angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_14

「ねぇねぇ、あれガルデモじゃない?」

「本当だ。もしかしてライブやるの!?」

「おいガルデモがライブやるかもよ!はやくこいって!」

 

 PM 18:25

 

 NPCの夕食がピークに達し始める時刻より少しだけ前の時間。

 本来であるならばそこそこ程度の人数しかいない食堂がかなりの生徒で収容されていた。

 

 原因は後ろに座っている彼女たちだろう。

 先程から我々が待機しているテーブルを囲うようにNPCたちが人だかりをつくっているからだ。

 その光景はまるで本当にスターかのように見える。

 

「どうしたのリンリン先輩、こわい顔しちゃって」

「そのリンリンってのがまず気になるな。パンダかよ」

「かわいいでしょ?それよりどーしちゃったの?もしかして、緊張でもしてる?」

「いや」

 

 関根が心配したのは、多分この人だかりの多さに対してだろう。

 これだけ人数が集まるとは正直驚いたが、緊張してしまうほどではない。

 そもそも彼らが注目する対象俺ではない。

 さらに、戦線メンバーのくせに仕事をしないで歓声をあげながらずっとシャッターをきっている、どこぞのアホのおかげで呆れてしまっているし。

 とりあえず、あのチビは後で叩いておこう。たしか誘導係の仕事をサボっているはずだ。

 

 こわいとわれる顔になっているのは別の理由。

 食堂に来たときゆりから渡された、懐に収まったコイツのせいだ。

 生きていた頃、大人数を相手にするのは何度かあった。

 でもさすがにコイツと相対するのなんて初めてだ。嫌でも緊張してしまう

 

「もー、いくらライブに出なくてもリンリン先輩は一応私たちの仲間なんだよ?ファンの前で物騒な表情みせないでね」

「物騒て……なんでもいいけどリンリンやめい」

「スマイル、スマイル」

 

 色々無視して関根は自分の口角を指で持ち上げて笑顔をつくってみせた。

 いつもと変わらない笑顔を見せるので笑ってしまう。

 

「……ハッ。お前はなんでも楽しそうだな」

「そうでもないよ?でも今は楽しい!だからリンリン先輩もホラ!笑顔!」

「ちょっ!人の頬に指を押し付けんなっ」

 

 関根が俺の口角を上げようと、ムリヤリ顔に指を押し付けようとしてくる。

 事情を知らない他人から見たらただの痛ップルだ。

 不本意なイチャつきが始まりそうで、そんなことをしたらガルデモのファンから殺されかねない。

 

 その時、耳に電子音が響き小さなノイズがはしった。

 片手で関根の頭を押して制し、インカムのスイッチを入れる。

 

「はい」

『こちら遊佐です』

「ういうい、奴隷の星川っす」

『……照明班、音響班共にスタンバイ完了』

「スルーかよ。お兄さん泣いちゃうよ」

『……そろそろ頃合いかと』

「いやマジでガン無視は泣きたくなるわ」

『気がついたファンも集ってきています。……変態』

「いえーい、反応もらったけど株価下がっちまったー」

 

 セクハラ失敗だった遊佐との通信を切る。

 そして俺は岩沢に向かって報告した。

 

「準備できたってさ」

 

 それを聞くと、ガルデモのメンバーがゆっくりと立ち上がる。

 少し空気が張り詰めた、というのはクサいかもしれないが、漂う雰囲気がガラリと変わる。

 

「Okay。じゃあ、はじめるとするか」

 

 

「おーおー、たけーなここ」

 

 階段を登りながら、柵を覗き込むように下を眺める。

 俺は食堂を見渡せる上階へと来ていた。

 吹き抜けのようなつくりになっている食堂がここからは俯瞰してよく見える。

 岩沢たちがそれぞれの楽器を持って、スピーカーやアンプが設置された踊り場のステージへと移るのが見えた。

 

「どうせ中に居るなら、ここから眺めるのも面白いと思うわよ」

 

 声をした方へと視線を向けると、白いベレー帽ーをかぶりゴツいトランシーバーを携えたゆりが仁王立ちしていた。

 いちいち偉そうである。でも様になっているから文句は言えない。

 テーブルから移動するとき、ここに立っていた彼女から手招きされたのでここまでやってきた。

 

「そういえば日向たちは?」

「日向くんたちは迎撃のために外で警備してもらってるわ」

「迎撃?」

「天使の」

 

 ああ、そういえばそんな奴いたな。

 紹介してもらってないから忘れてたわ。

 敵を紹介するとかないけどな。

 

「俺も暇だけどいかなくていいの?」

「いてもどうせ役に立たないわよ。ならこっちでおとなしくしていて頂戴」

 

 バッサリだわー。

 たしかにこっち来たばかりだし、役には立たんけどよ。

 それに、俺にこんなものを渡すぐらいだから彼女の言う迎撃とやらはろくなもんじゃないだろう。

 つい懐にある違和感を確認しながら、それはこっちも願い下げだなと毒づく。

 

「もしかしてライブに緊張してるの?演奏するのはあなたではないし、そこまでマネージャーらしくしなくてもいいわよ」

「関根さんと同じ思考回路かよ。ちげーし、わかってるわ」

「そう。じゃ、せいぜい楽しみなさい」

 

 ガシャン

 

 空間を煌々と照らいしていた照明がすべて消え、暗闇へと変わる。

 息を飲む声と共にNPC達の期待が膨れ上がるのがわかった。

 まだか、まだかと始まり合図を待ちながらも、その一音を聞き逃すまいという気迫を感じる。

 オーディエンスがもつ熱がジリジリと上昇し、触れた肌をやきつける。

 

 Zildjianを叩くカウントが響いた。

 音はそのままロールへと流れ。

 宴がはじまった

 

 ●

 

「お、はじまったか」

 

 外で待機していた日向は食堂から漏れてくる歓声と歌声を聞いて、作戦が本格的に始まったことを実感した。

 構えていたRPK-47を首の後ろへと回し、軽く体をひねるようにストレッチして緊張で強ばる体をほぐす。

 

『日向くん、そろそろまじめに構えていたほうがいいよ。気が抜け過ぎだよ』

 

 インカムから大山による情け無い声のお節介が聞こえた。

 

「別に気が抜けてるわけじゃねえよ。むしろ逆に張り詰め過ぎないように緊張をほぐしてるんだけど」

『なんでもいいけど、日向くんの背中はいつでも見えてるからね』

「狙撃手のお前に言われるとなんかこえーよ」

 

 しかたなく、軽機関銃を構え直す。

 だが、いつくるかわからない敵を集中したまま待ち続けていられるほど日向は兵士として優秀ではない。

 

「しっかし、なんでRPKなのかね。うちの戦線ってAK持ってる奴いないよな。カラシニコフっていったらそっちじゃねーの?」

『AKは中国製のパチものしか見たこと無いから危険だってチャーが言ってたよ』

「RPKは本物見たことあるのかよ。いったいチャーは何者なんだ……」

 

 気を張り詰めすぎないようにあえて軽口を言ってみたが、大山はのって返答をしてくれていた。

 それがわかっていての反応かどうかは定かではないけれど。

 

『そういえば、一昨日入った人みないね。星川くんだっけ』

「あいつはガルデモのパシリだろ。だから中でライブ見てんじゃねーの?ちぇ、羨ましい」

『僕達いつもライブ中はオペレーションがあるからねえ』

「そろそろ一回くらいは最初から最後までしっかり見たいものだなっと……どうやらお出ましのようだぜ」

 

 ゆらり。

 数十メートル先に敵は歩いて現れた。

 

 天使

 小柄な、それこそ守ってあげたくなるような容姿の少女。

 しかし、彼女が見た目に反してどれだけ危険性をはらんでいるかを知らない日向たちではない。

 知っているからこそ、そこに何の躊躇もない。

 

 パシュン

 

 少女の歩みが止まる。

 その腹部からは赤いシミが広がっていた。

 大山のM24から放たれた弾丸が次々と天使を射ぬく。

 行動不能にすべく、膝、足首へと容赦のない攻撃が貫いてゆく。

 

 だが、天使は再び歩みだす。

 弾が肉体を穿こうと、その足はは一歩ずつ、しっかりとこちらを目指して進んでくる。

 

 この程度でこいつがやられるわけがない。

 だから、日向も構える。

 引き金に指をかけながら。

 

「さぁ、いっちょやりますか!」

 

 ●

 

 バラバラバラ

 

 と、声やギターのサウンドに混じって破裂音が聞こえてきた。

 音源をさぐると、どうやら外から響いてきているらしい。

 

「どうしたのかしら?」

 

 ステージに向けていた顔をはずして窓のほうを眺めていた俺をゆりは不審そうに見つめてきた。

 

「いや……なんでもない……」

 

 なんとなく正体は予想できている。

 あんな音はゲームや映画でしか聞いたことがないが、多分間違っていない。

 しかし、あれだけの連射音がするってことはハンドガン以外にもライフルとかマシンガンがもあるのか。

 こえーなこの世界。

 

「あら、外の音が聞こえたのかしら。よく気づいたわ、あなた耳が良いのね」

「やっぱ外でする音ってアレ?日向たちがぶっぱなしてんの?」

「そうよ、天使にはそれなりの火力で対応しないと持たないわ。本部で顔合わせしたメンバー全員が戦ってるけれど、せいぜい足止めがいいところよ。実際今も致命傷は与えられていないはずだし」

 

 あの部屋にいた連中総出で迎え撃っているのか。

 どれだけ硬いんだよ天使。

 やっぱ神の使いだからチートか。

 

「銃が気になっちゃうの?」

「気になるっつーか、こえーよ」

 

 今この建物の外ではハリウッド映画もびっくりの銃撃戦が行われているんですよ?

 想像するだけで恐ろしい。

 

「あなたも持ってるじゃない、渡したでしょ?M1911A1」

「だから余計にだよ!慣れているわけないんだから」

 

 懐に収まるM1911A1があるせいか、さっきから聞こえてくる音が妙に嫌な現実味を帯びる。

 俺も今あの音を鳴らすことが出来るのだと。

 なにより重いのが本物だという実感をさせられる。

 

「そんなんじゃやってけないわよ。ライブは楽しくないの?」

「いや、そーじゃねーけどよ」

 

 視線をライヴへと戻す。

 ステージで少女たちが演奏している姿が目にうつる。

 彼女達の熱とオーディエンスの熱がぶつかり合うようにしてまた更に熱さを増している。

 

「この曲のタイトルは?」

「これはたしか"Crow Song"ね。ライブではよくやる曲の1つよ」

 

 "鴉の詩"か……

 

「カラスって夜行性だっけ?」

「……さぁ?あんまり夜にカァカァ鳴いている印象は無いわね、って真面目に聴いてたんじゃないの?」

 

 そんな事言われても、この曲はタイトルを知らなかっただけですでに彼女たちの練習で聴いている。

 あとその他も数曲聴いたが、さっきからやっている曲は総て練習でやっていたものだ。

 案外レパートリーが少ないのか?。

 戦線にある機材からみて、現世みたいにちゃんと録音できるわけではなさそうだ。

 そうポンポンと曲作らないで一曲を大切にするのだろうか。

 なんとか録音出来ないかな。

 

「歌詞からそんなくだらないことを考えるなんて、相当退屈なのかしら。岩沢さんたちが知ったら泣くでしょうね」

「いやだから退屈しているわけじゃないぞ?それなりに楽しんでるよ」

「そう?」

 

 訝しむ目でゆりににらまれるが、本当に退屈してうんざりしているわけではない。

 ライヴという、音が直接体にぶつかってくる音楽はやはり楽しい。

 ただ、曲のことが気になってしまったのだ。

 

 Crow Song、この曲は俺の予想とは違った印象をもっていた。

 他にもAlchemyといった幾つかの持ち曲を聴いたが、どれも同じだった。

 

 悪い曲ではない。むしろとてもいい曲だ。

 生きているときに出会っていれば、CDを買って取り込んでリピートし続けるだろうし、切って貼って弄り回したはずだ。

 

 だけれども、どの曲からもあの屋上で聴いた音色ない。

 あの音から感じた風景はみえてこない。

 岩沢が作ってる途中と言った、断片による継ぎ接ぎだらけのあの曲から打ちつけてきた感情や思いは伝わってこない。

 

 この曲たちは、ひたすらに前を向いている。

 ただ、ただ前へと、もっと遠くへと叫び続けている。

 消えたくない、埋もれたくないと鳴いている。

 

 でも、求めている先にあるのは憧憬であり過去。

 前へと向いている限り、絶対に手に入ることはずがない。

 そこにはないものへと腕伸ばし続け。

 何がっても後ろへ振り向ことはない。

 そんな、悲しいというより阿呆らしい。

 

 ……いや、虚しい曲だ。

 

 これがあの岩沢が創りたかった歌なのか?とてもじゃないが、俺はそうとは思えない。

 

 あいつは俺から自分の知らない様々な曲を聴き出そうとしていた。

 音楽を始めたのは遅かったと照れていた。

 

 本当に作りたいものは別にあるんじゃないのか?

 まだぶつけたいものを作っていないんじゃないのか?

 でも、あの屋上で聴いた曲が彼女の本当の感情だとも言い切ることはできない。

 俺は本人ではないから。

 

 だけれど、ガルデモの持ち曲にバラードはなかった。

 

 ロックやポップスといった曲調でも、岩沢が響かせていたあの音色の感情は表現することは可能だろう。

 だが、俺の聴いた曲たちからはあの感情や風景は見受けられなかった。

 それらから伝わってくるものは、様々な意味合いがあった。

 しかし、違っていても向いてるベクトルは一緒だった。

 

 俺は思う、岩沢はロックやポップスではあの感情を表現できない。

 

 彼女もバカではないから気づいているはずだ。これは違うと。

 こちらの世界に来てからエレキに触れたと言っていた。愛器はあのアコースティックだろう。

 

 ならどうしてバラードをやらない。

 

 岩沢ほどの才能の持ち主がその考えに至らないわけがない。

 つい最近気づいたなんてことも無いはずだ、もっと前からわかっていたはずだ。

 なんで、どうして、バラードをやらないんだ。

 

 それが彼女の叫びを訴える最善の方法だろ。

 

 何か、できない事情でもあるのか。

 そのことが違和感となって気になってしまう。

 だから、ゆりに退屈そうに見えたのかも知れない。

 

「しっかし、盛り上がっているわね」

「……そうだな」

 

 眼下に広がるNPCの群れはライブ開始時刻よりも明らかに多くなっている。

 その様子はまさに狂喜乱舞。ボルテージも今が最高潮だろう。

 

「宴も闌ね……回せ」

 

 トランシーバーでゆりが命令を下すと、事前に窓の前に設置されていた巨大な円形の装置が稼働し始めた。

 これは、扇風機か?

 

「って、あれホールとか広い空間をはやく換気するものじゃねーか!あんな数を一気に回したら、うおっ!?」」

 

 予感したとおり、強烈な突風が後ろから押し付けるようにぶつかってきた。

 そしてその風は興奮したオーディエンスの熱を冷ますかのように吹きつける。

 

 風でよろめいた身体を支える為に柵を掴んでバランスをとろうとする。

 しかし、上手く取りきれなかったため片腕が柵の外へと放り出されて閉まった。

 一瞬ヒヤッとするが、なんとか身体そのものを柵に当てることで無理やりに落ちるのを防いだ。

 

 そのとき、放り出された手を何かがかすめた。

 

「紙が、舞ってる……」

 

 小さな長方形の紙が無数に下方から舞い上がっていた。

 見覚えのあるそれは。

 

「食券?」

「そう、これがオペレーション・トルネード」

「……巻き上げって、こういう意味かよ」

 

 それはまさに竜巻きかのように、うねりながら吹き上げている。

 ライトの光を反射しチラつきながら漂うそれは、不恰好ながらも光の粒が舞っているかのような神秘的な印象さえ抱かせた。

 

「どうかしら?おもしろいでしょう」

「そうだな、演出としては申し分ないよ」

 

 熱とともにオーディエンスの手元から飛んでいったそれは高く舞い上がり、そのまま窓から食堂の外へと飛び出ていった。

 風を失った外では舞い落ちるかのように降り注いでいるのだろう。

 それを想像すると、すこしその光景も見たくなった。

 

「そうだ、あなたも好きにとってみなさい。あとで配給はするけど、今ここで1、2枚程度をかすめとるのは目をつぶってあげるわよ?」

「なら、お言葉に甘えて一枚とってみるか。一応初オペレーション記念として、よっと」

 

 腕を伸ばし、舞うなかの1つを掴みとる。

 掴みとった食券を裏返すと。

 

「マーボー豆腐……」

「あらあら、あなた持ってないわね。これからそう甘くないって暗示じゃない?」

「へいへい、肝に命じておきますよ」

 

 悪態を吐きながら食券をポケットへとしまう。

 できれば普通に美味しそうなものが欲しかったな。

 

「さて、この光景に浸るのもいいけど、あなたの仕事はこのオペレーションよりも彼女達のお世話なのよ。そろそろライブも終わるわ、気を引き締めなさい」

「りょーかい」


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