辺りは、夜特有の静けさに包まれていた。
窓から見える景色は幾つかの街灯の放つ光と何人かの人々で、彼方此方には警備も出ているようであった。ルームメイトであるジンは本来この部屋にはいない筈である人物の現在の位置、細かな動き、そして息遣いさえもその青い眼に移しているのだ。僕も細心の注意を持ってその人物を取り巻くこの状況を最悪の事態に成らぬようにしていた。
ジンは近くに置いてあった物を相手に悟らせぬ様に拾い上げると足を少しずつ前に運び、音一つ立てずにその人物に届く距離まで進んで行った。
握り締められたその鈍器は頭上高くまで振り上げられた。僕としてもこんなところで無駄に時間を浪費する訳にもいかないので、ジンに了承の意を込めて頷いて見せた。
振り下ろされたその鉄槌はその人物の脳天へ直撃し、見事にその意識を、つまりは連日の疲れで意識を暗闇の底に落としていたカイケイを、覚醒させるに至ったのであった。
「済まないな。それでどこまで話したっけ。」
カイケイは辞書を打ち付けられたことによって赤く腫れあがった額を抑えながら、多少の笑みを浮かべて何を話していたのか、確認をした。
「日頃の感謝として、僕たち以外の生徒会役員であるローゼンと手伝いをしてくれている一年生の3人へのパーティーをすること。それと会場は生徒会室で、明日の放課後に集まるということ。」
その二点だな、とジンが今までの内容を纏めた。
「食事は用意が済んでいるし、女子を連れてくるのはギルで良い。話すことはもう無いな。」
そう締めくくった後、カイケイは徐ろに無造作に床に置かれていた袋から缶を取り出して此方にも渡した。開封した後に手を伸ばしたカイケイの缶に僕とジンも合わせて、乾杯の音頭を取った。
「今回だけ特別だからな。」
ジンはそう言いつつも口に酒を運んでいる。
珍しいジンの姿に僕もカイケイもくすりと笑っていた。久しぶりに明日は羽を伸ばせるので皆、上機嫌になっている。酔いも回って来ているのか少し饒舌になってきた。
「おいおいジン君、そんなに飲んだらツバキちゃんに怒られちゃうよ。」
カイケイの茶化した言葉にジンがすかさず反論をした。
「ツバキは君と違って心が広いからな、許してくれるさ。それと気安くツバキを名前で呼ぶな。」
そう言って、話を切ったのかと思えばジンが、
「ツバキは子供の頃は可愛いくてな、今も可愛いけれどもまた趣の違う可愛さがあってな。・・・」
と喋り始めて止まりそうにない。
僕は話題の転換を図ろうとカイケイに一つ疑問だったことを聞いた。
「あの3人はなんで手伝いをしているんだ。募集もしていなかったのに。」
自分の世界から戻ってきたジンは、僕の方に向き直り、
「そういえば話していなかったな。」
そう言って3人が生徒会の手伝いをするようになった経緯を語り始めた。
「元々あの3人はそこまで仲の良くない唯のルームメイトだったらしいな。理由としてはマコト=ナナヤの今まで獣人として差別で虐げられていたことによる劣等感が一つ。そのせいで誰もが自分のことを馬鹿にしている、という偏見があったそうだ。」
そう言われてみればナナヤは未だに僕とは一線引いて接している。嫌われているのかと思ってなるべくかかわらないようにしていたが逆に此方が避けているように思っているかもしれない。
「ノエル=ヴァーミリオンの人見知りもあってか会話も少なく。度々ツバキが僕のところに相談に来ていたんだ。」
酔っ払っているせいで、ジンのご令嬢話が長くなりそうだったからなのかカイケイがかぶせ気味に話を続けた。
「そんな折にマコトが名家の令嬢といざこざを起こして停学になったんだが、ジンがその事をツバキちゃんに伝えた時にツバキちゃんが探しに行ってしまってジンもツバキちゃんが心配だから後ろをつけて行ったんだ。俺も面白そうだから一緒に行ったけどな。」
一旦話を止めてカイケイは酒を飲んでいる。ふと視線をそらすとジンが既にベッドに横たわって寝息を立てているのが見えた。
「ツバキちゃんがヴァーミリオンさんとマコトを探して大分遠くに行っていた時にな、2人の足場が崩れて下層部まで落ちたんだよ。隠れていたマコトが飛び出して運良く尻尾が下敷きになったから助かったんだけどな。ジンの奴慌てて走って行ってな、余程ツバキちゃんが大切なんだな。」
最後まで酒を飲み干した缶を机に置いてから、さらに続けて話している。
「それでジンと協力して3人を救出したら、もう和解していてな。とりあえず雰囲気を崩さないように、身を挺して友達を助けたことを褒めてマコトを撫でてやったら思いっきり殴られて俺も下層部まで落ちたんだ。もう少しで4人が大怪我する所だった事の罰としてあいつらは今、生徒会の手伝いをしている訳だ。」
カイケイは多少怒った風を装っているが哀愁が漂っている。
理由は火を見るより明らかで、カイケイの容姿が幼く見えるためだろう。身長152センチメートルという低身長と童顔によってカイケイはこれまでも悩まされてきた。ちなみに髪の色は黒。余談ではあるが、選挙の時はその見た目と名前で圧勝を収めた。男女両方から絶大な人気を誇る。
本人としては嫌なので一人称を「俺」としているらしい。
「良いやつだと思って褒めてやったのに馬鹿にしやがって。」
さめざめ泣きながら新しい酒を開ける目の前の同級生を見て今日の夜は長くなることを悟った。
翌日、決められた配役として女性陣を呼びに行った。
既にローゼンには声を掛けて共に一年生の3人呼びに行ったのだが、やはり廊下で会う生徒の一人一人が此方に何かしらの恐怖を向けてくる。
実際には僕だけに集中しているわけだが、確かに一年生の場所に来ているのは、異名を持つほどの実力者だ。何かしらの事情があると思っても仕方ないだろう。
仕方がないのでローゼンに3人を呼んでもらい僕は少し離れたところで待機して居ようとおもってたのだが。周りからの視線がどんどん厳しいものへと変わっていくので、要件を早く終わらせて欲しいと願った。
無事に女子を全員、同時に引き連れて行くことに成功したが僕が居ることで会話がない。
未だにヤヨイとナナヤとの意思疎通がきちんとできていないことが原因であろう。
しかし、僕も二人も話をしたくない訳ではないのだ。理由としては、このままだと僕たちの仲が悪いのが自分のせいだと思ってしまう人物が居るからだ。
もう既に泣いてしまいそうで、仮にここでヴァーミリオンを泣かせてしまえば更に悪循環が続いてしまう。
気の利いた一言を言わなければならない。ここにいる全員を和ませるような事を。
「なあ、ローゼン。昨日聞いたんだがナナヤがカイケイを突き落としたおかげでこの3人は生徒会の
手伝いを任されたんだってな。」
「なんでそのことを知ってるんですか。」
間髪入れずにナナヤが此方を横流しに睨む形で聞いてきた。ナナヤ以外は急に突飛した話題なので少しついてこれていない。
だが、予想以上に食いついてくれたのでこのまま話を続けた。
「昨晩ジンとカイケイとで語り明かしたんだ。その時に、俺は気に障るようなことをしてしまったんだろうかって。」
「そっか、ちゃんとカイケイ先輩に謝らないとな。」
ナナヤがそう話すことから、元々はこのような性格であったのだと分かった。
皆から見ると僕もあの戦争の後は今のナナヤのように見えたのだろう。
性格が変わってしまった人を見るのは辛いことなのだと実感させられて、新たにジンたちへの感謝を伝えなければと思った。
「ちなみに、誰が一番先に潰れたのかしら。」
ローゼンが気を利かせて話題の転換を図ってくれた。
「ジンだよ。情けない生徒会長だよな。」
そう、同意を求めるように言ってみたところ、全員が辛辣な眼差しをしていることに気がついた。
「リバース先輩、未成年ですからお酒はダメですよ。体を労わって下さい。」
ヴァーミリオンが僕を見上げながら諭してくれている。双眸に涙が溜まっているのは先程の気に病んでいる状態のままでいたのか、今の話で心配してくれたのか。
どちらにしてもヴァーミリオンは僕のことをこんなに真剣に考えてくれる人なのだと分かって、よりこの娘が愛おしいと意識させられた。
「済まないな。ヴァーミリオンの言うとおりだ。成人するまではもう飲まない。」
普通この場面では頭を撫でるらしいがそんな度胸は持ち合わせていない。言葉にして言えたことだけでも精一杯だった訳で、こうやって意識すると余計に気恥ずかしくなってきて歩を早める。
僕の耳には自分の足音と、背後から聞こえる女性陣の話し声のみが入ってきた。
「これからいつも生徒会の手伝いをしてくれている3人の歓迎会を始めたいと思います。それでは、乾杯の音頭をジン=キサラギ生徒会長にとってもらいます。」
司会を務めることになっていたカイケイが扉を開けた瞬間に声高々に宣言した。
僕は近くに用意しておいた飲み物を各々に配る。
カイケイは、まだ皆が全容を把握していないのを見てくつくつと笑っている。
「別に驚かす気は無かったのだがカイケイが意外性が欲しいと言って聞かなくてね。」
そのように冗談めかして言うジンも今までの振る舞いからは想像がつかなかったのか、一年生は立ち尽くしている。
一方でほとんどの責任を擦り付けられたカイケイは必死に弁明をしていた。
「それでは、ツバキ=ヤヨイ、マコト=ナナヤ、ノエル=ヴァーミリオンの歓迎会を始める。今日は楽しんで欲しい、乾杯。」
実は、この時点で気づいている者は少ないが、今皆に配られた飲み物全てが多少なりともアルコールを含んでいる。
最もこの事を知っているのは昨日飲み明かした僕たちだけが知っており、場に酔っている女性陣は気づいく事なく最初の一杯を飲み干した。シャンペン程度の物で、カイケイの持ってくる代物とは話が違うから、法律的にも問題は無い。
「さあ、料理はたくさんあるぞ。腕によりをかけて作ったんだ遠慮せず食べてくれ。」
僕は事態の把握の完了した4人にそう促した。
「リバース先輩は料理ができるのですか。」
如何にも、ありえないというふうにヤヨイが聞いてきたので、無言で皿にスパゲティを盛り付けて渡した。
「こういう事を発見するための今日の席だ。目に入ったものは食べてみてくれ。そうしてくれると作った側としても冥利に尽きる。」
自分の名前が書かれた、見るからに安そうな紙のある椅子へと向かってコップに飲み物をなみなみに注いだ。
少し口を潤してから窓の外を見ると、漸く日が沈み始めた頃なのだと分かり明日になるにはまだまだ時間が掛かりそうだと理解が出来た。
ここでこの生徒会室の説明をしておきたいと思う。
歴代の生徒会執行部に属していた先輩方が自分達の過ごしやすい改造を施し続けた結果、下手な一軒家なんかよりも素晴らしいものに仕上がっている。
大きさとしては教室を三部屋分貸切していて、作業用の部屋、書類などを保管する倉庫、そして寝泊まり可能な仮眠室となっている。いずれも冷暖房完備、空調完備で学校の最高権力である生徒会の横暴がまかり通ってしまった成れの果てである。ちなみに、仮眠室には冷蔵庫、キッチン、トイレ、個人ロッカー、ベッド、コンポ等と置いてあるので一般に生徒が住んでいる寮より良い部屋に仕上がっているのである。
今回の歓迎会に使っているのは主にこの仮眠室であるのだが、元々教室だったので広さは十分にあり皆は羽を伸ばせているようで何よりである。
ここからが本題である。
何故、今その事を話すのかというと少しだけ予想外の事態が起こったのである。
今回用意した料理は僕とカイケイが自分達の分と女性4人分として作ったのだ。
少し足らなかった分はその場でデザートでも作ろうかと話していた。
そう、少し足りなかった場合である。今回はあくまでも親睦を深めることが目的だったのである。
料理がメインでは断じてない。
「先輩。このお肉のとカルボナーラ、御代わりお願いします。」
また、ナナヤが料理の催促をした。既に4回を超えている。
いくらある程度は経費で落ちるからといって、料理と片付けを同時にするのはかなりの重労働だ。
よもやこれほどに健啖であるとは思いもよらなかった。
だが、作る側としても何度も完食してくれるのは嬉しい限りで、カイケイも心なしか嬉しそうであった。
気を使ってくれているのか。ヴァーミリオンとローゼンはナナヤと喋って箸の進みを幾分か和らげようとしてくれている。
ジンとヤヨイは先程まで皿洗いをしてくれていたのだが、酒に弱かったのだろう。
すっかり出来上がってしまって、ジンに擦り寄っている。
「色男はやることが違うね。挙式は何時だい。」
そうカイケイが茶化すも、行動が制限されていて制裁を加えることは出来ず。
「君と違って背が高いからね。」
苦虫を潰したような表情をして反論するも、皮肉じみた事の一つも言えやしない。
それを見て堪えられなかったのか、ローゼンが笑い出すと皆も釣られたように笑った。
短い期間でこんなに笑った何時ぶりだったろうか、心に確かな充実感が満ちていた。
場に酔っていたのだろう。
僕とカイケイは、昨日残った酒をデザートの材料としてふんだんに使用した。
悪気はなかったことだけは本当である。
一度復活したヤヨイはまた意識を闇へと沈めて、ジンと一緒にベッドの上で寝かされている。
念の為に映像として記録を残しておいた。
「昔はな、高かったんだよ。周りの奴らがどんどんでかくなっていって。」
カイケイも羽目を外しすぎたのか酔っ払って机に突っ伏してしまった。
ナナヤはもう食べれない、等と呟きながら眠ってしまっていて、ヴァーミリオンもナナヤの尻尾に抱きついたまま眠っている。
まるで疲れきった子供の様である。
静寂と言うには些か可笑しいであろうこの部屋は、寝息と呻き声、片付けの音が聞こえる。
「意外だ。ローゼンは酒に強かったなんて。」
唯、作業するのも味気が無いので、手は休める事なく話しかけた。
「私を、料理しながら飲んでいたギルと一緒にしないでよ。お菓子で酔っ払うなんて普通ならありえないでしょう。」
「この生徒会で普通を引き合いに出したって意味はないだろ。」
後少しで全ての皿が洗い終わる。そうしたら机を拭いて完了だ。
「ねえ。」
不意にローゼンが此方を向いて話しかけてきた。
「ありがとうね。今日楽しかったの、あの娘たちと一緒に食事とかお話とか出来て。」
反論したところで意味がないのだろう。
「僕らも少し大人になったな。あの頃は泣くことしか出来なかったのに。」
ひと呼吸おいて続ける。
「実際、カイケイが居なかったらどうなっていたんだろうな。」
ジンの冷え切った心をこじ開けたのはあいつだ。
ローゼンの失くした支えも、僕の歪んだ視界も、全部とは言わないがあいつが正してくれた。
「素直に感謝しましょう。私たちに未来をくれたことに。」
ローゼンがそう言った時、生徒会室に伝達が入った。
どうやら学校の敷地にお客さんが来たようだ。
「嗚呼、僕が行く。せっかく来たんだ。持て成して上げないと。」
窓から飛び降りた僕は、術式を用いて滑空しながら目的地まで飛んでいった。せめて戦いになることを信じて。
相手は5人で、魔道書も持たないごろつきだ。
だからといってこちらが本気で事に当たらない理由にはなりえない。
適当なところに足を下ろして魔道書を召喚。魔眼も出現させて相手を見据える。
街に出る被害を最小限に抑え、尚且つ最大限の苦しみを与える方法。
僕は魔眼を掴み弓状の魔道書の弦に添えてゆっくりと引いた。
「目を引く」と5人は一斉に僕の方を向いて気付いたようで騒ぎ出した。
そして、文字通りに「目を射った」のである。
魔眼は紅い血の色の針にも見える物を幾千にも生やしながら闇の中を強く鋭く発光しながら飛んでいった。
敵のすぐ近く行った所で生えていた針が5人へと降り注いだ。
鋭いそれは、目標以外に突き刺さる事はなく僕から見える面の全てを覆い尽くしていた。
「臆病な人達だな。視線を浴びただけなのに。」
近くまで寄って僕は殺すまでには至らなかったものを観察した。もう本人の表情を見ることは叶わない程に細い針が所狭しと林立しており、まるで毛並みのようであった。
「炯眼人を射るってことかな。」
僕は学校に戻るために歩を進めた。死に体のごろつきはこの統制機構支部の人に連絡が入っているから大丈夫だろう。
今日は虐殺にもならなかった。目を合わせただけで勝手に死んだ。
この中途半端に帯びてしまった熱をどうしてくれようか。
もう片付けは粗方済んでしまっただろう。
明日に備えて寝るべきかと考えていると、明日は祝日であること、ヴァーミリオンと出かける事を思い出す。
「遅刻をしてしまっては示しがつかないからな。」
僕が遅れずともヴァーミリオンがこのままだと寝過ごすかもしれない。
早く戻って皆を帰さなければならないだろう。
心の中で大義名分を振りかざし生徒会室の方角を見据えた。