angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.2_5

「いやー、悪かったねえ。頭、本当に大丈夫?」

「……なんとか」

 

 頭部にできたこぶを圧えながら答えた。まだ若干痛い。

 どうせすぐに治るだろうが、気になってしまう。

 

「ささ、入って入って」

 

 招き入れられて部屋へと入ると、そこはチャーに連れられた部屋とほぼ変わらない造りだった。だが、その中はだいぶ違った様相だった。

 

 

 雄叫びとスパナを我が頭部にお見舞いしてくれたことによって、俺は意識をすっ飛ばした。

 しかしさすがは死後の世界、意識の喪失は一瞬だけで身体が完全に地面へと伏す直前にはなんとか踏ん張った。

 痛みに関して慣れてきたのかもしれない。嫌だな。

 

 スパナをぶっ飛ばした本人は俺に気づくとお詫びとか言ってその部屋の中へと招き入れたのだった。

 

「ま、適当に座ってよ。お茶とか出すから」

 

 チャーの部屋とは違い、火薬や金属の匂いはしない。

 それどころか清潔そのもので、むしろ清潔であることが求められているかのようだ。

 

 だが、製造中なのか失敗なのかはわからないが、机の上に様々な部品が積み上がっているのは変わりないようで。

 キレイだけれど雑多な空間といったところか。

 

「……電子部品が多いな」

 

 近くにあった椅子を引き寄せながら、この部屋でつくられているであろうものの印象を述べた。

 ちなみに椅子は足の部分が養生テープでぐるぐる巻にされていたり明らかに天板が違うものがあったりなど、向こうと同じように危険な香りがした。

 

「あ、わかるー?」

 

 部屋の主が茶をいれた湯のみを受け取る。

 息を吹きかけながら冷ましていると、部屋の主は椅子を引き寄せ向かい合うように座った。

 

 服装はギルドでよく見かけるつなぎで、色の入ったゴーグルを首から下げている。

 

「ここはギルドで主に電子機器関係の製造を担当としているんだ。といっても、量産どころか実用化されているものは全然ないから僕一人で試作をしているだけなんだけどね」

「なるほど」

 

 部屋を清潔に保っている理由はやはりそれか。

 ここは地下の洞窟だから風の流れもない。電子機器を扱うのにホコリが付くのは好ましくないだろう。

 

「製造って、ここのものも土塊からできているのか?」

「そうだよ?」

 

 土塊から抵抗も出来上がるのか。もはやなんでもありだな。

 

「でも大変じゃないか?土塊から造れるのって、そのパーツ1つだけだろ?例えばこの回路についてる部品も、こんなに小さいけどもっと小さい、幾つかの材料から構成されているじゃないか」

 

 机の上の山にあった回路の1つをつまみ上げてみせる。

 銃と違って、ここにある製造品は小さいほど良いものばかり。

 それにより多くの細かなパーツが組み合わさってさらに複雑なものとなっている。

 合成品を最初から造れない、制約のある土塊からの創造では相当骨が折れるだろう。

 

 しかし、彼は俺の教えられた常識というやつを簡単に一蹴した。

 

「いやー、一発でできちゃうんだわ、それ」

「え、まじで?」

「ハハハハー、まじで」

 

 部屋の主は笑いながら机の引き出しを開け1つの箱を取り出した。

 さらにその箱の中にあった幾つかの細かな部品を取り出し机に並べた。

 

 小さい順に並べた部品を確かめながら、部屋の主はある部品と部品の間に近くにあったドライバーを置いた。

 

「こっから小さい方は一発で造れちゃう」

「なんで?1つのパーツしかできないんじゃないの?てか素材も統一されてないじゃん」

「さあ?僕にもわからないなー。ただ、ある程度の大きさ以下になるとできちゃうんだよねえ。なんでだろ?」

 

 俺は部品の1つを手に取りながめた。

 それは軽く力を込めただけで壊れてしまいそうなほど小さい。

 彼の言ったことが本当であるのならば、この部品は単体しか生み出せないはずの土塊の魔法とは違う。

 

 いや、土塊からできていることには代わりはない。

 ならば、そもそも戦線が把握している条件が違う?

 もっと別の基準があるのか?

 

 何か他と違う点は何だ?

 銃器との違いは?

 この部品において出来る理由は?

 性質?

 用途?

 形状?

 質量?

 硬度?

 規模?

 

 ……規模?

 

「ある程度の大きさからは無視されるのか?」

「ん?なんだって?」

「あんたが言っていた事が本当なら、一定の大きさ以下の場合は無視できる範囲として扱われるんじゃないかと思って」

「ごめん、意味がわからない」

 

 部屋の主は首を傾げた。

 しかし、そう言いながらも興味があるのかニヤニヤとしている。

 

「ちょ、ちょっとまって」

 

 俺はすぐに解りやすい説明を考える。

 しかし、突然思いついた仮定だったので答えようにも頭の中で様々な言葉が乱立してしまい、すぐには無理だった。

 

 お茶を飲みながら、脳内で考えを整理し言語化していく。

 ある程度組み立ったところで、忘れないうちに語り始めた。

 

「その、例えばある実験や試行をした場合、計測はするもののあまりにも極小さな数字や結果が出たりするだろ?例えば少数第何位みたいな」

「まあわかる」

「そういう場合ってどうする?」

「まー、ペーパーテストみたいな場合は有効数字が与えられているだろうからそれを基準に直すね。実験だったら証明や結果を出す上で影響がないと判断できれば切り捨てる」

「そう、要するに無視をするんだ」

「それが?」

「それがこいつにも適用されるんだよ。一定の小ささなら無視っちゃうんだ」

 

 俺は強く言い切るも、部屋の主はまだ納得がいかないようで、さらに首を捻った。

 

「んー、すまんもう少しわかりやすくできないかな?」

「わかった」

 

 興奮しているのか少し息が荒くなっていることに気がついた。

 気づかぬ内に色々と言葉をすっとばししていたかもしれない。

 

 呼吸を整えながら、再度頭の中で説明を立て直す。

 

「えっと、長くなるけど一気に言っていい?」

「ん」

「じゃあ、

 

 土塊を捏ねている時ってさ、その部品を思い浮かべるって言うだろ?

 自分のなかにあるその物体の記憶を引っ張り出している。

 形や大きさといった記憶がないとそのモノを造れない。

 ここではそれが常識となっていることだろ?

 それってつまり創造をしていく上で絶対に必要になるのは記憶ってことだ。

 ここで1つの仮定というか、置き換えをしてみる。

 

 "記憶=情報"と。

 

 君たちがやっているのは土をこねて単に部品を練りあげているだけじゃない。

 記憶という名の情報体を具現化させている、とでも言えばいいのか?

 すまん、これに関してはいい例が思いつかない。

 

 要するに、形や大きさといった"情報"を記憶という触れることの出来ない領域から、土塊を介して実体をもたせているんだ。

 "記憶がない=情報がない"、だから造れない。

 

 でもって、その情報っていうのにも容量がある。

 そして、容量を決める、というか鍵となるのは部品の規模、つまるところ大きさ比例するんだ。

 

 例えばそうだな、ここにある部品で、これだな。

 これの部品くらいの大きさのものを造ろうと思う。

 この部品の総容量を500としておこう。

 でもって、こっちの小さな部品を300としておく。

 

 今、それぞれの部品の容量はその物体の大きさを元にしてみた。

 だけど、容量を決めるのはこれだけじゃない。

 

 ああ、言っている意味がさっきと違うな、すまん。

 なんて言えばいいのか……

 

 そう、容量を決める要因は何項目かあるのかもしれない。

 例えば大きさ、材質、そして構造とか。

 大きければ容量も多くなる。

 材質を異なるものを使ったり、細かな構造をしていればその分情報が複雑となり容量もまた大きくなる。

 

 でも、その容量を決める判断基準の大部分は大きさなんだ。

 98%は大きさ、あと2%を材質、構造によって決めるみたいにね。

 だからなんだ、幾つか材質を使っていて複雑でも、その情報は全体容量の数%にしかみたないんだ。

 つまり、あまり関係がない。

 

 だから例えば、この世界で土塊を捏ねる場合、容量が450以下ならば大きさ以外の情報の容量は無視することが出来るとか。

 そういう一定の基準があるんじゃないか?

 

 あー、上手く説明できた気がしないな。

 もうむしろあれだな、情報の容量を決めるのは造りたい物体の"大きさ"だけって考えたほうが楽なのか?

 

 要するに、重要なのは"いかに複雑か"ではなくて"どれほど大きいか"なんだよ」

 

「よーするにアレか、この部品は"小さい"が故に創造に必要な情報が少ない。だから複合部品でありながら一発で出来る」

「そうそう。容量を決めるのは"大きさ"であって、一定の容量以下であったらそれがどれくらいの材質を使っていてどんな構造をしていようと、その複雑さは無視されるんじゃないのかな」

「……ふーむ」

 

 部屋の主はそう呟くと再び部品をしげしげと眺めて黙り込んだ。

 

 正直、自信満々に語った気もするがこの仮説には確信は持てない。

 即興で思いついたものだし、矛盾している点もいくつか見受けられる。

 なにより、証明のしようがない。

 銃の製造をしていた中で起きなかった事象が電子部品で起きた理由の1つとして考えられる。

 としかいいようがない。

 

「戯言と思って構わない。俺なんかよりそっちのほうが詳しいだろうし」

「そうだねー、信用するにはちょっと難しいかなあ」

 

 そう笑いながら、部屋の主はお茶を飲んだ。

 俺も一区切りつける意味を込めてお茶を口に含む。

 粉っぽい味がした。インスタントか。

 

「でも、君おもしろいねー」

「なにが?」

 

 湯のみから口をはずした彼は、唐突にそんな事を言った。

 俺は首を傾げながら聞き返す。

 おもしろいと言われた事は何度かあるが、前後の会話から理由が見当たらない。

 

「その思考さ」

「考え方?」

「だって、"情報"だなんて考え方、おもしろすぎるよ」

「そうかな?」

 

 再び首を傾げて考えた。

 しかし、彼の言う"おもしろい"という理由は思い当たらない。

 そもそも、説明する上で置き換えただけだし。

 

「君の言う"情報"はまるで"データ"のことを指しているようじゃないか」

「んー、そうだな。そう言ったほうがしっくりくるか」

「でもここは死後の世界だよ?そんな機械的概念とは縁がないものじゃないかな?」

 

 部屋の主が言ったことを聞いて、少し考えてみる。

 

 確かに、プログラム的な"データ"という見方の"情報"といのはこの世界においてどこか不釣合なイメージをもたせる。

 

 でも、イデアのような観念という意味での"情報"ならば、すんなり受け入れられそうな気はする。

 例えば、幽霊だってある意味情報体だ。

 しかし、それを思念の塊という見方ではなく記憶や人格の情報集合体と捉えると、なんだかひどく馬鹿らしい。

 いや、むしろ恐ろしいかもしれない。

 

 霊が"情報"の集合体ならば。

 一度死んでこの世界に顕在した俺もまた、"記憶"によって形成された存在ではないか。

 

 だって、この世界で俺を星川凛吾と証明するものは"記憶"しかないのだから。

 

 ……結局チープな話になった。オチもないし。

 

「未だに死後の世界を受け入れられていないからかも」

「どうして?」

「銃を身につけることには違和感があるっつーのに、実際に人を撃った時の感触があんまり残ってないんだよ。むしろそれはここに慣れたからって言うかもしれないけど、俺はどっちかっていうと……なんか、ゲームみたいだなあって。実感が薄れたっていうか無いんだよ。だから、ゲームから"データ"という考えも現れたのかもしれん」

「ゲームかあ。何となく其れはわかるなー」

「そう?」

 

 意外にも部屋の主は同意をした。

 彼はお茶をすすりながら言葉を続けた。

 

「だっていくら死後の世界って言っても現実離れしたことが多すぎじゃん?肉体の損傷は回復しちゃうし、事切れても生き返るし、土塊からものが出来上がったり、一見ただの女の子がチートみたいな強さで天使だったり」

「あれはチートだな……」

 

 天使にボッコボコにされたことを思い出して身震いする。

 届きそうで届かないあの距離感は、まさに卑怯なほど強かった。

 

「でもさ、強さが中途半端じゃない?」

「中途半端?」

 

「例えばだけどさ、現実離れした事情が死後の世界特有の理屈や観念、宗教や思想なんてもので言い表せるとするじゃん。肉体が回復したり生き返ったりするのは、地獄で罪人が永遠に罰を受けるために回復したり死ねないって説だったり。ここもある意味"地獄や天国"(死後)と言えるからね。土塊から何かを創造するのは、たしか旧約聖書のアダムも土塊から生まれたからそれと関係あるんじゃないかな。でも、天使はちょっと中途半端だと思う。本当に天使なら、人が造った武器なんか通用しないと思う。そんなものを振りかざしている暇もなく僕らを絶命させることができると思うんだよね。でも、致命傷は与えられなくともちょっとは通用したりするじゃん、だから造り続けているんだし。でもそれって、チートキャラってよりもゲーム途中にあるボーナスの強キャラみたいだよねー」

 

 その考えはなかった。

 

 チートではなく強キャラ。

 俺以上にゲームじみた考えではあるが、わからなくもない。

 実際に相対してボッコボコのボロ雑巾にされたわけだが、それでも彼女にはどこかスキがあるんじゃないかと思う。

 手がかりになるかはわからないけれど、疑問に思うこともある。

 其れが結局何なのか解ってはいないが、彼女を攻略する上で役に立つかもしれない。

 そんな考えをこちらに持たせてしまうようでは、絶対的な強さとはたしかに言えない。

 

 「ま、そういうことだけじゃなくてさ、君が言ったように人を殺した感触がないって話はたまに聞くなあ」

 「そうなの?」

 「撃ったにしろ刺したにしろ潰したにしろ、殺った時は確かに手応えってやつを感じるのに、落ち着くとその感触が上手く思い出せない。というか元から無かったんじゃないかって思うほどだって話をね。ゲームみたいにお手軽なもんだよね、やってることは人殺しなのにさ」

 

 俺だけでなく他にもそう感じている人が居るのか。

 すこし、安心した。

 

 この世界はあまりにも簡単過ぎる、いや躊躇がないと言うべきだろうか。

 なぜこんなにも良心の呵責や良識という観念が薄いのか。

 やっていることは人殺し。

 生きていた頃ならば、精神の箍がはずれない限り絶対に犯すことは出来なかった領域のこと。

 してはならなかった行為なのに。

 

 まったく、不思議だ。

 


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