【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】   作:荒風

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『13:Magic――魔法』

 

【SPW財団研究員の日記より】

 

 魔術。

 超常の現象・存在にかかわり続けてきたSPW財団の一員である私にとっても、よもやこのようなものが本当にあるとは思いもよらなかった。

 協力者たる魔術師によると、魔術とは『他の手段でも同じ結果を出せるもの』であり、魔法とは『他の手段ではその結果を出せないもの』のことなのだという。

 かつては飛行なども魔法に区分されたが、飛行機などを作り出せるようになった現在、残されている魔法は5つのみだという。

 協力者はそれほど位の高い魔術師ではないため、魔法についての知識は薄いということだった。そんな彼が教えてくれたのは、

 

・第2魔法――平行世界の運用。別世界への移動。

・第3魔法――魂の物質化。肉体を超えた不死の完成。

 

 この二つである。

 第2魔法はまだわかりやすいが、第3魔法の方は理解しづらい。

 そもそも『魂』という非科学的な概念をどう定義したらいいのかもわからない。SPW財団のデータには、賭け事を通して魂を取り出し、コインに変えてしまうスタンド使いが確認されているが、それとはまた違うのか。ことが命にもかかわるため、実験するわけにもいかないが。

 ただ、あの『D』の屋敷を調査した中に、乱雑なメモではあったが、『多くの魂』をただ一人で保有・吸収するということについて書かれた書類が存在していたことを思い出す。

 私程度の権限では、『D』の研究内容全てを閲覧することはできないが、妄想するに、『D』もまた魔法へ、更に魔術師たちが言うところの「」へ至ろうとしていたのではないか。無論、魔術師たちが狂気的ではあっても純粋に「」を求める心とは真逆の、俗で無粋な、敬意なき動機で。

 だが、感触からして『D』の研究は非常に有望な部類だったようである。ある視点から見れば、我々は魔術の歴史に名を残しうる逸材を滅ぼしてしまった罪人なのかもしれない。

 

 

   ◆

 

 最初に見たイメージは広い背中だった。大きく、強く、頼もしく、誇り高い――そんな想いを抱かせる背中だった。

 

『父さん―――』

 

 イリヤスフィールは夢を見ていた。

 自分のものではない夢を。

 

『―――ッ―――ゥゥゥ――ッ』

 

 体が燃える。汗も涸れ、息をすることも苦痛になるほどの高熱が、少女の身を襲っていた。

 

『父―――さん――――』

 

 声も出ぬ喉。それでも少女の心は呼び続けていた。最も信頼する人を。

 

『―――――ッ』

 

 けれど彼は来なかった。42度の高熱に苦しむ、6歳の娘を置いて、待ち焦がれる家族を残して、父親は戻ってこなかった。

 それが最初の哀しみであった。

 

 ただ少女は気づかない。その灼熱の苦しみの果てに、求める父との繋がりを象徴する力が芽生えていたことを。

 

 そして場面が移り変わる。

 

 14歳になった少女は、留置所にいた。

 罪状は、金銭と自動車の窃盗罪など。

 それは間違いなく、少女が働いた悪事であったが、少女には自分が犯した罪や、受ける罰についてはどうでもよかった。自分を必死に心配し、警察と話をしている母親のことさえ、あまり興味がなかった。

 彼女の心は酷く乾いていた。それでも彼女は待っていた。最も信頼したい人を。

 

『あなた……なんて人なの……自分の娘がこんなことになっているというのに………これから東京行きの飛行機に乗るですって!?』

 

 母が、父と電話している。

 

『そうでしょうよ、大切な急用でしょうとも! 待って! 切らないでッ!! もしもし! それでも父親!? もしもし!!』

 

 一応、手錠を解かれた少女は、母親に連れられて留置所を出る。

 けれど彼は来なかった。罪を犯した娘を置いて、待ち焦がれる家族を残して、父親は戻ってこなかった。

 

 そして場面が移り変わる。

 

 19歳になった少女は、刑務所にいた。

 

 無実の罪。

 悪徳弁護士の罠にかかり、恋人の罪を被った。

 罪状、殺人・死体遺棄・自動車の窃盗。

 懲役15年。

 

 父は守ってくれなかった。

 父は助けてくれなかった。

 父は叱ってくれなかった。

 

 父は共にいてくれなかった。

 

 私の傍に立つ(スタンド・バイ・ミー)

 

 ただ、それだけでよかったのに。

 

 

『【お守り】のようだよ。フタを開けると小さな【(ストーン)】が入っている。何でも離婚した君のお父さんが、娘の君が困った時に渡すようにと、お母さんに言ったらしい』

 

 

 結局、父が少女にくれたのは【お守り】が一つと、【指の先の傷】だけだった―――その時は、そう思っていた。

 

   ◆

 

   ◆

 

   ◆

 

 イリヤスフィールは目を覚ました。

 先ほどまでの夢は鮮明に覚えている。自分自身が体験したことのようにはっきりとしていた。

 

「………ランサー」

「呼んだ?」

「ひょわっ!?」

 

 珍妙な声をあげて、イリヤがベッドの上で飛びあがる。

 慌てながら声のした方を見ると、ランサーが首をかしげてこちらを見ていた。

 

「どうしたのよ?」

「う、ううん? なんでもないよ?」

 

 あの後、ルビーの助けで無事にイリヤと契約を結んだランサーは、イリヤの部屋についていった。

 マスターなのだから傍にいるのは当然である。イリヤとしても、ランサー相手に忌避感はなかった。

 2度も戦い、縛り上げられもした相手に対して奇妙かもしれないが、イリヤはランサーの真っ直ぐな人柄に好感を抱いていた。身近な年上の女性ということなら比較対象になるのはセラやリズであるが、セラほど硬くはなく、リズほどだれてもいない。

 主従関係をきっちりさせたがるセラや、年上にしてはゆるすぎるリズとは違い、程よく歳月の差を感じさせる、姉的女性と思えた。更に凛やルヴィアのように残念でもない。

 

「とりあえずおはよう、マスター。ところで起きた早々悪いんだけど、この漫画の続きってない?」

「え? ああそれが最新刊なんだ。次のが出るのは来月だよ」

「そうなの? 聖杯へ願いに最終巻まですぐ読ませてほしいっていうのも付け加えようかしら」

 

 ランサーはイリヤの部屋の本棚に、漫画を戻しながら冗談か本気かわからない独り言を呟く。

 

(英雄が漫画読むなんて、おかしな気がするけど、英雄っていってもやっぱり人間なんだよね)

 

 昨日は疲れていたこともあり、帰ったらすぐに眠ってしまった。そのため、ランサーとはほとんど何も話していない。

 お互いまだ何も知らない同士、コミュニケーションを取りたかったが、どう切り出すかイリヤは悩む。

 

(ジョリーンって言ったっけ………正直聞いたことのない名前なんだけど、知らないって言ったら気を悪くするかなぁ)

 

 英雄というからには当然名の知られた存在であり、己が知名度に、それ相応の自信やプライドというものもあるだろう。面と向かって、生前どんなことをしたのか聞くのははばかられた。

 

《やあやあおはようございます! イリヤさん、ランサーさん!》

 

 うーむと唸るイリヤに、底抜けに明るい声がかけられる。ルビーのご登場である。

 

「おはようルビー………ねえルビー」

 

 イリヤは小声でルビーに話しかける。

 

「ルビーは、ランサーのこと知ってる? ジョリーンって英雄のこと」

《うーん、私も知りませんねぇ。さすがのルビーちゃんでも全ての英雄を網羅しているわけじゃないですしー》

 

 残念ながら役に立たなかった。

 

《まあルビーちゃんとしては、ボケ殺しに長けたちょっと苦手な方ではありますが………信頼はして大丈夫だと思いますね。イリヤさんが善人である限り、裏切るようなことはしないでしょう》

「それは私もそう思うけど………もうちょっと詳しく知りたいなぁ」

《普通に話せばいい気もしますが、きっかけは欲しいというのもわかります。そうですね、訓練にでも付き合ってもらったらどうです?》

「訓練? ああ、魔法少女の特訓だね」

 

 魔法少女になってから、ライダー、バーサーカー、アサシンと、ほとんど負けっぱなしだったため、訓練をしなくてはと思っていたのだ。ライダーにはどうにか勝てたが、まだまだ先は長い。

 

《魔法少女としての能力については私が教えますが、戦闘の技術はその道のプロに教わった方がいいでしょう。頼んでみたらどうですかー?》

「………うん、今日は学校も休みだし。早速いってみようか!」

 

   ◆

 

「………ルヴィアくん。これは少しその………あまり上手くいかない気がするのだが」

 

 アヴドゥルは真剣に困っていた。あの豪胆で、どんな危機にも決して怯むことのない歴戦の勇者がである。

 

「? 何が問題だとおっしゃるの?」

 

 完璧ではありませんか、と、真顔で返し、ルヴィアは首を傾げた。

 その背後では、エンジンを唸らせるヘリコプターが、猛烈な勢いでプロペラを回転させていた。

 

「これからの戦いのため、美遊はより強くならねばなりません。そのために、イリヤスフィールがライダー戦の最後に見せた飛行を、美遊も身に着ける必要があります。ですが、美遊は空を飛ぶイメージがつかめないとのこと………ならば空を飛ぶ感覚を実感させればいいのです」

「うむ………空を飛ぶ感覚をつかませるというのは、悪くないと思う。私もより良いアイデアがあるわけじゃない、ただ………」

 

 アヴドゥルは隣に立つ美遊の様子をうかがう。

 その顔色は、既に真っ青になり、いつものクールな様子を忘れて、恐怖に震えていた。

 

「いきなり、最初の時点で、高度数千メートルからの自由落下というのは………下手しなくても死ぬと思うのだが」

「危険を覚悟しなくては、人は壁を乗り越えられないのです。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすといいます………見事這い上がってみせなさい! 美遊!」

 

 ビシッと指を突きつけ、ポーズを決めるルヴィアに、しかし美遊は無言でフルフルと首を振る。あまりに哀れな様子に、アヴドゥルは手で顔を覆い、ルヴィアに頼み込んだ。

 

「………まずは私が美遊くんの訓練に付き合う。ヘリコプターから突き落とすのは、それが上手くいかなかった後にしてくれないか?」

 

   ◆

 

 イリヤたちは郊外の雑木林にやってきていた。ランサーも特訓に付き合ってほしいという頼みに、二つ返事で了承してくれた。

 

「うーん、林の中で特訓とか………魔法少女にしては地味だよね」

《舞台裏なんてそんなものですよー、日々の地道な努力がいつか実を結ぶものです。それではチャチャッと転身して、特訓開始といきましょうか》

 

 イリヤは、早速魔法少女姿に変わると、ランサーに向かい合う。

 

「よろしくお願いします!」

「お願いされました。って言っても、私も戦いについて教えられるほど詳しいわけじゃないわ。降りかかる火の粉を死にもの狂いで払い続けていただけで、特別な訓練をしていたわけじゃないし」

 

 ランサーはそう言うが、イリヤからすれば、あの鮮やかな動きや捕縛術を訓練なしで行えるというのが到底信じられない。

 

《何か心構えでも教えてくれますか? 魔法少女に重要なのはイメージです。攻撃や防御、動きは私がお膳立てしますが、どういったことを行うかは、イリヤさんがしっかりイメージしてくれなければなりません。イメージを安定して強くする、戦闘においての心構えが必要でしょう》

 

 ルビーの言葉に、ランサーはなるほどと頷き、ちょっと考えてから語りだす。

 

「私の経験から教えられるのは二つよ。一つは、自分の力を知ること。自分の持つ能力を把握し、何ができるか、何ができないか、長所や短所をしっかりわきまえておくこと。貴方が使う魔力弾の威力や、防御、速度、さまざまあるけど、そういったものを理解しておきなさい。たとえば私の体を糸に変える能力だけど」

 

 ランサーの腕がほつれ、服ごと毛糸の玉のように丸まっていく。

 

「この能力を手に入れた直後は、体のどこまでを糸にできるか。糸はどのくらいの長さまで、どのくらい遠くまで伸ばせるのか。力や丈夫さはどのくらいか。色々試してみたわ。貴方も自分の力を調べてみなさい」

「な……なるほど………」

 

 確かに自分は魔法少女として何ができるか何も知らない。ちゃんと何ができるか知らなくては。そう考え納得する。

 同時に、何も知らないまま戦場に躍り出た自分の迂闊さが若干恥ずかしくなり、頬を赤くした。

 

「で、二つ目は、勇気を持ちなさい。おっかなびっくりやってちゃ本来の力を出し切れない。思い切って『立ち向かって』いくこと。世の中、理不尽にどうしようもない不幸が降りかかってくることもある。けど、めそめそ泣いてても、助かりはしない。怖がらず勇気をもって戦うこと………偉そうなこと言っちゃったけど、私から教えられるのはこれくらいよ。後できるのは模擬戦に付き合うことくらいね」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 最敬礼でもしそうな勢いでイリヤはお礼を言った。

 

(おおーー、やっぱり英雄なんだなぁ。カッコいいよ)

 

 心なしか、イリヤの目がキラキラしている。アニメや漫画で憧れるしかなかった英雄――その本物が目の前にいて、自分に教えてくれている。夢見る少女であろうとなかろうと、感動して当然の状況である。

 

「でも戦闘訓練って具体的には?」

《そーですねー、ランサーさんの言った『己を知ること』を踏まえて模擬戦闘でもしますか? あと私の力で魔力は無限に供給できますが、一度に使える魔力には限りがあります。魔力を攻撃に割り振ると、防御が薄くなり、防御を厚くすると、魔力弾の威力が下がります。そういった魔力の調節を体で覚えて、効率的な魔力の使い方をできるように》

「ちょっと待って」

 

 ルビーの台詞をランサーが遮った。彼女は林の中に耳を澄まし、そして指先を糸に変えて、木々が邪魔をして見えない奥の方へと、糸を飛ばす。糸はスルスルと伸び、その先端はすぐに見えなくなった。

 

「それは?」

「この糸を通じて、遠くの音が私に伝わる。何か、人のいる気配が………」

 

『どうだ―――何か――――』

『――駄目――もう一度』

 

 ランサーの糸は、糸電話と同じように音を伝え、会話や盗聴を行える。数十メートル先の音を拾い、ランサーは人の声を捕えた。

 

「この声……彼らも来ているのね」

 

 ランサーは糸を巻き戻すと、林の奥へと踏み入っていく。その物腰に気負い、緊張はない。歩く先にいるのが危険な相手ではないということだ。

 

「ま、待ってよ」

 

 イリヤも後を追う。

 

「ねえ一体誰が――」

 

 誰がいるのかという質問は、すぐに声の主たちがイリヤの目にも入ったため、答えられるまでもなく終わった。

 

「行くぞ………【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)!】」

 

 林の奥には開けた原っぱがあり、そこで掛け声とともに逞しい鳥人が、可憐な少女を担ぎ上げ、空高く投げ飛ばしていた。

 

《おおー、高いですね》

 

 少女は、ルビーが思わず感心するくらいの高さまで放り投げられた。10メートルほども放り投げられた後、少女は放物線を描き、クルクルと回転しながら落下し、脚から着地。数メートルほどザリザリと地を削り、止まった。

 

「おーーー」

《見事なアクロバット! メダルもんですねー!》

 

 イリヤが思わず拍手する。しかし拍手を贈られた相手はというと、

 

「………また失敗」

 

 暗い顔で落ち込んでいた。

 

「あーっと、一体何をしてるの? 美遊さん、アヴドゥルさん」

 

 イリヤは二人に声をかけた。

 褐色の戦士は、彼女たちが近づいてきていたことに気づいていたようで、慌てる様子もなく、イリヤに顔を向ける。

 美遊は鈍い動作で顔をあげたが、その顔色は依然悪かった。

 

「うむ………美遊くんの空を飛ぶ練習に付き合っていたのだ」

 

 アヴドゥルの話を聞き、ルヴィアがやらせようとしていた無茶な訓練を知り、

 

「うわぁ」

 

 イリヤは自然と声をあげる。

 

「雲の上から落とすって、普通じゃなくてもそれは死ぬわ」

 

 流石のランサーも引いていた。

 

《いやーアヴドゥルさん、グッジョブです。まったくあの人は相変わらず残念ですねー》

《実際、アヴドゥルさまには感謝しております。常識的な方に出会えて、本当に幸運でした》

 

 ルビーとサファイアがアヴドゥルを褒めたたえる。しかし、アヴドゥルは疲れた様子で肩を落とし、

 

「とにかく、その無茶な訓練はどうにかやめさせて、私がついて練習することになったのだが………いかんせん、私も空を飛ぶことはできないからな。アドバイスもできない。スタンドで高く放り投げて、ヘリコプターよりは安全に、飛行の感覚をつかませられないかと考えたのだが………上手くいかない」

 

 私の仲間だったら宿敵との最終決戦で、殴り合いながら勢いに任せて、空中浮遊や空中戦闘をやらかした経験もあるのだが、などと言いながら、アヴドゥルは首を振る。

 

「え? でも飛ぶってこんな感じでしょ?」

 

 イリヤはそう言って、何気なくフワフワと浮かび上がり、地表から5メートルほど離れた空中で、静止して見せる。

 

「………飛んでる」

《はい。ごく自然に飛んでいらっしゃいます》

 

 イリヤは、自分を見上げる美遊とサファイアへ、不思議そうに言った。

 

「え? だって、魔法少女って、飛ぶものでしょ?」

 

 あっさりと言い切った。

 

「………なんと頼もしい思い込み」

 

 美遊を飛ばせるために努力し、悩んでいたアヴドゥルもまた、イリヤの返事に少し愕然とする。

 

「………どうすれば」

「え?」

 

 美遊が思わずという風に口にし、イリヤがそれに反応する。美遊は少し気まずげに目を逸らしたものの、やがて、

 

「その………できれば……教えてほしい。飛び方………」

 

 前に、『戦わなくていい』『邪魔しないで』などと言った手前、教えを乞うのは恥ずかしいようだったが、美遊は意を決して頼み込んだ。

 イリヤはそのことを気にするほど狭量ではなかったが、何の気なしにできていることを、教えてくれと言われても、どうすればいいのかわからない。

 

「飛び方って、言われても………」

 

 着地しながら頭をひねるイリヤ。そんな中、ランサーが自分の考えを述べた。

 

「うーん、要するに考え方の問題なのよね? 魔法少女は空を飛べて当たり前って考えているから、イリヤは気軽に空を飛べる。スタンドと同じね。できて当たり前という自信が力になる」

「………そうだね。息を吸って吐くことのように、アルミ製の空き缶を握り潰すことのように、できて当然という安定した精神が、できるという結果をもたらすものだ」

 

 アヴドゥルがランサーの言葉に同意する。すると、サファイアが一つ、案を出した。

 

《イリヤ様は『魔法少女は飛ぶもの』という確固たるイメージがある。ならば、そのイメージを形作った元があるのではないでしょうか?》

「え………あ、それなら…………」

 

   ◆

 

『雲の中に逃げても無駄だ! この空で散れ!!』

 

 テレビ画面には、ポニーテールをリボンで結び、和服を魔改造したような可愛らしい服を着こんだ少女が、両手にステッキを持って空を飛んでいた。

 

「こ……これ………?」

 

 その映像を見て、美遊は絞り出すように声を出す。今までアニメとか見たことないのか、愕然とした様子だった。

 

「う……うん……『マジカル・ブシドー』。私の魔法少女のイメージの大元だと思う」

 

 イリヤは恥ずかしそうに頬を掻く。横ではランサーが『日本のアニメって変わってるわよね』と、呟きながら、それでも結構面白そうに見ていた。

 

「航空力学はおろか、重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き………」

「いやー……そこはアニメなんで固く考えずに見てほしいんだけど………他にも魔法少女ものはあるけど、見てみる?」

 

 イリヤは『ラブリー・ユカコ』というタイトルのDVDを手に取って見せる。

 

「ううん………たぶん全部見ても無理。これを見ても飛んでる原理がわからない。具体的な飛行イメージには繋がらない」

 

 美遊はイリヤに見せられた、『ラブリー・ユカコ』のDVDを手に取る。そこには黒く長い髪を振り乱した美少女が空を飛ぶ姿が描かれていた。少女の髪の毛には、背の低い少年が絡めとられて引っ張りまわされている。

 

「必要なのは揚力ではなく浮力だってことまではわかるけどそれだけではただ浮くだけだから移動するには更に別の力を加えるか重力ベクトルを制御するしかないんだけどでもそんなことあまりに非現実すぎてとてもじゃないけどイメージなんて」

「美遊さん落ち着いて!」

 

 抑揚無く起伏無く平坦に連ね続けられる言葉。思考の迷路に遭難したような美遊の様子にイリヤは慌てる。

 

《ルビーデコピン!!》

「はフッ!?」

 

 そんな美遊にルビーは、羽を使ってズビシと突っ込みを入れた。

 

「な………何を………?」

《姉さん?》

 

 ルビーはやれやれだぜと言わんばかりに首を振るような動きをし、

 

《まったくもー、美遊さんは、基本性能は素晴らしいみたいですが、そんなコチコチの頭では魔法少女は務まりませんよー?》

 

 ルビーはイリヤを指し示すと、

 

《イリヤさんを見てください! 理屈や工程をすっ飛ばして結果だけをイメージする! そのくらい能天気な頭の方が魔法少女には向いているんです! シンプルな方が強い!》

「あれルビー? なんだか酷い言われようなんだけどっ!?」

《ですので……美遊さんにはこの言葉を贈りましょう》

 

 イリヤの抗議を無視し、ルビーは気取った様子で言う。

 

《『人が空想できること全ては、起こり得る魔法事象』――私たちの創造主たる魔法使いの言葉です》

 

 美遊は言われた言葉を脳内で咀嚼し、疑問を返す。

 

「………物理事象じゃなくて?」

《同じことです。現代では実現できないような空想も遠い未来では常識的な事象なのかもしれません。それを魔法と呼ぶのか物理と呼ぶのかの違いです》

「まぁ………つまりアレでしょ?」

 

 イリヤは拳を握り、

 

「考えるな! 空想しろ! とかいう………ってうわー……凄く納得いかないって顔ですね……」

 

 カッコよく言ったつもりのイリヤだったが、美遊の今までにない味のある表情を見て、握った拳を降ろしていく。

 

「まあ………私からはそうね。いっそ逆に考えるのも手だと思うわよ? どうしても理屈を考えてイメージができなくなってしまうなら、逆にとことんまで考えてみたら?」

 

 ランサーも一つ助言を投げる。昔、友人であったプランクトンのやり方である。それまでどおりのことをやって上手くいかないのなら、今までと逆をやってみるのである。

 

「………そう。少しは考え方がわかった気がする」

 

 イリヤとランサーの言葉を聞き、嘘か真か、そう言うと、美遊は立ち上がる。

 

「あ………帰るの?」

「ええ………また今夜」

「うむ……では、今日はありがとう。付き合ってくれて感謝する」

 

 美遊はやはり言葉数少なく、アヴドゥルは真面目に礼を言って、イリヤの家を後にした。

 その後ろ姿を見送り、イリヤは呟く。

 

「また今夜………か。『あなたは戦うな』とか言われた昨日より、大分前進?」

「ふーん、そんなこと言われてたの」

 

 仲が悪いようには見えなかったけど、とランサーは感じたことを口にする。

 

《いわゆるツンデレ、いやクーデレ? っていう奴ですかねー。なかなか萌えます。サファイアちゃんも趣味がいい》

「いや萌えとかはともかく………もっと頑張れば、もっと仲良くなれそうな感触はあるね」

 

 イリヤはグッと拳を握り、気合を込める。

 

「よっし………勝つぞぉ!」

 

 そして、時は過ぎ――舞台は冬木市民会館へ。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

 

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