ここから独自解釈が強くなります。
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第九話
カイケイの命はまだ消えずにいた。
言い方が悪いかもしれないが奇跡的だとしか言い様がない。発見した時は助からないとさえ思っていた。腕は片方が既に失くなっていた。両の足は後ろに曲がり、折れていた。顔の半分以上が焼け爛れていた。
恩人では最早言い尽くせない人物の危機。既に危機を通り越して手遅れであると半ば諦めがあったのかもしれないが理性と本能が一致せず、唯必死に救う術のみを模索していた事が思い出される。
「ありがとうございました。あいつを大佐のお陰で助けることが出来ました。」
「例はもう良い。飽きるほどに聞いたからな。それよりも少佐がそれ程までに取り乱すとは、思いもよらなかった。もう少しドライな人間だと記憶していたが間違いだったか。」
現在、僕は任務の言い渡しのために大佐の執務室にいる。
何を考えていたのか。初めに頼ったのは大佐であった。元々交友が広い訳でもなく頼れるのが限られた人数だという事もあった。
最大の理由はカイケイが倒れていたのが統制機構のお膝元、本拠地とも言って良い場所で死にかけていたことに起因する。腕が千切れていたとか、足が折られていたなんてことだけならば気にかける必要さえ無かったのだ。
顔に残った明らかな焼け跡。
術式が犯行に使用された隠すことの出来ない確定的な証拠であった。統制機構の誰かが行った犯行であることが断定されたのだ。
飽くまでも犯行場所が統制機構の宿舎近くであったからであり、今では一般人でも術式を利用して生活を営むので、軽犯罪も多発している訳だが。
そんなわけで頼ることが出来るのは大佐しかいなかった理由は、裏の事にある程度の理解があってもしも大佐が犯人だったとしても証拠すら残さないだろうと踏んだからだ。信用の裏返しだと言えば大佐は珍しく笑っていた。
しかし、数刻の後に僕にとって笑い事にならない事態へと変わった。
僕が任務の言い渡しに来ていた筈のこの部屋に一人、予想だにしなかった人物が来たのだ。
「ちょいと邪魔するぜ。」
そんな軽口を叩きながら入って来たのは、統制機構の最高司令であるカグラ=ムツキ大佐、その人であった。
「今まで此処に来たことは無かったと記憶していますが、どうなされましたか。総司令殿。」
「皮肉はいいよ。俺は技術大佐達とお喋りに来ただけだ。それに貴方が言い出したんでしょう、最悪の場合の保険として動いておいて欲しいってな。」
何事もない様に話を続ける二人を眺めるほか無かった。
確かに話している所を見たことさえなかったが、話をしない割の仲の悪さが有るものだと頭の中で帰結していたのだ。誰しもが考えなかった自体だ。
「それで、上手く行きそうなのか。今回で駄目な様だったら次は無いんだぞ。対応されたら手の施しようが失くなる。そうしたら精々他人がどうにかするまで待つしかない。」
「それは勿論承知の上だ。先日漸く自覚が出来たかというのに、思わぬ偶然で開きかけていた物が閉じてしまってな。もう一押しで完全になるのだが、如何せん制御が効かなくなった時が不味い。事は慎重に運ばなければならない。」
任務の詳しい情報が得られぬままに上官の二人の話は進んで行く。せめて準備でもだけでも早くするために急ぎ終わって欲しいのだ。カイケイの容態を見ていなければならない事もあるがそれと同等以上に確かめなければならないことがある。
しかし、厄介事は更に増えるようであった。僕の悪い予想は的中してしまった。
「…先日の件で思い出したが、俺の部下であるマリー=ローゼンが帝の勅命を受け、任務に向かった後に連絡が途絶えて行方が知れなくなっている。」
司令はその後の言葉も続けた。
「だが、ちょうど先日に此処の近くで目撃情報が上がっている。当然、考えられるのは一つしか有り得ない。」
カイケイの顔に刻まれた火傷の跡を思い出す。術式で態々、火を使って戦う者は少ない。扱いづらく防がれやすい。使い手となると本当に一握りしかいないのだ。
諜報部を恨む者こそ居れども、彼らは足を掴ませることすらさせることはない。同じ統制機構が相手であっても素性は隠す。逃げ足も速い。それを最低三度の攻撃を浴びせたことでさえ可笑しいことなのだ。
「少なくとも誰かの入れ知恵は当然だろうな。ふむ、成程。了解した。私達の方でも捜査をする。最悪の場合、洗脳されている可能性も有るが…。」
「判断はそちらに一任する。此方も用意することがあるからな。仮に救えないならば、その時は構わずに殺してやってくれ。」
僕は確かめなければならない。救いの手を差し伸べてくれた恩人を殺そうとした意味。何を考えていたのか、僕らにとってのあの頃は何だったのかを問わなければならない。
「少佐、急いで任務に向かうぞ。今回は少佐の部隊は待機命令を出しておけ。詳しい話は機内で伝達する。今回は私も出るからな。」
「大佐自らですか。」
指令がやるべき案件を済ませて部屋を出て行くと同時に大佐はマントを羽織直して僕に告げた。
僕は部下へ回線を繋いで、留守の間カイケイの病室に関係者以外を入れないように言伝をして廊下を進む大佐の後ろについて行った。
今回の仕事の場もカグツチであった。この前僕が来た時は下調べ程度のもので今回が時期的にも一番重要な仕事になるらしい。今回の仕事を含めて後二、三回も仕事をしないうちにしばらくは暇になるらしくそれまでは我慢して働けと言われた。
別段、今の環境に不満を持っているわけでも無いのだが。果たしてどの様な意味が込められていたのかは分からない。今は唯、大佐の口から告げられる内容を理解するだけである。
「はあ、大佐の息子さんの保護、ですか。」
「そうだ。差し当たって少佐にはカルルを探し出して欲しいわけだが待ち合わせの場所が欲しい。出来れば私がある程度の潜伏を許される場所だな。」
驚いた。大佐が自分の息子を保護するなど考えもしなかった。放任主義で士官学校に詰め込んで置いて、しかも自主退学という名の脱走までされて今日に至るまで何も手を施さずにいたのに、だ。一体どんな風の吹き回しだろうか。これも大佐の言うところの時期が大切だという事なのだろう。
「隠れ蓑と言うだけならばオリエントタウンに町医者がいますので其処に行けばいいかと歓迎は無いでしょうけれど追い返されることだけはないと思います。咎追いの治療も承って居るようなので情報も幾らか手に入るかもしれません。」
「元第七機関が居るところだな、了解した。向かうのは私一人で行くから着いたら別行動になる。カルルを見つけた場合、連絡をしろ。その後の行動は此方が指示する。」
技術者として顔の広い大佐、そしてこの前の任務の会話から色々な事情を知っていそうな気がしていたが、第七機関を辞めた人物まで知っているとは。一体何者なのだろうか、つくづく敵でなくて良かったと思う。今回は時間が限られていた為に新兵器などの実験品は渡されなかったが作る武器をもっても一級だ。戦闘もこの人は僕よりも強いのではないのか、とさえ思ってしまう。
何を思って僕を部下にしたのだろうか。
「其処の衛士、止まりなさい。」
カグツチに到着した僕は大佐と分かれてご子息を探して街中を練り歩いていた所であった。突然に後ろから行動の静止を求める声を掛けられた。
見れば、その姿は頭まで隠すほどの大きな純白のローブに包まれており、顔の部分には大佐の着けている舞踏会の様な物とは違い、顔全体を覆う面。装飾など無くて黒で簡単に目が書かれている程度だ。明らかに怪しい格好であるのだが、明確に敵とも言い難い奴らなのだ。
「第零師団、審判の羽根か。」
ゴミ処理係、犯罪を犯した衛士を処罰する為に存在する。逃げ出した者を追跡し、逃げ出す前に罰を下す。出張って来るのは殺すときで、罪の清算を大体は殺すことで勘定することから味方である衛士からも恐れられている。
「何の用だ。理由があるなら相手になろう。」
同じ衛士であることが分かっているなら例え無手であろうと負ける気はない。戦いになれば大佐の怒りを買うことになるかもしれないが、この前みたいに撒き餌をしても良いだろう。
「いえ、お久しぶりです。ギレル少佐。」
そう言って仮面を外した人物は、ツバキ=ヤヨイ中尉だった。
「御令嬢か。確かに久しぶりだな。同じ場所で仕事になるとは、そうだな。世間話程度なら許されるだろう。」
お互いに交戦の意思がないことを確認し合うと、道の端に寄って話を始めた。
「少佐は、何か将来の夢でもありますか。」
ヤヨイが唐突にそんな事を聞いてきた。いい年した大人にこの質問は大した意味等ないだろうことぐらい頭が良ければ分かるだろう。
「そうだな。将来という枠組みになるかは微妙だが手の届く範囲の人間を守りたいと思っている。」
「ひどく曖昧ですね。それに此方から聞いておいて押しつげがましいですが、てっきりノエルの事について言うものだと思いました。」
確かにノエルも守りたい人物の一人だ。
「あいつは、ノエルは守ってやらないといけないほど弱くは無い。自分なりに考えて行動しているんだ。いつまでも可愛い後輩のままでは無くなっている。」
まだまだ甘えて貰いたいという気持ちも有るが、目標を持って頑張っている方が喜ばしい。
「昔は良い意味でも悪い意味でも静かでしたからね。今の元気なノエルは正直信じ難い程です。」
士官学校も懐かしく思える。自分が老け込んでしまったのか、単に大人になっただけなのか子供の頃はずっと気楽に過ごせていたのに、すっかり打算的な思考になってしまった。毎日違う部署のお偉いさんに頭を下げて、部署に戻れば資料整理、判を押すだけの繰り返し。
当初他の新人とは違う意味でギラギラしていた自分は鳴りを潜めて、部下の戦闘訓練を指導する程度で満足している。取り敢えず死なない術だけを身につけて、任務の時だけ自分を奮い立たせる悲しい役回りとなってしまった。
果たして今の自分が本物なのか。名も知らなかった様な上官にヘコヘコして、部下にはマニュアル以上の対応はしない。落ち着いているとも言えないことは無い。
それとも昔の自分に仮面を被せているだけなのか。精神科には手に負えないと言われ、下級生には恐れられる。事実それだけのやんちゃはしていた。身の丈を弁えていない若造だったのだろうか。
自分は何を目指していたのだろうか。
「そろそろ任務に戻るか。」
他愛もない雑談を止めて自らの責務を全うしなければならない時刻になっていた。忙しなく時計を気にし始めた御令嬢に同意を求める。
「気になさっていただきありがとうございます、少佐。…少佐の任務はどの様なものでございますでしょうか。」
あちらの任務は聞かずとも分かる。正装を着てまでなのだから聞くのは野暮だ。今から人殺しですかと訪ねる勇気は僕にない。
「少し、上官のお子さんを迎えに行くところだ。カルル=クローバーは知っているだろう。」
「という事は上官はあのレリウス=クローバー大佐ですか。」
あの、ということは評判は良くないのだろう。実験が関わらなければあれ程人間性を大切にする人もいないのだが、休日にオペラ鑑賞を夫婦で見に行っていることを教えてみたらどんな顔をするだろうか。
「ああ、カグツチにも来ていらっしゃる。本命はアークエネミーのカルル君が持っている機神ニルヴァーナの確保だろう。」
弱い精神ではアークエネミーに飲まれると言われている。大佐が息子を心配しての事かは明らかでは無い。本人に用があるのかも知れない。
「少佐はアークエネミーの存在を何処で知ったのですか。」
「前に任務でここを訪れた時に見かけた。第七機関の発見を優先していたからその時は見逃した。」
その時確保する必要があったならばその時は大佐が前もって情報をくれただろう。
情報をくれなかったのならば、大佐の言う時期が悪かったのだ。下手に手を出すべきでない。
「そうですか。此方で見つけた時には連絡を致します。少佐もお仕事頑張って下さい。」
束の間の休息も終えて、真面目に仕事をしなければならない。手を抜くつもりは毛頭ないが気持ちを切り替える作業は大切で、無駄な思考を捨てることが出来る。
「少佐、マリー中尉もカグツチに来ているので見かけたら挨拶してあげて下さい。」
背中から掛けられた言葉さえなければ、どんなにいい気分で嘗ての後輩との会話を終えることが出来ただろうか。
胸に渦巻く激情が、五感を塗りあげていった。