わたしはカミナリ   作:おぴゃん

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3『アマノジャク様、存分に客人をもてなす(上)』

 

 どこまでもどこまでも、真紅のカーペットが続いている。それは廊下の天井に咲き誇る無数のバラから舞い降りる花弁であり、立ち並ぶ金装飾された白亜の大理石柱と相まって強烈な色彩を作り上げている。

 

「マヤちゃん、ボク、少し後悔してきた」

「私もそう思っていたところです」

 

 小さな足でおっかなびっくり花弁の絨毯を踏みしめるのは鬼の双子だった。マヤの瞳は不安に揺れている。オルガは普段のお気楽さを取り繕ってはいたものの、マヤの腕を掴んだ手には脂汗がじっとりと浮いていた。

 

「やっぱりお姉さんに止められた時にやめとけばよかったのかなあ」

「今更言ってもしょうがないですよ」

「だけどさあ」

 

 うっすら霧がかった廊下は延々と続き、代わり映えのしない風景が双子の時間に対する感覚をあいまいにしていた。

 ひょっとするとマズいところに足を踏み入れてしまったかもしれない――と二人は気づくが大抵そういう時は後の祭りと相場が決まっている。

 

「出口もなくなったことですし、これはもういよいよ胸を張って前に進むしかないですね」

「よいしょ」

 

 見え切った破滅に向かってあまりにもポジティブな開き直りを見せるマヤを横に、オルガは背負っていたバッグを下ろす。

 

「はい。お腹減ったでしょ」

「ありがとう」

 

 青いパッケージのスナックバーを受け取って、マヤは小さく頷いた。ごつごつとしたチョコレートの塊にかじりついて、二人はなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「あま」

「まあ、栄養はありそうですね」

 

 流石は双子というべきか、彼女たちはお互いの腹の虫の具合まで把握しているようだ。

 やたらと奥歯に挟まるピーナッツと、上顎と下顎を接着するくらい粘り気のあるヌガーに悪戦苦闘しているとオルガが「およ」と声を上げた。

 

「マヤちゃん、あれ」

 

 オルガが指で指し示したのは廊下の先。マヤが目を凝らすと、柔和な笑みを浮かべて女性が佇んでいるのが見える。

 廊下を満たす霧と闇の中に彼女がぼんやり白く浮き出て見えるのは、彼女が『お姉さん』、つまりはキョーコと同じT女学院の制服を身に着けているからだ。

 

「オルガ様とマヤ様ですね」

 

 双子が進むか退くかを決めあぐねていると、よく通る声で彼女が呼びかけてきた。

 

「どうしてボクたちの名前を知っているの?」

 

 思わず身構えるオルガとマヤを前に、女子生徒は全く怯まず恐れず、それどころか一層微笑みを強く顔に刻んだ。

 

「アマノジャク様はすべてをご存じですから」

 

 アマノジャク様。

 その名前を耳にして顔色を変えた二人を見て、女子生徒は誘うように半身で掌を闇と霧のたゆたう廊下の先へと向けた。

 

「こちらへどうぞ。アマノジャク様もあなた方と会えることを楽しみにされていました」

 

 言うだけ言って、彼女はさっさと歩いていってしまう。

 

「どうする?」

「行きましょう」

 

 双子が迷ったのは一瞬だった。

 もともとこの無限廊下にやってきたのはアマノジャク様に会うためだ。向こうから会いたいというのなら、着いていく他に選択肢はない。

 

「ねえ。ねえねえねえったら。おねーさん」

 

 謎めいた女子生徒は身長でも歩幅でも双子に大きく勝る。小走りになって彼女に続きながら、まるで歩くことを学習したばかりのロボットのように彼女の足取りがふらついていることにマヤは気づく。

 

「ずばりアマノジャク様って、ナニモノ?」

 

 おしゃべりが大好きなオルガは、女子生徒の登場に警戒を深めるマヤと正反対に元気を取り戻していた。人好きのする笑顔で女子生徒の前をぴょんぴょん跳ねながら、質問を次々に投げかけていく。

 

「アマノジャク様のもとへ行けば分かります」

「ふーん。じゃあさ、ここってどれだけ大きいの? コテーシサンゼーとか大変じゃない?」

「アマノジャク様のもとへ行けば分かります」

「…………ええと。今の時間って分かる?」

「アマノジャク様のもとへ行けば分かります」

「アリガト」

 

 少し顔色を悪くしたオルガがマヤの傍にそろそろと戻ってくる。

 

「なんかヤバげなんだけど」

 

 マヤは肩を竦めることしかできない。ようやくアマノジャク様に会えると思った矢先から雲行きが怪しくなってきたのを感じる。

 

「行って、直接確かめるしかないでしょう。アマノジャク様が」

「アマノジャク様万歳! 家族万歳! 血で結ばれたすべての姉妹に、万歳!」

 

 なにかよくないスイッチに触れてしまったのだろうか。急に大声で叫び出した女子生徒が振り返り、二人を見つめている。あまりに空っぽな微笑みと、空っぽな瞳で。

 

「――――何者にせよ、わたし達の『ちから』は後出しが効きます。最悪の最悪の場合は大暴れして逃げることもできますから」

 

 とはいえ、マヤも女子生徒の様子に得体の知れない恐怖を感じている。

 

「ねえ、ちょっといい方向に考えようよ」

 

 相棒の緊張を解すようにオルガがふにゃりと笑った。人前で芸を披露する度に浮かべる作り物の笑顔でなく、家族への親愛を込めた表情だった。

 

「いい方向、ですか?」

「ん。もしもアマノジャク様は」

「アマノジャク様万歳! 家族万歳! 血で結ばれたすべての姉妹に、万歳!」

 

 いきなり耳元で叫ばれて、キンキン痛む耳を押さえてオルガは顔をしかめた。

 

「――こんな風にやかましく尊敬されているわけだし、鬼の王様の居場所くらいは知ってるんじゃないかな」

 

 女子生徒は踵を返し、何事も無かったかのように廊下の最奥を目指して歩きはじめていた。

 

「もしも、さ」

 

 少年のように短く切りそろえた金の毛先を指先でいじりながら、オルガは照れくさそうに鬼歯を覗かせて笑った。

 

「もしもボクたちの呪いが解けたら、マヤちゃんは何がしたい?」

 

 呪い。

 重々しい言葉を口にしたオルガの笑みの裏には、なにか言いようのない切なさが見え隠れしている。双子であるはずのマヤにも分からない感情の破片に手を触れようとして、結局マヤは途方に暮れたように頭を振った。

 

「……そうですね。思いきり歌う、とか」

「いいね。ホラ、前にどこかのプロダクションのおじさんから名刺貰ったじゃないか」

 

 オレンジ色のふっくらしたカナリアがあしらわれたサイフから名刺を取り出してオルガは目を細める。何度も何度も彼女の手で撫ぜられたのだろう。本来純白だった名刺は薄く黄ばんでいた。

 

「無名の女の子がヒットチャート席巻、なんてどう?」

「でもあのおじさん、きっと私たちのことを忘れてますよ」

「今度は忘れられないようにしてあげればいいじゃんか。それで後ろ盾つけて海外に進出、西でも東でも売れに売りまくって、故郷に錦を飾るっていうのはどう?」

 

 オルガの語る遠大な計画にマヤはくすくす笑った。先ほどの陰りのある笑顔が嘘のようだ。やはり、彼女の姉妹はこうでなくてはと思う。

 

「それで、オルガちゃんはどうするのですか」

「およ。ボク?」

「やりたいこと。行きたいところ。オルガちゃんにも沢山あるのでしょう?」

 

 オルガは腕組みした。唸り声をあげながら考え込んで考え込んで、最後には聞いている方が気の抜けるようなため息をついてしまう。

 

「わかんないや」

 

 派手に肩透かしを食らったマヤがずっこけた。

 

「わ、わかんないやって。それこそわかんないんですけれど」

「ボクはマヤちゃんが幸せならそれでいいかなあ。ほら、何て言うのかな。ろまんちっく?」

「ロマンなんてありませんよ。こりゃあ予定変更です。呪いが解けたらいの一番でオルガちゃんの自分探しですからね」

「ボクの?」

 

 オルガはただでさえ大きな目を、目玉が転げ落ちそうなほど見開いた。

 

「でも悪いよ。デビュー遅れちゃう」

「何を言っているのですか」

 

 そう言ってマヤは歯形の残るスナックバーをオルガの顔面に突きつけた。出来の悪い生徒に教師がするような、呆れ混じりの顔だった。

 

「夢なくして鬼も人も生きてはいられないのです。ましてや大事なオルガちゃんが自分の夢を見失っているというのなら、一肌も二肌も脱ぎましょうとも」

「生きてはいけない、か」

 

 スナックバーを受け取り、オルガは小さくかじり取る。いつの間にか彼女が浮かべていた深刻な表情が、少しずつ和らいでいった。

 

「そだね。ボクも今から自分の夢を探してみようかな」

「ええ。ですから、まずはアマノジャク様に会って」

「アマノジャク様万歳! 家族万歳! 血で結ばれたすべての姉妹に、万歳!」

「うるさいなあ!」

「ちょっとは空気を読んでください!」

 

 それまで完全にいないものとして扱われていた女子生徒が大声を張り上げた瞬間、二人の鬼の堪忍袋が同時にはじけ飛んだ。

 

「――まあ怒ってやるな。そいつはちょっとばかり融通が利かないやつなんだ」

 

 しかし、彼女たちの怒りはすぐにおさめられた。

 耳たぶを滑りのある指で撫でるような、心地良く透き通った少女の声。彼女のたった一声で鞭打たれたように空気が引き締まったのが分かる。

 

「アマノジャク様万歳。家族万歳。血で結ばれたすべての姉妹に、万歳」

 

 双子を取り巻く霧がさっと晴れていく。

 彼女たちの前には巨大なホールがあり、そのまた先にはもっと巨大な階段がある。階段に等間隔で立ったT女学院の女生徒たちがうやうやしくかしずくと、階段の上でもっともっと大きな扉が軋みを上げながら開いていく。

 

「私の居城へようこそ。盛大に歓迎しよう」

 

 天井の花から紙吹雪のように花弁が舞い散る。大扉の内側からはもうもうと白煙が階段を舐めながら流れ落ち、輿に担がれた人物を神々しく演出している。

 

「さあ、遠からんものは音に聞け。近くば寄って目にも見よ。我こそは泣く子も黙るアマノジャク。我が名は――あ?」

 

 ぼふう、と音を立てて煙の塊がアマノジャク様の乗った輿を包み込んだ。

 

「うわっ、ちょっと、これ、げェーッホ。だっ、待って、こんなはずでは、うへえっ」

 

 双子からは煙の中で輿がひっくり返るのが見えた。それまで整然と並んでいた生徒たちが慌てた様子でわたわたと輿に駆け寄るが、何分視界が悪いのでビリヤードの球のように衝突を繰り返すことしかできない。

 

「なんだこりゃ」

 

 流石のオルガもあきれ顔で一部始終を見守っている。もうもうと立ち込める煙幕の中からは鼻をすする音や、悲鳴や、何かが倒れたり割れたりする音が絶え間なく聞こえてくる。

 

「……助けにいきましょうか」

「いやあ。でも、恥をかかせるのもアレじゃん?」

 

 大分帰りたい気持ちがあったが、結局双子はその場に突っ立って事態が収まるのを待つことにした。

 

「ああ、もう。安かろう悪かろうとはこのことだな」

 

 やがてゆっくりと晴れゆく煙幕の中から黒い大きな箱をぶら下げた少女が姿を現した時、双子の『帰りたい欲』は最高潮に達した。

 

「通販ってのは便利なもんだが。不良品が多すぎる」

 

 少女は黒い箱を床に投げ出した。

 黒い箱は末期の息のように煙幕を吐き出すと、それきり動かなくなってしまう。

 

「外の世界はうさんくさいやつばっかりで困る。なあ?」

 

 うさんくささでは少女もひけを取らない。

 ぶつけて赤くなった肘をさする少女の衣服は装飾過多のきらいがある。

 ごてごてと張り付けられた矢印にやたらと少女趣味なリボンをあしらわれた白いワンピースを身に着けるのは、十人町ですれ違えば十人とも振り返るような容姿の整った少女だった。

 ただ、

 

「なあ。お前らもそう思うだろう。思うよな?」

 

 ただ、ねじくれている。

 それが、アマノジャク様に対する双子の第一印象だった。言動といい、服装といい、彼女からは荘厳さや神々しさよりも、ひどく屈折したものを感じる。

 

「きみが、『アマノジャク様』?」

「いかにも私がアマノジャク様だよ」

 

 少女はオルガの言葉に平たい胸を張って答えるのだが、やはり尊厳と言うか、重みを感じることができない。いろいろな意味で軽薄な少女を前に、双子は顔を見合わせた。

 

「さては私のカリスマ性に恐れをなしているな」

「いや、それほど」

 

 オルガが小さく飛び跳ねた。

 明らかによくないツッコミを入れかけたオルガの腿をマヤがつねっている。万一アマノジャク様の力が本物だったとして、へそを曲げられてはたまったものではない。

 

「……それほどでも、あるけど」

「そうだろう、そうだろう。くふふ、私には何もかもオミトオシなのだよ」

 

 明らかに苦し紛れのヨイショだったが、アマノジャク様には効果てきめんだった。

 

「ま。積もる話は私の部屋でするとしよう」

 

 すっかり落ち着きを取り戻した生徒たちが彫像のように並ぶ大階段を登っていくアマノジャク様の後に双子は続く。

 

「そうだ」

 

 階段の中頃で、アマノジャク様は思い出したように手を打った。

 

「改めて名乗るが私の名前は鬼人正邪。特別に気安く呼ぶことを許してやるからありがたく思え」

 

 ◆◆◆

 

 はなしは数時間前に遡る。

 骨董ものの古下宿屋早稲川層の一室にて、キョーコは壁に背を預けていた。

 むっとする熱気が立ち込めた室内で窓も開けず、明かりもつけず、肩口で切りそろえられた黒髪に垣間見えるうなじを汗がしっとり濡らしている。

 

「どうしようかなあ。これ」

 

 彼女の視線は対面の壁に立てかけられたカタナに向けられている。結局まだ勇儀の汗がこれでもかと染みたツナギでラッピングされたままのマヌケな姿ではあるが、研ぎ澄まされた刃の放つ妖気が却って増したようにも感じられる。

 

「キョーコちゃん、いるかい」

 

 ちょうどキョーコの全神経がカタナに集中した瞬間を狙ったように部屋の薄戸がノックされたので、部屋の主は驚きのあまり床から一センチばかり飛び上がっていた。

 

「お。いたいた」

 

 ぶしつけにドアを開けて、いつものドテラを着込んだ風間が顔を出した。

 早稲川荘のセキュリティは素人草野球チームの外野手並みにへぼい。唯一無二の玄関を守る鍵は便所のドアに付けるような簡素なものでしかないので、四、五回捻れば簡単に開いてしまう。

 

「か、か、カザマさん、乙女の部屋にいきなし踏み込むなんて、どういう了見ですか」

「いやあ。ノックしたぜ?」

「でも返事してなかったですよう。あぁ、ビックリした」

「はいはい。悪かったね」

 

 キョーコがよろよろと立ち直る間に風間は室内に視線を放り込んだ。目が痛くなるような風景が広がっている。

 

「これが乙女の部屋ねえ」

 

 板敷きの上に敷かれたゴザの四隅は古い教科書やタンスで押さえられている。

 天井から覆いもなくぶら下がった裸電球は夏の熱気の中だというのに寒々しいことこの上無く、簡素過ぎるちゃぶ台や万年床を見るに、予算のない劇団の舞台セットじみている。

 おおよそ乙女というファンシーな言葉とは結び付かない殺伐とした空間にうっすら漂う杏のようなキョーコの香りと壁際にかけられた制服が無ければ、男の部屋と言われたほうが納得いく。

 

「うーん。絶望と貧乏のにおいがするな」

 

 改めて鳴無王国の絶望的な財政状態に戦慄した風間を、恥ずかしそうにキョーコが部屋の外に追いやった。

 

「ちょっと、もういいでしょう。行きますよ」

 

 当然のように鍵を閉めずに廊下へ出てくると、キョーコは風間と並び立って歩いた。

 

「今日、ゆーぎはいないんですね」

「あいつは今日も監督ン所で交通誘導のバイトだよ。ゆっぴーはデカいからよく目立つんだとさ」

 

 色々と派手な勇儀が目立つのは別に身長のせいだけではないような気がしたが、キョーコは黙っておくことにした。

 

「ゆーぎが頑張ってるなら、わたしも頑張らなきゃですよね!」

 

 と、鼻の穴を広げて言ったそばからキョーコは表情を曇らせていく。

 

「頑張らなきゃ。頑張らなきゃなんだけどぉ……」

 

 すっくと背筋を伸ばした姿勢から徐々に前かがみになっていく姿は、猿から人類への進化の歴史を逆回しに見ているようであった。

 

「おいおい、浮き沈み激しすぎるだろ」

 

 近くのブロック塀にヘトヘトとへばりつき、頭上にどんよりとした雨雲を漂わせ始めたキョーコの背後で風間は肩をすくめた。

 

「ま。気分がノらないのは分かるけどな」

 

 風間がキョーコのもとへ持ち込んでくるバイトはどれも信じられないくらい給料が良く、しかし決して長続きすることはなかった。

 それは決して環境が劣悪だったからではない。むしろ誰もが愛想よくキョーコを迎え、もとから人当たりの良いキョーコもすぐに職場に馴染んだ。

 そしてキョーコはすべてを破壊した。

 

「わたし、働くのヘタクソかもしれないです……」

 

 工事現場で人をおせんべいにしかけてから薄々感づいてはいた。ビル清掃でモップを持たせれば床をぶち抜き、居酒屋ではどうやったのか厨房が火の海と化した。

 

「やっぱ、体がイマイチかい」

「はい。前より不器用になったような気が」

 

 大狗との死闘で鬼の力に目覚めてからというもの、キョーコの体調はすこぶる良い。怖いくらいに。

 

「今朝はうっかりバスのつり革を握りつぶすところでした」

 

 シャープペンシルは芯がもたないのでエンピツに持ち替えた。携帯は羽で撫でるように操作しないとボタンどころか本体を握りつぶしてしまう。馬力が上がりすぎたせいで、ここ数日はまるでショベルカーに乗って日常生活を送っているような気分だった。

 

「あの、風間さん、わたしやっぱり今回のバイトは」

「すまん。俺が悪かった!!」

 

 これ以上迷惑はかけられんとバイトを辞退しかけた瞬間、風間が猛烈な勢いで謝り始めたのだからキョーコは目を白黒させるしかない。

 

「え、えええ。いきなりどうしたんですか」

「おっちゃんのプロデュースが少しばかり間違っていたんだ。許してくれ。そしてもう一度だけチャンスをくれ!」

「ぷ、プロデュースって何をですか」

 

 風間はキョーコの両肩をがっちりホールドする。

 

「もちろんキョーコちゃんに決まっているだろう」

 

 紹介するバイトがことごとく失敗に終わったことが余程彼のプライドを刺激したのか、その瞳には無駄な熱量とやる気がみなぎっている。正直怖い。

 

「気を悪くしないで欲しいが。正直キョーコちゃんのオツムは出来がちょっとアレだ」

「はぁ」

「それが例の馬鹿力を持っちまったんだから尚更たちが悪い。もうキョーコちゃんは運転手不在の上にブレーキのぶっ壊れた暴走機関車みたいなもんなんだ」

「はぁ。そう言われれば、そうかもしれないです」

 

 そこまで言って気を悪くするなという無茶振りをする風間も風間だが、そこで素直に頷いてしまうキョーコもキョーコである。

 

「だがキョーコちゃんは優しいし、何より器量よし子ちゃんじゃないか。今日はその線でいこうと思う」

「線って、どの線ですか」

「大丈夫もう何も心配するこたあない。きっとうまくいく。絶対うまくいく」

 

 風間は言いたいことだけ言って表通り目指して裏路地をずんずん歩いていく。それまで呆気に取られていたキョーコは小走りにその後を追った。

 


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