angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
ンゴゴゴンゴンゴゴゴゴゴンゴゴゴンゴ
腹の底を打ち付けるような重苦しい低音がテンポを刻み、時折軋むような高い金属音がハーモニーを奏でる。
「いやさ、これさ」
俺は唖然としながらその光景を眺めた。
目の前に広がる其れは、伝聞からの想像を完全に裏切った。
「どうみても工房じゃなくて工場だろ……」
ギルドは巨大な生産施設だった。
[Chapter.21:Guild]
迷宮のように入り組んだ洞窟を抜けていくと、今度はやたらとひらけた空間に出た。
その空間は体育館や食堂程度の広さではない。比較するにしても何かしらのドームを持ちいらなければ釣り合わないほどだ。
しかも恐ろしいことにギルドは最下層にある。洞窟の出口はそのくっそ広い空間の上部にあった
つまり、降りなければならないのだ。
タワーほど、とは言わないが、どう見てもその空間の縦軸方向の長さは学園の校舎よりある。
俺が岩沢に突き落とされた校舎よりもだ。
ここから落ちたら相当悲惨なことになるだろう。
頭が柘榴のように割れるどころではない。
人として原型を留められていられるかどうかすらわからない。
ここを降りるのか、と不安になりながら階段を探した。
通常、このような空間ならば外壁に緩やかな下り坂、もしくは折り返すような作りの安全な階段が付いているはずだ。
しかし、そんなものはどこを見渡してもない。
階段は目の前にあった。
正しくは下にあった。
空間の上部から底までまっすぐ垂直に建つ柱。
その側面に備え付けられた梯子。
それがここからギルドに下り立つ唯一の道だった。
……階段造るの面倒だったのかな。
●
梯子を下りながらその空間を眺めた。
下では多種多様な機械が稼働している。
ベルトコンベアなんかもあり、完全に量産体制が確立されているようだ。
「ここがギルドよ。どう?驚いたかしら?」
地面に降り立ったゆりが楽しげに尋ねてくる。
「驚いたどころじゃねえよ……なんだこれ……すげえ。これ全部造ったのか?」
「ええそうよ。この空間自体は元々あったのだけれど、今動いている機械は全て土塊をこねて上げてパーツの一つ一つから組み立たのよ。すごいでしょ」
ゆりの説明も半分程度しか耳に入らず、俺はただただその光景に圧倒されていた。
いつ以来だろうか、こんな無骨ながらも壮大な景色をみたのは。
眼を輝かせてみている俺にゆりは呆れたように溜息を吐いた。
「はあ、本当に男の子ってこういうの好きよね。ガジェットとかマシーンとか」
「そいつはロマンってもんだ、ゆりっぺ。ま、女にはわからんかもしれんがな」
やたらと渋い声が響きわたった。
顔を向けると、なるほどその声がしっくりくる、と思うような濃いヒゲをたくわえた男がやってきた。おっさんかよ。
「チャー!」
「よう、ゆりっペ。そいつが例の坊主か?」
ゆりがチャーと呼んだ男に正面から飛びつき、男も動じること無く受け止めた。
なんだか文字で見ると恋人みたいだが、体格差のせいか妹、いや娘が父親とじゃれあっているようにしか見えない。もしくは熊とか。
それほど男の身体はがっちりとしていて、態度にも落ち着きがあった。
いやまあ、半分以上の理由はあの顔が理由なんだが。
「そう、星川くんよ。今はガルデモのパシリをやってもらっているわ」
「……ドーモ、陽動部隊パシリノ星川デス」
ついに初対面の相手にパシリとして紹介された。
もう、色々どうでもよくなってくるな。
「星川くん、こっちはギルドの長をやっているチャー。老け顔だけど私たちと同じ高校生なんだからね」
「へー。さすがにこれは冗談だろ」
ここまで老けることが出来る高校生が居るわけ無いだろう。
高校は3回しか留年できないんだぞ。
こいつどうみても三十路超えてるだろ。
「さてチャー、例の件なんだけど」
「ああ、そうだな。話をするにはここは少しばかりうるさいから、向こうに行くぞ」
「え、いや、あれ?嘘だよね?」
「ほら、行くわよ」
チャーとゆりっペはさっさと歩いていった。
未だにチャーの年齢は不明である。
背中とか貫禄ありすぎて、とてもじゃないが高校生には見えない。
●
「適当に腰をかけてくれ」
連れられてやってきたのは、ギルドのはずれに位置する長屋のような小屋の群集の1つだった。
小屋の中は大型機械たちから離れているのか思いの外静かである。
いくつかの机が設置されているが、その上には様々なパーツが山のように積み上がっていた。
ギリギリ卓上ライトが当たる中央の位置には僅かなスペースがあるだけ。
机の上だけでなく部屋の内部全体が何かと乱雑していた。
先程の工場に比べてこちらのほうが工房と呼ぶにしっくりくる。
俺の様子に気づいたのか、チャーが積み上がっていたものを避けながら説明してくる。
「細かい組み立てや試作品の創造はここで行う。とはいっても、今じゃあっちの大型機械で模倣品を造るのが主流になっているからな、こんな小部屋で作業するのは極少人数だけだ」
「ここはチャーの作業部屋ってことなのか?」
「俺だけでなく銃器に関わるメンバーが使うがな。まあ今じゃ俺ぐらいしかここで仕事はしないが」
なるほどね。
だからさっきから視界の端にスプリングとか弾倉とか薬莢とか物騒なものがちらついているのね。こわいよ。
部屋の正体にビクビクしている間にチャーとゆりは椅子に座ってしまっていたので、俺も適当な椅子を引き寄せる。
うわ、焼け焦げたあとあるよ。ってこれ銃痕?
「と、ところで俺は何のために呼ばれたんだ?」
不気味な椅子に恐る恐る座りながら、初めから気になっていた疑問をぶつけてみた。
「なんだゆりっぺ、言ってなかったのか」
「ここに来て説明すればいいと思ったの。どうせチャーからも同じ事を話すだろうから」
「なるほど、わかったよ」
俺は何一つわかっていないのだが、チャーは一人頷くと机の引き出しから長方形の物体を1つ取り出した。
それは見たこともあったし触ったこともあるものだった。
「前に渡されたトランシーバー?」
「そうだ。こいつの動作検証についてでな」
「検証?」
そうだ、と再び頷きながら机の上の山からマイナスドライバーを取り出し、チャーはトランシーバーをバラし始めた。
くるくるとドライバーを回しながらチャーは話を始めた。
「こいつは実験機でな。実を言うと、ゆりっペのトランシーバーとオペレーターの嬢ちゃんが使っているインカムはギルドが造ったものじゃないんだ。元からこの世界にあったらしい。ま、一度バラしたおかげで、インカムは模倣品を造れるようになったがな」
あなたが今持っているのはそれよ、とゆりが俺の胸ポケットに刺さっている意味のないインカムを指す
確かに色は違うが遊佐と同じ形をしている。
「トランシーバーの模倣は少し骨が折れてな、バラしただけではどうも上手く行かなかった。まあ既存の知識を使ってなんとか形にはできたが、正直トランシーバーはかさばるだけで利点がない。ゆりっぺが司令だということを見せしめる程度の意味しかない」
ゆりが軽く睨んだが、チャーはさして気にせず作業を続ける。
パカっという音とともに側が外れて中身が剥き出しにされた。
ドライバーを細いものに変えて、更に中身のパーツも外し始める。
「ならば機能を拡張して上位モデルを造ってみてはどうかという話になった。ちょうどその時期に電子機器に明るいやつも入隊したので、そいつにも手伝ってもらいながら造ったわけだ。拡張した内容は、電波強度向上、周波数域拡大、おまけでチャンネル登録」
「で、完成したそれをあなたに実験としてに使わせてみたの。壊れちゃったけどね」
チャーの言葉を引き継ぐかたちでゆりが補足する。
「あれが動作検証だったってわけ?」
「そうだ。今日お前にここに来てもらったのはこいつがどうだったか知りたくてな。生憎俺はギルドを外すわけにはいかないのでわざわざ来てもらうことになってしまったが」
なるほど、実験の報告をさせるために俺を連れてきたのか。
そんなもの紙にまとめて出すだけでいいだろと思うが、なにやらチャーからは職人的な気質を感じる。
直接聞かないと納得しないタイプなのだろうか。
「えーと、俺も専門じゃないから詳しくはわからないけど、どんな事を話せばいい?」
「ふむ、まずは音はどうだった?」
「ちょ、ちょっと待ってな」
こめかみを押さえながら記憶をたどる。
トランシーバーを扱ったのは確か初めてガルデモと出会った日だからよく覚えていた。
「キレイだったよ、校舎の中にいてもよく通っていた。結構離れた場所から通信していたから、電波強度はそれなりにあったんじゃないかな?」
「通信は一回だけか?」
「一回だけ。相手はゆりっぺさんで、1分も無かったとおもう」
「壊れた時は?どこかに通信しようと思って繋げたら消えたとかか?」
「いや、二回目の通信をしようと思ったときには電源自体がつかなかった。何度か起動を試みたけどダメだった」
「なるほど……やはりな」
チャーは三度頷くと精密ドライバーを止めた。
ポケットからペンライトを取り出すと、ドライバーとは逆の手に持ってトランシーバーを照らした。
「壊れた原因はわかったの?」
「ああ、側にヒビが入っていたから外からの衝撃も考えたが、どうやら違うらしい」
ゆりの問に答えながらチャーはライトの光を調節する。
俺は外部からの衝撃の原因に心当たりがありすぎるので俯いて誤魔化した。
「単純なオーバーヒートだな。回路が焼き付いている」
チャーがドライバーで指し示す箇所をみると、中身の一部が焦げ付いていた。
「機能を拡張しすぎてスペック不足だ。出力に耐え切れなかったんだろう」
「改善は?」
「まず、通信一回で逝ったという事は電波強度はもう無理だな。周波数域の拡張も諦めたほうがいいかもしれん、というか正直これは意味があるのかどうか。あとチャンネル登録自体は機能するか実験をしていないからなんとも言えん。ただ、メモリを無理やり組み込ませたようなものだから、不安要素しか無い」
「……要するに、ギルド長としてに御結論は?」
「知らないものは造れない、だな」
「……はぁ」
ぎしぃっと椅子を軋ませながらゆりは背もたれに寄りかかかって空を仰いだ。
詳しくないからよくはわからないが、たぶんあれなんだろう、失敗ってやつ。
「……ま、いいわ。できたら儲け物って考えだったし」
「やめて構わないな」
「ええ、この計画は破棄。人員は即刻他の仕事に割り当てて頂戴」
「了解した」
どうやら会話どころか計画自体が終わってしまったようだ。お疲れ様です。
ってことは、俺もう用無いんじゃね。
帰ろっかなーっと一人天井を見つめながらぼーっとしていると、チャーが何やら黒い箱を持って現れた。
スーツケースサイズの其れをドカっと机に置く。
「坊主、新しいのだ」
「は?」
そう言うとチャーは黒い箱を開けた。
その中には数種類のハンドガンがスポンジにすっぽり収まるように並んでいた。
輝かしい光景だが、物が物なのでビビるだけである。輝きといっても黒光りだし。
「|M1911A1を壊したらしいな」
「え、あ、す、すみませんでした」
「まあそれはいい。で、ゆりっぺ、どれを渡せばいい」
「なるべく持ち運びしやすそうなの」
「ふん。じゃ、これだな」
チャーは横たえられた内の1つを取り出した。
ガバメントよりも小ぶりに見えるような見えないような。
「P220、日本の自衛隊でも採用されている。45口径に弾数は7つというところまではガバメントと同じだが、320グラムほど軽いぞ」
「えー、俺そっちのFN Browning Hi-Powerのほうがいいー」
「む、たしかに。そっちの方が弾数は多くあるし、造りも申し分ないな」
「だめよ。こっちで我慢しなさい」
ゆりはチャーからP220をひったくると俺に押し付けた。
「いい?これは万が一の為にあなたに預けるの。でも、その万が一が起こらないようにあたし達は行動をしていかなければならない。非戦闘員が強力な武器を持つ必要なんて無いわ」
その万が一が起きたじゃん。
と、茶化そうかとも思ったが、ゆりの睨みが怖いのでやめた。
ここは大人しく従ったほうが良さそうだ。
「その万が一が起きたからこうして新しいのを与えているんだろう」
「言っちゃうのかよ!?」
ゆりは更に眼を険しくしてチャーを睨むが、さして気にぜず俺にP220を渡してくるので色々な意味で恐る恐る受け取った。
チャーは軽いと言っていたが、俺にはガバメントと同じくらい重く感じた。
質量としては軽いのかもしれないが、どちらも等しく殺せることに変わりはない。
結局、俺にとっては慣れることのない重みなのだ。
「構えてみろ」
「んっと、こうかな」
天使と対峙した時を思い出しながら銃を構える。
左手でグリップの底を支えるような持ち方だ。
「カップ&ソーサーか……それでよく天使と殺り合ったもんだ」
「おかしいのか?」
「普通は素人がそう持ったら反動が抑えられなくてブレるんだよ」
チャーは呆れながら教えてくれた。
ふむ、そうなのか。映画とかゲームだとみんなこう構えていたが、見栄えが良いだけだったのかな?
「まあそれで当てられているなら変える必要もないか。弾のこめ方は知っていいるか?」
「いや、弾倉ごと貰ってたから」
「じゃあ教えてやる」
俺はチャーにこめ方や正しい装填の仕方をレクチャーされてから、P220をブレザーの中に仕舞った
ずっしりと、違和感のある重みが再び身体に纏わりつく。
この重みには、あんまり慣れたくないなあ。
「さて、星川くんの用事はこれでおしまい。私はまだ片付けないといけない案件があるからもう少しいるつもりだけれど、どうする?帰れる?」
「帰れるってそりゃあ……帰れねえなあ」
来た道を脳内で逆再生してみるが、3つ目ぐらいの曲がり角からもうわからなくなった。
再びあの迷宮を、しかも一人で攻略しろだなんて、できる気もやる気もしない。
「ならギルド内でも見学してらっしゃい。帰るときに呼びに行くから」
「へいへーい」
適当に返事をしながら俺はゆりたちを残して部屋から出た。
●
ギルドの内部は男のロマンで溢れていた。
大型の機械が唸りを上げて稼働している様など、手に汗握る。
造られているいるのものが法的にアウトである部分さえ目を瞑れば、彼らの技術、創造力には敬服するばかりである。
「ん?ここどこだ?」
気がつくとそこには機械群は無く、作業員の一人も見当たらない。
あるのはチャーの作業部屋のような長屋がいくつかあるだけだった。
どうやら興奮していたのか、いつの間にかベルトコンベアの流れから外れてしまっていたようだ。
ずばり迷子である。
ここがどこなのか、訪ねようにも出歩いている人影はなく幾つか部屋を覗いてみたものの軒並み無人であった。
作業をしていた痕跡はあったが、それがどれくらい古いのかはわからないので、もしかするともうここは使われていないのかもしれない。
そういえば、チャーが今はあまりこういう場所で作業をしている人間は極僅かだと言っていた。
ここには誰も居ないかも知れないと思い、駆動音を頼りにギルドの中心へと戻ろうとすると、数軒先の扉から光が漏れているのが見えた。
その扉の前に立ち、ノックをしてみるも返事はない。
ただ、何やら物音はするので中に人がいることは間違いなさそうだ。聞こえてないだけかもしれない。
注意書きも警告文も無いので、俺は遠慮無く扉を開いた。
「ごめんくださ―――」
「じぃいいいいいいいざぁああああああああああす!!」
ゴッ
神の子の名を叫ぶ声とともにスパナのような何かが飛んできて。
俺の頭部に直撃した。