わたしはカミナリ   作:おぴゃん

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6『鬼人正邪と旧校舎王国(下)』

「いくないくな」と呼びかけるような雑木林のヒグラシの鳴き声はもう聞こえない。埃と湿気がわだかまる廊下で振り返ると、昇降口から差し込む光がぼんやりと滲んで見えた。

 

「確かめなきゃ」

 

 旧校舎に近寄るなという萃香の言葉を忘れた訳ではない。しかしアマノジャク様と正邪という鬼の関係をはっきりさせておきたかった。もし同一人物であった時、わたしは――わたしは、どうするのだろうか?

 

 答えが出ないままに辿り着いた階段は、一歩登るたびにきしきしと音を立てた。古いが、戦前に建てられたということを考えれば、相当モダンな造りだろう。木造の階段は幅が広く、ゆとりをもって設計された踊り場は西に向かって大きな窓が切られている。ガラスはすっかり白く濁っていたが、K市の歴史を映してきた古ガラスを通して差し込む夕日は、光を受けて舞い散る埃を粉雪と錯覚させるほど穏やかだった。

 

「来ると思ったよ」

 

 背後。階上からかけられた声に、キョーコは小動物のように驚いて飛び跳ねた。

 

「そう怖がってくれるな。取って食いはしない。誰であれ客は大事にする主義だし、お前には恩がある」

 

 踊り場と三階。数える度に段数が増えたり減ったりする逸話があってもおかしくないほど年代物の階段を挟んで、キョーコは正邪を見上げた。

 

「教えて鬼人正邪。あなたがアマノジャク様なの?」

 

 ◆◆◆

 

 受話器を耳に当てたまま、ミヨシは心配顔で首を横に振った。

 

「そりゃ繋がらないよな。こういう時ってよ」

 

 無精ひげにまみれた頬を風間はかきむしる。

 

「どこかに寄り道してるのかもよ。キョーコって、まだまだ子供でしょ」

「どうだろうねえ。あのよいこちゃん、遅れる時は律儀にミヨシに連絡してたからねえ」

 

 食堂の畳の上に転がっていた萃香が顔を上げると、泡盛のグラスを中途半端に傾けたままのポーズで勇儀は壁を睨んでいた。

 

「となると電話が届かない場所ってこと?」

「もしくは、電話できないような状況にいるかだな」

 

 双子の帰ったタイミングでこの状況。口に出さずとも、その場の誰もが嫌な予感を覚えていた。

 

「カザマっつぁん、クルマ回せるかい?」

「悪ィ。祭りの一件であのメスガキがへそ曲げてな、カギ取られた」

「そうかい。仕方ないね」

 

 勇儀は結局グラスに口をつけずに立ちあがった。全く、休日だというのに身も心も休まらない。

 

「おい、学校に乗り込むんなら俺たちも行くぞ」

「いいや。留守を頼む。あたしたちの取り越し苦労だってこともあるじゃないか」

 

 しかし勇儀の表情は硬い。彼女自身の言葉を否定しているようだった。

 

「あの子が腹空かして帰ってきて、誰もいなかったらそれこそ大事になるからね。任せたよ」

 

 食堂を出た勇儀の後を、ぺたぺたと裸足の足音が追いかけてきた。

 

「あんたもだよ、萃香。大人しく留守番しときな」

「私は誰の指図も受けないのさ。ついてくよ」

「あたしはただ、学校に様子を見に行くだけだ。鬼の出る幕じゃない」

 

 下足入れから安全靴を取り出して振り返ると、そこに小鬼の姿はない。

 

「むしろ、お留守番は勇儀の仕事だろう?」

 

 妙な聞き分けの良さに感心していた勇儀は、度肝を抜かれた。つい今しがたまで背後で話していたはずの萃香は、気づけばちゃかり靴を履いて門前の塀に背中を預けている。

 

「そんな体じゃキョーコどころか、自分の身だって守れやしないじゃない。何かあってからじゃ遅いんだし。黙って伊吹萃香サマを後ろにつけときなって」

 

 動揺を悟られまいと、何食わぬ食わぬ顔で勇儀が歩き出す。その沈黙を肯定と受け取って、萃香は大柄な後ろ姿を追った。

 

「キョーコは既にアマノジャク様と会っていた。なのに、どうして私達にそのことを打ち明けなかったんだろう」

 

 双子の話を聞く限り、二人の間には浅からぬ縁があるようだった。

 

「自分の目でアマノジャク様の正体を確かめるまで、誰にも手出しはさせない。あの子はそういうやつだろ」

「私の言いつけを破ってまで、か。寿命短そうだね、キョーコって」

「だから目が離せないんだよ」

 

 駅に辿り着いた勇儀は市電の時刻表を目でなぞる。と、折よく一台の車両が交差点の曲がり角からぬっと顔を出してきた。

 

「あんたも他人事じゃないって」

「あたしが?」

「その面倒見の良さは今でも好きだよ。だけど、力も記憶も失ったあんたにとって、それは危険なことなのかもしれない」

 

 こんな時だからだろうか。のろのろとレールの上を歩む電車が焦らしをかけているように勇儀の目には映る。

 

「私の中の勇儀は、今でも強い鬼のままだ。頭では分かっていても、体はそうじゃない。だから覚悟してほしい。あんたとキョーコと、同時に危険が迫った時、とっさに私があんたを助けるなんて期待しないことだ」

「構わないよ。キョーコさえ無事なら」

「へえ。どうしてそこまで入れ込むのさ」

 

 ホームに滑り込んだ電車に飛び乗ると、汗ばんだ二人の肌を冷やされた空気が撫でた。車内には彼女たちだけ。帰宅ラッシュの時間にしては不気味なほど空いている。

 

「あの子の傍にいるって約束したからね」

 

 二人の背後でドアが閉じ、市電は軽く揺れて進み始める。学校は、まだ遠い。

 

 ◆◆◆

 

「あなたがアマノジャク様なの?」

 

 キョーコ自身、馬鹿馬鹿しい質問だと思う。それでも本人の口から「そうだ」の一言を聞きだすまで納得したくなかった。弱り、追いつめられていた正邪と、アマノジャク様とを結びつけたくなかった。

 

「ふ――ふふふ。あはははははッ」

 

 しかし。

 

「ずいぶん下らないことを聞くんだな。だが、聞かれれば答えよう。縋られれば応えて進ぜよう。それが今の私だからな」

 

 教室から、階下から、巣を突かれた黒アリのように生徒たちが現れ、正邪の周りに集う。彼女たちの、王のもとに。

 

「家族に、血で結ばれたすべての姉妹に」

 

 兵隊のように整列した生徒たちの唇が、一斉に同じ言葉を口にする。

 

「そして私、アマノジャク様に」

 

 ばんざい。

 おどろおどろしい斉唱が旧校舎を揺らした。

 振り返ったキョーコは目を見張る。既に彼女の背後まで詰め寄った生徒たちの先頭に、顔面に絆創膏を張り付けた後輩たちの姿が見えた。

 

「これで満足したか?」

「…………どうして」

「質問攻めだな。まあいいさ。今日の私は気分がいい。なんたって、お前が自らの足でここに出向いてくれたんだからな」

「どうして、こんな酷いことをするの」

「ヒドい?」

「みんなの記憶を操って、人形みたいにして。それは悪いことだ。いけないことだよ!」

 

 質問の意味が分からないとでも言いたげに、正邪は口をぽかんと開けた。少しして、その口から、くつくつという笑い声が漏れ始める。

 

「教えてよ! なんでも答えるアマノジャク様なんでしょ!」

 

 耐え切れず、正邪が腹を抱えて笑い始める。

 周りの生徒も混ざった哄笑が、蝉しぐれのようにキョーコの頭の中でぐわんぐわんと反響した。

 

「お前は何かを勘違いしているな」

 

 正邪が笑うのをやめると、生徒たちも口を閉ざす。

 糸の切れた人形のように立ち尽くす様は痛々しく、物悲しいものにキョーコの目には映る。

 

「上がって来いよ。話はそれからだ」

 

 そっと、背中が押される。

 黒い海のように背後に迫った生徒たちを見れば、キョーコに拒否権がないことは明白だった。

 

 ◆◆◆

 

 階段を最後まで登り切ると、大きなホールに辿り着く。正邪の手によって窓が開け放たれると、雑木林の緑の香りを拾った風が、白いカーテンを舞い上げた。

 

「暑かったろ、こっちに来て風にあたれよ」

 

 いつの間にか正邪は奇妙なものを手にしていた。

 人の物とも獣の物ともつかぬ、奇妙な骸骨。額に切株のような一対の突起が見えるしゃれこうべを手に、彼女は眼下のグラウンドを指差した。

 

「セーシュンっていうものは残酷だな。強いものとそうでないものがはっきり区別されている」

 

 グラウンドの隅で部員から遠巻きにされ、用具を準備するチヅルの姿が見える。思わず食い入るように見つめるキョーコの太腿に見えるスマイリーマークを、正邪は視線で撫ぜた。

 

「弱者は必ず存在する。存在するだけで疎まれ、忘れられ。まるでこの旧校舎みたいだとは思わないか?」

 

 もの言わぬ生徒たちの列を、正邪は示す。

 

「こいつらもそうした弱者だ。抱えきれない悩みを持って、ウワサ話なんて不確かなものにすがって私のもとを訪れた」

「だからあなたは、その願いを叶える代わりに」

「いいや。私は願いなんて叶えちゃいない。実を言うと叶えるための力だってないんだ」

 

 キョーコの顔が余程面白かったのだろう。正邪は天井を仰ぐほど仰け反ると、大口を開いて笑った。

 

「私の力は物事を『ひっくりかえす』だけ。不安、不幸、不条理――私はこいつらのマイナスの気持ちをひっくり返してプラスにしてやっただけに過ぎん」

「そんなのって!」

 

 言いようのないムカつきを覚えて、キョーコは自分の胸元を掴んだ。アマノジャク様は奇跡なんて起こしてはいない。嘘で飾り立てた現実で目を眩ませているだけだ。

 

「そんなの、サギじゃないか」

「サギじゃなくて契約だ。私も幸せ、みんなも幸せ。それの何が悪いんだ。こいつらは記憶と自由、そして信仰、すべて自分の意志で差し出した。それをどう使おうが私の勝手だろう」

 

 正邪の弄ぶ骸骨がカタカタと揺れた。笑っているように、聞こえる。

 

「旧校舎は有意義に使わせてもらう。ここから私の下克上を始めるんだ」

「下克上?」

「来い、キョーコ。お前は嫌いじゃない」

 

 正邪は手を差し出した。

 

「ここ数日、ずっと見ていた。お前は私と同じ匂いがする。土の味を知っている本物の弱者だ。この手を取れ。お前を軽んじた部活に、学園に、世界に、ともに反旗を翻そうじゃないか」

 

 乾いた音がホールに響いた。

 

「――――そうかい」

「わたしは、よいこだ」

 

青白く輝くキョーコの指先で、紫電が閃いた。

 壁となった生徒たちが、二人の間に割り込む。振り払われた手を抱いて、正邪が下がる。

 

「よいこか。よいこ……本当、くだらない事にこだわるな」

「くだらなくなんかないよ。大事なことなんだ」

「憧れのセンパイと約束したから?」

 

 心臓を殴りつけられたように拍が飛んだ。

 しゃっくりのような音を立てて息を呑んだキョーコに向かって生徒たちが輪を狭めてくる。

 

「どうして……サキちゃんのことを知ってるの?」

「ウワサってのは怖いだろ。こいつらに聞いたんだ。何でも知ってたぞ」

 

 これで心を乱すなと言うのは、指を折られて痛がるなと言うのと一緒だ。サキの名前は、キョーコにとってあまりに重すぎる。

 

「ずいぶん仲が良かったみたいだな。常識から考えると、仲良くしすぎってくらいには。そこらへん、よいことしてはどうなんだ?」

「あの人とは、そういうのじゃ……」

「へえ。じゃあ、どうなりたかった?」

 

 見えない拳で殴りつけられるように、キョーコは後ろへ後ろへと後ずさった。

 

「教えてくれよ。女の子同士ってやつ、私にもさ。愛とか友情とか、そういうの、今まで興味なかったんだ」

 

 生徒の壁と一緒に正邪が前に進むと、キョーコはかすれた悲鳴を上げて後ずさった。

 

「よいこのお前は人を傷つけられない」

「で、できる。だってあなたは、悪い鬼だから。だから」

「萃香のことを忘れたのか」

 

 能力の覚醒。渇望にも似た衝動。肉を断つ生々しい感覚がよみがえってきた指先からは、既に輝きが失われている。

 

「そういばあのカタナはどうした。まさか捨てたんじゃないだろ?」

「持ってきてないよ。今日は話をしに来たんだ」

「あれを放り出してきたのか。そりゃよくないな」

「あのカタナは一体何なの。あれは、何をするものなの」

「答えてやりたいが、名残惜しいことに今日は時間切れだ」

 

 びょう、と勢いよく吹き込んだ風が、汗に濡れたキョーコの首筋は凍てつきそうなほど冷やした。いつの間にか窓際に追い込まれたキョーコが地面を見下ろすと、固くひび割れた地肌が何百メートルも彼方にあるように見える。

 

「鬼人、正邪……あなたは……」

「交渉事は最後の一押しが肝心って言うだろ?」

「せんぱい」

 

 キョーコの前に進み出たのは、顔の生傷が痛々しい陸上部の後輩だった。

 おそらく自分のやっていることですら理解できないのだろう。呆けた笑みを浮かべた彼女の両手が、キョーコの胸元に添えられる。暗雲が立ち込めたように真っ黒な瞳には、怯えた自分の顔が反射していた。

 

「おちて」

 

 ◆◆◆

 

 最悪のタイミングか、最高のタイミングか。

 雑木林をかきわけてきた勇儀たちの前で、旧校舎の三階から身を躍らせた人影があった。

 

「キョーコ!」

 

 まただ。どうしてこうなる。

 気付けば勇儀の体は全力で疾走していた。祭りの夜、キョーコを追って濁流に飛び込んだときのように。

 

 高い所からやたらと飛び降りるキョーコもキョーコだが、ボールを投げられた犬のように毎回彼女を拾いに行く勇儀も勇儀だ。

 

「待って。私が行く!」

 

 背後から萃香の声が聞こえたような気がしたが、構っている余裕はない。

 

「間――に――合――えぇッ!」

 

 キョーコの真下に滑り込んだ瞬間、細かいことはどうでもよくなっていた。三階から落ちた彼女を抱き留めた勇儀は、全力疾走の勢いも余って、もつれるように地面を転がった。

 

「キョーコ、しっかりおしよ」

「あ」

 

 額から滴った血がキョーコの頬を打った。

 口の中は砂ぼこりの味がしたし、残された腕もひどく擦り剝けている。

 

「ゆー、ぎ?」

 

 痛くないと言えば嘘になるが、キョーコの無事を確認した瞬間、またしても、それらはどうでもよくなってしまった。

 

「いやあ。ご立派ご立派」

 

 心底ほっとした勇儀に、耳障りが拍手が浴びせられる。

 

「あんたが鬼人正邪か。見下げ果てたやつだね」

「度胸だけじゃなく威勢もいいな。一体どこの鬼さんやら」

 

 三階の窓からわざとらしく目を凝らした正邪は、勇儀の姿を検めるにしたがって徐々に青ざめていった。

 

「お、お、お山の鬼のお歴々がどうしてここにいやが、いらっしゃるのでしょうか!?」

 

 怪訝そうにする勇儀。色めき立った正邪は手をぱたぱた振り回した。

 

「お山の鬼ぃ?」

「星熊勇儀に伊吹萃香と言ったら最強の鬼じゃないですか。こんな片田舎にお越しとは存じ申し上げござらん次第でして……」

「鬼退治だよ。とにかく下りといで。話はそれからだ」

「にしても随分と人が、いや、鬼が悪い。鬼が悪いモノなのは元からですが、こいつらが勇儀さんの身内と知っていればこんなことは――なんてしおらしくすると思ったか、ぶあーッか!!」

「にゃにおう!?」

「お前が記憶も力も無くしているのは先刻承知よ。抜け殻のあんたの何を恐れろっていうんだ!」

「おい、こっち来な。ぶっとばしてやるよ!」

 

 まさか正邪の猿芝居に騙されたとは思いたくないが、勇儀の煽り耐性の低さには萃香を呆然とさせるものがあった。野犬のように牙を剥いて威嚇する勇儀の横を抜けると、ひょうたんを背負った小鬼は校舎を見上げた。

 

「変わっちゃいないねえ。あんたがブレてないようで、なんだか安心したよ」

「お前らも相変わらずだな。とはいえ、いささか縮んだような気もするけど。何かあった?」

 

 束の間、萃香も正邪もある一点を見つめていた。ぐるぐると包帯で巻かれた萃香の腕を。

 

「さあてねえ。そんな高いところにいれば、何だって小さく見えるだろうさ」

「そりゃそうか。で、どうさ。そこらの天邪鬼にくりくりのつむじを見下ろされる気分は」

「私、そんなので腹立てないことにしたから」

 

 思ったような反応が得られなかったことに対する落胆をオーバーなため息で表現して、正邪はキョーコに目を戻す。勇儀に抱き留められたままの姿で、呆けたように視線を彷徨わせていた。

 

「お前に一日の猶予をやろう」

 

 すぐ隣にいた生徒の首に正邪が手を回した。彼女の唇の隙間から顔を出した舌は、ぞっとするほど赤い。

 

「明日の暮れ、お前が縦以外の方向に首を振ったらこいつに飛んでもらう」

「おい、正邪。あんた本気で言ってるのかい」

「黙れ勇儀。お前や萃香がここに踏み込んできた瞬間に全員飛ばしてやるからな」

「目を覚ましなよアマノジャク」

「あん?」

 

 萃香に水を差され、正邪は露骨に顔をしかめた。

 

「幻想郷はもう無い。分かってるでしょ」

「それがどうした。あそこが消えても遺恨は消えない。奴らが諦めるまで私は戦わなければいけない。叛逆し続けなければいけない」

「みんな外の世界で生きていくのに必死だよ。いまさら復讐にうつつを抜かすのは誰?」

 

 正邪の目はひたすらに醒めていた。まるで、熱心に読んでいた本のオチをバラされたような、そんな目だった。

 

「……見え透いた嘘だな。生憎私は天邪鬼。やめろと言われてやめるほどいい子でもないんでね」

「正邪、お前」

「この話はもう終わりだ。キョーコ、必ず一人で来い。あのカタナを忘れるんじゃないぞ」

 

 言いたいことを吐き捨てた正邪の後に続いて、生徒たちも窓辺から姿を消していった。最後にぴしゃりと音を立てて窓が締め切られても、三人は呆然と校舎を見上げ続ける。

 

「こ」

 

 恐る恐る鳴きはじめた蝉しぐれに包まれて、萃香が頭を掻いた。

 

「困っちゃうよねー、ああいうのはさー」

 

 おどけてもおどけても、空気は重くなるばかり。いい加減いたたまれなくなった萃香が走って逃げだしたくなったころに、息を吹き返したキョーコが口を開いた。

 

「教えて欲しいことがあるの」

「これからどうするか、でしょ。正邪のやつ、頭使わせるのはいい加減やめて欲しくなるよ」

「それもだけど。今はもっと、別のこと」

 

 キョーコは勇儀に肩を貸して立ち上がらせる。砂ぼこりにまみれた二人はわらびもちそっくりで、シリアスなキョーコの表情と相まって萃香を大いに困惑させる。

 

「わたしはそろそろ知らなきゃいけない。鬼人正邪のこと、幻想郷のこと。全部、教えて」

 

 

 

 第9話『鬼人正邪と旧校舎王国』おわり

 

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