angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_10

「じゃあせめてこれでなんか曲弾いてくれよ」

 

 アコギを押し付けながら要求をされた。

 だから無茶をいうな。弾くこと自体ができないわけではないが、自分より上手い人の前で弾けるか。

 

「なんでそんなに弾くことを望むんだよ」

 

 俺の技術なんて、岩沢やひさ子に比べたら虫レベルと言っても過言ではない。

 ……さすがに虫はないか。自分で言って泣けちゃう。

 

「あたしは死ぬ前、生きてた頃に音楽をはじめたのが遅くてさ、経験少ないんだ。だからあんまり曲も多くを知らないんだよ」

「はあ?あれで?」

 

 あの演奏と歌唱をもっkてして経験浅いというのか?

 どんだけバケモノなんだよ。

 

「ギターは始めてから毎日ずっと弾いてたけど、曲とか聴いてたわけじゃないんだよねえ。有名なのはさすがに聴いたけど、あるジャンルを深く掘り進めるとかはしなかったからさ」

 

 エレキもこっちきてから触ったんだよ、と恥ずかしそうに笑った。

 俺はただ『ああ、マジで才能ってあるんだよな。神様ずりーわ』とネガティヴ思考に堕ちていた。

 

「だからさ、あたしが聴くことが出来なかった曲をもっと知りたいんだ。たとえオリジナルじゃなくて他の人の演奏でもいい、もっと色々なサウンドが聴きたいんだ」

 

 たいへん夢があってよろしいことを言っているのだが、ネガティヴロードを全力疾走している俺は「あぁそう」と全く気の利かない返事しか出来なかった。

 だが、幸か不幸か岩沢は気づかなかった。

 

「そうだ、日本のアーティストはどうなんだ?そのエレクトロニックで」

「日本でもいるよ、いい曲つくる人。でも世間的には有名じゃなかったりするから知らないだろうな」

「やっぱり海外のほうがいいの?」

「んー、曲のレベルがどうこうはないけど、まぁ海外のほうがジャンルとして盛んではあるし圧倒的に数が違い過ぎるかな」

 

 あっちはジャンルとして廃れるよりも進化のほうが多いからな。

 

「でも日本でもいい曲はあるんだろ?じゃあなんで有名にならないんだ」

 

 岩沢が首をかしげながら不思議がった。

 それはちょっと嫌な話になるが、まあいいか。

 

「残念ながら日本のヒットチャートにとってエレクトロニックってもんはギリギリゼロ年代初頭までに流行った古臭いジャンル扱いなんだよ」

 

 世間的にはピコピコ音楽。

 Perfumeみたいなのもいるけど、あれはなんか色々と違うからなあ。

 本格的な、それこそdubstepみたいなジャンルとかは、それ自体生まれたのは最近なのにすでに古いもの。

 一般人からすればクラブDJすら、ヤンキーどもがレコード回して踊り狂って馬鹿騒ぎを起こす人。

 実際は案外そういう人種とは縁がない"オタク"な人たちが聴いたりやったりするんだけどな。

 だからアンダーグラウンドな音楽として見られたりもしているんだろうが。

 

 正直、業界の頂点に君臨し続けているJ-POPなんつージャンルが進化もせずに最新の音楽として居続けているのもどうかと思うけど。

 いい曲つくる人もいるけどさ、なんか毎回同じような曲ばっかりだったり人数だけやたら多いとか

 聴いている層も決して音楽が好きで聴いてるわけじゃなさそうだし。

 グループのメンバーが不祥事起こしただけで炎上とかどないやねん。

 薬漬けのロックンローラーどうなるねん。

 彼らの音楽自体に惹かれてる人間が多いわけじゃないのに、レコ大ってなんやねん。

 結局は売れたもん勝ちか。

 

「それに電子音楽ったら、今の日本じゃ某ボーカなんちゃらさんを指すことが多いんじゃないのかな」

 

 俺は首をすくめて言う。

 あれはあれで進化の一つだから悪く言うつもりはないんだけどさ。活用する方法とか人が好きじゃない場合が多いな。

 なんでもそれ使えばいい曲になるとか思ってんじゃないのかって。

 面白い使い方やいい曲作ったら褒めるけどね。

 

「ふーん、じゃあエレクトロニック以外の日本の曲も聴かないの?」

「いや聴くには聴くけど」

 

 ここまで言っといてなんだけど普通に聴きはしますけどね。

 

「でもやっぱり海外のほうが多いの?」

 

 んー、とこめかみを掴みながら考える。

 

「海外……のほうが多かったかな。音楽を本格的に興味持ったときハマったのが洋楽だったせいもあるし、さっき言ったようにエレキトロニックの事情もあったからどうしてもアンテナが海外に向いてたかな。でも普通に邦楽もレコードショップとか行っていい曲あったら買ったりしていたよ」

 

 一応流行りものも聴くようにはしていたし。

 知っとけば何かと便利でもあったし。

 

「じゃあさ、SAD MACHINEって知ってる?」

「SAD MACHINE?……たしかシングルかアルバム買った気がするけど」

「本当!?」

「う、うん。たぶん」

 

 岩沢が今日一番のキラキラとした瞳で腕を掴んできた。

 実を言うと真面目に聴いていたのではなく素材として切り貼りしてました、だなんてとてもじゃないが言えそうにない。

 

「アルバムっていったけど何枚目だ!」

「えー、覚えてねーよ」

 

 別にそのバンドを気に入ってたわけじゃない。

 たまたま知り合いに借りたシングルでいい曲あったからアルバム購入しただけですし。

 

「いいから思い出してくれ!」

「無茶を言うな」

 

 そもそも何枚出してたか知らねーし。

 

「頼む!なんでも言うこと聞くから!」

「なん……でも……だと」

 

 何言ってんだこいつ、そんな事年頃の男の子に言ったらあれこれ妄想しちまうだろう。

 正気か、それとも天然なのか。

 

「なんでも!」

 

 岩沢はより一層掴んだ手の力を強めてきた。

 瞳はキラキラしているが、その奥底には何か深く思い光があるような気がした。

 彼女の根底を照らすような光が。

 

「……何枚目かはわからんが、REQUIEMなんちゃらの後に出たやつだったから、一枚目ではないはずだ」

「REQUIEM FOR INNOCENCE……」

「これでいいか?」

「うん、十分だ。ありがとう」

 

 なんでこんなに必死に聞いてきたんだ?好きなバンドだったのか?

 だったら自分が死んだ後どうなったのか、気にはなるだろうな。

 俺もアーミンがどこまで現役で居続けるか気になるよ。

 

「そうか……続いてたのか……よかった……」

 

 岩沢がさっきと打って変わってぽつりぽつりと小さくつぶやく。

 雰囲気もだいぶ落ち着いてきた。その表情は嬉しそうにやさしく笑っているのだが。

 

「っておい!大丈夫か泣いてるぞ」

「え?」

 

 その双眸から雫がこぼれ落ちた。

 呆けるその頬にはそのこぼれ落ちた涙がひとずじにつたっている。

 

「そんなに嬉しかったのかよ」

「うん」

「好きなバンドだったのか?」

「うん」

「ふーん、よかったな」

「……好きだった、だけじゃないんだ」

「……」

「あたしにとって、とっても大切なバンドなんだ」

 

 俺は黙って聞いた。

 岩沢の表情が真剣なものへと変わったからだ。

 

「とっても、とっても大切な、きっかけを与えてくれた曲なんだ」 

 

 両肩が震えている。何かに祈るかのように体を縮こめた。

 しかし、岩沢は顔を上げた。

 

「なぁ、聞いてくれるか?私の愛おしくも最悪だった人生を」

 

 

 

 ▼

 

 あたし

 

 父

 

 母

 

 不仲

 

 喧嘩

 

 孤独

 

 嫌悪

 

 苦しかった

 

 抜け出したかった

 

 出会い

 

 世界に訴える曲

 

 レコードショップ

 

 出会い

 

 相棒

 

 ごみ捨て場

 

 夢

 

 はしる

 

 はしる

 

 自立

 

 夢

 

 歌う

 

 歌う

 

 希望

 

 楽しい

 

 喜び

 

 歌う

 

 歌う

 

 夢

 

 叶える

 

 歌う

 

 歌う

 

 歌う

 

 うたう

 

 うt

 

 

 

 

 

 失う

 

 言葉

 

 出ない

 

 声

 

 失う

 

 光

 

 

 

 歌えない

 

 うたえない

 

 ウタエナイ

 

 

 ▲

 

 

 

「失語症……」

「そう、あたしは喋れなくなって、そのままぼんやり死んじまったのさ」

「……そう、なんだ」

 

 正直なところ、ゆりの話を先に聞いていたからそこまでの衝撃はなかった。

 もっと悲惨なものかも知れないと思っていたからかもしれない。

 

 それでも、この少女にとっては理不尽な人生であったはずだ。

 岩沢がどれほど音楽とういうものに入れ込んでいるかは、さっきまでの会話でよくわかった。

 魂を捧げていると言ってもいいくらいだ。

 そんな少女が、歌えない、音を奏でられないまま死んだ。

 俺のように突然スパっと消えたのではなく。

 悲観と絶望に浸りながら、ゆっくりと、ぼんやりと、暗闇へと落ちながら、死んでいった。

 

「つらかった……んだろうな」

 

 言葉が上手く思い浮かばず、気の聞いた台詞ひとつすら出てこない。

 そんな陳腐な言葉でも、岩沢は笑顔を向けて答えた。

 

「ああ、つらかったさ本当に」

「そうだろうな」

「……でも、おかげでこの世界に来て歌うことができた。最高の仲間に出会えて、いっぱいの観客の前で自分の音を響かせることができた」

 

 だからけっこうこれはこれでたのしいんだ。

 そう笑った岩沢の笑顔は嘘には見えなかった。

 

 じゃあ、あれはなんだったんだ、屋上で聞いたメロディーから感じた寂寥感は俺の勘違いか?

 そうとは思えない。

 あれが岩沢の人生に対する憎悪でないとするなら、一体この少女のどこからあの感情は生まれているんだ。

 

「なあ、岩沢さんはこの世界で歌えたことに満足してるの?」

「わからない」

「即答かよ」

 

 そんなんでいいのか拍子抜けだよ。

 

「本当にわからないんだ。歌えることは楽しい、生きてた頃は一人でだったからひさ子たちとやるのはすごくおもしろい。でも……」

「でも?」

「足りない、のかな?表現しきれていない気がするんだ」

「なにを表現しきれてないんだ?」

「わからない」

 

 そこもわからないのか。

 

「自分の中にイメージはあるけど、なぜか上手く紡ぎ出せない気がするんだ。だからこうして屋上に来て、ギターを弾くんだ。探しているのかもしれないね」 

 

 なら、今の状況に満足しているってわけではないんだな。

 あの寂しい音色はそこにあるのだろうか。

 俺にもさすがにわからんな。

 

「ま、ゆっくりやっていけばいいさ。時間だけは"死ぬほど"あるんだからな」

 

 口を歪めてニヤリと笑ってやった。

 その微妙な励ましをさっしたのか、岩沢は微笑んでくれた。

 

「そうだな、じゃあまずあたしの知らない曲を弾いてくれ。そこからなにかインスピレーションがわくかもしれない」

「それはまた次回な!」

 


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