意味も無く地面を這いずり回っていた。生きる価値など自分では見出せない。
完全にこの世界を思い出した僕は、自分が不明瞭な何かだと分かった。責めて誰かが存在を見てくれなければ、そう思いハクメンが歩んでいった道を目指した。壊れかかった弓状の魔道書を地面に突き刺して体を動かしていた。留まっていようとも考えていたが次第に腕に感覚が戻ってくると動かさずにはいられず、少しづつ前に前にと目指した。
こんな不甲斐ない任務結果では大佐には見限られてしまうだろう。元々僕の部隊は大佐が率いる技術部隊の肩入れがあってこその部隊だ。もう僕の首を飛ばしてでもどうにかしなければ部下に申し訳が立たない。
思い返せば、僕がこんな死にかけになってまで成し遂げなければならない事が有るのだろうか。イカルガ内戦の時みたく、負ければ仲間が死に至る事も無い。勿論、その時は仲間なんて言える人物は居らず、少し義理のあった先輩と両親程度のものだった。自分達の家の名前が惜しいからといって士官学校に僕を詰め込んだ癖。悪名高くなって帰って来たとなれば手のひらを返して、そんな性格に育てた覚えは無いなんて言い出す始末だ。こっちは餓鬼の頃に放り込まれて以来育てられた覚えすらないというのに都合の良い時だけ親になったつもりでいる。
だからいっその事、悪役に徹してしまい迷惑をかけてしまおうと決めたのだ。あんな権力で肥えた老害如きに掛けてやるべき情けの類は大分前から無く、本当に此方から勘当して欲しい位に腸が煮えくり返っていた。後先の自分の評判を投げ捨ててでも、それこそ道連れにしても悔いが残らない程度に考えていたのだ。
今と同じだ。自分の存在価値を示して欲しかった。例え飼い犬だろうと、畜生であろうと存在を必要としてくれている両親はそれだけで、一分程度の期待だけでも僕の存在を許してくれた。自分の利益の為に、金のなる木と見られるだけで良かったのだ。結果腐り果てたと思われて捨てられた。
懐かしい話だ。
初めはそれでも耐え切れず、家の人間を見返す実力を手に入れた後に皆殺しにしてやる予定だった事を思い出す。それすらも面倒臭くなって最終的には肥大化した力だけが残ってしまった。なまじ力を持ってしまったせいで阿呆みたいなプライドが芽生えて、それからはもう何もかもが如何でも良くなって無気力に生きていた。本当にここまで我武者羅に動き回っているのは何時ぶりだろう。
今、僕が体を引きずる事によって床に描かれる一筋の道標。腕から滴る血が、動きに合わせた形で足跡を残して前へと進んで行く。踏ん張るために少しの間止まることは有っても血溜りが出来る程、休みはしなかった。何も考え無しに、大佐に言い渡された任務をこなしてこの手に血を塗りたくって来た。
今も同じだ。この血染めの行軍は、間違いなく命削りの荒行だ。今、この世界の僕が生きているのは止まることが無かったからだ。こんな危ない橋を渡っていればその内死んでしまうことは明白であるが、迷って止まっていてはこの世界で生き残れないと散々に思い知って来た。本当に危ない道を渡って来て、尽く死んできた。何度も何度も、殺された。死にに行った。
それ等の全てが悪い死に様では無かった。自分の信念を貫いて死んだ事も少なくはない。しかし、それでも、何度体験しても、あの時の喪失感は、腕を失った今の比では無いだろう。耐え難い事、これ以上は心が壊れても仕方がないほどで、初めて繰り返し分の記憶を手に入れたが、慣れないせいだろうか、死ぬのが怖い。
こうして筋繊維が切れる程に、残った腕を酷使してまで諦めたくないのは、この身体が思い出した人間としての生存本能と、一度始めてしまった事を止めることは出来ないという、安い思いが大半以上を占めている。しかし、もしかしたら今度こそは違う未来が見れるかもしれない。いや、今現在のループを超えた世界こそが人類への救済に命運が傾いている証拠だろうか。全く、人類なんて格好つけた比喩をした所で、僕の体が欠損だらけの継ぎ接ぎなのは変わらない事実だし、中間管理職の少佐風情が偉そうな妄言を垂れ流した所で現実は非常だ。最も、自嘲気味に笑う身体的な余裕は無い。だけれども、それが全てを諦めて良い理由にはしたくない。やれるだけの事をして潔く死のうじゃないか。酸素も、血も回らないこの体の奥深くの根底の部分。魂という名の窯に漸く火が灯った。
無我夢中、別段楽しいことでも無いのに記憶が抜け落ちる程に一心不乱に這いずって来た。一種のランナーズハイに似た症状になっているのではないだろうか。実際は顔の筋肉が硬直する程の苦痛をも通り越して先程から嗚咽を漏らしている。腕に力は入らず、首を上げて周りの様子を見る事さえ億劫になる。ハクメンにすらまだ出会わないのだからまだ行き止まりには早いだろうと、何れゴールは有るのだから責めてこの行いが正しかったのか、それを証明する位は維持を張ったっていいだろう。最後に何があるのかは分からないが、何度も死んだことを思い出したから、一度くらいは意味も無い馬鹿をしても罰は当たらないだろう。
「見ろハザマ。最早此処までの運が回って来るとは思いもよらなかったが、この時点でこれがいれば最善の状況下で計画が進む。」
「この人が魔眼ですか。これは、これは、楽しくなって来たじゃねぇか、ヒャハハハハハァ!」
罰に当たる事は無かったが大佐の足にはぶつかった。もう手遅れか、それとも助かるのか。拍子抜けでは有ったが取り敢えず終着点には着けたみたいだ。元からこんな所でくたばる気なんて持ち得なかった訳だが、今は一先ず安心すべきなのだろうか。
「これで仕上げだ。少佐、まだ観測しえるのだろう、其の眼は、きちんと周りを観測しろ。」
大佐に頭を持たれて視界が急に広がった。今の今まで地面と近くの低い物しか見えなかった物が、大凡何時もの自分の目線の高さまで持って来られた。
そして、現実を知り、今までピクリともしなかった僕の五感が、激しい怒りと共に蘇って来た。怒りだけでなく様々な負の感情がこの現実を否定せしめんと躍起になっている。僕は、裏切られ、唯一の存在に裏切られて…。
「畜生。」
統制機構の制服を身につけている僕の親友だった者は、ヤヨイ中尉、つまりは統制機構と、見て分かる程に対立をしていた。明確な敵意を此処に、詳しくは僕の後方にいらっしゃる帝様に向けている事が、信じたくは無いが認めざるを得ない。ジン=キサラギが居る集団の中には、犯罪者、死神の名で恐れられているラグナ=ザ=ブラッドエッジが居る。ヤヨイ中尉にその刀を向けるなんて、裏切られた方の気持ちを考えた事が有るのか。僕はこんな薄情な人間の事を親友だと思っていた、そう思うと苛立ちが際限なく沸き上がって来る。
それと同時に絶望も、押し上げてくるのだ。
「畜生。」
犯罪者のラグナ=ザ=ブラッドエッジは大傷を負っている。でなければ、ヤヨイ中尉程度の実力などジンに相手をさせる必要は無いのだ。どんな経緯でその傷を負ったのか、そんな事はどうでも良いと思える。それに限らず世界すらもどうでも良い。先程にあんな考えを自分に残した事を後悔している。大人しく死んでいれば良かったのだ。そうすればこんな思いも、しなくて済んだ。疲れずに、腕も再起不能にならずに、恥を晒しにこんな所に顔を出しに来なくても、済んだかも知れない。感情は両の眼から溢れ出し、唯一僕に残された魔眼すらも価値が無くなっている。血液すらも出なくなったというのに、一体何処からこの量の水分が出てくるのだろうか。
「おやぁ、これは可哀想ですね。自身の身を挺してまでリバース少佐が駆けつけてくれたというのに当の本人は今や反逆者。少佐さんも傷心してしまって、まあ、恋人が知りもしない様な犯罪者に尻を振っている人間だとは思っても見なかったでしょうからねぇ。」
覗き込むように顔を出してきたのは諜報部のハザマ大尉だった。直接的な繋がりは無かったが、何度か見る事があった為、覚えている。先程思い出しただけだとも言えるが。
こんな人間に思考を割く事も、どうでも良い。犯罪者に寄り添うノエルの姿が、僕の脳裏を焼き焦がしていた。何であんな奴と、僕はもう捨てられてしまったのか。捨てられた、というのは語弊が生じている場合もある。自分が体験した、繰り返した分の記憶がフィードバックする経験。もしもあれが他の人間、例えばノエルにもその事が適用されていたとして、僕の預かり知らぬ所で、僕だけが知らなかったとすれば。この前に思い浮かべていた、ノエルに言われた言葉の一部を思い出していた。その中にあった言葉、「例え先輩が他の人から見て悪人だったとしても、」という部分を思い出す。既にそこの犯罪者に魂を売り渡していたのか、なんだ、僕はとんだ道化ではないか。
「あら、敵の前で随分と余裕を見せれるわね。そんなにお仲間を虐めて何が楽しいのかしら。」
「何だ、糞吸血鬼かよ。黙って見てろ。これから最高に楽しめるんだからよ!」
誰も信じたくない。誰も信じてくれない。こんな思いを、どうせ頑張った所で受けてしまう。頑張らなくても、知らない所で事は進んでいるのだ。話を聞いても、聞かずとも、動いても、動かずとも変わらない。じゃあ、何をする必要も無いだろう。だって、結局はみんなは僕を裏切ってしまうのだから。それに元々僕の能力で頑張ってきた訳でも無いのだ。借り物でここまで、仮初の人生を楽しんで来れたんだ。別に、もう十分だ。
「これだけ精神が削れていれば十分だろう。やれ、ファントム。」
そして、何もかもが僕では無くなった。
「マインドイーター、どれだけ人間を弄べば気が済むのかしら。」
吸血鬼、レイチェル=アルカードは黒いスーツ姿の男性を睨んだ。自らの事をハザマと名乗る統制機構諜報部に所属する彼は、受け皿に過ぎない。その正体は、六英雄のユウキ=テルミ。嘗て彼が掛けられていた服従の魔法、マインドイーターをギレルにかけさせ、自分の手駒とするべくこの惨状を敢えて作り出した張本人だ。
「あぁっ!人間を弄んでいるのは、テメェら化け物だろうが。寧ろ優しい慈善事業だろうがよ、こっちは人様を救う為に世界を滅ぼそうってんだ。こんな虚飾だらけの世界の何処に価値があるんだ。化け物共と世界の狗がよ!」
レイチェル達は言い返せない。原因は目の前の男であるが、ギレル=リバースという一個人を壊してしまったのは彼女等に責任がある。いや、彼だけでなく、ツバキ=ヤヨイも又、マインドイーターの影響を受けていた。下手にそれを引き合いに出してしまえば、引き金を引いてしまった本人達、具体的に言えばジンとノエルの精神も同じ様に壊れる危険性がある。二人の存在は、目の前の敵を倒すためには必要不可欠なのだ。故に言い返す事が出来ない。
現にノエルは、先程の、気絶する前のギレルと同じ様な精神状態でいる。力なく座り込んで放心している様で、ギレルの方向へ腕を伸ばしては頻りに何かを声に出そうとして、言葉が見つからないままでいた。何から話して関係を修復できるのか分からず、謝るのがいいのか、事実を否定をして自分を助ける為に怪我を負った死神を裏切る事を選ぶのか。考えている内に手の届かない所に隔離されてしまった事による無力感でその身を打ち拉がれていた。そして、それはジンも同様であった。
「おいおい、どうしたんだよ。急に全員して黙りこくってよぉ。そこにブッ倒れてる子犬ちゃんもさっきまでは、『サヤ!』なんて騒いでた癖に詰まんねえな。ハクメンちゃんも動かないで何やってんだ。テメエが情けを掛けてこいつを殺さないでいたからこんな事になってるんだよ。此処に居る全員に謝ってみろよ!」
「テルミ、帝の御前だ。もう少し静かにしろ。それに今のお前の体は戦闘用に調整された物では無いのだ。無理をした所で被害の方が大きい。今回はこれで引くぞ。」
レリウスがテルミの暴走気味の行為を軽くではあるが注意して、時間切れである事を告げる。実際は時間切れなど関係は無いのだが、此処で戦力を削られると後々困ることが出てきて、それも個人的な目標の達成を目指している為である。それも、敵だけでなく、味方に知られても不味い部類の事であるから今回は何としても暴れられる訳にはいかないのである。
「仕方ねえか。おい、ファントム本部に戻るぞ。魔法で全員運べ。」
ファントムと呼ばれた人物は、その顔を隠した魔法装束を靡かせながら空間転移を開始した。
CSの本編が終わりました。
どう足掻いてもCS編ではバッドエンドしかありません。
後、評価の数値で6が多いので、文章に気をつけて書いていたら何時もより時間が掛かってしまって申し訳なく思います。
ギャグルートを書いたら大体がオリジナルになるので頑張りたいです。
感想お待ちしています。