angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.2_2

「リンゴはイヌとネコどっちが好き?」

「ネコ」

「何で」

「イヌってうるせーじゃん」

「ハハ、リンゴらしいね」

 

 放課後、空が赤みをおびてゆく中を岩沢と俺は屋上の手すりにもたれ掛かりながら座り込んでいた。

 練習が終わるとどこかへフラフラと徘徊しにでかける彼女だが、夕やけで空が染まる頃になると、ここでアコギを弾いている。

 俺はその音色が聴きたくてたまにこっそりやってくる。

 だけれども、すぐに彼女は俺に気付き弾くのをやめてしまう。

 作曲もそこそこにしながら、俺に声をかけグダグダと会話を始めてしまうのだ。

 

 弾くことに没頭しないなど、音楽キチのこいつらしくもない。

 だが、なんとなく理由は察する。スランプなのだろう。

 

 でもそれは多分俺も経験したことあるような一般的なものじゃない。

 彼女は曲を作れない訳ではない、むしろガンガンと新しい音を生み出している。

 しかし、それが一つのまとなりとなっては聴いたことがない。1つの曲として完成したものは一つとしてない。

 溢れてくるイメージを堰き止めずどんどん表現していくくせに、それをまとめるのに対してはひどく葛藤し躊躇している。

 

 何か、躊躇わなければならない理由でもあるのだろうか。

 ここ最近の彼女が奏でる僅かな音色を聴いて、そんな事を考える。

 

 今日もまた、彼女の音を楽しむことができなかった。

 

「岩沢はどっちが好きなんだよ」

「ん、どっちでもいいかな。両方嫌いでも好きでもないし」

「……お前らしいよ」

「でも、鳥は結構好きだな。どの鳥かじゃなくて、あの飛んでいる姿が好きなんだ」

「鳥、ね」

 

 空を見上げて鳥が悠々と飛ぶ姿を思い描く。

 たしかに、あの姿は憧れもするし悲しくもなる。

 

 飛んでいる姿は自由気ままに見えるが、どんなに願っても昇れる高さは限られている。

 まるで、過去の誰かさんや今の誰かさんのようだ。

 

「ねえ、鳥の名前の歌ってさ、結構多くない?」

「そうか?……パッと思いつくのって"Black bird"ぐらいしかないなぁ」

 

 あとは某ゲームの主題歌とか。

 あれはそのまんまだが。

 

「"ブラックバード"?」

「Beatlesの曲だよ。つっても、ポールが一人でギター弾いて歌ってるだけだから、Beatlesって言いきっていいものかどうかわからんが」

 

 そもそもその曲が収録されているアルバムは、メンバーおのおのが好き勝手に作った曲を収録している。

 メンバーの仲が恐ろしいまでに悪かった暗黒期だから。

 

「ブラックバードって黒い鳥ってこと?鴉とか?」

「いや、クロウタドリって鳥でイギリスじゃ割とポピュラーな鳥なんだよ。日本でいうところのスズメに近いのかな」

「じゃ、日本人がスズメの詩を歌うみたいなものかな」

「そうかもな」

 

 一説には黒人解放がテーマだともいう。Beatlesの曲は割とそういうのが多い。

 "Imagine"(これはジョン・レノン単体の曲だが)なんかその最もたる例だろう。

 たとえば"Lady Madonna"は家事育児に追われる母親たちに捧げる歌だったりもする。

 そんな社会風刺の曲がたくさんある。

 Beatlesはそうやって世界に歌うことで何かを訴え続けて来たバンドだ。

 

 しかし、悪いけれど、俺はそういうことを深く考えて聴きてはいない。

 "Lady Madonna"だってあのテンポや肉声の使い方がおもしろいから好んで聴く。

 むしろ、リアルタイムで生きていなかった俺らのような世代はそこまで考えて聴いていないだろう。

 それどころかBeatlesの曲を頻繁にBGMとして利用するTVやCMもそうではないだろうか。

 

 たとえば"hey jude"なんて、ただポールがジョンの息子を励ますために歌っているのだ

 たったそれだけなのに、今ではCMなど広く使われている。

 世界に革命を訴えた"Revolution"なんかよりも、近くの知人を救うために歌った"hey jude"のほうが未来では強く印象に残っているんだ。そっちのほうがすごいことだと思う。

 逆に、深いメッセージ性を込めたとか宣うくせにペラッペラな曲ばかりをつくる昨今のヒットチャートがあほらしく見える。

 

 「ただ歌いたかった」という方がかっこいいじゃないか。

 歌に意味を託すのではない、歌うことで意味を訴えるんだ。

 それこそが”Rock'n Roll”ではないのか。

 もっと感性に、感情に刻みつけるような歌を残すべきだ。

 

「リンゴは、ビートルズが好きなの?」

「なんだい藪から棒に。てか前もこんな会話しなかったっけ?」

「ビートルズの曲ばっか口ずさんでいる気がするからさ」

 

 そうだっただろうか?

 たしかに、適当に口ずさむ時はBeatlesが多かったかもしれない。

 

「言ったかもしれないが、別に嫌いじゃないって程度かな。好きな曲もあるけれど微妙な曲もあるし」

 

 たしかに、音楽にハマり始めたころはまずそこらへんから入った。

 けど、そのあとエレクトロに行き着いてしまったし、死ぬ前は雑多に聴いていた。

 だから好きなバンドかって聞かれても、はいそうですとは言い難い。

 

「むしろ好きな曲が多くて繰り返し聴いていたっていうなら、Queenのほうが多かったと思う」

「クイーンってロックバンドだよね?たしか結構CMで聴いたことがある。"ボーントゥラブユー"?」

「そうそう、CMじゃRock調が多いけどBalladeとかすげーいいんだよ。いや、Balladeじゃないな。GospelとかAnthemっぽいんだけど、でもRockなんだよ。ピアノが主旋律の曲とかよく好きで何回も聴いてたよ」

 

 おそらく、一番有名であろうアルバムはそういう挑戦的な曲が多い。とくに"Bohemian Rhapsody"とか。

 そのアルバムの完成度はあまりに凄まじく、初めて聴いた時にそれが4作目のアルバムだとは信じられなかった。もっと後期だと思った。

 その後もバンドは絶えず進化を繰り返していき、新しい曲を生み出し続けた。

 "We Will Rock You"や"I was born to love you"など今でも有名な曲はその後に生まれていった。

 

「へー、じゃあなんか歌ってよ」

「だからアコギを押し付けんな!」

 

 岩沢が催促をしながらぐいぐいとアコギをもたせようとしてくる。

 お前の前でギターなんぞ弾けるか。

 それに愛器なんだから軽く他人に渡さないでもっと大切にしてやってくださいよ。

 

「さすがにQueenをアコギで、しかも即興のアレンジで弾く曲など無い!せめてピアノじゃないと無理!」

 

 実を言うとアコギの曲もあるのだが、全部完璧に覚えているわけではないからやっぱり無理。

 そんな不確かな記憶のみで適当な演奏をこいつの前で出来るわけがない。

 羞恥心や自己嫌悪で死ねる。死ねないけど。

 

 きっぱりと言いいきると、押される力がピタッとやんだ。

 岩沢が真剣な眼差しでこちらを見据えてくる。

 

「ピアノがあれば、いいんだな?」

「あ、あればな」

「そうか、わかった。今日は諦める」

 

 今日は、かよ。

 

 スランプであっても、その音楽に対する貪欲さは失っていないようだった。

 相変わらず、音楽キチだ。

 

 ●

 

「クイーンですか?たしか、誰かがカバーした"手をとりあって"ならCDで聴いたことありますよ」

 

 食堂で対面に座る入江がスプーンで人参をすくいながら言った。今晩はシチューのようだ。

 ちなみに俺は青椒肉絲。その前は回鍋肉だったから、中華ばっかりである。

 偏りのあるレパートリーに、食券を配給した人間の悪意を感じるのは気のせいだろうか。

 

「あれよくカバーされているもんな」

「でも誰のだったか忘れちゃいましたけどね」

「カバーなんてそんなもんだろう。有名になるのなんて極一部だけだよ」

 

 そう言いながら、箸で掴んだピーマンを頬張る。

 うーむ、微妙。

 やたらと濃い味付けなのが、個人的にうれしくない要因でもある。

 ここの食堂は当たり外れが多いなあ。

 

「でもクイーンですかぁ。個人的には洋楽っていうと、アメリカになっちゃいますけどビリー・ジョエルが好きでしたね」

「お、なかなかいい趣味してるな。"Piano Man"とか?」 

「いえそのアルバムなら、原題は忘れちゃいましたけど"愛する言葉に託して"ですかね。先輩は好きな曲とかありました?」

「うーん、ビリー・ジョエルなら、"Pressure"かな。あの陰鬱な感じがいいよね」

「先輩らしいというか、なんというかなチョイスですね……」

 

 反応は微妙だった。あのPVの焦燥感とかすごくいいと思うんだけど。

 

「でも、おもしろいですよねこういうの」

「なにが?」

「好きな曲とかたずねてみる事です。その人の特徴っていうのがなんとなくわかったりしませんか?」

 

 なるほど。そうかもしれない。

 好きな曲って、その人の人格とか根幹と呼べる部分、在り方というものを表していると思う。

 その人らしくもあれば、逆に意外なチョイスで別の側面が見えたりとか。人を識る上では良い項目といえるだろう。

 たしかに、おもしろい。だが。

 

「そう考えると俺が相当根暗なやつなのか」

 

 スランプで曲が書けないのならば、そのことを書けばいいじゃない。ってことで生まれた曲が好きなんだもの。

 自分のことながら、そんな奴はちょいと嫌だな。

 

「で、でもクイーン好きなんですよね。きれいな曲多いですし、そうとは限りませんよ。大丈夫ですって」

「慰めてくれてありがとう。でもな、Cold Playも好きなんだ」

「……そういうと何も言えなくなるのでやめてください」

 

 入江が俺の発言に苦い顔をしながらシチューを口に入れる。

 少し表情がほころぶのでおいしいのかもしれない。

 今度食べてみようかな。食券あったけ。

 

「あら、今日は二人だけ?それともデートなのかしら」

 

 米をかきこむ手を止めて振り向く。そこにはゆりが立っていた。

 相変わらず偉そうである。実際偉いんだが。

 

「で、デートってそんな」

「そーなんだよ、このあと俺の部屋に来ないかって誘ってんだけど、なかなかうんと言ってもらえなくてさ」

「え、ええ!?」

「ダメね星川くん、若いからって押せば通るわけじゃないのよ。たまには引くこともしてみなきゃ」

「それもそうか。少し急だったかな」

「でも入江さんは奥手なタイプだから、むしろ強引な方がいいのかしら?」

「難しいところだな。入江さん、今ずぐ俺とベッドの上で愛を育むのと、夜明けのコーヒーを一緒に飲むのどっちがいい?」

「ど、どど、どどどっちて」

「ちなみにどっちも同じ意味よね」

 

 顔を真っ赤にして面白い感じにあわてふためいている。

 女の子が恥ずかしがる顔というのはなんとも言えぬ背徳的感情が芽生えるな。

 

「ま、冗談はさておき。ひさ子さんはなんか調子悪いとかで岩沢さんが付き添って部屋にこもってる。関根さんは知らん」

「冗談でしたか……」

「半分は本気だけどね」

「えっ!?」

 

 ほっとしたのもつかの間、すぐにまた真っ赤な色合いに戻り割れんばかりの大声で驚いた。

 その声に反応して周りで食事をとっていた人々が、何だなんだと視線を向けてくる。

 

「そ、それはどういう」

「入江さんみたいな美少女と一晩でもいいから夢をみたいと思うのは、世の男子にとっては当たり前の感情ではないかな?」

「……それって美少女なら誰でもいいってことですか」

「それは誤解を生みそうな発言だが、残念なことにに総てが外れているわけでもない。一応、肯定はしおこう」

「考えが即物的過ぎて品性の欠片もないわね」

「死んでんだ、そんなものに囚われてどうする」

「死んでまで煩悩にこだわるのもどうかと思いますけどね……」

 

 阿呆な下心を聞いて入江はすぐに平常心を取り戻し俺を蔑んだ目で見てきた。

 ゆりははじめかた見下していた。立ち位置的にも。

 

「まったく、先輩はセクハラをもう少し抑えたほうがいいと思います」

「すまないね、コミュニケーションツールの1つなんだ」

「……既に取り返しはつきませんでしたか」

 

 入江がこちらに聴こえるように落胆の溜息をつく。

 さすがに呆れられてしまったか。

 

 

「ゆりさん、しおりんは用事が何かあるとかで早めに食べたみたいです。私が一人だったところをリンゴ先輩に誘われました」

「そう。星川くんは他に食事をともにする友人はいなかったのかしら?」

「ハッハッハ―、なまじ戦線のスター集団に仕えているからな、基本男子からは羨望と嫉妬と侮蔑の感情がこもった眼を向けられていますよ」

 

 さきほどから向けられている周囲の視線も、入江やゆりと一緒にいるからか、殺意をこめられているものがほとんどだ。

 人気者はつらいわー。ぶっちゃけあいつら羨むことなんてただの幻想で、悲しいパシリなんですけどね。

 

「あとは事情を理解してそうな日向たちはいつも来るの遅いからな。幸い入江さんも一人だったようなので」

「ということは、入江さんも来なかったら星川くんはボッチ飯だったということ?可哀想ね」

「大丈夫、多分便所飯になってたから」

 

 軽いジョークのつもりだったのだが、二人には効かなかったようで本気で憐れむ眼差しを向けられた。

 あれ、おかしいな?目から塩水でてきてるぞ?青椒肉絲がしょっぱいな。

 

「まあ何でもいいわ。用はそれではないし」

「用?」

 

 再びゆりを見上げた。入江も不思議そうに見ている。

 他のメンバーがいなくてもいいなら大した内容じゃないのか?

 

「星川くん、ちょっと私と付き合って欲しいの」

「どこに」

 

 普通に返しただけなのに、なぜか残念そうに溜息を疲れた。

 

「その返しが即答で出来るのね。うちの男どもだったら慌てふためいてもうちょっと遊べるのに。これもガルデモに仕えた賜物なのかしら」

「さすがに今日のセクハラはもう飽きた」

 

 セクハラマイスターの俺にその程度のブラフが通用すると思うなよ!

 別に現実でその返事以外が正解である「付き合って」を言われたことが無いわけではないからな!

 本当だぞ!嘘じゃないぞ!また泣きそう!

 

 そして向かいのうぶな少女は物の見事に騙されて、またもや顔を真っ赤にしていた。

 この子詐欺とか遭いやすそうだぞ、大丈夫か?お兄さん心配だよ。

 

「で、どこに付き合えばいいんだ?この世界でなんて、買い物の荷物持ちじゃあるまい」

「そうね。ある意味買い物かしらね」

「は?」

「ちょっと、ギルドまでね」

 

 

 Guild?


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