angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_17

 『お前、Beatlesの中で何が好き?』

 

 ―――いきなりなんだよ

 

 『聞いてみたくて』

 

 ―――うーん、"Stand by me"かな

 

 『いやそれジョン・レノン名義だし。そもそもベン・E・キングのカバーだし』

 

 ―――うるせーな、じゃあ"hey jude"で

 

 『ポールかよ』

 

 ―――悪いかよ、じゃあ兄貴は何なんだよ

 

 『そうだなあ、"black bird"とか』

 

 ―――てめえもポールじゃねえか!

 

 『ハハハ』

 

 

 

 うっすらと視界に光が差し込む。

 それと同時に少しづつ頭が冴えてくる。

 目を開けると見知らぬ天井が見えた。

 

「……ここ、どこだ」

 

 気だるい体を起こして辺りを見渡す。

 応接間のように1つの机を挟んでソファが並んでいる。

 壁には本棚もあり、見覚えのある光景だった 。

 

「戦線の本部か」

 

 寝ている前のことを思い出す。

 たしか、天使との戦闘で血がなくなって意識が飛んだはずだ。

 どうやら俺は死んだ後にここまで運ばれたらしい。

 寝ていたのは備え付けられたいたソファの上だった。

 微妙に長さが足りなかったのか、はみ出している足が若干痛い。

 

「あら、起きたの」

 

 振り向くと、やたらでかい机の上に足をのせてふんぞり返るように座るゆりがいた。

 仕事中なのだろうか、声はかけてくるも視線は手元の紙から外れていない。

 

「……俺どれぐらい寝てた?」

「そうね?3時間くらいかしら」

「なんだ、意外と短かいな」

 

 屋上から落ちたときよりも肉体的ダメージはひどかったはずだ。

 回復する時間に損傷度は関係ないのか?

 

「天使相手に無茶やったわね」

 

 ゆりが書類を束ね、呆れ顔で言ってくる。

 

「そうかな。あ、もらった武器ブッ壊れちまった、すまん」

「すまんって、銃の製造も楽ではないのだけれど」

「まじか」

 

 製造って、一からつくっているのか。

 たしかに、学校にもともと銃が備え付けられているわけないよな、常識的に考えて。

 いや、でも銃の所持が認められている国家なら逆なのか?

 そもそも、なんでこの世界って日本人しかいないんだろう。

 

「それより、あなた肉体の損傷がかなり激しかったけれど。一体天使と何をやりあったの?」

「スカートめくった」

「は?」

「そしたら左腕バッサリっていうずいぶんと過激な照れ隠しをされました」

「……グチャグチャになっていた右手は?」

「ゼロ距離から頭にぶっ放してやったら銃が爆発した。あいつチートだな」

「……無茶するわね」

 

 ゆりは呆れ果てた顔をした。

 たしかに、もっと人数をかけても勝てない相手だからもっともではある。

 我ながら無茶をした。

 

「足止めにしてもやりすぎたと思う。色々迷惑かけてすまなかった」

 

 俺が謝ると、ゆりはなぜか悲痛そうに顔をしかめた。

 わずかに肩も震えている。

 

「いいえ。今回のあなたの働きは、本来あってはならないものだわ。非戦闘員が交戦に参加しないためのオペレーションのはずなのに。完全に私のミスよ、謝るのはこちらだわ。ごめんなさい」

 

 ゆりが深々と頭を下げる。

 今までの印象とはかけ離れたものだった。

 いや、だからこそ彼女は責任を重く感じているのか。

 

「べつにいいよ、俺も貴重な武器壊してんだ。それにやるべきことをやっただけだし、彼女たちは無事なんだろ?」

「ええ、あなたのおかげで無傷よ」

「そりゃよかった」

 

 それを聞いて胸を撫で下ろす。

 完全に負け戦だったわけだが、目的自体は達成できた。

 それだけであの化け物に立ち向かった意味があったというものだ。

 

「そういえば天使はどうなったの?」

「わからないわ。彼女たちから話を聞いて駆け付けた時には血だまりの中にあなたが倒れているだけで、他にだれもいなかったのよ」

 

 ならあのあとすぐに立ち去ったのか。

 俺の返り血とか浴びて汚れているはずだから、すぐには寮に帰れたと思えないんだよな。

 もしかして、どっかに立ち寄れる拠点とか持っているのかもしてない。

 

「それよりあなた、天使を見つけたとき迷わず発砲したそうね。本当は生きていた頃に経験あったの?」

「ねーよ、エアガンすら握ったこともない」

 

 まっとうに銃の形をしたものを触ったのも今日が始めてだ。

 重っかたな。警察とかSPってよくあれもって行動できるよな。

 もう少し口径が小さいから軽いのかな?

 

「やっぱりあなた異常ね」

「なにが?」

「普通、躊躇うわよ。いくら死なないといえど、やることは殺人なんだもの。ここに来たばかりの人は生きていた頃の良心や倫理観に縛られて、人を殺すどころか発砲すら禄にできない」

「そうか?M1911A1なんてフィクションでしか知らないからな。ゲーム感覚なんだよ、多分」

「……はぁ、それはそれでまた異常ね」

 

 ゆりは困った顔で額に手を当て溜息をつく。

 よく考えれば碌でもないことを言っているので、俺は何も言えず苦笑いをして誤魔化した。

 

 ゲーム感覚なのかもしれない。

 だって、この世界の境遇は普通に考えればどれも創作じみている。

 そんな虚像と思えるこの世界をまだ実感しきれていないせいだろうか。

 あれだけの痛みと苦しみを味わっておきながら、撃ったんだなー斬られたんだなーっと、もはや遠い過去のように思う。

 捉えどころなく、フワフワしたままの感覚の中で、未だに足がつかず、俺は浮いているようだ。

 

 しかし、銃を握った時にはさすがに一瞬抵抗があった。

 それでも、実際に撃ってみせることができたのは、相手が奴だったから。

 奴だからこそ、一切の躊躇がなかったと言っていい。

 あの姿を認識した瞬間に、こいつは撃たなければならないと思った。

 存在していることすら恐ろしいと震えた。

 

 最初の相対は、逃げ出すことしかできなかった。

 2度目は武器があった。

 

 だから撃てた。

 撃たなければと信じた。

 早くしないと取り返しがつかなくなると急かされた。

 

 総てはあれからはじまるのだと。

 

「……ん?」

 

 なんだ、今の思考?

 

「どうにせよ、これからは連絡要員兼マネージャー業に専念できるように私たちのほうでもしっかりしていくから」

「結局マネージャーで落ち着くのね」

「パシリのほうはよかったかしら?」

「マネージャーガンバリマス」

 

 ゆりの言葉ではまっていた思考は中断された。

 それ以降、考える事はなかった。

 

 ●

 

「じゃあ帰るわ」

「ええ、気をつけてね。武器はまた新しいのが用意できたら渡すわ」

「へいへい」

「それと、彼女たちによろしく」

 

 ひらひらと適当に手を振りながら部屋をでようとする。

 ゆりはまだ仕事があるのか残るようだ。

 

 学生とはいえ、あれだけの大掛かりな作戦をやる集団だ。

 それをまとめているゆりはどれだけの苦労をしているのだろう。

 あの作戦といい、今といい、彼女が気を抜いたところを見たことがない。

 強いな、この少女は。

 

 邪魔をしないように音を立てずそっと外へ出る。

 ここの廊下は照明がないのかつけてないだけなのか、窓から入り込む月明かりだけが廊下を照らしていた。

 

 さっさと帰ろう。今日も疲れた。

 

 階段へと向かうためにきりかえすと、踏み出した足に何かがぶつかった。

 

「ん?なんだ、って岩沢!?」

 

 岩沢が床に座っていた。

 よく見ると彼女だけでなく他のガルデモのメンバー全員がそこにいた。

 

 いたっていうか寝ていた。

 

「よろしくってこれか」 

 

 岩沢と関根にもたれかかられているひさ子はすごい寝苦しそうな顔をしている。

 入江は関根の放り出された足で膝枕をしていた。

 意外とこの子ちゃっかりしてるな。そこ交代して欲しいくらいだ。

 

 仲睦まじいのは良いことだが、さすがに淑女がここでねているのは見逃せない。

 端から肩を叩いてやった。

 

「おーい、おきろー。こんなところで寝ると風邪引くぞー」

「ん……あ、リンゴ。おはよう」

「まだこんばんはだけどな」

 

 岩沢の手を取り立ち上がらせる。

 んーっと背を伸ばしている間に他のメンバーも起こす。

 

「ひさ子さん、起きないと苦しいぞー。関根さん、口開けてると涎垂らすよ。入江さん、そこ代われ」

 

 順当にそれぞれが起き上がった。

 

「む、リンリン先輩おはよー。夜這いですかー」

「おはようだったら夜這いにならねーだろ。目を覚ませ」

 

 むにゃむにゃ言いながら目をこする関根。

 その横で入江が船をこぎながらも抗って立ち続けようとしている。

 

 なにこのカワイイ生き物たち。持って帰りて。

 

 女子ってやっぱ恐ろしいよなと思いながら、ようやく目を覚ました岩沢に声を掛ける。

 

「何でこんな所で寝てたんだ?家出?プチ野宿?」

「なんでって、そりゃリンゴをまって……って!大丈夫なのか!?」

「へいへいへーい!いきなり叫ぶなびっくりするだろ」

 

 突然大声を出しながら俺の身体をベタベタとさわってきた。

 その声に他のメンバーも覚醒したのか、わらわらと寄ってきて俺を囲む。

 

「大丈夫ですか!?すごい怪我だって聞きましたけど!?」

「なんかこうぐちゃー!って手が失くなってたらしいんだけど!?」

「おい星川なんともないのか!?」

 

 よってたかって俺の身体を撫で回すので辟易する。

 無垢な彼女たちには他意はないのだろうけれど、俺は別の感情が沸き起こりそうなので焦る。

 やばいって。

 

「だー!もう大丈夫だから!ほら、全部回復してるし」

 

 両手を回して無事をアピールしてみせる。

 それをみて彼女たちもほっと安堵した。

 

「心配してくれてありがとうな、そっちこそ大丈夫なのか?どこか痛いところとかないのか?」

「大丈夫だよ、リンゴが逃がしてくれたおかげで全員なんともない。ごめんな、もっと早く着いていれば応援も間に合ったかもしれないのに。仲間が戦っているのになんにもできなかった」

「いいって気にするな。どうせ間に合っても倒せたわけじゃないし、もっと負傷者が出ていた可能性だってあったんだ。なら俺一人が死んだだ程度で、お前らが傷つかないまま済んでよかったよ」

「……本当にありがとう」

 

 岩沢が俺の服をぎゅっと掴みながら重くつぶやく。

 なんだよいきなり畏まるなよ。

 シリアスなムードになってんじゃねーか。おい、他の奴らもなにしんみりしてんだ。

 

「もういいって、それに美少女たちを守って死ねたんらな男の冥利に尽きるってもんだ。パシリじゃなくてマネージャーらしいこともできたしな!」

 

 無駄に明るく答えてやる。

 そうすると、彼女たちも笑ってくれた。

 

「まったく、お前らしいな」

「うるせー」

 

 ハハハ、と軽やかな声が響いた。

 やはり女の子は笑顔でいたほうがいい。

 こっちの気分的にもね。

 

 

「さ、もう遅いからさっさと帰るぞ。女子寮まで送ってやるから」

「おねがいしまーす」

 

 関根が元気よく手を上げて階段へ駆けはじめる。

 入江がそれを慌てて追いかけて、ひさ子が呆れながら歩き出し。

 俺と岩沢がゆったりとその後をついて行く。

 

 

 それぞれ勝手で適当な距離感だけれども、なんとなく居心地が良かった。

 

 

「仲間、か……」

 

 生きていた頃には縁がなかった存在。

 こんな気分で共に歩むことができるとは知らなかった。

 それを知ったのが死んだ後だなんて、運がないというか、やはり禄でもない人生だったんだな。

 

 もし、生きている内に手にしていたら、なにか変わったのだろうか。

 いや、多分変わってないかもしれない。

 そもそもそんなことができていたら、それは俺じゃないな。

 愚かな考えに、つい苦笑してしまう。

 

「どうしたの?」

 

 横を歩く岩沢が不思議そうに尋ねてくる。

 前方の連中は、また関根が余計なことを言ったのかひさ子とじゃれあっている。

 

「いや、死ぬことで人としての初歩的な幸運を知るなんて、つくづく俺の人生とは阿呆らしいものだったのだなと。今知っても意味がないよなーと思ってさ」

 

 あまりにも愚かな自分を思い出し、ちょっと自己嫌悪。

 それでも、彼女はそんな俺の戯言を否定した。

 

「無意味じゃないと思うよ」

「え?」

 

 予想もしないことを言われた。

 岩沢はまっすぐと俺を見つめる。

 

「あたしたちはさ、生きてるんだよ。たしかに前の世界では死んだし、ここは死後の世界だよ。でも、この世界では生きている」

「……」

「なら、ここで学んだことはここで生かせるさ。いつ消えるかわからない儚い存在だけれど、ここで輝くことは不可能じゃない。なら、リンゴが感じている其れは無意味なんかじゃない。絶対、何か意味をもつはずさ。それが解れば、リンゴも一緒に輝けると思うよ」

 

 うん。

 やはりこいつは、すごいな。

 

「なるほどよくわからん」

「言ってるあたしもよくわかってないけどね」

「……バカだろお前」

「仲間がいないぼっちのリンゴほどじゃないさ」

 

 互いに睨み合うが、すぐに可笑しくなり二人して笑いあった。

 もしかしてコイツは俺を励まそうとしてくれたのだろうか。

 まったく、不器用だな。ほんと。

 

「でもなんとなくニュアンスは伝わったよ。ありがとうな」

「そっか、よかった」

 

 岩沢が顔がほころぶ。

 

 その笑顔が今まで彼女が見せた中で、一番美しいと感じた。

 

「お、おう」

 

 不覚にも、顔が赤らんでしまう。

 照れを隠すために若干キョドってしまった。

 だからか、岩沢は不思議そうに小首をかしげる。

 

 いそいで何か誤魔化そうと考えると、ふと忘れていたことを思い出した。

 

「えーと、岩沢さん」

「ん?」

「ごめんなさい」

「……え?え?」

 

 いきなりの謝罪に驚いて岩沢は本気で戸惑った。

 

「初めて屋上で会ったとき」

「う、うん」

「あのときお前が言ったこと信じなくてごめんなさい」

「あー、そのことか。いいよ別に、もう気にしてないっていうか忘れてたし」

「……だろうとは思ったよ。けど、一応けじめはつけときたくて」

「そう、じゃあ許す」

「あああ!二人してなに話しているんですか?秘密のお話なら私も混ぜてくださいよ!」

 

 ひさ子のヘッドロックからするりと逃げ出した関根が駆け寄ってくる。

 関係ないけどひさ子のヘッドロックって二重苦だよな。

 男にとっては抜け出したいけど抜け出したくもないというか。

 痛みに耐えられれば天国だけど。

 

「別にこれといった話は無いんだけどね」

「そうですか、別にいいんですけどね」

「適当だな」

 

 このこは大概自由だよな。呆れを通り越して関心に変わりそうだよ。


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