angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.2_6

「ところで、一体何を叫んでいたんだ?」

 

 俺は残っていた茶を啜りながら部屋の主に尋ねる。

 

「何って?」

「ほら、スパナを投げた時」

「ああ、あれね」

 

 部屋の主は思い出したように別の机に置かれていた物体を取り上げた。

 

「ででででーん、えふぇくたぁ〜」

 

 青いタヌキの物真似をしながら、部屋の主は手に持っていたものを俺の眼前に置く。

 

「efector?」

「そうそう、ギターとかに使うやつね。こいつはディレイかな」

 

 そいうエフェクターは、俺もよく識っている。

 しかし、眼前に置かれた物体は俺の識る限りで見たことのないタイプだった。

 正立方体を型取り、ボディはなんのペイントもされず鈍い鉄の光を放つ。

 もはやただの銀色の箱だ。

 

「とてもそうには見えないんだけど」

「あ、君エフェクターとかわかる方の人?」

 

 方の人ってなんだ。

 

「生きてた頃に部屋に幾つか転がってたよ」

 

 あんまり使う機会なかったけどけど。

 殆ど部屋ん中で遊んだくらいの思い出しか無い。

 金の無駄だったよな。

 

 銀の箱を手に取りじっくり眺める。

 よく見ると、側面にスイッチらしきもの、シールドのソケットなどがあった。

 

「ふっふーん、そいつはねえ、自作なんだよ」

「へー、どういうこと?」

「わかってないのかい」

 

 がっくりと大げさに部屋の主は項垂れる。

 いやいや、ギルドで作られるのってある意味総て自作じゃないですか。

 

「生前に得た完全な知識からなる既成品ではなくて、一度見た設計図を思い出して余ったパーツを使って造ってみたんだよ!まあこれも生前の知識と言えなくはないけど、”識ってる”かって言われたら識らないものだからね」

「んー、つまり『創刊!えふぇくたーをつくってみよう!』っていうディ◯ゴス◯ィーニ的な自作ってことですか?」

「その解釈はあまり嬉しくないのだけれど……どっちかというとラジコンの設計図だけあってパーツは無いから自分でなんとか代用してみました?かな」

 

 なるほど、だからこんなに野暮ったい形なのか。

 エフェクターというよりは悪の組織が持ってそうな安っぽい自爆装置みたい。

 

 彼が言いたいのはつまるところ「その料理は食ったことねーけど、レシピは知ってるんだぜ」ってことか。

 この世界で土塊による創造は記憶が重要だが、これは”識っている”ということになるのか微妙だな。

 だが必要なパーツ、抵抗などは別の知識によってそれぞれは”識っている”という事になる。

 ならば案外いけるのかもしれない。

 さすがに外見は知らないからこんな野暮ったいものになるのだろうけれど。

 

「ま、思い出した設計図が間違っていたのか失敗しちゃったんだけどね」

「だめじゃん」

 

 結局識らないと造れないってことかよ。

 

「既成品は何度もバラしたことあるし、多分いけるだろうと思ったんだけどなー」

「なら既成品つくれよ」

「わかってないなあ!未知なるものを造りたいじゃないか!製造者の欲求、いや使命だよ!」

 

 バンバンと興奮した様子で机を叩きながら部屋の主は喚いた。

 ちゃんと動作するものを造ることが製造者の義務だと思う。

 

「でも自作じゃなくてもエフェクター造れるって凄いじゃん」

「生きていた頃に修理屋で働いててね。もともとはスピーカーとかオーディオ系だったんだけど勘違いした奴らがエフェクターとかギターアンプ持ち込んできちゃって。なんとか直してやったらそのうちギターやシンセも持ってきて果てにはパソコンまで。お陰で電子製品ならなんでも扱うようになっちゃたんだよ」

 

 ハハハと部屋の主は何でもないかのように軽快に笑う。

 対照的に俺の顔はひきつってしまった、

 電子製品だなんて一括りにしているがそれは「クルマのエンジンも風呂のボイラーも油を燃料にしてんだから同じだろ」というぐらい暴論だ。

 凄いどころじゃない、恐ろしい。

 

「じゃあチャーが言っていた電子機器に明るい人って」

「多分僕のことだろうね。他にギルドでぼく以上に詳しい人いないし、鼻が高いよ!……まあそのプロジェクトもさっき凍結命令がきたけど」

 

 ハハハと部屋の主は乾いた声であからさまに落ち込んだ。

 

「落ち込むことないだろ」

「……僕の仕事ってあれぐらいしかなかったから。インカムはもう別の人でも創造出来るようになっちゃったし、僕銃は造れないし、ぶっちゃけ命令来る前も暇だったから余ったパーツでエフェクター造ってみたけど、失敗したし」

「……ご愁傷様」

 

 がっくりと項垂れた部屋の主を放置して、俺は野暮ったいエフェクターをしげしげと眺めた。

 

 エフェクターか。

 ガルデモはどうだろうか。

 確かマルチエフェクターではなく単体を幾つか併用してた。

 多分ひさ子が色々と気を使っていじっているのだろう。

 岩沢はあまり理解して使っているようには見受けられない。むしろ原音を好みそうな印象がある。

 そういえば、作曲は岩沢だけれど編曲はどうしているんだろう?それぞれがやってるのかな?

 

 ま、ともあれエフェクターとかは特に今気にする必要は無いか。

 岩沢の現状を脱する助けになるっていうのなら別だけれど、あれはそんな簡単に解決しそうにはないし。

 むしろもっとPA周りとか増やしたり、例えば録音機材とかあったほうが彼女たちにはいい刺激になるのかもしれない。

 

「……ん?録音?」

 

 その時、脳裏にあるものが浮かんだ。

 とても、とても懐かしいものが。

 もしかして、あれを使えば……

 

 

 ……いやいやいや

 いくらなんでもこれは直接役に立たない。

 もはや俺の趣味だ。それにあれを彼が識っているとも限らない。

 望みは薄い。

 

 しかし、欲望というか性というか、とめられぬ衝動にかられて俺は近くにあったメモ用紙に思い浮かんだ物の名称と型番を書き込んだ。

 

「な、なあ、これ、造れたりしないか?」

「うん?なにそれみせて」

 

 半分虚ろな眼をしたままメモを受け取り、部屋の主はそこに書かれた項目を読み上げた。

 そしてふむふむと言いながら、少し遠くを見つめてから俺に向かって答える。

 

「できるよ」

「本当か!」

「生きてた頃はこの手のものが修理できる場所うち以外に界隈でなかったから結構直してたし」

「じゃ、じゃあこれとかこれは?」

 

 俺は興奮を抑えられぬまま先ほどのメモ用紙にまたいくつか書き足した。

 

「んー、一応できるかな。ただ、類似品とか型落ちになるかもしれないけど」

「構わない。つ、造ってくれませんか?」

「別にいいけど、なんで?」

「そ、それは」

 

 純粋な質問だったのだろけれど、既に微妙な敬語になっていた俺は言い淀んだ

 だって趣味だもの、なんて言うには気が引ける。

 戦線にとって有益になるものであるかどうかと言われたら多分無益の割合が多い。というかほぼ無駄。

 ならば、誤魔化すしかない。

 

「な、なんといいますか、自己啓発の向上といいますか、精神的な安定を得ることによって今後の作戦練度の向上及びその他もろもろのあれとかそれといいますか」

「んー?ごめんわかりやすく言って?」

「……趣味です」

 

 無理があった。

 どう考えても戦線に有益になるとか怪しいですもの。

 

「趣味か……」

 

 部屋の主は確認するように呟くと険しい表情をする

 そして厳かにその口を開く

 

「……いいね」

「は?」

 

 険しい顔のままどこぞのSNSのクリックボタンみたいなことを言い出した。

 あれか、こいつ「うちの愛犬が死にました。悲しいです」にもクリックする質か?

 

「いいね、その理由はグッドだ。そういうの好きだよ僕」

「お、おう」

 

 顔の表情と発言がマッチングしてないのでわけがわからないが、一応認めてくれた?

 そのいいねは良いねでいいねなのだろか。

 

「造ってくれるのか?」

「そうだよ。幸い、と言うべきなのか、仕事も無くなっちゃったことだしね」

「あ、ありがとう!」

 

 思わず手を握ってブンブンと振る。

 この世界に来て、初めて心の欲求を満たす希望を見た。

 部屋の主は険しい表情を崩し、半ば呆れるように笑い尋ねてきた。

 

「ところでさ、君は何の仕事をしているの?ゆりっぺと一緒に地下に来たみたいだから前線の人?」

「いや、陽動部隊でガルデモのマネージャー?みたいな事をしている」

「あー、君が例の奴隷くん」

 

 おい、パシリより更に酷い噂が広まっているぞどういうことだ。

 

「なら、いいものをあげよう」

 

 軽く凹んでいる俺をよそに、部屋の主は奥の方に積まれたダンボールを漁り始める。

 

 やがて両手に1つずつ何かを持って現れた。

 片方はよく見る―――というか俺も持っていた―――鑑賞用よりも作業用として広く好まれている国内企業の黒いヘッドフォン。

 もう片方は掌より少し小さめのボタンがゴテゴテしたもの。

 

「それは?」

 

 俺が指差して尋ねると部屋の主は副将軍の紋処よろしく見せつけてきた。

 

「ででででーん、はんでぃれこ〜だ〜」

「レコーダー?」

「そうそう、デシタル録音形式でポータブルとか言う場合もあるけど小さいのは変わらないね。色々と便利な機能も付いてるんだぜ?ただ、内蔵マイクは無いからボイスレコーダーみたいにマイク無しでは使えないしジャックももミニジャックだけなんですけどね」

「不良品じゃねえか」

 

 受け取ってみてみると、いくつかボタンのあるものの丸い穴は小さいものしかなかった。

 内蔵マイクもないとなると、変換して差し込まなきゃ音は録れないのか。不便だな。

 

「ま、おもちゃ程度にしといてよ。変換アダプターもつけとくからこれと一緒にあげる」

「お、おう。ありがとう」

 

 もう片方のヘッドフォンも受け取り何となく眺める。

 さっきまでの会話だとレコーダーが一番不便だと思いがちだがよくよく考えてみるとヘッドフォンのほうがいらないじゃないか。だってつなぐ先がないもの。

 プレイヤーもないこの世界でこんなものギターを弾くときに音が漏れないようにするぐらいしか使い道ないんじゃないのかってあ、そうかだからレコーダーもくれたのね。

 レコーダーをくれた意味を理解しながら、ヘッドフォンを首から下げてレコーダーはポケットに仕舞った。

 ヘッドフォンのコードがぷらぷらして邪魔なのでシャツの下にねじ込む。

 

「ま、期待しないで待っててよ。造れると言っても1,2ヶ月以上はかかると思う。あとごめん、一番下のあれはちょっと難しいかもしれない」

「やっぱり?」

「できないってことは無いけれど、時間掛かり過ぎるね。学校内にもとからあるもので同じようなものを探したほうが早いと思う。頼んでおくよ」

「よろしくお願いします」

「いえいえいえ。おまかせください」

 

 深々と頭を下げた。向こうも応じて深々と下げる。

 その時、ふと気になることが浮かんだので聞いてみた。

 

「そういえばソフトウェアってどうなってんの?いくら製品を忠実に造ったしても中身までは入ってないだろう普通。」

 

 依代だけ造れば勝手に起動して動作もします、だったら世の中にプログラマーとかデベロッパーとかいらない。

 いくら抵抗やらメモリやらなんやらをつなぎあわせても、動くためのコマンドを出力してくれる頭が必要だ。

 となるとここでもそういう役割をする職人がいるのかな?

 

「ああ、それね」

 

 と部屋の主は珍しくというか、今までで一番奇妙な表情をした。

 苦々しいというのか、クシャッとした顔をして口を開く。

 

「勝手にできちゃうんだよ」

「え?」

 

 なんかとんでもないことを言われた気がしたぞ

 

「画竜点睛っとは違うけどさ、忠実にハードを再現した場合、現世でその製品に入ってたソフトってのは勝手に宿ったんだ。少し違えば何にも起きないけれど、完璧な場合は人知れず完成したらそのままね。ほんと、不思議なんだよ。魔法みたい」

 

 それは、不思議というか不気味ではないだろうか。

 俺はなんともいえない気分でその言葉を飲み込んでいると、勢い良く扉が開かれた。

 

「あ、こんな所にいたのね。帰るわよ星川くん、地上で遊佐さんが入口を開けてくれているって」

 

 ●

 

 地下迷宮の冒険から無事終了した。

 体育館の床下から這い出でてすぐに入り口の扉を開けると新鮮な風が流れこんでくる。

 深呼吸することで、地下のこもった土臭い空気にどっぷり浸かっていた肺が洗浄されていくような気分になった。

 気持ちいい……

 

 ……のは良いのだが。

 

「なんでもう夕方なんだよ」

 

 見上げた空はうっすらと赤みを帯び、日は考えていた位置から随分と下にある。

 せいぜい昼過ぎだろうと踏んでいたのだが、思った以上の時間をギルドで過ごしていたようだ。

 

「あらあら、ちょっと時間かかっちゃったわね」

「ちょっとどころか予想時刻とかなりの差があるんだが」

「地下にいたせいですよ」

 

 ゆりと遊佐がそれぞれ左右に並び立った。

 俺は遊佐にどういういうことか尋ねる。

 

「地下には当たり前ですが日光が入りません。日の傾きで時刻を"感じる"ことはできないんです。その他にも、自然現象で客観的に時刻を確かめる方法があそこにはないんです。なので、ギルドの方々は常に時計を使って時刻を確認するようにしているのですが、星川さんは持っていなかったので時刻を知る手段が何一つ無かったのですよ」

「それに登ったり降りたり歩いたりして身体に負荷をかけ続けていたから、体内時計なんかも狂っちゃっているわよね」

「うへぇ」

 

 ゆりに指摘されることで疲労を再び自覚してしまった。

 腹も減って更に身体が重くなった気分だ。ぐぅぐぅ。

 

「さ、NPCが部活動できても面倒だからさっさと帰るわよ」

「Ay,mum」

 

 適当に返事をしながら我々一行はダンジョンの入り口を後にした

 

 ●

 

 日が傾きつつあるなかをゆっくりとしたペースで歩く。

 校庭に目をやると、せっかちな陸上部員が既に器具を並べ始めている。

 

 ふと、学習棟を過ぎる手前でゆりが立ち止まって振り返った。

 

「あたしたちはこのまま本部へと戻るけれど、星川くんはどうする?」

 

 どうするとはどういう意味か。

 そう聞き返そうとしたが、すぐにゆりの言いたいことに気がつき言葉を飲み込んだ。

 ニヤニヤとした顔でゆりはこちらを伺っている。

 

「……腹減ったし購買で何か買おうと思うから、先に帰っていいよ」

「素直じゃないのね。彼女たちのことが心配だって言えばいいじゃない」

「もう練習は終わっているから居ないと思うよ。ただ単に腹が減っているだけさ」

「そういう事にしておいてあげるわ。じゃあね」

 

 ゆりはそう言うと手を振りながら颯爽と歩き始め、遊佐もこちらに会釈をしてゆりを追いかけた。

 残された俺は軽く溜息をついてから校舎を見上げる。

 

 さて、今日こそは彼女の音色に浸ることができるだろうか。

 そんなことを考えていたら目の前から件の少女、岩沢が走ってきた。

 しかもかなり慌てた様子で。

 

「いた!いた!リンゴいた!」

「おいおいどうした落ち着けって」

「いいから!」

 

 碌に耳をかたむけることなく岩沢はいきなり俺の手を掴み、走り出した。

 

「ちょっおっとと」

 

 いきなり引っ張るものだから思わず翻筋斗を打ちそうなってしまったが、何とか持ちこたえた。

 

 岩沢はそんな俺の苦労も気がつかずにズンズンと進んでゆく。

 行き先が全く以てわからないので若干不安になるのだが、こう女の子に手を握られているという現状を考えてみるとなんとも恥ずかしい反面嬉しくもあるようなやはりもうしわけないようなしかし男としてのうんちゃらかんちゃら。

 

 つい鼻の下が伸びそうな気分になるも、校舎内を走っているだけでも目立つのに女子に引きずられているようにして進むという構図は周囲の好奇な視線を引きつけるのに十分だった。

 やはり恥ずかしい面が勝り、顔が赤くなりそうな気分だ。

 

「ちょい岩沢、手を離し」

「黙って!」

 

 怒られてしまった。

 しかし、黙るし付いて行くから手は離してくれないだろうか。恥ずかしいよお。

 再度その旨を告げようとしたが、口を開いた直後に岩沢が一瞬振り返って睨みを利かせた。

 有無も言わさぬその眼光に文字通り閉口する。

 俺は諦めて岩沢に引きずられて行くがままとなった。

 


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