僕の前に降り立ったアズラエルは戦場においても自然体でいた。寧ろ、この惨状を喜んでいる節が見て伺える。悪意では無く、純粋に楽しんでいる。殺人を愉しむ殺人鬼とは明らかに違い、玩具を前にした餓鬼に似た表情を浮かべている。
「どうした魔眼、さっさと構えろ。行っていいんだな?行くぞ、行くぞ?」
喧しいが、口だけで大した実力もない其処らの兵隊よりは好感が持てる。本来ならばこういう手合いは適当に巻いてしまうのだが、今回は時間が無い為に、正面突破をした方が早いかもしれない。それだけでなく、今作戦において唯一といえる細かい事を考える必要のない戦闘だ。丁度良く、憂さが溜まっていたところである。
僕は、右手に持っていた弓状の魔道書を地面に突き刺した。
「おいおい今更になって投降するなんて言ったって無駄だぞ。俺はそんな事気にする様な人間では無いから構わず殴りかかる。」
「そんな訳ない。生憎と、お前みたいな人間に下げる頭は持ってないんだ。」
光、とは正反対の薄暗い膜が辺りを包む。魔道書一つをお釈迦にしてしまう結界術式が一辺およそ百メートルの立方体となって、僕とアズラエルを外界から隔離した。閉じ込められたと考えたアズラエルが壁面を殴りつけて脱出を図るが、壊れる様子は遂に見れなかった。
「何を回りくどい事してるんだ。僕を殺せば万事解決だ。この結界は色々と世界の理を度外視してるからお前の本来の力でも壊れない。どうせならそんな拘束具取っ払え。手加減されて圧勝しても嬉しくなんて無いからな。」
「魔眼、貴様は面白いぞ!」
今にも暴れだしそうなアズラエルは律儀にも、僕が完全に力を開放するのを待っていた。戦いの理由に意味を見出さず、戦うこと自体を意味としているアズラエルは全力の自分と同等に近い相手を前にして抑えていた力のぶつける場所を注視してくる。
「本当は目ん玉以外を全部すげ替えた方が強くなれるらしいけどな、生憎と時間が無くて片手片足ずつだが十分に化け物並みだ。お前と違って僕は元々生粋の化け物らしくてね。人間崩れ程度は精々僕の鬱積を晴らせば良い。」
相手が地を蹴ると同時に僕は魔道書の術式機関を開放した。決して遅くない相手の速度が少しゆっくりと感じられる程に早い動きで僕の右腕が変形した。結界の核となっている魔道書の代わりを果たすべくボウガンの意匠を組み込まれた出で立ちは、コンパクトに纏まった物では無い。弓としては必要以上に曲がった弧を描き、義手の付け根に戻ってくる程だ。使い方としては様々な用途を想定されて考えられており、武器であると同時に防具でもある。魔眼の補助を受けつつも、まず初めの一撃を難なく受け止めた義手は、長さとしても一回り大きくなっていた。大盾と呼んでも違和感のない義手が大きさに見合わず素早い動きで二度目の攻撃を防ぐ。
「ほらしゃがめぇ!!」
型にはまらない攻撃が、空気を震わせる程に大きい声と同時に飛んでくる。足を上段に上げたかと思えば、体を少しそらしつつ踵を僕の足に目掛けて振るってきた。人間離れした攻撃だが、初見殺しにしかならない。幾分、大きくなった腕を押し付ける様にして前に出ることで空振りをさせた。横を通り過ぎる際に生じた突風が体に当たって、少し体勢を崩しかける。当たらずとも人体を巻き込むほどの乱気流を発生させる攻撃。封印が解かれたアズラエルの攻撃は自然災害にも等しいものであったと言えよう。
しかし、体勢を崩した程度で十分な攻撃が出来ない訳がない。腕の先を向けて、溜め込んでいた魔素を解放する。目視すらさせない程に細く圧縮された攻撃は気づかせる事もなく、相手の腹部を焼いていた。連射性を高める為に、長時間の照射は叶わないが現在の人間が編み出した技術では防御不可の攻撃である。幾ら衝撃に強かろうと存在をごっそり削れば良い。
「オラァ!」
肉を抉られようと止まらない猛勢は、嵐そのものであった。相手が攻撃を繰り出す度に生み出される乱気流で一旦距離をあける暇ももちろんない。どちらかといえば遠距離を得意とする僕に対して十分過ぎる能力と戦法をとっている。懐に潜り込まれていると言っても、ある程度の距離であり相手が飛び込んで届く程度である。届けくだけで相手にとっては十分だ。攻撃をある程度外しても副次品のせいで僕は出遅れる。まだ一撃もまともに食らってはいないが、気を抜くことは許されない。一度でも生身に当たれば、千切れて終わりだ。肉体だけで僕と渡り合おうというのだから本当に恐れ入る。
数回打ち合えば慣れてくるもので、お互いが全力ながらも斬新なフェイントや突拍子のない攻撃の数々を繰り広げていた。僕は試験運用を粗方、終えた事でポテンシャルを引き出すことで従来にない動きをしている。相手側は、今まで出せなかった自分の全力を噛み締める様に、封印していた時では再現できない無理やりの体制からの攻撃に興じている所だった。眼のおかげでもあるが、差し合い、駆け引きの映像がゆっくりと脳に映し出される。無茶な動きもしている筈だと冷静な頭も働いているものの、頭から色んな成分がにじみ出ていて痛覚は既にないものとして扱われている。
「試運転程度に考えていたが、気が変わった。僕の実力だけで戦ってやるよ、狂犬。」
叩き込まれた拳を避けつつ、義足で相手の脇腹に蹴りを入れてその反動で距離を取る。次いで先ほどよりも大きい光軸を描く砲撃を腕から解き放った。読まれていても避ける手立てはない。どれだけ耐久力が高くても直撃をすれば一瞬の内に骨ごと蒸発させるだろう。放って一秒にも満たない時間の内に相手の胸部に吸い込まれる様に突き刺さった。
いや、吸い込まれた。
「この力、いただこうか。」
不自然な力場を形成したアズラエルが僕の攻撃を吸収した。観た所で、原理すらはっきりとしない方法で防がれた事に、心が踊った。此方の必殺が一つ潰された事に驚きとともに嬉しさが残った。この戦いの間に散々と不意をついて攻撃を叩き込んできたがそんな作戦を使うだけ無駄だという話だ。格好なんかつけずに「僕」という個体が持てる力を使って正面から突破しなければならない、本気で殺すのに値する相手であった。
「お返しだぁ!!」
僕の攻撃を投げ返してきた。
そして、直撃した。
「はぁ?」
当惑しているアズラエルは、戦いの中で僕がこの程度でやられる相手では無いことを知っていた。それと同時に射撃を吸収されて、鳩が豆鉄砲をくらった様な表情もきちんと観えていた。解かれていく結界を見渡して本当にこれで終わりなのかと頭が整理を付けつつある。
敗因は己の攻撃に絶対の自身を持っていたことである。
「だから、お前は自分の勝利を幻視した。」
聞こえた声に反応した時には既に上半身が地面へと落ち始めていた。振り返った時には既に遅く、辺りを覆う結界を改めて視界に収めた事で、少し前までのポカリと空いた勝利の余韻は、相手に対する賞賛で埋め尽くされた。策士策に溺れる、この戦いにおいては少しばかり、良い勝ち方をしようとしたアズラエルが、戦いに色を出そうとした人間の深層意識に引きづられて、慣れていない事をしようとしたのが原因であろう。
顔こそは此方を向いているが、恐らくは即死のアズラエルを一瞥して漸く目的地まで辿り着けそうだ。何とか時間には間に合いそうで、安心をしたものの無駄に浪費してしまった時間を取り返すために魔道書を蒸して飛んでいった。
大佐が僕の任務をどの様に考えて任せているのかは分からない。
しかし、防衛任務、警備、通せん坊、という言い方はある物の、僕の任務はまたその類のものなのであった。陽動をして、その後所定の一本道で奥に行かせないようにする。無論陽動をしたからには誘い込みたい人物がいる訳だが、それでは僕が此処を守護する理由は何だろうか。答えは明確にお呼びでない人間の排除と、かませ犬である。
珍しく、魔導補助ではない煙草を吸いながら手軽な瓦礫に座り込んでいた。これから起きる最後のドンパチで世界の明日が決まろうというのだから困ったものである。思えば、大佐に個人的に頼まれていた別件は上手くいっただろうか。出来うる限りは手を尽くしたつもりではいるが、人の感情が見えた所で感情をコントロール出来る事はない。事実、自分の個人的な嫌悪感から、大衆的には善人であろうトリニティ=グラスフィールを無兆鈴諸共、叩き折ったのは、自分の感情すらコントロールできていない証拠だ。
見なければ良かった事も有る。あの時、ノエルの感情が見えなかったならば一縷の希望もあったかもしれないが、完全な信頼を見せていた。力だけがあっても、本当に欲しいものほどこの手から零れ落ちていってしまう。残った財産なんて要らないものばかりだ。
先程の戦いの御蔭で、今は思考がクールダウンしているが、それでも自分の情けなさに怒りがフツフツと湧いてくる。何か殴りたい衝動に駆られるが、近くにいるネズミの視線もあるために自分の感情を露わにすることも出来ない。今の僕は、全てを嘘偽りの仮面で塗り固めている。
「おい、魔眼。私が此処にいれば本当に第七機関のココノエに会えるんだろうな。」
「口の聞き方が可笑しいだろ。僕が情けをかけてお前を生かしてやっているんだ、分かってないならお前を殺してもいいんだぞ。」
先程のアズラエルとの戦いが終わった後にバレバレの尾行をされた挙句に、闇討ちをされて返り討ちにしたら、聞いてもいない身の上のことを語りだした女だ。名前なんて聞いてもいないし興味もない。聞き流した限り、統制機構にも第七機関にも恨みがあるようなので戦争中の混乱に乗じて目的の人物を探していたらしい。それで、僕が口を滑らせたら何度も言及をして、そのまま待機をしている状況なのだった。特別な能力も、強力な武器も持たない割にはそれなりに強かったが、結局は実力不足であり、無傷で僕に追い払われる程度だ。
時間に換算すればそれなりに持ち堪えたが、今日会った舞踊一座の座長の方が確実に実力は上だっただろう。話に同情した訳では無く、今まで生き残ってきた悪運を評価して僕の任務の邪魔にならないよう周りの足止めを頼んだのだが、先程から第七機関のココノエについての情報を何度も聞いてくる。聞いた回数を増やした所で返答は変わらないのに聞いてくるのは、飽くまでも統制機構にも恨みが募っているが効率などの事情を考えた時に此方に従っているからだ。攻撃をしておいて、いい条件を出されても疑い無く飛びついてくる辺り、馬鹿だとは思うが本人としては本気らしい。手がかりのないまま放浪して犬死しては死んでも死に切れない、と話している。
「つれないことを言うな。私としてもお前には感謝しているんだ。一方的に仕掛けたのに命まで繋いで貰って、その上人探しまで協力して貰ってな。そこまで警戒しなくても言われた通りに邪魔にならないよう物陰にでも隠れている。」
「そうだな。態々殺さずにおいてやったのに、流れ弾ででも死んだら目覚めが悪いからな。元から僕側に利益が少ないお情けなんだ。仮にも傭兵だろう、任務は完遂させろ。」
見渡す限りの常闇の中、煙草も吸い終わり呆然と立ち尽くしていた。既に追い払っておいたのでこの場所には僕一人が防衛の任についている。街灯らしいものも少なく月明かりも届かないこの場所では深夜に入った今の時間では、昼間に周りで戦争が起こっていたとは思えない静けさであった。耳を掠めて吹き抜けていく風が肌寒く。未だに春を迎えない時期ということもあり義手、義足の結合部がズキズキと痛む。魔眼がうっすらと光っているのが、もう片方の目で見えているために、自分はとうとう人間でない気がした。戦闘をしている時に限っていえば、自分が追い詰められる事もあるので、僕が普通とはかけ離れていることを忘れてしまう。
しかし、自然体でいる時でさえ自分が異常だと知らしめるこの淡い光が、この暗闇と合わさって僕を何処か遠い所へと誘っている。冷静に思えば、僕が皆の輪に入ろうとしたこと自体が間違いだ。昔から化け物とは、人間によって制されるというのが自然の摂理である。今の人間が発展した世界が未だに自然の一部から抜け出せていないのならば、僕もまた抜け出せずにいる世界の一部だろう。どれだけ世界が変わろうと、科学の法則に捕らわれているうちは理は変わらない。
「こんな作り物に頼っているうちは、ダメなんだよな。僕も、お前らも。」
視界に映る暗闇を切り裂いて、光の刃が僕に到来する。
向かってくる人物のあたりがついている為にこの攻撃が最終勧告程度にしか使われていない事が分かってはいる。高々威力の弱い遠距離攻撃だと思い、動くこともせず事象干渉で止めようとするが弾かれてしまい、渋々自らの腕を振るって叩き潰した。
「封印兵装・十六夜か、厄介な物を持ち出して来やがって。」
「ギレル=リバース、貴方の罪を断罪します。」
別れた時とは違い、黒い服装で無くなったヤヨイ中尉が僕に槍を向けていた。常闇には眩しい位の煌びやかな格好で、自分の力を誇示している様に見える。
僕の相手はそれともう一人、蒼の継承者だ。
「戦いたくないなんて言わない。私が目を覚まさせてみせます。」
バレットを申し訳程度しか出せなくて済みません。
本当なら戦いも書きたかったんですけど、冷静に考えてアマネの時以上に瞬殺になりかねなかったのでどうしようもありませんでした。
ギャグルートに何とかねじ込む様にするので勘弁して下さい。
見積としてあと三話程です。
ブレイブルーの家庭版が出るまでに完結ができるか微妙ですが、頑張ります。
感想お待ちしています。