[習作]哀の果てに   作:解法辞典

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epilogue
哀の果てに


「規定値オールクリア。第一から第七シークエンスまで問題はありません。」

「全職員に通達、予定通り窯への干渉を続行。工程を飛ばすことなく確実に消化していけ。万一にも失敗は許されない。」

 コントロール室の中心には、部下から所長なり研究長なりと呼ばれている人物がモニターを通して作業風景を眺めていた。人類の技術が進化した今となっては、現場まで赴く事なく全てを機械及び魔道書に任せてしまえば済む様になったおり、現場の近くにコントロール室を作ること自体が珍しい事だった。だがこの男が言うには、この実験に関しては直接、近くで見なくてならないらしい。人間が行う実験である為、多少言い訳になっているものの理由は別の所にある。そんな男の心を知らない部下たちは、まだ所長は若いので自分の研究の成果を噛み締めたいのだろう、程度に考えている。

 確かに、この男は若い。年齢で言えば二十歳にも届くか届かないか程度だ。研究漬けの割に年齢のこともあって未だに元気が良く、目の下のクマは薄く、金色の髪も自然な形で整っている。顔立ちも端正なもので、同じ部署の人間だけでなく違う部署の女性からも狙われていたりもした。男からしてみれば、自分にはきちんと心に誓ったガールフレンドが居るので、他の人間がしてくるアプローチを鬱陶しく思って居る。

 勿論、この男が現場に出張って来ているのも自分の功績なんて打算的な物では決してない。もし打算を考えていたならば、今頃は自らの父親の七光りで、父と同じ分野を志していた方が確実に未来は明るいものとなっていただろう。その道に進めば、多少適当に振舞っていても経済面で困ることはない。男の才能は言うまでもなく満ち溢れていて、その男の父もまた天才に部類される人間であった。今こそ老いているがつい最近までは十二宗家の当主と張り合うほどの武力を持ち、そして言うまでもなく科学者としても高名であった。第一線を退いてなお今行っている趣味程度の活動で現役時とは別に一財産を築いている程の科学者であった。

 だが、息子である男の目的は金を稼ぐことにはない。

 

 男の目指すのは目に見える物ではない。尊敬する人物に教えられたことであり、その人物が人として次の世代たる自分に残そうとしてくれたものである。簡単に言ってしまえば、人の全ての行動は全てが人の善意に帰結するらしい。一科学者の立場から言えば、何の裏付けもできないと一蹴できることであったのが、事実今の世界は一人の人物の善意が礎となっている。

 無慈悲な神からこの世界を守った人間。

 彼、男の尊敬してやまない人物は優しかったが、それでいて聖人では無かった。自らのエゴを押し通す為に他人の志を潰してでも行動する人だった。事実、彼は自分の守りたい物しか守らず邪魔な人間は迷わず殺した。運もつきもない人で、ここぞという時にだけ成功させることはなく、単純に成し遂げるだけの実力は有していた。這い上がることができないと分かっても腐らず、心に決めた最善の選択を信じて行動をした不器用な人物。それが男の尊敬してやまない人物であった。

 過ごしてきた時間こそ短く、思い出と言われて上げることの出来る部分などは少ない。多少、在りし日の思い出として美化されている要素もないとは言い切れないため、他人に話すことはない。だからこそ自分の目で確かめないとならないし、もしも自分の思っていた通りの人物でなくとも、世話になった時のお礼すら言えていないのだ。男はその人物に一言礼を述べるためにここに居る。

 何処かの研究者がやった六英雄のサルベージの真似事ではなく、ましてや窯に潜むマスターユニットを打ち取る訳でもなく、叢雲の精錬でも、境界の研究でもなくてただ一言礼を述べる事も為に長年の間研究者として過ごしてきたのだ。

 

 カルル=クローバーという個人として、ギレル=リバースという恩人に礼を言う為にここに居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十年近くの間待たせてしまって申し訳ありません。」

 関係者以外立ち入り禁止のコントロール室には一般職員にとって見慣れない人影が入って来た。この実験の統括者であるカルル=クローバー少佐の知り合いという顔利きで、入室許されているが本来ならば実験中に部外者、それも身元を明かされていない人物が入り込んでする事は許されないことであった。

 実際は関係者という括りではあるので、入ってきた当初怪訝な顔をしていた職員も、その人物たちの顔や名前を聞いて青ざめた人間も何人かいた。一応は統制機構の研究機関という扱いであるこの部署に限らず、どの部署でも畏まらなくては成らない程の人物。統制機構の重鎮が来ていた。

「別段、ここに居ることが知られても困ることなぞ無いが、括りとしてはお忍びらしいからな。形式的な物は省略させてもらう。」

 ジンは用意されていたソファに腰掛けながらカルルに告げた。相変わらず自分勝手に振舞う姿はカルルにとって懐かしく感じられた。どうぞ、と言ってジン以外の来客に座って貰うのを確認してからカルルも腰掛けた。

 向かい合って座るが、統制機構の顔として活動しているジンとツバキの顔だけでは当時の懐かしさは感じられる訳もなかった。矢張り、それに加えて当時の人間が加わると昔の思い出が蘇る。特にここに居る来客四名の中では、子供だった頃に良く構って貰っていたマコトが一番脳裏に焼きついている記憶だと言える。マコトは普段諜報部として働いているので会える機会も少ない為、余計に若かった時の事を感じさせた。

 今でも十分に若いのだが、この頃は無茶が多いせいか家に帰っても直ぐに寝てしまっては、同居人に怒られる生活を送っている。昔、咎追いとして過ごしていた時は徹夜で移動なんてざらだったというのに情けない。久しく体を動かしていないことも考えると、体力が落ちてきたのを実感して余計に悲しくなってくる。

 そう考えると、目の前の四人は年齢程には歳をとっている様には見えない。大人の人間としては皆若々しく、度重なる実験等で疲弊しているカルルと比べると元気があって清潔で綺麗な服に身を包んでいる先輩方の方が若く思える。

「カルル君も背が伸びたね。昔はカイケイより小さかったのに今では立派な大人だよ。」

「マコト先輩、基準がカイケイ先輩だと大体の士官学校生が大人ですよ。」

 ちょっとした冗談を交えつつ話をするがカイケイは言われ慣れているのか、反論もせずにテーブルに置かれている紅茶を飲んでいる。カルルは視線を前に移すが、他の先輩方も呆れた様子で見ているのが分かる。察するに、マコトが毎回の如くカイケイをネタにしているのだろう。先程から話を続けるマコトに他の人間は適当に相槌を売っているが、どの話題を話すにしても引き合いにカイケイを出してくる辺り唯の惚気話という事だろう。

 カルルと話している四人の合計二組、ツバキとジン、マコトとカイケイは既に籍を入れている。

 ツバキの生家、ヤヨイ家は代々子を宿しにくい。その為、ツバキ自体ヤヨイ家の一人娘として大切に扱われている。対するジンはキサラギ家の次期当主であった為、二人が婚約を結ぶのは難しいと言われていた。しかし、家に執着を持たなかったジンは勘当されると分かっていても気にも止めず婚約を結ぼうとした。十二宗家として自らの顔に泥を塗る訳にもいかなかったキサラギ家は、ジンのヤヨイ家への婿入りを許可した。せめてジンをヤヨイ家の当主にして貰い面目を保とうとする活動もあったらしいが、現ヤヨイ家の当主はツバキである。血を重んじるヤヨイ家と違い能力の高い子供を養子に取るキサラギ家にとってそれ程打撃は受けなかったらしいが、心中穏やかでは無かったと聞く。同じ十二宗家のカグラ=ムツキは結婚式の時に大笑いしていた。最近、漸く子を授かった様でツバキが無理をしないように今日はジンが優しくエスコートしてくれたのだとツバキは話していた。

 子供、と言えばマコトとカイケイの夫婦である。特別何ら阻害するものもなく普通に籍を入れた二人には現在八名の子供いる。一番上は今年で九歳だそうだ。元々マコトの家族が大家族であったのだが、それでも世間的に見て多い。子供全員がカイケイに似てしっかり者らしく、それだけの人数の子供を養う為に共働きをしているが困ったことは無いそうだ。本人たちは困っていないかもしれないが毎回の如く育児休暇を使うために彼らが務める諜報部の上司から大目玉を食らったことがある。この頃は半ば諦めかけているそうだ。その上司もそのまた上司に「またあいつらか。」と慰められているという話も小耳に挟んだことがある。カルルも、彼らの上司から当の本人たちは何事も無かった様な口ぶりで話してくるから困ると愚痴を零されたことがあるが、今の状況を見ると一概にそうとも言えそうにない。マコトは相変わらず話し続けているが、カイケイは少し疲れているらしく深々と座ったままである。

 調子が優れないように見えたため入室してすぐの時に

「カイケイ先輩、何処か具合が悪いですか。」

 と聞いたところ。

「腰を痛めつけられた。」

 と溜息をつきながら言われた。

 言うまでもなくマコトは獣人で身体能力が極めて高い。言い方から察するにカイケイは本当に苦労している様であった。流石にカルルもその時は苦笑いを浮かべる他なかった。カイケイの死因が腹上死になりかねないのでやんわりとツバキが無理をさせないようにと言っていたのも印象的だった。

 

「そういえば、カルル君のお姉さんってどうしてるの?」

 ツバキが丁度思い出したかの様に言った。

 カルルの姉、エイダ=クローバーはイカルガから帰ったあと直ぐに元の体に魂を移した。それはカルルの母、イグニス=クローバーも同じであり子供の頃のカルルはその時涙を流した事を鮮明に覚えている。戻したのもレリウスであれば、元々魂を人形に移した本人でもあるレリウスから改めて謝罪をされた時には既に憎しみは無かった。カルルの姉は兎も角、母は飽くまでレリウスが自分のことを思って庇ってくれていたとしていてレリウスを責める事は終ぞしなかった。その時カルルは初めて、家族の前でも冷静沈着であったレリウスが涙を流す所を見た。閑話休題、カルルの姉のことであるが今頃どうしているか知らない素振りを見せるツバキに対して逆にカルルが疑問を抱いた。エイダについてツバキが知る方法は限られているが、諜報部のマコトが傍にいて何も聞いてないことが不思議でならなかった。

 ここでカルルが不思議に思った理由について順を追って説明する。エイダは生身の人間に戻ってからは統制機構の職員として復帰した。丁度、カグラが統制機構の内部にメスを入れて新しい体系に移り変わろうとしている時期だった為忙しかった。それは他の部署にも言えた事で、事実その時は復帰して間もないエイダを見守ろうと考えていたレリウスが忙しさのあまり様子を見に行くことすらままならない程であった。因みにエイダの配属先は元々技術開発部所属ということもあってか、技術開発部と密接につながっていた航空部隊の欠番したある部隊の隊長だった。ぽっと出の人物に隊長を任せなければならなかったのは、イカルガで起こった戦争の為だ。この頃は第三次魔導大戦と呼ばれる様になったその戦争で勝利した統制機構も思ったより多くの打撃を受けたのだ。勿論、現在もまだ壊滅状態にある第七機関と比べれば幾分か良い方だが、それでも戦力の半数以上は失われていた。今でこそ元々の規模に戻りつつ有るが、その当時は統制機構だけでは統治が先行かない状態であり、カグツチを初めとする幾つかの階層都市が地方自治体として運営されていた。

 と、ここまでならば問題は無かった。

「いやぁ、カルル君が怒っていた時のこと思い出すと中々言い出し辛くてね。ツバキとかノエルにはまだ言えてなかったんだ。」

 マコトが弁明をするが、カルルはもう最近あった出来事については怒っていない。仕方がないことだし寧ろあの人ならまだ良かったと思っている。

「いえ、今は大丈夫ですよ。姉さんはいい年だし結婚を視野に入れていても別に可笑しいことでもなかったんです。でも相手がハザマさんだったから取り乱してただけですよ。」

 カルルがそこまで言い切ると、ある程度内容は把握できていたであろうツバキも流石に目を丸くしていた。ギレルの残した最後の遺産だと、あの時は若干弄られていたハザマがエイダを射止めたことが衝撃的だった。それ以前のテルミが宿っていた頃を知っている人間からしてみれば卒倒ものであるが今のハザマは飽くまで、ギレルが見てきた表面上のいい所のみを全てとして構成された全くの別人と言える。今では正にジェントルマン呼べるべき存在なので苦い記憶のせいで不満は残るものの優良物件であることに違いはなかった。

 

「本当に、ろくなもの残していかなかったんですからギレル先輩には文句の一つや二つ言わせて貰わないと割に合わないです。」

 カルルは、開きかけている窯を中継しているモニターを見ながら悪態をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開いた窯に飛び込んだノエルは先日カルルが説明してくれたことを思い出していた。

『ギレル先輩の死体を蘇生しました。仮の魂も入れたので実質上は、生前アマテラスの寄り代だった時のギレル先輩と変わりありません。なのでアマテラスが死ぬ程の危機に瀕することがあればその魂は元の体に戻ってくる筈です。』

 ギレルを漸く運命の呪縛から解放できる。それだけの理由があればノエルには断る材料が見つからなかった。カルルが示唆した、長年の間何もない無の空間いたせいで既に精神が壊れてしまっているかも知れないとか、アマテラス側に魂が引き摺られているかも知れないだとかの諸々の可能性とやらは存在しないにも等しい。そんな事で打ち砕かれる程柔らかい繋がりではない。

 カルルだってそう思っているのだろうが、ギレルの帰還を待ち望む人でもあるが彼は科学者なのである。情報を開示することは自分の技術を信用してもらうことでもある。元来、科学者等の研究職は自分の技術が低く見られることを嫌う。自分の技術に誇りを持っているのだ。だが、カルルの場合は誇りのためだけでもない。失敗した場合全ての責任は、技術を提供した自分にあるというのだ。何とも潔いことである。度胸なしの医者が言い訳の道具としてインフォームドコンセントを使うのとは訳が違う。それ程までにギレルのことを思ってくれる人がいることが、ノエルにとって自分のように嬉しく思えた。最終的に窯に入ることができるのが自分しかいない、なんて言う優越感は一切ない。優劣なんか気にする余裕はなく、ギレル救えるという事実だけで胸が苦しくなる。

 だからこそ断言できる。ギレルは何時だって最終的には自分の期待に応えてくれたのだ。

 これからギレルに会える嬉しさか、それとも今までギレルと一緒に居ることが出来なかった事の顛末を招いてしまった自分の払拭することのできない不甲斐なさを噛み締めてか。ノエルの瞳からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

 

 感極まってしまったノエルはその後、どの様なことが起きたのか事細かに覚えてはいなかった。

 しかし、言葉にならない嗚咽を上げるノエルを抱きしめていたことをギレルは今でも覚えている。




ありがとうございました。
完結です。

後はギャグルートを早めに仕上げたいと思っています。

最後に一言だけ、ブレイブルーで習作をやるんじゃなかったと思いました。

本当にありがとうございました。
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