[習作]哀の果てに   作:解法辞典

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第三話

 今日は心なしか目覚めが良かった。

 休日だというのに早くから僕が起きていることにジンは疑問に思っている、という体を装っていたが本来ならば僕もジンも起きていない時間であった。もし今日が唯の何もない休日ならば僕も気に止めなかっただろう。

 僕の予想があたっているのなら、ヴァーミリオンと僕が一緒に出かけることが何らかの形でばれている。別段、知られたとしても疚しいことは何もないのだが、先程から微笑に歪んでいることから察するに多少なりとも僕には益のないことでも考えているのだろう。

 時計を確認すると待ち合わせには大分余裕であった。

「珍しいなギル。昨日も早くに寝ていたし今日は大雨にでもなんじゃないか。」

「それでは困るな。これから出かけるというのにそうなってはかなわない。」

 白々しくもジンが態とらしく話しかけてきた。元々皮肉が通じないことを知っているだろうに、ジンの言ったことにも一理あるのでに後で折りたたみ式の傘を鞄の中に入れるようにして出かける準備を進める。

 多少肌寒くなっても良い様に、着替えた上から一枚適当に羽織った。女性と一日近くいるのであるから身だしなみにも最大限の注意を払っておいた方が良いだろうと考えたのだが、払うだけであって、香水などの高尚な物は持ち合わせに無いの僕がすることはと言っても、念を入れて歯を磨くこと、服に汚れがないか確認すること、それくらいだろう。

 身支度は全て済ませた。一時間ほど早いが遅くなるよりは良いだろうと思い、ジンにそろそろ出かけることを伝えた。ジンは何やら棚を漁っていて、帽子やサングラスにマスク、果てにはそろそろ暖かくなるというのに体躯も分かりづらくなるようなコートを出していた。ジン自体は世間に疎い貴族の生まれであるから粗方誰かに唆されでもしたのだろう。―――――とは言ってもジンの実家であるキサラギ家は血筋は関係なく術式適正の高さで養子を取る。ジンは養子であり血縁関係はないのだ。逆にツバキ=ヤヨイの実家であるヤヨイ家は血こそを一番に重要視している一族だ。彼女は血を濃くしすぎた子供が出来にくいと言われている家の業の中で生まれた。業とは言ってもヤヨイ家は自体は潔白其の物であり、悪い噂は聞かない。故に血筋柄で病弱で生まれ出ることがある、抑も子供が出来にくいヤヨイ家に生まれたツバキ=ヤヨイも箱入り娘であって世間知らずのこともあるのだ。

 考えても仕方のないことだがとりあえずは、ジンたちのやろうとしてる事と、首謀者は予測ができた。

「いつもメガネをならサングラスは変装に適さないだろう。」

 それにしても少しジンの性格が柔らかくなったと思ったが、それ以上にカイケイに毒されてきている。カイケイは僕たちにとっては恩人の様な人だが、普通の観点からは例に漏れず逸脱している。何せ崖から落ちても怪我ひとつない。ジンの交友関係もヤヨイに頑張って貰うしかないだろう。友人の将来の心配で感傷的になった振りをしてみるが柄じゃないので打ち止め、目的地へと向かうことにした。

 

 

 

 待ち合わせ場所は商業地区の噴水のある広場にしている。それなりに目立つので迷うことはないだろう。分からないなら迎えに行くと提案したときは、首を振って大丈夫と言っていたので心配ないと思いたい。

 思いたかったのだが、広場の大時計は予定の時間を僅かに越した除国を示しているので何かあったのではないかと勘ぐってしまう。とは言っても高々、半刻ばかりの遅刻で文句を言うのは可哀想に思う。態とする様な人物でないことは学校生活を通して分かっているつもりだ。

 僕はそう感じるのだが、違う思想を持つ人物が何人かいるようで、僕のいる場所から余り遠くもないところからヴァーミリオンと僕を除いた生徒会役員が流石に痺れを切らして居るのだ。見たところ女性陣が前に居て男性陣はその付き添いのようだった。カイケイが入れ知恵をしたのかと思ったが早計だったようだ。貴重な休日を潰されて怒ることもせず、改めて友人2人が人格者だと認識させられた。敢えて変装はしないようにしたようで、普通の私服みたいだ。

 自業自得だとは思うが合計で一時間近くも待ちぼうけを食らっているジンたちの様子を観察していると、服の端を誰かが引いてきたので意識を向けた。

「済みません。その…寝坊してしまいまして。」

 そう言って謝るヴァーミリオンがいた。

 服装は何時もの指定物とは違う。靴は水色の踵の高くない物で、所々に白く星がデザインされている。学生服であるスカートではなく、ジーンズを履いていてベルトにはクリーム色を使用している。

足が細く線の綺麗な特徴がはっきりとわかり、感じたことのなかった活発なイメージを彷彿とさせていた。

 上は、長袖のワイシャツを着ていて首からはハートの形のネックレスをかけている。走って来たのか呼吸は少し整っておらず、顔も火照っているのが見て取れる。

 何しろ服を掴んでいるのだから距離も近く、女子特有の甘い香りが僕の頭の奥を刺激する。

遅れたことによる罪悪感からなのか、これから僕が怒ると思っているのかその青い瞳は潤んでいるように見えた。

 見つめられると吸い込まれてしまいそうで、他の景色へ向ける意識は刈り取られていた。肺を抉られたかのように呼吸が辛い。喉が急に狭くなった錯覚さえ覚えた。

 尚もヴァーミリオンは閉口したままで僕の様子を伺っている。

 互いに動くことを出来ずに佇んでいたが、ヴァーミリオンが謝ったのに話を続けなければ心証が悪くなりかけないので言葉をかける。

「気にすることでもないが、何らかの事故に巻き込まれたのかと心配になるから連絡は欲しかったな。」

 元気づけるように言ってみるが案外難しいもので、こんな言い方であっていたのか、もっと柔らかい言い回しが出来たのではないだろうか。

 もし仮に彼女の心を傷つけて仕舞ったとしたら、人が良いヴァーミリオンは大丈夫だと言ってくれるだろう。

 しかし、今の僕では様々なものが見えすぎてしまうのだ。人の憎悪や侮蔑が形となってわかる。心が読めるのではなく、単に識別がついてしまう。

 他人に対する他人への評価。自分へ向かう感情。言葉の裏側が全て見て取れてしまう体質になってしまったのだ。

 内戦が終わってすぐに魔眼が発生した影響か精神が不安定になってしまい、直前に戦争という非現実で、脳が戦うことだけに意識が集中したままのギレル=リバースは、戦闘中毒者になっていたのである。

 その頃の僕の交友関係は、時同じくして事象兵器によって歪な精神になっていたルームメイトのジンだけであった。その頃のジンは誰であっても関係なく、分け隔てなく接していた。それが平等に人を見下している結果ということも知っていたが、それでも人として扱ってくれることが嬉しく思えたのだ。初めから友人であった僕とはそれなりに友好的な話をしていたが、今のようにわかり易い冗談を含めて話をするなどは無かった事と記憶している。

 精神状態が可笑しかったのは僕の方が重傷で、少し悪戯を仕掛けてきた上級生に報復をした際に器物破損で謹慎を受けたが傷を付けずとも相手を無力化する事ができる程優れた力を保有していると悟った。相手が弱かったから試し打ちが物になってしまった訳だが。

 担当の精神医は僕の状態を見て嘲笑っていた。曰く、倫理から外れている。

 友達だった誰かは僕の力を恐れて絶縁した。曰く、化け物を初めて見た。

 上辺の出来事しか見ることの出来ない人が嫌いだった。自分は化け物らしいので退治に来たなんて言ってヘラヘラしている不良は片っ端から返り討ちしてやった。人の本質を勘違いして目を向けまいと思っていた僕に、純粋な好意で話しかけてきたカイケイの御蔭で多少であるが人を信じることが出来るようになった。

 だが仮に、今僕に対して好意を持って接してくれているヴァーミリオンの、心を傷つけてしまったとしたら。

 僕は自分を許すことができないだろう。相手を傷つけるのが怖くて新しい繋がりを持つことを止めてしまう。

 普通の人のまま成長していたなら気に止めることも無かっただろう、人と分かり合うという事を改めて確認させられたからこそ、近しいものに察して貰えないことがどれだけ苦痛なのかがわかる。全く難しい問題だと思う。明確な答えは存在せず、考えた果ての曖昧な返答で正解となる可能性がある。人との繋がりは人間だからこその物であり、他の動物とは違う。相手を知っていくことで受け入れて、受け入れられる。その過程で新しい考えや、価値観そのものの変化が生まれる。

 すいませんでした、そう言葉を漏らしたヴァーミリオンを見て安堵する。人の感情を見るのは甘えかもしれない。でも誰かが傷ついてしまうよりずっと良い。あんな思いはさせたくはないから。

 

 

「リバース先輩が読書家なのは知っていましたけど、凄い数を買いましたね。」

 本屋で用事を済ませた僕たちは近くの喫茶店内で昼食をとっていた。軽くサンドイッチなどで済ませている。予定よりも少しばかり遅くなってしまい、午後はここで軽く時間を潰したら帰り始めるくらいで丁度良いだろう。

「そうだな。ヴァーミリオンで言うところのお洒落と同じようなものだ。最もヴァーミリオンは文学にも明るいけどな。」

 今回は書店巡りをしようかと思っていたのだが、僕の趣味を押し付けるだけというのも、少々悪いと思ったので先にヴァーミリオンの行きたい所での用事を済ませることにしたのだ。

「私はそこまで詳しくはないですよ。偶々先輩の進める本が私の読む趣味傾向に合っていただけで、実際知らない本もたくさん在りましたし、よろしければまた連れて行って下さい。」

 椅子の近くに置いた荷物に視線を移した後、屈託のない笑顔でそう言ってくれた。純粋に嬉しく思う。人に感謝されると心臓の辺りが締め付けられるようで、頭まで酸素が行き渡らない様な錯覚に陥ってしまう。

 但し、視界の端にいる人たちが頻りに話し出すのが見えなければもっと雰囲気楽しめたというのに。あいつらの尾行は隠れる気がないくらいに分かり易く、普段は勘の鋭くないヴァーミリオンも気付いて苦笑を漏らす始末である。

 何気なく反撃でもしてみることにした。

「話は変わるけどさ。結局カイケイが穴底まで落とされた話って何があったんだ。愉快犯って訳でも無いだろう。」

 此方の意図を察したヴァーミリオンは、飽くまでもこの場所には僕たちの二人しかいない仮定の上でしか話せないという風に前置きをしてから喋りだす。

「まあ、勿体ぶる様な事でもなくて単なる照れ隠しだと聞いています。動揺していて加減が出来なかったみたいですけどね。マコトは身内以外で褒められることが殆ど皆無だったから本当は嬉しくて寮に戻ってからも有頂天で夜中も一人で騒いでました。でも、夜中まではツバキもキサラギ先輩が救助してくれたことを独り言で呟いていたので嬉しかったんだと思います。」

 思ったよりも乗り気だったようで今までのことを覚えている限り話している。マコトが少年趣味だとか、ツバキの会長に対する美化がこの頃可笑しいとか。

 このまま話を続けさせても良いのだが報復が大きくならない内に助け舟を出しておく。

「興味深い話ではあるんだが、そろそろ帰路につかないと寮母さんがうるさいだろう。続きは歩きながらに話せばいいだろう。」

 席を立って財布を取り出す。ヴァーミリオンが悪いから割り勘にしませんか、なんて言っていたが流石に大した量も食べてないのに―――――そんな理由で払うわけではもちろん無い。逢引なんて表現は生々しい気がするが俗に言うところのデートだとして男の名が廃る気がする。

 しかし、そうするとすればヴァーミリオンの好意を無下にすることになる。そればっかりは不味いと思ったが、理由は捻る事もせず伝える事にしておく。

「何、ただ単にヴァーミリオンの前で格好を付けたいだけだ。」

 真情を吐露するくらいはしなければ分かってくれないだろう。勘定を手早く済ませて寮への歩を進めた。

「酷な話だけどさ。もしも今の時代で恋愛をしたとしても、最終的に結ばれるなんてことは難しいんだよな。」

 帰り道に呟く。先程の話を否定する訳ではないが実質今の世界はそうなってしまったのだ。行成に僕から漏れた言葉に困惑しているヴァーミリオンに順を追って説明しておく。

「統制機構によって術式の優位性が示されたことで術式適正が重要視されているのは知っているだろう。」

 視線を向けると軽く首を振っていた。ヴァーミリオンはこの学校が始まって以来の逸材であるから耳に蛸が出来る程聞かされた言葉だろう。

「その適正値は少なからず遺伝することも明らかにされている。だからこそ大昔の様に貴族と呼ばれる人間中心になっているんだ。血筋って言うものが判断基準になる御時世に戻ってしまった。歴史は繰り返すとは上手く言ったものだよ。」

 元々そう言う家の生まれであるヤヨイは薄々は勘づいていただろう。今、結婚といえば親が仕組んだお見合いが主なのだ。特に貴族の中では殆どがそれだ。

「恋愛結婚をするならばそれなりの権力を有して周りを黙らせる場合と、結婚をせざるを得ない状況にする場合とがある。」

 聡明なヴァーミリオンは理解してくれたようで抗議の声を上げた。

「そんな事間違ってますよ。絶対に。選びようがない人だっているじゃないですか。先輩みたいに尉官につける人だって多くはないんですよ。」

 もう辺りは暗くなっていてまだジンたちが付いて来ているのかは分からない。帰った時に居なければ不自然であるから帰っては居るのだろう。そうでなければ話せそうにもないことである。

 ジンはもう既に少佐という役職である加えて十二宗家だ。引く手も数多にあれば本人の融通も多大に効くはずだ。ジン程の人物であれば問題は無い。

 そんな人間は何人いるだろうか。

「なあ、ヴァーミリオン聞いてくれ。」

 しっかりと正面に据えて話す。これから僕が話すことを大体察してくれたのか何も言わずに耳を傾けてくれる。時間が刻限に近いせいか近くには僕たちしかいない。

「人が居たり、昼間だったりする中で言える程の気概が本来ある訳ではないが、これだけははっきりと言える。」

 目は閉じない、きちんと自分とも向き合うために。

「貴女に惚れました。何時まで掛かるか分からないけど、偉くなって絶対に僕の手で迎えに行きます。結婚を前提にお付き合いして下さい。」

 沈黙なんて無かった筈なのに、とても永い時間立ち尽くしていたような気がした。僕としては冗談なんか言う余裕は微塵も存在せず、口が開かれるのを待っていた。

「ギレル先輩。名前で、ノエルって呼んで下さい。」

 返事なんか貰わなくてもわかっていた。この眼はつくづく狡い副産物だと思う。今僕の両腕に収まっている体はとても華奢で力をいれたら壊れてしまいそうで、力強く抱き返してくれて、柔らかくて、暖かくて、愛おしくて、良い香りをしていて。

「ノエル。必ず幸せにする。」

 それ以上の言葉なんて最早この世界には不要とさえに思えた。自分の胸を打つ血潮が時を刻んでいる。視界は自分の腕とノエルで埋め尽くされ、お互いの存在は息遣いの音で悟る。頭一つ分高いこともあってシャンプーの匂いが鼻を擽ぐる。

「怖かったんですよ。結婚せざるを得ない状況なんて言うから。先輩が好きですけど物事には順序がありますから、その、ロマンチックな感じの方が良いというか。雰囲気は大事ですし、女の子だから憧れもあるので。」

「安心してくれて良い。僕はプラトニックな関係に憧れを持っている。寧ろ僕の方が心の準備が出来ないかもしれないな。」

 意識が周りにも行くようになると、人通りのない脇道にいるとはいえ意識しだすと恥ずかしくなってくる。ノエルはそんな僕の姿を見て得たり顔をして頭をより埋めていていた。その挙動一つ一つが愛くるしい。

「ノエル。門限もそろそろだから、惰性でずっとこうしているのはいけない。」 

 一度腕を解き諭す様に喋る。

 顔を上げて此方を見つめたノエル頭を抱き寄せた。

「これが限界だから今日はもう帰ろうか。」

 呆然としている彼女を引いて歩き出した。幸せを離さないよう握りしめて。

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