ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――通り過ぎて』   作:鍵のすけ

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初めまして。フチタカと申します。
ここはクールに言葉少なで本編をどうぞ、と言いたいと思います。

では。本編を、どうぞ。


幸せを幸せと気付けたら 【フチタカ】

 綺麗に洗濯され、果南の手によって干されていたダイビングスーツを一着一着取り込んでは左腕にかけた。然程細かいことを気にするタイプでは無いサバサバした体育会系のクセに、商売道具に対しては几帳面かつ丁寧な友人の顔を思い浮かべて注意深く運ぶ。

 

 日常。

 

 海風に乗って手拍子と張りのある掛け声が届く。浦の星女学院のスクールアイドルAqoursの練習風景。今日は近所の砂浜での基礎トレーニングプラスアルファの日らしい。別段興味があるわけでもないので一瞥するに留めておいた。

 

 日常。

 

 左腕に取り込んだ洗濯物を乗っけたまま倉庫のドアノブに手をかけた。潮風で僅かに錆びた金具がギィ、と耳障りな音を立てる。俺は構わずにノータイムで右手を回しきり、躊躇いなく扉を開いた。ドア底とコンクリート床の隙間に入り込んだ砂が擦れて悲鳴をあげ……

 

 

「きゃああああーーーー!!!」

 

 

 暗喩ではない。

 リアルな悲鳴が轟いた。

 

 

「ちょ、ちょっと! わたくしが今……」

「…………」

 

 

 薄暗い倉庫の中でも分かる艶やかな黒髪。

 驚きに染まるエメラルド。

 理由は分からないがどこかエロさを感じさせる口元のほくろ。

 

 そして――。

 

「ダイヤ。その、何というか……」

 

 

 吸い込まれるようにして目に入ったのは彼女の――裸体。

 

 

「……っ! 良いから、今すぐに出て行きなさいーー!!!!」

 

 

 すぐさま飛んで来る何やら硬そうな倉庫の備品とお嬢様の怒声。俺は冷静に扉を閉めて難を逃れる。この状態のダイヤには何を言っても無駄だってことは経験上よく知っていた。

 俺は折角取り込んだダイビングスーツが汚れないようにゆっくりと、浜砂を巻き上げ無いように後ずさりした後、盛大に溜息を吐く。

 

 

――はぁ……、また片付けるモノが増えた。

 

 

 きっとそれは少しズレた感想だとは思うけど。

 

 

 これもまた――俺の日常だ。

 

 

 

 

 

ラブライブ!サンシャイン!! アンソロジー 

 

 

 

【幸せを幸せと気付けたら】

 

 

 

 

 

「今日という今日は許しませんわー!!」

 

 練習着に着替え終わったダイヤは顔を真っ赤にしたまま、更衣室代わりに使っていた倉庫から飛び出して来た。そのままツカツカと俺のもとに走り寄ってくると、ビシっとナイフを突き付けるかのような勢いで人差し指を鼻先に向けてくる。

 その頃には彼女の悲鳴を聞きつけたAqoursのメンバーも集合を終わらせていた。

 

「またやったの?」

「あぁ」

 

 小声で囁いてきた果南に頷き返して、未だに持っていた洗濯物を彼女に渡す。なんだか汚れそうな気がするから。

 他のメンバーも俺と果南のやり取りを見た後、合点が言ったように一斉に頷くと談笑を始めた。梨子や花丸、ルビィは呆れた様子で。千歌や曜、鞠莉は心なしかワクワクしながら俺たち二人を見ている。性格って出るよな、表情一つで……。

 

「一体どうしてノックをしませんの!?」

「いや、片手塞がってたし、そもそも倉庫に人が居るなんて思わないし……更衣室で着替えれば良いだろ? なんでアソコにお前が居るんだよ。アソコでアソコを見ることになるなんて誰が思うってんだ」

「この男、最低ですわ!」

 

 俺はダイヤの剣幕に負けないようハッキリと言い返した。

 別に俺に落ち度があった訳じゃないからな。責められる言われはない。

 

「お客でも無いわたくしが、お店の更衣室なんて使えるわけがないでしょう!」

「真面目か! こんな平日夕方に客なんて来るわけ無いだろ、この錆びれかけたダイビングショップに。海での商売なのに錆びるって……潮風のせいか! 皮肉過ぎるわ!」

「あの~、さらっとお店のことディスるの止めよっか。君、一応ウチのバイトだからね?」

「絶対お客さんが居ないと分かってても通すべきスジというのがあるのですわ! 絶対お客さんが居ないと分かっていても!」

「ダイヤも、二度言う必要なかったと思うんだけど……」

 

 果南が複雑そうな表情で口を挟んできている気がするが、今はそんな事問題ではない。理不尽な文句に対して堂々と迎え撃たなくては。相手が女の子だからといって引いていてはそのまま蹂躙される。

 俺はその事実を骨の髄まで叩きこまれていた。

 

「オーケーオーケー。二人の言い分はよーく分かったわ! Settle down ケンカせずに落ち着いて話しあいましょ?」

 

 流石に見かねたのか、意外に周りの見れる鞠莉が仲裁に入る。

 

 しかし。

 

「そうは言っても鞠莉さん! わたくし、流石に我慢の限界ですわ!」

「Umm……ダイヤの気持ちも分かるけど」

「んだとコラ。俺にばっかり原因があるような言い方は納得出来ない!」

「貴方に原因があるんですのよ!」

「はぁ? 不幸な事故みたいなもんだろ。わざとじゃないし」

 

 俺のそんな台詞にダイヤが再び吠える。

 

「わざとじゃないですって!?」

「あぁ!」

「貴方、自分が何度わたくしのは、は……裸を見たのか覚えてますの!」

「んな回数記憶してるわけないだろ!」

「なら聞き方を変えますわ! 貴方、こういう事件を起こしたのは何日ぶりですの!?」

「……ミッカブゥリディスか?」

「そう! ミッカブゥリですの!!」

 

 鞠莉が心の底から釈然として無さそうな目で俺たち二人を見てるが、一旦放置。

 

「どうしてこうも短期間にしょっちゅうしょっちゅうこういうことが起きるのか! それは貴方に原因があるに決まってますわ!」

 

 鼻息荒くダイヤは捲し立てるとかなりおっかない形相で睨みつけてきた。

 確かに、俺の身にかなり頻繁にこんな現象が起きるのは事実だ。他のメンバーも何か言いたげに軽く頷いてこちらを見ている。

 

「あはは! 確かに、先輩といるとエッチなことがしょっちゅう起こるよね~」

「千歌さんの言うとおり。実例を挙げたらキリが無いずら」

「さながら世界中の幸運を身に受け生まれた天使……堕天使ヨハネの最大にして最強の敵。……毎回本当に恥ずかしいです」

 

 千歌に続いて花丸が、そして善子までが口々に零す。

 

 む……。

 さすがに後輩に言われては強く言い返せない。確かにその通りではあるし。

 

「で、で、でも……先輩はわざとそんな事する人じゃ無いってルビィは……」

「確かに、私達に原因があることも多いよねー」

「一概に彼が悪いとは言えませんね」

 

 一方、フォローに回ってくれた一個下と二個下も居た。

 ルビィは少し緊張した面持ちで俺をチラリと見た後、実姉に恐る恐る声をかけてくれる。良い子だな、この娘。……全然正面切って話したこと無いけど。

 

「お、おおお姉ちゃん。あんまり怒らないであげて?」

「ルビィ……。そうは言ってもですね……」

 

 妹に言われると流石に効くのか、少しトーンダウンしたダイヤだが依然としてキツイ視線を俺に向けて飛ばしてくる。やはり、男に裸を見られるというのがどうしても許せないのだろう。お嬢様家の長女のプライドとやらだろうか。

 

 因みに、俺はこの間堂々とその視線を受け止め、ついでに睨み返している。

 そんな俺の様子を見て果南は相当深い溜息を吐いた。

 

「相変わらず、ウソでも謝らないんだね」

「女の子相手に一歩でも引いたらそのまま押し切られるからな……」

「五姉弟の末っ子長男のトラウマかぁ」

 

 俺の家庭の事情を知る彼女は困ったように笑ってかぶりを振った。

 一番上は十、直近の姉で三つ。年の離れた姉四人に囲まれて育った俺には一つの習慣が染み付いていた。

 

――不用意に謝ったが最後、骨の髄まで吸い尽くされる。

 

 ケンカでも何でも、弱みを見せた瞬間女というのはこっちを狩りに来るのだ。十八年間そんな魔境で育った俺に、自分が全面的に悪い場合以外で女相手に引く習慣など無い。付け上がらせてしまったら最後だってことをよく知っているから。

 

「あぁ! もう、やっぱり腹が立ちますわー!」

「そりゃこっちの台詞! この時間バイト代出ないんだからな! 果南が見てるせいで!」

「そんなの、後で交渉したら良いじゃないですの!」

 

 金銭感覚が庶民とズレたお嬢様が無茶を言う。

 

「何言ってんだ! ただでさえ経営苦しいこのダイビングショップのオーナーに余計なバイト代請求できるか! 親父さん干からびちゃうよ! 目の前はこんなに水で一杯なのに!」

「だから、今ウチのお店関係ないよね?」

「干からびちゃったらミカンを食べれば良いんだよ!」

「お願いだから、千歌は静かにしてて」

 

 余計な口を挟む千歌と、一応ツッコミを挟んで来る果南は当然無視。

 ダイヤはやはり腹の虫が収まらないのか、再び腰に手を当てたまま悠然と俺に近づいてきてこちらを睨む。女の子特有の甘い匂いが潮風で揺れる黒髪に乗って鼻腔をくすぐるが……姉達のせいで嗅ぎ慣れすぎて何の感慨も湧かなかった。

 

「もちろん、この殿方の起こす数々の事件も許せませんわ。本当、ふらちな……」

「プラチナ?」

「違います! 私の名前と合わせてポケモン第四世代の話をしている訳ではありません! 不埒な、と言いましたの!」

「え、じゃあパールは?」

「……これ以上話の腰を折るなら、バールのような物で殴りますわよ?」

 

 小声で囁くようにして零した一言にも律儀に反応してくれる生徒会長。

 

「良いですか、言いたいことは別に有ります! よくお聞きなさい!」

 

 ギラリ、と彼女の両目に怪しげな光が宿る。

 

「わたくしが一番腹が立つのは……」

 

 

――交錯する視線。

 

 なんだコノヤロウ。

 言ってみろ。

 

 

 

「わたくしのは、は、裸を見ておきながら……どうしてそう冷静なんですのーーー!!!」

 

 

 

 今日何度目か分からないダイヤの怒声が水平線に溶けた。

 

――だから、姉のせいで女の子にも裸にも……いろんな感触にも。幸か不幸か慣れてしまってるんだって。

 

 俺は小さく溜息を吐きながら説明する。が、当然ながら受け入れては貰えなかった。

 

 

 

 もっとも、譲歩して謝ることも無かったけどな。

 

 

 

***

 

 

 

「もう、次は気を付けなよー? ダイヤ宥めるの大変なんだから」

「あぁ、分かってるって」

 

 数時間後、果南は練習を終えそして俺は店の雑用をほとんど終わらせて倉庫の掃除をしていた。ダイヤが暴れたせいで、壊れたものは無いが余計に散らかってしまっている。

 

「あの後、皆で話してたんだ」

「え。俺の話?」

「うん。そろそろ本気でダイヤの言う所の『不埒な事件』を無くして行かないとダメだって。まぁ、ダイヤ一人が本気で、他の皆は遊び半分ってノリだったけど」

 

 果南はちらっと俺を見ると、薄っすらと微笑んだ。

 

「昔からだもんね」

「まぁ、そうだな」

 

 幾度と無く繰り返した……不本意ながら『不埒な』事件達。

 裸を見るなんてよくあることで、触ったり触られたり嗅いだり嗅がれたりうずめたりうずめられたり乗っかったり乗っかられたり揉んだり揉まれたり噛んだり噛まれたり抱きしめたり抱きしめられたり摘んだり摘まれたり擦ったり擦られたりくっついたりくっつかれたりしゃぶったりしゃぶられたり舐めたり舐められたりと散々な青春時代を過ごしてきた。

 もっとも姉さん達のせいでそれらの出来事は毛程も俺の琴線に触れないのだけど。

 

 俺は溜息を吐きながら手に持った箒を果南の背後にある掃除道具入れに返そうとして、

 

「おっと」

 

――盛大に躓いた。

 

「……昔からだもんね」

「…………」

 

 流れるような動作で果南を巻き込んで腕に抱き、積まれたダイビングスーツの山に突っ込んだ。スーツもきっとびっくり仰天してるだろう。よもやダイビングされる側になろうとは。

 俺はせめてもの思いやりを見せて自分が下敷きになるように体重移動を済ませており、練習後の少し湿ったTシャツが頬に押し当てられた。俺くらいになると、この布越しの感覚が彼女の双丘だって事はすぐに分かる。

 

「この場合は……私は悪くないよね?」

「まぁ、その何ていうか……六対四くらいで俺が悪いかな、程度の」

「あ……んっ」

 

 なんだこの声!?

 唐突に上がる甘い嬌声に驚いて顔を上げると、頬を朱に染めて吐息を漏らす果南が居た。

 

「う……薄いからあんまり喋らないで」

 

 話を振ってきたのはお前だろ。

 

 俺は黙って彼女の身体を支えながら立ち上がった。結構身長が高く、出るトコ出てるくせに妙に華奢なバイト先の友人。やはり女の子の身体というのは不思議だ。

 果南は自分の胸を抱くようにして一歩後ずさりしながら呼吸を整えている。

 

「さすがに、十対〇で君じゃない?」

「いや、俺と同じ空間に居ることを許したお前にも原因が……」

「確かにそうかも……」

「いざ納得されると凄い罪悪感湧いてきたんだけど」

 

 や、本当にワザとじゃ無いからな。

 俺は一応申し訳無さそうな視線だけは彼女に送っておいた。

 

「それに、ダイヤじゃないけど……」

 

 果南は珍しく不機嫌そうな様子で俺を睨む。

 

「よく、女の子の胸に顔埋めて置いて冷静でいられるよね……」

 

 またそこかよ!

 

 起こしてしまった事件に関して触れなくなってる辺り俺たちは既にどこか一般的な感覚から離れてしまっているらしい。

 まぁ、実際何一つ心が動くことは無いのだが、さすがにココで無関心を貫き通すというのも果南に対して失礼ではあると思う。姉さんは『胸なんて減るもんじゃないんだから揉ませてあげればいいのよ! 男なんてそれでイチコロなんだから』って言ってた気がするけど、目の前の同級生はそんなタイプでは無いハズ。

 

「いやー、でもやっぱり……」

「もういいよ、何とも思ってない事くらい良く知ってるから」

「何人もの胸に顔を埋めてきたけど、君のがいっちばん良いね」

「……はぁ。今日のバイト代減給」

 

 なっ!?

 

 呆気にとられる俺に一睨みくれると彼女はやはりどこか不機嫌そうな表情を浮かべて踵を返す。乱れたダイビングスーツを直さず倉庫から出ていこうとしているあたり結構怒っているらしい。

 俺はその空気を敏感に感じ取って慌てて追いかけた。

 

――このままじゃマジで減給!

 

「お祖父ちゃんに、君に倉庫でイタズラされたって言っておくから」

 

――よりやべぇ! 太平洋のど真ん中に捨てられる!

 

 より危機感のボルテージを上げて俺は走りだし……。

 

 

 特に何もない平地で躓いた。

 

 

 ……日常。

 

 

「ひぁっ……」

 

 

 驚きからか、僅かに掠れた悲鳴。

 抱き寄せた腕に彼女の体温が移る。

 そして、右手には慣れ親しんだ感触があった。

 

 俺くらいになると分かる。

 これ――果南のおっぱいだ。

 

 なるほど、別に何も感じないわけではない。ダイビングや日頃の練習で引き締まった肢体に、年長組だからか不思議に漂う大人の色香。シャツ越しかつスポブラに包まれていても分かるそれの柔らかさと、形の良さを俺は右手で完璧に把握した。

 

 

「……ほんっと、昔からだもんね」

 

 

 噴火前の火山を彷彿とさせる声の震えと、伏せられた瞳。

 

 

 

 

「さ……三十三対四で俺が悪かっ……」

「――――――!!!!」

 

 

 

 

 そこからの記憶は、特に残っていない。

 ついでに、バイト代も出なかった。

 

 

***

 

 

 

「で、何?」

 

 後日、俺は果南に近所の呼び出されていた。そこには既にAqours全員が集合しており何故か学年別に綺麗にグループ分けされて立っている。

 

 ザッ。

 問いかけながら一歩前に進むと、露骨に身体を跳ねさせて反応した娘が居た。

 

「ダイヤ、流石に近づくだけでビックリされると傷つく」

「う……申し訳ありませんわ。で、でも、貴方なら何もない所で転んで抱きついてくる、位のことはするでしょう!」

「絶対しない!」

「いや、こないだ私にやったばかりだけど」

 

 そういえばそんな事もあったっけ。

 

「貴方を呼び出したのは他でもありませんわ! 今日こそ、その変態スケベ体質の矯正をさせて貰います!」

「変態は良いけどスケベはやめろ!」

「そっちは良いんですの!? ……というか、もう! 話が進まないので黙っていて下さい!」

 

 矯正っつっても、一体どうするつもりだろうか?

 我ながら、生半可なことで俺の体質は治らないと思うんだけど。

 

「それはやってみなくては分かりませんわ! 私達Aqoursが学年別三チームに分かれ、今日一日で貴方のそのド変態特性を矯正して差し上げます!」

 

 ビシィッ!

 

 潮風を切り裂く勢いでダイヤは得意気に俺に向け人差し指を振り下ろした。

 

「ふふっ。これで今日以降、貴方にリズムを狂わされる事は……」

 

――瞬間。

 

 俺は自身の前髪があらぬ方向に散り、流されるのを感じる。ロン毛、とまではいかないものの強風が吹いた時は当然ヘアスタイルも崩れるし、視界も揺れる。

 慌ててオールバックにする要領で前髪を描き上げ、視線をダイヤに戻すと――。

 

「きゃっ……」

 

 白いワンピースのスカートが、潮風に巻き上げられる瞬間をバッチリと視認した。練習着ではなく、普段着で来てしまったのが彼女の運の尽きだったのだろう。

 純白の下着の、フリル部分までしっかりと確認出来た。

 

 当然、慌てて抑えこんだものの後の祭り。

 スラリと伸びた肢体のもっと根元の部分は完璧に俺の脳内簡易記憶貯蔵庫に保管された。もっとも、大して重要な記憶ではないのでしばらくしたら消去されるとは思うけど。

 

「み、見ましたの?」

「白」

 

 キッパリ断言。

 なぜなら、俺に落ち度は無いからな!

 

「絶対許しませんわーー!!!!」

「おお、お姉ちゃん! 落ち着いてぇ~!」

「ダイヤさん……結構えっちな下着履いてるんだね!」

「千歌ちゃーん、余計なことは言わないでおこうか」

 

 騒ぐ姉妹と相変わらず若干ズレた感想を残す千歌と一応ダイヤに気を使って彼女を咎めておく曜。俺は腕組しながら彼女がいつものように怒鳴り攻めてくるのを待っていた。

 

「前回に引き続きまたやりましたわね!」

「フツカブゥリディスか?」

「フツカブゥリですの!!」

 

 シャイニー!が口癖の鞠莉の表情が皮肉にもクラウディー。

 無関係な場所でイジられてる分会話に入っても来れないのが辛いらしい。

 

「だから、お前がスカートで来るのが悪いんだろ?」

「お気に入りの服で外出するのがどうしていけないのです!?」

「俺と会うって分かってるんだから」

「だからこそ……! じゃなくて、一理ありますわね」

「いや、同意されるとやっぱり申し訳ない気持ちに……」

 

 ダイヤは怒りが収まらないのか地団駄を踏んでいる。

 

「ですが。よ、よりにもよってわたくしの、下着を……」

「まぁ、前回裸見られたって考えればいくらかラクに思えて……」

「貴方だけにはそんな慰め言われたくないですわ!」

「そんなに言うなら俺のパンツ見せてやろうか? それでおあいこだろ」

「そんな粗末なもの見たくありません」

「誰の〇〇〇が粗末だコラァ!!」

「そんなにハッキリ言ってませんの!」

「言っておくがな、俺のソレはスイートポテトの如く太く逞しくてほんのりと甘く……」

「妹の大好物で汚らしい物を例えるのは止めてくれませんこと!? 貴方のソレなんて、所詮ポテトフライの如く細くてカリっと……」

「お、姉ちゃん、それもルビィの大好物……」

 

 白熱する論争と何故か巻き込まれる黒澤(妹)。

 

「はい。下級生はちょっと離れとこうね」

 

 果南の判断で俺とダイヤの罵り合いは下級生に悪影響を及ぼすこと無く収束に向かっていった。

 

 

 

***

 

 

「ヨーソロー! それじゃ、まずは二年生の出番だよ!」

 

 誰が早漏だコノヤロウ。

 そのツッコミを必死に飲み込んで俺は千歌、曜、梨子の三人を見ていた。どうやらこれから順繰りに俺の変態体質を矯正する作戦を実行していってくれるらしい。

 

「私達が考えた作戦のコンセプトは……」

 

 梨子は特にこの話題に興味があるわけじゃないのだろう、若干冷めた雰囲気を漂わせてはいるもののチラリと同級生二人を一瞥して声を張ってみせた。

 どうやら悪い友人二人はノリノリらしい。

 

「アクシデントに、自分達が対応する。です」

「私達、考えたんですよ。先輩をどうにかするよりも、千歌達が先輩のおこしてしまうアクションに対して的確なリアクションを返せばいいんだって!」

「つまり、上手く先輩のスケベに対応しようって事ですね! 迎え撃つ、防ぐ、逃げる! 大きく分けて三つのパターン! ヨーソロー!」

 

 なるほど、俺じゃなく向こう側に耐性や処理能力を付けるってことか。俺は納得して頷く。そしてニヒルに微笑んでみせた。

 

「ふふ。果たしてお前たちに止められるかな? 俺のスケベを」

「私は、警察に連絡するのが一番だと思ったんですけど……」

 

 梨子、それだけはやめてくれ。

 

「と、言うわけで!」

 

 何が楽しいのか、弾む声。

 千歌は太陽のような笑顔を見せてくれた。

 

 

「先輩! 準備は出来てるので、えっちなことしてきて良いですよっ!」

 

 

 …………。

 

 あぶな。鼻血出るかと思った。

 

「千歌ちゃん、流石に言い方が誤解を招き過ぎるよ」

「え? 何で?」

 

 その通り。曜、ちゃんと言い聞かせておいてくれ。

 

「いざ、改めてそういうことしてくれって言われたら困るんだけどな」

 

 何度も言うが、あくまで俺が起こす不埒な事件は俺の意図するものでは無い。あらゆる偶然が絡まり合ってああいった出来事に繋がっているだけで、望んでいるわけでは決して無い。

 だから、やってみてと言われて出来るような事じゃないんだけど……。

 

「いつもみたいに何もない所で躓いてもたれ掛かってきて下さい! 私が迎え撃つので! 梨子ちゃんはわざとスカートを履いてめくられないように注意、曜ちゃんは逃げる準備をしてますから!」

 

 千歌は既にファイティングポーズを取りながら聞こえ様によってはヤバ目の内容をさらっと口にしてみせた。

 

「この日のために動画でボクシングの試合沢山見て来ました!」

 

 そう言いながら彼女はシャドーを始める。

 いや、サマになってるけどさ。ソレ、俺を暴力で処理しようとしてるよな。

 

 俺はじっと千歌を眺めた。

 

「えへへ。えいっ、えいっ!」

 

 彼女は何故か妙に楽しそうに笑いながら交互に拳を突き出しては、無駄に飛び跳ねていた。肩まで伸びた明るい髪が跳ね、うっすら滲んだ汗が首筋を垂れる。

 男を意識しない彼女らしい部屋着兼用の私服、やわらかな布地越しに発育の良い胸が弾むのが見て取れた。当然、シャドーボクシングの動きに短パンが対応できるわけもなく、飛び出したシャツが揺れちらりと腰や見えちゃいけないはずの布地さえ目に入ってくる。

 

 ふむ……薄ピンクか。

 

――もしかして、コレ。

 

 

「ち、千歌ちゃん! マズイよ! 先輩の能力が既に発動されてる!」

 

 

 どこのバトル漫画!?

 曜! 誤解を招く言い方するな!

 

 というより、この件に関しては俺は何も……。弁明しようとした矢先。

 

「千歌ちゃん、着崩れてるからちゃんと……きゃあっ!」

 

 突如、巻き起こった海風がわざとスカートに履き替えていた梨子を襲う。今の今まで裾に手を当てて鉄壁の防御を示していたはずが、早くも千歌が陥落してしまったことに驚いたせいでガードが緩んでしまっていたのだ。

 神風はその一瞬の隙を逃さない。

 シンプルな縞柄の下着が網膜に焼き付いた。

 

「か、風をも操るの? 将来船長になったらスカウトしたい……」

 

 ほんとにそんな能力あるならお前んトコに就職してやるけどな。無事故どころかちょっとした危機すら訪れない平和な航海を約束することが出来そうだ。

 

「曜ちゃん! 私たちのことは良いから早く逃げて!」

「そうよ! もう、貴女だけしか残ってない!」

「ごめん、千歌ちゃん梨子ちゃん。私……行くねっ!」

 

 ぼうっと見守る俺の前で三文芝居を繰り広げ、曜は涙を拭く素振りを見せる。そして残りの二人の声援を受けて、力強く大地を蹴り、しなやかな筋肉が伸びを見せ。

 

 

 結果――。

 

 

「いっったぁーーー!」

 

 

 コケた。

 当然、俺に背を向けて転んだせいで見せたくないものは捲れたスカートからバッチリと。

 

 曜達は恐る恐る俺を見上げ、声を揃えて零した。

 

 

 

『さすが、先輩……』

 

 

 

 俺は何もしていない。

 

 

 

***

 

 

「次は、一年生チームか」

 

 仲良し三人組に視線をやると、揃って一歩後ずさり。先の二年生の結果を目の当たりにしてしまったせいか完璧に腰が引けていた。二つ年下の女の子にこうまでビビられるのは流石に淋しいモノがある。

 

「ま、マル達じゃどうしようも無い気が……」

「あの高等魔族を打ち負かすにはまだ時期尚早のような気もするわ。しもべ達の魔力を十分に増幅させてからでも遅くない……というか、本当、止めましょう?」

 

 花丸と善子に至っては完全な降伏宣言。

 しかし、ルビィはまだ諦めていなかった。

 

「で、でもここで諦めたらお姉ちゃんが……」

「だけど、マル達、何も作戦思いつかなかったでしょ?」

「そうよ、あの男は危険過ぎるわ」

「善子ちゃんが『呪いをかける』っていう意見しか出さなかったのも原因の一つだと思うずら……」

「なっ! ヨハネだけが悪いの!?」

「ふふ二人共、やめてぇ~」

 

 何やら揉めているらしい。

 特に会話に割って入る必要も無いため、じっと見つめていると俺からの視線を避けるように背を向けてコソコソと相談を始めてしまった。見守ること数分。一応意見が纏まったのか三人が顔を上げた。

 

 何をするのかと思えば、トコトコと俺の前に歩いてくる。

 

「あの、マル達、色々考えたんですけどなかなかいい作戦が無くて……」

「ふ、ふん。アカシック・レコードにも書いてない事が有るなんてね」

「で、ででですから、何かいいアイデアありませんか?」

 

 え、つまり。

 

――まさかの丸投げかよ!?

 

 予想外の一言に面食らってしまう。

 確かに、一年生組は全員どちらかと言うと消極的というかリーダーシップに欠けるというか。自分の意見は持っているもののそれを押せるタイプでもなく、特に拘りがない分野では人任せにしてしまう性質があり……。

 

 どうやら自分達じゃ思いつかないから先輩に任せよう、との事らしい。

 

「先輩にはありませんか? 女の子がこうだったら俺はこんなことにならなかったのに……みたいな」

 

 花丸が問いかけてくる。

 いや、まあ確かにそう言われると俺に委ねるというのは悪くない話かもしれないな。一番の原因は俺に有るわけだし。……いや、俺は何も悪くないけどね。

 

「そうだなぁ」

 

 顎に手を当てて宙に視線をやる。

 

 時折一年生たちの表情を伺うと、少し不安げに瞳が揺れていた。

 

 

――あぁ。

 

 

 可愛いな。

 素直に思う。半年前まで中学生だったあどけなさと、高校生になって少しだけ大人びた彼女たちの説明できないアンバランスな魅力。それを見て持つ感想は人それぞれだろう。

 大切にしたい、可愛がりたい、見守りたい。

 どれもよく分かる。しかし。

 

 俺はこう考えていた。

 

 

――いじりたい。

 

 

「善子……じゃなかった、ヨハネ。俺の力はどうして発動してしまうと思う?」

「ふぇっ? えっと、魔力の暴走というか、過剰な幸運というか……」

「違う違う。そもそもの原因の話! 花丸は分かるか?」

「お、オラ? うーんと、コケちゃったり、人が居るのが分からなくてドアを開けちゃったりするから、ですか?」

「いーや、違うね。もっと根本的な事。何がいけないんでしょう」

 

 ルビィも俺の意図していることが分からないのか考えこんではいるものの、悶々とした表情を浮かべている。

 

「分からないか? 後輩たちよ」

 

 コクリ、小さく頷いた一年生に俺は出来るだけ厳粛に告げた。

 

 

 

「キミ達が、服を着ているからだ」

 

 

 

 その場に居る全員の表情が凍りついた。

 少し離れた所でダイヤがなにやら騒いでいるが、鞠莉に取り押さえられている。どうやらもう少しくらいは泳がせてくれるらしい。悪ノリシャイニー理事長に感謝しつつ俺は話を続けた。

 

「風が吹いてスカートが捲れるなんて、そもそもスカートはいてなきゃ起こらないだろ! 先輩はそう思うんです」

 

 ハナから全裸なら何の問題もない。

 そうだろう。そうに違いない。

 

「そんなわけで、とりあえずキミ達は上から順番に脱いでいこうか」

 

 ばちこん、とウィンクを決めて一年生たちに提案。

 しかし、何故か納得いっていない様子でルビィが言う。

 

「でで、でも、流石にそれは恥ずかし……」

「頑張るビィ♪」

「ルビィの決め台詞こんな所で使わないでぇ!」

 

 良いから早く!

 俺は半ば強引に急かしてみせた。

 

 三人は頭の中では明らかにおかしい事に気付いてはいるものの、俺が先輩であることと謎の勢いに押されて両手を上着のボタンにかけた。もちろん外すスピードはゆっくりで、二つ緩めた時点でほぼ停止した。

 彼女たちが顔を赤らめながら零す。

 

「ま、マルやっぱりコレはおかしいって思うんですけど……」

「善子ちゃん、流石にこれは恥ずかしいよね……」

「…………」

「って、声も出せないくらい恥ずかしがってるよ!?」

 

 ふっ。

 

 俺はにやりと笑って

 

 

「いいから全部ぬ……」

「人の妹とその友達に何させてますのーーー!!!」

「いってえええ!!!!」

 

 

 異常な風切り音と共に飛来した、ダイヤのものと想われる靴が後頭部に激突。俺は激痛とともに前のめりにバランスを崩して倒れこんだ。

 

 

――眼の前に居た女の子三人を巻き込んで。

 

 

「いっつつつ……」

 

 真ん中に居た花丸の豊満な胸に顔を埋め、善子の華奢な身体を抱き寄せ、ルビィのまだ発育の乏しい――しかし確かな膨らみを感じさせる双丘に左手を当てたまま静止。服をはだけさせた三人のお陰で転ぶこと無く、無事俺は能力を発動させ終えていた。

 

 ふーむ。

 

 

『きゃああああ!!!!』

 

 

 青空に溶ける悲鳴。

 

 これは流石に後で謝っておこう。

 

 

 

***

 

 

 

「よ、よくもルビィの貞操を……」

 

 いや、そもそもお前が全力投靴しなかったら起こらなかった事態だろ。何でもかんでも俺に原因が有るみたいな言い方するな。

 ワナワナと小刻みに震えながら憎悪の視線を送ってくるダイヤと向かい合って睨み合う。折角整った切れ長の瞳が鬼のように鋭く細められ、魅力を半減させていた。

 

「本当、反省の色が見えませんわね」

「服の上から触れたくらいで気にし過ぎ。減るもんじゃないだろ」

「減りますわよ! わたくし達のSAN値が!」

「そこまでイヤか! 俺との接触は!」

「バイト代も減るよね」

「いや、それは本当勘弁して下さい」

「Don't mind. むしろAqoursのメンバーのバストが他のグループより大きいのはキミのお陰だからね。Thanks for your ド変態特性!」

「おーまいぐっねす! 釈然としない」

 

 まさか、Aqoursメンバーの発育の良さに俺が一枚噛んでいたとは。でも確かに、おっぱいが『あれ? コレまさか豊胸マッサージ?』と勘違いするくらいには揉んでいるかもしれない。

 

「俺たち三年生はこれから社会に自らを船として漕ぎ出し、荒波に揉まれていくんだから乳の一つや二つ、今のうちに揉まれてたほうが良いんだよ」

「貴方が社会に出た瞬間、法律という軍艦に沈められる未来が見えますわ」

 

 再び睨み合うこと数分。

 どこまで行ってもこの女との相性は悪いらしい。

 

 まぁ、でもここでいがみ合ってても仕方ないし。

 

「で、お前ら三年生組はどうすんの?」

「ふふっ。よーく聞いてくれたねっ!」

 

 パツキンパーリーピーポーが嬉しそうに弾けんばかりの笑顔を見せる。鮮やかな金髪がキラキラと太陽光を乱反射して輝いた。

 その横では果南が少し気怠げな表情で立っている。正直彼女はどうでもいいみたいだ。付き合いが長い分、どう頑張っても俺の特性を矯正することなんて不可能だと分かっているのだろう。因みにダイヤはやはり不機嫌そうだ。

 

「一年生はキミの望む通りに動く。二年生はキミの起こしたアクションに対して反応する。私達三年生は……」

「そもそも行動を起こさせない! ですわ!」

 

 ダイヤは鞠莉からの台詞のバトンを受け継いで決めポーズ。

 彼女たちが尊敬するどこぞのスクールアイドルの先輩をリスペクトしているらしいが、どこかポンコツ感漂うのは何故だろうか。俺はダイヤの言い分を理解したものの、具体的な内容は想像出来ずに居た。

 

「要は未然に防ぐって事だろ? どうやってやるんだよ」

「結束バンドで両手両足を縛って内浦湾に沈め……」

 

 殺す気か。

 

「で、でも。お、おおお姉ちゃんが殺人犯になるのが問題だと思います……」

 

 違う違う。大事なのはそこじゃないよ。

 それじゃ肝心の俺が死んじゃってルビィ。

 

「流石にそれをやっちゃうのは最終手段なんだけど」

「果南の最大譲歩先に俺の殺人が有ることにびっくり仰天だ」

「ある程度自由を封じておくのは大事だと思うんだよね」

 

 そう言って彼女は大きめのタオルを取り出した。

 

「一部分ずつ、自由を奪っていくっていうのはどうかな」

 

 え? 拷問でも始めるんですか?

 

「素晴らしいアイデアですわね……」

「Oh! 果南、ナイスアイディア~! シャイニー!」

 

 ぎゅ。

 言うが早いか半ば強引に俺は三年生組に拘束され、タオルを巻かれた。

 

――目に。

 

 

「のっとしゃいにー!?」

 

 

 急激に視界が闇に包まれて俺は面食らう。自然豊か太陽光豊かな昼下がりに訪れた急激な真っ暗闇はやはり精神衛生上よくない。

 俺は取り敢えず手当たり次第に腕を動かして掴まれるものを探した。

 

「きゃっ! どこ触ってますの!」

 

 さらり、と手触りの良い布の感覚と暖かな体温。

 

「ああ、ダイヤの太ももか」

「どうして分かるのですか!」

「張りや肉質で大体分かるだろ」

「……怒りを通り越して感心しますわ」

「ダイヤのはこう……ちょっと厚めの鳥のムネ肉を皮の方から指で押したのと同じ感触」

「もっとマシな例えはありませんの!?」

 

 怒声とともに蹴りが飛んできた。しかし俺はそれに構うこと無くなんとなくの位置に手を伸ばし、彼女の腕を掴む。よしよし、ビンゴ。

 危ない危ない。間違えてバストでも掴もうものなら内浦港に永眠する所だった。

 

「ふう、一安心」

「人の両手を掴んで拘束しておいてどうして一息つけるんですの? 良いから離しなさい!」

「冗談抜きで目隠しのまま放置は辛いって」

「別に、貴方を置いてどこかに行くわけではないですわ」

「とかいいつつ、声が届かない所まで離れて皆で俺を笑い者にするんだろ! 昔姉さんたちにやられたことあるからな!」

「さ、流石にその過去に関しては同情しますけど……」

 

 若干彼女の抵抗は和らいだものの、相変わらずダイヤは俺から離れようと藻掻いている。普段なら投げ飛ばすくらいの勢いで開放してやるが、今離せば俺は真っ暗闇の一人ぼっちだ。

 

「ダイヤ、あんまり暴れると足が絡まって押し倒しちゃって抱きしめた上胸揉む未来が見えるから気をつけろ」

 

 ピタリ。

 ダイヤの動きが完璧に止まった。

 

「SAN値が大幅に下がりましたわ……」

「人をクトゥルフの精神的ショックと同じみたいな言い方するのはやめろ」

 

 俺たちは一息ついて向かい合う(見えないから分からないけど多分)。

 

「離して下さい」

「じゃあ目隠しを外してくれ」

「……分かりましたわ。分かりましたから両手を離して……」

「とか言いつつ離した瞬間逃げるつもりだろ! いやだ! 絶対いやだ!」

「必死過ぎますわ!? 一体お姉さん方にどんな虐められ方をしてたんですか!? もう、ちゃんと約束は守ります。守りますからぁっ」

 

 グイグイと両腕を引っ張るようにしてダイヤが暴れる。しかし俺は必死に彼女を押さえつけたまま踏ん張っていた。

 絶対離さないぞ! 目が見えなくて一人彷徨う俺を言葉責めしながら時折水風船やら小石やらを投げつけてきた鬼畜姉達の諸行を忘れちゃいない! あんな惨めな思いはまっぴらだ!

 

「はーなーしーなーさーいーー!」

 

 だから、あんまり暴れるとコケるって。

 そうは思ったものの、意外なことにこの瞬間は俺の悪い癖が発動しなかった。特に何も起こること無く俺から必死に離れようとするダイヤとそれを引き止める俺という構図が出来上がる。

 やいのやいのと押し問答を続けること数十秒。

 俺の頭に天啓のように素晴らしいアイデアが降ってきた。

 

――というか、タオルの目隠しなら自分で取れるだろ。

 

 冷静な判断。

 

――姉さん達に虐められた時みたいに腕は縛られてないからな。

 

 かつての辛い記憶と比較して、今の俺には自分で自分を救う道が残されていることに気がついた。

 

 よって。

 

 

 

「……へ? いきなり離さな……きゃあっ!」

 

 

 

 もう特に用の無くなったダイヤを離し、俺は自分の頭に巻かれたタオルを外した。ふう、スッキリ。やっぱり内浦の太陽は素晴らしい。

 

 清々しい気持ちで俺はダイヤへと視線を向け、飛び込んできたのは――見慣れた白だった。

 

 

「な、な……」

 

 

 ダイヤは口をパクパクさせて頬を熟れたリンゴのように赤く染めながら、綺麗に開脚した状態で尻もちをついていた。真っ白のワンピースから覗くスラリとした肢体。

 そしてそれを目で追った先にある白……っていうか、パンツ。

 

 はぁ。

 

 俺は小さく溜息を吐いた。

 

 

「もう、ソレさっき見た」

「――――――――――!!!!」

 

 

 SAN値が大幅に下がったキャラクターよろしく狂気に侵されたかのように騒ぐダイヤを一応は宥めながらも、俺は頬を軽く膨らませて不満を示していた。

 だから、そもそもの原因はお前だろ!

 

 

***

 

 

「まぁ、ダイヤにやらせるとそうなっちゃうよね」

「ここからは私達の番だよっ!」

 

 一応ダイヤを落ち着かせた後、俺の側にやってきたのは果南と鞠莉の二人だった。何故か少し自信ありげな表情を浮かべている。同級生がパンツを見られている間二人で何やら相談していたようだが、何か解決策でも見つかったのだろうか。

 

「言っとくけど、小手先の細工じゃ俺のスケベスキルは防げないぞ。マジ、半端ないよ。俺の力は。今日改めて実感してる」

「誇らしげに言うのはやめよっか……」

「Never mind! 今からする作戦は一味違うよっ」

 

 じりじり、とゆっくり二人は俺の両脇から近づいてくる。獲物を追い込み捉えるような動き。俺は怪訝に思いながらも特に抵抗すること無く彼女たちの様子を見守っていた。

 

 そして――。

 

 

「……今日、だけだからね」

「うふふっ。If that's what you want……何度でもしてあげるよ?」

 

 

 俺は両腕をそれぞれ果南と鞠莉に片方ずつ包まれていた。二人の体温が静かに伝わってくるのを感じる。半ば強制的に腕を組まされているような体勢、いわゆる両手に花状態。

 俺は訳が分からないまま呆けた顔で至近距離の二人を交互に見た。

 

 えっと、何で?

 

 正直意味が分からない。この体勢だと既に二人の胸が二の腕辺りに当たっている。少し張りのある鞠莉の鞠状の膨らみと、比べると分かる柔らかでゆっくり形を変えていく果南の胸。客観的に見ると既に例のアレが発動しまっていると言える。だとしたら、今直面している問題に反すると思うけど……。

 すると、俺がそのような疑問を持つことは当然織り込み済みだったのかすぐに二人は簡単に説明してくれた。 

 

「こちらが気をつけても、君に任せても。ついでに、身体の自由を奪っても防げそうにない。だったら……」

「私達が譲歩できる範囲でサービスしてあげればOK!」

 

 鞠莉は満面の笑顔で、果南は恥ずかしそうに視線を逸らしながら言う。

 

 えっと、つまり……防ぐことは諦めて、わざと自らアクションを起こすことにより激しいセクハラをゼロにする方向へ転換したのか。

 

「肉を切らせて骨を断つって事?」

「You got it!」

「胸を触れさせても揉ませはしないってこと」

 

 なんという消極的、というか現実的な作戦。

 ……と、言うより二人は構わないのだろうか? 恋人かと傍から見れば勘違いされるくらいくっついて胸を押し付けるように腕を組む体勢になってるんだけど……。

 

「No problem! 今更どうってことないわ!」

「私は流石に恥ずかしいけど……」

 

 いや、でもコレは何というか……。

 

 俺は初めて感じる落ち着かない気持ちにソワソワと視線を彷徨わせた。確かに俺には姉さんが沢山居て、女の子の身体というものに慣れてはいる。家庭内カースト最下位だったため風呂場で強制的に背中を流させられる経験も日常茶飯事だったし、なんなら豊胸マッサージとやらで胸の下部分を数十分指圧させられ続けたことも有る。

 だからこそ、例え可愛い女の子であろうとも下着が見えようが胸を揉もうが、さして俺にとっては気にするようなことでは無かった。

 

「…………」

 

 でも、何故か今回だけは不自然な沈黙が続く。

 

 なんだろう、この感覚は。

 

「Maybe I’m wrong but……」

 

 勘違いかもしれないけど――と、鞠莉は俺の表情を覗き込みながら言った。

 

 

 

「もしかして、キミ。……照れてる?」

 

 

 

 瞬間。

 体中が熱を持ったような気がした。ついぞ感じたことのない体の火照り。

 

――照れてる? 俺が? 何で?

 

 ニヤリ、と笑う鞠莉から目を反らすと当然反対側に居た果南と視線が交錯する。彼女は彼女で恥ずかしがっていたのか頬を僅かに朱に染めていたが、余程俺の変化に驚いたのだろう。信じられないものを見るかのような目で俺を見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! ギブアップ……」

 

 俺は慌てて二人を振りほどき、離れる。

 

「わーい! さすが果南ちゃんと鞠莉さん!」

 

 横目で他のメンバーを見ると、作戦の成功を喜んでハイタッチを交わす下級生の姿があった。確かに、作戦通り物事は運び、例の不埒な事件は起こらなかった。解決方法に若干の問題があるとはいえ、俺のソレが防がれたのは事実。

 でも、そんなことより今は……。

 

「珍しいね? そんなウブな反応は」

「果南……」

 

 そっと近づいてきた果南が微笑む。

 

「強制させられたり、自分からすることには慣れてても……相手からして貰うことには慣れてなかったのかな?」

 

 俺の過去をよく知る果南の言葉。

 

「そう……かな」

「ふふ。でも、コレでやっと君も……」

 

 そんな彼女が少しだけ安心したように零した。

 

 

「女の子の身体に触れられる幸せな気持ちに気付けたでしょ」

 

 

――幸せな、気持ち……。

 

 俺は少しだけ数秒前の感覚を思い出していた。胸の感触、肌から伝わる体温、女の娘特有の甘い香りと優しげな吐息。それを自分ではなく相手から与えてくれることの照れ臭さとむず痒さ。そして、もう一つ感じ取っていたのは、

 

「そっか。そうかもな」

 

 体中が火照る程の――幸福感だった。

 

 確かに、俺は今までこんな感覚も知らずにこの娘達に……

 

 

 

「納得いきませんわ!!」

 

 

 

 そんな思考を断ち切ったのはダイヤの、今までとは質の違う怒声だった。

 

 

 

***

 

 

 港の風が僅かに夜を含み始め、濡れた手のように肌に纏わり付いてくる。潮風が夕日で艶めく黒髪を揺らし、一瞬だけ彼女の表情を隠した。俺は静かに彼女の様子を伺う。

 

「どうして、果南さんと鞠莉さんだけ……」

 

 あぁ、コレ真剣な奴だな。俺は瞬時に判断して表情を引き締め、ダイヤと向かい合った。

 

 キッ、と気の強そうな瞳で彼女は俺を睨みつける。

 しかしそれは同時に、どこか泣き出しそうな……崩れ落ちてしまいそうな色を帯びていた。

 

 ダイヤは視線を地面に一度落とし、唇を引き結んで悔しそうな表情を浮かべた後、訴えかけるように顔を上げ俺に対して言葉を紡ぐ。その内容は至ってシンプル。しかし、重く大切なモノだった。

 

「わたくしの裸を見ても顔色一つ変えなかったじゃないですか!」

「お、お姉ちゃん……」

 

 ルビィはそっと姉の側に寄り添って、支えるように背中に手を当てる。他のメンバーは少しだけ優しげな表情でダイヤを、そしてちょっと厳しい目で俺を見ていた。何となく、彼女たちの言いたいことは分かる。そして、ダイヤという女の娘の性格も。

 

 

「ちょっとくらい……わたくしにだって、今みたいな表情を。……浮かべてくださっても良いでしょう」

 

 

 俯くようにして彼女は俺から視線を外した。

 

 

「わたくしは、そんなに魅力がありませんか……」

 

 

 プライドが高く、自分に強く自信を持っている育ちの良い真面目な女の娘。彼女にとって他人に、かつ異性に自分の肌を見せることがどれほど抵抗があることなのか考えたらすぐに分かる。それでも、彼女は俺の性質を理解して、怒りながらも仲良く接してくれていたのだ。

 

 しかし、きっと俺の今の態度の変化は彼女への侮辱。

 悪気はなく、俺にも事情があったとはいえダイヤを傷つけていたのは事実だ。今までは全員に対して平等なリアクションだったからこそ我慢してくれていたのだろう。だが、同い年の他の女の子に対してだけ照れや躊躇いを見せ、自分には無いとなると誰がどう考えたって誇り高い彼女に辛い思いをさせてしまう事になる。

 

 だから。

 

 

「ダイヤ。……ごめん」

 

 

 小さく頭を下げた。

 

 彼女が息を飲む声が聴こえる。

 俺が女の娘に謝ることなんて滅多にないから。

 

「別に、お前が魅力的じゃないなんて思ってなかった。でも、俺は気付いてなかったんだよ」

「何に、ですの?」

「女の子の身体に触れられることの幸運と」

 

 一息。

 

 

 

「それを許してくれる事の幸せに」

 

 

 

 きっと、それはお互いの信頼がないと成り立たない関係だから。

 なんとなく、その事が分かったような気がした。

 

 ダイヤはじっと俺を見つめていた。少しだけ表情は緩み、泣き出しそうだった瞳には勝ち気で綺麗なエメラルドの光が戻り始めている。

 

 

「だから、今までの事は謝る。そして、約束する! これからもしお前の言う不埒な事が起こったとしたら……」

 

 

 俺は自信を持って一度頷くと、彼女に向け語りかけながら一歩踏み出した。

 

 

 

 

「きゃっ……」

 

 

 

 

 か細い悲鳴。

 

 

――あれ? 視界が傾い……。

 

 

 まさか……。

 俺の内心の焦りは、目を開いたことによって完璧な確信に変わった。

 

 平地で躓き、目の前に立っていた女の娘を押し倒して片手で抱き寄せ、胸に顔を埋めたままもう片方の空いた手でソレを揉む。幾度と無く繰り返した俺の――日常。

 

 目の前には白い肌を怒りと羞恥で染め上げたダイヤの顔。

 全身で感じる彼女の柔らかさと優しい匂い。さらさらとした黒髪が指に触れ、押さえつけられた胸が形を変えて得も言われぬ快感を与える。キスを交わせる位の至近距離で俺たちは見つめ合い、お互いにニコリと笑った。

 

 もちろん、ダイヤは怒りを隠すため。俺は一生懸命笑顔で誤魔化すように。

 

「起こったとしたら、どうしますの……?」

 

 あぁ、そうだな。

 丁度いい。俺の決意を見せよう。

 

 幸せを、幸せと気付けた今。俺が送る言葉、そして行動は。

 

 

 

 

「感謝を持って、堪能します! ありがとう、ダイヤ」

「へ? あ、や……んっ」

 

 

 

 

 俺は優しく、いたわりをもって彼女の胸を

 

「貴方、何を……。ひぅっ……!」

 

――揉ませて頂いた。

 

 美しく整っている柔らかな膨らみが右手に心地良い重みを与える。見上げると、そこにはあまりのことに羞恥に頬を染めたまま思わず甘い声を上げるダイヤの顔がある。なんだ、可愛い顔も出来るじゃないかと俺は笑った。

 

 この状況は特別なものだ。誰にでも与えられるシチュエーションではない。地元でも評判になるくらいの美少女、それもスクールアイドルの頂きを目指す女の娘達とのスキンシップ。そして、ある程度彼女たちも仕方のないものと認めてくれている現状。

 こんな幸せは他に無いだろう。俺は改めて固く幸福を噛み締めた。

 

 これからは、自分の幸運に感謝して。

 この持って生まれた特性と一緒に生きていこう。

 

 そう、俺は固く誓った――。

 

 

 

 

 

 

【幸せを幸せと気付けたら 完】

 

 

 

 

 

 

「うん。551の豚まんと同じくらい張りもあって、ふわふわ」

「ですから、例えをもうちょっと考えてくだ……あんっ」

 

 

 




と、言うわけで。
作品テーマは『ラッキースケベ』でした。

普段からお世話になっており尊敬してやまない素敵で優しいグッドガイ、私の大好きな主催者鍵のすけ様の為に全編超絶シリアス感動超大作を書かせていただきました。改めましてフチタカです。

今回は、最後の企画とのことで参加させて頂きました。
ラブライブ! サンシャインの作品を書くのは初めてでしたがとても楽しく、そして貴重な機会が頂けてとても満足しています。普段は無印ラブライブを主として二次創作で遊ばせて頂いているのですが、サンシャインのキャラもみんな本当に可愛くて素晴らしいですね!笑
アニメもきちんと追いかけねばと決意を新たにしました^^

またどこかの作品で『アンソロジーブゥリですね!』と言えますように。
ではでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。
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