ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――通り過ぎて』   作:鍵のすけ

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こんにちは、初めての方は初めまして、私は豚汁と申します。
今回二回目の企画参加という事で、『ラッキースケベ』という題材を使い私自身楽しみながら書かせていただきました。
こんな豪華な作家様の面々に囲まれながら企画のトリを飾らせて頂いて非常に恐縮な思いもありますが、精一杯楽しんで書きましたので、良ければ読者の皆様も是非読んで楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは――


それは、不幸から始まる物語 【豚汁】

 俺は、堕天使と契約して“不幸”に魅入(みい)られた人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――と、こんな物騒な書き出しから始めてしまえば、俺が今現在置かれている危機的状況も、ちょっとは笑い飛ばせるようなものになるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ず……ずらぁ………」

 

「い、いや待て花丸(はなまる)ちゃん、落ち付いてくれ。これは違うんだ」

 

 

 

 

 

 

 ――前言撤回、全くもって笑い飛ばせない。

 

 俺は現実逃避をやめ、目の前で真っ赤になりながら涙目でそう言う国木田(くにきだ)花丸(はなまる)ちゃんに、俺は必死で“今の状況”を弁解しようと試みる。

 

 しかし、弁解する前からそれは無駄だと悟っていた。

 

 とりあえず、今の俺がどれだけ危機的状況かというのを知ってもらうために、どうして“そう”なってしまったのかという過程を語るのは後にして――結論だけ、簡潔に述べよう。

 

 

 

 俺は今現在、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そんな第三者から見れば俺が圧倒的に有罪の状況の中、いけないと思いながらも俺は右手の方に意識を集中させてしまう。

 

 すると手から伝わってくるのは、花柄のレースがあしらわれたシルク製女性用下着の(なめ)らかな感触と、その絹越しに、大きく包み込むような羽毛布団を思わせる柔らかさで、それでいて確かなハリのある弾力を併せ持つ楕円形の物体の感触。

 

 そういえば……花丸ちゃんって元々胸はそれなりにあると思ってたけど、これは想像以上。

 やっぱ見るのと触るのとじゃ違うって事か――ああ、これなら例えこの先ずっと刑務所暮らしする事になっても後悔は無いな……

 

 人は、己の人生の最期(さいご)を悟ると逆に落ち着くのか、俺は一周回って冷静になりながら花丸ちゃんの胸の感触にそんな感想を(いだ)く。

 

 そんな俺と花丸ちゃんの二人きりの室内では、最早気まずさから互いに何も一言も無く、まるでどこぞのRPGの呪文のヒャダル○を喰らってしまったかのように、一つの身じろぎも出来ずに凍り付いたような時間が流れていた。

 

 

 くそっ……こうなったのも全部()()()の所為だ。

 

 

 そんな永遠にも等しい時の中、人生が終わったような絶望的な気分になりながら俺は、こうなってしまった“元凶”に対する文句を心の中で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 あんのクソ堕天使の大バカ野郎ぉぉーーー!!

 

 

 

 

 

 

 事の発端を語るには、この日の朝にまで遡る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

「よっし! 今日は待ちに待ったCD新シングル発売&サイン会の日! 待ってたぜ本当に……!」

 

 

 日曜日の朝、俺は自室のカレンダー日付の丸印を見ながら嬉しさの余り大声でそう叫んでしまった。

 

 そう、俺にとって今日この日は、ネットで情報が出てからずっと待ち望んでいた日。

 この日、俺が大ファンの人気若手男性歌手(シンガー)が、CDシングルの新譜を出すだけでなく、なんと、こんな静岡という地方の沼津市にまで来て、わざわざサイン会まで開いてくれるのだ。

 

 憧れの人に間近で会って話が出来る……これに心躍らない沼津市在住のファンなど居ようか――いや、居ないだろう。

 

 なので俺は、サイン会は夕方にも関わらず朝の今から家を出て、会場の行列に一番乗りを目指していたのだった。

 

 

「身支度バッチリオッケー! なら、いざ会場にレッツラゴー!」

 

 

 そして、ようやく身支度を終えハイテンションでそう言って、部屋のドアを外に開け放つ――その時だった。

 

 

 

「――ふぎゅっ!」

 

「うん? ……あれ? なんかドアの外の何かに当たった?」

 

 

 

 自室のドアを開けた瞬間、廊下側の何かにぶつかったような感覚がして、俺はドアの反対側を覗く。

 

 するとそこには、姫カットヘアーで何故か休みの日なのに学校の制服を着た可愛らしい女の子が、目を回して倒れていた。

 俺は慌ててその子の名前を呼ぶ。

 

 

 

「よっ……善子(よしこ)っ!? なんでそんな所に居るんだよ!?」

 

「……っ! もうっ! 痛いじゃない! タイミング悪過ぎご主人様(マスター)! 今私がドア開けようとした瞬間に開けるなんてあり得ないー!」

 

 

 

 そう言ってその子は、俺の事を変な呼び名で呼びながら涙目で起き上がる。

 

 この、朝っぱらから登場タイミングが不運な女の子の名は、津島(つしま)善子(よしこ)

 

 こうして見ての通り色々運が無い子で、見てないといつも心配をかけさせられる困った奴だ。

 

 しかもそれだけでも不安なのにも関わらず、実はこの少女はとある『病気』を患っていて――

 

 

 

「すまん、悪かったよ……で善子、こんな休みの日に制服なんて着て俺の家まで来て、今日はいきなり何の用なんだ?」

 

 

 起き上がった善子を見て、俺が不注意を謝りつつそう言う。

 すると善子は気を取りなおしたかのように、宣言した。

 

 

「ふっ、愚問ねご主人様(マスター)

 今日という創造神(ゼウス)の安息日に、この私――“堕天使ヨハネ”が降臨する理由はただ一つ。休日を怠惰に過ごすであろうマスターに、このヨハネの英知を授けてあげる為に来たのよ、感謝しなさい!」

 

 

 

 ――そう、その病気の名前は『中二病』という。

 

 

 そんな、自分を堕天使だと自称する善子に俺は、軽くため息交じりに言葉を返す。

 

 

 

「はいはい降臨ご苦労様。悪いけど俺は今日は大事な用があるんだ、だから遊んでる暇はないから帰れ善子(よしこ)

 

「馬鹿な……マスターがこの私より優先する用なんてある筈が――って、誰が善子よっ!ヨ~ハ~ネっ! 薄幸の美少女、“堕天使ヨハネ”と呼んでって何度言ったらマスターは分かるのっ!?」

 

 

 俺の発言にショックを受けた後、ようやく気づいたように素に戻りながら呼び方に関してツッコミを入れる堕天使様。

 それにしてもお前もう高校生なんだから、そろそろそれ卒業しろよ……

 そう思ったものの、俺は呆れながらも()()()()()、善子の設定に付き合ってやることにした。

 

 

「はいはい“ヨハネ”、残念だけど俺は今日、大事な大事なサイン会に行かなきゃいけないんだよ。だから遊びに付き合ってやるのはまた今度な」

 

「ええ……マスターがファンなのは知ってるけど、でもそんなに大事な用なの? そのサイン会ってのは何時から?」

 

「ああ、夕方四時ぐらいからだけど?」

 

「――えっ!? 今何時だと思ってるの朝十時よっ!? そのサイン会まで後五時間以上もあるじゃない、早すぎ!」

 

「そう――早いからこそだ! 早くに並んだらサイン会で確実に一番乗り出来るだろ? 

 いつも東京を中心に活動してる有名人が、こんな地方まで来てくれるチャンスなんて二度と無いだろうから、このイベントはファンとして絶対に一番乗りしたいんだよ!」

 

 

 時計を見て驚く善子に俺は、今回のサイン会にかける熱意を語る。

 しかし残念ながら俺の熱意は伝わってくれなかったみたいで、不満そうに怒りながら善子は言う。

 

 

「だったら、私の用を先に済ませなさいマスター! 

 サイン会一番乗りの権利と、前世からの魂の結束で紡がれた同胞である私の頼み、どっちが大切なの!?」

 

「……はぁ、そこまで言うとか、そんなに大事な用なのか?

 そもそも前世の記憶なんてないっての……精々、幼稚園時代からの付き合いだから十年ぐらいの付き合いが関の山だろ俺達」

 

 

 俺は善子にそう言い返して、相変わらずなテンションの善子にため息をつく。

 

 

 そう、非常に恥ずかしながらではあるが、この自称堕天使様(笑)と俺とは、幼稚園の頃からのクサレ縁だったりする。

 

 

 その出会いは、俺が幼稚園の年中組さんだった頃に幼稚園内の広場で――

 

『わたし、ほんとうはてんしなの! いつかはねがはえて、てんにかえるの!』

 

 ――と、まるで本当に“そう”だとでも言わんばかりにキラキラした輝く瞳でみんなの前で宣言する、当時まだ年少組さんだった善子になんとなく興味をもってしまった事から始まる。

 そして、俺はその子を見ているうちに、とんでもない不幸体質な子だと悟るのにはそう時間はかからなかった。

 

 何もないところで転ぶのは日常茶飯事。

 楽しみにしていた運動会や遠足では雨が降る。

 オモチャを賭けたジャンケンでは必ずと言っていい程負ける。

 流行りの風邪には必ず(かか)る。

 お遊戯会で両親に見てもらうために一生懸命練習した踊りを、急に入った仕事で見て貰えなくなる。

 

 そんな、まるで何かに呪われてるかのように不幸に遭い続ける善子を、俺はどうしても放っておけなくて『大丈夫?』と慰め続けた。

 

 そんな日々を軽く一年続けた結果、善子から妙に懐かれてしまい、しかも幼稚園を卒業した後も、小学校、中学校とそのクサレ縁は続きに続いた。

 

 そして高校生になり、ようやく別々の高校に通うようになった今でさえも、こうしてよく遊びに来るような関係になったのなった。

 

 俺はそんな懐かしい過去を思い出しながら、深いため息をつく。

 

 まったく、いつまでも世話がかかる……しょうがない奴だな善子は。

 

 

 

 

「――仕方ないな……その用事、四時までには終わるんだろうな?」

 

「えっ……う、うん」

 

「じゃあ、さっさと俺の気が変わらない内に行くぞ。早く終わらせて二時間前に並べれば、まだ一番乗り出来るかもしれないしな」

 

 

 そう言うと、善子はパッと明るい顔になって目を輝かせた。

 俺が行くって言った瞬間これだ、現金な奴。

 

 

「ふ……ふふふ……! それでこそ、この堕天使ヨハネと対等な“契約”を交わした初めての人間……流石マスター!」

 

 

 妙に嬉しそうなテンションでそう言う善子に、ついに無視しきれなくなって俺は無駄と分かりつつも言ってやる。

 

 

「おい、それにしても何がご主人様(マスター)だヨハネ、俺はお前のご主人様になった覚えはないっていつも言ってるだろ」

 

「ふっ……忘れたの? ()の地『死者の国(ヘルヘイム)』にて結ばれた私達の『契約』を――この堕天使ヨハネの(チカラ)を行使する存在、それがあなた。

 そして、悪魔と交わした契約は絶対……だからこそあなたはご主人様(マスター)なのよ!」

 

「ああもう、はいはい分かったよ“ヨハネ”。もう訂正させないから好きに呼べ」

 

 

 

 目をキラキラさせながら堂々とそう言い返してくる善子に、俺は諦めたようにそう言った。

 ちなみにヘルヘイムが何処かは知らないが、善子の言うように、実際に俺達が『契約』を交わした事自体は本当だったりする。

 

 おおっと、カン違いするなよ。

 別に俺は、善子と特別な関係になりたいが為にそんな事をしたわけじゃない。

 

 その契約を交わしたのは俺達がまだ中学生だった頃のある日のこと、謎に熱っぽく頬を赤くした善子に――

 

 

『こっ……光栄に思いなさいっ! 今日からあなたは、我がリトルデーモンのカンパニーの幹部よ! 有能な私の右腕として、今日から私に仕える事を許可してあげるわ!』

 

 

 ――と、意味不明な事を言われ、何のことか分からなかったが、善子に仕えるというのが納得できずに俺はそれを拒否した。

 そしたら代わりにと善子が提案したのが、対等な関係で交わす『契約』だった。

 

 そして、強引な善子に押し切られる形で、その『契約』を結んでしまった日からずっと、善子は俺の事をご主人様(マスター)と呼び続け、今日のようにそれを正そうとしても全く取り合ってくれないのだった。

 

 ちなみにその『契約』の内容はと聞くと――

 

 

『そんなの決まってるわ、ご主人様(マスター)はこれから先の人生、ず~っとこの堕天使ヨハネの“加護”を受けられるのよ! わ~! ス・テ・キ!』

 

 

 ――素敵じゃねぇよ馬鹿野郎。

 本当の悪魔ならともかく、ちょっとポンコツ入ってる中二病系女子との契約で加護もクソもあるわけねぇだろそんなの!

 と、その無意味な契約内容を聞いて、内心でそう言い捨てたのも昔のことながら記憶に新しい。

 

 

 

 

「よし、分かってくれたなら早く行くわよマスター!」

 

 

 

 俺がそんな風に考えていると、そう言って俺の手を引いて先に行こうとする善子。

 

 

「ちょ……どこ行くんだよヨハネ!?」

 

 

 急な行動に俺が驚いてそう聞くと、善子は脈絡もなくとんでもない事を口にした。

 

 

 

「ふふ……残念な事だけど、今日はマスターと戯れる日ではないの。

 今日はこのヨハネの温情で、『堕天使ヨハネの契約者』であるマスターに必要な、“不幸”についての知識を教授してあげるわ……感謝しなさい!」

 

 

 その言葉に俺はポカンと口を開く。

 

 は? え……? なにその世界一要らなさそうな知識は、絶対行きたくないんだけど。

 ――ってか、急になんで善子はそんな意味の分からない事に俺を巻き込むんだよ!?

 

 俺はそう思ったが、しかし一度付き合うと言ってしまった手前、どうにも断る事が出来ずに俺はそのまま、強引に善子に引っ張って行かれるのだった。

 

 そんなこんなで俺は、納得のいかないまま『不幸』を理解するという全くもって意味が分からない目的の為に外に出ることになったのだった。

 

 俺はそんな上機嫌な善子に手を引かれながら、今日何度目か分からないため息を吐きつつ思う――

 

 

 

 ああ……神様、仏様、叶うならどうか、幼稚園児だった頃の俺に『その女と関わるのはやめておけ』と伝えさせてください……。

 

 

 

 こんな中二病末期の“堕天使系幼馴染”なんて……いらねぇぇーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ついたわ、ここよ!」

 

 

 そう宣言しながら、ようやく引っ張って来た俺の手を離す善子。

 何処に連れてこられたかと思い目の前をみると、そこは俺の良く知る学校だった。

 

 

「ああ、ヨハネが制服を着て来た理由ってこういう事か……ここって(うら)(ほし)女学院(じょがくいん)じゃん……あれヨハネ? 今日は『Aqours』の練習休みだったんじゃなかったのか?」

 

 

 そう言って俺は善子に問い掛けた。

 

 ――『Aqours』というのは、なんとこの自称堕天使様が所属する、総勢九名のメンバーで構成される浦の星女学院のスクールアイドルグループである。

 メンバーは心が広い奴が多く、ちょっと厄介なキャラをしている善子でも優しく接してくれている。

 

 ちなみに、なんで俺がそんな事を知ってるのかと言うと、俺は最初中二病末期な善子がメンバーのみんなと溶け込めてるかどうかがどうしても心配で、Aqoursの練習をちょくちょく陰から覗いていたのだ。

 しかし、そこをリーダーの高海(たかみ)千歌(ちか)という強引な女に見つかって――

 

『良いこと考えた! そんなに善子ちゃんが心配だったら、もっと近くで見てればいいんだよ!』

 

 ――と、訳の分からない論法で練習に参加させられ、そして学生“兼”理事長とかいうとんでもない肩書きを持つ小原(おはら)鞠莉(まり)さんの手によって、気が付いたらあれよあれよという間に、貴重な男手としてAqoursの雑用兼マネージャーみたいな立ち位置に任命された。

 そして俺は今現在、学校が終わったらすぐに浦の星女学院に来なければいけないという激務を担わさせている。

 

 ……え? 女子校なのに男子が日常的に入って大丈夫なのって? 

 そこは主に鞠莉さんの所為か知らないけど、入校許可証とかその他諸々の書類手続きクッソ早かったよチクショウ。

 

 と、そこまで思って、俺は自分の境遇の不幸さに改めてため息を吐きたくなった。

 

 あ~あ……“不幸”の英知を教えてやるとか善子言ってるけど、もう俺はこの時点で不幸なんじゃないだろうか。

 

 と俺がそんな事を考えていると、さっきの俺の問いに対し、なぜか善子は若干ツリ目になりながら怒ったように言う。

 

 

「そうよ、今日の練習は無いけどそんな事聞いてどうしたのマスター? 

 ……もしかして、みんなに会えないのがそんなに残念だったりする?」

 

 

 おいおい……さっきまで上機嫌だったのに急に何だっていうんだ一体。

 そう思い俺は、善子を落ち着かせるように言う。

 

 

「――な訳ないだろヨハネ、給水用の水汲みとか、汗を拭くためのタオル用意にビデオ撮影、そんな雑用を今日もやるのかと思ってウンザリしただけ、ないならラッキー万々歳だよ」 

 

 

 すると善子は半分納得した様子で、気を取りなおしたように言う。

 

 

「むむ、マスターがそう言うならいいけど。

 じゃあ……始めましょうマスター……これから不幸の深淵をこの場所で体験してもらうわ!」

 

 

 えっ……体験?

 善子の言葉が信じられなくて、俺は思わず善子に言い返す。

 

 

「体験……? 不幸について学ぶってもしかして、そういう実習的なもんなの!?」

 

「勿論よ、この天から堕ちた罪深い存在である堕天使のヨハネは、常に神からの呪いを“不幸”と言う形で一身に受けているわ……だから、そんなヨハネと契約してしまったマスターにも、その不幸が襲い掛かってくるかもしれないっ!」

 

「は……はぁ……そうですね……?」

 

 

 そう言って自らの“設定”を一方的に語り始める善子に、俺は圧倒されながらそう返すしかなかった。

 なんだこれ、一体何を言いたいんだこの堕天使様は……?

 

 

「そう、だからマスターは今から実際に不幸を体験して、そして実際に不幸な事に遭っても動じない心を作る! ――それが、今日の目的よ」

 

「へ、へぇ……基本的にはどうやって?」

 

「良いわ……今説明してあげるから少し待ちなさい……」

 

 

 俺がそう聞くと善子は、急に黒い腕時計をちらっと見て時間を確認した。

 そして小さく「よしっ」と言った後に、善子は胸を張って宣言する。

 

 

「説明するわ! 簡単よ……マスター、貴方に指令をを与える!」

 

「指令……?」

 

「そうよ、内容は単純。ここから職員室に行ってスクールアイドル部の部室の鍵を取って、そして部室に行って机に置いてあるヨハネの魔導書を取って戻って来るだけ――簡単でしょ?」

 

 

 俺は指令の内容を聞いてホッと胸を撫で下ろした。

 なんだ――そんな事で良いのか、不幸を体験ってどんな無茶させられるのかと思ったけど、それなら早く終わらせてサイン会の方に行けそうだな。

 ――というか、それよりなんで善子がそんな事を言いだしたのかが気になってきたぞ。 

 

 

「指令は分かった、でもしかしヨハネ。何故急にそんな事を言いだしたんだ? そんな事、今まで話した事なんて無かったじゃないか」

 

「それは……マ、マスターには関係のない事よ! いいからとにかく行って来て!」

 

 

 焦ったように俺を急かす善子に、俺は素直に従う事にした。

 まぁ、そんな事気にしても仕方ないしな。

 

 

「ふぅ……オーケー、分かった。部室って体育館のあそこだよな、サッサと行って戻って来るよ」

 

 

 そう言って俺は、善子に背を向けて校門の方に歩きだす。

 すると俺の背に向かって善子が

 

 

 

「行ってらっしゃいマスター。貴方に、堕天使の()()があらんことを――」

 

 

 

 ――と、意味深に不吉な言葉をかけてきた。

 

 

 おいおい善子の今の何だよ……なんか不安になってきたぞ、一体何があるってんだよこの学校で……。

 

 俺はそんな一抹の不安を抱えながら、善子の指令を早めに果たしてサイン会に行く為に浦の星女学院に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「――しっかし、校門で入校許可証持ってきてない事に気付いた時はどうしようかと思ったけど、警備員のおばちゃんが顔パスで通してくれて良かったぜ。

 それにしても善子の奴、最初からここに来るつもりだったんだなら言えっての……」

 

 

 そう言いながら俺は、先程の校門でのおばちゃんとの気楽な会話のやりとりを思い出しながら学校の敷地内を歩いていた。

 それにしても、いくらこの辺りが田舎だからってこの学校警備ゆるくないか? 俺は入校許可証貰ってるからやらないけど、やろうと思ったら簡単に侵入できそうだぞ……

 

 俺はそんなこの学校の警備事情に若干の心配を覚えながら職員室を目指して歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。

 

 するとその子は俺の姿を確認すると、綺麗な水色の瞳を輝かせてこちらに小走りでやってきた後に、元気一杯のオーラを感じさせるような笑顔で言う。

 

 

 

「おはヨーソロー! 日曜なのに浦の星(ここ)に来てどうしたの? 今日はAqoursの練習休みだよ?」

 

「ああ、おはよう(よう)。今日来たのはその……なんて言うか、ちょっと用があってだな……」

 

 

 

 そう言って俺はその少女――渡辺(わたなべ)(よう)に対して挨拶を返す。

 

 この子は善子と同じく『Aqours』のメンバーで、主に衣装制作を担当としている子である。高校二年生で俺と同い年でもあり、彼女自身の性格が明るいのもあってか接しやすく、善子以外ではメンバー内で一番仲が良い女の子だったりする。

 

 そんな曜は、俺の歯切れの悪い返事に何かを悟ったようで、からかうような笑みを浮かべた。

 

 

「あ……もしかして、また善子ちゃんに連れ出されてるの? いや~今日も愛されてるね~“マスター”さん?」

 

「ああ、善子の所為でここに来ることになったのは認めるけど、愛されてる云々はきっぱり否定させてもらう。そもそもアイツは俺にとって妹みたいなもんだし」

 

「ふーん、そういうもんなんだ……」

 

 

 俺はそう言って曜の妙な勘繰りを躱した。

 曜に期待してもらって悪いが、俺はあんな中二病こじらせた末期患者なんて恋愛対象圏外だし、そもそも小さい時から一緒にだったから、善子のことは妹としか思えないのが事実だった。

 

 

 でも……せめて善子が、もうちょっと普通の女の子だったら考えたんだけどな。

 

 

 ――って、何変なこと思ったよ俺!? あんな迷惑な奴、たとえ堕天使じゃなくても恋愛対象外だ! 対象外!

 そう思い俺は、慌てて頭を振ってその考えを追い払った。

 

 

「それにしても、そっちは今日何しに来たんだ?」

 

「うん、私は水泳部の練習終わって今帰る所。ついでに今から町の方に行って、次のライブの衣装用の布も買おうと思ってたんだ」

 

「へえ……すごいな、水泳の練習終わったばっかりなのにもう衣装作るつもりなのか?」

 

「そうそう、季節も夏だしちょっと爽やかな色のライブ衣装考えててさー、デザインは大方出来たから、今日からもう作り始めたくて。

 それに二週間後ぐらいには9着しっかり揃えてみんなと衣装合わせしたいし、頑張ってやらなきゃだから!」

 

 

 そんな、聞くだけでも大変そうな仕事なのに気楽にそう言ってのける曜。

 ただでさえ水泳部とアイドル部を兼部してて忙しいはずなのに……いつか倒れないか心配だな。

 

 

「あのさ……手伝う事あったら遠慮なく言えよ? これでも手先は器用な方だし、家庭科の授業もそこそこ出来るからさ。いつでも言ってくれたらなんでもやるぜ俺?」

 

 

 俺がそう言うと、曜は俺の目を見て一瞬キョトンとした後、優しく微笑みながら言った。

 

 

「やっぱりさ……君って、結構なお節介焼きさんだよね?」

 

「……なぁ、それって褒めてる?」

 

「うんうん、ものすっごく褒めてるよ! ――じゃあ、手伝ってくれるんだったら早速お願いしちゃおうかなっ!」

 

 

 そう言うと、曜は急に俺の腕を取って抱き着いてきた。

 俺は曜のそんな突然の行動にビックリしながら言う。

 

 

「なっ、なんだよ曜! 急にこんな……」

 

「何って勿論、通りすがりのお節介焼きさんに、これから私の買い物に付き合って貰おうって思ってさ――ほら、何でも言ったら手伝ってくれるんだよね?」

 

「で、でも今日は……」

 

「大丈夫! 私が用事の途中で君を借りちゃった事は、後で善子ちゃんに“宣戦布告”ついでにちゃんと謝っておいてあげるからさ! 

 じゃあ、そういう訳で、今日はこのまま二人で買い物行っちゃおうー! ヨーソロー!」

 

「いや、ヨーソローじゃなくてさ!? それに宣戦布告って何の事だよ!?」

 

「さぁ、何でしょうね~? まぁそんな事は放っておいて、出発進行……ヨーソロー!」

 

 

 そんな風に言い合いながらも、俺が為す術もなく曜に買い物に引っ張られて行かれそうになった時だった。

 

 

 

「堕天使ヨハネの名において来たれ災いよ――不幸招来、『不意降水(デモンズ・レイン)』!」

 

 

 

 何処からともなく善子のそんな声が聞こえて来たと同時に、天気は雲一つない真夏の晴天にも関わらず、俺と曜の頭上から水が降ってきた。

 

 

「うおっ……何だこれ!」

「わぁっ! えっ、雨!?」

 

 

 俺達がそう言った後すぐに降水は止み、そしてどこかで走り去る足音が聞こえた。

 まさか善子、晴れの日に降る突然の雨の不幸を演出する為に、離れたとこからホースで水撒きやがったのか!? 不幸って言ってたのはそういう事かよ……しかも曜も巻き込んでるじゃないか、迷惑な奴め……。

 

 

「ああ、制服濡れちゃったよ……まぁ夏だからすぐ乾くと思うけどさぁ……」

 

 

 曜のそんな声に、俺は申し訳なく思ってしまう。

 

 

「すまん曜、今のは多分善子が―――って曜!?」

 

 

 しかし、そう言いながら謝ろうとして曜の方を向いた俺に、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 

 

「え? 急に叫んでどうしたの……ってあれ……? わぁぁぁーー!! し、下着がっ……!」

 

 

 そう言って真っ赤になりながら曜は、慌ててその場でしゃがみながら両手で体を隠す。

 

 そう――今の放水で曜の上の制服が完全に濡れて透け、曜の可愛らしいピンク色のブラが丸見えになってしまったのだ。

 

 

「…………見た?」

 

 

 そう言って、ジト目でこちらを見る曜。

 

 あ、ダメだこの流れ……今ので俺が見てないとか絶対思ってないだろうし、有罪判決で鉄拳制裁くらう感じのあれだ……。

 ああ理不尽だ、不幸だ……曜様、せめて今日この後サイン会に行きたいんで、アザが残らない程度でお願いします……。

 

 そう思って俺は黙って何も言わずに目を閉じ、この後来るであろう平手打ちの衝撃に備えた。

 

すると曜は――

 

 

 

「…………ど、どうだった?」

 

 

 

 しゃがみ込みながら曜は、未だ真っ赤な顔だけこちらに向けて恥ずかしそうにそう言った。

 俺は目を開きながら曜の質問の意味が分からず、恐る恐るも聞き返す。

 

 

 

「……えっ? どうって……何が?」

 

「ほら……今下着……見たでしょ? ――どう思った?」

 

 

 

 

 

 何 言 っ て る ん だ コ イ ツ ?

 

 

 俺は完全に理解が追い付かず、一瞬思考がフリーズする。

 

 しかし、とにかく何か言わないといけないような気がした俺は、訳の分からないままに正直に言った。

 

 

 

「に、似合ってたよ……可愛かった……かな?」

 

 

 

 言ってしまった後、内心俺は恥ずかしさで悶える。

 ふざけるな何だこれ、女友達の下着の感想を言わされるなんて、俺は一体今どんな罰ゲームを強いられているというんだ……!

 

 

「そ、そっかぁ……よかった……こ、このブラ、実は結構お気に入りなんだよね……」

 

 

 こんな異常事態でも曜は褒められて嬉しかったのか、顔を赤くしたまま嬉しそうに笑った。

 お、おいおい何だよこの空気、俺は一体どうすれば良いんだよ!

 俺がそう思って何を言ったらいいか困っていると、曜が先に口を開いた。

 

 

 

「ねぇ……あ、あのさ……もし良かったらさ……も、もう一回ちゃんと見てみる?」

 

「……は? はいっ?」

 

「もっ、勿論タダじゃないよ! 見る代わりに……その……私と、つ、付き合ってくれるなら……い、いいよ?」

 

「…………!!??」

 

 

 

 恥ずかしさで瞳を潤ませながらそう提案した曜に、俺は絶句した。

 な、なんだよその一方的に俺しか得しないような取引は!? 等価交換の法則って知ってる!? ――ってか、そんな事言われて俺なんて返したらいいんだよ!?

 

 そう思って、俺は何も言う事が出来ずに固まっていた時だった。

 

 

 

「マスター! ほら急ぐんでしょ、早く行くわよ!」

 

 

 

 どこからともなく善子が現れて俺の手を引き、そんな善子に驚いて目を丸くする曜を残して、俺はその場から強引に離脱させられた。

 

 た、助かった――じゃない! このアホ堕天使、さっきはよくも水ぶっかけてくれたな! おかげで散々な目に遭ったじゃないか!

 

 そう思って俺は、手を引く善子に文句を言おうとした。

 

 

 

「なんでそうなるのよ……! こんなはずじゃ……こんなはずじゃ無かったのに……!」

 

 

 

 ――しかし、俺の前を行く善子のそんな辛そうな呟きに、一瞬で文句が引っ込んでしまった。

 善子……お前、一体どうしたって言うんだ……?

 

 そう思ったが何も言う事が出来ずに、そのまま善子に引っ張られて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「……さーて、ようやくここまで来たか。確か、部室の机の上に置いてある魔導書を取って、そして善子に渡したらそれでいいんだったよな」

 

 

 そう言って俺は一人、部室がある体育館入り口前に立っていた。

 

 あの後、善子に引っ張られたまま校舎内まで連れていかれ、そして一人放置された俺はその後職員室にまで向かい、これまた校門の時と同じように顔を知って貰ってる先生に頼んで鍵をとって貰ったのだった。

 

 全く――なんで他校の生徒が職員室に行って鍵を貰わないといけないんだ、普通の学校じゃまず無理だぞ、善子の計画は穴だらけだな。

 

 

「……それにしても、善子の奴どうしたんだ? いつも変だけど、今日は朝来た時からいつもより輪をかけて酷いというか何というか……」

 

 

 そう言いながら俺は、さっきの善子の様子を思い出す。

 さっきの善子からはまるで、何かを言いたくて我慢しているような、そんな爆発前の爆弾のような雰囲気を感じた。

 

 あの感じを見る限り恐らく善子は、“不幸を体験してもらう”という目的とは“別の目的”があってこんな事をしているんだろう。一体、善子の本当に目的は何だって言うんだろうか。

 

 

「……しょうがねぇな、指令も思ったより早く終わりそうだし、サイン会前に適当に街に連れて行ってやって、色々ため込んでる堕天使様の気分転換に付き合ってやるか」

 

 

 俺はやれやれと軽くため息をついた後、そう言って体育館の中に入った。

 

 

「別にその心配は要らないわ、大丈夫よマスター」

 

 

 すると、俺の後ろにいつの間にか善子が立っていた。

 最早善子がここに来てしまうと、当初の指令の部室にある本を取って持って来るという趣旨が完全にズレているような気がしたが、俺は気にしない事にして善子に言う。

 

 

「おいおいなんだよ善子、聞いてたのか?」

 

「もうっ、だからヨハネって言ってるのにマスターは! ……まぁ問題ないわ、さっきはちょっと驚いただけでなにも無いから心配しないで」

 

「ああ、悪いそうだったなヨハネ。いや……でもそれにしては妙だったぜ? 

 何かあったんなら、こんな回りくどいやり方じゃなくてもっと素直に相談してくれよ」

 

「その心配には及ばないわ――この堕天使ヨハネとしては、珍しく計算を誤ってしまったので、若干“計画”に修正を加えてきたの……マスター、目を閉じなさい!」

 

「えっ? なんで目を瞑る必要が……って、わかったわかった、そんな怖い目するなって、はい、これでいいんだろ?」

 

 

 有無を言わせないような剣幕でそう言う善子に従い、俺は目を閉じた。

 

 

「そのまま、足音をたてずに気配を殺してヨハネについてきなさい」

 

「はっ? そんな無茶な……」

 

「いいから! ほら、手を掴んで」

 

「わかった、わかったから……」

 

 

 そして俺は訳の分からないまま善子に連れていかれ、そのまま部室前らしき所で立ち止まる。

 

 

「なぁ……ヨハネ、俺目閉じたままだったら鍵開けれないんだけど」

 

「大丈夫よマスター、実は最初から開けてあるわこの部室」

 

「おい、じゃあ俺が職員室まで行った意味は!?」

 

「そんな事は良いからマスター、とにかく……中に入ってもらうわ」

 

「滅茶苦茶だ……もう、分かった。ヨハネの言う通りにしてやるよ」

 

 

 そう言って俺は理不尽なものを感じながら、部室のドアに手をかけて開けようとする。

 すると、その時――

 

 

 

「これで決めるわ……堕天使ヨハネの名において来たれ災い――不幸招来、『終焉事象(デモンズ・アクシデント)』!」

 

 

 

 俺が扉を開けると同時、善子はそう言いながら思いっきり俺の背中を両手でドンッと勢いよく押した。

 そのまま俺は、叫び声を上げながら半分飛び込むような形で部室の中に突入する。

 

 

 

「どわぁぁーーー!!??」

 

「――へっ……? ずっ、ずらぁぁぁぁぁーーーー!!??」

 

 

 

 そのまま俺は、元々中に居たらしい人を巻き込みながら共に室内に倒れ込んだ。

 

 

「痛たた……喜子のやつ急になんだよ……あっ、ごめん! 怪我は――って、え?」

 

 

 そう言って善子に文句を吐きながら俺は、組み伏せる形で押し倒してしまったその子に謝ろうとして――その時、右手に妙に柔らかい感触を感じて固まった。

 

 あれ? 何だこのフワフワしたものは……なんだろう、物凄く嫌な予感を感じるぞ……?

 

 そう思って俺は、恐る恐る目線を下におろす。

 

 するとそこには、夢のようで最悪な現実が待ち受けていた。

 

 

 

「ず……ずらぁ………」

 

 

 

 そこに居たのは、俺に正面から組み伏せられ、顔を恥ずかしさで朱に染めながら俺を見上げる、下着姿のみしか身に着けていない花丸(はなまる)ちゃんだった。

 

 しかもその上――自分の右手が花丸ちゃんの胸をガッチリと掴んでしまってしまっているという最悪なオマケ付きでだ。

 

 

 

 あ……俺、終わった。

 

 

 

 そこで俺はようやく自分の置かれた危機的状況を理解し、静かにそう悟って現実逃避を始めた。

 

 

 

 

 

 ――そして、物語は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 

 部室内で女の子と二人きりという、そんな喜ばしくない状況で、俺と花丸ちゃんとお互いにフリーズしたまま、時間にしては数十秒だが体感時間で1時間以上にも感じる時間、互いに身じろぎ一つもとることは無かった。

 

 しかしその膠着状態も自身の体を支える腕が限界を迎え、プルプルと震えて悲鳴を上げ始めた頃にようやく終わりを告げる。

 

 

 

「…………っん………あっ………」

 

 

 

 手の震えが伝わったのか花丸ちゃんの口から吐息のような掠れた声が漏れ、その声に俺はずっと花丸ちゃんの胸を触りっぱなしだった事にようやく正気に戻って気付き、ほぼ反射的に手を離しながら花丸ちゃんの上から飛びのいた。

 

 しかし花丸ちゃんは立ち上がる事もせず、さっきの声を聞かれた恥ずかしさで両手で口を抑え顔を紅葉のように真っ赤にしながら、こちらを見ようともせずに全身を隠すように丸くなった。

 

 

 

「ゴメン花丸ちゃん! こ、こんな事しちゃって……謝って済むとかいう問題じゃないと思うけど、でも謝らせて! ゴメン!」

 

「………………」

 

 

 

 俺はそう言って謝るがしかし、俺の言葉に花丸ちゃんは何にも答えないままだった。

 ヤバい最悪だ……これ相当怒ってるぞ絶対。

 

 ああ、なんてことをしてしまったんだ俺は。

 花丸ちゃんは今まで疎遠だったけど、善子と同じ幼稚園時代の古なじみで仲の良かった友達なのに……それを事故とは言え押し倒して、その上にあんな事までして嫌な思いさせるとか、そんなの最悪だ。

 

 

「もう本当……申し訳ない。なんでもするから……だから、許してくれ花丸ちゃん」

 

 

 俺は真剣に謝り、再度花丸ちゃんに頭を下げた。

 すると、さっきまで何も言わなかった花丸ちゃんがようやく顔を上げて反応を見せる。

 

 

「――それ、本当ずら……?」

 

「……っ! 本当だ! なんでもする! 雑用荷物運びとか、都合の良い時に好きに労働力として使ってくれていいから! だから……」

 

 

 その花丸ちゃんの反応に救いを見た俺は必死でそう言って、情状酌量の希望に縋りつく。

 しかし、そんな花丸ちゃんの口から次に出た言葉は、俺の思考を再び奪うには十分すぎるインパクトがあった。

 

 

 

「じゃあ……責任をとって、おら……マルと、結婚してくれる?」

 

 

 

 ――はい? ケッコン……? って、結婚!!??

 俺は心臓が飛び出そうになるのを必死で抑えながら、未だ顔が赤らめたままの花丸ちゃんに言う。

 

 

「いやいやいやいや!? なんでっ!? なんでいきなり結婚!? 過程とかその他諸々走り高跳びしてない!?」

 

「だって……マル……流石にあんな事されたら、もうお嫁に行けないずら……」

 

 

 すると花丸ちゃんは、両手で顔を隠しながら小さな声でそう言った。

 ぐおぉぉぉ……!! そう言われると弱いってぇ……!! でもどうすんだこれ!? このままじゃ彼女より先に婚約者(フィアンセ)出来そうだぞ!? 俺まだ結婚できる年じゃないのに……! でも、酷い事しちゃったのは確かだし……どうしよう……!

 

 そんな葛藤に苛まれる俺だったが、それを知ってか知らずか花丸ちゃんは上目遣いに続けた。

 

 

「それに……マル、将来結婚するなら、お兄さんみたいな優しい人が良いなぁって思ってたから……正直、ラッキーなんて思ってたり……だから……どう……ずら?」

 

 

「……っ! あ、あのっ……そのっ……だ、だったら……」

 

 

 そんな、恥ずかしがりながらもそう言う花丸ちゃんの可愛さに、俺はつい誘導されてしまうかのように、『――せめて、お友達から始めましょう』と言ってしまいそうになった時だった。

 

 

 

「ずぅぅぅらぁぁぁまぁぁぁるぅぅぅぅぅーーーーー!!!」

 

 

 

 体育館中に響き渡るような大声でそう言って、我慢の限界でも来たかのように怒った表情で肩で荒く息をしながら、勢いよく部室の扉を開く善子。

 そして、善子はそのまま花丸ちゃんを指差しながら言う。

 

 

「それ反応違うでしょ!? 普通、あんな事されたらマスターにビンタ一発かまして、『もう! 君なんて大嫌い! 幻滅したずら!』――ってなる所でしょ!? なんでそこで結婚申し込んでんのよ、ずら丸はぁーー!!」

 

「よ、善子ちゃん……でも、マルには先輩を叩くなんて、そんなの無理ずら……」

 

 

 急に大声を出して入って来た善子に、驚きながらそう返す花丸ちゃん。

 しかし、善子にはその答えは不十分だったらしく、善子は表情を和らげる事無く言う。。

 

 

「だから! そんな話じゃないのっ! 何でマスターと結婚する話になってるのって聞いてるの!」

 

「じゃあ……なんで善子ちゃんはそんなに怒ってるの? ――善子ちゃんに、何の関係があるの?」

 

「そっ……それは……その……」

 

 

 しかし、花丸ちゃんがそう問いかけた瞬間、善子はとたんに言葉に勢いがなくなった。

 そしてついに善子は何も言わずに黙ってしまった。

 

 おい……善子お前、今日は本当にどうしちゃったんだよ……。

 

 俺は花丸ちゃんと善子の間に挟まれながら、善子の様子がおかしいのが気にかかっていた。

 そして、善子はしばらく黙った後、吐き捨てるように言った。

 

 

「――もうっ! 曜も花丸も……なんで……なんでこうなるのよ! 私って、本当に不幸……こんなはずじゃ……こんなはずじゃ無かったのに……!」

 

「なぁ……本当にどうしたんだ、お前?」

 

「マスターもマスターよっ! ヨハネと契約したのに、なんで他の女の子にもデレデレ優しくしてるのっ!? 特に曜と花丸は“危険”だって、練習の時見てたらすぐ分かるじゃない! それなのになんで!?」

 

「善子……なに言ってるんだ急に……!?」

 

 

 俺が心配したら癇癪の矛先は俺に飛び火し、“善子”と呼ばれたのにも反応することも無い善子の様子に思わず俺はだじろぐ。

 

 ダメだ、今は何を言っても聞いてくれそうにない――。

 俺がそう思って黙っていたら、善子は興奮したまま語り始めた。

 

 

「――スクールアイドルやるって決めて……そしたら、マスターも練習に参加することになって、最初は高校でも一緒に居られるって思って嬉しかったけど……でも、こんな事になるんだったら止めてればよかった……!」

 

「な……何が問題だったんだよ?」

 

「うるさい! 何が問題だったのか分かってるくせに! 

 ……マスターは……ヨハネだけのものなのっ!! 

 一生の契約をして、ヨハネだけに優しくて、いつもヨハネの事を心配してくれて、そして……今日みたいに予定があるのにヨハネが無茶を言っても、『仕方ないな』って言って笑って付きあってくれる……そんな最高のマスターなのっ!!

 だから……ヨハネ以外はマスターの良さに気付かなくていいの! それ以外の女の子には嫌われてればいいのっ!!」

 

 

 善子は一方的にそう言い、なおも気を収める事なく続ける。

 

 

「だから今日……曜が水泳の朝練あるって言うから終わる時間を聞いて、花丸にも用事があるって言って学校に呼んで、そして事故に見せかけて水をかけて、着替えあるって言って部室に行かせて、こんな事までしたのに……! 

 そしたら、嫌ってくれるどころか逆効果って……!! なんで……なんでこうなるのよ……!」

 

 

 

 ――しかし、善子がそう言ったのを聞いた瞬間、俺は頭の中でプツンと何かが切れるのを感じた。

 

 そうか……それが、善子が今日俺を学校に呼んだ本当の理由だったんだな。

 

 

 

「なぁ……善子……それって、今日俺をここに連れて来た本当の目的ってのはつまり。

 曜と花丸ちゃんに“契約したマスター”を取られたくないっていう身勝手なお前の中二病妄想で、曜にはわざわざ俺の目の前で制服に水をぶっかけて迷惑かけて、花丸ちゃんには見られたくもない下着姿を見せさせて心を傷つけたって事で――いいんだよな?」

 

「――ひっ……! え……? ま、マスター……?」

 

 

 俺は自分の中に沸いた怒りに任せてそう言うと、自然と声にドスが効いたのか善子をビビらせてしまった。

 でも、今の俺はそれに構ってる余裕なんて無かった。

 

 

「善子、お前なら知ってるよな? 俺は自分が迷惑かけられるのは良いけど、友達が他人の都合で迷惑かけられてるのを見るのが、大っ……嫌いなんだよ。

 しかも、それが妄想や虚言からくるものなら尚更だ――お前、ふざけてんじゃねぇぞ?」

 

「そっ……それはっ……ヨハネがマスターの事を……!」

 

 

 善子は怯えきった表情で目に涙を浮かべながらそう言う。

 しかし、それが何かの言い訳をしようとするように見えた俺は、叩き付けるように言ってやった。

 

 

「うっせえよッ!! 何が“ヨハネ”だ“マスター”だッッ!!!

 俺は今まではお前の妄想癖(もうそうへき)を特に否定してこなかったけどなぁ! 人様に迷惑かけるようになったんなら話は別だ! いいか……よく聞け!

 お前は堕天使じゃねぇよ! 津島善子っていう、ただの何の力も無い不運な人間の女の子だよ!! 

 天界なんて存在しないし、ましてや“天使”や“堕天使”だぁ? バッッッカじゃねぇのお前!?

 “天使”も“悪魔”も“堕天使”も――お前の言う都合の良い“ご主人様(マスター)”も……そんなの、この世に存在しねぇんだよ!! 嘘っぱちだよ全部が全部よぉ!!!

 だからいい加減、そのふざけた妄想から目を覚ましやがれ!!!」

 

「――お、お兄さんっ、言い過ぎずら!」

 

 

 俺がそこまで吐き捨てた時、そう言って花丸ちゃん俺を制止した。

 うるさい、止めるな花丸ちゃん……! 

 今後もさっきみたいな理由で、善子が他人に迷惑をかけるようになるのなら、今ここで完全に、善子の中の“堕天使ヨハネ”をぶっ壊すんだ! 

こればっかりは、今まで善子のこの性格を放置していた俺の責任なんだ!

 

 

「うっ……ううっ……」

 

 

 その時、善子を見るといつの間にか泣いているのに気が付いた。

 

 馬鹿か……今更泣いてももう遅いんだよ。

 

 そう思って、俺は更に追い打ちをかけようとした瞬間だった――

 

 

 

 

 

「“天使”も“堕天使”もこの世に存在しないなんて……そんなの私……もう……とっくに知ってるよ! 

 でも……マスターにだけは、そんなの言われたくなかった!!」

 

 

 

 

 

 ――善子は、泣きながらそう言って、そしてそのまま何も言わずに部室から走って出て行ってしまった。

 

 

 

「……え? とっくに知ってるって……何だよそれ……じゃあ、今までの俺の前でのお前は何だったんだよ……」

 

 

 

 呆然自失。まさにその言葉の通り、俺は何も考える事が出来ずに善子が出て行った後を見ながらそう呟いた。

 そんな、え? あり得ない。

 だって……お前、本気で自分のことを“堕天使”だって思い込むような、そんなイタい中二病末期患者だったんじゃなかったのかよ……?

 俺がそんなショックを覚えていると、そんな俺に花丸ちゃんがポツリと呟くように言った。

 

 

「――お兄さん、実は……善子ちゃん、学校では“普通の女の子”になって“リア充”を目指すって言って、いつもクラスの皆と話を合わせるように頑張ってるずら」

 

 

 そんな俺に花丸ちゃんはそう言って、俺の知らない善子の話をした。

 

 

「なんだよそれ……()()()()()……もっと、高校での善子の話をしてくれ花丸ちゃん!」

 

「そっ……その前に、善子ちゃんが用意してくれた制服着ていい? ずっとマルこの恰好なのは恥ずかしいずら……」

 

「あっ……ごめん、早くお願い!」

 

 

 そうして、服を着た花丸ちゃんの口から語られるのは、信じられないような事ばかりだった。

 

 

「入学式の日の自己紹介で、普通にしようと思っても堕天使が出ちゃって失敗して、それからクラスの皆と顔を合わせるのが恥ずかしくて出来ないって言って、学校しばらく来なくなっちゃった時もあって……」

 

「――不登校だった時は知ってる。でも、心配で理由を聞いても適当にはぐらかされてばっかりだった。

 ……でも、まさか……あの善子がそんな理由で休んでたなんて……」

 

 

 俺は花丸ちゃんの言葉に耳を疑う。

 嘘だろ……? 中学の頃、校庭にクラスの皆が沢山いる前で、堂々と屋上で『堕天使降臨!』とか宣言してた……あの善子が、みんなと顔合わせるのが恥ずかしいって……“普通”になりたいって言ったのか? “リア充”になりたいって言ったのか? そんなの……信じられない。

 

 

「だったら……なんで俺の前ではそんなの全く言わないで、あんなキャラ続けてたんだよ。普通になりたいって言ってくれたら、そんなのいくらでも手伝ってやるのに……」

 

 

 思わずそう呟くと、花丸ちゃんは笑って言った。

 

 

「それはきっと――高校で別になっちゃったお兄さんとの“絆”を無くしたくなかったんだよ」

 

「“絆”……? もしかして、善子がいつも言ってる『契約』の事か?」

 

「うん、だってお兄さんが練習に来るようになる前に一度、マルが善子ちゃんに中学生だった頃の話しを聞いた事があったけど、その時善子ちゃんは自分の事よりお兄さんの事ばっかり話してたずら。 

 高校では別になっちゃったけど、中学の頃に一生の契約を交わした最高の優しいマスターが居るんだって……そんな感じの話を善子ちゃんは目をキラキラさせながら言ってた。

 だから――お兄さんの前でだけは、契約を交わしたご主人様(マスター)の前でだけは……いつまでも完全無欠の“堕天使ヨハネ”で居たかったんじゃないのかな?」

 

「そう……だったのか……じゃあ俺は……俺は……」

 

 

 俺は花丸ちゃんの言葉にそう言い、その後自分が善子にしてしまった事の重大さに気付いて、愕然として言葉を失ってしまった。

 

 

『“天使”も“悪魔”も“堕天使”も、お前の言う都合の良い“ご主人様(マスター)”も……そんなの、この世に存在しねぇんだよ!! 嘘っぱちだよ全部が全部よぉ!!!

 だからいい加減、そのふざけた妄想から目を覚ましやがれ!!!』

 

 

 ――俺は、なんて事を言ってしまったんだろう。

 

 俺は結局……善子の事も……ましてや“堕天使ヨハネ”のことも、全く理解してなかったんだな。

 

 俺は両手の掌を見つめて歯を食いしばる――そして。

 

 

 

「俺のっ……大バカ野郎ぉぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

 

 

 そう叫んで俺は、自分の頬を思いっきり両手で乾いた音を響かせながら叩いた。

 

 超痛い……でも、痛みの代わりに目が覚めた気分だ。

 

 

「おっ、お兄さんっ!? 大丈夫ずら!?」

 

「……ってぇなぁ……! ――っし、じゃあ行ってくるよ。色々教えてくれてありがとうな、花丸ちゃん」

 

「……お兄さん、ちなみに、どこに行くつもり?」

 

「勿論――善子を追い掛けるに決まってる。

 そ、そしてさ、こんなタイミングで言うのもなんだけど……ゴメン……花丸ちゃん。やっぱり、責任とって結婚するのは無理そうだ、代わりに他の事で償えるように頑張るよ」

 

 

 そう言って、俺は花丸ちゃんにそう謝って背を向ける。

 

 

「あ……気にしてて、くれたんだ……ごめんなさい。あれ、外に善子ちゃん居るの分かってたから、善子ちゃんがお兄さんをどう思ってるのか知りたくてやった冗談で、そこまで気にしてないから心配しなくていいずら」

 

「あー、やっぱり? いや、さっきから全く追及してこなかったから、もしかしたらって思ったけど当たりか……冷静に考えれば、この部室ってドアがガラス張りだから外の様子とかよく見たらわかるもんな」

 

 

 そう言って軽く笑いながら、俺は花丸ちゃんの冗談を許した。

 すると、花丸ちゃんは再び顔を赤くしながら、消え入りそうな声のトーンで小さく言う。

 

 

「で……でも……マルが、将来お兄さんと結婚したいって思うのは本当だから……ちょっとだけ、考えてくれると嬉しいな……なんて……」

 

「……うん、了解、考えとくな。ありがとう花丸ちゃん、行ってくるよ」

 

 

 俺は花丸ちゃんに最後そう言って、そのまま振り返らずに部室を走って後にした。

 

 

 

「もう、善子ちゃんの事で頭一杯だって自分で分かってる筈なのに……ハッキリ断ってくれないなんて、お兄さんは優しすぎるずら……」

 

 

 

 ――後ろから聞こえてくる花丸ちゃんのそんな声も、聞こえないふりをしながら。

 

 

 そして俺は学校を出て、俺のカン違いの所為で傷ついてしまった不幸な堕天使様を必死で探し始めた。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 俺は内浦の街中を駆け回り、沼津の商店街をしらみつぶしに見て回ったりして、善子の行きそうなところを片っ端から探した。

 

 しかし、こんな時でも善子の不幸体質は絶好調なのか、ことごとく行き先の目星は検討ハズレに終わってしまう。

 

 それでも俺は諦めずに探し続け、そして夕方になりようやく、内浦の海辺の人気(ひとけ)の無い桟橋の先で、体育座りをして海を眺めている善子の後ろ姿を見つけた時は、既に時刻は五時を過ぎていた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! 全く、ここに居たか……善子」

 

「……!? な、なんで、来たのよ……」

 

 

 善子は俺の姿を見て、驚いてそう言った。

 無理もない、何故なら俺は、もうとっくに今日の四時からのサイン会に行く予定を蹴って善子を探していたのだから。

 そんな善子に俺は、肩で息をしながらも笑って言ってやる。

 

 

「はぁ……はぁ……おいおい……いつもの『善子じゃない! ヨハネ!』っていうのはどうしたんだ? お前は“堕天使”なんじゃなかったのかよ」

 

「……一体なんなのよ。あなたは()()、嫌いなんじゃなかったの?」

 

 

 俺の言葉に不審な表情でそう返す善子。

 無理もない、あんなに酷く言ってしまった後だ、信じて貰えないのは承知の上――でも、俺は構わずに言ってやる。

 

 

「いや……あれは、お前が本当に現実との区別が出来てないと思ったから注意のつもりで言っただけだ。嫌いなんて、一言も言った覚えはない」

 

「――嘘言わないでよ! あんなに怖い顔で“堕天使”も私の理想の“ご主人様(マスター)”も居ないっていったじゃない!

 どうせ……あなたも、中学のクラスの子と同じように、私の事を気持ち悪いって心の中では思ってたんでしょ!」

 

 

 俺の言葉に、立ち上がりながらそう大声で言う善子。

 そんな善子に、俺は負けないぐらいの大声で言ってやる。

 

 

 

「――そう思ってるんだったら、そもそも最初っからお前と“契約”なんてバカな事してる訳ないだろ!!」

 

「…………っ!?」

 

 

 

 善子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まった。

 俺はそんな善子に畳みかけるように続ける。

 

 

「そうだよ……気持ち悪いなんて思ってるんだったら、誰が好き好んでお前と訳わかんないような契約するんだよ!

 今日だって善子の言うことなんて無視して、さっさとサイン会の行列に並んでるよ!」

 

「そ……それは……」

 

「いいか、よく聞け。俺はな、お前が現実をちゃんと理解して、それでもやりたいんだったら“堕天使”やってて良いって思う!

 だって――好きなんだろ!? 自分が思う“理想の自分(堕天使)”になりきって振る舞うのが! それの何が悪いんだよ! 自分の理想とする存在になりたいって思う事の何が悪いんだよ! 

 俺も、憧れの歌手(ヒト)が居るからよくわかる――だから、お前はお前のまま、これから先も、“堕天使ヨハネ”のままで……自分の好きな事に胸張って生きてて良いんだよ!」

 

 

 そう一息で言い切って、俺は肩で荒く息を吐く。善子を探して数時間も走り回っていた疲れがどっと押し寄せてくるのを感じた。

 そんな俺を見て、ようやく善子は和やかな表情で笑った。

 

 

「“堕天使”が好きな自分のまま、正直に生きて良いって……やっぱり、流石私のご主人様(マスター)ね。前に、似たような事千歌ちゃんにも言われたわ」

 

「え、嘘だろ……!? あんな強引アホっ毛女と俺が同レベルだと……!?」

 

 

 俺は割と真剣に善子のその言葉に傷ついたが、善子が嬉しそうに言っているのを見て、まぁいいかと思い直した。

 何にせよ、善子が元気出してくれたんならそれで良い。

 そう思っていると、善子は俺に向かって指を差して宣言する。

 

 

「マスター! あなたの言いたい事はよくわかった。

 でも、今回の件でヨハネは深く傷ついたわ! だから、その辺りも考慮して、“契約の更新”を今から行う!」

 

 

 ああそうか……今後もお前はそのキャラで行くんだな。

 

 そう思って俺は頬を緩ませる。朝にはため息までついてしまう程に見飽きてしまった善子の堕天使キャラも、今になっては見ていて安心してしまうのだから、俺は最早病気なのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、善子に応じてやる。

 

 

「契約の更新って、何をするんだよ“ヨハネ”?」

 

「まぁ……とは言っても、さっきまでずっと一人で考えてた事なんだけれどね。

 今回の私の反省も顧みて、今度の契約の更新はマスターにも選択の自由がある物にしようと思うの……思えば、もっと早くにこうしていたら、今日みたいな事は無かったかもしれないし」

 

「選択の自由……?」

 

「ええ……今から私が“一つの条件”を突きつけるわ。マスターはそれをイエスかノーかで答えてくれるだけでいいの。

 その答えで契約が更新されるか――それとも、契約が終わるかが決まる。

 きれいさっぱり、二者択一よ……単純で分かりやすいでしょ?」

 

「……その条件は……なんだよ?」

 

 

 善子の真剣さに息を飲みながらそう言うと善子は、目を閉じて何度も深呼吸を始めた。

 そしてその後、目を開き決心したように言う。

 

 

 

「マスター……私は、“堕天使ヨハネ”としても、“津島善子”としてもあなたの事が好き!

 他の誰にも渡したくない位に、小さな時からあなたの事がずっとずっと大好きだったの! だから……私と付き合って下さい!」

 

 

 

 ……うん、そんな事ぐらい知ってたよ、善子。

 善子の突きつける条件にそう思って俺は、善子を探しながらずっと考えていた事を話し始めた。

 

 

 

「なぁ……俺さ、善子は不幸な奴だって思うんだ」

 

「……え、えっ? そっ……それがど、どうしたのっ!?」

 

 

 善子は告白した後の返答待ちの緊張の所為か、しどろもどろになりながらそう言う。

 俺はその反応を見て、その後も言葉を続ける。

 

 

「今日だって俺が開けたドアにぶつかるわ、建てた計画だって思い通りにいかないわ、そして俺がお前を探しに行っても、まるで運命のイタズラのように見つからないわで……本当、不幸なやつだよお前は――」

 

「だっ……だから何が言いたいのよマスターは! まっ……まさか……だから付きあえないって言うつも――」

 

「――だけど、俺の方がもっと“不幸”だッッ!!!」

 

「えっ……ええっ……?」

 

 

 そんな俺の宣言に、善子は呆気にとられたようにそう言った。

 俺はなおも続ける。

 

 

「今思えば、幼稚園の時にもう俺の人生は決まったようなもんだったな。

 自分の事を天使だと言う女の子に、興味をもってしまった事が俺の“不幸”の始まりだ」

 

「…………そんな頃、あったわね」

 

「気づけは俺はその日から、転んで泣いてないかどうか幼稚園の広場に出たら毎日お前の姿を探した。

 小学校に上がったら、遠足の日の前は雨や、善子が風邪をひかないかどうか心配だった。

 中学の頃は“堕天使”とか言って、クラスの周囲から浮いてるお前がいつも心配だった。

 そして高校は、突然内浦の女子高に通うって言い出して、俺とは別の高校に入学したのは良いけど、そこで上手くやれてるかと思うと俺は授業に集中できなくなる位心配になった。

 そして――スクールアイドル始めるとか言い出した時が一番心配だった。

 あんなキラキラしたものが善子に務まるとは思ってなかったし、そして心配のあまり女子高に入って見に行ったら、あれよあれよという間に、スクールアイドルなんてものに関わるようになっちゃったよ……全くもって不幸だ――ああ、俺は不幸だね」

 

「――もうっ! 結局、マスターは何が言いたいのよっ!」

 

 

 俺の不幸自慢に痺れを切らした善子が、怒ったようにそう言った。

 そんな善子に、俺は恥ずかしさで顔を若干背けながら言う。

 

 

「つまり……俺はお前の事が心配で心配でたまらないって事だよ。

 いっつも何かやらかしてないか心配で、毎日お前のことを考えない日は無いぐらいだ。

 だから……やっと、分かったんだ。今まで気づいてなかっただけで、お前に出会った日からずっと俺は、中二病なんかよりもタチの悪い、一生治る事のない病に罹ってたんだってな」

 

「そ……それって……!」

 

「――本当に不本意で、自分でも認めたくないって気持ちの方が大きいんだけどな……でも、どうやら……この気持ちは……そっ、そういう事……らしい……。

 ああもう! 回りくどくなっちゃったからハッキリ言ってやる!

 好きだ善子! お前が一生傍にいてくれないと俺は心配でたまらなくなるんだ!!」

 

 

 

 そう言った瞬間、善子が思いっきり正面から俺に抱き付いてくるのを感じた。

 

 

 

「~~~っ! やったわ! 契約更新決定! もう……仕方ないわね、心配性なマスターなんだから……言われなくても、しっかり私が傍にいてあげるわ! うっとおしいって言ってももう遅いんだから!」

 

「ああ、頼むよヨハネ……うっとおしいなんて言ったりしないから、もう二度と今日みたいに俺から逃げないでくれよ」

 

 

 

 俺はそう言いながら善子を抱きしめ返した。

 

 そうして、俺達は晴れて恋人関係と言う名の契約を完了する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 

「そうよ……! ねぇ、マスター……ひとつ、謝りたい事があったわ」

 

「うん? 何を謝るつもりなんだヨハネ?」

 

 

 

 俺達の契約が終わった後、善子を送る目的で一緒に帰っていると、不意に善子がそんな事を言いだした。

 

 

「なにって……結局マスター……私の所為で行けなかったじゃない、マスターがファンだって言ってた歌手のサイン会!」

 

「ああそれかぁ……まぁ、残念だったけど良いんだよ」

 

「残念って、それ行きたかったってことじゃない! ごめんなさい……」

 

「いやいや、謝らなくていいんだよ本当に」

 

「な、なんでよ……」

 

 

 納得がいかないようにそう言う善子に、俺は正直な気持ちを語った。

 

 

「それは善子を探してた時は、完全に善子の事しか頭に無かったから――ってのもあるけど、実際は思い出してても行かなかっただろうなぁ」

 

「どうしてよ、あんなに行きたがってたじゃないマスター!」

 

「だって――大切な幼馴染を泣かせたままで、俺は憧れの人に会わせる顔が無かったからだよ」

 

 

 そう言ったら、善子は顔を赤くして言葉を失ってしまった。

 

 ああ……うん、やっぱり善子って普通にしてたら可愛いよなぁ。――でもまぁ、堕天使してる時の善子も可愛いって今さっき気付いたけどな。

 俺は自分の彼女の姿にそう内心ノロケながら「それに――」と続ける。

 

 

「――俺が大ファンで憧れのあの人は、歌う歌も、奏でる音色も、生き方も……全部が全部、カッコいい人だからな。

 だから、今は会えなくて良いんだ、いつか俺が相応しいって思えるぐらいに精神的に成長したら、その時は胸を張って今度はこっちから東京に行って、サインもらいに会いに行くから、その時まで俺は精進あるのみ――ってな?」

 

「マスターも、私にとっては十分カッコ良いのに……よし! 私も、マスターに心配だからだけじゃなくて、いつか、ちゃんと私自身の魅力にゾッコンになって貰うために今から頑張るわ!」

 

「ああ、おーけーおーけー。期待して待ってるよ。

 それに、“普通”になって友達作りたいんだろ? だったらその協力だってしてやるからさ、お前の彼氏としてどーんと任せてくれよ!」

 

「……ああ……それね……いや、マスターには悪いけど、それはもう急いでやる必要が無くなったっていうかなんというか……」

 

 

 すると、突然そんな事を言いだす善子に俺は驚いて言う。

 

 

「えっ、どうしてそんな事を言うんだよ!?」

 

「だ、だって……」

 

 

 善子はそう言って俺の方チラチラ見た後、真っ赤になって下を向きながら小さな声でこう言った。

 

 

 

「だって……最初の目的だった“リア充”にはなれたから、もう無理して急いでまで普通にならなくてもいいかなって……」

 

「えっ、それはどういう……?」

 

 

 

 俺がそう言って善子の言葉の意味を聞き返した時、遠くから走ってくる足音が聞こえてそちらを見ると、道の向こうの方から二人組の人が手を振っているのが見えた。

 

 

 

「おおーい! そこのお二人さーん!」

 

「お兄さーん! 善子ちゃーん! よかった、見つかったんだねー!」

 

「げっ……! 曜……ず、ずら丸……!」

 

 

 そう言って手を振るのは、曜と花丸ちゃんの二人の姿だった。

 善子は見てすかさず俺の手に抱き付き、所有権を主張するように二人を警戒する体勢に入る。

 

 それにしても、なんで二人が……って、もしかして、花丸ちゃんが善子を探してくれている間に、沼津のショッピングセンターかなんかで合流したのかな?

 そう思って俺は善子の背中を押しながら言う。

 

 

「なにが『げっ……』だよ善子。ほら、丁度良いから学校での件謝ってこい早く」

 

「うう……わ、分かったわよマスター」

 

 

 俺達がそうやっている間に、二人はこちらまで来て言った。

 

 

「良かった……善子ちゃんが見つからないって花丸ちゃんから聞いたけど、君が見つけてくれたんだね!」

 

「良かったぁ善子ちゃん……お兄さんから連絡ないから、てっきり見つからないのかと思って心配しちゃったずら……」

 

「あ、あの……曜、花丸……その……あの……学校ではごめんなさい」

 

「え? ああ、服? いいよいいよ、夏だからすぐ乾いちゃったしね」

 

「ううん、いいよ善子ちゃん。私も悪い所もあったから」

 

 

 

 素直に心配してくれる二人に、善子も素直に謝り、全てが円満に収まろうとした時だった。

 

 

 

「それにしても……うーむ……その様子から見たら、やっぱり収まる所に収まっちゃったかぁ……」

 

「やっぱり……そうだよね……よかったね、おめでとうずら、善子ちゃん」

 

 

 

 寂しそうな顔でそう言う二人を見て、俺は心がズキズキと痛んだ。

 ええい、迷うな俺。ちゃんと選んだんだったら、しっかりしないとダメだろ。

 善子の方を見ると、善子も気まずい気持ちがあるのか、二人を前にして何かを言おうとするが何も言えていなかった。

 

 よし……やっぱりこういう時って、男の俺がケジメ取らないとダメな時だろう。

 と、そう思い、覚悟を決めて俺が口を開こうとした瞬間だった。

 

 

「――まぁ、でも善子ちゃん、今は付き合ってるからって油断しないでね……さっき花丸ちゃんと話し合って決めたんだけど、まだ私達は善子ちゃんのマスターを諦めない事に決めたから!」

 

「「…………は?」」

 

 

 するとさっきまでの悲しそうな顔はどこへやら、あっけらかんと笑ってそう言う曜のそんな信じられない発言に、俺と善子は二人して絶句する。

 

 

「マルはさっきまではお兄さんのこと諦めてたけど……曜ちゃんに話をしたら、最後まで諦めちゃダメだよって勇気づけられたから……ゆ、ゆーわくするのは自信ないけど、オラ……が、がんばるずら!」

 

「「は、はいぃぃ……!?」」

 

 

 続けて、花丸ちゃんの方も曜のそんな熱にあてられたのか、そんな訳の分からない発言をしだして俺と善子は耳を疑った。

 

 なに……これ……? 一体、なにが起こってるっていうんだ? 

 え? 俺が善子と付き合ってるの悟ったんじゃなかったの? ――っていうか、お構いなしのつもりなの!? 

 なんでそんな結論に至ってんの!?

 

 

 ……まさか、俺が善子と付き合った事で善子の不幸体質が作用して、()()()()()()()()()()って言うんじゃないだろうな……!?

 

 

 

「マスター! 走って!」

 

 

 そんな疑問符満載でフリーズする俺の腕を、善子はグイッっと引いて走り出す。

 俺もそんな善子に手を引かれながら走り出した。

 そう言えば、今日は善子に手を引かれてばかりだな……なんて、そんな事を考えながら。

 

 

 

「あっ……待って~二人共~!」

 

「善子ちゃーん! おにいさーん! 待つずら~!」

 

 

 

 曜と花丸ちゃんに追いかけられながら、俺と善子は手を繋ぎながら来た道を全力で走る。

 そして善子は走りながら追って来る二人の方を振り返って言った。

 

 

 

 

 

「うるさーーい!! ご主人様(マスター)はヨハネのものなの!! 絶対二人にも……例え、他の誰にだって渡さないんだからぁぁぁーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 そんな善子の大声が、夕日が今にも沈みそうな海沿いの道路道に響いたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、堕天使と契約して“不幸”に魅入(みい)られた人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――と、こんな物騒な文章で物語を書き結んでしまえば、読む人は俺の事をなんて不幸な人間なんだろうと思ってしまうだろうか。

 

 

 でも、それは間違いじゃない。

 

 

 なぜならこの物語は、俺が不幸な少女に心を奪われてしまって、その不幸な女の子の方からも魅入られて両想いになって、そして紆余曲折あって不幸を分かち合う関係になっただけの物語。

 

 

 俺は善子に手を引かれて走りながら、この先も善子が巻き起こす不幸に巻き込まれるんだろうと思うと、思わずため息がでそうになってしまう。

 

 でもしかし、好きな子と手を繋ぎながら走っていて、いつの間にか自分が笑ってしまっている事に気付いた俺は、これから先もずっと幸せが続くという予感に、疑いなんて一遍もなくなったのだった。

 

 

 

 だからもしも、この不幸で……でも幸せな物語に題名をつけるとするならこうだろう――

 

 

 

 

『それは、不幸から始まる物語』 ――と。

 

 

 

 

 




どうでしたでしょうか? 私なりに善子ちゃんを使ってラッキースケベを表現するとこうなりました。
善子ちゃん可愛いですよね? ですよね?
しかもアニメでのキャラ設定も私的に好みでとっても気に入っちゃいました。
これからもサンシャインアニメでの彼女の活躍には目が離せません。
あと、曜ちゃんと花丸ちゃんも友達思いの良い子で好きです。

そんな好きってだけで書いた話で企画のトリを飾らせてもらって少し申し訳ない想いもありますが、読んで下さった方に少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
そして、この場をお借りしまして、今回の企画に参加させて頂いた鍵のすけさんに心からの感謝を――

では、またいずれお会いしましょう。

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