第2話
現実とは小説よりも奇なり。という言葉がある。
それは、どんなおとぎ話よりも、現実の方が予想もできない事が起こるよ、というものを表す言葉だ。そんな誰でも知っているような事をわざわざ説明口調で考えているのはなぜか。それは、実際に自分の身に予想だにせぬ事態が起きたからである。
「どちら様ですか?」
自室にある化粧台の鏡に向かって、極力紳士に訪ねる。しかし、鏡の向こう側も同じく紳士な態度で……いや、この時点でもうひきつった顔、顔面蒼白で今にも死にそうな顔になってしまった。
ベタベタと顔に触れて、自分の形を確かめるも、鏡も同じように自分をまさぐっているのを見て、慌てて触るのをやめた。
「……嘘だといってくれ」
項垂れると同時に、頭を垂れる鏡に立つ誰か。見慣れた男の顔ではなく、すれ違えば目を引くだろう整った顔立ちと、一回り小さくはなったが無駄な脂肪など一切ない引き締まった姿、さらに言えば項垂れた際に見つけた、豊かな……胸。小さくなった体のせいで、ブカブカになった服から簡単に見えてしまうのである。
もしも、こんな女性に道中で会えたなら、取り繕った自分なんて道端に放り投げて、真っ先にアプローチするだろう。しかし、現実は非情である。
理想の女性を体言化したような彼女とは、『葉山隼人』である俺の今の姿である。
皮肉にも親から受け継いだ髪色は同じだった。
あれから数時間がたった。
本当なら家族に事情を話すべきなんだろうが、今俺は市内を歩いている。しかし、行く宛がある訳じゃない。どちらかと言えばさまよってると言っていい。それほどまでに、この数時間で自分は酷く憔悴していたのだ。
無断で母親が部屋に入ってきたので、慌てた俺は布団の中に逃げ込もうとした。その時、母は怪訝そうな顔を一瞬した。しかし、無表情に「ご飯冷めるわよ、早く仕度なさい」と言い出ていったのである。
いそいそと用意を終えリビングに降りた俺は、机に置かれた朝御飯を手に取る。ちらちらと母を見るが特段変わった様子もない。いつもの日常だった。
ひょっとすると、自分だけ女の子に見えてるのかもしれない。我ながらあり得ないと思うが、今の状況を考えるにそうでないと絶対におかしい。普段見慣れた息子に変わり、突如謎の女性にすり変わっている。驚いてもおかしくないのだ。
なのに母は普段通りに朝御飯を食べている、つまりは他の人間には、俺はいつも通りの姿で映っているということ。
問題自体は解決していないが、問題としては現れていない。その可能性に少しばかりの安心を覚える。それに、自分だけ女性に見えて、他人には普段通りに見える。こんなヘンテコな事なんてありはしない。夢でしか、あり得ない。
ふぅ、と一息つく。その様子を見ていたのか、母が尋ねた。
「何かあったの?」
「いや、大丈夫だよ。なんとかなりそうだから」
「そう、ならいいわ。でも、さっきからアナタ、浮かない顔ばかりしてるわよ」
顔にまで現れていたのか。油断した。慌てて笑顔に戻す。
「アナタって、賢いけど昔から無茶ばかりして一人で抱え込むから。たまには人にも頼るのよ?」
にこりと笑い、頭を撫でられる。肌触りがよくて気持ちが落ち着く。いつもは忙しく動き回る母だが、稀に見せる優しさに思わず甘えてしまう。何でこんなことになっているかは知らないけど、少しばかりは悦に入っても許されまい。
「母さん、ありがとう」
「いいのよ、貴女は私の娘ですもの」
え?