【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】   作:荒風

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『5:Escape――逃走』

 

【魔術協会所蔵の一資料より】

 

 

 遠坂家は、遠坂永人を初代当主とする魔術の名家である。現在の当主は遠坂凛で、初代から数えて6代目にあたる。

 日本の冬木の地の霊脈を管理する、セカンド・オーナーの一族。【魔道元帥】キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから魔術の教えを授けられた。代々、宝石魔術を得意とする。

 1790年頃から、アインツベルン家、マキリ家と協力し、魔術儀式『聖杯戦争』を構築した。その際、冬木の霊地を、儀式場として提供している。

『冬木の大聖杯』は、第3次聖杯戦争の混乱の中で失われたが、遠坂家は他の御三家と共に、半世紀をかけて冬木の町に聖杯を再構築することに尽力する。1990年代、先代である5代目継承者、遠坂時臣は、造り直された聖杯戦争に、弟子の言峰綺礼と共に参加したが、敗退。その後、娘である凛に家督を譲り、現在は隠居の身として、冬木の町からも離れて生活している。

 1990年代の聖杯戦争で時臣が召喚したサーヴァントは、セイバーであったと記録されている。セイバーでありながら、剣を使わなかったというが、詳細は不明。

 なお、遠坂家には、困った性質が遺伝している。俗な言い方をすれば、それは『うっかり』であり、致命的なタイミングで発動してしまうことが多い。

 

 

   ◆

 

 一匹のコウモリが、夜の学校を見つめていた。

 校庭の真ん中で行われている、二体のサーヴァントの激戦を。

 

 一撃一撃が兵器級の威力を炸裂させる、鉛色の巨人。

 洗練された双剣を操る、褐色の青年。

 

 この数日間で、幾度も見た超常現象。

 

 幾度見てもその光景に戦慄し、そして、自らを省みて屈辱を噛み締める。

 

(なぜ、僕のランサーだけこうも弱い!)

 

 カレイドステッキを持つ少女を捕らえた時は、ようやく役に立ったかと思えば、乱入してきたサーヴァントに一撃で倒される始末。

 

(だがその弱いサーヴァントを使うしかない。優勝は望めないが、あのカレイドステッキが持ち込まれたのは最大の幸運――他のサーヴァントとの戦闘中にでも、あのステッキを奪って離脱すれば、今までかけた苦労に見合う収穫だ!)

 

 ランサーのマスターの脳裏には、呼び出されたランサーの想いや願いなどは欠片も浮かびはしなかった。

 

   ◆

 

「カ、ハァッ……!」

 

 オンケルは左胸を抑えて、その場に座り込む。激しい動悸と息切れ。

 滝のように流れる汗に、蒼白となった顔。発作の起こった病人と見紛う様子であった。

 

「大丈夫なの? ミスター」

 

 痙攣さえ起こしているオンケルに、声をかける女性がいた。バイクに跨る、しなやかで細身のシルエットの美女である。

 

「く、うッ……少し、バーサーカーを暴れさせ過ぎたか………」

 

 いかにカードのおかげで魔力を節約できているとはいえ、激しく動かせばマスターからの魔力供給が必要となる。まして、バーサーカーは最も魔力消費の激しいクラスであり、元々が大英雄だ。消費される魔力量は、どうにか一流と呼べる程度の力であるオンケルの限界を、超えかけていた。

 

「私を運べ……早く本拠地に戻らねば、このようなところを襲撃されたら……」

「わかったわ。じゃあ、今サイドカーをつくるから」

 

 女性が言った途端、バイクの脇が飴のように変形し、サイドカーが生える。サイドカーの形は良く見られる普通のものだったが、ただ一つ特徴的なことに、前面には、南方民族の仮面のような顔がついていた。

 オンケルがサイドカーに倒れ込むようにして乗ったのを確認し、女性はバイクのエンジンをかけた。バイクが音を立てて走り出す。

 

(しかし……この調子で勝ち残れるのかしらね。ちゃんと報酬を払ってもらわないと困るのだけど)

 

 彼女にとって、オンケルの野望が達成されようがされまいが、最終的に彼がどうなろうがどうでもいい。ただ、給料の後払い分が払われないようなことにならなければ。

 

(けどこのおっさん、どうも勝負運に恵まれているようには見えないのよね。場合によっては金目の物を適当に頂いて逃げ出すべきかしら………。それにしても)

 

 さきほどの校庭での戦闘を思い返し、彼女は首を捻る。

 

(あの手を糸に変えていた女のサーヴァント………どこかで見たような気がするのよね)

 

 心なしか、口の中が疼くような感覚に悩まされながら、彼女はオンケルの本拠地にバイクを走らせるのだった。

 

 

 ―――その後を追跡する、影の存在には気付くことなく。

 

   ◆

 

「はぁ、はぁ、こ、ここまで来れば安全でしょ」

 

 学校から遠く離れた路地裏で、どうにか逃げ延びた遠坂凛は塀に背を持たれ、荒い息をつく。

 イリヤの方は疲れ果てて、声も無く、地面に座り込んでいた。

 

「しっかし散々だったわねー、ちょっと甘く見ていたわ」

 

 今夜の戦闘を振りかえり、凛は顔をしかめる。

 ランサーには捕まり、バーサーカーには手も足も出ず、アーチャーには借りをつくる。

 正直、いい所が全くない夜だった。

 

「けど、サーヴァント3体の情報を得ることができたわ。物事はプラス思考でいきましょう」

「ううう………前向きに、ね。それはいいけど、どうするの?」

 

 ようやく声を出したイリヤに、凛は答える。

 

「作戦はこれから考えるけど、まず貴方は魔力弾の精密性を上げられるよう訓練を……」

 

 バジュッ!!

 

 凛が指示する途中、闇を切り裂いて、一条の光弾が放たれた。

 

「へ?」

「ちっ!!」

 

 驚くばかりのイリヤに代わり、凛が動いた。瞬時に簡易の障壁を張り、光弾を防ぐ。

 

魔弾(ガンド)………これはひょっとして」

「おーっほっほっほっほっほ!! おーっほっほっほっほっほ!!」

 

 酷く嫌な予感がした凛の表情が引きつる。その予感は的中し、周囲に高らかな笑い声が響き渡った。

 暗い路地裏が輝くような、奇妙なほどに派手な存在感を持つ女性がそこにいた。しつこいくらいにロールした金髪を揺らし、反り返りそうなほどに胸を張って、こちらに歩み寄ってくる。

 

「やっぱあんたか、ルヴィア!!」

「ほーっほっほっほ!! 無様な負け戦でしたわねぇ、遠坂凛!!」

 

 白手袋をはめた手を凛に向け、人差し指を突きつける。

 

「相手の思惑に見事にひっかかり、成す術を知らず、乱入者にも手も足も出ず、横からの手助けでどうにか命を拾う………いいトコ丸っきり無しの、とんだ道化ですわね遠坂凛!」

「やっかましいーーーッ!!」

 

 嘲笑するルヴィアの首に向けて、凛は怒りの回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ホウッ!? レ、レディの延髄によくもマジ蹴りを!! これだから知性の足りない野蛮人はーッ!!」

 

 常人相手ならかなり危険な攻撃をくらっても、大したダメージも感じさせず、ルヴィアは怒りに顔を赤く染めて拳を放つ。

 

「なにを偉そうに! 最初っから見てたんだったら手伝うくらいしなさいよッ!! つーかいきなりガンドしかけてきた奴が文句言える立場かーッ!!」

「ちょっとした挨拶代わりに、心の狭いことを言うものですわね! 器が小さいですわよ!!」

 

 ゴガガガガガガガガッ

 

 凛もまた眼にも止まらぬ速度で拳を繰り出す。無数の拳(ラッシュ)の応酬が繰り広げられ、その迫力に、イリヤは声をかけることもできなかった。

 やがて、互いの拳が互いの顔面へと炸裂する、クロスカウンターの状態になった後、二人は同時に飛び退いて動きを止める。

 

「ち………この私が攻めきれないとは……生意気にも攻撃の精度が上がってきてますわね、貴女」

「単純なタックルがいつまでも通用するとは思わないことね。来るとわかってれば対応策はある……!」

 

 互いに顔を赤く腫らし、切れた唇から血を垂らして、二人は睨みあい、火花を散らす。

 

《おーい、そこの魔術師のお二人、肉体言語で語り合わないでください》

「仲が悪い……ってレベルじゃないね。なんなのコレ?」

《大体いつもこんな感じですよ》

 

 呆然とするイリヤをよそに、ルヴィアは口元を伝う血を拭うと、一枚の折り畳まれた紙片を取り出し、凛の方へ投げる。回転して飛ぶ紙片を、凛は素早く掴み取った。

 

「何よコレ? 魔力は感じないし、呪いの類じゃなさそうだけど」

「ゲスの勘繰りはおやめなさいな。私のこの町での住所ですわ。一応は協力関係ということですから、教えておきますわ。貴女はこの町に実家がありますけど、私にはないですからね。新しくつくったんですの」

 

 そしてルヴィアはまたも、ビシリと凛に人差し指を突きつけ、

 

「とにかく! イレギュラーはありましたが、最後に勝つのは私ですわ。覚悟しておくことですわね遠坂凛!!」

 

 そう言い捨てて、きびすを返し、ルヴィアは夜の町へ消えて行った。

 

   ◆

 

 紫のローブを羽織り、顔も見えないくらいに深く頭巾を被った人影が、地下深くにて、その技量を振るっていた。

 楽団の指揮者が指揮棒を振るように腕を振るえば、周囲の魔力が集結し、物質が構成される。見る見るうちに土の地面が舗装され、大理石の壁によって空間が区切られる。

 指を鳴らすたびに、一度に複数の『骸骨の兵士』が生み出され、滑らかに動き、陣地内の警備を開始する。

 随所に魔術による仕掛けも施され、快適さと堅牢さを両立させた『工房』が完成していく。

 

 超一流の魔術師であっても一日以上かかるものを、一時間程度で行うその神業は、まさしく『神代の魔女』の力であった。

 

 そうして造り上げられる『工房』の中央にある台座、その上には、冬木の地図と、地図を取り囲む六つの水晶球が置かれていた。精緻な地図には、町の要所、龍脈や霊地の詳細、参加者たちの現在位置までが記載されていた。

 地図を囲む水晶球は、それぞれを線で結ぶと、正六角形になるように配置され、一つ一つに、遠く離れた場所の風景が映っていた。その中には、遠坂凛の屋敷や、イリヤの家さえも映し出されている。重要地点監視のための装置なのだろう。

 その内の一つに映し出された場所。

 

 そこは、『冬木市民会館』。

 10年前に建築され、現在に至るまで大いに利用されている施設。

 10年前に起こった聖杯戦争の中でも災禍を被らず、無傷で済んだ土地。

 冬木新都開発のシンボルとされた建築物があるそここそは、この冬木でも五指に入る、大霊地の一つであった。

 

   ◆

 

 午前1時、人通りは絶え、自動車もほとんど通らなくなった夜の町を、1台のサイドカー付きのバイクが走っていく。

 そのバイクの背後を見つめる者がいた。

 

 手にはステッキ。青を基調とした、蝶を思わせる衣服をまとう、黒髪の少女。

 しかし、ただの少女ではないのは、走るバイクを追って走り、家々の屋根から屋根へと飛び移っていく姿を見れば、誰でもわかるというものだ。

 

「………止まった」

 

 電信柱の真上に立ち、少女が呟く。

 その言葉通り、バイクは新都の外れにある、一軒の住宅の前で停止した。サイドカーに乗っていたオンケルがゆっくりと降りる。いまだに、魔力の消耗による疲労が残っていることが、その動きの悪さから知ることができた。

 バイクに乗っていた女性が、ガレージにバイクを運びいれた後、サイドカーがグニャリと歪み、折り畳まれるかのように小さくなって消え失せた。

 そして、二人はドアを開け、屋内へ入っていった。

 

《どうします、マスター? イクス・オンケルは戦闘困難の状態のようですが、仕掛けますか?》

「いいえ、無理をすればサーヴァントは使えると思う。それに、オンケルを運んでいった女性の力も未知数。彼女もマスターかもしれない。一人で攻め込むのは危険。ルヴィアさんに報告する」

 

 少女はステッキ――サファイアと会話すると、オンケルが運び込まれた家の位置を記憶し、その場を立ち去った。

 

    ◆

 

「ったく、あの馬鹿は………」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、凛は愚痴を吐き捨てる。

 

「カード回収任務を勝負とはき違えているわ」

 

 いまだに怒り収まらぬ様子の凛を横目で見ながら、イリヤは思う。

 

(似た者同士のような気が………)

「ねえ、あんた今、何か考えてない?」

 

 肉食獣のような視線が向けられ、イリヤは凛の勘の良さに恐怖しながら慌てて否定した。

 

「そ、そんなことないよ! それにしても、嵐みたいな人だったね………あの人って、味方じゃないの?」

「本来はそのはずだったんだけど」

 

 味方だとは認めたくないらしく、凛は天を仰ぎ、下あごに手を当てて、ルヴィアに当てはまる言葉を探す。

 

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。私と共に、カード回収の任務を帯びた魔術師。とりあえず、今は対抗馬……ってとこかしら」

「ライバルキャラってことだね」

 

 ムムムと唸るイリヤ。

 その横で羽ばたいていたルビーが、思い出したように声をあげる。

 

《そう言えば、サファイアちゃんはどうしたんでしょうね? ルヴィアさんは持っていなかったですし》

「サファイア?」

 

 これまでの話題には無かった単語に、イリヤは首を傾げる。

 

「ルビー、あんた話していなかったの?」

《あはー、お恥ずかしい。ついうっかりと》

 

 ルビーはテヘと笑って、説明する。

 

《サファイアちゃんは私の姉妹にあたる、もう一本のカレイドステッキです。私と同様の能力を持っているのですが、私ともども、マスター契約を破棄し、新たなマスターを探しにいったのですが、今どうしているのか》

 

 遠い目をする(無論、目など無いのでそんな雰囲気が感じられるだけだが)ルビーに、イリヤは、ふーんと曖昧な頷きを返す。

 サファイアとやらが、どのようなステッキであれ、イリヤが願うことはただ一つ。

 

(ルビーよりは大人しい性格だといいなぁ)

 

 それだけだった。

 

   ◆

 

「ふう………どうにか凌いだか」

 

 赤い弓兵は、己の両手を眺める。実戦的に鍛えられた力強い手は、今、ビリビリと鈍い痛みに震えていた。

 

「威力の大半を受け流していたはずなのに、この衝撃、このダメージ………いくら我が身も弱体化しているとはいえ、情けないことだな。もう1分も戦いが長引いていたら、危ないところだった」

 

 イリヤと凛が脱出した後、バーサーカーとの戦場から撤退したアーチャーは、学校から数キロ離れたホテルの屋上にたたずんでいた。

 

「あのバーサーカー相手では、まず勝ち目は無いな。本来の聖杯戦争なら、マスターを狙うのが定番だが……」

 

 マスターの魔力供給なしに、サーヴァントは存在できない。ゆえに、サーヴァント同士の戦いで勝てないならば、燃料タンクであるマスターを討つのが普通だ。

 しかし、これは通常の聖杯戦争ではなく、カードを利用した前代未聞の聖杯戦争である。カードを核として召喚されたサーヴァントの場合、マスターが死んだらその後どうなるのか、それはわからない。そのままサーヴァントも消滅するのか、それとも、

 

「カードの力で、周囲の魔力を吸収して現界を保ち続け、暴走するのか……。その場合、彼女たちに……いやしかし、あのステッキに関わらせるのは………」

 

 思わず渋い顔になってしまうアーチャーだが、首を振って嫌な考えを振り払う。

 

「ともかく、まずは『マスター』に報告するか………大人しくしては……いないだろうがな。あの『マスター』は」

 

   ◆

 

 そして、イリヤスフィールにとっての初陣が終わった、次の日、

 

「はーい、みなさん」

 

 イリヤたちの教室、5年1組で、担任である藤村大河が、明るい笑顔で声をあげる。

 

「みんな仲良くしてあげてねー。転校生のー」

 

 女教師が、黒板にその名を書きながら、自身の左側に立つ少女を紹介した。

 

 漆黒の髪。優れた陶器のように硬質で、整った顔(かんばせ)。見開かれながら、何も映し出していないかのような虚無的な双眸。

 

 少女は名乗る。

 

 

美遊(みゆ)・エーデルフェルトです」

 

 

 かくてまた一つ、運命が出会う。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 

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