【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】 作:荒風
【カレイドステッキの取扱説明書より】
第2魔法。すなわち、『並行世界の運用』を、応用して生み出された魔術礼装。
2本1セットで製造され、それぞれにルビー、サファイアという名の人工天然精霊が宿っている。
平行世界への干渉を限定的に行使でき、マスターへ無限の魔力供給が可能。ただし、魔力を受ける容量には個人差があり、使用者によって性能には差が出る。
人間の上位存在である英霊にさえ対抗しうる、強力な礼装であるが、搭載されている精霊の性格は非常に厄介であり、使用は容易ではない。
しかし、これを使いこなした例が無いわけではない。
両義未那、静・ジョースターという二人の幼い少女が、ステッキを使用し、『教祖』の救出を目的とする風水教団の残党と戦った時などは――
◆
「はあ………」
重い重いため息をつきながら、イリヤスフィールは自室のドアを開けた。
「どう? 上手く誤魔化せた?」
自室内には、ため息の原因を構成する要素の一つが、ベッドに腰掛けていた。
「なんとか……言われた通り、通りすがりの誰かが、悪戯で石を投げたんだろうってことにしたよ……」
凛の『
《犯人を捕まえてひき肉にして、グラム98円で出荷してやるとか言ってましたよ。恐ろしいことです》
「ああそう。できることなら今すぐ犯人を突き出してやりたいわね」
グラム1円でも売れやしないであろうステッキは、他人事のようにアハハと笑い、その後ろで青筋を浮かべた凛が、ウフフと笑う。
「それであのー……」
「ん、そうね。あんたには色々説明しなきゃ」
話しかけるイリヤに、凛はリンゴでも潰せそうな握力で握り締めていたルビーを離し、まず自己紹介から始めた。
「まず――私は遠坂凛。魔術師よ。まあ、魔法使いって思ってくれていいわ」
魔術師。ゲームや漫画ならともかく、実際の人間の口から聞くような職業ではない。
「まほーつかい……って、つまり、魔法少女ってこと?」
「全然違う!」
凛はイリヤの頭に手刀を叩き込む。中々強力な衝撃に、イリヤは頭を抱えて呻いた。
「まー、一般人に理解しろって言う方が無茶なにかもしれないけど、これでも一応ロンドンの『時計塔』じゃ、今期の主席候補なんだから。あ、時計塔っていうのは魔術を研究する大学みたいなところで、表向きは留学って扱いで、去年からそこに通ってたわけ」
「ふーん……それじゃ、なんで日本に帰ってきたの?」
「そう。ここからが本題」
そこで凛は、なぜかスチャッと眼鏡をかけた。その行為に疑問を覚えつつ、イリヤは黙って話を聞く。
「結論から言うと、私たちはカードを回収するためにこの町に来たのよ。時計塔からの要請を受けてね」
凛は一枚の紙を取り出す。その紙には2枚のカードが印刷されていた。1枚は弓を引き絞る女性の姿が描かれ、もう1枚には、幅広の帽子を被り、槍を手にした男の姿が描かれていた。双方のカードには、絵と共に文字も書き込まれている。
「女の方のカードに書かれた文字は『
「タロットじゃないよね……? ゲームで使うにしてはステータスとかも書かれてないし……」
「ええ、それはタロットでも、トレーディングカードでもないわ。それはね、極めて高度な魔術理論で編み上げられた、特別な力を持つカードなの」
それが、いつ、どこで、誰に、何の目的で、どのようにして生み出されたのか、全くわからない。構造を解析することもできなかった。
ただ一つわかったことは、その力。
「このカードは、英雄の力を引き出すことができるの」
「えいゆう……宮本武蔵とか、怪力タルカスと黒騎士ブラフォードとか……?」
大河ドラマや映画、昼間に見ていたアニメのモデルになっている剣豪などのことを思い起こして、イリヤが言う。
「それもあるわね。けど史実だけじゃなくて、ヘラクレスとか桃太郎みたいな、伝説や昔話に出るような英雄も、本当は実在していたの。そんな英雄の力もまた使うことができる」
偉業を成し、英雄と認められた者は、死後に『英霊の座』と呼ばれる高次の場所へと迎えられる。そうして、英霊となった者たちは、それぞれが力の象徴たる武装を持っている。それは武器であったり、防具であったり、特殊な能力であったり、様々であるが、どれもが通常の武器ではなく、条理を超えた奇跡を起こすものである。
「私たちはそれらの武装のことを『宝具』と呼んでいるの。このカードは、英霊の座にアクセスして、英霊の宝具を、短時間ではあるけど具現化することができる、常識はずれなシロモノなわけ」
《ちゃんとついてきてますかイリヤさん! もうちょっと続きますよ!》
小学生では習っていない単語も多く含む説明に、イリヤは熱を出したような感覚に陥りながら、頭を抱えていた。
「う、うん。七割は理解できてる………と、思う。きっと…多分……」
「あー、まあ分かりやすく言うと、このカード一枚で町一つ滅びてしまうこともある。そういう危険なものなのよ。そんな危険物が今、この冬木の町にあるの」
「!」
凛の言葉に目を見開き、イリヤは得られた情報を頭の中で整理して、
「そっか……つまり……町に仕掛けられた爆弾を秘密裏に解体していく、闇の爆弾処理班みたいな感じだね!?」
「………やけに斬新な比喩だけど、だいたい合ってるのが、ちょっと悔しいわ」
何とも言えないような口調と表情の凛は、けれど、と続けた。
「それは3日前までの状況で……今は、より悪いことになってるわ」
「え?」
町一つを破壊する爆弾じみた物が、町中にばら撒かれているよりも悪い状況とは、一体なんなのか。イリヤの身が強張った。
《あー、別に大したことじゃないですよー》
ルビーの軽い声があがるが、イリヤの心は休まらず、不安は更に膨れ上がる。その不安は的中した。
《ちょっと戦争になってるだけですからー》
◆
イギリスの『時計塔』――凛たちが学び研究を行う、魔術協会本部。
その一室で、一人の魔術師が葉巻をくわえながら、書類に目を通していた。
長身、黒い長髪、端正な顔つき。男の通り名は、ロード・エルメロイⅡ世。時計塔の講師であり、『カード事件』の担当者の一人である。
「あの二人は上手くやってるだろうか……あいつら、才能や実力はあるが、性格に色々と問題があるからな……」
凛とルヴィアゼリッタの喧嘩で、どれだけ教室が破壊されたことか。
「それでもまだ魔術師の中ではマシというか、一般人よりなのだから嫌になるな。どいつもこいつも……」
連鎖的に、自分が受け持っている何人もの、『超優秀な問題児』の『軍団』を思い浮かべてしまい、エルメロイⅡ世の顔がしかめられる。
「いや、今は胃を痛めている場合ではない……この報告は……」
目を通していた書類には、冬木の町に入った者たちの情報があった。
魔術師、異能力者、組織、様々な者たちが入り込んでいる。この町で行われている、イベントのために。
「またこいつらか……魔術協会としては、あまり好ましい輩ではないが、さて、吉と出るか凶と出るか」
冬木への参入者の中に、気になる名前を見つける。
魔術協会でも無視できない人数、資金、能力を持った組織。近年になり、多くの魔術師関連の事象に介入している。特に、そのエージェントとなる者は、時計塔の執行者にも匹敵する実力者ぞろいだ。
危険ではあるが、魔術協会そのものと表だって敵対はしていないため、今のところ粛清対象ではない。
(まだメリットとデメリットが釣り合っていないからな。やって勝てない相手とは言わないが、割に合わない)
今回、もし彼らが凛たちの敵にまわれば、いくらカレイドステッキを持っていても、荷が重いかもしれない。
相手には凛たちが、いまだ持ち合わせていないものがある。
「だが、今回の戦いで、あるいはそれを手に入れられるかもしれないな。先は見えないが、少しは期待させてもらうか……」
◆
「このカードが、この町に現れたのは約2週間前。全く何の前触れも無く、突如出現した。時計塔が異常な
「………『英霊』を発見?」
「そう。このカードは英霊の力を引き出すことができるって言ったでしょ? カードは地脈の魔力を吸収してエネルギーにし、英霊の力を放出させ、ついには現世に英霊そのものを生み出していた。とはいえ、魂や心や理性は無く、擬似的な肉体を持った現象に過ぎず、その力も本来の英霊より格段に低いものであったみたいだけど」
凛は更にもう1枚、折り畳まれた紙を取り出し、広げて見せる。そこには、写真のように細緻な絵が、複数描かれていた。絵でありながら、周囲の全てを破壊しようという、鬼気を撒き散らしているのがまざまざと感じ取れる、男の肖像。魔術を用いて、人間の記憶から、見た物を寸分違わずに紙に写し描いたものだ。
褐色の肌のその男は、ある絵では弓を引き絞り、ある絵では双剣を構えていた。
「これはアーチャーよ。このアーチャーとランサーは、時計塔のエージェントによって討ちとられた。そして、討ちとられた彼らは、肉体を消滅させ、そのあとに残ったのはさっき見せたカードだった。英霊は、カードを核とし、カードを包むように実体化していて、英霊を倒せばカードを回収できることがわかったわけよ。そしてカードの分析をし、更に残ったカードの回収に入ろうというところで、『聖杯戦争』が起こった」
『聖杯戦争』
7人の魔術師が、それぞれ1体ずつ、英霊をサーヴァントとして召喚し、殺し合わせる魔術儀式。この戦いに勝ち残った者には、願いを叶える万能の『聖杯』が与えられる。
「とある魔術師が、時計塔に保管されていたカードを盗み出して、冬木の町に戻したうえで、聖杯戦争を発動させた。その結果、カードの力で実体化していた英霊が、そのままサーヴァントとしてマスターに従うようになった」
《今までは個別に存在し、ぶつかり合うことなどはなかった英霊が、これからは戦争を行うことになります。一体一体が町をも滅ぼす力を持つ存在が、ぶつかりあえば、余波だけでどれほどの被害が出るか、見当もつきません》
イリヤは考えをまとめる。
聖杯戦争が起こるまでは、カードとやらは、触れなければ襲いかかってくるようなことはしない、不発弾のようなものだった。それが、今は『使い手』が存在し、『使い手』の意思次第で町や人を傷つけることもあるということか。
イリヤはそう理解して、身震いする。と、同時に疑問も覚えた。
「でも、なんでカードが散らばってる中で、その聖杯戦争っていうのを始めたの?」
サッカーをやっている途中で、野球をしようとする人間はいない。別の場所でやるのが普通だ。何かをするにしても、既に何か起こっている場所でする必要はない。
その疑問に、凛は眼鏡をかけ直しながら答える。
「聖杯戦争を起こすには、魔力が必要なの。オリジナルの聖杯戦争では、一回起こすごとに、霊地から発生する魔力を60年分蓄えてようやく発動するものだったわ。それより小規模にしたところで、一朝一夕で用意できるようなものじゃない」
聖杯戦争は儀式として非常に優れているため、数多く行われているが、ほとんどは小規模である。召喚されるサーヴァントの数も本来なら7騎のところ、多くても5騎がせいぜいだ。その理由の一つが魔力の用意の困難さにある。
「今回、聖杯戦争を起こした魔術師は、その魔力をこのカードを使って節約したわけよ。このカードは英霊の力を使える。つまり、英霊の召喚は既に半分成功しているようなもの。後は、散らばったカードを聖杯戦争のシステムと繋げて、マスターとの間にパスを通せば、聖杯戦争の形式である、主従の状態は整う。しかも、その後もカードが自動的に地脈から魔力を吸収するため、存在維持のための魔力もかなり補える」
凛はまた更に、紙を取り出す。今度の紙には写真が添付されていた。口髭を生やした、中年男性の顔。際立って美形でも醜悪でもないが、目が濁っているような感じで、あまり近づきたくないというのが、イリヤの抱いた印象だった。
「こいつの名はイクス・オンケル。ドイツ出身の魔術師。腕はまあ……一流にギリギリ入る、くらいのものかしらね。こいつが今起こっている聖杯戦争の実行者で、かなり高い確率でカードとも関係しているわ」
イクス・オンケルは、パラケルススを祖とした魔術師であり、ホムンクルスの製造の方面に高い技術力を誇っている。もはや魔術師の世界には広く出回っている、聖杯戦争のシステムを造り出すくらいは可能だ。
そして、1ヶ月前に時計塔を離れ、来日していることもわかっている。
「カードが散らばっている中で聖杯戦争を起こした理由は、『魔力の節約』。それは確かだと思うんだけど………2週間前に発見された、まだ魔術協会でさえ分析しきれていないカードを、そう簡単に聖杯戦争に利用できるとは考えられない。事前にカードを利用できるように準備していたと考えるのが自然。けど、このオンケルがカードを造れるほど優れた魔術師とも思い難い。つまり、カードを造り、町に撒いたのは、こいつと深く繋がっている人物と考えていい。まとめると、こいつをぶちのめせば、冬木の平和は保たれ、カードの秘密も解けて、万事めでたしめでたしってわけ」
しかしながら、そのためには英霊や魔術師と戦う必要がある。
「それで、危険な仕事を行うために貸し出されたのが………このバカステッキってわけ」
その辺の空間を、ひらひら飛んでいるルビーを鷲掴みにしながら、凛は説明に区切りをつけた。
《最高位の魔術礼装をバカステッキとは失礼ですねー。そんなだから反逆されるんですよ? 私たちにだって(扱いやすい)マスターを選ぶ権利があります!》
「………本来なら私も無関係の人間を巻き込みたくはないんだけど、このバカステッキは見てのとおりの奴なのよ。だからそういうわけで、イリヤ」
凛はルビーを掴む手に、更に万力のような圧力を加えながら、
「魔法少女なんてものから解放されたければ、この馬鹿を説得すること。その説得が済むまでは、私の代わりに戦ってもらうわよ」
「たたか……え? わ、私、ただの小学生なんだけど!?」
「悪いけど、ことは町の平和と人命がかかってるの。我慢して」
そして説明が終わると凛は、家の人に見つかる前にと、慌てるイリヤの返事も聞き流し、窓から去っていったのだった。
◆
(魔法少女、かぁ……)
学校の授業中、イリヤは教師の声を聞き流しながら、昨夜のことを思い返す。
(想像してたのとは、ちょっと違うけど、ホントに私、ファンタジーな出来事に巻き込まれちゃったんだよね)
本当にあるなど、思ってもみなかった。鏡の中の世界のように、メルヘンやファンタジーの領域であると、考えていた。
だが、実際にあったのだ。多少、思い描いていたものより、ろくでもないものであったが、魔法は目の前どころか、手の中にある。
戦争と名のつく状況であることは知っている。危険であることも聞いている。
けれど、頭ではわかっていても、それでもイリヤにとって、この状況は非常にロマンをかけたてるものであった。
(……ちょっとだけ、ワクワクする………かな?)
イリヤの顔に、悪戯っぽい微笑みが浮かんでいた。
◆
ガチャリ、ガチャリ、
耳障りな音が微かに響く。
その音の主に、声は無く、呼吸も無く、そして魂さえも無い。
手に握る冷たい刃を、殺気も殺意も無く、敵として入力された者へと、振り下ろす。
そして振り下ろされた側もまた、己が手にした力を示して見せた。
杖(ステッキ)の先端に光が生まれ、
「……
ドンッ
魔力の弾丸が放たれ、刃の持ち主を打ち砕いた。腕が圧し折れ、腰の位置で、上半身と下半身が分断される。
だが、血の一滴たりと、零れはしない。肉の一片たりと、弾けはしない。
なぜなら、彼らには最初から、血も肉もない。ただ骨によって構成された、骸骨の兵士であるから。
ギリシア神話に登場する、龍の牙から生まれた兵士。テーバイの始祖カドモスが、倒した龍の牙を、女神アテナのお告げに従って大地に撒いたところ、牙は兵士へと姿を変じた。
その伝説を原点とした術により、この骸骨の兵士は生み出されたのだろう。
その数は今、見えるものだけで30体以上。総数は100体近くになるだろう。
それらに対峙するのは、黒髪の少女。蝶のような形のリボンで、黒い髪を束ね、青と黒を基調とした、妖精のような服装をしている。
そして、その手には、青いステッキが握られていた。
彼女たちは、この廃ビルにキャスターを追ってやってきた。キャスターは突如、彼女たちの前に現れ、魔術で攻撃したと思ったら、すぐに踵を返し、空を飛んで逃げて行ったのだ。それを追って、この無人の古いビルに入ったわけだが、どうやら誘き寄せられたらしい。
キャスターの姿は消え、代わりに龍牙兵が群れをなしていたのだ。
「………サファイア」
《龍牙兵一体の戦闘能力は常人と同程度。そこまで出来がいいものではありません。冷静に対処すれば、問題無いレベルです》
キャスターによって創造された龍牙兵たちであるが、カードで発現したサーヴァントたちは、本来のサーヴァントと比べると格段に弱い。その力の差は、造り出される使い魔の強弱にも現れる。
この龍牙兵たちは、『魔法少女』の敵とはなりえない。
「確かに、数だけのようですわね。物足りなくはありますけど、本番前の練習にはなるでしょう」
少女の傍に立つ、金髪ロールのお嬢様は、気負いのない仕草で龍牙兵の一体を指差した。直後、放たれた
「では、私は遠慮していた方がよいだろうか」
少女たちの背後から声が掛けられる。
声の主は、褐色の肌の男だ。ルヴィアが振り向けば、彼女の背後にいたはずの龍牙兵は、既に一体も、跡形も無く、存在していない。30秒前までは、12体の龍牙兵が、男と向かい合っていたはずだが。
ガシャッ!
そんな男へと、3体の龍牙兵が、同時に飛びかかる。彼を最も危険な相手とみなしたのだろう。だが、
ゴガガガッ!!
破壊音は、一つに聞こえた。3体の龍牙兵が、ほぼ同時に破壊され、消し飛んだ。
圧倒的な蹂躙。
哀しいほどに殲滅。
たとえ龍牙兵100体が総出でかかったとしても、全滅させるのに5分とかかるかどうか。
「………ええ、そうですわね。少し休んでいてください。貴方が参戦していては、練習にもなりませんものね」
自慢の金髪を撫で上げながら、ルヴィアは男の凄まじい能力に畏怖を覚える。
彼女とて、決して弱くは無い。けれど、優秀だからこそ、相手の力が理解できてしまう。
純粋な戦いとなれば、全く勝ち目が無いと、判断できてしまう。無論、実際に戦うことになれば、あらゆる手段を使って勝利するつもりであるが、それは彼とて同じことだろう。
むしろ格の違いを感じるのは、力よりも精神面においてであった。真の意味での戦いを、殺し合いを潜り抜け、死と隣り合わせの環境を駆け抜けてきた戦士の経験。いかに魔術師が死を覚悟することが前提の存在とはいえ、いまだ成人してもいない彼女には、覆しがたい差であった。
(英雄……まあ、頼りにしてよさそうですわね)
それがルヴィアの、男への評価だった。
◆
学校の鐘が鳴り、イリヤは駆け足で靴箱へ急ぐ。
《ようやく放課後ですか。鞄の中は退屈でしたよー》
「お待たせルビー。早く帰って魔法の練習をしよう!」
《おっ! やる気ですね、イリヤさん!》
「うん! 折角だから楽しもうと思って」
イリヤは今までの不安をふっ切って、健康的な精神で開き直る。笑顔で靴箱の蓋を開けると、中からヒラリと白い物が落ちた。
「ん?」
拾い上げると、それは折り畳まれた紙片であった。
「手紙……かな?」
《おおっ! もしやこれは……!》
それを見たルビーが、黄色い声をあげた。
《アレですね! 放課後の靴箱に手紙と言えば、これはもうラヴなアレに間違いありません! 今時こんなピュアなことする子がいるとはー! さあさあ早く中身を!》
「お、落ち付いてルビー! ここは冷静にいくべきところよ……!」
ムハーッと興奮するルビーを宥めながらも、心臓を無暗に高鳴らせ、イリヤは紙片を開く。
「冷静に、冷静に………」
振るえる指で開かれた紙片に書かれた文字は、
『今夜0時、高等部の校庭まで来るべし。来なかったら――迎えに行きます。遠坂凛』
定規を使ったらしい、直線で書かれた文字だった。筆跡を隠したらしいが、誘拐犯の脅迫状ではないのだから、隠す意味が無い。いや、脅迫状といえば、その通りなのかもしれない。『来なかったら』、の後に『殺す』と書いた後で線を引き、書き直されているあたり、これで脅しているつもりがないのなら、その方がおかしい。
「……………」
《あー、これはあの……》
ルビーが、何かを思い出したというように、声をあげる。イリヤは無言だった。
《帰りましょうか。イリヤさん》
「そうだね……」
イリヤの心に宿ったのは、脅しによる恐怖よりも、何とも言いようのない、疲れによる虚脱感だった。
《何事も前向きに、ですよー》
「そうだね……」
イリヤはトボトボと帰宅するのだった。
◆
冬木の町、西側の深山町にある遠坂邸で、凛は手持ちの宝石を数えていた。
「ちっ! 思いのほか少ないわね……ルヴィアの馬鹿との争いで使い過ぎたか……」
遠坂の家系が使う魔術は、宝石魔術。宝石に魔力を籠め、魔力タンクとして使用することができる。つまり、単純に宝石が多ければ多いほど、強い。逆に言えば、宝石が無ければ、剣を持たない剣士と同じだ。
「騙し騙しやるしかないか……こうなると、イリヤスフィールに頑張ってもらうしかないか………」
いくら人道を踏み外した魔道の担い手である凛といえど、一般の小学生を戦いに巻き込むのには、罪悪感を抱く。しかし、現状を冷徹に認識するリアリストでもある。
だから、イリヤを巻き込むことをやめるわけにはいかない。
「まずは、今夜の戦いを切り抜けなきゃね……」
凛は、昨夜の、イリヤを気絶させた後のことを思い出す。
◆
気絶したイリヤを見下ろし、凛はイリヤの手に握られたままのカレイドステッキの先端を踏みつける。
「さぁて、ルビー? とっとと帰ってきてもらおうかしら?」
《グググ………ル、ルビーちゃんは屈しませんよぉ!》
グリグリと踏み躙る凛に、ルビーは抵抗する。
「ったく、どうしてくれようかしら、この駄杖は……ッ!」
凛は背後に気配を感じ、振り返る。
そこには、2メートルほどの間隔を開けて立ち、どこか冷めた目でこちらを見つめる女性の姿があった。
「こんばんは、はじめまして……私はランサー。悪いけど、そのステッキ持ってかせてもらうわ」
有無を言わせぬ口調。そして、それなり修羅場をくぐったこともある凛にとっても、そうは感じたことのない強い凄味。
(ランサー……槍兵、速度に優れたサーヴァント。実力はわからないけど、弱いわけはない。まずいわね。ルビーは使えないし、人間の魔術師では英霊には勝てない……!)
凛は深呼吸を一つして、心を落ちつける。そして意を決して口を開いた。
「こんなステッキ、個人的には、のしをつけて献上したいところだけど、そうもいかないのよね」
「でしょうね。見ていたところでは、相当ヘンテコな物みたいだけど、うちのマスターが欲しがってるのよ。力づくでも持ってかせてもらうわ」
ランサーが一歩踏み出してくる。
「そう。でも、ここは民家の敷地内よ。ちょっと大きな音を出せば、すぐに人が飛んでくる。さっきまで結構騒いでいたから、今すぐに誰か来てもおかしくない。神秘の秘匿を考えて、それは良くないわよね?」
「………一瞬で終わらせることもできるけど」
「できないかもしれないわよ? 見てたなら分かるでしょ? このステッキ、中々手に負えないわよ? でも、そっちが譲れない、ってのも理解できる。だから提案なんだけど、また改めて戦うっていうのはどう?」
ランサーが二歩目を踏み出すのをやめ、動きを止める。
「明日の夜、0時。私立穂群原学園高等部の校庭で待っていなさい。勝負するわ」
「……そんな口約束を信じろって?」
「私の目的は、貴方たちの中にあるカードを、全て手に入れること。いずれは、戦わなくちゃいけない。聖杯戦争が起こる前だったら、魔力の歪みを感知して、カードを見つけられたんだけど、勝手に動きまわるようになっちゃった今じゃ、見つけるのも大変。やれる時にやっとかないといけない。だから、約束は守るわ」
「………」
ランサーは数秒考え込んだ。そして、
「わかったわ。もし来なかったら、『見開き』でぶん殴るから」
ランサーは了承し、なんだかよくわからないが、背筋が凍るような脅しの言葉を投げかけてから、凛の前から去っていった。
◆
(なんかあのランサーも乗り気でなかったっぽいおかげで、交渉は成功したけど、一体彼女がどんな英霊かわからなかったわね)
服装から見ると近代の英霊のようだが、服くらいは着替えられるのだから、あまりあてにはならない。
「ぶっつけでやるしかないか」
凛は覚悟を決め、冬木での初戦の時を待つのであった。
……To Be Continued