angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
「というわけでよろしく」
「ごめんわからない」
机にふんぞり返るように座るゆりから「ライブやるからしくよろ」と相変わらず説明もへったくれもない命令をされた。
突然過ぎてついていけない。これがここの風習なのか。
「陽動ってライヴするってこと?」
「そうよ」
「ほー、やっと本格的なお仕事ができるってことですか」
やったーライヴだ。
ぶっちゃけ今んとこ俺いらないやつだよな。
あいつら基本的に練習しかしないし、本部からの連絡も全然少ないし。
パシリが本業になりかけてましたよ。
本業の連絡員らしいお仕事がやと出来るかしら。
マネージャーっぽい仕事でもいいんだけど。
「で、俺は何をすれば言いわけ?」
期待を込めた眼差しでゆりをみつめる。
なんでもやってやるくらいの覚悟はあるぞ。
しかし、ゆりの口から出た言葉はその期待を裏切る非情なものだった。
「特にないわ」
「……は?」
「ライブに関して特に頼むような仕事はないわ。あなた連絡要員だし、準備とかは別の部隊がやるから」
「お、おう、そうか」
まじかよ。使えねーな俺。
「じゃあ俺どうすればいいの?」
「そうね……準備の経過とか伝達するから、ずっと彼女達についていなさい。あとはメンバーのコンディションを保つために身を捨てる覚悟で奉仕でもしたら?」
「結局パシリ業務なんですね……」
どうやら本当にゆりは体のいいパシリとして俺を彼女達に宛てがっただけのようだ。
実感した事実に悲観する俺を無視してゆりは机の引き出しを開けた。
そこからペンのような細い長方形の物体を取り出した。
「はいこれ、代わりの通信機。インカムタイプだからあなたのチャンネルは固定、他の機器の登録もできないわ。前のに比べて不便かも知れないけど我慢して頂戴」
「これを作戦中ずっと耳に差しておけばいいわけ?」
「できれば今からつけときなさい。連絡が取りやすいから」
黒い長方形の物体を耳に掛け、イヤホン部分を挿し込む。
若干曲がった形のそれは顔に沿うようにぴったりとくっついた。
俺のよく知るインカムとは違っていて、随分小型化されているようだ。
それに、マイクと思しき先端が口元まで伸びているわけではない。
こんなもので本当に音が拾えるのか心配だ。まだ違和感があって馴染めのそうにない。
あとでこっそり外そう。胸ポケットにでも挿しとけばだいじょうぶだろ。
「じゃあそれで呼ぶまで待機しててね。がんばっていってらしゃい」
ゆりがひらひらと追い払うように手を振る。
もういいから帰って良しということか。
「とりあえず初回なんで要領や流れを覚えられるように努めますよ」
そう言ってゆりに背を向けて扉へと向かう。
たどり着く前にゆりに呼び止められた。
「あ、そうそう。作戦は"オペレーション トルネード"だから、彼女たちにもちゃんと伝えてね」
「へいへーい」
"竜巻"ねえ。また大層な名前の作戦ですこと。
センスが些か単純で残念ですけど。
●
「オペレーション・トルネードというのはですね、いわゆる食券の巻き上げです」
「なにそれカツアゲ?」
空き教室へとやってきた俺は入江にオペレーションの概要について講義を受けていた。
他のメンバーは各々の楽器を調節するのに勤しんでいたが、ドラムセットやその他機材はすでに準備のために運ばれてここにはない。
スティックしか無い入江が(勝手に)暇そうだった(と決めつけた)ので、ゆりから聞いた話の疑問点をぶつけてみた。
「脅してはいませんけど、奪い取っていることには変り無いのかも知れませんね」
「戦線ってつくづくヤンキー集団だと思うよ」
俺はそのヤンキー集団のパシリかあ。
しっくりきて納得してしまう自分が嫌だな。
「仕方ないですよ、生きていく為です。この世界で死ぬことはできませんから、食事を抜くこともできません」
「なんで?」
「身体が再生するだけなんです。ええと、基本的に再生するのは肉体が激しく損傷したとき、それか活動するために必要な器官が動かなくなったときのみだと考えられています。そこで問題なのが"動かなくなったとき"の定義でして、壊れてしまった器官の機能は戻すけれど回復させるわけではないんです」
「つまりあれかい、食事を抜いた場合は栄養失調もろもろにより内臓とか停止して壊れることで餓死する。けれど壊れた内臓を蘇生させるだけであって餓死の原因たる空腹は治らないと」
「そうです。動かなくなって死んだとしても生き返りはしますが、栄養を得られるわけではないのでまた死にます。ループし続けますね。ちなみに体力も全開になるわけではありません、せいぜい蘇生にかかった時間分で睡眠をとった程度でしょう」
うへぇ、グロい。
死んだ世界なのに食事を取らないといけないとか、意外と肉体は生きているときの状態と変わらないのか。
単純に蘇生するだけで、簡単に死んじゃうくらい脆いまんまだし。
これじゃあ死の定義そもそもが何なのかわからないな。
そういえば、俺のカフェイン体質もどうなっているのだろう。
生前のように中毒のままなのか、それともリセットされて綺麗な体になっているのか。
こちらに来てからまだ3日とたってはいないが、一応"飲まなきゃ"という脅迫概念はあるようで定期的に飲んでしまっている。
一度、抜いてみて症状を確かめてみる必要があるか。
「だからこそ食事を抜くことはできませんし、そしてここでの食事は食堂で取らなきゃなりません」
「しかし、俺達は正規の手順で食事をとり続けると消滅してしまう恐れがある。だから巻きあげることで不正に購入すると」
「オペレーショントルネードは一番回数が多いポピュラーな作戦ですから、まず失敗することはないでしょう。よかったですね、初めてがこの作戦で」
「俺はそもそも作戦で特にすることも無いけどね、ハハハ……」
ともあれこれでお楽しみにされていた食券の謎については解決された。
あとなんかあったけ?わすれたな。
そして、また新たな疑問も生じる。
「巻き上げるっつーけど、どうやってやるの?ライブで目を惹いてるいちに別の奴ら、例えば日向たちとかがこそこそカツアゲでもするの?」
「だから脅しはしませんって!それに日向先輩たちは外で別のお仕事があるはずですから、中には入ってくるのは作戦終了後ですよ」
ふーん。
外でお仕事ってなんだろ、誘導とか?。
「そうですねえ、巻き上げる方法ですか……これはお楽しみってことにしておきましょう」
テヘっと気恥ずかそうに舌を出してとぼける。
普段やりそうにない入江がやるからちょっと可愛い、けれど。
「うるせえ、その台詞聞きあきたわ!いいから教えろ!ケツ撫でんぞ!!」
「ド直球にセクハラ宣言!?おしりよりも胸だったんじゃないんですか?」
「それとこれとは別。可愛い女の子はその総てが愛でる対象となりうるのだよ」
「か、可愛いってそんな……」
くそ、またお楽しみが増えた。覚えてられるか。
しかし、そうなると俺でも一応確認できる形ってことか。
こそこそやらないでどうやって犯罪行為を犯す気なんだろうなこの戦線は。
でも、ぶっちゃけ一番心配なのはその巻き上げが集めて配当なのか自分で取ってきなさいなのかだ。
おそらく彼女達は演奏があるため免除ってことで後からもらえるはずだ。
しかし、俺の場合なんやかんやで自分でとれって話になりかねん。
ライブしないし、ひまだからな。
やり方もわからないのに取れる気しないから是非とも配当であってほしいものだ。
いや、配当でも心配事はあるけどね。
分配の基準が出来高制とかだったら俺確実に底辺だろうし。
「ところでリンゴ先輩、それなんですか?」
入江が俺の足元に転がっていた袋をみて不思議そうに尋ねてきた。
その袋を持ち上げて、パッケージを見せるように入江に近づけた。
「コーヒー豆、粉状になってるやつ。購買からパクった」
「パクったって、盗んできちゃったんですか!?」
「買うと正規の手順ってペナルティ負いそうだし。自販機がいつでもつかえるようにあんま金を消費したくなかったからな」
あと購買の警備がどんなもんか試してみたところもあったけど、ざる過ぎて心配するほどじゃなかったな。
このぶんだと人目だけを注意すれば余裕のよっちゃん。
「もう、まったくですね。でも、コーヒー豆なんか売っていたんですね。知りませんでした」
「目につきにくい場所にあったから、教師用とかなのかも。だとしたら、案外探せば色々出てくるかもしれないね。酒とか」
「お、お酒はだめですよ!未成年なんですから」
「この世界じゃ死にゃーせんから大丈夫だろ」
「倫理的にだめです!セクハラといい、リンゴ先輩には良識というものが欠けていると思います」
「ハハハ」
こういう人間だからしゃーないよね。
で、そんなことより気になることがあるわけで。
「ところで入江さん、どーして俺の名前知ってんだ?」
「どうしてって、岩沢先輩から聞きましたけど」
「チッ、やっぱそこからか」
口止めしとくんだった。
女子の情報伝達速度なめてたわ。光回線使ってんじゃね。
「あんまり好きじゃない名前だから苗字で呼んでくれ」
「いい名前じゃないですか」
「どこが」
「偉大なドラマーみたいで」
「リンゴ=スターがドラマーとして偉大なのかは知らねーし、第一俺はドラムやんねーつーかできねえ」
昨日した話と同じようなことを再び説く。
2日連続で語るとは思わなかったが、こいつらと一緒にいるんだからこういうことは今後もあり得るかも知れない。
岩沢と似たような反応を示す入江だったが、話を聞いた後は少し違っていた。
「じゃあ、あたし教えますよドラム」
「は?」
何言ってんだこいつ。
いや、ドラマーらしいといえばそうなか。
でもやっぱ何言ってんだ。
「ドラム"は"ってことはそれ以外に出来る楽器があるんですよね。何ですか?」
グイグイと聞いてくる入江。
ドラマー的側面が刺激されたのか、演奏で見せる嬉々とした表情で近づいてくる。
「お、主にはギターと鍵盤系。あと一応ベースも」
「十分ですね」
なにが十分なのかよくわからない。
そうこうしている内に入江は椅子を2つ俺らの間に設置し、その上に学校用具のカタログと電話帳を置いた。
即席の練習台だ。
「はい、先輩。スティックが軽いかも知れませんけどちょっと我慢してくださいね」
「いやいやいや何やんの」
「そーですね、まずはメトロノームに合わせて4,8,12,16と刻んでみましょう」
「そうじゃねーよ」
こいつ話を聞かない子と化していやがる。まるで岩沢みたいだ。
多少まともだと思っていたけれど、類は友を呼ぶってことか。
「そんなにかたくならなくても大丈夫ですよ。ドラムなんてお猿さんでもできますから」
「たしかにそういう曲芸できるチンパンジーとかいそうだけど、そういう発言は色々な人を敵に回すからやめなさい」
「じゃあまずbpm160あたりから軽く始めてどんどん上げていきましょうか」
「速えよ!」
●
どれぐらい時間がたったのかわからない。
時計の針が何周したかも覚えていない。
俺の手はすでにスティックを持つほどの握力が無くなっていた。
力を失った手の平からバチが滑り落ちたところで入江女史によるドラム講座は終了した。
「手首……いてぇ……」
「このカタログあんまり弾性よくないですからね。パティパットでもあればいいんですけど」
「あれ、ゴミたまるし劣化早いからやめたほうがいいぞ」
安価で手に入るし持ち運び便利だけど、意外と早くベチャつくからな。
まあ学生とかにはいいのかもしれないから、吹奏楽部の部室とかに行けば多分あるかも。
「……先輩って、何者なんですか」
入江が不思議そうというよりは、不審そうに尋ねてくる。
「何者って?」
「ギターとかやれるっていいますし、だからだと思いますけどドラムができないって言うわりにはリズム感が狂っていませんでした、むしろいいくらいです。もしかして先輩がおっしゃるドラムができないっていうのはパフォーマンスとしての技術力ってことじゃないですか?」
むむ、この子意外と鋭いな。
確かにドラムができないっていうのは、単純に人前で見せるほどの技術を会得していなからではある。
その他の楽器に関しては技術だけはあるからできると言ってはいるけど。
「それにパティパットを知っているとか、お亡くなりになられる前は一体何をしていたんですか?」
「色々」
「おそらく音楽関係の、それも演奏する立場としての仕事をしていたんじゃないですか」
「そんな偉いものじゃないよ。俺は色々やっていたから色々しっているだけ。ただそれだけなんだよ」
入江が思っていうるようなことや岩沢が期待しているようなことは何一つ無い。
だから、勘違いしてもらっては困る。
過度な期待は正直迷惑だ。
「むー、はぐらかされた気がします」
「こんぐらいで許してよ」
不意に、ピピピッと軽い電子音が鳴る。
胸ポケットに差していたインカムの先のライトが緑色に点滅していた。
耳に掛け、指を添えてカチッとボタンを押して切り替える。小さなノイズとともに、落ち着いたゆりの声が届いた。
『時間よ』