ネムの駆けていく世界   作:社財怪剣

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ネムの選んだ道

 王国戦士長ガゼフは強かった。この世界の人間にとって特殊と言えるほど力強い技を繰り出して敵の召喚した天使を斬り伏せていく。だが敵の数はそれを覆すほどに多く、じりじりと追い詰められていった。ガゼフの部下は敵の物量の前に倒れ、ガゼフ自身も敵の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)に囲まれ終わりかと思われたとき、ガゼフと入れ替わるようにアインズは現れる。

 

 一言で表すなら「圧倒的」だった。

 不思議な光の防壁に守られながらネムはその光景を目に焼き付けていた。スレイン法国の部隊を相手にたった一人で立ち向かい、まるで虫を払うかのように天使を闇の波動が吹き飛ばしていく。人知を超えた魔法の数々。敵の隊長が従える天使は炎に焼き尽くされ、さらに敵が自信をもって召喚した光り輝く天使も闇の中へと消え去った。

 

「………」

 

 信じられないような圧倒的力の差。目の前で繰り広げられる次元の違うアインズの戦いは、ただの村娘には未知の世界。本来なら憎むべき村の敵が悲鳴を上げる姿など彼女の目には入らなかった。見つめ続けるのはちっぽけな自分を拾ってくれた死の支配者(オーバーロード)の後ろ姿。その雄姿をいつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 すでにスレイン法国の軍は降伏し、逃げ惑う中を次々と異形のモンスターに捕らえられていっている。それはすでに戦いではなく蹂躙、戦意を失った者を容赦せず殴殺し使えそうならば捕らえる。カルネ村での情報が少なかったため、法国の人間から少しでも引き出そうとナザリックへの深淵へ、地獄へと連れていかれるのだ。

 

 一国の部隊がまたたく間に壊滅していく中、アインズが捕らえた法国兵の一人をネムのもとへと引きずってきた。兵士はネムの近くへと投げ捨てられるが逃げようともしない。口もうまく動かないようで、ヒヒッと軽い悲鳴を出すばかりだった。兵士には麻痺、鈍足など複数のステータス異常がかかっており、まさにまな板の上の鯉という表現が相応しい。

 助けられてからほぼ無表情だったネムであったが、その瞳に僅かな感情をのせて無様に痙攣する兵士を眺めている。そこにあるのは家族を殺した者たちに対する憎悪か、怖れであろうか。

 無言で兵士を眺めるネムの眼前に剣の柄が突き付けられる。アインズが剣身の部分を持ち、ネムに差し出しているのは法国の兵が持っていたと思われる小型の剣だった。

 

「ネム……という名だったな」

 

 夕日が沈み、夜の闇が広がる戦場の跡。さわさわと夜風が草原を静かに揺らし、アインズのローブがはためく。その鋭い異形の表情からは感情が読み取れず何を考えてるのか、何をさせようとしているのか分からない。

 

「私は友に導かれお前を救った。そこに間違いなどあろうはずがないのだ。しかしお前は死の支配者である私に自らの死を願った。その願いは我が友に対する裏切りであり、重罪である。よって、私はお前に死を与えることにした。何か言い残すことはあるか?」

 

 ギラリとアインズの瞳が赤く輝き、殺気に溢れる。神のごとき強さの化け物に死を宣告された人間はどうするのだろうか。無能な者は金を差し出して命乞いをし、多少頭が回るなら見苦しい言い訳を続けた結果、逆鱗に触れて嬲り殺されることになるだろう。その先に未来はない。

 

「ごめんなさい……」

 

 小さな声、だがはっきりと子供らしい回答を口にした。

アインズ様がわざわざ助けてくれたのに、アインズ様のお友達が救おうとしてくれたのに馬鹿なことを言ってごめんなさいと涙を流していた。

 

「ふむ、そうだな。謝っている子供を私の友人が許さないはずがない」

 

 その回答になにやらとても満足したのか、まるで正しいことをした子供を褒める親のようにアインズの反応は優しげだった。この問いをしたのはネムというこの世界の人間に対する最後の警戒であり、ナザリック内部を危険にさらす可能性を極めて低くするためである。

 

「ならば、この先は自分で選ぶといい」

「選ぶ……ですか?」

「お前が命令を拒絶し私の下を去るというのなら今日のあった出来事の記憶を消し、ガゼフにお前を預けよう。理由もわからず全てを失い、今と変わらず死人のように過ごすといい」

「……………」

「だが…アインズ・ウール・ゴウンにその命を捧げ、我が命に従うのであれば我々のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地であるナザリック地下大墳墓がその身を受け入れよう」

「アインズ様のお家……」

 

 死の支配者が統治し、数多の異形種が住まう場所。人間にとってはそこに受け入れられるのは死も同然だろう。すなわちどちらを選んでも死ぬのと変わらない。どちらの選択が彼女にとって正しいかなど今のネムには知る由もなく、理不尽な選択であろう。

 ネムは自分の小さな手を見つめてどうするべきか考えた。死にかけた自分が空に伸ばした手は何に届いたのだろう。その優しさに応えるにはどうすればいいのだろう。

 

 不意にアインズの視線が別の方へと注がれる。そこにあるのは先ほど運ばれてきた法国軍の兵士、部隊の中でも下位であろう雑兵の一人だ。ナザリックにとって情報的価値は低く実験に使うかどうか程度の存在価値である。

 

「さて、私に逆らった不愉快な者がそこに転がっているな。命令だ、その者を殺せ」

 

 決して忘れてはいけないことがある。大好きな村のみんなの悲劇、命を懸けて自分を守ってくれた家族。そして、手を引いて最後まで身を案じてくれた尊敬する姉を絶対に忘れてはいけない。

 それ以上に――。この御方に付いていきたい。

 

 キシッと剣の柄を握る音とともに剣身はアインズの手を離れ、倒れた兵士へと向けられる。たとえ彼が麻痺して動けなかろうが関係ない。主人の命令は絶対である。初めて握る剣でも相手が動けないのであれば確実に命中するであろう。

 ネムが勢いのまま斬り付けると掠れた悲鳴が上がり、背中に赤い線がじわじわ広がっていく。そこに慈悲や躊躇いはなく、続く二撃目で首を斬り付ける。最期は子供に斬り殺されるとは夢にも思わなかったであろう。兵士は首から大量に血を噴き出し、体を震わせながら……やがて動かなくなった。

 

 相手が死んだであろうことを確認し、剣を抱えてとことこアインズの下へと駆け寄るネム。血塗れで嬉しそうに微笑むその顔は、先ほどまでと打って変わって生き生きとしている。それは生きる目的、使えるべき主を得たからだろうか。

 

「アインズ様、敵をやっつけました!」

 

 アインズは剣を抱えて戻ってきたネムの頭に手を乗せて撫でると「よくやった」と褒め称えて迎えた。硬い骨だけの手で撫でられながらネムは目を細めて嬉しそうにしている。

 初めての任務はネムに敵討ちをさせる体での殺人。そんなことは本人も分かっているしどうでもいい。ネムは素直にアインズに褒められて嬉しいという感情で満たされていた。

 

 

 

 

 

 

 村の方へと戻ったアインズ達を傷だらけのガゼフと戦士団が迎えた。

敵を追い払ったと伝えると、あまり信じてもらえなかったようだが一応納得はしてくれた。その顔から敵に何が起こったのか察しはついているようだ。そして、少し見ない間にネムが子供らしい元気を取り戻している事に目を見開いて驚いているようだった。

 

「この度は我々を救っていただき感謝の言葉もありません。必ずこの礼はさせていただきます」

「礼ですか、では何かあったときにガゼフ殿の力を貸していただけるとありがたいですな」

「ふふ、アインズ殿に遠く及ばぬこの身で役に立てることがあるのならば」

 

 誓うように手を胸に当てるガゼフ。真面目に誓いを立てるこのガゼフという男をアインズは少し気に入っていた。スレイン法国の兵にもこの気立てを分けてやりたいものだと思う。真っすぐな正義感というものはゲーマーであったアインズにとって眩しいものに映るのだろう。

 その視線が少しネムにも向いているような気がした。そして、少々不安げな表情を浮かべながらネムの前で膝を立てて小さな体に視線を合わせる。

 

「この村が襲われたのは私に大きな責任がある。ネム殿、王国戦士長としてこの度の不甲斐ない失態の謝罪させていただきたい」

「え、そうなの?」

 

 ネムは目を大きく見開いてぷるぷる震えている。この話が出たときネムはショックで周りが見えていなかったから気が付いていないはずだった。言わなければいいのに正直だからこうなるんだろうなとアインズは頭を抱えずにいられない。

 極限の緊張状態が続いていたから今までなんとか平静を保っていたが、一息ついたときに動揺が走ると恐らく決壊する。ネムはまだ子供なのだから。

 

「が、ががぜふサンは…わわわるくないで……あい…つら…がが……う、ううう…」

「ん?どうされた……」

「うわぁああああああん!おねえちゃぁあああん!!」

 

 感情が爆発した。

 

 村の中に響き渡る子供の泣きじゃくる声。治療をしていたガゼフの部下たちも何だ何だと顔を覗かせている。だがこれは必要なことだったのかもしれない。無くしていた心を、忘れていた感情を取り戻すのは何か切っ掛けが必要なのだから。しばらく泣かせておいてやることにした。

 

「子供を泣かせるのはいただけませんな、ガゼフ殿」

「す、すまぬ」

「まあ冗談はここまでとして、ネムの今後についてですが……」

「ははは、ずいぶんとアインズ殿に懐いておられるようで。まるで魔法でも使われたかのようだ」

「申し訳ないですが、王国には村人はすべて殺されたとお伝えください。この子は私が連れていきます」

「……少しその理由について説明していただけるとありがたいのだが」

「私は貴方という人間を少し気に入っているんだ。出来れば殺したくはない。ネムは連れていく。異論はあるか?」

 

 柔らかい雰囲気から一転しての硬く暗い声。断るとただでは済まなそうな雰囲気にガゼフの額に汗が浮かぶ。特に引き渡して大きな問題はない。一つの気がかりを除いて。

 

「一つだけ、よろしいか?」

「何だね」

「その子を粗末に扱わないと約束してほしいのだが」

 

 ククク……と漏れる笑いを噛み締めるようにしながらアインズは思う。やはりガゼフという男は面白い。その問いに「もちろん、そのつもりだ」と返すと心底安心したようだった。

 

「王国へ来る際には是非わが家へ。アインズ殿、ネム殿共々歓迎しよう」

「ああ、ありがとう。ガゼフ殿」

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ネムとデス・ナイトが村人の墓作りをしていたところ、戦士団も怪我を押して手伝ってくれていた。自分たちを引き付けるため襲われた村人を助けられなかったことに、彼らも思うところがあるのだろう。

 

 彼らが去った後、村が見渡せる丘の上。三つ並んだ小さな墓の前で手を合わせるネムの姿があった。その手首には黄色いリボンが巻かれている。かつて姉であるエンリが髪を縛るのに使っていた物だ。エンリという姉を生き返らせることを思案したこともあった。だがもうその必要はないだろう。ネムはすべてを受け入れた選択の末ここに立っている。

 

「お姉ちゃん、最後まで諦めずにネムのことを守ってくれたんです」

「そうか、良い姉だったのだな。出来ればともに助けたかったものだ」

 

 ネムの背後に立つアインズはその様子を見守っていた。恐らくネムがもうこの場所に来る機会はない。ナザリックでどのように扱うかまでは具体的に決まっていないが、外に出すこともないだろう。

 しかし、人間として扱う訳にもいかないのが現状だ。そもそも人間を下等生物として認識しているナザリックの者たちが歓迎できるとは到底思えない。ならばシャルティアの眷属化という形で住まわせるのも悪くはない。眷属ならばナザリックの者として受け入れるように厳命すれば問題はないだろう。

 

 ――本当にそれでいいのか?

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の加入条件は二つ。アバターが異形種であること。そしてプレイヤーが社会人であること。この世界で社会人についてはこだわる必要はない。だがギルド長として譲れないものもある。属国に住むものとして扱うならばともかく、ナザリックに所属するのであるのなら異形種であることは絶対だ。

 そういえばユグドラシルをプレイしていて種族の問題というものは多々あった。自身が異形種のPK被害にあったことがアインズ・ウール・ゴウンの生まれたきっかけであることも懐かしい。人気のあるゲームほど我儘なプレイヤーは多い。運営はプレイヤーを殆んど野放し状態だったこともあり、アインズ・ウール・ゴウンもいろいろと試行錯誤しDQNギルドプレイを楽しんだものだ。たしかユグドラシルのゲーム内、ギルドメンバーとともにこのような問題に当たったこともあった。その時はどうしていた…。

 

「さて、そろそろ行くぞネム」

「はい、アインズ様!」

 

 

 これからアインズとネムが向かうのはナザリック地下大墳墓。そこがネムにとって何より大切な場所となり、自分の家として守っていく日が来るのは近い。

 

 

 








【あとがき?】


「やあやあネムちゃん、こんにちわ」
「あ、こんにちわ。バードマンさん」
「僕の名前はペロロンチーノ。僕と契約してナザリックへおいでよ」

「ナザリックってどんなところなんですか?」
「血と拷問蠢くスペクタクル。部屋いっぱいに溢れるGも歓迎してくれるよ」
「絶対嫌です」
「アインズもいるよ」
「行きます!」
「はぁはぁ…じゃあ一緒にナザリックへ行こうか…」

「どうしてバードマンさんはそんなに息が荒いの?」
「それはね、この仮面ちょっと息苦しいからだよ。はぁはぁ」

「どうしてバードマンさんは羽が生えているの?」
「それはね、可愛い子の傍にすぐに飛んでいくためだよ」

「どうしてバードマンさんはそんなに爪が鋭いの?」
「それはね…お前の服を引き裂くためだよおぉぉぉおお!いぃやっほーい!」

 ペロロンチーノの毒牙がネムに襲い掛かろうとした瞬間、ピンク色の濁流が彼に襲い掛かる。

「ぎゃあああ!!」
「黙れ、弟」


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