伏線を張るのは難しいです。
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批判も歓迎です。
そういえば、ノエルからの手紙がこの頃少なくなっていた。昔、ノエルがまだ士官学校にいた頃と違って今は予定を合わせる事が出来れば短い間隔で会える様にはなったものの個人的には日常の中で一番の楽しみであった。文章の量自体は多くなってはいるが、都合が合わず顔を合わせる機会が取れなくなってきた頃から数えて一度貰った程度であっただろうか。
仕方ないと言えばその通りである。仕事が忙しいのだろう。今のノエルは師団長の秘書であるのだから、報告書等の処理に追われる日々なのだろう。寝る時間すら満足に取れているか怪しいところである。その師団長は同期であるジンなのだが、どうも上層部が勝手に決めたことらしくその事について話した時には例に漏れず、御令嬢にして欲しかっただの、心臓に悪いからギルの所の秘書と交換してくれ等と言っていた。
独断で決めて良い事でも無い為、御上に掛け合う程度で済ませた。分かりきっていたが当然無理だと突き返されてしまった。その後、一応釘を刺しておいたから職場での精神的な負担は最低限になっている筈だ。
そう考えると一番可能性があるのは、任務で怪我をして僕に心配をかけまいとしている場合であろうか。本当にそうであったならばジンは只では済まさない。
道中には仕事は無い。
気軽に支部まで行く気でいたがそうはいかなくなった。少しだけ周りの建造物等を見て回ろうとしていた所で、景観を損ねる物体を視界に映した。うんざりしたくなる程の巨躯。人間では有り得ない異名通りの赤い肌。不釣り合いな眼鏡。そして、体の彼方此方に露出している金属部分。
一度見れば、忘れる事は出来無くなるであろう第七機関の赤鬼が佇んでいた。しかし、特別何かをするわけでもなく微動だにしない。こちらにも気づいていないだろう。もし気づかれたならば戦闘に入らない限りは見逃す方向で事を進めても良いと思いはするが、どんな時でさえ統制機構の人間としては多くの情報を得るために軽い尋問程度は最低限の責務である為、最終的には此処でドンパチしなければならないだろう。
理由もあるために物陰から様子を伺っていたが、こまめに時計を見ている様から誰かしらと待ち合わせをしている風に見える。これであの赤鬼がこれから逢引でも始めようものならば部下達にも話してやりたい位に愉快な光景になるだろう。勿論、そんな事は期待もしていない、これから打倒しようとする相手に恋人なんぞ居ようものなら殺しにくくてしようがない。
だからといって、自分には恋人がいるから見逃してくれ、なんて言う人物は男の風上にもおけない根性なしであるので一刀のもと切り伏せる。残された恋人が可哀想であるから躊躇うのではなく、同じ男として、自分の女の為に命を賭して戦うのであろう戦士が一人少なくなってしまうのが堪らなく寂しいと感じてしまうのだ。
最終的には、一番惜しいものは無論ノエルであるから、巡り巡って不利益になる可能性があるから結果的には殺しを躊躇う事は無いが、自らの正当性を確認、はたまた無理矢理にでも押し通す為にグダグダと意味もない事を考えたりしている次第である。
因みにであるが、命掛けでないならば競い合う事はしたくはない。見返りが無いのにも関わらず、若しくは勝って他人を笑う様な事はしたくない。率直に言わせて貰えるならばスポーツマン然としている人間を好いたこと等一度もない。気安く頑張れだとか、絶対に勝つとか、負ける側の気分も考えて見たことはあるのだろうか。他人の夢を踏みにじって嬉々として笑うのは肌に合わない。物語の様に、敗者の分も頑張ろうと考えた事があるだろうか。ないのならばもう少しストイックになって欲しいものだ。
それで、今語った様に僕が嫌いな人物に、人の気持ちを踏みにじる人物が挙げられる。だからこそローゼンには頭に来ている訳であるのだが、そんな馬鹿をもう一人見つける事になろうとは思ってもなかった。
断定は急ぐことは無い。
腕と足を矢で縫い付けてその後、ゆっくりと尋問をすればいいだろうか。怒りのせいで思考が纏まっていない気がする。取り敢えず射抜いて見ることにする。準備は万全にしておいたので腕には魔道書が握られている。作り出した矢を引き絞り狙いを定めると同時に魔眼を空中の拓けた場所に配置しておく。腕を離すと同時に風の切れる音、次いで金属が削れる音がした。
とんだ御人好しだ。スパイ活動のギブアンドテイクの世界で意味を成さない事と分かっていて庇うなんて芸当をやってのけるとは恐れ入る。僕の攻撃に反応するだけでも賞賛に値するが、その上で取る選択が女性を庇うとは、フェミニストにも程があるだろう。
「さて、説明してもらおうか。ナナヤ少尉。」
庇われようが、どうでも良いことである。優先して解決しなければ事は、此処にいる衛士がスパイであり、刑罰を与える為に一旦は捕獲。或いはこのまま僕の判断で殺しても構いはしないだろう。どうせ捕まえれば死刑か、それに準ずるものになる。
「少佐、何で此処にいるのですか。」
「それは此方の言うセリフだろうな。これでも色々、この世界の裏と関わって来たが真逆、知り合いが裏切るなんて思ったことも無かった。巫山戯やがってよ。」
あの時ヤヨイ中尉と別れずに連れてくれば良かったかも知れない。抑もあの時点でローゼンに疑いが掛かっていることも話して良かっただろう。
隠しきれない事実だ。何れ知ることになる。知人が知人に殺されて、友人は自分を、ひいては自分の属する他の友人のいる組織を裏切った。殆んど同時にだ。自分が見放されていると感じるだろう。僕だってそのように思うが、信じることが出来る人物は元より一人ノエルだけだ。例外として、ジンやカイケイが居るが、比べられた時は迷わず彼女を選ぶだろう。
だとして、ローゼンがカイケイを殺さなければならない理由はない。唯一可能性がある司令はこちら側の人間らしいのだ。どう考えても奇怪な行動だ。
そうなれば此処にいるナナヤも共犯でローゼンを洗脳かそれに近い行為をした可能性がある。仲が良く警戒心は無いだろう。知人の中で僕の目に届かない諜報部に居る人物だ。
しかし、言うなればナナヤとカイケイは恋仲に近い関係であっただろう。この仮説が正しい場合カイケイの話も聞かなければ一概にどうのこうのとは言えない。
「成程な、そういう訳か。」
赤鬼がナナヤ少尉に腕を叩きつけた。強引に近い距離に振るわれた攻撃は斜めに入り、咄嗟に攻撃を防ごうとした時には遅く此方まで飛ばされてくる。
流石の僕も頭が回らず、地面と水平に飛ばされてきたナナヤ少尉を受け止める事を優先した。
「いや、油断していたな。真逆二重スパイであった等とはな。私も舐められたものだ!」
驚くのは此方側だ。相手は少尉を庇う為に態々攻撃して、自分との関係を無くなった物にしようとしているのだ。本当に馬鹿げている。今の行動で第七機関への攻撃の口実を僕に与え、飽くまでもナナヤ少尉が潔白無罪だと言う事を指し示している。
そして、僕も行動しない訳にはいかなくなる。
建物の影から姿を見せた魔眼が赤鬼の体に死線を放つ。僕からは良く見えるが相手にとっては死角でしか無い攻撃は、容赦ない一撃となった。
「増援を呼ばれては困るのでな。通信機器とレーダーは潰させて貰った。どんなに厚い壁で阻もうとお見通しだ。」
「そちらこそ、私が高々の一個小隊に遅れを取るとでも思ったか!」
赤鬼が上空に目線を上げて両手を胸の前で合わせた。バチバチと音を響かせながら出来た物は電撃の塊。唯でさえ巨大な体でもそのエネルギーを以て行う攻撃など、現存する戦略兵器と遜色なく通用するもので対人に使おうものなら防いでも生死は危ういだろう。
「補足しているとは思うが、ターゲットから高出力砲撃が来る。魔操船が不時着しても構わないので障壁を展開して直撃だけは避けろ。」
無線で部下に指示を飛ばす。大佐の指揮する部隊がいても不安があったので、秘密裏に連れてきた自分の部隊だ。大佐特製の魔操船は独立しても、戦闘続行が可能であり、最大人数は小隊員全員を載せたとしても余裕が有る。本部にスパイを届けさせる為に接近させたが裏目に出たようだ。
性能は申し分無い。二、三枚障壁を割られはしたものの傷はついてない。
「甘いぞ図書館。」
赤鬼が手を上空の魔操船に翳しながら、啖呵を切った。腕からは電撃が迸っている。
「隊長システムに異常がないのにも関わらず、高度が低下しています!このままでは建物にぶつかって全員お陀仏です!」
「建物は壊して構わない。障壁を貼りつつそのまま出来うる限り減速しながら舵を切らずに降りて来い。避難勧告と文化財の保護だけは僕で済ませる。」
博物館への結界の術式を唱えると共に、指示を飛ばす。出力だけならば、あの赤鬼は本当に化け物だろう。面倒な事をしてくれたものだ。民衆の避難をしていたら、第七機関を逃すことになるが見殺しにするわけにはいかない。あからさまな悪役を演じている赤鬼を僕が相手をしなければならない。
「ナナヤ少尉、人民の避難指示を命じる。自体は一刻を争うものであり、迅速な行動を要求する。自分は赤鬼を打倒し、被害を最小限に抑える。」
「っ!…了解です。」
走って行く少尉の姿を背に、赤鬼と相対する。何くわぬ顔で此方を伺って居る赤鬼はゆっくりと腕を下ろして僕と正対した。
「呆れる程に御人好しなのだな。機転も利く様だし、実力もある。一人なら逃げ果せることも出来ただろうに。態々攻撃を喰らってまですることか。」
「大差ないだろう。私は今からお前に殺され、機械が潰された事で救援も来ないままに一生を終わらせる。どうせなら、自己犠牲の上でも一人でも多くの人間を救いたいと思うことがいけない事か。」
本来、躊躇をした瞬間に撃ち殺す筈であったが、先程の行動の御蔭で疑え無くなった。頭を冷やして考えれば、カイケイの為に殺しを戸惑う事にはなっただろう。だが犯罪者には変わりない。僕の手の届かない場所で死ぬこともあるかも知れなかった。
そうすれば、友人に裏切られ、恋仲さえも失くしてしまった時、カイケイは自我を保てるのだろうか。カイケイを苦しませる位ならば誰であろうと助ける。救われた僕達は、恩を返す義理がある。
まさか、仇で返す輩がいるとは思いもしなかった。
「赤鬼、僕を倒して逃げることも選択肢の一つとしてあっただろう。自己犠牲の上に何が残ると言うんだ。いや、残された人達は如何する。」
「それは私の預かり知らない事だ。私が守るのは自らの誇り、そしてココノエだ。戦場で女子供が先に死ぬのは目覚めが悪くなるのでな。」
不釣合いな眼鏡を上げて位置を整え、赤鬼は再度此方に向けて構えを取った。
「ならば、第七機関の赤鬼として花と散れ。」
初撃は逃さない積りでいた。何時もより浅く引き絞られた弦から腕を離す。僕の出来うる限りの早打ちで牽制の射撃を入れる。牽制と言ってもあの装甲ならば貫通する威力は持ち合わせており相手の機動力では逃れる事は出来ない。遠距離を得意とする僕からしてみれば至近距離である。到達までの時間は僅かであり被弾を確認するまでもなく、飛びかかろうとした。
しかし、矢は赤鬼の手刀を以てして砕かれた。踏み込みを活かして行った手刀の勢いのままこちらへの距離を詰めて来る。スライド移動は中々の距離を詰めて、眼前まで迫っていた。打ち出すならともかく矢を使ってでは接近戦で流石に相手に軍配が上がる。
此方に向かって拳が繰り出される。防御をするものの拳に纏われた電撃が障壁とぶつかり合って視界が光に寄って埋め尽くされていた。目が霞み、反撃も出来ぬ為一旦後ろに飛行して後退する。しかし、信じがたいものが見えてしまった。
飛んで逃げようとする僕を追いかけて赤鬼が地を蹴って跳躍してきた。そして此方に手をかざすと僕の体が引き寄せられていく。
「何っ!」
「これが磁力の力だ!」
先程の攻撃を受けた時に何らかの細工があったのだろう。更にブースターを蒸して赤鬼は空中の高い所まで飛んでいく。このまま僕を地面に叩きつける気でいる。脱出を試みるも完全に拘束されていて自力では抜け出せない。遂に上昇が終わり自由落下となる。赤鬼は鋼鉄の体が故に傷が出来ないのであろうが、僕はここから落とされたら一溜りもない。障壁を貼ろうがお陀仏だ。
「隊長!障壁をお貼りください!」
随分と高い所まで飛んだのか。それとも魔操船が降りてきていたからなのか目と鼻の先の距離に僕の部下たちが居る。備え付けられていた砲座が大体、四門程此方に向けられていた。何時もの全身に作るタイプの障壁ではなく前面にのみ展開する強力な物。普段では回り込まれた時が怖いので作る事は少ないがなりふり構っていられない。
視界だけで無く僕の周りの景色すらも塗りつぶす砲撃が殺到する。危険だと感じた赤鬼が方向転換をするが右腕を塵に還す事に成功。僕は何とか無傷のまま再び地面に足を下ろすことが出来た。
「統制機構航空第一部隊が第七機関の戦士たる赤鬼を撃破した。投降の意思はあるか。」
「私はまだ負けていない。片腕程度丁度良いハンデだ。」
頑なに負けを認めず、最後まで戦おうとする息や良し。僕は敬意を払いつつ上空にいる魔操船に攻撃の合図として手を振り下ろす。
拳を纏う電撃すらも出せなくなり、砲撃の跡、突き刺さる矢、幾千をも超える死線を受けて未だ地に膝を付けず、地面に滴るオイルが千切れた部分からの電気が通り異臭を放ち燃える。理解する者はいないかも知れない。だが、意地でも己だけを突き通した戦士は一言、すまない、と呟き、その生涯を閉じた。