「無理無理無理無理無理!!」
勇ましく戦いを挑んだはいいものの、黎凪は今盛大に逃げ回っていた。なんせ相手は準最強にして無限の龍神オーフィス。魔力、生命力を常時吸収したとしても衰弱など狙えるわけもなく、むしろ常に流れてくるエネルギーで自分が風船のように爆発してしまうような危険を孕んでいた。おかげで、攻撃した分は全部速攻で放出するしかないのである。
「逃がさない」
その攻撃もオーフィスの前には意味をなさない。この虚しさは奇しくも先程カテレアが受けたものと一緒だった。因果応報とはまさにこのこと。黎凪は運命を呪った。
オーフィスが繰り出す単純すぎるがゆえに強力な魔力の塊を翻して、本人も時々反撃に出る。
「ヘルズ……ファング!!」
「無駄」
だが効かない。
泣けるくらいに効かない。オーフィスは受け止めるようなことをせずに、棒立ちのまま、彼の攻撃を受け止めた。しかし、それはもう学習しているとばかりに狼を象った闇をそのまま巨大な腕に変えてオーフィスの身体を拘束する。
「闇に喰われろ!」
そのまま握りつぶそうとしたところでオーフィスに闇を払われ脱出されてしまう。だが、無限であるオーフィスの身体にわずかながらに傷ができていた。それもすぐに修復されてしまうが、少なくとも大技は通じるということが理解できた黎凪は逃走をやめて勝つために頭を回転させる。
先程の攻撃のおかげで、大技だけは何とか効くことはわかった。しかし、それ以外の攻撃はまるで通用せず、相手の攻撃は常に一撃必殺。ここからどうするのか……黎凪は長年戦いに身を置いていた知識からそれを導き出す。
―――――常識外の存在に勝つには、常識を捨てるしかない。
これだと思った。どっか別の次元でもこれを実践しているという大宇宙からの電波すらも受け取った。分かったのであれば、それを実行するまで。ということで、黎凪はそれを実践することにした。
幸いなことに、オーフィスは生まれながらにして絶対的な強者だった。やることと言えば、強大な力にものを言わせたごり押しのみ。防ぐことも、ほとんどしないし、武術などの小細工を使うこともない。つまり、隙などいくらでも作り出すことができた。
そうして考え付いたことを早速実行することにした。
まずは先程まですぐに吐き出していたオーフィスの魔力やら生命力やらを限界までため込んでからそれを利用して攻撃に転換することにしたのである。当然、一歩間違えれば自分の肢体は爆発四散、ショッギョムッジョの大惨事だが、このままではどちらにせよ大人しくつれていかれるしかない。自分の力をどう利用されるのかはわからないが、催眠状態にされて傀儡にされるくらいだと考えているためにやらなければどちらにせよアウトと考えていたためにやるしかないと実行することにしたのである。
「ぐっ……おも……」
飽和状態のエネルギーをため込みつつ、これを凝縮し、オーフィスに当てる攻撃にぶつける。
「ヘルズ!……ファング!!」
「何度やっても……?」
先程も効かなかった技、特に警戒することもなく、むしろ自分に自ら寄ってきて狙いやすいくらいに考えていたオーフィスの無表情が揺らいだ。これは先程までのモノとは桁違いの威力だと気づいたらしい。
今までとは違い、反撃の体勢に入ったオーフィスだったが、既に黎凪の闇が彼女の身体を拘束していた。当然、それは長時間彼女を縛っていられるようなものではない。だが、今の距離であれば一瞬でもその行動を制限することができれば十分だった。
無防備なオーフィスの身体にオーフィスの力である無限を吸収した闇が突き刺さる。この時オーフィスはグレートレッド以外で初めて後方に吹き飛ばされるという経験をした。
できれば追撃したい黎凪だったが、残念ながら慣れないことした所為で疲れがたまっており、肩で息をしていた。
「はぁー……ハー……。まっ、これくらいじゃあ死なねえよな。むしろ今ので本気にさせちまったかもしれねえし……」
息を整えて、再び構えを取る。なんというか、先程とは打って変わり感情とは別の部分で黎凪は負けたくないと考えるようになっていた。
「ウロボロスっていうのがどうにも引っかかるんだよな……」
これは本人が全く関係ないことなのでいくら考えたところで答えなど見つからない部分なのだが、とりあえず本能とか前世の記憶というかその辺のところで何とか彼はこの場に立っていた。
「………我の力、凝縮してぶつけた?……面白い」
黎凪の予想通りやる気満々の状態で帰って来たオーフィス。それを見て黎凪も自分を振るい立たせるためにニヤリと唇の端を吊り上げた。
「ハッ、どうだ。ぶっ飛ばされた感覚は?楽しかったか?」
「楽しい……我はわからない。けど、新鮮。……やっぱり、お前、面白い」
「そうか。それは何よりだ。満足したか?」
「してない」
「………だったら、満足するまで付き合ってやるよ、特別にな!」
こうして会話をしている間もしっかりと吸収していたエネルギーを全身に壊れる寸前の出力で回すことによって、普段では考えれらないほどの推進力を生みだしつつオーフィスに突撃する。
先の一撃で黎凪を自分に届きうる存在と認めたオーフィスは黎凪を迎え撃つために小さな拳を振るった。振るわれた拳は見た目に反し、強力な破壊力を秘めており、拳を振るうたびに暴風を巻き起こした。それを持っている大剣で切り裂きつつ過去最高の速度で接近した黎凪はいつも腕に纏わせている闇を足に纏わせて蹴りを放つ。
「ガントレットハーデス!」
「……」
黎凪の蹴りをオーフィスはその小さな肢体で受け止め、逆にがら空きの胴体に拳を振るった。これを喰らったら一発アウトということを誰よりも自覚している黎凪は闇を何重にも重ねてそれを防ごうとする。
物理的には防ぐことができたものの、衝撃は貫通して黎凪の体を襲った。だが、彼が戦闘時着ているのは自身の闇で象ったもの。当然のごとく衝撃に対する耐性などは備えているのである。それすらも突き抜けてくるのだが、そこは気合で持ちこたえる。
オーフィスの身体を蹴って後方に宙返りで飛んで距離を稼いだ。この距離はオーフィスにとってゼロに近いがそれでも黎凪が一息つくには十分だ。
着地地点を狙って今度はオーフィスから魔力弾が発射される。それを時々吐き出しつつ吸収して霧散させると、その吸収した分を自分の強化に回して、魔力弾を囮として近づいてきたオーフィスを受け止める。
自分の攻撃を真正面から受け止められたオーフィスはその無表情な顔を一瞬だけ崩し、目を見開いた。
「人間舐めんな、痴女ロリ」
「我、オーフィス。それより、お前、名前は?」
「黎凪。野水黎凪だ」
「そう」
短く言葉を交わし終えた後、二人して後方に跳んだ。黎凪は今さらながら腕に衝撃が来たのか軽く振るっていた。
「硬ってぇな、オイ」
「黎凪、我の力が馴染んできている。だから、我とも渡り合える」
「マジでか」
予想外の一言に思わず答えてしまう黎凪。それに対してオーフィスは律儀に頷いた。素直でいい子である。一方黎凪はそのあまりにも厄介事を引き寄せそうな事態に溜息を吐いていた。ぶっちゃけ、この全力全開状態も十二分に厄介事の種となっていて、実際にオーフィスなんて超弩級の厄介事を既に引き寄せている。それ以上のものが来る可能性だってあるのだろうかと考えてしまったのである。
「本当。だから、我と来る。黎凪となら、グレートレッド、倒せる可能性、ある」
「だからと言って、それだけでグレートレッドに勝てるとは思えねえし、そもそもテロリストのボスなんてやってるやつについていけるかってんだ」
「………?てろりすと?」
「あー……そういえば、お前勝手に寄生されていたんだったか……」
あの場所を去る時に耳に届いてきた白龍皇・ヴァーリの言葉を思い出す。そして黎凪はある仮説を立てた。
――――もしかして、グレートレッドを倒すためだけに禍の団を作って、自分たちの用が終われば手伝ってあっげるよー的なこと言われて待ってるだけか?……もしそうだったら色々あれだぞオイ。
「お前が作ったんだろ?禍の団」
「作った……?我、何もしていない。グレートレッド倒すには力が必要と言われただけ。だから、我の蛇、渡した」
そうして、オーフィスの力を貰って意気揚々と喧嘩を売ってきたのが、カテレアだったということで、黎凪は自分の頭が痛くなる感覚に襲われた。
「ま、とりあえずそういうことだ。ついさっき、お前の造った組織がテロリストとして公式(?)に認識された。そんな奴と一緒にいたんじゃ俺までお前らの仲間入りだ」
この言葉を言った瞬間、どこかで中国の英雄の名前を持ったイケメンが超絶笑顔でウェルカムと言っている姿を想像してしまった黎凪は頭を振ってその考えを振り払った。
「なら、我、禍の団を抜ける」
「ファッ!?」
思わず変な声が出た黎凪だったがそんなこと気にしてはいられない。何故ならオーフィスがとんでもない発言をかましてくれたからである。自分で作ったというよりはいつの間にか担ぎ上げられたと言ってもいいものだが、きっかけは自分から作ったのだ。にもかかわらずここに速攻でその組織を捨てる宣言。驚くなという方が無理である。
「なんで!?」
「我の下に集まった者たち、全員集まっても今の黎凪に勝てない。なら、黎凪の方がいい」
「ざっけんなよ。マジで……」
力こそがパワーにしてそれこそが最重要事項。
オーフィスの思考はまさにこれだった。今度こそ本当に黎凪は頭を抱える。
「というわけで、黎凪。我と来る」
「行けるか馬鹿。少しは考えろ」
「………?」
「あ゛ーっ!くっそ。面倒臭ェ!」
先程までの戦意は何処へやら、もはや戦う気にすらなれなかった黎凪は一気に話をつけることにした。
「ブラックオンスロート」
「!」
いつも背中に下げている大剣を大鎌に形態変化させて、それをオーフィスに向ける。彼の身体からは自分の力とオーフィスの力が放出されており、この攻撃も十分彼女に通じる……いや、今までのとは違い、通じるというレベルで収まるものではなかった。
「黎凪、まだ隠し玉持ってた?」
「まぁな。とりあえず、これでも喰らってどっか行っとけ!」
この攻撃でも彼女を殺せないことは百も承知だ。
だが、今までとは比較にならないくらいの傷を負わせられるとは考えていた。これを使用し、相手が弱るもしくはよろめいているところで逃げる。これが今回黎凪が最終的に下した判断だった。
負けたくないはどうしたかって?これは戦略的撤退だからノーカンである。
「――――これが、闇の力だ」
「面白い……!」
黎凪は逃げ出した。
彼にはグレートレッドとかどうでもいいのである。
彼の必殺技ともいえるブラックオンスロート。自分の持てる超弩級の攻撃を連続で繰り出すその技の最後、デストラクションでオーフィスをフッ飛ばした後、黎凪は急いで右腕に制限をいつも以上にかけて自宅へと帰還していた。
力を抑え込んでさえいればオーフィスは気づかないと、そう考えたためである。
冷蔵庫の中からビールを取り出して、飲みながら自室へと上がる。もう、今日は酒を飲んで寝たい気分だったのだ。
そうして、自室の扉に手をかけると、
「黎凪、遅い」
先程戦ったばかりの龍神様がそこにいらっしゃった。
「おい、何でいる」
「我言った。黎凪さえいればほかの奴、いらない。だから、我の方からきた」
黎凪が来なければ自分が行けばいいじゃないということである。実に単純明快。それ故に厄介極まりない。特に黎凪にとっては。実力で同行できない相手などどう追い出せばいいのかわからないのだ。
「それに、黎凪、我と戦うたびに無限が馴染んでいった。このままやって行けば、我と肩を並べられる、かもしれない。そうすれば、勝率は上がる」
「―――――――――――――」
龍神が家に厄介になるということは厄介事も家に来るということ、オーフィスと戦うたびに強くなると言われれば、ほぼ毎日戦わされるということ、自分が強くなりながらオーフィスとともにいるということは、他の勢力やテロリストからも本格的に狙われるようになるということ。ここまで考えた黎凪はその場に倒れ込み、そのまま意識を失った。
その様子にオーフィスは不思議そうに首を傾げ、動かなくなった黎凪の頬をぺちぺちと叩くのだった。
彼の受難はこれからだ!
―――――――――おまけ
「ところで、やっぱりお前を見てるとなんか引っかかるんだよな」
「………?………!」
黎凪の疑問にオーフィスも首を傾げる。しかし、しばらくしたら何か思いついたのか、彼女はいつもの無表情で口を開いた。
「ひゃっはー?」
「何言ってんだ。お前」
「我がこれを言えば、黎凪の疑問の答えになる気がした」
「どういうことなの……?」
「じゃよくほうてんじん?」
「わかってないだろお前………」
やーい、黎凪のロリコン。