【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】   作:荒風

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『10:Justice――正義』

 

【ある帝王と聖職者の会話】

 

『【歴史にIFはない】………誰が言ったことかは知らないが、そんな言葉がある。知っているか?』

『ふむ………それは、歴史の中で起こったできごとは、そうなるべくしてなった、という意味かな? 文明、宗教、戦争、革命、歴史上の事件は、それまでの事象の積み重ねの結果、必然的に起こったことであり、もう一度時間を巻き戻してみても、同じ結果をたどることになると、そういう意味かな?』

『私は、実際に時間を巻き戻すことができない、諦めの言葉だと解釈している。しかし、それが可能だったら? 諦めなくてもよかったら? もしも、あの時の出会いがなかったら。もしも、あの人物がまだ生きていたら。もしも、あの国が滅びなかったら。もしも、【歴史がIFで満ちている】としたら………どうかな?』

『過去の改変………そんなことが可能だと?』

『可能だ。私が友人から聞いた、【聖杯戦争】という儀式を達成すればね。あるいは、【第2魔法】という、IFの選択がなされた別世界へ移動する方法も存在するらしい。ただ……私は過去の改変などというものは、過去に囚われる弱い人間の考え方だと思っている。人類を超越した私に、そのような短い時間をしか生きられない人間の思考は相応しくない。私が見つめるべきは未来、いやもっと、もっとだ。重要なのは過去を改変することではなく、もっと巨大な、過去から未来まで含めた、世界全てを、天地の法則を………言ってみれば、【真実】を改変するということなのだ』

『【真実】の改変………それはもしかして、以前に言っていた【天国】の話なのかい?』

『そう………過去の改変とは、結果として、現在を滅却し、未来を消滅させる行為。魔術師たちは【人理定礎の破壊】と言っていたか。ともあれ、世界を破壊する行為になる。なればこそ多くの抵抗があるのだが………私はきっと到達してみせる。過去の改変を超えた、世界を造りなおす………【真実の上書き】に』

 

 

 

   ◆

 

「そうか、ライダーは負けたか。じゃあ次はこちらが動くとしよう」

 

   ◆

 

 

 流れ星のように落ちたライダーの有様を呆然と見つめ、次に美遊は夜空に浮かぶイリヤに視線を移した。

 

「飛んでる………まさか」

 

 それは美遊にとってかなりの衝撃であった。理知的な反面、頭が硬く、常識を外れられない彼女には、『人間が空を飛ぶ』という非常識を受け入れきれずにいた。

 立ち尽くす美遊の前へと、イリヤはゆっくり降り立ち、

 

「へへっ、やったよ、美遊さん」

 

 嬉し気に笑った。少し前に、突き放す物言いをした相手に、屈託なく。

 その邪気のない笑顔に、どう返せばいいのか戸惑い、美遊は口ごもってしまう。

 

「よっしゃぁ!! イリヤ、良くやったわ!」

 

 瓦礫を払いながら、凛はライダーのカードを手にするために走り出す。

 

「ちょっ、待ちなさい遠坂凛!!」

 

 そんな彼女を追い、ルヴィアも動いた。

 

 そう、4人の少女たちは、誰も気が付かなかった。

 彼女たちの死角で蠢くものに。

 

 

 夜の闇に紛れ、『糸』が伸びる。走る凛とルヴィアの足に絡み、引きずり倒す。

 

「ぎゃっ!」

「ひぎっ!」

 

 女性らしくない悲鳴をあげて、二人は顔面から倒れこんだ。その隙を逃すことなく、『糸』は二人の魔術師を縛り上げていく。呪文詠唱ができぬよう、顔まできっちり巻きつける。二人が手も足も出なくなったところで、瓦礫の隙間から、見覚えのある女性が現れた。

 

 ランサーとの再会であった。

 

「勝ったあとが、一番気が抜けるわよね………さて、今度はこの二人が人質ということで、ステッキを渡してもらいましょうか?」

「モガモガモガッ!!」

「ムググムグムグッ!!」

 

 左腕を糸に変えて凛とルヴィアを束縛したランサーは、右手をイリヤたちの前に出し、カレイドステッキを要求する。

 

≪高みの見物していただけのくせに、漁夫の利だけもってくつもりですかぁ? 汚いですよぉ?≫

「私もそう思うけれどね……こっちも色々あるのよ。で、返事は?」

「そ、そんなの………」

「ムーッ! ムムーッ!!」

「フガッ! フングゥッ! フンッ!」

 

 イリヤは突然現れたランサーに戸惑い、美遊ははっきりと敵対の姿勢で、攻撃を叩き込む隙を伺う。

 

「ま、待ってよランサーさん! い、言っておくけど、オススメしないよ? このステッキ持ってても、あまりいいことにはならないと思うよ?」

「私が欲しいわけじゃないわ。うちのマスターがね………何でも結構強い武器らしいじゃない? それで」

「モゴモゴッ!! ウーガーッ!!」

「フニュウッ! ムニュグゥッ!!」

「…………」

 

 ランサーはクイと糸を引っ張る。

 

「「ムキュッ!?」」

 

 気道と頸動脈を強く締めて、凛とルヴィアの意識を奪う。

 

「静かになった………じゃ、続けましょうか」

「あ、はい」

 

 イリヤは子犬のように素直に頷く。

 

「月並みなセリフを言わせてもらうと、ステッキを渡さないとあらば、この二人の命は保証しない、ということよ」

「………もうちょっと交渉の余地は」

「無いわね。というか、そこまで悩むこと? そのステッキがなくなれば、もう死にそうな目に遭うこともなくなるわよ? もう大分思い知ったと思うけど?」

「う、うーん、それはそうなんだけど……まだやめるつもりはないっていうか」

「ふぅ………思ったより変わり者だったようね。いえ、頑固者かしら? けどまだまだ子供………まっすぐすぎる」

 

 ランサーの右腕が、猛獣使いが鞭を振るうように強く動き、

 

「えっ?」

 

 その動きに合わせて、イリヤの手からルビーが引きはがされた。

 

≪のわわっ! 何ですか一体!≫

「悪いけど、大人は嘘つきなのよ」

 

 ルビーはランサーの方へ飛んでいき、彼女の手へと納まった。カレイドステッキの柄には、細い糸が巻き付いていた。

 

「いつの間に………!?」

 

 美遊が手品のタネを理解し、驚きの声をあげる。ランサーは得意の糸を、ルビーに巻き付けて魚釣りのように引き寄せた。それだけだ。単純なやり方だが、上手くやるのは難しい。相手の警戒を潜り抜けて、糸を巻き付けなければならない。

 その困難を、ランサーは凛とルヴィアを捕え、イリヤと美遊の注意を人質に引き付けることで、ステッキそのものへの注意を疎かにさせることでクリアしたのだ。

 ルビーたちと凛たちを交換しようという交渉を持ち掛けられたことで、イリヤはこう思いこんだ。

 

『自分がステッキを渡すか渡さないか、交渉がまとまるか決裂するか、その結果が出るまでは向こうから攻撃してくることはない。向こうの方は人質をとって有利な立場にいるのだから、焦って無理矢理ステッキを奪おうという、抵抗されるだろう危険な行動をとる必要はないはずだ』

 

 だが、『危険だからやらないだろう』と相手が考えるならば、だからこそ『危険を冒してでもやる』。それが油断を突くということであり、戦術の基本である。

 イリヤたちはステッキの力で戦闘力は得られたが、そんな基本的な知識が、基本を学ぶための経験が、圧倒的に足りなかった。

 

「では次の交渉をしましょうか。えーと、ルビー? 今、この子たちと結んでいる契約を解除して、うちのマスターと契約してくれる?」

≪生憎ですがルビーちゃんは 自分で直接告白もできないような人と契約なんて、断固ごめんこうむります! ルビーちゃんはサーヴァントなんかには絶対に負けたりしない! くっ、殺せっ!≫

「あ、そう。私はどちらでもいいのだけれど、どちらにせよ、あなたは連れていかせてもらうわ」

≪あ、ダメだこの人。話聞く気が最初っから無い≫

 

 ランサーはルビーを無視してイリヤを見る。ルビーが離れたことで、服装ももとに戻った少女はランサーを見つめ返す。

 怯えはあれど敵意のないその視線に、ランサーは思わずため息をついてしまう。

 

「もうちょっと、恨みがましい目で見てほしいんだけど。こちらを嫌っていない相手と敵対するのは初めてだけど、結構きついのね」

「だ、だって、ランサーさん、悪い人じゃないでしょ? だから、えっと………た、戦うしか、ないのかな? 私たちとランサーさんと、どっちかが残るしか、ないのかな?」

「………ないわ。残念だけど」

 

 その言葉を紡ぐと同時に、凛たちを縛っていた糸を戻し、左腕を再構成したランサーは、その場を跳び上がる。ランサーがいた空間を、魔力弾が通り過ぎていった。

 

「み、美遊さん!?」

「話なんて意味がない。あいつは敵」

 

 冷徹に断言し、美遊は追撃の魔力弾を撃ち放つ。

 

「人質をとられても敵には屈さないタイプか……それとも無理して冷徹な判断を、自分に強いているのか。いずれにしても怖いわね」

 

 美遊の内面を分析しながら、ランサーは巧みに攻撃をかわす。多くの戦いをしてきた彼女にとって弾丸などは慣れっこである。スタンドの動体視力で射線を見定めれば、避けるのはさほど難しくなかった。

 

(しかしこっちには飛び道具がない。弾幕を潜り抜けて近寄るのは少し厳しいわね………さて)

 

 美遊の方は落ち着いていた。

 人質となっていた凛たちから離れた今、ランサーとの闘いのみに集中すればいい。

 

 糸によるトリックプレイ。普通の人間では隠れられない場所に、身を隠しての奇襲。

 ランサーの能力は多様性があるが、決め手となる攻撃力にかける。奇襲や人質作戦をとるということは、逆に言えば正攻法でなんとかできる力がないと、言っているも同然――美遊はそう考える。

 

(戦い方は確かに巧いけれど、相手のペースに持っていかれなければ、強い相手じゃない)

 

 美遊はランサーの動きを見ても、そう判断する。左右に動き、しゃがみ、跳び、弾丸をかわしていく姿は見事と言っていいが、ライダーのように人間離れした速度や動作ではない。

 魔法少女の能力で対処できる程度の身体能力だ。このまま弾丸の数、密度を増やしていけば、ランサーを弾幕で押しつぶすことができる。

 そう結論を下し、美遊が勝負を決める大量の弾丸を放とうとした、まさにその時、

 

 ガズッ!

 

 美遊の額に、鈍い衝撃が響いた。

 

「!?」

 

 痛みに霞む目でとらえたのは、砕けた石の欠片。

 

(ランサーが!?)

 

 おそらく魔力弾をしゃがんで避けたときに拾っていた石だろう。それを、美遊に放ったのだ。ぶつかった衝撃で、石自体が砕けるほどの高速で。

 

(ま、ずいっ)

 

 所詮はただの石つぶて。傷や痛みは大したことはない。だが、わずかではあるが驚き、ランサーへの攻撃を止めてしまった。

 一瞬の空白。それはランサーにとっては、十分すぎる隙だった。

 

「く!」

 

 慌ててステッキを振るい、魔力弾を放つ。だが狙いも何もない弾が数発放たれた程度で、ランサーは止められない。降り注ぐ攻撃を軽やかに避け、美遊との間合いを詰め、サファイアに手を伸ばす。

 

(取った)

(取られた)

 

 ランサーと美遊は、同時にその事実を認識する。

 が、ランサーの手がカレイドステッキを掴むその直前、

 

「取ったよ!」

 

 イリヤの声があがった。

 

「!?」

≪わお! イリヤさんったら大胆!≫

 

 ランサーは思わず振り向く。その真後ろにはイリヤスフィールがいた。ランサーが奪い、握っていたルビーに、手を触れている。

 直後、イリヤは魔法少女へと変身する。そして強化した身体能力によって、ランサーの手からルビーを奪い返し、返す刀で力を込めた魔力弾を叩き付けた。

 

零距離射撃(ダイレクト・シュート)!!」

「ぐはっ!!」

 

 腹部に強烈な一撃をくらい、さしものランサーも吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込まされる。

 

「大丈夫!? 美遊さんっ!」

「だ、大丈夫………でもいつの間に?」

 

 ランサーと攻めあっていた間、美遊はイリヤの方に注意を向けていなかった。それがいつの間にか、ランサーの真後ろに近づいているなどと。

 

「いやその、美遊さんもランサーさんも、私のこと見てなかったし」

≪だからって魔力弾の飛び交う戦場に、単身踏み込んでくるなんて、無茶しすぎですよイリヤさん≫

「アハハハ………つい体が動いて」

 

 ステッキもない、魔術も使えない、ただの小学生が英霊に近づく。自殺行為もいいところである。

 英霊が指一本ででも攻撃すれば、魔力弾の流れ弾一発でも受けていれば、イリヤは死んでいただろう。

 それがわからないほど愚かな少女ではない。むしろ利発で聡明である。だがそれでも踏み込んでいった。策も何もなく。

 そう策でなく、

 

「勇気、か」

 

 呟きながら、ランサーが立ち上がる。痛そうに腹を抑え、しかし姿勢にブレはなく、戦うことに問題はなさそうだ。

 

「まったく、戦いたくないと言いながら、思い切ったことしてくれる………油断したわ」

「ごめんなさい、でも美遊さんが危なかったから………」

「友達思いなのは嫌いじゃないけど、困ったわね。二人がかりか」

 

 ランサーはちらりと、倒れた凛とルヴィアを見る。二人ともまだ伸びている。ランサーとしては、彼女たちが起きて、四人がかりになる前に勝負をつけなくてはならない。

 

 ランサーがステッキを奪う作戦を考えていると、

 

『おいランサー、いつまで手間取っているんだ?』

「………」

 

 ランサーは、己がマスターの声に、顔をしかめる。目線を動かすと、瓦礫の一つに一匹のコウモリがとまっている。無論、コウモリが人間の言葉を話せるわけはない。正確には純粋のコウモリではなく、魔術的に作り出した疑似生物か、改造した生き物であろう。使い魔として、ランサーのマスターにこの場の情報を伝え、向こうからの声をこちらに伝えているのだ。

 

『まあいい。それよりも追加の命令がある』

「? なによ。このステッキをとってくるだけじゃ足りないの?」

『ああ………』

 

 ランサーのマスターは、遠くの自分の陣地の中で笑う。

 

『令呪を持って命じる。二人の魔法少女を拘束し、その場にとどまり、何もするな』

「!?」

 

 その命令をランサーは理解できなかったが、体は勝手に動き出す。

『殺せ』という命令になら抗う覚悟はできていた。令呪を二つ使われようとも、少女たちを殺す前に自害する気でいた。だが、三つ同時に使われては流石に無理だ。そもそも、『殺せ』ではなく『捕えろ』という命令であれば、そこまで強い抵抗をする意志になれなくなる。

 結果、ランサーは魔法少女たちを捕えた。

 

 だが三つ全部使ってどうするのか。その後でランサーをどう縛るというのか。ランサーが容易に動く駒ではないとマスターも理解できている。ならば一つは令呪を残しておくはずだが。

 

「う?」

「え?」

 

 ランサーは疑問を抱えながらも、ランサー以上の機動力を持って、目にも見えぬ高速――亜光速とさえ言える速度で動いたかと思うと、何が起こったのか察知もできぬイリヤと美遊を、糸の変じた左腕で、背中合わせになりまとめて縛り上げる。

 命令を遂行したうえで、ランサーは問いかける。

 

「あんた………なんのつもり?」

『いや何………昨夜の戦いで、逃げ帰るオンケルの家は突き止めていたから、昼のうちに、使い魔を放っていてね。限定的な同盟を結んでいたんだ………』

 

 ザバッ!!

 

 瓦礫の下から、血に濡れ、傷に塗れ、それでも五体万全なライダーが、獣の唸りをあげて立ち上がった。

 

「ラ、ライダー、まだ生きて!?」

 

 イリヤが驚きの声をあげる。

 ライダーはその声に反応したように、紫の長い髪を振り乱し、敵意と殺意を撒き散らした。

 

『オンケルの協力者であるライダーのマスターが、魔法少女を倒せたら、そこまで。ステッキはオンケルが独り占めだ。だけど、ライダーが破れたら、僕がライダーに協力して、魔法少女どもを殺してステッキを奪い、オンケルと僕とで、2本のステッキを分け合う。【自己強制証明(セルフギアス・スクロール)】まで用意して結んだ契約さ』

 

 そして、と、ランサーのマスターは説明する。

 

『ついでに、手綱がなくなったランサー。君は一緒にライダーに始末されてしまうといい。僕の聖杯戦争はここで終わりだ。まとめて死んじまえ』

「貴様………!!」

 

 ザガッ!!

 

 ライダーが駆け出す。イリヤの攻撃で深いダメージを負い、動きもかなり鈍くなっている。宝具を使う力も残っていない。魔法少女二人でかかれば、容易くとどめをさせるほど弱ってしまったライダーだが、身動きのとれない幼子を踏み躙ることくらいはできる。

 動きを封じられたイリヤたちも、いまだ気絶している凛たちも何もできない。このままでは、ライダーの腕の一振りで、イリヤも、美遊も、ランサーも、まとめて胴体を両断されて死に至るだろう。

 令呪で『何もするな』という命令がなされている以上、何も抵抗することはできない。

 

『殺せ』という命令であれば、全力で抵抗していただろうが、捕えるだけの命令への抵抗感は薄く、従ってしまった。今から令呪の絶対命令を無理矢理破ることはできない。

 ランサーのマスターは、ランサーを侮蔑していたが、その心情はよく理解しており、そのうえで効果的な命令をしたということだ。

 

 この状況を覆せる者がいるとすれば、

 

 

 

「―――I am the bone of my sword ( 我が骨子は捻じれ狂う )」

 

 

 

 通りすがりの、正義の味方くらいのものだろう。

 

 ギュオオオオオオッ!!

 

「!!」

 

 ライダーが気づくも、その一撃は直後にライダーに到達していた。

 

 その『矢』はライダーに命中したと同時に爆発を起こし、ライダーを飲み込む。すでに傷ついていたライダーの体は限界を迎え、瞬く間に消し飛んだ。

 

 ライダーの最期を見送りながら、電柱の上に立つアーチャーは、構えていた弓を降ろした。

 

 闇夜を裂く爆発が収まったあと、抉られた大地に残った一枚のカード。イリヤは実物を初めて見るが、これがそもそもの発端となった謎のカードなのだろう。拾いたいところだが、イリヤたちはまだ縛られたままだ。

 ライダーにとどめを刺したアーチャーは、電柱の上から跳び下り、動けないイリヤ、美遊、ランサーの前に、立つ。

 

「さて、また会えたな。しかしまたも君らの絶体絶命の危地に遭うとは、これもめぐり合わせかな」

「出るタイミング、狙ってやってるんじゃないの? まあ、助かったわ。ありがとう」

 

 涼し気に言う褐色の英霊に、どこか気障な仕草をうざったく思いながらも、ランサーは礼を言う。しかし令呪の効果が残っているためか、体はまだ動かない。これでアーチャーが攻撃してきたらなすすべが無いが、アーチャーに敵意は見られない。

 ランサーのマスター、マナヴが操っていたコウモリは、もうどこかへ飛び去ってしまっていた。

 

「痛つつつ………何? 今の音」

「うーん………ハッ、そうですわ! カードが!」

 

 アーチャーの起こした爆発で、凛とルヴィアも目を覚ましたらしい。フラフラと起き上がり、周囲を見回している。

 

「って、今度はあんたたちが捕まってるの!? そ、それにあんたまで!」

 

 凛は、イリヤたちを捕まえたままのランサーと、横に立つアーチャーを指さす。

 また、ルヴィアの方は、

 

「貴方……昨夜のランサーとアーチャーですわね。アーチャー、貴方………私たちの味方ということでいいのでしょうか?」

 

『褐色』の肌の弓兵に向けて、問いかける。彼女は昨夜の戦いを見て、アーチャーの存在を知っていたが、実際に対面するのはこれが『初めて』であった。

 

   ◆

 

 イリヤたちがいる、崩れた家屋の隣の家の庭に、一人の女性がいた。細身の、なかなか美しい女性である。

 

 彼女の名はミドラー。

 

 先ほど、ルヴィアによって吹き飛ばされたスタンドの、本体である。いかに強力な魔術であっても、スタンドを傷つけられるのは、基本的にスタンドのみ。彼女自身は傷一つ負っていなかった。

 精神的は少々疲労があるが、戦闘続行には何も問題はない。

 

(ライダーがやられて、ランサーのマスターの作戦も失敗したか………けれど今ならば)

 

 ランサーが言った通り、勝利の後が一番油断する。正面からでは魔法少女の魔力弾に押し潰される。スタンドはスタンドでしか傷つけられないが、強い力で吹き飛ばされたらこちらからも相手を攻撃できない。ライダーが敗れた以上、彼女はこれ以上戦うつもりはなかった。

 だが、今ならば奇襲の最高のチャンス。魔法少女はまだ令呪が効いているランサーに拘束されたまま。ランサーも動けず、凛たちは目覚めたばかりで状況に対応できないでいる。現れたばかりのアーチャーはこちらの存在を知りもしない。この機を逃す手はない。

 特にあのランサーは早く倒しておいたほうがいいと、彼女の勘が告げていた。誰かと似ているあの端正な顔立ちが、危険を強く訴えるのだ。口の中が妙に疼き、思い出したくない何かを思い出させようとする。

 その疼きを振り払うように、彼女は己の分身を動かした。

 

(行け………【女教皇(ハイプリエステス)】)

 

 スタンド、【女教皇(ハイプリエステス)】。タロットにおける2番目のカードである【女教皇】、または女司祭長。直感、安心、知性、聡明などを暗示する。

 その能力は、石や金属、陶器やガラスなどの鉱物に変身すること。

 

 鉱物はいたる所にある。知性が生み出したこの文明は、鉱物によって建造されているのだから。

 道具も。家も。そして――

 

 グバァッ!!

 

「えっ!?」

「ちょっ………!」

 

 イリヤたち、全員がいた場所に、突如大穴が開く。いや、開いたのは『口』だ。

 

女教皇(ハイプリエステス)】の変身できるものは鉱物全般。もちろん、大地だって例外ではない。

 イリヤたちがいた場所はすでに、巨大に広がった【女教皇(ハイプリエステス)】の顔の上だ。

 魔術で飛ぶ余裕もなく、口は閉じられる。ダイヤモンド並みの硬度を持った歯が、イリヤたちを噛み潰そうと迫る。

 

 そして、

 

 ボッ!!

 

『ギャアアアアアアアァァァァッ!!』

 

「な、なぁっ!?」

「これは……っ!」

 

 絶叫。それは、イリヤたちではなく、【女教皇(ハイプリエステス)】のものだった。

 

 

   ◆

 

 今日も今日とて、エルメロイⅡ世は、書類と睨み合っていた。

 

 今、目を向けている書類は、冬木に侵入している二つの組織についてである。

 

 一つは『ドレス』。

 

 ベトナム戦争の時、アメリカ軍が特殊兵器開発のための秘密研究機関がつくられた。その研究内容は、旧日本軍の化学細菌戦部隊が行っていたものに由来するとされている。しかしそれは、対外用に用意したものである。

 確かに、『ドレス』には旧日本軍の関係者や、アメリカ政府の上層部が関与していることは事実だ。兵器開発も確かに行い、アメリカ軍の強化に貢献してもいる。

 けれど、それだけではすまない何かが存在している。多くの魔術師を抱え込み、無数の聖杯戦争を引き起こし、エージェントを送り込んで、何らかの観察・研究を行っている。

 その根本にある目的が何なのかはわからない。だが、その目的のために手段を選ばない連中であることは、間違いない。

 

 そしてもう一つの組織。

 かつて、一代にして巨億の財を築いた大富豪が打ち建てた、ワシントンに本部を置く財団。

 表向きは人類の福利厚生のため、医学、薬学、考古学など、さまざまな分野に助成することを目的に結成された財団であるが、その影には超常現象を取り扱う部門が存在する。直接には魔術協会との繋がりはないが、数名の魔術師を傘下に招いており、侮るべきではない力を秘めている。

 

「どうやら、今回は吉と出たようだな」

 

 一昨日、後者の組織が冬木にいると知り、敵対するか否かを案じていたエルメロイⅡ世は、ほっと胸をなでおろす。

 もし彼らが敵に回っていたら、カレイドステッキを持っていても危ないと、気をもんでいたのだ。

 

「これを機に、二人も学べるとよいのだが。才能も実力も、有り余るほどあるが、彼女たちにはまだ精神面において、足りないところがある」

 

 10年前の聖杯戦争でも出会った、彼らのことを思い出しながら、エルメロイⅡ世は葉巻に火をつける。煙を味わいながら、彼は記憶を懐かしみ、今、起こっている戦いのことも考える。

 

「彼女らはもう少し、落ち着きを知るべきだ」

 

 彼自身がどれほど否定しようとも、弟子を思うその姿は、やはり時計塔最高の教師に相応しいものであった。

 

   ◆

 

『アアアァァァッ!! こっ、これはっ、これはぁっ!!』

 

 イリヤたちは呆然と見つめていた。

 炎に焼かれ、燃え上がる【女教皇(ハイプリエステス)】を。

 大地から分離したスタンドは、焼かれながら悶え転がる。

 

『熱いっ、熱いぃぃっ、スタンドを焼く炎っ!! こ、これはまさかぁっ!!』

 

「ふむ………私が焼く必要もなかったかな?」

 

 そして、【女教皇(ハイプリエステス)】を焼いた張本人が現れる。

女教皇(ハイプリエステス)】の口に呑まれそうになった時も、冷静に攻撃を繰り出そうとしていたランサーとアーチャーは、一足早く【女教皇(ハイプリエステス)】を撃破した相手の方を見る。

 

『き……貴様ッ! 貴様が来ていたのかッ!!』

 

女教皇(ハイプリエステス)】のミドラーは、その相手のことを知っていた。

 

 その褐色の肌をした、赤の男を知っていた。

 その男の、戦歴と栄光を知っていた。

 その英雄の、名前と力を知っていた。

 

「まったく、遅いですわよ!」

「すまないな。埋め合わせはするから勘弁してくれ」

 

 ルヴィアが文句を言う。【女教皇(ハイプリエステス)】を焼き倒した彼こそ、彼女の協力者。ルヴィア、美遊と共に、キャスターの拠点を潰した盟友。先ほどまで、セイバー陣営と戦っていて、こちらには来られなかった男が、やっと現れたのだ。

 

『スピードワゴン財団ッ!! エージェントッ!!』

 

『ドレス』に並ぶ、もう一つの組織、『スピードワゴン財団』からの使者。

 

 星屑のごとく幽かに、しかし確かな正義として輝いた、十字軍の一員。

 かつて、世界の支配者たらんとした巨悪を打ち破り、そして、『帰ってきた』男。

 

 褐色の肌。逞しい肉体。美男とは言えないが、力強く頼もしい風貌。

 異国風の衣服とアクセサリを身に着け、黒髪を幾つもの小さな塊にして編み上げている。

 

 そして、その背中で不死鳥のように燃え上がる、猛禽の頭を持った鳥人の像。

 

 その名は、

 

『【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】の………モハメド・アヴドゥル!!』

 

 

「YES!! I am!!」

 

 

 

   ◆

 

 今一度、明記しよう。

 

 これは、貴方たちの知る物語ではない。

 ここは、貴女たちの知る世界ではない。

 別の『設定(ルール)』で成り立つ、『並行世界(スピンオフ)』である。

 ゆえに、絶対に異議を唱えてはならない。

 

 今一度、明記しよう。

 

 これは、『外典』である。

 

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

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