angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_11

「さて、いい加減帰るか」

 

 なんとか岩沢の無茶な要求を回避したけれど。

 

 そのかわりに例の作曲を手伝わされた。

 岩沢が弾いて、それになにかしらのアドバイスをするだけではあった。

 途中めんどくさくなって適当に答えたら拗ねてしまうので、毎回それなりの言葉を考えるのに苦労した。

 

 太陽はすでに落ち月が顔を出し、辺りはもうい真っ暗になっている。

 ギリギリ、外灯や食堂から漏れてくる光でなんとか見える程度の明るさは保っていた。

 

「もう帰るのか?」

「周りみろよ、何時だと思ってんだ」

「わ、本当だ」

 

 気づいた岩沢は急いで弦を緩めてギターを仕舞いはじめた。

 俺は沈んだ夕陽の代わりに浮かんで光る月を眺めた。

 まるで閉じた瞳のような下弦の月だ。

 それが神の眼だという考え方は、少々アレな発想だが質の悪い冗談にも聴こえはしないだろうか。

 

 しかし、死んだ世界だっていうのにここには互いにどこの国でも神聖視された太陽と月があるんだな。

 そもそもこの世界の宗教観とかどうなってんだろうか。死という概念はその信仰において結構大切な基準だし。

 地獄に落ちて苦しみ続けるのか、輪廻転生するのか。

 戦線の連中はそのへんを深く考えてはいないだろうな。それはいかにも日本人らしい宗教観だ。

 でもやっぱり一神教なのかなあ。天使とかいるって言うし。

 

「よし。出ようか」

 

 ギターケースを担いだ岩沢に先導されて屋上を出た。

 

 窓から入ってくる明かりで照らされる階段。

 校舎は二人分の足音だけが響いた。

 この学校に警備員とかいないんでしょうかね。屋上にも見回りは来なかったし。

 

「寮に帰らず、このまま食堂に行ったほうがいいかな。星川はどうする?」

 

 前を行く岩沢が立ち止まって振り向き尋ねた。

 

「帰って寝るよ」

「なんで?夕食は?」

「もー疲れた。眠い。あと食券ない」

 

 立ち止まった岩沢を追い抜く。いい加減足が限界だ。

 座っていた分にはよかったけど、やっぱ歩くと結構キツい。

 筋肉痛になんなきゃいいけど。

 

「そうか、仕方がないな」

「おう、すまん」

 

 岩沢も特に反論することもなく受け入れて、並んでいっしょに歩く。

 再び二人の足音だけが校舎に響いた。

 

 カツーン

 カツーン

 

 ……いや、足音だけしかしないって不気味だろ。

 二人もいるんだ、なんか会話くらいしないと。

 しかしながら、話題なんか思いつかない。

 音楽の話振るとまた長引きそうし、何話しゃいいんだよ。

 

「なあ、星川の名前って、なんて言うんだ?」

「……何だ、唐突に」

 

 話題で悩んでいると、岩沢のほうから話しかけてきた。

 だがその話題はあんまり歓迎できないぞ。

 

「これから一緒にやっていくんだ、バンドメンバーでないが互いのことはよく知っておきたい。そうだな、マネージャーみたいなものかな星川は」

「マネージャーなら苗字でもいいじゃねーか」

「名前で呼べばはやく親しくなれるだろ?あたしのことも呼び捨てで構わないよ」

「それは別にいい、どうせ癖でさん付けは抜けないから。だが名前は教えたくない、それに人に名前を聞くときは自分からと」

「まさみ。岩沢まさみ」

「……」

 

 ユイにゃん☆作戦失敗。

 

「ほら、こっちは言ったよ?そっちも早く」

 

 そして墓穴掘っちゃったか。クソが。

 

「名前好きじゃないから苗字で呼んでくれれば良い!よって教える意義なし!!」

 

 ムリヤリにも教えてたまるか。

 ゆりたちにも知られないように黙ってたけど、こいつにバレるほうがまずい。

 そういう名前なんだよ。

 

「……じゃあ、ヘンタイって呼ぶよ」

「なっ!」

 

 こいつひさ子みたいなこと言い出しやがって。

 お前にはセクハラしてないぞ!してないから呼ばれる筋合いないぞ!まだな!

 

「お前に言われるのは名誉毀損であってな」

「うちの大切な巨にゅ……リードギターに盛大にセクハラしたんだ。あとドラマーにもしてたっけ?だから、リーダーとして許せない」

「さらっと巨乳って言いそうになってましたけど、それもセクハラじゃ」

「うるさいリーダーだからいいんだ」

 

 なんて横暴な。リーダー権限恐るべし。

 俺なんて童顔後輩を弄るくらいの権限しかないんだぞ。

 巨乳ギターリストへのセクハラはグレーゾーンなんだぞ。

 

「さあヘンタイ、早く名前を教えるんだ」

 

 チッ

 こいつが変態って言い続ければ準じて他のメンバーまで俺のことをそう呼ぶだろう。

 傍からその光景を見たら、ガールズバンドに変態呼ばわりされてコキ使われる異常性癖者だと思われてしまう。

 ああクッソ、岩沢いい笑顔だな。このことに気づいてやってやがんな、チクショウ。

 俺は元来弄る側好むわけであって、弄られる事は望んでなんかいない

 ……今回は仕方がないか、諦めよう

 

「……ご、だよ」

「うん?よく聞こえない、もっと大きくはっきり言ってくれ、ついでに歌うように」

 

 最後はガン無視して要望通り声を張り上げてやった。

 

「りんごだよ!星川りんごだ!」

 

 言ってしまった。

 ああ、もう、はずかしい。

 

「リンゴ?可愛らしい名前だな、Appleの林檎?」

「いや、漢字は凛とした吾で凛吾」

「ふぅん」

 

 りんご、リンゴかあ、と感慨深そうに岩沢はつぶやく。

 自分の名前が可愛らしいことなんてのはもうどうでもいいのだ。

 そんなもの幼稚園の時に克服した。

 幸い名前には果実の林檎は役所で登録できない字だったからよかった。

 親父はMac好きだったから本当はその字が良かったらしいけどな。

 

 だけど中学過ぎたあたりから別の問題ができてしまった。

 そっちのほうがリンゴちゃんよりもきついんだ。個人的に。

 

「リンゴ、星川リンゴ、星……ああ!!」

 

 

 どうやら岩沢は気づいてしまったようだ。

 いや、彼女なら気づかないことはないか。

 

凛吾(Ringo)=星川(Star)!すごいじゃないか!ナイスネーミングだな!」

「ドーモ」

 

 クソ、マジで親ぶっ飛ばしてえ。

 母親は完全に林檎からだと思い込んでいたらしいから、原因が親父だ。

 というかねらってた。酒のんで酔っ払ってたときに教えられた。

 その理由は彼の名前にあった。

 親父の名前は"星川譲治"という。

 そして母親の旧姓は"梁村"といった。

 婿養子だったら面白かったのになと思っていたらしく、惜しがった親父はそのネタを実の息子に使いやがった。

 本当は女の子が生まれたら誤魔化してやろうと思っていたらしいが、どうにも我慢ができなかったようだ。

 おかげでわかる奴にはバカにされるし、漢字も幼少期は男の子に使う例があまりなかったせいで浮きまくった。今でいうキラキラネーム(笑)みたいな扱いだった。

 超迷惑。マジで親父ぶん殴りてえ

 

「じゃあドラムは?ドラムは叩けるのか?」

 

 そう、これがなによりも嫌なことなのだ。

 一般peopleはある一定の年齢層でなければ早々この名前ネタには気づきはしない。

 ましてやボーカルやベーシストに比べてドラマーの名前は知名度が低い少ない。

 しかし、音楽、特にバンドとか組んだりするする人々となると話は別だ。だいたいバレる。

 そして、それに気づいた後には必ず「ドラムできる?」と続く。

 これが本当にうざい。なぜなら

 

「できねえよ!16ビートも刻めねえよ!」

 

 名前が一緒だからって好きな上にドラムもできると思うなよ。

 ギターとベースとキーボードはいけるけどドラムはできねえんだよ。

 これ言ったら名前詐欺ってからかわれたこともあるんだぞ。

 

「そうか……残念だ」

 

 何が残念なのかは知らないが、岩沢はしょぼくれてしまった。

 可哀想ではあるが、俺の心はすでにだいぶ暗黒面に堕ちているのでかまってはやらない。

 でもその表情は可愛らしいから良い。

 やっぱり音楽が関係すれば結構感情豊かになるよな。

 

 あれ?でも名前の話題だけのときも意地の悪い笑みは浮かべていたな。

 ……なにによって感情が振れるのか、まだよくわからんな。

 

「まあいいや。これからもよろしくな、リンゴ」

「ファーストネームで呼ぶのかよ、やめろよ」

「だってこっちのほうが呼びやすいだろ。可愛いし」

「ごめん、俺がさっき言ってたこと覚えてる?好きじゃないから苗字で」

「じゃ、また明日な。今度は寝坊せずにちゃんと来てくれよな、リンゴ」

「おい聞けや!」

 

 まったく話を聞かないまま、岩沢は食堂の方へと駆けて行った。

 俺は一人、よくある小説の主人公のようにヤレヤレと諦めるしかなかった。

 

 ……帰ってるか。

 

 寮向かって歩き出す。

 

 ●

 

 NPC、一般生徒が寮から出ることを禁じられる頃、戦線のメンバーはようやく食堂を利用する。

 混雑を避けるというよりも、指定時間外で食事をとることで規律に反した行為という意味がある。

 本来ならば不良行為をする生徒を指導すべき教師が見回りに来るのだが、今の時刻は寮の大浴場が入浴のピークを迎えるため、こちらまで巡回することはまずない。

 生徒会長である天使もまた然りだ。

 なぜなら数週間前に女湯で覗きが侵入した事件が発生したため、ここ最近は特に浴場の監視に力をいれている。

 だがその事件は、この時間に快適に食事ができるよう定期的に戦線が起こしている自作自演のカモフラージュであることを、彼らは知らないだろう。

 もしかすると天使は気づいているかも知れないが、証拠がない以上は生徒会長である彼女は動けない。

 今夜もまた何十人という生徒が一斉に規則時間外の行動をするも、咎める者は誰も居ない平穏な食事風景が広がっていた。

 

 岩沢はいつもと同じようにバンドのメンバーと食事を囲んでいた。

 今宵の晩餐はサラダうどんのようだ。

 

「ひさ子先輩、昼と同じ肉うどんってどうなんですか女子として」

「うるさいな。食べたかったんだよ」

「そのうち五段みたいに大きくなっちゃいますよ、すでに体の一部は黒帯並の破壊力ですが。よ!ひさ子五段!なんつって」

「しおりん、それはどっちにも失礼だよ……」

 

 ひさ子ら3人がかましくも楽しげに食事をとるなか、岩沢はボーっと考えごとをしながら黙々と麺をすすっている。

 『またどうせ音楽のことを考えているんだろうな』と他のメンバーからはいつものようにスルーしているが、今岩沢が考えていたのは違うことだった。

 昨日出会い、今日仲間となったあの少年のことだ。

 

 どうしてあんな話、自分の人生を話したのだろうか。

 もちろん嫌だったわけではないが、軽々しくする話でもなかった。

 なぜだろう、珍しかったから?

 異性で音楽の話ができる人は今まで居なかったからかな。

 

 いつもと違ってそんなことを考えていた岩沢だったが、あれめぐらせている内に気づかぬまま思考は少年が教えてくれた聴いたことのない未知のサウンドへと思いを馳せていた。

 結局、いつもどおり音楽のことを考えていてしまった。

 

「岩沢さん、いいかしら」

 

 そんな軽くトランス状態になっていた岩沢に、ゆりが声をかけた。

 

「ん?ああ、だいじょうぶだ」

 

 一旦岩沢はハシを置く。

 

「食事まだでしょ、座れば?」

「大丈夫、すぐ終わるわ」

 

 ゆりは誘いを断り立ったまま話を続けた。

 

「どうかしら、星川くんは使えそう?」

「ダメだなありゃ、早くかえてくれ」

 

 ゆりの問に岩沢ではなくひさ子がヤジを飛ばした。

 

「ひさ子さんは気に入らなかったかしら」

「当たり前だろ、あんな奴気に入るわけねーだろ」

「ひさ子先輩はセクハラひどかったですもんねー。自業自得みたいなもんですが」

「なんだと関根!もういっぺん言ってみろ!」

「関根さんや入江さんは?」

 

 ゆりは他の二人の少女へと話をふった。

 陽動部隊のなかで一番"一般的な"考えを持っている入江と、"楽しい"という人間関係上で案外重要な感情に素直な関根。

 彼女達の意見も気になった。

 

「あたしは全然おっけーですよ。おもしろそうな人ですしねー」

「あ、あたしも大丈夫です。優しい人でした、星川先輩」

 

 どうやら後輩二人からは悪くない印象のようだ。

 

 (それにしても、優しいね。話をしたときは嫌がってけれど、随分早く馴染んだ上にフラグ要素もしっかりとつくってるじゃない。彼も隅に置けないわね)

 あの少年がセクハラする想像はしやすいが、優しいという印象をもたれるような姿はちょっと浮かばない。

 アホだと呼びはしたが、女性との付き合いはそこそこできるようだ。

 一部の女性に対してはセクハラまがいのこともしているようだが、ひさ子のような女性との彼なりの上手い距離のとり方なのかも知れない。

 (さすがに行き過ぎたら処分してやるけどね。女性の名誉のために)

 

 そしてゆりは、"まとも"でないが"本命"に意見を聞いた。

 

「で、岩沢さんはどう?」

「ん……問題ない。このままリンゴで構わない」

「そう、じゃあ決まりね」

 

 チッとひさ子が舌打ちはしたが、無理に反対はしなかった。

 彼女もそれなりには彼を認めているのかも知れない。

 まだ初日だから正確な事は誰もわからないが。

 

「ところでその本人は?一緒じゃないの」

 

 ゆりは辺りを見回したが、件の彼はどこにその姿は見受けられなかった。

 

「寝るって言った早々に寮へ帰ったよ。食券もないって言ってたし」

「肝心な時に役に立たないわね。じゃあ彼にも伝えておいて、明日やるって」

「何を?」

 

 岩沢やメンバーたちは小首をかしげる。

 ゆりは不敵に答えた。

 

「あなた達の出番よ」


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