初めの部分は主人公が調子付いているだけで、後は大体伏線です。
感想お待ちしています。
特別、仲を深めよう等と考えたことは学生であった頃から無かった。自分が嫌われている事は火を見るより明らかであったし、そんな人物が近くにいては被害が飛びすると思っていた。実際にノエルが同級生に仲間はずれにされる事件があった。自分のせいでノエルがいじめの対象となっていたのだが、その時はヤヨイやナナヤの御蔭で被害が大きくならずに終わったが心苦しさを覚えたのを覚えている。謝ったところで自己満足でしかないことが分かっていてもその事が分かった時は謝り続けた。
「例え先輩が他の人から見て悪人だったとしても、私は先輩の優しい事も知っています。今だって私なんかの為にこんなに心を痛めてくれているんですから。」
その言葉だけで心が軽くなったという事は無いが印象に残る言葉であった。その後少し前まで、ノエルも僕の事を悪人だと思っていた一人だっただろう、と軽口を叩いては笑い合っていたのを覚えている。
今日のヤヨイ中尉の事もある、それに表面上とはいえカルルからの呼び方が、先輩であったことに少なからず嬉しさを覚えた。まあ、仕事はそれなりに出来る人間出るとある程度の自負は有るのだが互いに仕事を共にすることは少なかった。その中での印象は悪い物では無かったということだろう。
衛士になってからでもそれなりの無茶はしてきているので、立つ噂は良いものでは無いがそれでも話しかけて来てくれたり、今頼ってくれていることは本当に嬉しい。
だからといって結果的に大佐に楯突くことになった場合を考えると目も当てられない。カルルの味方をすることには異論は無いのだが、あの大佐は研究職であるというのにも関わらず僕よりも数段強いのである。束になって戦ったところで、上手く連携が取れても五分であろう。幾らカルルが実の父を恨んでいるからといっても勝ち目は薄い。和平的な手段で仲を取り持つか、元々大佐が話し合いをするために今回の任務でカルルを連れてこいと言った場合を望むばかりである。
扉を開けると大佐が拍手をしながら僕たちを出迎えた。
この部屋というのも以前僕が訪れた客間の様な場所で、此処の医師であるライチに案内してもらったところであった。一体どの様な交渉で中に滞在しているのか、と思っていた。助手は自分の現実が脅かされている様に感じてしまって、建物の前に椅子を出して深い溜息を吐いていた。それは、悪名の名高い大佐が滞在していることからだろうか。それとも、大型と言っても足りない程の丸底フラスコに入った黒い物体を見て、もう少しで、もう少しで、と呟いていた自身の先生の病んだ姿を見てなのだろうか。研究者という考えをするならば、あのフラスコが交渉条件だったという風に考えるのが妥当だが、あれに何の意味が有るのだろうか。
頭を働かせたところで分からないであろう。
それよりも今は大佐の奇怪な行動について聞くべきであろう。実はもう一つ問題点が有るのだが僕が口にするのは憚れるので、カルルにそちらの件は任せるとしようか。それともこのまま大佐が自分から説明し始めるのを待つほうが良いのだろうか。
思考は堂々巡りをして最善を決断出来ない。あれだけカルルに啖呵を切ったのだから気概を見せなくては、と思いはするものの、今存在する要因が大佐だけに留まっていないために僕からは口に出し辛いのだ。大佐の傍らに居る人形のせいで決断を下せずにいた。
ニルヴァーナに似た人形。本元であるニルヴァーナのカラーリングがカルルに似ているのに対してその人形は大佐と同じ、薄く赤に近い紫色の配色であった。前もって知識がなければ人間と違いなど無い様に見えてしまう程に精密に作られていた。手が少しばかり大きい事と表面が硬い材質でできている事、宙に浮かんでいる事が特徴的であった。複製品の様に似通っているそれらは他のに人間では到底気づくことさえ出来ない所までもが似ていた。
「父さん、まさか母さんも!」
背中越しでも分かる殺気の原因。ニルヴァーナにカルルの姉が、明確な表現がし辛いことでは有るが姿形を変えられたというよりかは魂が人形に囚えられているというのが一番しっくりくるだろう、そのようにまた、その人形の中にも魂が一つ見受けられている。度々、大佐と飲みに行った際に聞く大佐の妻である、イグニス=クローバーであると先程のカルルの発言からも考えられるだろう。
「まあ待て、今の私は争う気は持ち合わせていないのだからな。私が少佐を使ってまでお前を読んだ理由は、今までの事、そしてイグニスについての…、そうだな、言い方が悪いが種明かしと言った要件が主だったところだろう。取り敢えず座れ。」
種明かし、と言った。
今までという言い回しに違和感を覚えたものの進められるままに座る。本当に交戦の意思は見られないので取り敢えずは信用して話を聞いていても問題はなさそうだった。カルルもおずおずとではあるが一応は腰を下ろして話を聞く準備をとっていた。
「初めにだな。言っておかなければならないことがある。」
改まった言い草をする大佐にどんな事を言われるのかと身構えたが、それは想像を絶するものであった。大佐がカルルに頭を下げていた。
今まで数年間仕事を共にしてきた様に思えていたが、ただ一度も大佐の頭が下げられるのを見たことが無かった。僕だけで無くカルルもまた困惑している。
「イグニスとエイダが無事に生きていて貰う為にはこうする他なかった。」
カルルは反論をせずに真剣な大佐を見つめている。判断を下すだけの材料を頭の中に残すためであろう。もしかしたら気圧されているのかも知れない。
「今頃は、私たちの家に衛士たちが入り込んでいる頃だった。いや、入っているかも知れない。」
「頃だった、とは何故そんな言い回しをするのです。」
疑問に思った事を口にする。カルルは僕が指摘したことで初めて大佐の言い方の可笑しさに気づいたらしく返答を急かすように大佐を見た。
「少佐は先日も同じ様な言葉を聞いただろう、イカルガ内戦の終局が早すぎた、と。」
確かに聞きはした。今回は、という言い回しもしていた。記憶する限りではあんな戦争は何度も繰り返された事はなかった筈だった。その後の六英雄、大佐、司令、何れの人物も僕には分からない言葉を使っていた。
「話の結論だけを急ぐとだな。この世界は何度も繰り返されている。故に、そのことを思い出す、或いは記憶を引き継ぐ事が出来れば今までに繰り返された事象での記憶を辿ることが出来る。私がイグニスをこの波動兵器デトネーターに魂を入れているのも、ニルヴァーナにエイダの魂を入れているのも人質として利用される危険性を孕んでいた為だ。」
何を言っているのだろうか。
この世界が何度も繰り返されている、それは僕に大きな衝撃を与えた。カルルに至ってはその事実だけで無く、今まで憎んでいた実の父が自分達の事を思っての行動であった事に整理がつかない様だった。あまりにも規模の大きな話であった為に頭が麻痺しているのだろうか。
ちょうど今大佐の語った事を要約しよう。
この世界はある起点と終点を持って繰り返されていた。それはこの、所謂今回の事象で言うつい先日に辺り、そのループから一度は抜けているものの、これからでもまた繰り返される事もある。今まででは、イカルガ内戦は二年程前で終結するはずで今回は、僕が昇進して大佐の直属の部下として動いて貰う為に火種を撒いたという事らしい。また補足であるが他の事象ではジンはまだ少佐で、僕は中尉だったという。それ以外は僕に取って有益な情報は少なく、大体がカルルとの会話であったのでもう少し情報が欲しいところではあったのだが大佐との戦闘が避けられるのであればそれに越したことはないので反論は無い。
それにしても、アークエネミーと遜色ない様に見えるあの器は恐ろしいものがある。大体そんな武装が有って自分で戦った方が僕だ任務に出掛けるよりもずっと早く終わらせる事が出来るというのにどうして自分で出撃しないのか、という問題は一応は、僕が今回の事象に関わることに意味がある為に納得した。
それにしても今回は肝を冷やした。カルルにでかい口を叩いたのは良かったが、文字通りに扉を開けて見れば戦力差が彼方に傾いていたのは流石にどうしようかと思ったものだ。有利を取るための人数差もこんな狭い空間では活かしきれない。もし仮に戦いをしていたなら僕が自爆特攻するか、どちらかがデトネーターを拘束している間に大佐を叩くしか勝機は無かっただろう。
今更済んだことを一々ぶり返すつもりは無いが一先ずは安心だ。
取り敢えず、他の事を考える事で気持ちを落ち着かせようとしたが未だに伝えられた情報についての整理はつかない。カルルも、自分達家族を守るために致し方なくした行為だと言われてもその原因たる、繰り返される世界、という突拍子もない理由に唖然として反論することも今まで恨んでいたことの感情を謝罪にあてるのか、それでもとその行為を否定するのだろうか。
その判断を下すのはカルルであって僕ではない。口出しをしていい物では無いし、今は大佐に聞かなければならない事が山程ある。
「それで、記憶を辿るにはどの様にすればいいのですか。今までの言動から察するに大佐は僕にそのようになって貰う必要が、僕がそうなる必要があるのですよね。」
「それこそ間違いだ。成ろうとするものでは無い。飽くまでも自然とそのように成る。その可能性が有るからこそ少佐には期待しているが、今その話をしたのはカルルへの説明の為だ。こんな話をしただけで至るのならば統制機構の全員に話した方が、皆の知識が深まって有益だろう。そんな事をしても、常人では廃人になるだけだろうがな。」
つまり、今まで繰り返されてきた世界の自分を共有する適性がなければならず、その上新たに今の世界で至ろうとするならば自発的には不可能である、という事だ。
「他人もしくは外界、それ等からの干渉がそれまでの世界で体験したことに似ている場合、何らかの形で違う世界の自分の記憶を見る場合。考えられるのはそんな所だろう。聞いていたとは思うが、少佐にはその兆しがある。きっかけを作れば或いは、といった程度に思っていればいいだろう。少佐が成らずとも私が持ち得る情報だけで十分だからな。」
話を終わらせると直ぐに大佐は立ち上がった。帰投の準備を進めている所を見る限り、今回の任務はこれで終わりだろうか。そうすると些か不満が残る。カイケイの件についてローゼンが居るのならば問いただしたかった所であった。復讐を望む訳では無い。何故あの様な行動を取ったのか、その理由を聞かなければならない。もし本当に洗脳をされていて、二人の間に何の確執も無く殺しを選んだというのならば。
いや、戯言を聞く気もない。作り物の正義であろうとそんな程度の物で恩人であるカイケイを殺す一歩手前まで、踏み止まる事もしなかっただろう人物は危険だ。仮にカイケイを除いた元生徒会の知り合いの中で強い部類では無いにしても、他の人間が不意打ちに会うことだって有り得ない訳では無いのだ。
「少佐、取り敢えず私は交換条件を果たす為に本部まで戻る。カルルは此方で保護するが、少佐にはもう少し働いて貰わなければならない。無線で指示はするが、取り敢えずは此処の支部に向かってくれ。」
「了解しました。…つかぬ事を伺いますが交換条件とはどの様な内容でしょうか。」
此処の持ち主であるライチとの交換条件だろうとは予想できるが、統制機構の人間の大佐がどのようにして、元第七機関の科学者、である彼女と和平的な手段で交渉出来たのだろうか。
「彼女の頭の悪い同僚が、実験で魔素を体内で流動させて同化することで体の機能の上昇を図った挙句、失敗して元の人間に留まれぬまま理性も飲まれてしまったらしい。それで今のままでは魂も侵食される恐れが有るので助けてくれと言われてな。魂を汚れのない人形に一旦移して魔素との接触を絶つ事で元の状態まで回復させないとならない。」
成程、入口で見たフラスコの中身は元々人間だった訳か。原型すら無くなってしまい色は黒く濁りきっていた。魔素は本来人間の体に悪影響を及ぼす事は分かってはいたが、魔道書や術式がそれ以上に今の人間の暮らしを支えている為に頭から抜け落ちていた。実害が出ている話を聞いたことも無かったから考えたことすら無かった。
幾ら航空部隊で、汚染されている地表から遠い所にいた所で、態々魔素を集める様な事を戦闘でしている分には、此処の様な階層都市でも低階層にいる人たちと大差ないかも知れない。目に見えない恐怖に脅かされている住民とは違い、視覚的な恐怖に晒されている僕の感覚が狂っているのか、大した問題ではないと思っていたが、姿形すらも目に見えて歪めてしまうとは、実際見ることが無かったならばこれからも気に止める事が無かっただろう。
そして、大佐ならば何とか助けることが出来ると知った今、再び気に止める必要も無いだろう。
任務中に見つけ出さなければならない。報復はこの手で必ず成し遂げる。