angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

12 / 36
Chapter.1_12

 三日目の起床は昨日よりかは早かった。

 日もそれほど高くない、とはいっても午前7時半。

 普通の生徒はそろそろ登校のための準備をすべき時刻ではある。

 昨日は帰ってシャワーを浴びたらすぐに睡魔が襲ってきた。

 早めの時刻に床についたはずだから、けっこう長い時間寝ていたはず。

 しかし、長時間睡眠した場合におきやすい特有の頭痛はしない。

 多分不調と見られる症状が強制的に治されたのだろう。

 これも死なない世界の特権なのだろうか。弊害ともとれるけど。

 まあ、生前は偏頭痛によく悩まされていたから正直ありがたい。

 

 さて、着替えて外へぶらつきにでますか。

 

 ●

 

 舗装されてんだかされてないんだかわからない通学路をゆったりと歩く。

 鬱陶しいほどに降り注ぐ朝日を見つめて辟易する。

 朝は苦手だから日光とか眩しい。街路樹くらい植えて日陰をつくって欲しいものだ。

 

 今朝も同居人のNPCは起きたときにはいなかった。制服がなかったのですでに学校へむかったのだろう。

 もう朝食をとるべき時刻は過ぎているし、部活か何かしらの活動に参加している場合も考えられる。

 NPCもNPCで大変なんだな。

 

「「いっちに いっちに」」

 

 朝練に励む部員たちが掛け声とともに通りすぎ、それを目で追った。

 わざわざこんな学園の端まで走りこみとは、朝からそのあふれる青春的努力に敬服する。

 しかし、この学園の外があるかもわからない世界で彼らは一体何を目指して鍛えているのだろうか。

 地区大会とかインターハイとかあるとは思えない。

 

 というか、そもそもこの世界は一日が変わるのは観測できるけど、月とか年とか季節とかってあるのだろうか?

 もしかして彼らはインターハイという目標も知らずに不毛な努力を続けているんじゃないか?

 

「なに女子陸上部員のケツ眺めて喜んでるんだ。変態か」

 

 スパッツ姿の尻から目線を外して声のした方へ向けると、蔑むような目のひさ子といつもと変わらぬ岩沢が立っていた。

 

「おはよう、リンゴ」

「おはよーございます。岩沢さん、ひさ子さん」

 

 二人と合流して再び歩き出す。

 彼女達の歩調は当たり前だが男と比べたら遅いものだったが、今の俺には少し早いくらいだった。

 

「気だるそうだね。朝弱いの?」

「起きられねーことはないけど、半分くらいはまだ寝てる感じ」

「確かにふらふらしてるね」

 

 千鳥足気味の歩みをみて言った。

 完全な起動には時間がかかるのよね、ソニーの初代ハードみたいに。

 

「でも目はしっかりと尻を追っかけてたよな。変態め」

 

 しかし、ひさ子が再び罵ってきた。

 先ほどと違って変態と罵ったのに楽しそうな表情である。

 こいつ、俺が弱ってるの見ておもしろくなってやがるな。

 

「仕方ないだろ。生きていたら起こりうる当然の現象だ」

「意味わかんねえよ。本能で尻みるのかよ」

 

 ちょいといじってやろう

 

「いいか、人間は自分に足りないものを求めてしまうんだ」

「は?」

 

 よしよし。

 ひさ子は突然のことで混乱しているな、それを無視して話を続けよう。

 

「自分にはないもの、足りないもの、コンプレックスと呼ばれるものを人それぞれ抱えている」

「お、おう」

「コンプレックスがあるからこそ人は向上心を持ち、そしてもつ者、足りている者にあこがれる」

「うん」

「例えば、男であってもイケメンには目がいく。女だってそうだろ?きれーなねーちゃんや可愛い子がいたらなんとなく見ちゃうことあるだろ」

「そうかもな」

「それが異性となれば尚更であるし、人体はその感情に性的興奮をわかせる。それはより優れた遺伝子を残したいと本能がそうさせるんだ」

「ん、ん?」

「だから陸上部の引き締まったお尻を眺めてしまうし、ひさ子さんの双子山にも当然目がいく。それは自然であり本能なんだよ。以上証明終了」

「ふーんって、おい結局セクハラじゃねえか!このHENTAI!」

 

 顔を真っ赤にしてひさ子は胸を腕で守るように覆う。

 口調とは裏腹に可愛らしい反応をするもんだ。

 しかし彼女に味方はいなかった。

 

「わかる。ひさ子の胸にはあたしも目がいく」

「岩沢!?」

「だよなー。でも、着痩せしてるからよくわからん。巨乳っつー情報だけがあってそのせいで余計に気になっちゃうんだよ」

「あたしは見たから。普通に浴場でもみたし、そういえば水着姿もみたな」

「まじかよ」

 

 写真よこせ写真

 

「おいこら好き勝手言ってんじゃねえぞ!」

「水着が小さかったのか、こぼれそうでプルンプルンしてた」

「きけよ!」

「クソ、なんでもっと早く死ななかったんだ。羨ましすぎる」

「ふふん♪」

「……頼むから……大声で話すのはやめてくれ」

 

 憤怒を通り越して羞恥心のみが残ってしまったのか、顔をうつむけ必死に恥ずかしさを隠す。

 しかし、そんなひさ子を無情にもほっといて俺と岩沢は、ひさ子山の壮大さ及び山は大きさではなくその形なんだという嬉し恥ずかしいディスカッションを食堂まで続けながら歩いていった。

 

 正直どうかしてたとはおもう。

 

 ●

 

「おはよーございます!」

「おはようございます」

 

 食堂の席についてちびちびとコーヒーを飲んでいると、関根と入江が和食の朝食がのったトレーを持ってやってきた。

 

「おはよーさん。関根さんは朝から元気だねえ」

「先輩はだるそうだね」

「もー疲れちゃってさー」

「朝から?大丈夫ですか、昨日そんなに大変でした?」

 

 入江が心配してくれる。甲斐甲斐しくてとても優しい子だ。

 きっといい嫁になるだろうと父親的な心境に陥ったけど、もう死んでるよね俺ら。

 

「大丈夫、大丈夫。身体がまだ目覚めきってないだけだから」

「辛くても朝はちゃんと食べたほうがいいですよ?ってコーヒだけですか」

「食券ないからねー」

 

 このコーヒーだって岩沢からもらった。

 そんなに飲まないからコーヒーのみの食券なんてあってもつかわないからと。

 コーヒーのみの食券とか不便極まりないから食堂側はドリンクとかに統一すればいいと思う。

 

「でも不味いなぁこれ」

 

 煮詰まりすぎて泥水みたいな味がする。

 

「ミルクとか砂糖いれればいいんじゃん」

「朝はブラックって決めてんだよ。カフェイン中毒だから」

「カフェインの量は変化しないと思いますけど」

「気分だよ気分。こっちのほうが効きそうでいいじゃん」

「ちょいちょい頭悪そうな発言しますよね」

 

 そもそもこの中毒体質すら本物かどうかしらんけど。

 一応麻薬だから中毒作用はあると思う。

 頭痛がおきる日に限ってカフェイン摂取してなかったりするもんな。

 

 しかし不味い。不味いけど残すのはもったいない。

 これしか食料はないんだから。

 

「人からもらったものをまずいまずい言うのはどうなんだ」

 

 岩沢は渋い顔をしながら苦情をいう。

 そいう彼女はサラダにトースト、濃縮還元的100%のジュースというまさにBreakfastなしっかりとしたメニューだ。

 心底羨ましい。

 

「空腹は最高のスパイスであるはずなのに不味いんだもの。仕方ないじゃん」

「……トマトあげるよ」

 

 サラダのに入っていたミニトマトを、岩沢は机に備え付けられてあった紙布巾を敷いてその上に転がして寄越した。

 いや、皿か何かでくれないだろうか。おれは畜生か。

 

「じゃあ、あたしもあげますぜー」

「あ、あたしも」

 

 関根と入江もつられて二人一緒に小鉢にあったたくあんをトマトのように落とした。

 黄色い半円とと赤の球体という算数の教科書とかにありそうな図形が布巾を彩る。

 

 ……なんでこいつらは皿でくれないでわざわざ落とすのだろうか。

 傍から見たら俺、犬とか下僕的な何かに見えると思うんだけど。

 狙ってるとしたら恐ろしいな。

 

 しかし、貴重な食料を分け与えてくれたことには変り無い。

 そのことに頭は上がらないのでありがたく頂戴するとしよう。

 昨晩から何も食べてないので固形物が恋しい。

 

「ありがたくいただきます」

 

 あ、たくあん美味い。

 

「それにしても、ひさ子先輩今朝は静かですねー。もしかして本当に体調悪いんですか?」

 

 岩沢の隣に座り、会話に参加しないひさ子を関根が心配した。

 ちまちまとトーストをかじるその姿は昨日のような活発な印象は伺えない。

 

「そっとしといてやれ。あれだろ、なんだっけ、きっと女の子の日なんだろ」

「……先輩、それはセクハラを通り越してもはや無神経の域ですよ」

「すまん」

 

 ジョークのつもりだったんだけれども、ジト目で入江に蔑まされた。

 でもその目つきが変な快感を生み出しそうな予感がしたので、早々に謝って回避する。

 大丈夫、俺はMじゃない。じゃないはずだ。

 

「それにメンバーのそういう日はだいたいいつか知ってますから!なめないでよ!」

 

 えっへんと胸をはる関根。

 威張れることなのか。あと、ぼかして入るけど女の子が大声で言うな恥ずかしい。

 

「じゃああとでそれとなくその日を教えてくれ」

「へ、変態ですか先輩は!犯罪者!」

 

 素っ頓狂な声を上げて入江が顔を真っ赤にして怒る。

 恥ずかしさ5の怒り3ってとこか。

 

「これから一緒に活動していくんだ。知っといたほうが余計な気遣いとか考えないで対応楽なんだよ」

 

 人によっては本当に辛いらしいからな。

 そうとは知らずにいつもどおり接していたら何故か殴られたという経験があるし。

 あれは単にあの人が理不尽の塊だっただけかもしれないが。

 

「だから教えてくれるとありがたい。別にやましい理由があるわけじゃないんだ」

「まあいいですけど」

「いいのしおりん!?」

「だって別に犯罪的な理由じゃないしさー、こっちが原因で余計な気をつかわせるのはなんか申し訳ないじゃん」

「そう……だけど」

 

 さすがに無理か。

 いくらどうでもいい変態でも異性に知られたくはないだろうな。

 女心はよくわからんけどそのくらいは気を使えるようにしないと。

 

「嫌だったら別にいいぞ?」

「い、いえ!これからあたし達は先輩にお世話になりますし迷惑もかけますから、少しでも先輩の負担が減るならそれに越したことはありません!だから大丈夫です」

「お世話になるって響き、なんかエロいな」

「ここでセクハラいれる神経は本当にどうにかしたほうがいいです。ドン引きします」

 

 入江には呆れられたようだが、一応は信頼して認めてくれたようだ。

 別に悪用するつもりはないけど、セクハラ色々台無しにしてるな。

 もう少し信用を得たいし、すこしは気をつけよう。

 

 だがしかし

 

「まあリンゴとあたしのセクハラのせいで、今ひさ子はこの状態になっているんだけどな」

 

 岩沢は無慈悲にも爆弾を投下してくれた。

 

「……一応聞いときます、セクハラってどこまでしたんですか。ひさ子先輩がこんなんになってしまうなんて、手でも出しましたか?」

「壮大な双子山について語っていただけだよ?」

「や……ま……?」

 

 入江は何のことだかまったくわからないようだが、関根は気づいたようだ。

 なぜなら必死に笑いをこらえている。ひさ子をちらちら見ながら。主に上半身の一部を。

 

「人類が誰しも登頂したいと願う雄大なお山だよ」

「ん?富士山とかエベレストですか?」

「いんやおぱーい」

「おぱ……」

 

 包み隠さずストレートに言ってやった。

 入江もさすがに絶句して箸を床に落とした。

 そのまま固まったので、代わりにテーブルの箸にたくさん刺さってた割り箸をとってあげる。

 

「あ、朝から岩沢先輩と何の話をしてるんですか!」

「雄大かつ尊厳な双子山」

「男の人って好きだよねー双子山。先輩も好きなの?」

「まあまあ」

「結局お、おっぱいの話ですよね……」

 

 口に出すのが恥ずかしいのか、入江はしりすぼみになりながら小声で言った。

 でも、残念ながら今の俺にはためらいや羞恥心というものはない。

 なぜなら寝ぼけているからだ。

 

「おぱーいはいいよおぱーいは。夢があって」

「よく胸派とお尻派に分かれるっていいますけど、どうなんですか?」

 

 ちらちらとひさ子の胸部を見ながら関根は聞いてくるが、見てるこっちのほうが恥ずかしいからやめろよ。

 

「尻もいいけど、あれは男でもいい形してるのがいるからね。やっぱおぱーいのほうがいい」

 

 男でも間違えられて痴漢されるとか聞くしな。でも狙って後ろ姿で騙すとかもう許さない。

 

「でも男の人でおっぱいある人いるじゃん。力士とか」

「あれはね、おぱーいって言わないの。デブっていうの」

「リンゴ、結局胸も脂肪だよ?」

「そうよ、だからおぱーいは大きさじゃないよ。形だよ」

「貧乳でも?」

「ひんぬーでも」

 

 岩沢はふーんとうなずいた。

 ひさ子と入江は赤面しっぱなし。

 関根はなんか相変わらず爆笑してた。元気な子ね。

 

「てか、ガルデモのみなさんそれほど悪くないだろ」

 

 リードギターが異常なだけで、普通に平均かそれ以上だと思うんだけど。

 あとみんなカワイイし。

 

「褒められるのは悪い気はしないけど、それセクハラだよ」

「今更何を言う」

「ですよねー」

「い、いままでの会話は酔った勢いというか、寝ぼけた勢いってことにして忘れます」

「お手数かけます入江さん」

 

 トマトを飲み込みながら入江に頭を下げた。

 若干オーバーなかぶりになってしまったのは、やはりまだ身体が覚醒しきってないからだろう。

 うん、だるい。

 

 しかし、この子も大変そうだな。俺が言うなって話だが。

 

「それより岩沢先輩、昨晩の話はしたんですか?」

「まだしてない」

 

 スパッと岩沢が言うと入江は呆れた顔をする。昨晩? 

 

「だめじゃないですか!何してたんですか!」

「双子山の話……」

「そ、それはもういいですから」

「昨晩ってなんだ?」

 

 たずねると、岩沢は一旦口を開こうとするも閉じて考えこんでしまった。

 しばらくすると今度はめんどくさそうな顔をし、やがて口を開いた。

 

「ゆりに聞いてこい」

「おいこら」

 

 今の間はなんだったんだ。

 考えた結論がそれかよ。

 

「要件を伝えるのは簡単、でもそのあとの説明がめんどくさい。だからゆりに聞いてきて。どうせ行かなきゃならないんだろうからいいだろ、ほらいけ」

 

 ほらほらと急かして俺を席から立ち上がらせる。

 でもまだコーヒーが残ってたので、行儀は悪いが立ったまま一気にあおった。

 やっぱり不味い。

 缶コーヒー後で買おう。もしくは購買に豆でも売ってないかな。

 

「話聞き終わったら、どこに行けばいい?昨日の教室?」

「それでいいよ」

「わかった。じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃーいリンゴ先輩」

「いってらしゃい先輩気をつけて」

 

 席を立ち見送られる。

 なんか聞き逃しちゃいけないような違和感を感じたんだけど、まあいいか。

 先へ急ごう、ゆりを待たせると怖い。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。