ナザリック地下大墳墓、地下第一階層の一画。
遺跡を思わせるような迷宮の広がる階層に静かに佇む男。赤いスーツの似合うその姿からは紳士のたしなみを感じられるが、後ろから生える悪魔の尾が彼を異形であると認識させる。
ナザリック階層守護者デミウルゴスは敬愛する主人に呼び出され、この一画を封鎖するように命じられていた。本来はPOPによるアンデッドが徘徊する場所であるが、今はその気配すら感じられない。
「早かったわねデミウルゴス」
「アルベドですか、階層設定の管理は上手く機能しているようですね」
同じく呼び出されたと思われるアルベドが指輪の能力を使い転移してきた。彼らが呼び出されたのはこれからアインズの行う『実験』を補佐するためである。デミウルゴスの顔には若干の笑みが浮かんでいた。捕らえてきた法国の兵より優先させて主人自らが行うというその実験を楽しみにしているのだ。
続いてやってきたのはデミウルゴスと並ぶ階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールン 。
「その装備とは……アインズ様は何事にも慎重にあたるのですね」
「わたしにもよく分からないでありんすぇ。念のため、ということでこの格好で来るように命じられたでありんす」
多少の危険の可能性もあるということか。横を見るとアルベドがなにやら不安げな顔をしている様子。ふむ、とデミウルゴスは口元に手を当てて考えた。恐らくこれからアインズが行うのは自分には手の届かない知見をもっての事。そうであるならば、何事があっても盾となって主人を守るのが守護者としての務めである。
先日、カルネ村での戦いの後にアインズはナザリック全員に対し、モモンガからアインズ・ウール・ゴウンへの改名とナザリックの伝説を不変のものとすることを宣言した。そのための準備を自ら進んで行う主人を頼もしく思うのだった。
「皆、揃っているようだな」
敬愛すべき主の登場に守護者たちは跪いて出迎えた。気になるのはその傍ら、人間の子供がアインズに付き従うように連れられてきたことだ。守護者たちが敬礼し跪いたのを見ると、それを真似るように同じ動作をアインズに対して行っていた。
「デミウルゴス、シャルティア。お前たちは知らなかったな。この者は先日の戦いにて私が命を拾った。私に忠誠を誓い、ナザリックへ所属したいと希望しているのだが……お前たちはどう思う?」
それを聞いて不愉快そうな表情を浮かべるシャルティア。一方のデミウルゴスは落ち着き、品定めをするような視線をネムへと向けた。しばらくの思案の後に意見を述べたのはデミウルゴスだった。
「恐れながらアインズ様。ナザリックは至高の方々の意思により作られた我々の手で守れるかと思います。特にナザリックにおいて人間のような愚かな生物は不要かと」
「お前の言いたいことは分かる。私とて仲間たちの作った場所の意にそぐわぬ者を置くつもりはない」
「……やはりこの者を使った実験を行うつもりでしたか」
「それもある。が、この先ナザリックの勢力を広めるにあたり統治する場も増えるだろう。その地域はナザリックの傘下として、人間も管理対象とすることは忘れるな」
アインズが気になるのはシャルティアだ。なにやら先ほどから考えたまま固まって、意見がまとまらないようだった。
「どうしたシャルティア?何かわからないことがあれば言ってみるといい」
「ペロロンチーノ様は幼女大歓迎と言ってありんした」
は?とアインズの口が大きく開く。そうだよ、たしかに間違いなくそういう人だったよ。アインズはシャルティアの創造主であるエロゲー好きの男の姿を思い出す。どうやら創造主の作った設定に加えて、主人の性癖も尊重された結果であろう。そこでナザリックとしての意思と相反したが故の迷いが生じたというところか。
「でも、わたしは人間なんかをナザリックに加えるのは……」
「心配するな。人間種をナザリックの一員として自ら迎えるつもりはない。お前たちがどうしても自分の手元に置きたいなら、仮の処置を考える時が来るかもしれないが」
「はい。ではこの小娘はどうするんでありんしょうか?」
「そこで、だ」
アインズはアイテムボックスに手を伸ばし、用意しておいた一冊の本を取り出す。この『転魔の書』というアイテムはユグドラシルにおいてあまり使われることの無かった課金アイテム。キャラリセットを行わずに種族を異形種へと初期設定の変更をすることができるというものだ。
アインズはギルド長として、アインズ・ウール・ゴウンに入りたいというプレイヤーが異形種でなかった時の対策に所持していたが使われることは無かった。至高の四十一人であるやまいこの妹が入団したがっていた時に勧めたのだが丁寧に断られてしまった。アバターには人それぞれ好みがあり、使い続けてきた愛着もあるのだろう。
「これより、アイテムによる人間種から異形種への変更が可能であるかの実験を行う」
守護者たちへの説明が終わった後、それぞれを配置につかせてアイテムを使用する準備を整えた。明らかにユグドラシルプレイヤー向けのアイテム。この世界の人間に使ってどのような結果になるかは分からない。この世界に移った時から設定を操作するコンソール画面などは開かないのがネックだ。万が一、レベルの高いモンスターなどに変化し暴走したときの事を考えてシャルティアにはフル装備で来させていた。最悪の事態ではワールドエネミーということもありえる。
ネムの方を見ると遺跡の方に気を取られているようで、キョロキョロと辺りを見回しているようだった。なんとも緊張感がない。
「これから、お前は人間ではなくなるだろう。出来れば人間の見た目に近いものにしてやりたいところだがスケルトンやスライムになる可能性もある。怖くはないか?」
「アインズ様が望むのならば何も怖いことなんかありません。ただ……」
「何だ?」
「どんな風になってもネムのこと、捨てないでほしいです」
「ああ、見た目で捨てたりはしない。お前の行動次第だ。それに……私の友人たちの容姿はお前の想像以上にすごいぞ」
それを聞いてネムは、はにかんだ笑顔をアインズに向けると手にした本を開いた。光がネムの小さな体を包み込む。その様子をアインズは注意深く見守っていた。
光の中、ネムの前には不思議な空間が広がっていた。地面や天井も存在しない世界の狭間。ぐるぐると周りを見知らぬ文字の羅列が囲むように飛び交っている。加えて先ほどから視界の中にずっと、何かの絵のようなものが浮かんでいた。目線を変えてもその絵は瞳に張り付いているかのように固定されたまま動かない。
しばらくその光景を眺めていると、文字が大きく増殖してネムの体へと入り込んでいく。苦痛はないが、まるで体が溶けているような感覚と同時に新しい何かが体の中から生えてくるかのようだった。固定された絵に変化が生じると文字の侵食が消え、周りの景色に変化が現れた。
ネムの視界の向こうには並んだ世界が二つ。それが何であるかはきっと誰にも分からない。広がっていた景色は徐々に霞んでいき、固定された絵もいつの間にか消えている。並んだ世界の一方へと引き戻されるかようにネムの意識は現実へと戻っていった。
「どうだ、その様子だと無事なようだが?」
光が収まり、その場にしばらくの間呆然と立ち尽くすネムにアインズが声をかけた。手ごたえはあったが体に大きな変化はあまり見られない。失敗したのだろうか。
だが、ネムの真紅に染まった瞳がそれを否定する。髪の色にも若干変化があり、赤みがかったものがまるで燃える炎のような色合いを呈している。初めは
「はい、とっても元気です」
そう言って、ネムは先ほどと変わらぬ笑顔を向けた。設定コンソールが表示されなかったことはほぼアインズの予想通り。異形種の中のどの種族が選ばれたかまでは分からないが大きな問題はなさそうだ。
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一先ず実験が成功したことを確認すると地下9階層へと移動し、情報をまとめることにした。
ネムが体験したという不思議な空間の話を聞かされると、見たままの光景を描かせた。それを見てアインズは予想より大きな成果が得られた事を知るのだった。
「見知らぬ世界……こういう事も起こり得るのか」
アインズが注目したのは視界に固定されていたという絵だ。抽象的な子供の絵で描かれているが間違いない。10年以上ずっと見続けてきたユグドラシルのユーザーインターフェースだ。HP、MPゲージや時計、現在位置などのレイアウトが完全に一致している。それを見ることができたということは、ネムはプレイヤーに近い存在となった可能性が高い。
「一応の実験は終わりだな、皆ご苦労であった。おかげで重要な発見をすることができたぞ」
「この者の対処はどういたしましょうか?」
アルベドの言葉に忘れていた本題のことを思い出す。仮にネムがプレイヤーと同等の事ができるのだとしたら、やってもらうべき仕事がたくさんあるだろう。
「どうやら転生の際に近くにいた私に絶対の命令権があるようだ。そうだな、ネム?」
「は、はい!アインズ様の命令ならどんなことでも頑張ります」
これは嘘だ。だがこの方が迎え入れるのに都合がいい。ここまでのネムの様子から命令は何でも聞くということに変わりはない。
「先ほどの実験で
「畏まりました、ではそのように……」
捨て猫を拾うのにとんだ手間をかけたものだとアインズは安堵し体の力を抜いた。あの時に聞こえた願いは歪んだ形ながらも叶えた。あとはネムの働き次第でいかようにもなるだろう。しかし、ステータスが気になるな。今はまったくと言っていいほどに強さを感じられない。種族の判断にデス・ナイトあたりと模擬戦でもさせてみるか。
「アインズ様、さっそく実験の成果からするべき注意をナザリックの者へ通達した方がよろしいでしょうか。今後に利用できることも多いかと」
ここまでの話を聞いていたデミウルゴスが何やらしようとしているようだ。しかしアインズにはさっぱり分からない。何やら通達をするつもりらしいが、ナザリックへ所属することとなったネムの報告でもするつもりだろうか。
「……さすがだなデミウルゴス。この実験の意図を汲みとれるのはお前しかあるまい」
「私では深淵なるお考えの一端しか理解できませんでしたが、お褒め頂きありがたく思います」
「どういうことでありんすか?デミウルゴス」
アインズは疑問を口にするシャルティアに対し心の中でガッツポーズをしながら褒めてやった。アルベドにもデミウルゴスの意図は理解できないらしく、説明しなさいという顔を向けているようなので丁度良い。
「……仕方のない者たちだ。説明してやりなさいデミウルゴス」
「はい。この度の実験ではアイテムによるプレイヤー化の可能性が示されるものでした。恐らくはアインズ様の他にもプレイヤーがこの世界にいるのであれば可能……ということになります。それこそがアインズ様の真の狙い」
「まさかこの世界の住人をプレイヤー化して使役する者がいる可能性も?」
「ゼロではありません。よって、世界を征服する際にはそれを想定した行動をする必要があります。此度の実験はアインズ様が懸念されていた事を証明した、ということです」
「さすがはアインズ様でありんす。そのようなお考えがあったなんて」
確かにそうだ。今まではユグドラシルプレイヤーのみを警戒していたがその可能性は捨てきれない。これまで接触してきた者たちのレベルを考えると、プレイヤークラスの人間は別格だろう。そんな者がこの世界の人間に現れたなら天才、神の申し子などと呼ばれていても不思議はない。対策ありとなしで勝敗が大きく変動することはアインズもゲームを通してよく知っていることだった。さすがはデミウルゴス……ところで世界征服ってなんだ?
「任せたぞデミウルゴス。ついでに使い魔となったネムの事も通達しておくのだ」
「承りました」
いつまでもデミウルゴス一人に苦労をかけさせる訳にもいかない。自らナザリックの外に足を運んで冒険するのも良い情報源になるだろう。新しい世界、訪れたことない町、そこに広がる未知なる光景を心待ちにしてアインズは目を輝かせた。目を輝かせているといえば、先ほどからアインズを見つめる紅い視線がある。
「どうしたネム?」
「私、アインズ様のお役に立てるようになったでしょうか」
「ああ、確かに試してみる価値があるな。コロッセウムに向かうぞ、デス・ナイトに遊んでもらう事としよう」
「デス・ナイトさんですか。わーい!がんばります!!」
ネムはどんな相手にも負けない確信があった。自分の中に前とは全く違う強い力を感じる。使い魔となった彼女はアインズの隣で戦える守護者を目指して歩みを進めた。
【あとがき】
私が昔プレイしていたMMORPGの課金アイテムではやはり経験値アップやドロップ率上昇が中心でした。
スキルリセットあると便利ですよね。
ステータスで間違えた項目にポイントを振って戻せないなんて絶望してしまいます。
次回『一撃の決着、唸る必殺のシールドバッシュ!』