【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】   作:荒風

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『8:Hide――隠伏』

 

【ある魔術師と殺人鬼の会話】

 

 

『1896年、ニューヨークの金持ちの家で、金持ちの家族と召使いの全員が、腸チフスに感染した。感染しなかったのはたった一人、雇われたばかりの賄い婦……彼女は、医師の診察を受けることも無く、姿を消した』

『………』

『それから10年ほど、ニューヨークやニューイングランドの個人宅やレストランで、腸チフスに感染するものが現れた。そのたび、賄い婦が一人、調査が入る前に姿を消した。事件が続くうちに、メアリー・マロンの存在が知られるようになり、当時の衛生担当技官であったジョージ・ソーパー博士が、メアリーに、腸チフス保菌者の疑いを告げた。メアリーは激昂して、包丁でソーパーに斬りかかり、警官5人がかりで取り押さえられたそうだ』

『中々行動的だな』

『一年におよぶ隔離検査の末、チフス菌は彼女の胆嚢を住処にしていて、胆嚢さえ手術で切除すれば、全ては解決することがわかった。なぜメアリーだけが発症しないのか、という謎は謎のままであったがね。だが、メアリーは手術を拒否した。痛くも痒くもない体を、手術しなくてはいけないことが、彼女はどうしても納得できなかったのだろう』

『それはまあ、好きこのんで腸チフスになったわけでもないだろうからな』

『確かに、病気であるというだけで、悪事を働いたわけでもないメアリーの処遇は、世間を二つに割ることになった。とはいえ、当時の腸チフスの致死率は10%。10人に1人は死ぬ、ちょっとシャレにならない数字だ。アメリカの多くの州で、メアリーが賄い婦の仕事をすることを禁止する【腸チフス・メアリー法】が制定された。だがメアリーは偽名を使って保険衛生局の目をかわし、賄い婦の仕事を続けた。1915年に身柄を拘束されるまで、累計57人を感染させ、少なくとも3人を死亡させたとして、病院に隔離収容され、1938年に死ぬまで、病院を出ることは無かった』

『なるほど……確かに、幹也とは真逆だな。そいつは、世界を敵に回しながら、決して譲ろうとしなかったわけだ』

『そう………胆嚢を切除すれば、自由の身になれたはずだ。賄い婦以外の仕事をする、選択もあったはずだ。だが、彼女はどちらもせず、逃亡しながら賄い婦の仕事につき続けた。その理由は本人にしかわからないが、不思議なほどに強力な意思を感じさせる人物だ』

『意思………精神か』

『善悪を超えた強さ。いや、むしろ強い弱いの概念さえ無いかもしれん。彼らの力、彼らの武器は、ただの技術や能力を逸脱した、【彼らそのもの】であるということ。それが、スタンドの源、【スタンド使い】の恐ろしさだ。ただ強いだけではなく……奴らは己の【弱さ】さえも武器に変えて攻撃してくるぞ』

 

 

   ◆

 

 

「午前0時……1分前」

 

 凛が、戦いを臨む緊張感を帯び、それでいて怯えの無い勇ましい声で、時を告げる。

 

「油断しないようにねイリヤ」

 

 昨夜、美遊が尾行して見つけた、オンケルの拠点である家の前で、凛とイリヤが並び立つ。そしてもう一組、

 

「即効ですわ美遊。敵が現れたら開始と同時に距離を詰め、一撃で仕留めなさい」

「はい」

 

 ルヴィアと美遊もまた、泰然と戦闘の時を待っていた。

 

「敵はもちろんだけど……ルヴィアたちが、ドサクサ紛れで何をしてくるかわからないわ」

(なんでこんなギスギスしてるのかなぁ………)

 

 頬に汗を伝わらせながら、イリヤはどうしてここまでと疑問に思わずにはいられない。一応味方同士のはずであるが……もしくは、イリヤの認識の方が間違いなのか。

 

《お二人の喧嘩に巻き込まないでほしいものですねー》

 

 相変わらずの凛の態度に、ルビーも呆れ声だ。

 

「あと可能なら、ドサクサ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい」

「……それはちょっと」

《殺人の指示はご遠慮ください》

 

 ルヴィアの言っていることを聞いていると、どうやら認識が間違っているのはイリヤの方であったらしい。美遊とサファイアが乗りで無いのが救いである。

 

 ともあれ、

 

「3……2……1……0、ジャスト0時! 突入するわ!」

 

 4人が、オンケル邸の門をくぐる。

 

 ―――くぐったと同時に、オンケル邸が視界から掻き消えた。

 

「えっ!?」

 

 さっきまで目の前にあった、多少大き目ではあったが、一見して普通の一軒家が、映画で画像が切り替わるときのように、パッと無くなってしまったのだ。

 一軒家が消えた後、イリヤたちが立っていたのは、巨大な建造物の中であった。四方は灰色の壁、床は石畳、上も天井で閉ざされている。きょろきょろと見回したあと、何気なく振り返ると、門が消えていて、そこにも壁があった。縦、横、高さ、全ての辺が10メートル強ほどの、出入り口の見当たらない、立方体のドームの中。

 

 そこに閉じ込められたのだ。

 

「これって……」

「住宅は見せかけの幻影………合言葉か、鍵となるようなアイテムか、そういった何かを使った、正式な入り方をしなければ、このドームに閉じ込められるようになっていたんでしょうね。中々やってくれるわ」

 

 凛がコツコツと壁を叩く。

 

「壁にも魔術的な強化をしてあるようですわね……けど、壊せないわけではありません。魔力弾を何度か放てば………」

 

 ルヴィアも、壁を撫でながら脱出方法を検討する。しかし、ここは敵地である。

 そうそう余裕のある時間を与えては貰えない。

 

 ジャギュッ!!

 

 イリヤたちに向かい、鎖つきの短剣が投げつけられる。

 

「うわっ!」

「っ!!」

 

 間一髪、イリヤと美遊はその一撃をかわす。

 短剣は、石畳の床に深く突き刺さった後、繋がった鎖を引かれることで、床から抜かれて、持ち主の手元に戻る。

 持ち主は、沈黙しながらイリヤたちに敵意を向けていた。

 

「………」

 

 紫の長い艶やかな髪をなびかせ、双眼を奇妙な仮面で隠している。

 高い背と、グラマラスな肢体を、肘の上までを覆う手袋と、膝の上までを覆うブーツ、漆黒のボンテージ――その材質は布や革ではなく、闇の塊のような何か――で包んだ、扇情的な姿。

 短剣を握り締め、前かがみでこちらを窺うその様は、鎌首をもたげて獲物を狙う蛇を思わせるものであった。

 

「新たなサーヴァント………」

《ええ。昨夜のバーサーカーではありません。オンケルの仲間のサーヴァントでしょう。消去法で、ライダーであると思われます》

 

 ドギャッ!!

 

 鋭く空気を切り裂く音と共に、再び短剣が投げられる。

 

「うわわわ、こ、このッ!!」

 

 慌ててかわしながら、イリヤはステッキを振るい、魔力弾をばら撒く。

 しかし、ライダーは機動力に優れたクラスである。長くしなやかな脚を生かし、魔力弾をかわしていく。その上でイリヤたちの方へと距離を詰めてくる。

 狙いは接近戦であろう。いかに身体強化をしているとはいえ、やはりサーヴァントとは基礎戦闘力が違う。本気で掴みかかられれば、イリヤの小さな体など、マッチ棒のように圧し折られる。

 

「ッ!!」

 

 だが、その狙いは読まれていた。

 美遊の冷静な観察眼は、ライダーの走りくるルートを予測。狙いすました魔力弾は、ライダーに直撃し、その身を吹き飛ばす。

 

「わっ、やった!?」

《イリヤさん。それ、やってないフラグですよ》

 

 ルビーの突っ込み通り、まだライダーは立ち上がる。流石に直撃は痛かったか、動きが不格好であるが、ギリギリと食いしばった歯は、ライダーの燃える怒りと絶えぬ戦意を表しているようだった。

 

「その調子ですわ、美遊! 一気呵成に倒してしまいなさい!!」

 

 ルヴィアが声をあげる。実際、倒せていないとはいえ、優勢に戦えている。相手が切り札を切る前に、このまま畳みかけるのは悪い手ではない。

 しかし、やや離れて指示を出すルヴィアは失念していた。

 

 敵はサーヴァントであり、すなわち、マスターが存在することを。

 

「………ケケケッ」

 

 微かな笑い声を、聞くことができた者はいなかった。

 

    ◆

 

 雄々しい褐色の肌の男が、2体の敵と対峙していた。

 男はスッと右腕を上げる。すると、男の頭上の空間が揺らめいた直後、眼にもとまらぬ速さで、何かが発射された。深紅の光線のごとき一撃は、しかし2体の敵の、1体が振るった剣撃に弾き飛ばされた。

 男の攻撃ははね返され、あさっての方向に飛んで行き、壁に着弾して爆発した。

 

「これは流石に……分が悪いかな」

 

 男の顔を冷や汗が伝う。

 

 本来、男はルヴィアたちと共に、オンケルの本拠地を叩くはずだった。

 だが、その直前になって、彼の協力者から連絡があった。協力者の管理下にある施設が襲われているというのだ。救援に駆け付けないわけにはいかず、オンケルへの襲撃は不参加となってしまった。ルヴィアは快く送り出してくれたが、このタイミングは偶然とは思えない。

 この襲撃者もオンケルと手を組んでいるのだろう。そして、男の情報も、相当に深くつきとめている。

 その施設は少し郊外にあるテナントで、この聖杯戦争における情報収集を行うための拠点であり、負傷者が発生した際に治療するための避難所となる場所で、協力者が借り受け、人材を幾人か派遣していたのである。

 しかし、魔術関連の人間は一切通さず、簡易な外国人との交流イベントを行うためという名目で短期間借りただけの物件を、いかなる情報網によって見抜いたのか。

 

(敵もさる者………この戦闘力から見て、私が到着するより早く、施設を潰しきることもできただろうに。救援が間に合わないと見切りをつけるほど本気で攻撃したら、私が救援を諦め、オンケル襲撃に参加する可能性がある。だから、私が間に合うように手加減していたのだろう)

 

 おかげで死人は出ることなく、協力者が派遣してくれたメンバーを逃がすことができたが、負傷者は多く、損害も大きい。もう、協力者の手助けは期待できなくなるだろう。

 

「まったくやってくれる。だが………」

 

 男は見据える。

 漆黒の衣服で、全身を包み、禍々しい銃を構える者と、黒鎧を着込み、忌わしい長剣を握る者を。

 

「セイバー……そしてドレスのエージェント『ミセス・ウィンチェスター』。せいぜい手の内を明かしてもらおう」

 

 猛禽よりも鋭く、男の眼が敵対者を睨みつける。周囲に、男が頼みとする武器が幾つも現れる。男の能力―――男の精神が、戦うことを諦めぬ限り繰り出される、無限の攻撃。

 それが今、その力を持ってしてなお、倒せるかわからぬ強敵を前にして、牙を剥いた。

 

「それともいっそ、倒してしまうか」

 

 力強い、言葉と共に。

 

    ◆

 

 魔力弾の光が、爆ぜては消える。

 その間をすり抜けて、ライダーが駈け抜けていた。

 

「このっ………当たれ!!」

 

 イリヤが散弾を放つ。ドームの半分を制圧するほどの弾幕が空間を踊り、床に壁に、天井にまで叩きつけられ、亀裂を入れる。

 

「………フッ!!」

 

 ライダーの速度、進行方向を見定め、狙いをつけて砲撃を放つ美遊。

 

「――――ッッ」

 

 しかし、それでもライダーには当たらなかった。無数の弾幕を潜り抜け、狙撃は紙一重で見切りかわす。今は、ライダーも無理に接近しようとせず、攻撃の回避に徹して、隙が生まれるチャンスを窺っているようだった。

 

「………まずいわね」

 

 膠着した状況に、凛が呻く。

 このままの状態が続けば、いくら魔法少女になったとはいえ、小学生にすぎないイリヤたちの方が、早く体力切れに陥る。

 

「脱出した方がいいのか………けど」

 

 外れた魔力弾が当たった壁や天井を見る。そこには確かに亀裂が走っていたが、その亀裂もだんだんと消えていく。ただ頑強なだけではなく、再生力があるのだ。壊すのなら再生する時間を与えぬよう、十数秒は連続して絶え間なく、魔力弾を撃ち込み続ける必要がある。

 けれど、その行動は完全な隙となり、ライダーに確実に狙われるだろう。

 

(焼け石に水かもしれないけど、いっそ、私たちも参加を……)

 

 手持ちの宝石を握り、凛が動こうとした背後の壁が、『目』を開いた。

『腕』が生え、凛の後ろ姿に伸びる。ナイフより鋭い爪が彼女の肌へと、

 

「甘いわね」

 

 ドウッ!!

 

 背後も見ることなく、凛の指から放たれた魔弾が、『腕』をはじいた。

 

「ムッギイイィィ!!」

 

 凛が振り向くと、そこには歯を剥き出しにして、悔しそうに唸る『顔』があった。

 アフリカの呪術的な仮面のような、くまどりのある奇妙な『顔』。足や胴体は無く、蓑をかぶったような小さな塊に、『顔』と『腕』が生えているような、奇妙な生き物のように見えた。

 

「背後には、常に注意しているの。何せ、ルヴィアと一緒にいるんだもの。いつ後ろから刺されるかわかったもんじゃないんでね」

「失礼ですわね! 私ならもっと迅速に息の根を止めていますわ!」

 

 凛が不敵に笑い、ルヴィアがずれた抗議を行う。襲撃者は壁に張り付いていたが、やがて溶けるように体を変形させ、壁と一体化して姿を消した。

 

「今の、なんですの?」

「魔力は感じなかった。使い魔の類じゃないわね………けどあの感じ、前も味わったことがある。魔術の幻想的な神秘とは異なる、意思の伝わってくる現実感………これはひょっとすると」

 

 凛の形のいい眉がしかめられる。

 そして、はじかれたようにその場を飛び退く。

 

「くっ!!」

 

 凛のガンド魔術が、一瞬前まで彼女が立っていた床へと放たれる。床から生えていた『腕』は、魔術が当たるよりも前に、床に沈み込んで消えて行った。

 

「壁や床と同化してくる……厄介な敵のようですわね。それで、ひょっとすると、なんですの?」

 

 ルヴィアが魔術に使う宝石を準備しながら、凛に続きを話すよう促す。凛もまた、隠れた敵が襲いかかってきても、迎撃できるように警戒しながら、短い言葉で答えた。

 

「敵は【スタンド使い】」

 

   ◆

 

「凛さん!?」

「ルヴィアさん?」

 

 イリヤは、凛たちと何者かが戦いを始めたことを察し、声をあげる。

 イリヤをただ散弾発射砲台と見なし、意図的な連携を切り捨てて個人で狙撃を行っていた美遊も、仲間の危険には反応を示した。

 

《眼の前の敵に集中してくださいイリヤさん! 凛さんたちはロードローラーが踏んでも壊れないくらい頑丈です。割と本気で人間離れしてますから!》

 

 味方を信頼しろということなのだろうが、酷い言い様である。

 そんなイリヤたちの動揺を見て、ライダーは動きを止めた。切り札を使う機を得たが故に。

 攻撃され続けていたさきほどまでは、それを使う余裕はなかったが、今ならば解き放つことができる。

 

「ォォォォォオォ」

 

 獣の呼吸を一度行い、そしてライダーは、その手の中の刃を、勢いよく己の首に突き立てた。

 

「「!?」」

 

 ライダーの様子が変わったことに気付き、身構えていたイリヤと美遊は、その行為に驚愕する。

 ライダー本人は何の痛痒も無いような無表情であった。首の傷口から鮮血が噴水のように飛び、空間を踊り、赤い魔法陣が編み上げられる。

 

《いけません! ライダーは宝具を使う気です!》

 

 サファイアが危険を訴える。

 しかし、時は既に遅く、ライダーの隠された全力が迸る。

 

 眼も眩む閃光。

 ただ宝具が姿を表す。ただそれだけの行為が、嵐のような烈風をもたらし、イリヤたちを押し退ける。

 

「な、何!?」

 

 光が消えた後、イリヤは衝撃を受けた目を擦りながら、前を見る。だが、そこには既にライダーはいない。どこにいったのか、探そうとするイリヤの頭上から、強い白光が差し込んできた。

 

《上です! イリヤさん!》

 

 イリヤが見上げる。そして、その目が大きく見開かれる。

 

 天井の近くに、その姿はあった。

 

 それは、あまりにも幻想。

 それは、どこまでも伝説。

 そして、どうしようもなく神話であった。

 

「ペガ……サス……?」

 

 翼ある白馬。ファンタジーの代表者とも言うべき、幻獣。

 多くの勇者をその背に乗せ、天を駆け巡った美しい伝説の存在。

 

 それが今、夢でも物語でもなく、現実としてそこにいた。

 それも、敵対者として。

 

 その背にまたがるライダーは、金色の手綱を握り、塞がれた眼でこちらを見下ろしていた。

 ライダーの手が手綱を握り締め、強く引かれる。その強さに応えるように、ペガサスは首を振りまわして戦意を示し、空間を踏み締めて駆け出した。

 

 その速さは、まるで光の矢か、流れ星のようで、はっと気がついたときには、イリヤたちは閃光と共に、その身を吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 





 今回のタイトル『Hide』には、『隠れる、隠す』という意味以外に、『殴ること』という意味があり、『殴り込み』にもかけております。

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