今回は、戦闘なしで申し訳程度にバングがいます。
感想お待ちしています。
事切れた赤鬼を見て僕は、人間の意志の強さを改めて知った。同時に、大切なものを守るということも、そのための犠牲というものも、今ここで目の当たりにした。離れていても守ろうとした大事な人、彼にとっては誰であったのだろうか。自分の信念を貫くために、己の命を天秤にかける勇気を心意気を僕は魂に刻んだ。
あの覚悟を、もし自分が同じ立場だったとして実行に移せるのか。目蓋を閉じて考える。自分の大切な人物を守るため知り合いを、ひいては友人を殺す覚悟はあっただろうか。罪を被り、受け入れて例えば、事情を知らない皆に蔑まれたとして、それを耐える覚悟。大切な人を守るため、犠牲になる事。カイケイがあの時負傷する前に手を打つことは出来なかったのだろうか。
そう、大佐の言っていた様に、この世界が繰り返されていたなら、誰かが傷つくことも経験している筈だ。もしかしたら自分も何度か死んでいるかも知れない。本当にその様なことが有るならばどの様に死ねたのだろうか。赤鬼の様な誇らしい最期を迎える事は出来たか。
瞬間、視界を過ぎるのは、剣の軍勢。正面にはきちんと赤鬼の屍を映していると言うのに、頭が捕らえる風景は幾千にも及ぶ多大な情報。見えているのは今の映像。他の映像はこの目に焼き付いた自分が映す偶像か。
飛び散る腕を何度も見せられ、使った術式は飽きるほどに熟練兵と違わぬ回数は有に超えているだろうか。何度も救われて、何度も絶望して、殺され、殺し、同じことで何度も何度も何度も何度でも笑いあったのを見ている。些細な事は違えども繰り返す内容は変わらずに、終着点は違えどもいつか死ぬことには変わらない。目は澱みきり、魂が磨り減ったあの日々を。自由などなく、奴隷が如きあの世界から、救い出してくれた光はなんだっただろうか。
声を掛けられて深い底無し沼から意識を引きずり出される。
「隊長、マコト=ナナヤ少尉が戻ってまいりました。」
報告をするのは副隊長の男性だ。年齢的には僕よりも幾泊か年上の彼は、戦闘能力よりも指揮参謀の能力に優れ、通常の責務の時よりサポートをしてくれている。
…今見ていたのは僕の記憶だろうか。何度も繰り返されているとは聞いていたものの、情報量が多すぎて断片的にしか捉えることは出来なかった。その為、断定的な事は少ない。だが分かった事は幾つか有る。その中の一つ、カイケイが殺されかけたあの日まで僕が生きていた情報はない。単純に死んだことも有れば、不可解な死を迎えた事も有る。それが意味することは分からない。しかしカイケイが殺される理由が分からないとなると統制機構に置いて居るのは危険だ。
ナナヤは閉口したまま僕の前で気を付けの姿勢で此方から視線を外している。自分のしたことを負い目に感じているのか、それともこれから下されるであろう処罰の言葉を待っているのか。どちらにしても、今のナナヤは断頭台に頭を括り付けられた様なものであった。幸いな事にその事実を知っているのはこの空間で僕とナナヤのみ。部下達は遅れて来たので当初の状況は知り得ない。
ギロチンを落とせるのは僕しか居ない。だからこそ下手に刺激をしない工夫として黙りを決め込んでいる。幾ら庇い立てをして逃がそうとした赤鬼の思惑とは違い、罪悪感から戻って来てしまった少尉に希望の色は見られない。唯、窓を割ってしまった子供のように諦めを醸し出していた。
「ナナヤ少尉、市民の避難誘導をしてくれた事。深く感謝する。」
軽い皮肉から入った僕との会話に苦渋の表情を隠しきれていない。協力者であっただろう赤鬼を見殺しにした事実を受け止め、下唇を噛みながら必死に何か状況を好転させる手段を探している。逃げ出そうにも此方には数だけで無く、足も有る。突破しようにも地力が違う。そして、結局は元のように諦める方向に傾いてしまう。
万が一にも逃げ出す手段はない。もし逃げようものならばそれこそこの人物、ギレル=リバースは許すことなどしない事を知っているからだ。
話しかけるタイミングを推し量っていると背後に気配を感じた。ここまで密集している僕達に気付かれない様に振舞う人物など高が知れている。統制機構に恨みを持つ下賎な輩であろう。魔道書は収納していなかった。思ったよりも距離は近いだろう。構えて放つには時間が足りないか、そうなれば手に持ったまま投げ当てれば良い。
振り向きながら形成した武器を遠心力をのせて投げつける。距離にして五、六歩といった程度であろう。ナイフ投げを生業とする人間には及ばないまでも、並の人間の反射神経ならば直撃は避けることなど不可能だ。
「甘いでござるよ!」
振り向いた先に敵は居ない。代わりに降り注いできた声が背中に冷水を打ち込んだ様に緊張を仰いでいた。反撃をする暇は無い。体全体に障壁を貼り全方位に備える。頭の旋毛を目掛けて放たれた拳は阻まれた事で届かない。攻撃を放った主は少し離れた空中で滑空しており、僕の様な術式を用いてではなく、風呂敷の四端を両の手足で持って漂っていた。
「手合わせを願おうかと思ってこの獅子神萬駆、参上仕った次第にござるがどうやらお取り込み中でござったか。いや、何とも間の悪い事をしてしまったでござるな。」
多少、申し訳なさそうな顔をした忍者が着地した。部下たちには知人だといって忍者という言葉に反応した数人を静止する。
「済まないな。少し騒ぎすぎてしまった。此処の後始末をしたら、僕以外は一度撤退する様に指示する。手合わせはその後なら出来るが、如何する。」
「有り難い提案ではあるのでござるが、こんな会話をしていると気勢が削がれたでござる。最も元より其処のデカブツを見に来ただけでござるがな。」
既存の魔操船を凌駕する能力を発揮せずに地に座っている物を指差しながら声高々に笑う忍者の頭領を見て部下たちは目を白黒させている。イカルガ内戦を知っているが故に、忍者からは恨まれている事は誰もが知る事実だ。自分の上官と談笑している等、幾ら僕が鍛え上げた部下でも混乱を隠せない様だ。まあ、頭領と僕は分かって居るが、部下は勿論知り得ない為、伝える時は口から何かを吹き出してしまうだろう。
「ほら、ぼんやりしていないで事態の収拾を始めろ。時間は無限に有る訳じゃあないぞ。」
放心していた部下たちを叱咤する。戦闘などの荒事には強いが、不足の事態には滅法弱い。今回の様に、気配を辿れない人間が上司に近づいて最終的に談笑し始める事は経験したことは無い筈だ。僕からしてみれば上司が奇妙奇天烈な事をするのは対して珍しい事では無いと考えるが、異常な日々を過ごしていく内に頭が狂ってきたのだろうか。
「して、ギレル殿。そちらの女子はもしや、あれでござるか。」
「違う。僕が好いた女性はお淑やかだ。」
脇腹に衝撃が走る。場の流れで軽率な事を言ってしまったのは済まないとは思うが、それでも上官に拳を叩き込むのはやりすぎでは無かろうか。じんわりと痛みが響く。本当に独房に入れてやろうかとさえ思ってしまう痛さだ。
「やや、そうでござったか。えらく別嬪だと見えたからそうだとばかり思っていたのでござるが、勘違いも甚だしかった様でござるな。」
言い切ると萬駆は後ろを向いて、飛来してきた針を掴んだまま顔だけを此方に向けて声高々に言葉を紡いだ。
「済まない、拙者の妻が少し嫉妬をしている様でござる。また会う機会があればその時こそ、尋常な手合わせを願う限りでござる。では!」
普通に帰れば良いものを、何時ぞやの時のように空を走りながら去っていった。
「少佐、私は何を間違えたのでしょうか。」
「僕にそんな事を聞くのか。」
ナナヤは俯きながら口を開いた。この状況で逃げ場はない。紡がれた言葉は懺悔だろうか。
「諜報部をやっていると、汚い側面が幾らでも見えるんです。金、地位、権力、挙げていったらきりが無い。それでも黙っていないといけない。上司はそれを仕方の無いことだって言う。それを、この組織のあり方を変えようとするのが悪い事なんですか。」
語る声は弱々しくも、魂が篭っている。今の自分が置かれた状況が、大声で糾弾させることを妨げている。その為、怒る様に喋る事はしないが、目には光が灯っている。
「果てですよ、今の私がしている事は、こんな世界を変えたかった結果です。自分の信じたことを信じ通そうとすることの何が、何が悪いんです!」
堤防が決壊したかの様に話をやめない少尉。放っておけば泣き出すのではないだろうか。だからといって僕にどうして欲しいのだろうか。酒の場みたく聞きに徹すれば満足するのだろうか。信念を叩き折って統制機構、帝の為に働けといえば納得するだろうか。全肯定して僕も、誰も彼もが謀反して国家の体系を崩せば丸く収まる事なのだろうか。
「絶対に正しい考えがあると思うか。」
一喝して止まろうとしない、興奮した少尉を落ち着かせる。
「理由がどんなに下らないものだったとしても戦争が起きたなら、自分の家族、友人を守るだろう。それが僕の正義、そして僕が付くと決めた国の正義だ。少尉の言い分も正義、つまりは一人一人の信念に当たる。」
促すように目線を動かし、現在片付けられている赤鬼の死骸を視界に収める。
「見ただろう。自分の信念を貫いた結果の一つがあれだ。躊躇したら地獄、しなくても地獄。それを受け入れる覚悟はあるか。」
しなくても地獄、言外に隠した死の可能性を改めて明確に感じて黙りこくってしまう少尉。実際はどちらを選んでも、殺すつもりは無いと言っているのだが、理解出来ない方が僕からの見え方は良いのだ。
幾泊かの間を開けた後決断を下した。
「分かりました。私の正義を示して見せます。」
体を隠す黒いポンチョの中から腕が見える。腕、というよりもその腕の持つ武器。トンファーが腕の数だけ見える。決心が着いた表情で此方を強い眼差しで見てくる。ここまでの覚悟を見せてくれた人物に此方も誠意を見せなければならないだろう。
此方も隠していた物を開示する。
急にポケットに手を入れた僕に警戒の色を見せるようだが、元より戦闘をする気は無い。取り出すのは手帳とペン。幾らかの情報を書いて少尉に渡す。事態の収拾をしていた部下も仕事が終わった様な素振りを見せていた。
「ナナヤ、お前がどんな決断をしても、それを止める権利は僕にはない。だから、これからするのはは関係のない話だ。今渡したメモにはカイケイの療養している部屋が書いて有る。」
階級は関係なく本名で呼ぶ。カイケイが療養している事を知らなかったのだろうか、放心している様であった。
「お前達、僕は支部に行かないといけない。少尉殿を本部まで序でに護送して行ってくれ。」
散り散りに戻って来た部下に任務を言い渡す。調子のいい何人かが腕を引っ張って魔操船へ連れて行く。目を白黒させながら為すがままにされている。僕のイメージからはこんな部下は想像出来なかったのかもしれない。
僕みたいな若造に渡される人員なんて高が知れてる。ジンみたいに後ろ盾があったならばもう少しまともな奴が配備されたのだろうが、如何せん癖のあるのが集まったものだ。
「少佐!カイケイ先輩に何があったんですか!」
詰め込まれたナナヤが声を荒げて聞いてきた。
「先日、本部の敷地内で重傷の状態で発見された。見れば分かる。どんな姿になっていても受け入れてやってくれ。繋げれるのは繋げたが、火傷は無理だった。」
察してくれたのだろう。火傷なんて物は術式が発達したこの御時世に火を使うこと等珍しい事だ。言わんとしている事は分かっただろう。
「じゃあ、少佐が今からするのは…。」
「言っただろう、ナナヤ。正義を示す。赤鬼の最後を見て、決心が着いたよ。身内の不始末は身内で決着をつける。例え誰にどう思われてもだ。」
少しばかりの時間が過ぎた。
流石の大佐が作った魔操船だといったところだろうか、飛び立った音はしなかった。
物音一つしなくなったこの場所が世界から切り離されている風にも感じる。自分で孤独になったのだろうか、それとも世界が僕から遠ざかって行ったのか。世界の摂理を垣間見る度に自分が常人から遠ざかって行くのが手に取る程に分かる。
せめて人のまま死ぬことを望む。