angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
あまりにも予想外なことを言われたので、驚き素頓狂な声を出してしまった。
対して岩沢はいつもと変わらぬ真顔で言葉を続ける
「さっきの曲を聴いて思ったんだが、ボーカルはリンゴが歌ってくれないか?その方がわかりやすいし、リンゴもやりやすいだろ?」
「別に苦労は変わらないんだが……むしろ主旋律を省いて考えるから面倒な気もする……」
しかし、彼女の主張には一理がある。
アレンジはともかく、歌はピアノで奏でられるよりも声に出したほうが聴く側はわかりやすい
初めてや疎覚えの曲ならばなおさらそのほうが良いだろう。
「しかしなあ、歌か」
「どうしたの、もしかして音痴だとか?」
「いやそうではないが」
どうも歌うことには気が引けると言うよりは、不安な気持ちがある。
楽器と違い歌唱力を鍛えることはしてこなかった。
人前で披露するなどせいぜいハモりを入れる程度。それもほとんどなかった。
カラオケも付き合いでしか行かなかったから、聴いてばかりだったし。
つまり主観的にも客観的にも歌唱に関しての評価がない。
自分の実力がわからない、だから不安だ。
何よりも、今回の聴き手が本職のボーカルさまだからな。
不安どころか怖い。
「音痴じゃないならいいじゃん」
「そういう問題じゃないんだけどな……やらなきゃ駄目?」
「だめ」
岩沢のなかでは歌うことはすでに決定事項のようだ。
しかし当の本人はやっぱりやる気が起きない。
そんな俺の心情を察したのかどうか、岩沢は立ち上がり俺の手をとり優しく包んだ。
びっくりして椅子から落ちそうになるのをこらえる。
「だめっていうかさ、聴いてみたいんだよ。リンゴの歌声」
「…………はぁ」
そんな慈愛に満ちているかのようにみえて、情けなくおねだりをする子供のような表情でそういう岩沢を見てしまってはもう嫌だとは言えなかった。
まったく、俺も単純だが女の子はこういう武器をもってるからずるいよな。男がやったらぶん殴ってる
岩沢が自覚して使ってるかわからんけど。
「下手でも笑うなよ?」
「大丈夫。優しく微笑んであげるから」
「それはきついな……」
岩沢から手を離し、再び鍵盤に指をのせる。
ゆっくりと呼吸を整えながら、歌うことを含めて次の曲を考え始める。
Queenの曲の中から今でも歌詞を諳じることができそうなものをピックアップ。
その中から一番確実に覚えていそうな曲をやろうと考えたが、アレンジに少々難がある。
コーラスも多く、一人で歌うにも寂しい。
歌う、となると案外選ぶのが難しい。ピアノだけでなくボーカルも多少いじる必要がありそうだ。
色々と悩みを繰り返した結果、一つの曲に定めた。
たぶん岩沢は知らないだろう。だが明るめの曲なので楽しめないこともない。
何よりもピアノがやり易いから歌うことに集中しやすい。
俺は右の人差し指でAの音だけを鳴らす。
「――――――――――――」
特に何かの意味を持たず、言葉ですらなく゛音゛としか言い様のない声を、ピアノからなるAの音に重なるように合わせてゆく。
本当はちゃんと発声もしてみたいところだが、クリスマスの朝みたいな眼をしたやつが一人いるので時間をかけず軽く調律のみをする。
「――――――っ、……よし」
自分の声をとらえ、準備が完了する。
再び先ほどと同じようにゆっくりと息を吐き。
鋭く吸い込むと同時に、鍵盤の上で指をはしらせた。
" You and I "
ポップ・ロックのシャッフルされた軽快なメロディが指の一つ一つから流れ出す。
そのリズムに乗り込むように、フレディの声に導かれるように歌い始めた。
この曲の良いところはいくつかあるけれど、やはり一番分かりやすいのはこの軽やかさだろう。
短くシャープにまとまった旋律をもつこの曲は収録アルバムの折り返し地点におかれているのだが、それまでクロッシェやスタザン、32分音符のサウンドに浸り続けていた聴き手にとって嬉しい休息地、気分転換となっている。
特にそれまで終始好き勝手やってきたメンバーを支え続けていたジョン・ディーコがここで遺憾なく自分の実力を我々に知らしめてくるのがたまらない。
中盤にあるブライアン・メイのソロも歌うかのようなハウリングまじりのギターサウンドでたのしませてくる。
だが、やはり印象深いのはこのピアノだろう。
ポップが強く一見いささか軽すぎるかのようにも見受けられるが、その躍動の下でドラムがビートをしっかりと意識させロックではないとは言わせぬ存在感がある。
それによりこの軽快なピアノがさらに際立つのだ。
とまあ、ここまでそれらしい言葉を並べてはみたが、要するに楽しいのだ。
アルバムの開幕から゛Queenらしすぎる゛曲を聴き続け、嬉しくも少し息苦しさを感じたタイミングで耳に入ってくる小躍りするようなピアノの音色は倦怠しかけた心に一瞬で新しい空気が吹き込まれ、どうしようもなく楽しくなってしまうのだ、この曲は。
歌詞は、まあ、男女が二人趣深いお洒落な会話をしているらしいと思えばだいたい間違ってない。
とても素敵な詩であるけれど、日本人として極論を言ってしまえば、聴くならば意味を気にするよりも音を楽しめ。
英語なんだから聴いただけで綺麗に訳して受け取れることなんて難しいからとりあえず気にしなくてよい。
ただ、出来るならば歌詞を自分なりに訳してみるのも良い。
案外くだらない内容だったり、とても言葉として綺麗であったりするからだ。
とりあえず、聴いてるときは無理に気にしなくてもよいというだけの話だ。これは洋楽全般に言えるけど。
まあ俺は歌詞の意味をばっちり知っているのだが、男女のお洒落な雰囲気とか機微とか味わったことがないので今はただ懸命に歌詞を思い出しながら必死に歌い上げるだけだ。
実に楽しげに、それが伝わるように。
「――――――♪」
原曲の最後はフェードアウトで終えるので適当に締めくくりをアレンジして幕を閉じる。
最後の指を鍵から離すとドシッと疲れが身体に落ちた。
「はぁあああ」
長めに息を吐き出しながら緊張を解く。
流石にここまで声を出し続けたことがないので、ちょっと喉がいたい。
だが、その痛み以上に気になるのが歌唱への評価だ。
俺は恐る恐る唯一の客観的視点を持つ少女の様子をうかがった。
゛ボーントゥラブミー゛と違って拍手はない。
さらに岩沢の表情は恐ろしく冷たいものだった。
彼女の表情は感情に対して反応が鈍いことはすでに十分知っていた。
しかし、ここ最近は少ない変化から彼女の気分というものがどいうものなのか、ある程度はわかるようになってきていた。
はずだった。
今、目の前にいる彼女の感情が全く読めない。
動きのない、とてつもなくクールな面持ち。
ただ、その眼に宿る光のみが、何か強い意思燃やしているかのようにうっすらと熱を帯び輝いている。
まるで、初めて会った、あの屋上で見かけたときや、ライヴのステージでたっているときのような。
……そうか、これは信念だ。
音楽家としての絶対的な意思だ。
じゃあなんだ、あれか、俺の歌は感情が凍りつき憤怒の炎を燃やすほど酷いものなのか。
楽器より自信なかったが、許せないレベルなのかよ。
てか岩沢の眼こえええええ。
「……リンゴ」
「にゃ、にゃんだい?」
岩沢の口からこぼれた小さな声に返事をしようとしたが情けなく噛んでしまった。
いくらなんでもビビりすぎだろ俺。
冷静に自分へツッコミをいれてみるが、岩沢の眼光が恐ろしく喉が干上がる。
このまま俺殺されちゃうのかな?土下座とかしたほうがいいのかな?
「リンゴ」
「ひっ」
フラフラと近寄ってきた岩沢にガシッと両肩を捕まれる。
やばい、逃げることが不可能になってしまった。
それどころか動きを封じられて土下座もできない。
やっぱりあれですか?鉄拳制裁とか物理的反省が必要なんですか?
俺をホールドした岩沢はそのヤる気に満ちた瞳でじっと見つめてくる。
俺が顔を引きつらせ今にも泣きそうになっているなか、岩沢はゆっくりと呟いた。
「もっとだ」
「ひぃ!ごめんな…………ん?」
「もっとだ、もっと!もっと聴かせてくれ!」
ぐわんぐわんと肩を揺らしながら岩沢は大声で訴え続ける。
さらに熱く何かを訴えてくるが、ぐわんぐわん揺れるもんだから途中から何を言っているのかよくわからない。
というか気持ち悪い、やめて、きつい、おぇぅ。
「……き……くれよ……ンゴ!……の声……音色を!」
「ちょちょちょっとまって」
さらに激しくなり始めた強制ヘッドバンギングで本格的に酔い始めてしまいそうになり、揺れ動くなかなんとか彼女の手をつかみやめさせる。
うわぁ、星が見えそうだ……おぅぇ。
「一た、おぇっ……一体、どういうことだ?」
「どういうこともあるか。こっちが聞きたいくらいだよ」
岩沢が興奮しながら俺の疑問を跳ね返した。
揺れの名残を抑えながら、何とか言葉を続けた。
「歌下手くそだったんじゃないの?」
「何を言っているんだ?バカか?」
「バカってお前、いやちよっとまて…………よかったの?」
恐る恐る岩沢の顔色をうかがいながら問い直すと、彼女はにんまりとして頷いた。
「ピアノはクソつまらなかったけど、歌はとても良かった。すっごい楽しいって気分になれたよ。でも歌声凄いな、高音が綺麗にぬけて、まるで少年みたいな声で見事だったよ。ピアノはクソ面白くないけど、綺麗な声を持っているんだね。」
ガンっと鍵盤に頭を打ち付けて乱雑な音が鳴る。
こいつクソって二回も言いやがって。事実だし自覚もしているが、こうも面と向かってばっさり言われると流石に傷つく。一応一番長い付き合いのある楽器だし。
だけれど、歌声を褒められたことはなんだか照れくさいが、素直にうれしい。
いや、自分の演奏で初めて技術以外、感情の部分で共感してもらえたのだ。
楽しいって。
初めてのことなので岩沢を直視することができず、にやける顔を隠すためにそのまま伏せ続けた。
「それにしてもリンゴは英語上手いな。もしかしてバイリンガル?」
「いや、喋れはしないよ。高校を入学してすぐばっくれたからgrammarは中学までだし。それもかなり怪しくなっているから、
会話しようものなら単語を羅列して誤魔化すしかないかな」
単語ならわりかし頭の中に入っているが使い方が微妙。
まいねーむいずほしかわー、くらいなら出来るだろうけれど、多分三人称の使い分けや助詞とかは厳しい。
アメリカ辺りだとそういうやつもざららしいが。
「でも発音はすごくきれいだった気がするけど」
「それはちょっと理由があるんだ」
まさかあいつがこんなところで役に立つとはな。
俺は顔をあげるながら、脳裏に懐かしいにやけ面を思い出し苦笑した。
「生きてた頃にバイト先の客で不良外国人がいて、そいつがことあるごとに下ネタ単語教えてきてさ。しかもこっちが発音間違えたりすると気持ち悪いって毎回正してくるお節介だったんだ」
「へぇ、アメリカの人?」
「いやBritishだ」
世界の公用語である英語はアメリカで使用される文法や表現方法が基準である。日本の教育もそれに準じている。
だからか、日本人にはイギリスで使われる英語は公用語の英語とは比べて少し難しいとのこと。
英会話教師に言わせると斜め45度から入ってくる印象らしい。
しかしながら、言葉の発音はイギリスが断然美しい。というよりも聞き取りやすい。
本来英国で生まれた言語であることを考えれば、アメリカは方言であり訛りと言えるため聞き取りやすいのは当たり前だ。
それに我が国の教育というか英語資料は、使用方法はアメリカとしていながら発音はCambridgeだかOxfordだかが発行しているものを基準にしているらしい。
つまり文法はアメリカながらも、"音"はイギリス基準なのだ。
俺は英語の発音のみ生粋のnativeに教え込まれたというわけだ。
「だからやたら綺麗に聴こえたんだ」
「ある意味で本場仕込みだからな」
ちなみにその不良外国人は英会話を教える気などさらさらなく、「罵倒する言葉を使えばケンカはだいたい成り立つ」という意味不明な論理からやたらと俺に汚い言葉を教えてきた。
結果的にまともな会話はできないけれどまともじゃない会話はできる、対喧嘩用bilingualと化した。
あいつは純真な青年を地に堕とすのが趣味か、または単に喧嘩相手がほしかったとしか考えられないクソ野郎である。
ちなみにやつの職業は英国大企業の日本支社、そこの本国からきた顧問弁護士とか言っていた。
その司法の担い手が成人していない少年に一番最初に教えた単語は゛
色々とおかしい。
「ま、道案内もままならない会話しかできないからなんの意味もないけどな」
「そんなことない」
岩沢はきっぱりとした科白を言ったあと、優しそうに微笑んだ。
「その人のおかけでリンゴはこうして綺麗な詩を歌えるじゃないか。あたしはそれを聴くことができて、うれしいよ。それだけでも十分意味はあるさ」
…………まったく、何てことを言えるんだこの少女は。
思わず彼女から顔をそむけてしまう。
無自覚にこんなことをのたまえるその度胸に恐ろしさを感じつつも、やはり彼女はスターたる資質をもっているんだなと思わずにはいられなかった。
恥ずかしい科白をよくそんな真顔で言える。本気だから尚恐ろしい。
カッコいいじゃねえか。
照れくささに赤らむ顔を誤魔化すように俺は岩沢へ問いかけた。
「他にも聴きたい曲はあるか?」
「うーん、そうだなあ。リンゴがこんなに綺麗な声を出すなんて屋上で口ずさんでいる姿からは想像できなかったから、何を歌ってもらうべきか悩むな」
「歌うことは続行かよ。歌える何が曲あったかな」
「よし、リンゴが2、3曲好きに選んでくれないか。クイーンにこだわらなくても良いから歌を聴かせてくれ。あ、そうだ邦楽も何か1曲歌ってみてくれよ」
「へいへい了解した」
椅子に座り直し、鍵盤と向き合う。
軽く指をほぐしながら岩沢のオーダーを思案する。
別のアーティストは何をやろう。
ColdPlayとかアレンジがダルい。Pendulumは論外。調子に乗って暴走する危険性がある。
ならやはりBeatlsか。
岩沢も確実に知っていそうとなると1から選んだ方がいいな。
あと他のアーティストの曲でやれそうなのあるかな……
それに邦楽って言われても何をやれば良いかいかんせん思い付かん。サザンとかジャニーズとか?曲わからねえよ。
ぐるぐると曲目を浮かべては消してまた浮かべて。
頭のなかを駆け回るのは悩ましくも久々に脳を使っている気がして心地よくもある。
ま、適当に思い付いたらのりでやれば良いか。
「じゃ、いきますよ」
そうして俺は再び指を強く弾いた。
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余談だが、"Help!"を演じたあとにイギリスばかりもつまらないかとおもいOwlCityの"Fireflies"をやったり、最後に悩んだ末、ふざけて宇多田ヒカルの"ぼくはくま"を歌ってみたところ。
「リンゴはあれだね、洋楽がすごいね。英語キレイだね」
との評価を真顔でいただいた。
歌声も母国の言葉ではツマラナイものみたいだ。
死んで初めてめて知ることができた事実である。