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力任せで動いていた先ほどの敵とは比べ物にならない敵。恐らくここまでの実力を保有する敵と相対するのは初めてではなかろうか。心の高鳴りが騒がしく思える。意識を集中させようとすればする程に、この現状に、視界を覆うような敵意や、武人としての闘気、敵としての殺意でこの身が打ち震える度に、己を縛る理性が壊れそうになるのだ。
待ちの姿勢を崩さない僕に対し、漸く重い腰を上げ、じわりじわりと躙り寄って来る。呼吸は聞こえずその様は正に暗殺者を名乗るに相応しい見てくれに変化していた。いつの間にかその行為が時の流れの一環だと感じる錯覚に陥ってしまったかの様に、隙を決して見せることは無いのだ。まずはこの時点から戦いは始まる。互いに隙を誘い漬け込む、出し抜く、こじ開ける等で相手の牙城を崩さなければならない。
気づけば攻撃に晒されていた。
縮地法、無拍子と呼ばれる技法を用いた接近を許してしまった。相手の技法は、上半身を使わずに足の力のみで近づくという、スタンダードなもので距離感を鈍らせると共に飛び込んで来る、応用性にも長けた技だった。噛み砕いた説明をするとしたら、ちょうどビリヤードのキューが自分に側面が見えぬまま進んで来る感覚に近い。しかも、この男の速度は小細工を使っているのにも関わらず、縮地をせずとも避けるのが困難な程であった。
炎が纏われたその拳は吸い込まれる様に僕の鳩尾を目掛けて突き出された。
空気を震わせて直撃する。岩盤を抉ったかのような、重く鈍い音が聞こえる。吹き飛ばされた僕は即座に空中で魔道書を召喚して、その弓なりの魔道書に魔素で固められた矢をのせる。空中の体制制御のため術式を展開しつつ、反撃の矢を放った。
先程の奴の攻撃、己の肉体の限界を引き出した恐らくは生身の人類が出来うる最高到達点。しかしそれとは全く経路の違う進化を遂げてきた砲撃。生身の人間が成した知恵の一つを極限まで高めた代物が空気を唸らせながら射出された。この一撃は、見えていても避ける時間は無いに等しい。分かるまでの時間を極端に短くする縮地法とは真逆で打ち出される瞬間までは目で追えるが、放たれた時には既に着弾する程の速度で敵を射貫くのだ。
その話が通用するのは常人であらばだ。僕が矢を引き絞ったと同時に相手は構えを完成させていたのだった。特別、珍しくもない構えだったがそれでも飛び道具を相手にするにはそぐわない、両腕を防御のために前へ構えた完全な近距離戦用の構えであった。そして、砲撃に直撃をしたかのように見えた筈の奴は突如として僕の正面から消え失せていたのだ。
「風!」
背後を襲う衝撃は再度僕を吹き飛ばす。今度は宙に浮くことは無く前のめりに倒れ込んでしまいそうになる。
体勢を立て直して、距離を測ろうとする僕の眼前には奴の背中にある有り得ない程大きな釘よりも一回り小さな釘が、三本迫って来ていた。堪らず、空中に飛び上がる事で持ち直したかのように思えた矢先、釘が地面に跳ね返って変わらぬ速度のまま襲いかかって来たのだ。即座に手の中で矢を生成して釘を薙ぎ払う。
奴は、空を走りながら此方へと距離を詰めて来る。全くもってイカルガの忍者は奇怪な業ばかりを使ってくるので面倒この上ない。初めに貼っておいた体の障壁も大分削られてしまったようだ。思ったよりも実力はあるが、それでもまだ僕に全力を引き出させる程の実力は示さない。この男が強者だと感じたのは見当違いだったか、或いは奥の手を出すことが出来ない理由でもあるのか。
嫌でも本気を出さざるを得ない状況を作るしかないだろう。大佐の試作として渡された新しい技術は何も、兵装本体だけで無い。新たに改良か発明された術式其の物も授けられたのだ。
「一から六までの詠唱を短縮。第二十番台の拘束機関を固定化している魔素の範囲まで限定発動。次いで、身体強化を開始する。」
口の動きを止めぬままに相手を見据える。今の結界が張られた瞬間に膝から崩れ落ちたその様は見れば見る程滑稽で先程まで僕に対する有利を取って居た風に振舞っていた強気な表情は何処かに行ってしまった。この空間をある程度の僕の支配下に置く結果内では自由に動くことはままならず、彼位の実力であれば多少は体を使役することは叶うだろうが、意味をなさないことはきちんと汲み取ってくれるだろう。
「拙者のことをおちょくっていたでござるか。ここまで強力な手段を持ちながらも使わずにいて、何故自らを傷つけるような事をした。貴様の実力であらば、ただ一度も攻撃を出させずに今の様に封じ込めること等容易であったでござろう!」
やはりと言った具合に、フラフラと立ち上がり睨みつけてきた。
「いやはや、済まないね。獅子神萬駆って言ったかな、あんたとはちゃんと決着をつけて今後憂いの無い人生を送って貰いたかったんだけども、時間切れだ。奥の手とかを使ってくれれば或いは君の排除を優先したかもしれない。」
僕にも任務が有るんだから。そう言って、近くに落ちていた小石に簡単な術式を掛けて、奴の腹を目掛けて投擲した。
鈍い音を立てて、受身を取れぬまま地面へと倒れ伏してしまった。流石にここまで呆気ないものとは思っては無かったが、案外大した事が無かった。
「お主は、我らがイカルガの民を、大勢殺した。それを、どうして貴様らは、理解しないのでござるか。過去の偉人が残した優劣だけに縋って、己の自己を保つために他人を見下し、丸腰の一般人の命さえも奪って、剰え英雄として祭られる等、言語道断!貴様たちを許しはしない!」
成程、言い分としては間違っていない。それもそうだろう。本来ならば護らねければ人たちが死んでいったのだ。堪ったものではないないだろう。近い人が死ねば、憎悪を燃やしても仕様がないだろう。そう当たり前のことだ。
「巫山戯るなよ。自分達だけが被害者だと思うな。」
少なくとも僕は知っている。その戦争で友を失くして精神が破綻しかけた人、マリー=ローゼンのことを知っている。確かにローゼンの友人は、イカルガ側に殺されたわけではない、だがそれでも其方だけに被害が出たという事では決して無いのだ。その理屈ならば僕はあの忍者を殺さなければならない。そして最大の思い違いを奴はしている。
「お前は随分と僕らの事が嫌いらしいが、イカルガの英雄は兎も角。僕は武功なんて一切無かったんだ。恨むのは筋違いじゃないかな。」
相手は直ぐ様反論しようとするが、遮って話を続ける。
「本当のことを言えば、僕の物になっている功績は『僕の』じゃなくて『僕の居た部隊の』功績なんだよね。偶々生き残ったから僕がやったみたいになってるけど当時は唯の学生だったんだ。そうだろう。僕も、あんたも、主観的には何も出来なかった。それだけのことだったのだよ。」
この先は口には出さないが、感謝さえしているのだ。あの戦争で、この眼を手に入れる事が出来たのだ。何も悪いことばかりでは無かった。この眼はそれだけの価値があるのだ。
「それで、どうする。戦いを続けるのか、止めるのか。どちらでも構わないが懸命な判断をしてくれると嬉しい。任務以上のことをする気は無いからな。」
武器を下ろしてそう問いた。無論答えは聞かずとも分かった気がした。なんとなくこの忍者を見た時に直感したのだ。
「ハハハハハハ。いや、失礼仕った。図書館にもここまで気概のある御仁がござったとは、目から鱗でござる。今度戦う時は初めから全力で行く故、其方も覚悟の程を準備しておく様、お願いするでござる。」
その言葉を皮切りに結界を解く。それにしても図書館等と俗称で態々呼ぶとは、肝が座っているというかなんというか。
今まで閉め出されていた女性の忍者が結界の消えた部分から侵入してきて僕との間に割って入っているのと、それを何とか宥めている男の忍者の姿を見ていると多少の暖かい感情が芽生えてくる。
「仲がいいですね。全く羨ましいですね、お頭さんは。」
「む、そう見えるでござるか。なかなか観察眼が鋭いでござるな。お主も生涯の伴侶は逃すことの無き様な。それと堅苦しいことは無しでバングでと呼んで良いでござるよ。ギレル殿。」
では、と言いこの場を離れていく二人を眺めつつ意識を切り替える。バングさんも流石は忍者頭領というべきか、意図を汲み取ってくれた様で、もしかしたら結界を張った時点で気づいていたかも知れない。まあ、今考えるのは餌に食いついて誘き出された奴だけだ。
衝撃と共に、赤色の塊が空から落ちてきた。低く見積もっても怪物、異物であるそれは全身の肌が赤に染め上げられている。高さだけで無く横幅と厚みと共に僕よりも二回り以上の大きさ。筋骨隆々の様に見えるが果たして本物の人間そのものが保っている筋肉なのか、腕の部分には装飾品では片付かない程の巨大な機械が埋め込まれている。否、顔と腕の上腕以外は殆どが機械によって構成されている重厚な体は正に、科学によって世界を変える気でいる第七機関の使者としてはこの上なく適任だった。それなりの高度から落ちてきた風に見られたそれには、傷一つ付くこともなく悠然と佇んでいた。
「大佐、目標との接触に成功しました。指示をお願いします。」
目の前に居るのは第七機関の赤鬼だ。元々、先の戦闘で使う予定の無かった魔眼を飛ばしていた所補足したために、大規模の術式で誘き寄せたのだ。一騎打ちの最中に寝首を掻かれては困るため、付き添いでいた忍者をしらみつぶしに探していたのだが思わぬ僥倖が有ったものだ。
「私だ。回線を開け、相手にも聞こえる様にしろ。直接に交渉、いやどうせ戦闘にはなるだろうから準備はして置いた方が良いやもしれんな。それで赤鬼、ココノエは居るか。」
すると赤鬼の体から女性らしき声が漏れ出て来た。女性にしては低いであろうその声は機械を通じて聞こえるためか余計に低く聞こえる。
「テイガー気を抜くなよ、何せ相手は魔眼だ。いつ攻撃が来るか分からない。それで話は何だ。詰まらないことなら聞かないぞ。まして今は忙しい時期くらいは知っている筈だろう、レリウス=クローバー。」
あの赤鬼として統制機構に恐れられているものの名前はテイガーというのか。そう言われて見ると周りでも、赤鬼としか呼ばずにこの鉄塊の本名を口にする人は居なかった。単に知らないだけなのかそれとも何かしらの理由があるのか。考えていても仕方の無い事だが、僕がすることはないために思考に没頭するか、耳を傾けるくらいしかできないのだ。
「何、ちょっとした忠告だ。今回は万全に事が進んでいてるのだ。このままならば或いは終止符が打てるやも知れん。準備をするのならば早く済ませた方が良い。」
「準備は万端だ、準備はな。レリウス、貴様に聞かなくてはならない事がある。面倒な言い回しは無しだ。イカルガ内戦の終局が早すぎた。今までのお前ならそんな狛を使うことは無かった。」
彼方の無線から聞こえる声は段々と凄みを増していく。赤鬼は情報を垂れ流されようとそれが重要かさえも気がつかない様子だった。
「ココノエ、分かっているだろう。先程も言った通りだ。今回は確実にこの世界は成し得る。そして在るべき姿へと戻るのだ。それに、お前が、狛と言った人物は其処まで至ってはいないが、もう直に理解をするだろう。此処が何処で、自分はどの様な存在であるのかを、必ず知る。」
何を話しているのかてんで分からない。
それに、大佐はイカルガ内戦を引き起こした張本人の様な話しぶりだ。だとしても不明瞭な点は幾らか存在しているし、結局は話は纏められずに分からなくなってしまう。
「意図は掴めないが大体は把握した。通信は切るから、任務を続行してくれテイガー。」
「了解した。交戦を取らずにしてくれた事、感謝する。衛士殿も苦労する上官をお持ちのようだ。ではな。」
足からジェット噴射をして、赤鬼は飛び立っていた。あの体を浮かす程の出力を目の当たりにして戦闘時の一撃を思うと空恐ろしい。
「大佐、任務の内容と差異がありますがよろしいのですか。」
「私個人の下した任務だ。ならば本人が内容を変えても問題はあるまい。まずは、ご苦労だった。今から本部に帰還してもらうが休憩は必要か。無いならば発着場に行って貰う。試運転も兼ねて少佐の部下を待機させておいたが、どうする。」
大丈夫だと言って見せようとした瞬間であった。
明らかに空気が死んでいた。イカルガで感じた地獄などは生温い程の緊張とともに焦りや混乱。何故このような事態になっているのかは分からず、分かることと言えば、後ろで一つに髪を纏めた白髪の燕尾服に身を包んだ何処か品性の漂う老人が厳かに近づいて来る事だ。
「今の声は、レリウス=クローバーだな。小僧、此処で何をしている。いや、聞くまでもないだろうな。奴の考えることだ碌な事ではあるまい。」
其処に居たのは生きる伝説。嘗て世界を救った六英雄が一人、狼男、ヴァルケンハイン=R=ヘルシングが確かな殺気を放っていた。