angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.2_7

 俺を引き摺る岩沢は学習棟へ入り、さらに隣の棟へかかる渡り廊下を進んでゆく。

 ガルデモの練習でつかう空き教室がある棟も通り抜け、普段あまり縁のない棟へと踏み込む。

 どこへ向かうのか今度は階段を上りはじめた。

 

 通り過ぎてきた棟では幾人もの生徒達とすれ違い恥ずかしさにいたたまれなくなっていたが、ここに入ると人の気配はパッタリと消えている。

 人の視線がなくなったからといって手を繋いでいるこの現状に対する羞恥がなくなるわけではないのだが、少しばかり誰も居ないことに対する疑問と不安をもつ。

 後日知ったことなのだが、この棟は実験室や美術室といった特別教室が多くあるらしい。

 放課後は部活動にいそしむ生徒しか利用するものはおらずその部活動もさして人数が多いわけではないそうだ。

 

 しかし、授業に出たことなど一度もない俺はそれを察するなんてことはもちろんできるわけもなく、『あれれぇ?人気がないぞぉ?』と半ば思考放棄気味にとぼけておくことしかできなかった。

 

 ズンズンと進んでいた登坂はある階にて終わり、廊下を歩み幾つかの教室を通り過ぎひとつの扉の前で立ち止まった。

 カラカラっと先程までの勢いとは打って変わって岩沢は慎重に扉を開く。

 どうやらなかの様子を気にしているらしく、少し開けた隙間から室内を覗きこんでいる。

 やがて満足した様子ですべて開き俺をなかへ引っ張りこむと扉を閉めた。

 

 放課後に人気のない教室に連れ込まれるというsituationに頭のなかで煩悩の化身たる俺(その2)が暴れまわるが、良識を携えた俺(その3)が冷静にマウントポジションをとり俺(2)をタコ殴りにして何とか自制を効かした。

 しかしながらこの状況はどいうことだ。やはり誘われているのか?

 こんな状況で連想できることなど、残念な思考回路を誇る俺には桃色的回答しか導き出すことが出来ない。残念だ。

 ガチャリとはっきりとした施錠の音が響きわたり、俺の推測がいよいよ確信へと変わりはじめ、桃色回路はオーバクロックし遺憾なくその力を発揮するなかその2は拳を握り再び立ち上がろうとする。

 

「おいおいまじなのか?」

 

 いきなりの展開に性能向上したはずの頭脳は役にも立たない桃色予測(妄想)をただはじきだすのみ。

 真っ当な思考がこの状況についていけるはずもなく脳内は徐々にピンクへと汚染され始める。

 ……くそっ

 こんなことなら現世でもっと経験を積んでおくべきだった!

 冷静に対応しなければ童貞だと判断されなめられるぞ!

 

 などと残念な頭のなかでその2がその3を吹き飛ばし、見るものすべてに桃色フィルターをかけ始め思考の渦は更なる混沌へと誘う。

 ほらここ壁もよく見ると防音設計じゃないか。というかとはやはりそういう行為を誘っているんじゃないか。積極的だな。

 ……ん?防音?

 ひとつの疑問から初めて教室内を見渡す。

 するとみるみる思考の熱は冷めきり代わりに胸焼けのような気分の悪いものが広がってゆく。ここは。

 

「音楽室?」

「そうだよ。見ればわかるだろう?」

 

 岩沢はそれ以外に何があるんだと言わんばかりに応える。

 扉と対極の位置にグランドピアノが設置されており、天井近くの壁にはバッハだとかシューベルトとかの肖像画が落書きされたまま飾られている。

 先ほど疑問に思った小さい穴が無数にあいた壁もここならば違和感などない。

 誰がどう見てもここは音楽実習室である。

 何てこった……

 

「どうしたリンゴ、うずくまって」

 

 こんな場所に連れてこられても岩沢の事を考えれば十中八九どころか十中十で音楽のこと以外ありえない。

 間違ってもきゃきゃきゃでうふふの不純的な交遊ではないだろう。断言できる。

 

「……自分がバカであることを再確認しただけだ。ほうっておいてくれ」

「よくわからないけど、ほら立ちなよ」

 

 岩沢は再び俺の手を掴むと強引に引き上げて立たせる。

 こいう行動から見ても、こいつには異性という意識はないのかもしれない。

 そんなことだと悪い男に遊ばれるぞと心配してみるも、死んだこの世界じゃまずあり得ないなと直ぐに打ち消した。

 現在一番身近な俺がこんなだし。

 もしそんなことしたらゆりに殺されるし、そもそもチキンですから遊ぶなんてことできませんよ。

 

 そんな要らぬ考えをしていたら、岩沢に手を握られたままいつの間にかグランドピアノまで連れてこられて俺は鍵盤の前に座らせられていた。

 どういこと?

 現状を理解できない俺をよそに岩沢は少し離れた位置に椅子を置いて座る。

 

「岩沢、状況がよく飲み込めないのだが」

「ああ、ここは普段合唱部が使用しているんだけど、今日はオフらしくて」

「そこじゃねえよ」

 

 さっきから彼女との会話がいまいち噛み合わない。

 さも当然かといった様子で岩沢はいるが、全く事態を把握することができない。

 回答を求める!俺は何故ピアノの前に座っているのか!

 そんなことをのたまうと、岩沢は呆れた顔をした。

 

「何いっているんだリンゴ、約束したじゃないか」

「やくそく?」

「クイーンを聴かせてくれるって」

 

 そういえばそんな話もあったな。

 逃げるための方便みたいなものだったから忘れていた。

 またなんとかして逃げ切れないものか……

 

「いやまて、あれはピアノが用意できたらって」

「だから音楽室に来たんじゃないか。さあ弾いて魅せてくれ」

 

 退路をひとつ塞がれてしまった。

 遂に岩沢の前で演奏をしなければならないというのかよ。

 何とかして誤魔化し切り抜けられないものか。

 しかし、ちらりと岩沢を様子を伺うとその表情は溢れんばかりの興奮が浮かんでいるのをみてしまった。

 

「ちっ」

 

 こんなに期待でいっぱいな少女を裏切ることは流石にできない。

 俺は諦めて椅子に座り直した。

 本当に気が引ける。演奏に自信はないし。

 でもやるしかないよな。

 

「適当にアレンジして弾くからオリジナルではなくなるけど」

「かまわない」

 

 そう言って岩沢は椅子に深く座り込み、瞳を輝かせながらこちらを注視する。

 その期待に応えることは難しいだろうなと心のうちで苦笑いしながら、俺は鍵盤をゆっくりと開いた。

 

 懐かしい。

 

 白と黒の鍵による調和のとれた世界が広がる。

 鍵盤を眺めながら両手を合わせて指を軽く回す。

 それなりに可動範囲がひろがったところでそっと鍵に指をのせた。

 

 ひんやりとした感触が指に一瞬伝わり、意識が徐々に研ぎ澄まされてゆく。

 軽く息を吐き、何を演ろうか考える。

 久しぶりだからあまり挑戦はできない。

 岩沢も知っているとなると、やはりアレだろうか。

 演奏する曲目は決まった。

 

 俺はゆっくりと息を吐き出すこで冴えてゆく意識のなか妖精の歌声を駆け巡らせる。

 

 鋭く息を吐き出し。

 

 強く鍵を弾いた。

 

 

 " I was born to love you "

 

 

 Queenがどんなバンドか知らない人でもこの曲は耳にしたことがあるだろう。

 ロック調の軽やかなテンポで、フレディが鏡に囲まれた空間で熱く歌う映像もみたことがあるかもしれない。

 

 この曲、元々はQueenではなくフレディ・マーキュリーがソロで出した曲だった。

 その頃のQueenは良い感じに仲が悪く、解散はしていなかっもののそれぞれが好きにやっていた。

 しかし、フレディの死後彼が残した未収録の曲たちとともに残ったQueenメンバーがアレンジをして天国のフレディに捧げた。

 コマーシャルなどいたるところで耳にするのはそのQueenバージョンだ。

 その゛ボーントゥラブユー゛をもってQueenは再び最高の評価を得る。

 皮肉にもフレディが亡くなったことで生まれた曲が、世界で一番有名なQueenソングとなったのだ。

 

 Queenバージョンはご存知のとおりバンドアレンジのロック調なわけなのだけれど、元々のフレディがだしたのはシンセによる打ち込みのテクノ風である。

 今はそちらを意識しながら、十指を動かす。

 

 左はリズム隊のビートを意識しながら、強く、鋭く、刻むように。

 右はフレディの歌声を、高く、楽しく、弾むように。

 愛のための讃美歌を奏でる。

 

 『僕は君を愛するために、生まれてきたんだ』

 

 

 ――――――

 

 

 最後まできっちり響かせて、両手をとめた。

 ほっと息を吐いて緊張を解く。

 

 久々で不安ではあったが、即興にしては上手くいったほうだ。

 指の可動範囲も生きていた頃と変わりはない。むしろ無理が利くようになった。

 案外この体も死なないこと以外で役に立つのかもしれない。

 

 パチパチと岩沢が拍手をする。

 それに俺は仰々しくConductorのようにお辞儀をしてみせた。

 

「すごいねリンゴ、ピアノ()()()じゃん」

「そいつはどうも」

 

 俺にとってはとりようによって嫌味にもなる言葉だが、今の言葉にそんな意図はないだろう。

 もしそうだとしても、()()については言われ馴れているので素直に受け取った。

 

「ただ、なあ、うん」

 

 だから、岩沢が珍しく口ごもっても意外には思わなかった。

「なんていうか、うん」

 

 思ったことがあるけれど、それを言っていいかどうか迷う。

 普通に考えればそれは無礼な言葉となる。

 しかし、一人の音楽家たる彼女にとっては偽ることができない。

 多分そんなことを思っているのだろう。

 

 ()()もまた理解できる。

 

 だから、岩沢の代わりに言った。

 

()()()()()、だろ?」

 

 予想通り図星だったらしく、岩沢は気まずそうな表情をした。

 それと同時に科白を当てた俺に意外そうな眼を向けるどうしてわかったのか気になるのだろう。

 

「俺さ、一番初めはピアノだったんだ」

「はじめ?」

 

 突然の語りに岩沢は戸惑うが俺はかまわず続けた。

 

「小学校に入る前から始めたからキャリアでは一番長いね。その次はトランペット。金管バンド部でコルネットを教えられた延長かな。中学に進んでギター始めて、高校からは積極的に色々なものを教わった。ベースにコントラバス、ヴァイオリンやサックスも。マリンバとかティンパニなんかもあったかな。ドラムだけはなかったけど」

「……す、すごいたくさんやってきたんだな」

 

 俺の楽器歴を聞いて岩沢はぽかんと驚く。

 でも、生きているうちの楽器経験がアコギだけのうえそれも短い彼女だからこんな反応だが、長い間音楽をやり続けてきた人たちに言わせれば「節操がない」とのこと。

 基本的に複数の楽器をこなす場合は、元々やっていた楽器から繋がりや縁のあるものを選ぶ。または幼少期の習い事で教わったピアノや中二病によるギターくらいである。

 そしてこなしたとしても、大概2~3つだ。

 しかし、無差別のうえ今までこなした数は両手でも足りない。

 短い人生だったことを考えるまでもなく、たしかに節操がない。

 

「それがさっきの言葉にどう繋がるんだ?」

「あー、それな、なんつうかな」

 

 いきなり歯切れが悪くなり、岩沢が怪訝な眼をする。

 言いにくい事だが、ここまで話したんだから最後まで言わなければならない。

 どうか、岩沢が不機嫌になりませんように。

 

「俺は上手いんだよ」

「うん」

「技術は凄まじいんだよ」

「それは……」

 

 岩沢は最後まで言おうとはせず、黙った。

 それがどんな意味を持つのか理解できてしまったのかもしれない。

 俺はかまわず続けた。

 

「器用貧乏なんかと違って、どんな楽器も頭打ちすることなく様々なテクニックを修得して向上させた。さっき言った楽器の全部、人前で演奏して金とっても誰も文句は言えないまでの技術はあるよ。ギターもそれだけで言えば、岩沢やひさ子にも引けを取らない、むしろそれ以上だと手前味噌だが言い切れるね」

 

 さすがに最後の科白には不満があるのか岩沢は少しむくれてみせたが言い返すまではしなかった。

 なまじピアノを聴いたのが効いているのかもしれない。

 

「でもさ、技術で上手いのと演奏が上手いのは違うんだよな」

 

 言いたかったのはこれだろう、と聞くと彼女は遠慮がちに頷いた。

 俺は技術力は高い。それだけならどの楽器をやっても大抵の箱なら即日ステージに立てる。

 だが、上手いだけ、テクがあるだけで、いい演奏はできない。

 この腕を誉められることはあれど、音で人を熱くさせることや奮えさせることはない。

 

 ただ、上手いだけ。

 

「ベースを教えてくれた人には『機械みてえな腕』だって言われた。まさにその通りだ。人を惹き付けることのない、熱のない音しかだせないんだよ」

 

 だから、俺は岩沢たちには劣る。

 いくらテクニックがあっても、彼女たちのようにはいかない。

 NPCや戦線すらをも魅了するガルデモのほうが、音楽家としてずっとずっと上だ。

 彼女たちの演奏は本物で、俺は下手くそなんだ。

 

「……リンゴの演奏はすごかった。でもそれだけだった」

 

 岩沢は少しうつむきながら、言い難そうにもらした。

 褒めているわけではないけれど、音楽に関しては自分を誤魔化せない彼女らしい。

 

「はっきり言うね」

「ごめん」

「冗談だ気にすんな。言われ馴れていることだし、何より自覚しているから。それよりも、初聴で見抜いたお前はやっぱりすごいよ」

 

 初めて聴いた人は大概テクニックばかりに目がいってしまう。それに惑わされること無く本質に気がついた岩沢の感性はやはり目を見張るものがある。

 こういう人を天才と呼ぶのだろうな。

 

 岩沢はその賛辞を素直に受け取ってよいものかどうか迷う、そんな苦々し表情をした。

 そんな空気を変えようと思い、左手で適当に4つ打ちをしてみる。

 

「何か他にリクエストはある?上手いだけだがやれることは多いぞ。曲目がなくてもジャンルとか雰囲気とかでもいいし」

「え、ああ、そうだな……」

 

 そのまま岩沢は顎に手を当てて考え始めたので、俺は刻んでいた4打ちをゆるめ、ジムノペディの1番を弾く。

 岩沢は意外と長く悩み続けた。

 このままでは指が疲れるとか飽きるとかして"ネコ踏んじゃったよ Dubstep ver."などと意味不明な曲を勝手に弾き始めてしまいそうだ。

 そんなくだらないことを思案していると、岩沢はなにか思いついたように顔を上げ、予想もしないことを言った。

 

「そうだ、リンゴ、歌ってみてくれないか?」

「はあ?」

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