【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】   作:荒風

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『6:Fate――運命』

 

【SPW財団最高機密書類より抜粋】

 

 

 魔術師の世界には、魔術師の互助会である魔術協会が存在している。

 

 魔術協会はおおまかに3つの部門に分けることができ、これを三大部門と呼ぶ。

 ひとつは『時計塔』。現在の協会本部とされる部門で、イギリスのロンドン、大英博物館内部に存在する。西暦元年に創立され、魔術における最新の研究機関である。現在、我々は彼らと幾つかの細いルートをもって、繋がっている。

 

 ひとつは『アトラス院』。エジプトのアトラス山脈にある部門で、またの名を『巨人の穴蔵』という。錬金術師たちが集う研究組織であるが、徹底的なまでの秘密主義を貫いている為、詳細は不明。この『アトラス院』はDIOと協力関係を結んでいたとされる。DIOの部下であった、『プタハ神』の暗示のスタンド使い、『書記アニ』を名乗る男は、この『アトラス院』に所属していたか、ともかく何かの関係を持っていたようだ。

 

 ひとつは『彷徨海』。北大西洋を彷徨う巨大な山脈そのものであり、『移動石柩』とも称される。『神代の魔術を至高、西暦以降の魔術など児戯』という考えの為、魔術の更なる発展などは望んでいないとされる。彼らの情報は、他の二つよりも更に少ないが、我々が、『柱の男』が残したと思われる遺跡を調査していた際、『彷徨海』の魔術師を名乗る者と接触したことがある。

 

 

   ◆

 

 

 冬木の一角に、結界が張られていた。

 一般人が、無意識のうちにその場所にいくことを、避けるようにされたそこは、まさしく異界。

 気配も無く動くは、白い髑髏の仮面を被った、幽鬼の群れ。

 その人外の中央に座すは、汚れた流血の気配をまとう、魔女が一人。

 魔女は、眼鏡の向こう側から、蛇のような妖しい視線を、己が下僕たちへと向ける。正確に言えば、その視線の先にあるのは、彼女の周囲を囲む黒い影たちではなく、彼らのもたらす情報から窺い知れる、獲物に対して向けられたものであった。

 いかに料理し、味わうかを吟味している、捕食者の眼差し。

 

「ふぅん……ステッキの所有者の少女ねぇ。経験はまるで無いのに、これから大変だこと」

 

 影の一体が発見した情報は、魔女を有利にするものだった。

 何せ、魔法のアイテムの所有者が、才能豊かな魔術師から、平和な国でのんびりと過ごしていた、ごく普通の少女の手に渡ったのだ。蛇がハムスターを相手にするより容易い相手である。

 

「けど少女じゃ、私の趣味じゃないのよね。仕事と趣味は一線を引くのが私のやり方だけど、どうせなら少年ならいいのに………」

 

 無茶な望みを口にし、つまらなそうにため息をつく。

 

「マスターもサーヴァントも、私の趣味とは外れたのばかり。ランサーのマスターがかろうじて、かしら………こんな任務は、さっさと終わらせてしまわないとねぇ。真面目にいきましょうか」

 

 魔女は気だるげに立ち上がる。

 

 欲するものは、苦痛と悲鳴。

 求めるものは、流血と生贄。

 黒魔術の魔女の、性(さが)のままに。

 

   ◆

 

 イリヤは背中からの強い視線を感じ、心臓の鼓動を高鳴らせていた。無論、その高鳴りは喜びや恋情によるものではなく、畏れとまで言っては言い過ぎだが、不安ゆえのものだ。

 

(な、なんか見られてる!? このプレッシャーは何!?)

 

 視線の主は、美遊・エーデルフェルト。

 突然の転校生。物静かな黒髪の美少女。

 今は、窓際の一番後ろ、イリヤスフィールのすぐ後ろの席に座っていた。

 

(昨日の金髪ロールの人も、エーデルフェルト……って言ったよね。ひょっとして、何か関係が?)

 

 アニメや漫画では、こういう突然の転校生は、何かしら秘密を抱えていると相場が決まっている。

 

(そっと、聞いてみるしかないか……)

 

 とにかく今は、休み時間になるのを待つことにした。背中に刺さる視線に耐えながら。

 

 

   ◆

 

「ナルホド……ソチラノ事情ハワカッタ。バーサーカーハ、強力デアルガ、ヤハリ使用ガ難シイカ」

 

 薄暗い空間で、漆黒のローブをまとった人物が、ここにはいない人間と話していた。

 見たところ、電話などの通信機の類はない。しかし、間違いなく、黒い人物の機械的な甲高い声は、相手へと伝わっていた。

 黒いローブの人物も、その相手も、魔術をたしなんでいるがゆえに、この程度は造作も無いことである。

 

「ヨカロウ。幾ツカ拠点ハ用意シテアル。場合ニヨッテハ、ソコヘ移ルトイイ」

 

 そして、カレイドステッキと、その使い手の少女についての情報を聞き、

 

「ワカッタ。アア、仮ニ私ノ方ガ、ソノ少女ヲ仕留メタトシテモ、ステッキハソチラニ渡スコトヲ約束シヨウ。ソウイウ契約ダカラナ」

 

 そうやって、今と、これからのことについて話を続ける、肌の露出の無い黒衣の人物の背後には、黒い鎧と剣を身につけた女が、感情を感じさせない様子で立っていた。

 

   ◆

 

 休み時間になると、イリヤが話しかけるよりも前に、美遊は、複数の少女たちに囲まれていた。

 

「えっと、美遊ちゃん? はじめまして。(かつら) 美々(みみ)です」

 

 比較的おとなしく常識人であり、だからこそ苦労と涙の絶えない、セミロングの黒髪をヘアピンで整えた、可愛らしい少女。美々がまず自己紹介をする。

 

「私は栗原(くりはら) 雀花(すずか)。んで、こっちはタツコだ。ほらタツコ、挨拶」

 

 次に話しかけた雀花は、眼鏡をかけ、可愛いというよりは美人といえる、スマートな輪郭の少女である。眼鏡をかけて知的なイメージが見られるが、実際のところ学力は相当に低い。頭が悪いわけではないが、授業に興味が無いため、成績は全くよろしくないのだ。

 

「おい転校生。尻小玉賭けて相撲しねえか?」

 

 これはないと万人が思うであろう挑戦を投げかけたのは、左右の側頭部で髪を団子にした少女。ドラゴン並みの体力と、爬虫類並みの頭脳を誇る、嶽間沢(がくまざわ) 龍子(たつこ)である。

 そして最後に、

 

 「ごめん。コレは気にしないで。ちなみに私は森山(もりやま) 那奈亀(ななき)だよー」

 

 ふにゃりと気の抜けたような、どことなく掴みどころのない印象を漂わせる少女。那奈亀が龍子を押しやりながら、笑いかける。

 

 この4人は、イリヤと特に仲がいいグループで、いつもイリヤを含めた五人組をつくっていた。転校生登場と言うことで、早速仲良くなろうと話しかけてきたようである。

 普段ならイリヤも参加しているところだが、人前で話しては不味そうな裏がある可能性ゆえ、離れて見ているだけである。

 

《さっそく囲まれてますねぇ》

「色々聞きたいことがあったけど……これじゃ無理だね」

 

 イリヤは諦め、話しかけられる状態になるまで、廊下の窓に寄り掛かり、待つことにした。

 

《せっかくなので、昨日に得た情報を少しまとめましょうか》

 

 ルビーが他の生徒や教師に見つからないよう、窓の外をヒラヒラ飛びながら話し始める。

 

《昨日、遭遇したサーヴァントは3体。ランサー、バーサーカー、アーチャーですね》

「うん………みんな、凄かったね」

 

 肉体を糸状に解すことができ、相当に知恵も回る女性。ランサー。

 馬鹿馬鹿しいほどの戦闘力を吹き荒れさせる、鉛色の巨漢。バーサーカー。

 赤い衣服と褐色の肌、双剣を振るい、矢を放つ青年。アーチャー。

 

「あれが皆、英霊なんだね」

《はい。しかし、今のところまだどのサーヴァントも、真名はわかりませんねー》

「真名?」

《つまり、英霊の正体としての名前ですねー。英雄は、伝説や神話、歴史にその存在が記録されています。従って、正体がわかれば調査をして、その英雄の長所や短所がわかるわけです。ケルトの英雄クーフー・リンなら、必ず当たる槍を投げる。ギリシャ最速の英雄アキレウスなら、踵が弱点。そんな具合ですねー》

 

 だから、マスターたちはサーヴァントを本当の名前ではなく、クラスで呼ぶのである。

 

「そっか、昨日は手も足も出なかったけど、正体がわかれば」

《少しは有利に戦えるようになるかもしれませんねー》

 

 そう話していると、背後を誰かが通る気配がして、振り向くと、先ほどまでクラスメイトに囲まれていた美遊がいた。

 

「あ、美遊ちゃ」

 

 名前を呼んで話しかけようとしたイリヤだったが、美遊は何の反応もせずに歩き去っていった。

 

「なんか……声をかけづらい雰囲気?」

 

 気まずげに汗を流し、イリヤが呟く。

 

「うーん、なかなか気難しい人みたい」

 

 その呟きに応えるように、美々が言った。

 イリヤが見ると、教室の戸から、イリヤと仲のいい4人が顔を覗かせ、美遊を観察していた。

 

「ど、どうしたのみんな?」

「やー、美遊ちゃんにフラれちゃって……美遊ちゃんとお話しようと思って、みんなで色々質問とかしてたんだけどね………」

 

 美々が頭を掻き、苦笑しながら説明する。そして龍子が話に混ざり、

 

「なんかキョトンとした感じで何も答えてくれなくてさー」

「そして、しばらくしたら急に立ち上がって……『少し、うるさいね』って言って、教室を出ていっちゃったんだよ」

 

 最後に雀花がまとめた。

 

「わあ………」

 

 イリヤはそう言うことしかできなかった。

 

「ああいうクールキャラは今までクラスにいなかったな! ちょっと新鮮!」

「苗字とか凄いし、お嬢様系?」

「とりあえず美人さんだよね~」

「あれが噂のツンデレなのか!? 実物初めて見たぜ!」

「そうね、ああいうのに限って一度落とせば尽くしてくれるのよ」

「頑張ってフラグ探そうか~」

 

 龍子、雀花、那奈亀は、美遊のつれない態度にも負けず、盛り上がる。

 

「ウチのクラスは平和でいいねー……」

「ほんとだね……」

 

 イリヤは、この4人の中では比較的に常識人の美々と二人、生温かい視線で、3人を眺めていた。

 

   ◆

 

 穂群原学園高等部のグラウンドでは、今日も元気に生徒が汗を流していた。

 

「これは……安心したいところだけど、それだけじゃすまないわよね」

 

 凛は、誰にも見えない木陰で、誰にも聞こえない呟きを洩らしていた。

 

 昨夜、戦場となり、大穴を開けられていた高等部の校庭は、朝日が昇る前に修復されていた。

 明らかな隠蔽である。この異常事態に介入し、隠蔽する実力を持っている者が存在する。イクス・オンケルにはそこまでの力は無い。魔術協会や聖堂教会は、この件にそこまで大規模な人材派遣を行っていない。

 見えざる何者かが存在する。隠蔽したということは、一般人の目に触れ、騒ぎが起こることを嫌ったということだ。つまり、騒ぎになることで、聖杯戦争に支障をきたすことを嫌ったのだ。その存在は聖杯戦争が継続することを望んでいるということに繋がる。そう考えると、オンケルの協力者であると推測される。

 あれだけ大穴を開けた校庭の修復など、そう簡単なことではない。よほど強力な術者が行うか、多くの人手を使うかしなければ、一夜で直しきることは不可能だ。どちらにせよ、敵対すると危険なことになる。

 

(そもそもの始まりとなったカードの存在にも、その何者かが関わっているかも………)

 

 遠坂凛は、魔術協会から与えられた資料の内容を、記憶の中から引っ張り出す。

 

 この聖杯戦争が始まる前、時計塔はカードを2枚、手に入れていた。アーチャーとランサーである。

 しかし、この2枚のカードは盗み出され、この冬木の地に舞い戻っている。

 カードを盗んだのは、オンケルである可能性が高いが、彼一人では力不足である。協力者がいると見た方がいい。

 

(オンケルと親交があり、この事件に関わっているとみられる魔術師は二人……)

 

 一人はサイコ・ウェストドアー。時計塔所属の魔術師であるが、魔術師としての位は低い。筋肉質な大男で、『鎖』の形をした魔術礼装を所有している。時計塔が秘蔵している物品の管理を職務としており、カードを盗み出す協力者としては、格好の相手である。

 オンケルと同時期に、日本に入国しているらしいが、その後の足取りはつかめていない。

 

(けれど、サイコは所詮小物……こんな隠蔽を行う能力も組織力もない。問題はもう一人の方)

 

 問題のもう一人とは、オンケルが時計塔の外で接触していた相手。

 全身を黒い衣装で包み、その顔も年齢も性別も、はっきりしたことはわからぬ相手。

 

 知られた名前すらも、組織の人間としてのコードネームである。

 

 わかるのは、その相手がとある組織――三つの魔術協会や、教会とも異なる、独自の魔術的な秘密組織の、エージェントであるということだけ。

 

 エージェントの名は『ミセス・ウィンチェスター』。

 

 秘密組織の名は『ドレス』である。

 

 

   ◆

 

 二時間目――算数

 

 黒板の前に立つ美遊が、チョークを走らせる音が響く。

 

「―――図より、外接半径と線分OBの比は、cos(π/n)。内接半径は線分OBに等しい。このことから外接半径と内接半径の比はcos(π/n)となり、面積比は……」

 

 淡々とした説明を口にするが、クラスメイトの誰も、その説明を理解できてはいない。

 

「よってこの場合の面積比は、4倍。と、なります」

「いや、あのー、美遊ちゃん?」

 

 出された結論に、教師・藤村大河は恐る恐るという仕草で話しかける。

 

「この問題はそんな難しく考える必要はなくて……cosとかnとかを使って一般化しなくていいの!」

「?」

「いやそんな不思議そうな顔されても!」

 

 きょとんとした顔の美遊に、先生は力説する。

 

「もっとゆとりを! 心にゆとりを持ちなさい! 円周率はおよそ3よ!『4つにしてくれ』は通じない! 文句あるのかコラァーッ!!」

 

 全く内容が理解できない生徒たちに混じりながら、イリヤは思う。

 

(なんだかよくわからないけれど……学力は凄いらしい)

 

   ◆

 

「さて、美遊は学校生活に馴染めているだろうか?」

 

 褐色の肌の男が、紅茶を口にしながら、対面に座る女性へ話しかける

 

「仮にも、この私がエーデルフェルトの名を名乗ることを、許した娘ですわよ? それはもう大活躍の大人気に違いありませんわ」

 

 ルヴィアがクッキーをつまみ、口に運びながら答える。お菓子を食べる仕草にさえ気品を感じる姿は、さすがに名と血筋を誇るだけのことはある。

 

「ふむ……確かに彼女は、私の目から見ても優秀だと思うが、集団の中での生活と言うのはそれだけでは……いや、ここで心配していても仕方が無いな。美遊が帰ってきてから、直接様子を聞いてみよう。話を変えるが、昨夜、美遊が突き止めたオンケルの本拠地、叩くのかね?」

 

 ルヴィアは当然だと、胸を張って頷いた。

 

「ええ、今夜にでも出ますわ。一応、遠坂凛の家にも使い魔で連絡は入れておきました。足手まといにならない程度には、働いてもらいますわ」

「敵のバーサーカーは相当に強力であるが?」

「本拠地に戻ったオンケルの様子からして、サーヴァントが強力であるために必要とする魔力も大きいようです。バーサーカーを倒せずとも、消耗したマスターを打破・捕縛するのは難しくないでしょう。カードで具現化したサーヴァントが、マスターを倒しただけで消えるとはかぎりませんが、オンケルからこの聖杯戦争における、多くの情報を引き出すことはできるでしょうし」

 

 まだ凛やルヴィアが手に入れていない、サーヴァントやマスターに関する情報。

 協力者であるサイコや、秘密組織『ドレス』の情報。

 

 聞きたいことは山ほどある。

 

「すると、私も協力者に報告しておくべきだろうな」

 

 褐色の戦士は、自分に支援してくれている人物の姿を思い浮かべて呟いた。この戦場となった町で、戦いには参加できないが、力を貸してくれる相手だ。

 

「その協力者とやらに、私も会いたいものですけどね」

「残念だが、あちらも忙しい身だ。そう簡単にはいかないさ」

 

   ◆

 

 

 三時間目――図工

 

 先生は、美遊が描き上げた絵を見て、絶句する。

 そこには、素人では言い表せない、斬新過ぎる作品が存在していた。陰影はなく、立体感を表さず、方向性もない。しかし下手だから描けなかったのとは一線を画す、敢えて狙って描かれた絵であった。

 

「自由に描けとのことでしたので、形態を解体して単一焦点による遠近法を放棄しました」

「自由すぎるわ! つーかキュビズムは小学校の範囲外よ! 子供らしく漫画のキャラクターでも描いてよ! イタリアでも人気のキャプテン翼とか、ピンクダークの少年とか!」

「?」

「いやだからそんな顔されても!」

 

 ピカソめいた絵を覗き見ながら、イリヤは思う。

 

(全然意味がわからないけど……美術力も凄いらしい)

 

   ◆

 

 イギリスの時計塔では、葉巻をくわえた男が、木製の重厚なデスクの上に、何枚もの紙を並べ、紙に書かれた情報に目を通していた。

 その紙に書かれたことは、10年前に冬木で起こった聖杯戦争についての情報であったが、その資料の中には、その資料を読む男自身が行った証言も記録されていた。

 

 その男、ロード・エルメロイⅡ世もまた、ライダーのマスターとして、かつての聖杯戦争に参加したのである。

 

「正体不明のカードを基盤とした聖杯戦争……最初からその時点でイレギュラー……果たしてこうして調べることに、どれほどの意味があることか」

 

 そうは言っても調べる努力を怠るわけにもいかないが、エルメロイⅡ世の愚痴も無理は無い。

 聖杯戦争という儀式は、基礎的なものは確立されている。美しいまでに完成された儀式ゆえに、その技術を模倣した『小聖杯戦争』は世界中で行われている。

 

「高い完成度、優れた形式………だが、いや、だからこそ、ズルをする輩は多く、イレギュラーは発生する。故に100にも及ぶ、亜種の聖杯戦争が起こっていながら、成功例は数少ない」

 

 エルメロイⅡ世が参加した第4次冬木聖杯戦争でも、多くのイレギュラーが起こった。いや、ほとんど全部がイレギュラーであったと言ってもいい。

 

 本来、力も格も桁外れ過ぎて召喚できるはずの無い神霊を召喚しようとして、悪神と見なされた、ただの人間を召喚してしまった、エクストラクラス・アヴェンジャーの『アンリマユ』。

 講談や物語として創られ、実在しなかった架空の英霊の名を元に、架空の英霊の技を使えるだけの、別存在を無理矢理召喚した、ハサンならざるアサシンの『佐々木小次郎』。

 

 例を二つあげるだけでまともではない。

 

「こと聖杯戦争においては、イレギュラーありきで考えた方がいいからな。基本、前例、それらを確認したうえで、更に予想外のことが起こるものだ。これは聖杯戦争に限らんがな」

 

 とはいえ、送り込まれた二人の魔術師も、ステッキも、これまたイレギュラーと言っていい存在である。イレギュラーとイレギュラーが噛み合ったら、どんな超反応が起こるのか。

 慧眼を持って知られるエルメロイⅡ世でさえも、見抜くことはできなかった。

 

「しかし、あの時と今回の共通点は、『ドレス』の存在………あの組織の目的はつかめないが、多くの亜種の聖杯戦争に、首を突っ込んでいるという情報は入っている。それも、亜種の聖杯戦争が始まった、かなり最初の段階から……あるいは、冬木の大聖杯の消失とも何か関わりが……」

 

 つらつらと考え、呟きながらも、これ以上は妄想に堕すことになりそうであったので、いったん思考を止める。

 

「まあひとまずは……『ドレス』の資料について、もっと集めなくては。それに………」

 

 彼の脳に、休息の時間が訪れるのは、まだ先の話のようだった。

 

   ◆

 

 四時間目――家庭科

 

「いや、だから………」

 

 震える先生の前には、一流レストランもかくやと思える料理が並べられていた。

 

 モッツァレラチーズとトマトのサラダ(っぽいもの)

 娼婦風スパゲティー(っぽく見える)

 子羊背肉の林檎ソースかけ(的な何か)

 鮑のリゾット(一見)

 プリン(風)

 

 ―――以上、五品。

 

「なんでフライパン一個でこんな手の込んだ料理がー!? しかもンまぁーいっ! 料理が喉を通るタビに幸せを感じるッ! こんな味がこの世にあったとはーーッ!!」

「先生、少しうるさいです」

 

 あらゆる方面において、異常なまでの凄味を見せる美遊に、イリヤは思う。

 

(かっ……完璧超人……!?)

 

   ◆

 

 イクス・オンケルは、立ち歩くことに支障はない程度に体力を回復させ、現在はミセス・ウィンチェスターに教えられた、別の拠点をチェックしていた。

 彼は、この聖杯戦争で戦闘したのは、昨夜が初めてであった。そして、実際に戦い、極度に消耗した結果、ようやく彼は恐怖を覚えた。オンケル自身は認めないだろうが、負けるかもしれないと、魔力を消費し尽くして死ぬか、動けないところを殺されるか、するかもしれないと、ようやく考えはじめたのだ。

 それでも、オンケルはその傲慢さゆえに戦争をやめようとはしなかった。ただ、やり方を変える。まずは、この拠点を攻められた場合の逃げ道を用意するところから始めていた。

 

「もし攻められたら、あの女に足止めをさせて、その間に撤退だ。この私の崇高な使命の礎となるのだから、あの女も満足して死んでくれるだろう」

 

 身勝手なことを言い、嗤うオンケルであったが、それは強がりに過ぎない。

 

 この聖杯戦争、ここに至るまで、決して予定通りにいっているわけではないのだ。

 

 本来、オンケルは協力者であるサイコ・ウェストドアー、ミセス・ウィンチェスター、そして雇った女の3人で手を組み、外部から来た3人を潰そうとしていたのだ。

 その後、オンケル以外の3人は、令呪でサーヴァントを自害させ、オンケルを優勝させる。そういった計画と契約であった。

 だが、サイコはアーチャーを召喚したという報告があった後、連絡がつかない。どうやら、他の何者かにアーチャーを奪われたらしく、その後の生死を含めた現状はわからなくなってしまった。無論、その何者かの正体も皆目不明である。

 また、残った全員が、戦闘力は高くとも、諜報能力には優れないサーヴァントばかりを召喚してしまったため、敵陣営の情報がほとんど集まっていない。

 強力なサーヴァントを、数多く味方につければいいとだけ考えていた、ツケがまわってきていたのだ。

 

(ランサー、アーチャー、アサシン、キャスター……どのサーヴァントも真名はわからず、マスターも、その拠点もわからない。おのれ、この私がこんな苦労をするなどと……それもこれも、協力者が頼りないからだッ! カスどもめッ!)

 

 他者に責任転嫁し、オンケルは、己の礼装である鞭をねじり上げる。

 

(だが、私の勝利は揺るぎない。そうとも、この聖杯戦争における、聖杯の『器』は、私が持っているのだからな!)

 

   ◆

 

 五時間目――体育

 

 しかし、イリヤにもプライドはある。同世代に尽く、負けっぱなしというのは少し面白くない。

 

(体育なら……!)

 

 イリヤは美遊と並んで、スタートラインに立つ。種目は50メートル走。

 

(短距離走だけは今まで誰にも………男子にだって負けたこと無いんだから……!)

 

 ピストルの音が響き、走者は走り出す。果たして、先を行ったのは、

 

「ろ……6秒9!?」

 

 小学5年生女子の50メートル走の平均タイムは9秒から10秒。それを大幅に短縮してゴールしたのは、美遊の方だった。

 

(あ、ありえないーッ!?)

 

   ◆

 

   ◆

 

   ◆

 

 日の沈みかけた空は、赤く染まりつつあった。

 その空の下、通学路途中にある公園のベンチに座り、イリヤはがっくりと落ち込んでいた。

 

《いつまでいじけているんですか? イリヤさん。早く家に帰りましょうよ》

「別にいじけてないよ……ただ才能の壁ってのを見せつけられたっていうか……」

 

 どう見てもいじけていた。

 突然現れた転校生が、美人で、勉強も出来て、絵も料理も上手い超優等生。更に、イリヤの自慢であった短距離走でさえも凌駕されてしまった。ルビーとの契約からこっち、いい所の無い己と比べて、多少落ち込んでしまう。

 更に、あの人を阻む雰囲気によって、どうにも話しかけるチャンスがなく、結局、美遊がルヴィアや魔術の関係者なのか、聞きそびれてしまった。

 

「あー、まあ、こうしていても仕方ないってこともわかってるよ。明日こそ……」

 

「ふぅん、明日?」

 

 ベンチから立ち上がり、気を取り直そうとしたイリヤに、知らない声がかかった。

 

 

「《今日の選択は明日の運命》」

 

 

 振り向けば、そこには眼鏡をかけた、長い髪を後頭部で束ねた女性が、イリヤを見ていた。

 見たところスタイルも良く、怜悧な美貌を誇っているが、その表情は笑みの形でありながら冷たく、温かみや優しさが感じられない。全身から滲み出る禍々しい血の気配が、イリヤの鼻に届く。

 

「今のは、『世界最大悪人』、『黙示録の獣』などと、表世界ではあだ名された、アレイスター・クロウリーという男が書いた小説、【黒魔術の娘】の一文だけど……」

 

 酷く危険な女性であることを、イリヤも悟らざるを得なかった。

 

 しかし、人間は五感の中で何よりも、視覚をあてにして生きている動物だ。

 

「貴女がステッキを手にしたという『選択』が、今ここで、この私……」

 

 ゆえに、イリヤは、相手の姿に瞠目してしまう。

 

「この、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアと出会う『運命』となった」

 

 その姿―――黒いワンピースに、その上からまとう、清潔な、染み一つない白いエプロンドレス。首元には蝶結びのリボン。頭には白いカチューシャ。

 

「だからこれは………貴女の『運命(せい)』。諦めることね」

 

 ゆえに、イリヤは、彼女の言葉を耳にしながら、その脅威を感じながら、まずこう口にしてしまう。

 

「なんで………メイド服?」

 

 そう、

 

「……………」

 

 その怜悧な美貌の魔女は、メイド服姿をしていた。

 

「………」

「………」

《………》

 

 互いの沈黙。そして、

 

「………できるだけ、残虐に殺すことにするわ」

「ええっ!?」

 

 更なる運命の始まりであった。

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 





 最後の方でセレニケが言った、《今日の選択は明日の運命》という言葉は、作中にある通り、魔術師を名乗った男、アレイスター・クロウリーの小説【黒魔術の娘】に書かれた一文ですが、これがクロウリーのオリジナルなのか。別の作家が先に使った言葉なのかはわかりません。もし、知っている人がいたら教えてください。

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