やっぱりエヴァンジェリンは凄かったよなぁ……血も魅力も、けどしばらく無理だなぁ~」

「……なんか知った名前が出てあれでござるが……そうでなく、御仁せめて名前ぐらい教えて去るでござるよ。これじゃ行きずりの辻斬りでござるよ」

「辻斬りは行きずりさ」

「そうでござるけど……言葉のあやでござるよ」

 

 だが確かに彼女の言う事も最もであった。イサツは彼女に向き直ると濁った様な目で見つめ口を開く。

 

「高杉伊佐津、イサツでいい」

「にんにん。拙者は、長瀬楓というでござる。楓でかまいませぬ」

「……フヘヘッ、最近は色々面白いよ。発散はやりづらくなったけど変な知り合いが増える。今日は忍者に会えた」

「拙者忍者じゃござらぬ」

「クヒッそうかい」

 

 落ちたテンションを少し上げてイサツは、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「イサツ殿は、お強い。だがその心は、狂気そのものでござる」

「知ってる」

「普通の手合わせで良ければ、また休日にでもここへ来るといいでござるよ。お相手いたす」

「クヒッ嬉しいねえ」

「ただなるべく普通の武器を使ってほしいでござるよ、にんにん」

「クヒヒッ善処するよ……じゃあねぇ」

「にんにん」

 

 去り行くイサツは、少し寂しそうな背中であった。忍者(ではない)少女楓は、その姿を見送りながら一つの事を考える。

 

(エヴァンジェリン……二人も三人も麻帆良にこんな名前は、いないでござるから……ここは、本人に聞いてみるのも一興か)

 

 イサツはまさか楓とエヴァが同じクラスとは、思いもしなかったろう。この事で後日エヴァがその事について酷く怒りながらイサツにつめより、また実はこの時の事をしっかりと把握していたシャークティにかなり怒られる事になるのだが、この時点の彼はまるで知らぬことである。

 

 

 

 

 

 

 

 




彼自身魔法は使わないと思います。
けれど仮契約はするでしょう。そんでヤベーなにかを手に入れるでしょう。

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