第四話
遠い道程を超えて漸く辿り着くことが叶った。別に其処まで離れている場所では無いのだが、未だ土地勘が掴めないせいで時間を食ってしまったのだ。僕の持ち合わせている慎重さが有ればこそ、こうして予定の時間には間に合ったが、仕事に着任してから日が浅い新米に任せる仕事ではないはずである。
新米と言ってはいるが特殊な事例があった年の人間であるために、階級は隊長に次いで高いため戦力として期待してくれて居るのだろう。でなければ士官学校を卒業して間もない自分に他の部署にいる上官と面識を取らせる筈がない。隊長は既にベテランと数えるには過ぎている。作戦指揮はするが訓練には参加せず、権限を使い僕の階級を一つ上げて訓練指揮を学ばせてくれている事からそろそろ引退も迫って来ているのだろう。
まさか入隊して一月するかしないかの内に大尉に昇格できるとは思いもよらない事態である。時同じくして卒業した同期も驚いていた。既に左官となっている僕らの世代の稼ぎ頭であるジン=キサラギ少佐は第4師団の師団長になっている。師団長としては最年少で、その名と異名である「イカルガの英雄」を全世界へと轟かせる事となった。
他の元生徒会の二人も無事に卒業して統制機構に仕官したのだが、やはり皆がバラバラの部署で働くことになった。優秀な人物で構成される生徒会だった者は戦力の分配のために、同じ部署に配属されないという規定がある。
カイケイは諜報部に配属されている。諜報部とは読んで字の如く情報収集を主に活動している。調査活動や特殊任務の言い渡し役などをこなし、兎に角顔が広い。だが職業柄、素性を隠すことを好む人物が多く存在すると聞いている。掴み所のない連中、位の認識が適当だろう。尚、非戦闘員が多く居るためかどうかは知らないが聞き込みの際、スーツで活動することも少なくは無いようだ。最も敵対勢力はいるが、街中で行き成り襲いかかって来る様な組織ではない。
とまあ、現実逃避は後にすることにして、待たせてはいないだろうが上官のいる部屋の扉に手を添える。間を二つ程開けて扉を打ち鳴らし、粗相の無き様に声をあげる。
「航空部隊所属ギレル=リバース大尉であります。用が在るとの事で馳せ参じました。」
室内の人間が短く発した許可の言葉を聞いて開け入った。中は、この部屋の持ち主の階級から考えてもとても広く余分な物は無かった。もしかしたら思い込んでいるだけで其処の戸棚を覗けばおもいもよらない物が出てくるかもしれない。
なかなか思考が定まらないが、それだけの人物と相対しているので僕も緊張しているのだ。今、眼前で手招きしている無精髭の目立つ上官はレリウス=クローバー技術大佐で権威のある方と同時に奇人変人として多くの統制機構の衛士、敵対関係にある第七機関から恐れられている。外見は眼を隠す舞踏会に使うには少々無骨な仮面をしている。髪の色は仮面と同じ金色で、着ている服や羽織っているマントの紫色をより強調している。その人物は此方を見て一つ笑った。
分かってしまった。この人物がどの様な存在であるのか。些か言葉を誤ったが初めから分かってはいたのだ。この部屋を視界に入れたその瞬間から見えた悍ましい物が半ば強制的に全身の神経を締め上げた。同類かそれに近しい物だと知らしめて来たのだ。
「よく来てくれたな。腰をかけて貰って構わない。気にせず紅茶も飲んでくれると煎れた私が冥利に尽きるからな。」
目の前で起きていることへの理解が追いつかない。巷では「狂気の人形師」と異称が付く人間とは思えない常識的な行動である。寧ろ昨今の人間は娯楽にうつつを抜かす時間、本を読む事さえままならない故に人間性の持たぬ輩が非常に増えているのである。貴族主義や経済の格差に伴った弊害であろうか。余裕を持つことが極端に減っているのが現状だ。だからこそ大佐が何故侮辱されることになったのだろう。
「お心遣い感謝致します。今回はどの様な理由で呼ばれたのでしょうか。」
「詳しい話なら後でも出来るな。ふむ、回りくどいのは苦手でな、単刀直入に言えば私と手を組んで欲しいというのが今回の要件だ。嫌ならば断ってくれても構わないがどうする。」
直線的にしてもここまで無駄な話が一切ないと清々しいものだが、如何せん頭に情報が入っているとは言い難い。詳しく聞いてみないとてんでわからない。しかし、この人は礼儀作法が美しくまるで狂気の欠片も見せないじゃあないか。素晴らしい人格者だとは感じているのだが未だ早計なのだろうか、本人の前で考える失礼に当たるので初めに疑問に思った事を聞く。
「一概に手を組むと言われても良くは分からないので詳しく説明をして頂けるでしょうか。」
「何も其処まで畏まる必要は無い。もっと楽にしてくれて良い。詳しい説明としては、互いに利益のある関係を作る事だと考えてもらって構わない。此方からは大尉乃至、大尉のいる部隊への技術提供と優遇、多少顔が利くようになる事が利点として挙げられる。逆に要求としては大尉に新兵装の試験運用をしてもらう事、そして私からの直接任務を受けて欲しい。試験運用の件に関しては危険性は特に無いが、直接任務に関しては戦闘を行う場合があって最悪の場合、命を落とすかもしれない。」
一応、大佐は僕の身の危険を案じて断ってくれてのいいと仰ってくれたのだろう。然しながら言葉のみを聞けばその通りだが、話し手は違う。当たり前な事を言えば僕も違う。結果が分かっていても問いかける。
「それはつまり強い奴と戦闘出来る、ということでいいですか。」
隊の訓練では制限が有り過ぎて本気が出せず、少し苛ついていたところだった。まあ同じ隊の仲間を殺すような趣味はないわけだが、性分なのだ。実際は、戦うことではなく人間の野生に還る瞬間を観察する方が主なのだが、馴染んでしまったものは仕様がない。
「大尉は随分面白い世界を持っているようだな。嗚呼、実に興味深い。よもや一線を超えたものに統制機構の中で出会えるとはな。」
「大佐は『実験』といったところですか。確立した自己の形成は視点を変えるらしいですね。僕は特に顕著に現れていますが。」
お互いに、心が開けて来ている感覚がする。僕だけが独りよがりしているだけかもしれないが、それでも同類と会えて気が楽になったとさえ思える。厳密には表現として同類は適切とは言えず、同業者の様な共通して通ずるものがある関係と言って置けば一番しっくりとする。雰囲気はそんなものだと言えよう。
このレリウス=クローバーと呼ばれる上官は、話してみれば噂程ではなく、行動の全てに自分の価値観を織り交ぜているので彼をよく知らない人物からしたら奇妙に思えるかも知れないが、その価値観というのも道理に適ってはいるのである。
「では大尉には早速研究室に着いてきて貰おうか。私だけでは流石に魔操船も改造するのは手が足らないからな。部下に経験を積ませるいい機会のなるだろう。」
そう言って大佐は立ち上がり、隣の部屋まで誘導して下さった。今まで居たのは大佐の執務室で技術部の実験室とは接し合っているのだが、入って見ると驚く程の騒音を鳴らしている。先程から聞こえなかった物が一歩踏み出した瞬間知覚させられて脳が揺さぶられている様に気持ち悪い。それ以上に部屋の一角に悍ましい量、人の原寸大で作られた人形が所狭しと並べられている方が怖く思えた。
悪い人ではないと思ったが、それでもまともでは無いと認識を再度改めた。
其の後は技術部の難しい話を聞いただけであった。新しい術式や術式兵装について長々夕暮れになるまで聞かされ続けて軽く気が滅入ってしまったがこんな事でへこたれていてはこの先働いて行くのは難しいだろう。成る丈気にしないことを心掛けるようにして隊舎に戻ることにした。戻ったらまず手紙を書かなければならないと思い出し、帰り道で文面について軽く考えることにした。手紙というのは、士官学校を卒業してから続けているノエルとの文通で、近況報告などをしている程度の物ではあるが今の僕にとっては支えになってくれている有り難い存在だ。ノエルの書く文章は読み応えがあり、文通初めてである今回の手紙が便箋を約12枚を埋める程の文章量を書いている。基本的に統制機構には娯楽が少ないので読み応えがあることは嬉しい限りである。しかし量が量であるのでノエルが無理をして余計な時間を使わせてしまっているのではないだろうかと心配になってしまう。
手紙について思考を巡らしていると懐かしい顔が居たので声をかける。
「久しぶりだなローゼン。仕事には慣れたか。」
声を掛けられた本人は相当疲れていたらしく何時もよりもややゆったりとした挙動で此方を注視した。
「ギル、久しぶりね。元気そうで何よりだわ。」
そう言ったきり口を閉ざしきってしまった。かなり重傷のようだ。ローゼンの配属された部隊は帝様の近衛部隊で割と秘匿にされているので情報は殆ど耳にしない。だがエリートによる精鋭部隊なので他の部隊からの引き抜きが多く新人が配属されるのは極めて珍しいと言われている。そういった意味ではローゼンも有名になっていて、ジンとローゼンが名声を、僕が悪名を集めているのが今年の新人の総評らしい。
一言の発しないローゼンが見ていて気の毒なので近くのベンチに座るよう促した。夕暮れも沈みかかっていたようで、暗くなりつつあった。
「僕もさ、上官のせいで今日は酷い目にあった。そっちはどんな塩梅。」
ローゼンは漸く絞り出した声で語り始めた。
「私はさ、上官は良い人だよ。本当に自分でもなんで近衛団に入れたか分からないけどすごく嬉しかった。」
ぽつりぽつりとその口から溢れる言葉に僕は何も言わず聞く。
「団長はヒヨっ子の私に気を使ってくれて、でも周りの人は私を蹴落とすことに必死になってる。少し上の先輩も、私の親と同じ位の年の人も、今日だって知らない部隊の人からも罵倒された。お前のせいで俺が近衛になれなかった、なんてさ。」
徐々に言葉に震えが出てくる。剥き出しの感情が顕になって、その心に呼応するかのように空は闇を深めている。
「前に話したよね。私の親友がイカルガ内戦で死んだって、調べたんだ在学中、卒業していった先輩方にも協力してもらって、詳しい状況を調べた。納得出来なかった、あんなに良い人がどうして死ななければならなかったのか。諦めも有ったんだよ。戦争だから、私だけ被害者面するのは可笑しいから。でもね、可笑しいのは皆なんだよ。」
呼吸を整えようとしているが、怒りなのか、悲しみなのか、はたまた失望なのか収まらない感情の渦を押さえ込もうとしている。
「その子が配属されていたのは所謂足止め部隊で、戦略兵器で辺り一帯吹き飛ばすまでの時間稼ぎ。その子も隊長も勇敢に死んでいったんだって。偶々生き残った人が居て話を聞けたの。上層部は何を考えてるんだろうって分かんなくなってきた。今の統制機構のトップが私の隊の団長なんだけど、何も変わって無いって。帝様も手を打ってくれないって。」
言い切って数秒の無言の後、深呼吸を一つしてローゼンはどこか吹っ切れたという風に立ち上がった。もうすっかり暗くなった夜空に紫の髪が照らされている。
「ありがとうね。お陰ですっきりしたよ。ギルも仕事頑張ってね。」
「そうか、力になれてなによりだ。今度もっとゆったりとした所で飲み明かしたいな。」
成人になったらの話だが、いつか皆で飲みに行きたいと思った。歩いて自分の隊舎に戻って行くローゼンを見送りながら僕もそろそろ眠くなってきたと思い体の向きを変えた。
「ああそうだ。言い忘れたんだけど、その時の戦略兵器の名前。事象兵器ユキアネサっていうらしいよ。」
一瞬息が詰まる。急ぎ振り向いたがもうローゼンはいなかった。夜の静寂で心臓の鼓動が酷く目障りだった。
「此方ギレル。カグツチに到着しました。改めて作戦の確認をお願いします。」
約2年ほどの月日が経ち、僕の階級は少佐になった。ジンは既に中佐だ。ノエル達も今年仕官したようだ。巷では大犯罪者ラグナ=ザ=ブラッドエッジを捕まえようと躍起になっていてそのしわ寄せで休みも取れやしないので、未だ文通でしか連絡が出来ていない。
今回の任務も例に漏れずそれ関連なのだが。
「私だ。今回は餌に釣られてやって来た第七機関を追い払う事。新兵装のテスト。この2つが主な任務だ。必要とあらば戦闘も考慮してくれ。無論第七機関以外にもだ。必要時以外回線は切っていて構わない。」
術式越しから聞こえる大佐の声に集中して答える。現場判断に任せるとのことだ。
「では健闘を祈る。」
通信を一時的に切った僕は、まず適当に歩き回ることにした。