ネムの駆けていく世界   作:社財怪剣

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プロローグ

「ネムを連れて村の外へ逃げろ、早く!」

「エンリ! ネム!」

 

 何かに願いを叫ぶように、絶望から抗う意思を込めた声。それは少女が聞いた父と母の最後の言葉だった。母親は二人の子供を村の外へと走らせると、襲撃者を引き付けるため父親とともに家に残る。

少女は姉に手を引かれ襲撃者のいない方へと走り続けた。周りの建物からは煙が上がり、地面には無数の血だまりが見受けられ、村のあちこちから少女に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「走れ!」

「ちくしょう!」

「だれか助けて!」

 

 怖い怖い怖い怖い。

 凍り付くような恐怖と血の匂いに少女は頭がおかしくなりそうだった。それでも泣き出さずに走り続けた。だって、姉が手を引いてくれている。

少女は姉を信じている。きっとこの怖い出来事もなんとかしてくれるんだ。そして、いつもの楽しいカルネ村に戻ってこれる。

そう信じて――姉の手を一層強く握った。

 

 

 

 

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の辺境にある小さな村、王都からも遠く重要拠点ではない田舎に暮らす人々の集落。ここはカルネ村という。カルネ村は村人のほとんどが畑仕事や薬草の採取で暮らしを守っている長閑な村だった。

 

 民家の家の前ではしゃぐ小さな少女。赤みがかった髪を揺らしながらネム・エモットは姉の見送りをしていた。10歳になったばかりのネムは元気いっぱい、無邪気に村を駆け回る、村の平和を象徴するような娘である。田舎っぽい紺色の服に赤いスカーフが特徴的な格好がその無邪気な表情によく似合っている。

 その日はとてもいい天気だった。緑豊かな土地を吹き抜ける風がとても気持ちいい。朝の日課で井戸に水を汲みに出かける姉に「いってらっしゃい」と言って満面の笑顔を向ける。

 家の中へ戻ると今度は家事の手伝いを始める。学校などという施設の存在しないこの村では大人の仕事を手伝いながら物事を覚え、成長していく。トントントンと野菜を切り、朝食の準備をする母の周りでテーブルへ食器を並べるのがネムの役目だ。

 

 ネムは自分の暮らすこの村が大好きであった。人口が100人を少し超える程度の小さな村ではネムの知らない人間はいない。みんなが家族のように支えあいながら暮らしている。そんな村の中でもネムの自慢は姉のエンリだ。村一番の働き者でみんなから信頼され、いつか村長になるのではないかと期待されている。だからネムもいつか姉のようになりたい。そして村長になった姉とカルネ村を守っていくんだ。

 そう…思っていた。

 

 朝食の支度も終わり家族揃っていただきますをするため、ネムは椅子に座って足を揺らしながら姉のエンリの帰りを待つ。談笑する父と母を眺めながら楽しい毎日に幸せを感じていた。

 

 ふいに家の扉がバタンと騒々しく開かれる。肩で息を切らして飛び込んできたのは近所に住むモルガーいう農夫だ。

 

「エモット。大変だ! 今すぐに子供たちを連れて逃げろ!」

 

 モルガーは元から騒がしい人間だが、あんなに慌てた様子は見たことがない。異常を察したネムの父が座っていた椅子をガタンと倒してモルガーに駆け寄る。

 

「おいおい、いったいどうしたんだモルガー。落ち着いて話せよ」

 

 ぜぇぜぇとあがった息を整えてモルガーが大きく声を上げる。その顔には不安と動揺が含まれており、決して良い話が出てこないことは分かっている。

 

「騎士だ。騎士の集団が村に攻め込んできた!」

「そんな、まさか!?」

 

 ネムの父が外へ飛び出すと、悲鳴を上げて逃げ惑う村人たちの姿がった。その背後、まるで村人を追い込むように全身鎧(フルプレート)に身を包んだ騎士の集団が剣を構えて迫ってくるのが見える。その数はざっと見ても20以上だろうか。前列の騎士の剣には真新しい血がべったりと付着しており、それが何を意味しているのかを理解するのに時間はかからなかった。

 彼は家の中に引き返すと武器の代わりになるような農具を手にし、家族を、娘を傍に寄せる。

あれほどの騎士の集団に勝てるはずがない。そう分かっていながらも、彼にはやらなければならないことがある。

大切な家族を守らなければならない。

 

 

 

 

 

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 走る。走る。走る。

 どこまで走っただろうか。エンリはネムの手を引き、村を出て大森林へと向かおうとしていた。

草をかき分け走ってきたネムの足は所々血がにじんでいた。全力でずっと走っていたためか、足が痛くて何度も躓きそうになる。しかし、後ろから聞こえる恐ろしい騎士たちの声が二人を走らせる。

 

「黙れ、黙れ、黙れ!」

 

 エンリがまるで自分に言い聞かせるように呟いた。

そして私の手を一層強く握ってくれる。その決意を固めた姉の横顔を見てまだ頑張ろうと気合が入った。

 

「早く、逃げるよ!」

「う、うん」

 

 ネムとエンリは懸命に逃げた。走った。手を握り走った。

それでもダメだった。途中でネムが石に躓いて転んでしまったからだ。その隙を騎士たちは見逃すはずもなく、追い込まれてしまう。一度立ち止まってしまうと再び振り切るのは不可能だろう。

 

「散々逃げ回りやがって。抵抗しなければ苦しませず殺してやるというのに」

 

 剣を振り上げながら近づく騎士に諦めず、エンリは拳を振るい必死で抵抗した。だが、騎士の剣は残酷であった。走りだそうとしたエンリの背中に血しぶきが飛ぶ。

 

 

 エンリは呻くように歯を食いしばって痛みに耐えながら、それでもネムを守ろうと傷ついた体を盾にする。血、血がたくさん流れていくのが見えた。ネムは動けなかった。逃げようと考えられなかった。姉が苦しんでいるのに怖くて動けなかった。

血濡れの背中を騎士に向け、エンリはネムを抱きしめた。

 

「どうか妹だけは、妹だけは殺さないでください!」

「お、お姉ちゃん……」

 

 そんな言葉は聞こえないのか騎士たちはゆっくりと近づいてくる。

自分はどうなってもいい。だけどこの子には生きていてほしいと願った。誰でもいい。この声が聞こえるのならば、少しでも耳を傾けてくれるのであれば。どうかこの子をお救いくださいと祈る。

 

「お願いします。どうか!」

 

 ザシュ――

 

 ネムの顔に温かい液体が降りかかると、抱きしめていた力が抜けてそのまま倒れていく。首から大量の血を流すエンリから小さな声が聞こえる。

 

「ネム……にげ……て……」

 

 震えて掠れたような声、それだけ言い残すとエンリは動かなくなった。

わずかな希望さえも許されず、目の前の現実が、絶望がネムの心を侵食する。

 

 嘘だ。

 

 ネムは呆然とその場にへたり込む。

なんでこんなことになってるか理解できない。昨日まで村はあんなに平和だったのに、どうしてこんな事になっているのか分からない。ネムは涙を流しながら姉の亡骸に叫ぶ。

 

「お姉ちゃん! いやだよ。なんで!」

 

 ――突如。

胸に熱さが走って吹き飛ばされた。草の上を転がりながら、ネムは自分が斬られた事に気づく。傷はそれほど深くはないが、じわじわと経験したことのない痛みに泣きわめく元気も生まれなかった。

 

「チッ、ガキは軽くて上手く斬れねえぜ」

「さっきの返り血で手元が狂ったか?さっさと済まさないと隊長にどやされるぞ」

 

 不機嫌そうな声でいがみ合う騎士たちの声が聞こえる。ネムの命などなんとも思っていない。

ああ、そんなに心底面倒そうにカルネ村は、家族は、姉は殺されたのだ。ネムは悔しくて、悲しくて心にぽっかり穴が開いたような気がした。

 

 仰向けに倒れたネムが目を開けると、きれいな青空だけが見える。

カルネ村を駆け回っていつも見上げていた景色だ。この村で大きくなってずっと家族と暮らしていくのだと思っていた。そんな未来はもう来ない。騎士の集団がネムの大切なものを全部奪っていってしまった。何もなくなってしまった。

 ガチャガチャと甲冑の擦れる音を奏でて、死の足音が近づいてくる。

自分もここで死ぬのだとネムは悟った。

 

 ガチャリ……。

 

 ガチャリ……。

 

 歩いてくる騎士の足音が止まった。止めを刺す気なのだろう。

目の前に広がる空に家族の笑顔が見えた気がした。ネムは空に向かって手を伸ばす。

 

「お姉ちゃん……」

 

 伸ばした先には何もない。ネムの小さな手を握ってくれる人はもういないのだから。

でも……それでも手を伸ばした。

騎士の悲鳴や雷が落ちるような轟音の幻聴が聞こえる。

それでも手を伸ばした。

 

 ふと、伸ばした右手に優しく何かを握らされる感触があった。

目を開けると…辺りには惨たらしく殺された騎士の死体。

そして――。

 

「飲め」

 

 この世の絶望と恐怖を(かたど)った黒いオーラを纏う骸骨の神様が自分を見下ろしていた。

手にするのは死神の鎌よりも恐ろしい絶大なる杖、纏うのは漆黒のローブ。絶望の村に死の支配者(オーバーロード)がやってきた。絶対なる死そのものがネムを迎えにやってきた。

 

 

 

 







【あとがき】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
初投稿になるのでいろいろと不備があるかもしれませんがご指摘いただけたら幸いです。

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