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昔、この世界を滅亡の直前まで追い込んだ黒き獣は、化け物や怪物で表現しきれる程度のものでは無かったと言う。既存の科学兵器は意味を為さず、強大な力の奔流による被害は考えられない程であった。
だが人類は滅ぶ事なく今も生きている。この危機を救った主な六人を後に六英雄と呼び、誰もが讃えた。無論、黒き獣が残した影響は大きい。奴の出現と同時に、魔素が地上に流れ出し、人体に及び生態系に多大な影響を及ぼしたのだ。だからこそ人は階層都市を作り地上から遠い、魔素の薄い場所で暮らすようになったのだ。
話を六英雄に戻そう。諸説は色々とあるが、黒き獣を打倒した六人の事、というのが主流とされている。アークエネミーや術式の生みの親である、大魔道士ナイン。アークエネミー、斬魔・鳴神を所持する、ハクメン。アークエネミー、夢刀・六三四を所持する獣人、獣兵衛。アークエネミー、蛇双・ウロボロスを所持するユウキ=テルミ。アークエネミー、雷轟・無兆鈴を所持する、トリニティ=グラスフィール。そして、己が身を武器とする、狼男ヴァルケンハイン=R=ヘルシング。
たったの六人が打倒したのだ。それだけにアークエネミーや魔法、加えて術式が強力な兵器として見られるようになった。しかし、魔法使いの聖地イシャナはその戦いで壊滅した。故に術式が台頭したのだが、魔法には敵わず、そしてアークエネミーもまた使い手を選ぶものだったのだ。
つまり、僕が言いたいのは、アークエネミーで武装した英雄と同等に渡り合える化物とでは抑も戦いにすらさせてもらえず、満身創痍であるということだ。
もう既に、何度叩き伏せられたか覚えていない。術式の防護壁を突き抜ける攻撃の前には、為すすべも無かった。腹部からは先程貰ってしまった蹴りのせいで血が止まらず、回避のため無理な機動を描くために傷が開くばかりである。
「ナハト・ローゼン!」
掛け声と共に繰り出された一撃は僕の顎を的確に狙われていた。無理に避けて体勢を崩すともう命はないだろう。決して大振りはせず、それでいて研磨された技は信じられない程の必殺の力がある。だが防いだ所で、接近戦でこちらに分がある訳もなく、遠距離攻撃は圧倒的な機動力の前に掠る気配すらないのだ。攻撃の際の部分変身による爪は防御を切り裂き、全体の変身による移動は目で追うことすら不可能であった。
初めの一撃を防いだところで追撃を防ぎきれず、またも吹き飛ばされてしまった。
「レリウスの手駒かと思えばとんだ拍子抜けだな。いい加減諦めて何をしていたのか話せばいいものを。」
目が疼く。
「聞こえているのだろう、レリウス。この小僧を殺されたくなければその回線を通して話をつけようではないか。」
目が熱い。胸の奥、心臓とは別の何処かから、何か熱い物が溢れてくる。
「その必要は無いが、感謝する。これで事象は確定した。」
段々と視界がはっきりとしてきた。
「何を言っている。今回の貴様の不可解な行動の理由を答えろ!」
問題は無い。背中までよく見える。
「大佐、時間稼ぎありがとうございます。報告は後ほどするので回線は切りますよ。」
術式の発動補助ために出しておいた目が次第に熱くなる。久方ぶりに全開で使うと昂ぶって仕方がない。相手も目を見開いているようだった。
「すいません。さっさと帰りたいので加減は無しで行きますよ。」
空中を漂う魔眼から視線、もとい死線が殺到した。同音異義語による変換と睨むこと、視線を強めることによる言霊を用いた強化をなされた死線はいとも簡単に六英雄を打ち抜いた。
常人を超えた反応で、直撃を数本に留めた事は素晴らしいが死線は途切れる事はなく、完全に狼となったヴァルケンハインを追いかけ続ける。廃墟の壁を蹴り、空中で体勢を整えながら視線から逃れようと必死になっている。
「そんなに早く動いたら目を回してしまうよ、それはもうくるくるとなぁ!」
逃げ場すら無くす程に高速回転を始める魔眼。周りを駆け回っていたヴァルケンハインを視線で追いかけるが、その速度は常軌を逸しているために此処が一般人の近づかない、戦闘以外を気にする必要がない場所で助かった。未だに捉えきれていないがこの戦闘の終着点もいよいよ見えてきたので、あとはどの様にお帰り願うかを考えるだけだ。散々動き回っているお陰で一帯が剣山の様に死線が隙間なく突き刺さっている様が、久しく開放した魔眼の力を確認させて僕の心を打ち震えさせた。
本体である僕から分離している魔眼から放たれている死線は僕の体には当たることは無く、それを勘違いしていたせいで要らない傷を負ったヴァルケンハインは反撃の様子を見せず逃れることに徹していた。自らを見るためには鏡を通さなければ不可能なんていう屁理屈のような言葉遊びで死線は僕に当たることはない。通過することにはするが当たる事はありえない。
瞬間、知覚するよりも速く僕の体は地面へと叩き伏せられていた。
「その様では、視界に私を映すことは難しいだろう。奇妙な技を使うようだが、レリウスの奴を考えると生かしておかない方が良い。」
「まさかあれ程の距離を一瞬で詰められるとは、流石は六英雄です。ですが考えが甘い。」
笑いが込めあげてくる。この状態は理想的な形で、僕の体は健在である。この分なら十分に発着場に向かうことが出来るだろう。
「血迷ったか小僧。逆転の手立てがあるのなら見せて貰いたいものだな。その反撃は叶わず喉を掻っ切ってしまえば全てが終わる。」
十分な仕込みには手間取ったが問題は無い。どうして、こういう手合いは戦場でペラペラと喋りたがるのか理解に苦しむ。止めをさせば良いものを自己満足に浸っているのか、まあ、そう判断したからこのような手法を用いたのだが、それでも納得がいかない。
ネタをばらしてしまえば、先程の忍者と戦闘する前に吸っていた煙草は試作品の一つで周囲の魔素をある程度支配するものである。魔道書の補助を考えれば、大規模の術式の行使も可能であれ程の結界を作れたのは偏にこれの御蔭であったりもするわけだ。
今、僕の組み上げていた術式は結界と似ているものではあるが、広範囲に及ぶ物でなく非常に単純な術式だ。簡単であるが故に補助をすれば強力になり、唯相手の動きを封じる罠であるのだが六英雄程の人物の行動を一時的に不可能にするほどに仕上がっている。
「残念でしたね。では、命が惜しいので僕はこれで失礼します。三十分程で効果はなくなりますので御ゆっくり。」
「貴様、レリウス共々何れ葬ってやる!」
飛行の術式を組み上げて、この地をあとにする。傷は軽くはなかったが命に別状は無い。幾ら過去に英雄だったとしても老いには勝てぬのかとんだ拍子抜けだ。ふと、飛ばした死線の片付けをしなければならぬと思い立ち、動けぬ英雄へと最後に振り向き言葉をかけた。
「六英雄がこんな所でとどまっていたら、視線を集めますよ。ただでさえ有名なのですから。では失礼しますよ。」
廃墟や地面から何かが抜けていく音がした。叫び声や呻き声、背後から聞こえる音を背にして今度こそ帰路に着いた。
「試作機の運用実験、ご苦労だった。少佐の魔道書の改良については問題が無いにしても、あの煙草の運用は中々に面白い数値が出ているな。無駄が多いが全自動にすれば或いは…。」
任務報告として大佐の執務室に来ているのだが、何時も通り独り言を聞いているだけに為りそうだった。初めのうちは聞いていたのだが、理解できない事が分かってからは大佐が満足いくまで喋るり終わるまで待つ作業になっている。勉学にしてもできる分には楽しいのだろうが、てんで理解が出来ないことを必死に覚えようとする様な思想は生憎と持ち合わせていない。自分のことすら深く理解が及んでいないというのに、もう少し魔眼についても別の運用方法があるのではないだろうか。大佐にこの余りあるエネルギーの塊を上手く使えないものか聞いてみようかとちょうど考えていた時であった。不意に大佐がその話題を振って来たのだ。
「所で、少佐の魔眼は戦闘には向かないイメージがあったのだが案外そうでもなかったようだな。この分なら戦力としても信頼が置ける。」
「ちょっと待って下さい。今の大佐の口ぶりだと僕は戦闘要員として数えられていなかったという様に聞こえたのですが。それに、魔眼が戦闘向きでは無いとはどういうことですか。」
考えた事も無い。この目が戦闘用で無いなんて、戦争の末に発現したこれの用途が違うとは悪い冗談だ。だが、もしこれが戦闘向きでないとしたら、何なのだろう。今まで副産物として見えてきた人の感情や力の流れを見て取れることか、それとも別の僕の知らない事があるのか。
「ふむ、ここまで順調か。策は取れるだけ取っておいた方が良いだろうが杞憂に終わりそうだな。」
「大佐?何を仰っているのですか。」
まるで役者の様に立ち上がったかと思うと此方を見て大きく笑った。それなりに長く知っているつもりでいたがここまで感情が表れているのは初めてだった。僕はその姿を見て何か言い知れぬ感情に襲われた。
「気にしなくても良い。そんな事よりも、近々作戦を言い渡すことになるから体を休めておくといい。今回は疲れただろうからな、次回はこのような事にならぬ様、私も出る腹積もりでいる。」
動悸は収まらず、何かに急かされる感覚が僕を混乱させた。大佐から、折角の好意を無碍に出来る筈も無く部屋を後にしたが、どうにも落ち着くことが出来ずにいた。
自室までの道程をこれ程までに長く感じたことは無かった。ベッドに身を投げ出して大の字になった。肺の収縮までもが意識できる。自分の体が上手く制御仕切れていない。呼吸を整えようとすればする程に心音が聞こえ、顎さえもが震えてくる。意識を逸らして、普段通り、普段通りと考えるが逆に意識を研ぎ澄ましてしまう。
「任務の時はこんな事にならないのに、どうして今動揺するんだよ。」
もしかすれば、二重人格なのだろうか。そう考える程に先の会話を思い出し、自らを不安定にした魔眼を考えてしまう。この魔眼を手に入れたせいで戦闘中毒になった士官学校の頃の自分を思い出して今日の六英雄との戦闘に重ねる。酷い言葉遣いをしている自分に腹が立ち、この目は使うべきでは無かったに違いないと再認識する。
再認識する。
「あれ、可笑しいな。でも確かに統制機構に入ってからは魔眼なんて使ったのは今日くらいだ。戦闘の時だって肯定的じゃあなかった。今日だってヴァルケンハインにしか使いはしなかった。」
はたと、自分が六英雄を呼び捨てにしている事に気がついた。何故だろう、僕は嫌悪する理由さえ無かったし、世界の名だたる英雄に態々戦闘を行う理由さえも有りはしなかった。しからばその前にいた赤鬼は、統制機構の明確な敵であるのに戦わず、忍者に関しての対応も違う。
その前の戦闘も、前も、そのまた前の時でさえ、会ったことの無い相手毎に僕の態度は違った。寧ろ僕では無いのかも知れない。戦闘だけに限らず、見ず知らずの人と話す時でさえそうだった気がしてならない。魔眼が関係しているのか、そうでなければ問題が解決出来そうにない訳だが。
「そう考えると、明確に何時頃この目が僕の物になったのか気にしたこともないのか。」
イカルガ内戦が終着した後にはもう既に自分は魔眼であったと記憶している。ならば忍者に殺されかけた後で何らかの事情が僕に魔眼を、魔眼、魔眼は、既にあの時持っていた。質問を受けていた時の僕は魔眼であった。そうでなければ、イカルガ側に通り名が分かる事は無い。それに僕は、衰弱しつつも、冷静であったのだ。錯乱していた数分前と違い、仲間が死んで逃げ惑っていた時の半狂乱では無かった。
では、どうして魔眼を手に入れたというのか。逃げている間に目を移植などありえない。
何かを掴みかけては放してしまう、そんなもどかしさを覚えながら、只管に僕の記憶を模索する。
今まで気に止める事もしなかった己の内に目を傾ける。逃げる過程に何があったのか、思い出そうとする程に足の古傷が痛む。あの時、切られた足が痛い。
「僕は何を言っているんだ。足を切られたのはあの時じゃない。足を切られたせいで追いつかれたんだ。」
そうだ。逃げていた僕に当たった攻撃は、立ち上がることさえ許さ無かった。術式で足の代わりを作ったのがその後で、意識を失って術式が解けたから座り込んで、それで、
いや、可笑しい、僕はそんな術式は知らない。擬似的な足の代わりになる物なんて知らない。
誰かが教えてのか。誰かに掛けて貰ったのか。
誰も居なかった。生存者は僕だけであの部隊は全滅で、地に伏した僕は何も出来ぬまま。
「何かを見た。僕の目で、魔眼の前の僕の目で、」
そこには、何かが。
僕の他にも、大勢が。
何かは、僕に近づいて。
僕の、目を、抉り出した。
視界にノイズが走り、凡ゆる場面を幻視した。
僕の、脳が、果てには魂すらも焼ききれそうな程の情報の渦は、明らかな異常を僕に齎そうとしていた。汗が吹き出て、体は軋む。頭は目を抉られた様に痛む。
「カイ、ケイ?」
体が勝手に動いて。
部屋を出て。
隊舎の中庭へ。
そこには。
未だ終わらない。
高速で流れる頭の映像に映った。
内、一つの風景。
親友が。
血濡れの姿で横たわっていた。